八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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ついに彼女の登場となります!




本物の顔と偽物の顔【前編】

 

 

 

 

「それでも、知りたいか?」

 

目の前に座るこいつは、あーしに一言、こう訊ねた。

 

「知りたい。……それでも知りたい。……それしかないから」

 

だからあーしは答える。別にこいつに答えたわけじゃない。

ただ、あーしの本心を、あーしの覚悟を声に出して自分を納得させたかったから。

そしたら、目の前のこいつは……ヒキオは即答でこう答えた。

 

「わかった。なんとかする」

 

こんなやつに……ヒキオなんかに何が出来るのかなんか全然分かんない。なにを偉そうに言ってんの?ってちょっとイラっともする。

 

それなのに……そう即答したヒキオの顔を見たら、なぜだか安心した。なぜだか信頼できた。

 

だから油断した……さっきから頑張って堪えてたのに、涙がポロポロ出てきてしまった。

 

結衣と雪ノ下さんもあまりの返答に困惑する中、ヒキオはもう一度断言した。

 

「いずれにしても正確性には欠けるが……、それでもいいならなんとかする」

 

「優美子、それでもいい?」

 

ヒキオの言葉に結衣があーしに優しく問い掛ける。

 

「……うん」

 

たったの一言答えると、もう止める事を諦めた涙を袖で拭う。

あーしともあろう者が、ヒキオなんかに泣いてる姿を見られてしまうなんて……でも、不思議と悪い気分ではなかった。

 

『わかった。なんとかする』

 

あの、心を感じられる、本物の表情を見てしまったからなのかな……

 

 

× × ×

 

 

「うわっ……超ヒドいし……」

 

あーしに気を遣ったであろう、ヒキオが立ち去ってくれた奉仕部の部室で、泣き止んでから鏡で見た自分の顔に愕然とした。

 

「最悪だし……こんな顔ヒキオに見られてたとか……」

 

なんだか無性に顔が熱くなってきてしまった。

ただ泣き顔を見られたってだけでも恥ずかしいのに、こんなパンダみたいな顔でヒキオの目をしっかりと見つめてたのか……こんな顔見たヒキオ、まじ許すまじ……

 

 

ここ最近、あーしはずっと悩んでいた。

隼人が……他校の女子二人と遊んでいる所を目撃してしまってから、あーしはずっと隼人との距離を測りかねていた。

 

あーしは隼人が好き。優しくて格好良くて、誰からも愛されてて。

そんな隼人の隣に居たくて二年になってからずっと傍に居たけど、隣に長く居れば居るほど、隼人がどこを向いて居るのかが分からなくなってきていた。

 

それでもっ……それでも隼人に一番近いのはあーしなんだって自負があった。

隼人の優しい笑顔は皆に分け隔てなく向けられる。

それでもその有象無象の中でも、あーしだけは少しは特別だと思ってた。

でもあの日、見たこともない他校の女に向けられていたその笑顔は、毎日あーしに向けられるものと確かに寸分違わぬものだった……

 

そしてここに来ての雪ノ下さんとの噂。

そして決して明かそうとしない進路。

 

だから……あーしは隼人との距離を測りかねている。

 

 

……隼人にとってのあーしって何?

 

 

でもこんなのは嫌だ。だってあーしが隼人を好きな気持ちは本物なんだし……だからこのままクラスが分かれて疎遠になるのは絶えられない……

せめて、もうほんの一時の間だけでも隼人の隣に居て、隼人の特別になりたい。

 

だからあーしは奉仕部にお願いに来た。知りたい事があるから。

雪ノ下さんとの事?明かさない進路?

 

違う。ただ、気持ちが知りたい……

 

 

× × ×

 

 

それにしても……ヒキオって、あんなんだったっけ……?

誰とも喋らず誰とも関わらず、いつも一人で居るアイツ。

なんで結衣があんなのに惚れ込んでるのか全然分かんなかったのに、さっきのあの表情には……悔しいけどちょっとドキリとさせられた。

 

 

トイレに駆け込んでメイクを直し、結衣と二人で帰る帰り道。

あーしは結衣にちょっと聞いてみた。

 

「……あ、ね、ねぇ結衣」

 

「ん?どしたの?優美子」

 

「……ヒ、ヒキオってさぁ……部活ではいつもあんなんなの……?」

 

すると結衣はポカンとした顔で首をかしげる。

 

「あんなん……って?」

 

「あ、いや……ヒキオってさぁ、普段は暗いしキモいし情けないしキョドってっし、どーしようもないじゃん?」

 

「や、やー……あはははは」

 

うわ……あーしヒドいな……

隠してるつもりとはいえ、友達から好きなヤツをこんな風に言われたら嫌だよね。

 

「でもさ……さっきあーしの相談乗ってる時のヒキオは、なんて言うかちょっとカッ……いやいや!……ちょっと頼りがいありそうってかなんというか……」

 

あ、あーしなに言ってんだし!?危うくヒキオなんかの事カッコいいとか……っ!

 

またキョトンとした結衣だが、その表情がみるみると破顔した。

 

「えへへ〜!そーなんだよっ!ヒッキーって普段はホントどーしようもないヤツだけどさっ、いざとなると急に頼れるというか格好良くなるというか……ってあれ!?あたしなに言っちゃってんのかなー!?……たはは〜」

 

真っ赤な顔で手と顔をぶんぶんする結衣だけど……あーしもついさっきそうなりかけたから何とも言えないし……

 

 

そっか……アイツのああいうとこに結衣は惹かれてんのか。

あーしも、明日からヒキオの見方も接し方も変えてみっかな。

 

 

× × ×

 

 

結論から言うとダメだった……

あーしは翌日から、なぜか恥ずかしくてヒキオの顔を見れなくなってしまった……

 

休み時間も授業中も、とにかくヒキオの居る席とは反対側に頬杖を突いて、視界にヒキオが一切入らないようにしていた。

 

は?意味わかんないし!なんであーし、こんなんなってんだしっ……

これはあれだ。ヒキオなんかに泣き顔見られたからだ。ヒキオなんかにあんなパンダ顔見られたら、そりゃ恥ずかしいっしょ。

 

だからちょっとでもヒキオを視界に捉えただけで、熱くなったりドキドキしたりしちゃうに違いない。

ヒキオまじ許すまじ。

 

結局、その日からヒキオとの接触を一切しないまま、依頼である進路希望調査表の提出期限限界とも言えるマラソン大会の日を迎えてしまった。

 

 

× × ×

 

 

あーしは今、男子がスタートするのを最前列から見ている。

でも最近はめっきり距離が開いてしまった隼人に、応援の声を掛けられないでいた。

 

学校中の女共が葉山くん葉山くんと苛つく声をあげる中、あーしだけは声が出せない……しかしその時すぐ隣で……

 

「葉山先輩がんばってくださーい!……あ、ついでに先輩も」

 

有象無象の中でもひときわ勘に触る一年生のこの女が声を張り上げ、隼人は軽く手を振りそれに応えた。

 

どうよ?とでも言わんばかりに横目であーしをニヤリと一瞥する。

 

「は、隼人。……が頑張ってね!」

 

ムカついたあーしはこのムカつく一年に反発するように声を出す。あーしらしくもないか細いか細い声で……

はぁ……こんな小さな声じゃ隼人には届かない……そう諦めかけた瞬間、隼人はあーしだけに手を上げて応えてくれた……

 

嬉しいっ……やっぱ、隼人は優しい……

なんだか隣の一年が満足そうな微笑みを浮かべてあーしを見てたけど、なんかムカつくから気にしない。

 

 

ようやく隼人に声を掛けられた。ようやく隼人があーしに応えてくれた。

その嬉しさから周りが見える余裕が持てたあーしの目に飛び込んできたのは、全っ然らしくないアイツの姿。

 

……なんでヒキオが?マラソン大会なんて興味もないであろう、適当に流すであろうヒキオが、なんで最前列に陣取ってんの……?

 

 

× × ×

 

 

マラソン大会は当たり前のように隼人の優勝で幕が下りた。

やっぱり隼人は凄い!隼人は格好いい!

 

そして隼人は今、表彰式で優勝者のコメントをしていて、あーしはそれを惚れ惚れと聞いている。

 

「途中ちょっとやばそうな場面もあったんですけど、良きライバルと皆さんの応援のおかげで最後まで駆け抜けられました。ありがとうございます」

 

やっぱり隼人は素敵だな……あーしは、こんな隼人の特別になりたい……

 

そんな事を考えて油断していた時…

 

「特に優美子と、いろは……、ありがとう」

 

 

……隼人……!

やっぱり、やっぱりあーしは隼人の特別で居られたんだ……!

あーし今、最高に幸せだし!

 

 

表彰式を終えて壇上から降りてきた隼人を迎え入れる。

 

笑顔であーしに真っ直ぐ向かってきてくれる隼人。

笑顔で迎え入れる事の出来たあーし。

 

もうそこにはここ最近の距離感なんて無かった。

ちょっと戸部が五月蝿くて邪魔だけど、そんな些細な事はもうどうでもいいと思える幸福感で溢れていた。

 

 

……でも……そんな幸せな瞬間なのに……またもあーしの視界に飛び込んで来たのはアイツの姿……

 

なんで?なんでヒキオはあんなにボロボロになって足を引き摺って、こんなにも楽しく華やかな空間から一人去っていくの?

 

 

× × ×

 

 

「そっか……。隼人、文系行くんだ」

 

「うん。たぶん、って感じなんだけど」

 

マラソン大会の帰り道、あーしは結衣たちと一緒に歩いていた。

詳しくは知らないけど、いつの間にか調べてくれていたらしい。

 

「じゃ、あーしもそれでいーかなー」

 

そういうあーしに雪ノ下さんは「それでいいのか」と咎めるように諭してきたが、あーしにはこれしかないし。

だからあーしの進路はそれでいい!

そんな決意表明をしていると、キモく後ろを付いてきていたヒキオが、苛つく一言をあーしに投げ掛けた。

 

「大変だぞ、アレの相手は」

 

ヒキオムカつく……

ちょっとあーしが見なおしてると思って調子に乗ってんじゃないし。

だからあーしは久しぶりにヒキオの顔を見て、苛立たしげに言ってやった。

 

「は?ヒキオに言われるまでもないんですけど。そういう、なに……めんどくさいのも含めて、さ……やっぱいいって思うじゃん」

 

そうだ……大変だろうがめんどくさかろうが、あーしにはそれしかないから……!

 

「結衣、ありがとね……あー、あとヒキオも」

あーしは依頼を完遂してくれた奉仕部にお礼を言った。ヒキオなんかにもお礼を言ってやった。

こいつが何の役にたったのかなんか知んないけど。

 

「あと……、雪ノ下さん?もさぁ……。その、なに、なんか…………ごめん」

 

あぁぁぁっ……ホントあーしらしくないっつの!

でも、なんか良く分かんないけど、あんま悪い気しない……かも。

 

 

そしてあーしらは、このあと隼人の為に開かれる打ち上げへと向かうのだった。

 

 

× × ×

 

 

打ち上げと言う名の隼人祝勝会は大いに盛り上がった。隼人を中心にいつものメンバーが集まり、あーしも今までの胸のつかえが取れていたから、とても最高の一時だった。

 

ただ、会が始まって早々ヒキオが帰って行ったのがなんだか気になってしまった。

どうせアイツがこういう場に慣れてる訳なんかないし、居心地悪くてすぐ帰ったんだろう。

 

そうは思うんだけど……なんか最近ダメだなあーし。

隼人との距離感に悩んでいたからか、ちょっと変になってんのかなー。

たまに頭ん中チラチラすんだよね……ヒキオの奴が……

 

 

盛り上がりまくる打ち上げも二次会へと進み、そして三次会どーする?となった所で、明日も学校だしな、という事でお開きになる。

 

隼人と名残惜しい別れを済ませ、今あーしは結衣と二人で帰宅していた。

 

「いやー、今日は疲れたけど楽しかったよねー!」

 

「ん、まぁね。結衣……今日はホントにあんがとね。マジ助かったし」

 

すると結衣は慌てて顔の前で両手をぶんぶんさせる。

 

「いやいや!さっきも言おうとしたんだけど、あたしは何もしてないし何も出来なかったしっ!お礼ならヒッキーに言ってあげてよっ」

 

……ヒキオ?あいつが進路を聞き出してくれたん……?

 

「ま、まぁ一応さっきヒキオにも礼言ったしいんじゃね?……あ、そーいやさぁ、マラソン大会の後、ヒキオなんでボロ雑巾みたいになってたん?ケガもしてたっぽいし」

 

柄にもなく頑張っちゃってすっ転んだんだろうけどさ。ダサッ!笑える!すると……結衣の表情が一変した。とても悲しそうな表情に……

 

「やー……具体的にどうやったのかは知んないけど、たぶん隼人くんから進路聞き出す為に……また無茶しちゃったんだよ……」

 

「……は?」

 

え……?なに……?どーいうこと……?

あーしの依頼の為に、ヒキオがあんなボロボロになってたっての……?

 

「……ヒッキーってさ……いっつもそうなんだー。誰かの為にすぐ自分を簡単に犠牲にしちゃうの……本人は効率がーとか、犠牲なんかになってる覚えはねぇー、なんて言って、いつも平気な顔してんの……それはとっても凄くて、とっても格好いい事なのかもしんないけど……なんか、とっても悲しいの……」

 

 

こんな結衣の顔は初めて見た……とても悲しそうな笑顔。

いつも楽しく笑う結衣にこんな顔をさせるヒキオの顔が、あーしの頭にも過った。

 

 

『わかった。なんとかする』

 

 

なんだこれ?胸が苦しい……!

ヒキオの、あの時の心がこもった本物の顔を思い浮かべてしまい、あーしの胸がどうしようもなく締め付けられた……

 

 

あーしはその瞬間から、その顔とこの訳わかんない気持ちを、あーしの中の奥深く深くに封じ込めた……

 

 

× × ×

 

 

もう暦の上では春だというのに、まだまだ季節外れの真冬の如き寒さが続いている今日この日は、総武高校二年生最後の日。

明日からの春休みが終われば、休み明けには最上級生としての最後の一年が始まる。

 

 

あーしはそんな二年生最後のこの日、終業式後の誰も居ない教室で、もうここからは見る事のないであろう外の景色を眺めながらある人物を待っていた。

 

どうしても伝えたい事があるから。

どうしても伝えたい気持ちがあるから。

そして……どうしても聞きたい事があるから。

 

 

 

 

カラリ……静かに静かに開く教室の扉の音に、あーしの鼓動が激しく脈打つ……

 

もう心臓が爆発しそうだ……顔も身体も信じられないくらいに熱く火照ってるし……

 

 

「どうしたんだ?こんな所に呼び出して」

 

 

その声に……あーしは震える足をなんとか押さえつけ、そして、覚悟を決めて振り向いた。

 

 

 

 

続く

 






という訳で今回は皆さん待望のあーしさんでした!

私の書くSSは結構真面目系(めぐりん回とか?)かアホなおふざけ系(大志とか大志、あと大志とか)に分かれますが、たぶん今回のあーしさん編には特にお笑い要素はありません!
期待ハズレだった場合はスミマセン><
読者さんはどっちも好きだと信じて、今回は真面目系で攻めたいと思います。



それではまた次回っ

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