八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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深い腐海に身を委ね

 

 

 

 

「……おーっ」

 

俺は改札を出て見渡す景色に思わず感嘆の声をあげる。

所狭しと立ち並ぶビル群。行き交う人並み。そして行き交うメイドさん。

 

そう。俺は普段なら地元の書店で済ますものの、以前から本日発売のラノベの店舗特典が気になっていた為、何年ぶりに来たか分からない秋葉原に来ていた。

患っていた頃はたまに来てたんだが、最近はすっかりご無沙汰だ。

 

まぁ別にわざわざアキバまで来なくてもなんとかならなくはないのだが、せっかくだしたまにはこういうのもいいかなと。

 

未だどこの店舗特典がいいか悩んでいた俺は、電気街口から一番近いゲマから攻めて、とらやメイトを巡りながら気が向いた店で購入しようと考えていた俺は、さっそくゲマに向かう。

取り敢えずゲマでは一旦保留にし、ゲマを出て中央通りを歩いていた時、不意に声は掛けられた。

 

「あれ!?ヒキタニくんじゃん」

 

 

× × ×

 

 

向かいから掛けられたそのうっすらと聞き覚えのある声の方へと視線を向けると、そこには白いワンピースに空色のサマーカーディガン、カンカン帽姿の美少女が立っていた。

そのどこぞの上品なお嬢様然とした美少女は赤いフレームの眼鏡を光らせる。

 

「…………あ」

 

「はろはろー!いやぁヒキタニくん!すっごい偶然だねー」

 

くっ……まさかアキバに来て知り合いに遭遇するとは……しかもその知り合いが、よりにもよって腐界に堕ちたお嬢様……だと?

 

「……お、おう……海老名さんか……じゃ」

 

俺は流れるような動作で右手を上げると静かにその場を離れた。

 

 

…………が、やはり問屋は卸さない。あっさりと捕まってしまった。

 

「ヒキタニくんつれないなー。せっかくこんな所で偶然会えたっていうのにー!でもそのやさぐれた所がまた……ぐ腐っ。あ!そういえば隼人くんは?」

 

「何気なく俺と葉山が休日を一緒に過ごしてる前提で話を進めるのはやめてもらえませんかね……って、あれ?」

 

腐海の姫に気を取られすぎていて気が付かなかったのだが、ここに居たのは海老名さんだけではなかった。

なんと海老名さんの隣には見知らぬ男が一人、俺を邪魔そうに見ていたのだ。

 

は?マジで?デートとかなの?この人、彼氏とか居たのかよ!?

……戸部、強く生きろよ。

 

「……あー、なんだ。なんか俺ジャマみたいだからもう行くわ」

 

せっかくのアキバデートを邪魔するほど俺も無粋では無い。

それじゃと喜び勇んでその場を離れた。

 

 

………が、やはり問屋は卸さない。あっさりと捕まってしまった。

ちなみに無限ループではないはず。

 

「ちょっとヒキタニくん!そういうんじゃ無いからね?今日はちょっとオフ会があってね。この人はオフ会の人なんだよ。集合場所に向かおうと思ったら偶然改札で会ってね」

 

ほーん。オフ会、ねぇ。

 

 

…………いやちょっと待て!オ、オフ会だと……?

え?海老名さん参加のオフ会って事は、え?この男、え?ふ、腐界の住人……?

 

やばいやばいやばい!恐い恐い恐い!たぶん俺は人生で一番の恐怖を感じているッ!

逃げなければ!!

 

固い決意ですぐさま逃げ出そうとした俺の手首をガッシリ掴まれてしまった。

 

ああ……せめて相手が戸塚だったのなら……

と諦めかけたのだが、掴まれてる手は男の手ではなく海老名さんの手だった。

 

「ヒキタニくん大丈夫だよー。今日のオフ会はノーマルな集まりだから。そっち方面の集まりだったら大概池袋で集まるんだよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

いやマジで一瞬だけ死(男としての)の覚悟を決めちゃったよ。

胸を撫で下ろそうと油断した途端……

 

「なんなら今度一緒にそっち行く?ヒキタニくん絶対モテモテだよー!……ぐ腐腐っ」

 

「いや、勘弁してください」

 

こんなんが大量に発生してる腐海にダイブしたら八幡溺れて浮かび上がってこれなくなっちゃいますよ(白目)

 

「ま、どっちにしろ俺はお邪魔だろうし、そろそろ行くわ」

 

さっきからこの男の視線が痛てぇんだよ……

 

「そだねー。じゃあお別れにしようかな?」

 

「そんじゃ」

 

そして俺は海老名さんに背を向けて手をひらひらさせながら歩きだした。

 

 

× × ×

 

 

「えっと……なんで?」

 

「え?なにがー?」

 

いやいやなにが?じゃねぇだろ……オフ会行くんじゃねぇのかよ……なんであっちに別れを告げてこっちに付いてくんだよ……

 

「だって、オフ会行くよりヒキタニくんと遊ぶほうが楽しそうなんだもーん」

 

いや心読むなよ……

 

そう。お別れにしようかな?とか言うから、普通に俺と別れてオフ会に向かうのかと思ったら、なぜか海老名さんはオフ会メンバーの男に別れを告げて俺に付いてきてしまったのだ。

 

「いやいや、オフ会行かなくてもいいのかよ」

 

「大丈夫大丈夫。もう何回か集まってる会だし、そっちよりもあり得ない場所で偶然会ったクラスメイトの方がよっぽど重要でしょ!」

 

ったく……よく言うぜ。本当の狙いはそこには無いくせによ。

 

「さいですか。まぁもう偶然会ったクラスメイトの役割は十分に果たしたろ。それじゃあな」

 

つまりはそういう事だ。

偶然会った事を理由としてさっきの男から離れたかったワケだ、この人は。

たまたま改札で会ったから一緒に現場に向かおうって話も大方嘘だろう。

さっきの男は以前から海老名さん狙いで、改札で海老名さんが来るのを偶然を装って待っていたってとこだろうな。

そのちょっとずつ距離を縮めて行こうって魂胆が気に食わず、たまたま会った俺を利用したってこった。

 

「…………へぇ。やっぱりヒキタニくんは面白いねー……」

 

眼鏡が反射していて海老名さんのその目元は見えなかったが、口元を見るかぎりは中々に腐った目をしていたんだろう。

 

おーこわ……んじゃまぁ話も付いた事だし、とっとと新刊買いに行きますかね。

 

「じゃあまぁそういう事で」

 

俺はくるりと踵を返し海老名さんに背を向けた。

しかし話は付いたはずのお腐れ様から声が掛かった。

 

「待ってよヒキタニくん。ま、確かにキミの想像通りではあるんだけどさ、でもやっぱりせっかくこんな所で偶然会えたんだから一緒に遊ばない?」

 

は?なんで俺が海老名さんと一緒に遊ばにゃならんの?

 

「だが断る……ってちょっと!?」

 

あまりにも流れるような動作過ぎて俺は固まってしまった。

なんと背を向けた俺の左手に自らの右手を絡ませて来て……つまりは恋人繋ぎってヤツか……その繋がれた手を二人の顔の近くまで掲げると、この腐海の姫はその様子を自分のスマホで自撮りしやがったのだ。

もちろん二人の顔が思いっきり写り込むように。

 

「なっ!なにを?」

 

慌てて繋がれた手を振りほどきはしたものの時すでに遅し。

海老名さんのスマホには、薄っすらと頬を染め恋人繋ぎをする海老名さんと俺がバッチリ写り込んでいた……

 

すると海老名さんは一色みたいな小悪魔なんてもんじゃない、悪魔の微笑みを浮かべて俺に選択を迫ってきた。

 

「ふふっ……恋人繋ぎでアキバデートする私とヒキタニくんの様子がバッチリ写っちゃったねー。どうするー?このままデートする?それともこの写メ送信しちゃう?」

 

誰に送信するとか言わない所がマジで恐い……なんだこの女……

 

「……いや、別にやましい事があるわけでもねぇし……」

 

「そうだよねー、別になんの問題もない“かもね”。腐腐……あの部室ではどんな風に責められるのかなー」

 

「くっ……こ、このままデートすりゃ、その写真は消去すんだろな……?」

 

「もっちろーん!そういう感じかなー」

 

「あんたなにが目的だよ……」

 

「あれ?さっき言わなかったっけ?ヒキタニくんと遊ぶの楽しそうなんだもんっ」

 

そう言う海老名さんの笑顔は、いつものどす黒いなにかを孕んだ様子も無く、純粋で素敵な笑顔だった。

 

 

× × ×

 

 

結果から言うと後悔している。

海老名さんと不本意ながらアキバデートすることになってしまった俺は、さっきから各オタショップのBLコーナーをハシゴさせられていた。恋人繋ぎで……

 

『ちょ!海老名さん?なんで手ぇ繋ぐ必要あんの!?』

 

『いーじゃーん!せっかくなんだし。どうせ誰にも見られる心配も無いんだし、思いっきりラブラブデートしちゃおうよ。……アレ?私のお願い聞いてくれないのかなー』

 

と、渋々デートを受諾した次の瞬間には手繋ぎデートを強要されたのだ……

はたから見れば羨ましい事この上ないのだろう。

 

なにせ海老名さんは中身を除外すれば小柄で清楚系な知的美少女。

そんな女の子とアキバで手ぇ繋いでデートしてりゃ、間違いなく羨望の眼差しで見られるに違いない。

 

だが違うのだ!そんな羨ましいとか羨望とか言う、ぐぬぬな世界とは違うのだよこの状況!

 

まずこいつの目的が全く分からん!なぜここまでしてデートを強要するのか?そこに海老名さんにはなんの利益があるのか?

普段から頭おかしい海老名さんだけど、今日はホントに意味分からん……

そしてなんでこんな清楚系美少女と恋人繋ぎでデートしてるのに、なんで二人でBL祭りなんだよ。

周りの視線が好奇から奇異に変わんだよ、さっきから……

 

「キマシタワー!ブハァっ!」

 

「……海老名さん鼻血拭け……」

 

「ありがとー」

 

BLコーナーで同人誌やPCゲームのパッケージを手に取る度に奇声をあげて鼻血を吹き上げる清楚系美少女にティッシュを渡す恋人繋ぎをする俺。

なんだこれ?まじヤバくね?なにがヤバいってまじヤバい。

そんな危険な状況に慣れてきてしまっている俺がヤバい。

 

こんな時に想うのはあのお方の偉大さだな。

……三浦、お前毎日毎日マジですげぇよ……

 

 

× × ×

 

 

結局その後も至るところに連れ回された。

中学の患ってる頃の俺とは違い、今の俺はちょっと漫画やラノベが普通より好きなくらいで、特にオタクという程にサブカルチャーに興味はないのだが、今日海老名さんに連れ回されたショップ巡りは悔しいが中々に楽しく思えてしまった。もちろんBL系以外限定だが。

 

好きなアニメやゲームのキャラのフィギュアなんかを売っている店では、「おお……すげぇ……」なんて、恥ずかしながら声をあげて興奮してしまったりした。

そしてそんな俺を嬉しげで優しげな眼差しで見ていた海老名さんと目が合ってしまった時はちょっとだけドキッとしてしまったり。

ま、次の瞬間には俺の好きなキャラ同士のカップリングを鼻血を吹き出しつつ語る海老名さんに引いていたのだが……

 

 

実はラーメン激戦区のアキバで、前から行ってみたかった店があると言った時なんかは、なんと海老名さんも進んでついてきてくれたりもした。

その代わりと、その後に連れてかれたBLバーとやらでは地獄を見たが……

 

 

そんなこんなで、意外にも……本当に意外にも、腐海の姫とのアキバデートは俺に取ってかなり楽しい1日となってしまった。

……くっ……ハチマンなんだか悔しいっ!

 

 

そして現在は帰りの電車内。

なんか知んないがデートが終わる頃にはお互いに手を繋いで歩いているのが自然だと思える程に感じてしまっていて、帰りの車中でも気が付いたら手を繋いでしまっていた。

 

「いやー、ヒキタニくん!今日はありがとねー。ホントに楽しかったよ」

 

「あ、や、その……なんだ。なんか俺も意外と楽しんでたわ……」

 

なんだか照れ臭すぎる……俺は照れ隠しに頭をガシガシと掻く。

まさか海老名さん相手にこんなんなるとはな……

 

 

「……そっか。それは良かったよ。ぐ腐腐っ……今日は嫌がるヘタレ受けなヒキタニくんを脅して強引に攻めた甲斐があったねー」

 

清楚系腐女子の悪魔のようなその台詞とは裏腹に、その表情は本当ににこやかな笑顔で、思わず見惚れてしまいそうになった。

 

うおっ!あぶねぇ……見惚れてる場合じゃねぇだろ!危うく忘れるとこだったわ。

 

「てかアレだ!あの写メ、ちゃんと消してくれよ」

 

「もちろん。ホラこれでしょ?……約束だもんね。“このデータは”消してあげるねー」

 

海老名さんがバッグから取り出したスマホには、先ほどの危険な写メが写し出されていた。

そしてちゃんと俺の見ている目の前で、その危険な写メを削除した。

海老名さんの先ほどのセリフのイントネーションが若干気になったのだが……

 

「これでよしっ!っと。……じゃあそろそろ私降りるころだね」

 

「そうだな」

 

以前ディスティニーの帰りに海老名さんが降りていった駅まではあと一つか二つくらいか。

これで今日の不可思議な一日も終了するわけだ。

 

ただなぜだろうか?なんだか少しだけ名残惜しく思えてしまっている自分が居る……

ハッ、くだらない。俺はこの期に及んでまだ勘違いを繰り返すのか。

 

こんなのはただ意外と楽しめてしまった今日に勘違いしてしまっているに過ぎない。

意外と自然に手を繋げてしまっている今日に勘違いしてしまっているに過ぎないのだ。

結局最後まで海老名さんの目的も分からないままだというのに。

 

 

危うく思考の迷宮にハマり掛けていた時、不意に声が掛けられた。

 

「……あのさ、比企谷くん。私が前に言った事って……覚えてる?」

 

前に言った事?なんの話だ?

不意に声を掛けられた事。不意に投げ掛けられた質問に、呼び名についての違和感にはまだ気付かない。

 

「ヒキタニくんとならうまく付き合えるかもね……って」

 

そんなセリフを放つ海老名さんは、いつの間にか頬を染めて艶やかな瞳を向けてきていた。

その瞬間、俺の脳裏には京都駅の屋上での光景がハッキリと思い浮かんだ。

 

「急になに言いだしてんだよ……」

 

 

つい声が上滑ってしまった。

それほどに、この空気感がなんだか重い……

 

「あれ……意外と本気なんだよねー……ていうか、比企谷くん以外とうまく付き合えるとは思えない……かな」

 

「な、なに言って…」

 

「京都での告白さ、嘘告白だって分かってたのに、結構……かなりドキドキしちゃったんだよねー。どーしてくれんのかなー」

 

そう言う海老名さんの目はもう笑ってはいない。

 

「比企谷くんはさ、腐女子は男の子との恋とか大して興味ないとか思ってる?……そんな事ないんだよ。趣味と恋は全然別モノ。あの嘘告白で、初めて知っちゃった」

 

ノドがカラカラになる。嘘だろ?まさかこんな事になるなんて……

 

 

「い、いやだって海老名さん、あんとき誰も理解出来ないし、理解されたくもないって……」

 

「そ、私腐ってるから。でも、比企谷くんになら、理解されてもいいかななんて考えちゃってんだよね、最近。私こんなに腐ってるのに、今日アキバで偶然比企谷くんと会って、柄にもなく運命的だなぁ……なんて乙女思考が頭を過っちゃったんだよ。だから脅してデートしてみたんだよねー………ホントに……楽しかった……」

 

俺はすでになんと答えていいのか分からずに固まっていた。

そして海老名さんの最寄り駅に到着しようかという頃、彼女は立ち上がり正面に立つと、まっすぐに俺を見つめた。

その瞳は深く深く仄暗く、一切の光彩も放ってはいない……

海老名さんはそんな深く暗い海の底に沈み込むような瞳を向けて薄く笑う。

 

「……ねぇ、比企谷くん。私さ、結衣を裏切りたく無いんだ。……だからさ、これ以上私を本気にさせないでね?…………今までこんな経験ないけどなぜだか分かるんだー。……たぶん私、本気でデレたら…………」

 

そして、そっと囁いた……

 

 

「病んじゃうよ……?」

 

 

その一言を残し、海老名さんはスゥッと電車を降りていった。

背筋がゾワリと凍え、全身が総毛立つ微笑を残して……

 

 

扉が閉まり電車が動き出す。

怖くて視線をやれずに居たのだが、ついホームを見てしまった。

 

 

そこには先ほどと変わらない笑顔の海老名さんが顔の横で小さくゆっくりと手を振っていたのだが、その手の親指と人差し指には何かが挟まれていた。

 

それは……一枚のmicroSDカード。

 

 

『“このデータは”消してあげるね』

 

 

その約束は、つまりSDカードにコピーしたデータに関しては無効という事か……

 

 

 

俺は、海老名さんのそのセリフと深く沈み込むような仄暗い瞳、そして凍えてしまいそうな儚い笑顔を思い浮かべながら、ゆっくりと電車のシートに沈み込んで行くのだった……

 

 

 

 

 

 

 

終わり

 






ありがとうございました!

おかしい……もっとコメディタッチにするつもりだったのに、書き上がったらこんな事に……
恋する乙女はいつだってヤンデレって事ですね☆
八幡逃げてー≡З


なんか前回のほっこり和むけーちゃんSSが、このヤンデレSSへのワンクッションって感じになっちゃいましたね(苦笑)



アキバデートは香織でも書いてみたかったなぁ……なんて思いつつ、それではまたっ!

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