八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

32 / 117



ここの所、

腐れ海老→異次元修羅場トル→NTR大魔王→独神勘違いモノ→変た……紳士製造天使っ娘

と、かなり濃いぃチョイス続きだったので、たまにはこんなのもイイですよねっ





雪宿り

 

 

 

暦の上ではもう春とはいえ、この季節に降る雨は氷のように冷たい。

この日俺は急な雨降りにずぶ濡れになりながらも、なんとか定休日の店の軒先まで辿り着き雨宿りをしていた。

 

「う〜……さっみぃ。あんだよ……今日雨降るなんて言ってなかっただろ……」

 

冷たい雨に濡れた制服と冷たい風に、想像以上に体温が奪われていく。

こりゃ風邪引いちまうな。つうかこれだけ濡れてるんなら、今さら雨宿りなんかせずにチャリで一気に帰っちまうか。

 

そう思っていた時、パシャリパシャリと雨の中を駈けてくる足音が近づいて来ることに気付いた。

その道路に溜まった水を鳴らしながら駈けてくる足音が、パシャリ……と俺の目の前で止まった。

 

「……あら、そんなにずぶ濡れになってまで、冷たい雨でその身体を洗い流して除菌しているのかしら?比企谷菌」

 

そこには、俺と同じように冷たい雨でずぶ濡れになった少女が、悪戯な微笑を浮かべ一人佇んでいた。

 

 

× × ×

 

 

「……お前だってビショビショに濡れてんだろうが……」

 

「……貴方のその言葉のチョイスには、底知れない不愉快さと嫌悪感を抱かされるわね……端的に言うと気持ちが悪いわ?」

 

いやいやなに言ってんの?雪ノ下さん。勝手な想像して俺を罵るのをやめて貰えませんかね。

てかなんでそんなに頬を染めてんだよ。そんなに真っ赤になるくらいに気持ち悪いんですかね。

 

「お前が想像力豊かな事は良く分かった。……てか今日はお前一人で帰りか?」

 

「え、ええ……由比ヶ浜さんは……その……今日は三浦さん達と用事があるそうよ……」

 

だからそんなに自分の恥ずかしい想像と発言を引っ張るんなら始めから言うなよ……

 

「そうか……」

 

「ええ……」

 

しばしの沈黙。

店の軒先で無言で雨宿りをしている二人。実に気まずい。

雪ノ下に気付かれないように、横目でチラリと覗いてみる。

 

こいつの華やかさは普段見慣れているのだが、なんかこう……艶やかな濡れ髪やうっすらと透けているシャツなんかが、なんつうか普段より色っぽくて目のやり場に困る。

自分から横目で覗いているくせに目のやり場に困るもなにもあったもんでは無いが。

 

すると雪ノ下もこちらにチラリと視線を向けたもんだからバッチリと目が合ってしまった。

目が合った途端にお互いにすごい勢いで目を剃らし俯く。

 

やっべぇ……雪ノ下を盗み見てたのバレちまったか?通報だけはご勘弁願いたい。

てか、なんでこいつまで横目で覗いてくんだよ……

 

「ひっ……ひ比企谷くんっ!……そっ、その卑猥な視線を向けてくるのは……あ、あの……やめて貰えないかしらっ……危うく通報するところだったわ」

 

あっぶね!やっぱり通報一歩手前だったわ。

 

「べべべ別に卑猥な視線なんて向けてねーし」

 

「そ、その隠しきれない動揺が……動かぬ証拠だわ……?覗き谷くん……」

 

「……」

 

「……」

 

そしてさらなる沈黙。

もう恐くて視線を向ける事は出来ないが、どうしても視界の隅に入ってきてしまう雪ノ下は、恥ずかしそうにずっと俯いていた。

 

 

× × ×

 

 

沈黙もまだ暫く続きそうかというところで、ザーザー降りだった雨が少し小降りになってきた。

普段雪ノ下と部室で二人の時の沈黙はなぜだか中々悪くないんだが、この沈黙は正直気まずい。

ずぶ濡れな上に、先ほどお互いに盗み見た視線がタイミング悪く合ってしまったからなのだろう。

 

ま、これくらいの雨なら問題ないか。そろそろ離脱させてもらいますかね。

 

「……あー、雨も小降りになってきたし、俺はもう行くわ。……雪ノ下も風邪引いちまう前に早く帰れよ?」

 

「……ええ。……その、ありがとう」

 

なんだか素直に礼を言われてしまった。

なんか調子狂うだろうが。

 

「お、おう……それじゃあ……な……………ヘックショ!」

 

おおう……やべぇ、俺が風邪引いちゃいそうじゃないですか。

雪ノ下が来てから恥ずかしさと気まずさで熱くなりすっかり忘れていたが、随分と体温を奪われていたようだ。

すると雪ノ下が呆れたようにため息を吐いた。

 

「はぁ……まったく。人を心配しておいて、貴方が風邪を引いていたら本末転倒じゃないかしら」

 

「……面目ない」

 

「…………………その……ひ、比企谷くん」

 

「なんだよ……?」

 

「……小雨になってきたし……私もそろそろ帰るわ……もうここからなら走ればそんなに遠くはないのだし……」

 

「お?おう。気を付けて帰れよ」

 

なんだよこの要領を得ない会話は。わざわざ俺に報告する必要無くないですかね?

訝しく思って雪ノ下を見ると、真っ赤に俯きスカートをギュッと握っていた。

 

「だ……だからそのっ……走ればそんなに遠くはないのだしっ……あ、貴方も完全に雨が止むまでは……家に、よ……………寄っていけばいいんじゃないかしらっ……?」

 

「………………は?」

 

「かかか勘違いしないで貰えるかしらっ?私だって貴方のような目の腐った危険人物を家に招き入れるような真似はしたくはないのよ?でも誠に遺憾ながら奉仕部部長として部員が目の前で風邪を引きそうな所を見過ごすわけにはいかないし責任があるのよこのまま貴方を帰して熱でも出されたら私も寝覚めが悪いしあまつさえ貴方の病原菌を学校中に撒き散らされたら部長としての責任問題になりかねないというだけの話よ」

 

なんかすっげえまくし立てられました。それはもう一色に振られる時よりも凄かったです。

 

「あ、や、だがさすがに独り暮らしのお前の家に俺だけで行くわけには…」

 

「これは部長命令よ比企谷くん。貴方に拒否権は無いのよ……?」

 

まじかよ……

こうして俺は雪ノ下と小雨の中、二人肩を並べて走りだした。

 

 

× × ×

 

 

「タオル、持ってくるわ……少しだけ待っててくれるかしら」

 

「おう。サンキュー……」

 

二度目となる雪ノ下邸は、しんと静まり返っている。

今、この家には俺と雪ノ下しか居ない。そのあまりの緊張感とこの静けさで、心臓が激しく早鐘を打つ音だけが響いていた。

まさかあいつが俺一人を家にあげてくれる日がこようとはな。

 

 

暫く玄関で待っていると、なんかモコモコした雪ノ下さんがもふもふと歩いて来ました。

 

「ごっ、ごめんなさい……髪を拭いたり着替えたりしていたら、少し時間がかかってしまったわ」

 

そう言いながら手渡してくれたバスタオルは、とても良い匂いがした。

 

「いや、問題ねぇよ。サンキューな」

 

これが雪ノ下の匂いなのかと……これが雪ノ下が普段使っているバスタオルなのかと思うと、おもわず拭くフリをして、顔を埋めて思いっきり深呼吸してしまった。

 

ってヤバイヤバイ!これじゃ完全に変態じゃねぇか。

誤魔化すようにタオルを頭部に持っていき頭をがしがしと拭きながら、思わず今の雪ノ下の格好に目を奪われてしまう。

なんというか……まぁ、アレだ。

 

「な、なにをさっきからジロジロと見ているのかしらこの男は……穢れてしまうじゃない」

 

「俺は見るだけで人を穢れさせちゃうのかよ……。えっと、なんつうか……お前らしくない格好だなと思ってな」

 

うん。ホント雪ノ下らしくない。

だって、目の前に立ってるのはフード付きのモコモコしたパンさんなんだもん。

いや、さすがにフードは被ってないけどね?

上下モコモコパンさんパジャマを着た上に、さらに由比ヶ浜がプレゼントした猫のルームシューズを履いてるもんだから、なんつうかもう……超モコノ下さん。

 

「や、やっぱり変かしら……」

 

そんな格好でしゅんっ……とされちゃうと可愛すぎるからやめてね。

 

「や、その……か、かわっ……悪くないんじゃねぇの……?あれか、ギャップ萌えってやつか」

 

すると雪ノ下は真っ赤に頬を染め、なんだかとても恥ずかしそうに嬉しそうに罵倒してきた。

 

「そ、そう。わ、私って可愛いもの。なにを着たって似合ってしまうのだから仕方のないことよ。……そんなことより貴方に、その、萌え……られているのだと思うと、さ、寒気がするのだけれどっ……」

 

嬉しいのか不快なのかハッキリしようね?ハチマン女心は難しすぎてワカリマセン。

 

「でもこれは別に自分の趣味で購入したとかそういう訳ではなくて先日由比ヶ浜さんとお買い物に行った時に由比ヶ浜さんがこれを着た私がどうしても見たいと言うものだから甚だ遺憾ではあるのだけれど仕方がなく購入したのよ」

 

あ、どうやらゆきのんは嬉しかったみたいです。

 

 

× × ×

 

 

「ふぃ〜……」

 

俺は一体なにやってんだろ。

なぜだか分からんが、今俺は雪ノ下んちの湯船に浸かっている。

 

どうやら雪ノ下はこの雨降りを見て、帰宅したらすぐに風呂に入れるように携帯から操作していたらしい。

さすが超高級マンションに住まうブルジョアは、そんなシステムは標準装備なんですね。

 

風邪を引かれると困るから入れと促されさすがに断ったのだが、ゆきのんが一度言い出した事を取り下げるわけもなく、結局入る事になってしまった。

まぁ濡れた制服を乾燥機で乾かして貰ってる今、確かに風呂にでも浸かって身体を温めないと本気で風邪引いちゃいそうなんだけどね。

 

それでも元々は雪ノ下が入る為に沸かした訳だから、先に俺が入る訳にはいかんだろ……と抵抗はしたんだよ?

その時はこんな一悶着の末、俺の完全敗北が決定したわけだ。勝利を知りたい。

 

『貴方の方がよっぽど冷えきっているのだし、私と違って着替えもないのだから貴方が先に入りなさい』

 

『いや、だがな?』

 

『それともあれかしら?私が入った後のお湯で、なにか良からぬ行為でも楽しみたいのかしら?やはり変態ね』

 

『お、お前な……だから別に俺は入らんでもいいと言ってるだろうが……とにかく家主が入る為に沸かした風呂に、急に押し掛けた俺が先に入るわけにはいかん』

 

『そう………………それだったら…………いっそ二人で一緒に入るかしら……?』

 

『……ななな!お、お前なに言ってやが…』

 

『ふふっ、冗談に決まっているじゃない、この飢えた狼谷くん。…………と、とにかく、貴方の言う家主がそう言っているのだから、貴方が先に入りなさい……?貴方が入らないのなら……そ、その…………本当に一緒に入ってしまうわよ……?』

 

こんな台詞をあんなに真っ赤になってまで悪戯めいた笑顔で言われたら、断るに断れないじゃないですか……

いや、いっそ断って一緒に入ってしまうという選択肢も……

 

「ひ、比企谷くん……?」

「ひぃやぁいっ?」

 

「申し訳ないのだけれど、制服が乾くまで、やはり貴方が着られそうな着替えが無いの…………その……ここに毛布を置いておくから……お風呂から上がったらこれに包まっていてもらえるかしら……」

 

「お、おう。……問題ない、です……」

 

「そ……それではゆっくり身体を温めてね」

 

消え入りそうなか細い声を残し、雪ノ下は脱衣所から出ていった。

びびびびっくりした……危うく年齢指定になっちゃうのかと思いました……

 

 

× × ×

 

 

風呂から上がり、雪ノ下が用意しておいてくれた新しいバスタオルで身体を拭く。

 

やっぱすっげえ良い匂いすんな、これ。

これで雪ノ下も風呂上がりに身体を拭いているのかと思うと、どうしようもなくクラクラしてしまう。

 

やばいな……ちょっとおかしくなってるわ。やっぱ来るんじゃ無かったか。

邪な気持ちを抑えながら毛布に包まり脱衣所を出た。しかしさらなる問題が。この毛布からはさらに雪ノ下の匂いがするのだ。

まさかこれって、雪ノ下がいつも使ってる毛布じゃねぇのか?

……普通自分が毎日使ってる毛布なんか異性に貸してくれるもんなの?

コレはホントにやばい。ちょっとこれ、俺のような訓練されたエリートぼっちじゃ無かったら確実に雪ノ下襲って返り討ちに合ってるレベルだろ。

返り討ちにされちゃうのかよ。

 

 

風呂場からリビングまでの廊下を歩き、リビングのドアを開けると、雪ノ下がソファーに腰掛けて本を捲っていた。

ドアを開けた俺に気付くと栞を挟んで本を閉じ、こちらを向いた途端にバッと視線を逸らした。

それもそのはず、なにせ俺はパンツ一丁で毛布に包まっているという、かなり恥ずかしい格好なのだ。

 

「あ、その……風呂サンキューな」

 

「え、ええ……その……しっかりと温まったかしら」

 

「おかげさんですげぇいい湯加減だったわ」

 

「そう、それは良かったわ……」

 

「……あと、これ、毛布もあんがとな……すげぇ温かいし……なんかすげぇ良い匂いするし気持ち良いわ」

 

その台詞に雪ノ下の頬は赤く赤く染まった。

やっぱ……いつも使ってるやつじゃねぇかよ……

 

「……そ、そんな事よりその格好のままそんな所につっ立っていられても迷惑だし、こっちに来て座ったらどうかしらっ……」

 

「そっ、そうだな」

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

き、気まずい……

なんですかねコレ。どうしたらいいんですかね。

 

向かい合ってソファーに腰掛けてから五分ほど経つが、お互いに何も喋れず俯くばかり。

普段、部室に居るときにはもう感じなくなってしまった緊張感だが、やはりこれは勝手が違いすぎる。

 

どうしたもんかと思っていると、雪ノ下が深く呼吸をしてから立ち上がる。

 

「…………比企谷くん。紅茶……要るかしら?」

 

「あ、頂き、ます……」

 

 

そしてキッチンから漂ってくる紅茶の香り。

その香りが鼻腔をくすぐりはじめた瞬間、固まっていた身体と緊張が、ゆっくりとほぐれていくのを感じた。

チラリとキッチンに視線を向けると、雪ノ下もその香りに落ち着きを取り戻しているようだ。

 

あれだけお互いに緊張していたのに、お互い意識しすぎていたのに、甘いその香りがリビングに充満した頃には、ようやくそこは普段の落ち着く心地好い場所となっていた。

 

 

× × ×

 

 

「どうぞ」

 

「おう」

 

優しい笑顔で俺の前に紅茶を置いてくれる雪ノ下。紅茶を持ってきてくれた頃には、そこはもう部室と変わらない穏やかな空気が流れていた。

普段と違うのは、注がれた紅茶が入ったカップとソーサーが、小刻みに震えてカチャカチャと音を立てていたことくらいか。

いくら落ち着いた空気になったとはいえ、やはり雪ノ下もまだ緊張しているのだろう。その証拠に、俺も口へと運ぼうと持ち上げたカップが小刻みに震え、水面が揺らめいているのだから。

 

でもまぁ、さっきまでの気まずく居心地の悪い空気とは比べるべくもない、とても心地いい緊張感だ。

そんな居心地の良さの中で、俺と雪ノ下は常と変わらず静かに本を捲っている。

会話も無い、BGMも無い、ページを捲る音と紅茶を啜る音だけがたまに響くこの空間を居心地が良いと思えるのは…………たぶん、雪ノ下と二人で居るときだけなんだろう。

 

 

どれくらいの時間が経ったのだろうか。そんな良く分からない極上の一時を過ごしていた時、不意に雪ノ下から声がかかった。

 

「紅茶、おかわり要るかしら?」

 

「ん、サンキュ。頂くわ」

 

俺は、俺達は心地好いその空気に油断していた。

カップを渡そうとする俺の指と、カップを受け取ろうとする雪ノ下の指がほんの少しだけ触れてしまった。

その僅かに触れてしまった指先から、一気に熱が身体中を駆け上がってくるのを感じた。

そして先ほどまでの緊張感を身体が、心が思い出してしまった。

雪ノ下も同じように緊張を思い出したのか、ビクりと身体を強ばらせ、カップを床に落としてしまう。

 

「わ、悪いっ!」

 

「いえっ、私こそ……」

 

軽くパニックになってしまい、立ち上がって慌ててカップを拾おうと屈んだその先には、同じく屈んだ雪ノ下の陶磁器のように白く美しい顔があった。

 

今までにもこんなような事が何度かあった。

マラソン大会の後の保健室。バレンタインイベントで雪ノ下が落としてしまったボウルを拾おうと屈んだ時。

 

だが、今のお互いの距離は、そのどれよりも遥かに近い。

お互いがほんの少し……ほんの2センチずつほどの僅かな距離を詰めれば、唇が触れてしまう程のあまりにも近い距離。

 

早く離れなければと後ろに引こうとするのだが、なぜだか身体がまったく動かない。そして雪ノ下も動かない……

 

唇が触れてしまいそうな程の近さで見つめ合ってしまっていたのはほんの数秒間か、はたまた数分間か。

頭の中がぐるぐるとクラクラと、グチャグチャに掻き混ぜられているような感覚に陥っていたその時、まるでスローモーションのように、雪ノ下の切なげに潤んだ瞳がゆっくりと閉じ始める。

 

そして…………俺も目を閉じその僅かな距離を縮め始めたその瞬間……

 

 

ピーッピーッピーッ

 

 

乾燥機が停止の合図を室内に響かせ、我に返った俺と雪ノ下はすごい勢いでバッと距離を取った。

 

 

「せせせ制服の乾燥がしゅしゅ終了したようねっ!」

 

「おっ!お、おう!そ、そうだなっ!」

 

二人してみっともなく噛み噛みで声も上摺りながら、お互いにササッと背を向ける。

 

…………俺は……今なにをしようとしていた。

流れに身を任せて、雪ノ下の唇に触れようとしていたのか……?

 

なにが理性の化け物なものか。なにが自意識の化け物なものか。

俺は流れに逆らえずに、雪ノ下を穢そうとしていたのか……

情けねぇな。自分の欲望で大切な物を壊してしまう所だったのか。

 

でも……だったら雪ノ下はどうなんだろうか……?

確かに雪ノ下も流れに身を任そうとしていた。あの雪ノ下でさえも。

単なる気の迷いなのか?それとも……

いや、馬鹿か俺は。まだ勘違いし続けんのかよ。

あの雪ノ下雪乃だぞ?あんなの、一時の気の迷いに決まってんだろうが。

 

 

「……雨、上がったみたいね……」

 

 

雪ノ下のその声に窓の外に目をやると、いつの間にか雨はすっかりと上がっていた。

 

 

× × ×

 

 

帰り支度を済ませて玄関へと向かう。

カップを片付け、着替えを済ませ、借りた毛布を返し、そして玄関へと向かっているこの時まで、雪ノ下はずっと俯き一言も声を発さなかった。

 

俺は……雪ノ下を傷つけてしまったのだろうか……

やはり来るべきでは無かったのだろうか……

 

湿りきった靴を履くと、せっかく乾いた靴下が不快に湿る。

しかし俺は早くこの場を離れなければいけない。早く離れたい。

気持ちの悪い足元など気にせずに、雪ノ下に背を向けてドアに手をかけた。

 

 

「雪ノ下。……えっと……今日はありがとな。……助かったわ」

 

心にもない礼をする。

返答など望むべくも無いのに。

返事が無いのを確認してからドアを開けようとしたその時だった。

 

「ひ、比企谷くんっ!」

 

急に声をかけられ驚いて振り向くと、先ほどまでずっと俯いていた雪ノ下が、潤んだ瞳と朱色に染まった頬を一生懸命に上げて、優しく微笑んでいた。

 

「どうした……?」

 

「あ、あの…………」

 

言葉に詰まる雪ノ下だが、俯かずに俺をしっかりと見据えている。

 

「あの……も、もしもまた……急な雨に降られたとしたら……また、今日みたいに、うちで雨宿りすればいいわ」

 

雪ノ下と知り合って、もう少しで一年経とうという所だが、こいつのこんなにも優しい微笑みは初めて見た気がする。

……傷、つけた訳じゃないのか……本当に良かった。

 

だとしたらさっきの雪ノ下のあの行為は?

一時の気の迷いじゃ……ないのか……?

 

「や、そう、だな。迷惑じゃなければ……な」

 

すると雪ノ下は潤んだ瞳と朱色に染まった頬をそのままに、優しい微笑みから悪戯めいた微笑みへと表情を変化させた。

 

「あら。そんなの迷惑に決まっているじゃない。でもこれは部を預かる責任者としては致し方のないことなのよ。……だからまた、遠慮などせずに雨宿りにくればいいわ?……ふふっ……私の家に雨宿りに来る訳だから……雪宿り、とでも言うのかしらね」

 

くすりと目を細めて微笑む雪ノ下は、あまりにも美しく、あまりにも無邪気で、そしてあまりにも魅力的だった。

 

「雪宿り、か……。ま、機会があったらな。じゃあな」

 

「ええ。また明日」

 

 

 

 

 

 

マンションを出てチャリを勝手に置かせてもらってる店の軒先へと向かう道すがら、未だ今にも泣き出しそうな曇り空をぼーっと見上げながら、我知らずこんな独り言を呟いていた。

 

 

 

 

「……また、雨降んねぇかな……」

 

 

 

 

 






まさかのゆきのんでしたが、最後までありがとうございました!


この物語は、雨宿りモノでも書いてみようかな?と思い立った時に、ふと雪宿りという言葉が頭に浮かんだので書いてみた物語です。
なんか灰汁の強い癖モノばかり書いてたんで、たまにはこんなのもいいですよね〜(´∀`)
読者さんにも楽しんで頂けたのなら幸いです♪


ちなみに八幡が帰宅した後、八幡が使った毛布やバスタオルをゆきのんがこっそりhshsしてたのは内緒です☆



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。