「やっほー比企谷。デートしよっ♪」
「…………は?」
今あたしの目の前には、心の底から「は?」って顔した比企谷が立っている。
うん、そりゃ意味分かんないよね。
だからあたしは、もっとゆっくりと聞き取りやすいように言ってやる。
「だからさー。比企谷、デートしよっ♪」
「いやなんでだよ。突っ込む所が多過ぎて、もう言葉もねぇよ……」
ふむ。物分かりの悪い奴め。ここは一旦整理してみっか。
× × ×
はぁ……なんだろ?結構緊張すんなぁ。
あたしは比企谷の家のインターホンを押すのを少し躊躇っている。
あたしが比企谷に会うってだけで、こんなにらしくもなく緊張してるだなんてなんだかウケる。
押そうと伸ばす指は小刻みに震えてるし、よくよく見たら足も震えてやんの!
これは全部千佳のせいだな。
でもいくら緊張してるからって、なんにも確かめもせずにこのまま帰るだなんて、そんなのあたしらしくないでしょ!あたしはそういうウケは求めてないから。
あたしは覚悟を決めてインターホンを押した。
足は笑ってるのに顔は笑ってないとかウケるでしょ……
しばらくすると、よく見覚えのある淀んだ目で猫背の男が、スウェットにカーディガンを羽織った姿で玄関を開けて、声もなく大層驚いた顔をしていた。
だからあたしは開口一番言ってやったのだ。
「やっほー比企谷。デートしよっ♪」
× × ×
少し状況を整理したところで、比企谷から声が掛かる。
「大体なんでお前ここに居んの……?」
「ああ、そういう事か。いや、一色ちゃんに電話して聞いたからさ」
すると比企谷はさらに「は?」って顔をした。
「いやいや意味分からん。なんで一色なの?」
「だってクリパん時、一色ちゃんウチの生徒会の連中と連絡先交換したじゃん?だから生徒会の連中から一色ちゃんの連絡先聞いたんだー。んで一色ちゃんに比企谷んち聞いたら、超渋々だったけど中学ん時の用事があるからどうしてもってお願いしたら教えてくれたよっ」
「いやそもそもなんで一色がウチの住所知ってんだよ恐えーよ……」
ありゃ?そっからのツッコミなの!?
やっぱ一色ちゃんて侮れないな。ウケるっ!
「ま、今はそんな事どうでもいいじゃん!あたしはそんな事知んないし!……だからそれは一先ず置いといて、比企谷ー!デートしようぜー?」
「だが断る」
「だよねウケる!」
「いやウケないから」
ぶっ!このやり取りってなんか好きっ。
中学ん時もこんな感じで喋れてたら、なんか違ったのかな……?
「ま、ウケてもウケなくてもなんでもいいや。とにかく早く行こ?」
「だからなんでだよ。俺は土曜の朝はアレがアレして忙しいんだよ」
「どうせアニメとか見るくらいでしょ?ウケる」
やっぱなかなか強情だな比企谷のやつ。
でもなんだかんだ言っても比企谷は優しいから、こういうお願いの仕方をすれば来てくれるってのは知ってるよ。
「じゃあ先に行って待ってっかんね、来るまで。この寒空の下、比企谷が待ち合わせの場所に来るまであたしずっと待ってるからー」
そう言うとあたしは手を振って駅へと歩きだした。
「それもう脅迫じゃねぇか……おい、ちょっと待て。待ち合わせってどこだよ……」
脅迫とは失敬な!お願いだよ?お・ね・が・い!
でもやっぱ簡単に釣れたよ比企谷の奴!超ウケる!
面白かったから、あたしはすごい笑顔になっているであろう顔を比企谷に向けてこう答えた。
「千葉駅のヴィジョン前っ!」
× × ×
「比企谷おっそい!」
あたしがヴィジョン前に着いてから20分程度でやってきた比企谷に、一応文句を言ってみた。
ホントは思ってたよりもずっと早くてびっくりしたくらいなんだけどね!
「そこは今来たトコって言う所なんじゃねぇの……?」
「バカじゃん?あたしの方が同じ場所から早く出発したんだから、今来たトコなわけ無いじゃん、ウケる!」
「それあるー」
むっ!比企谷め!それあたしの真似じゃん!しかも超棒読みでやんのっ。
一応ジト目で比企谷を睨んでみたんだけど……ダメだっ!なんだか楽しすぎて口元が勝手に上に歪むんですけど!
ヤバいなあたし!なんか滅茶苦茶テンション上がってきた!
「……しっかし、なんでいきなり家来ていきなりデートなんだよ」
比企谷それ全っ然ウケないから!
せっかくのデートであたしのテンション上がってんだから、比企谷も楽しみなさいよねっ!
「……まぁちょっと確かめたい事あんのよ」
「確かめたい事ってなんだそりゃ。それと俺と……デ、デートって……なんか関係あんのかよ……?」
「大アリだからわざわざ来て貰ったんでしょー?……もぉ!今はそんな事どうでもいいからとりあえず楽しもっ!」
そう言うとあたしは比企谷の腕を掴んで歩きだした。
さすがのあたしでも、いきなり手は難しいや。
「おいっ。手を離せ……で?どこ行くんだよ」
「へへ〜。映画っ」
あたしは手を離したりもせず笑顔でそう答えると、目的の映画館へと比企谷を引っ張っていった。
× × ×
映画館に付くと、なんと比企谷はそれぞれ別の見たい映画を見ようと提案してきた……
こいつマジで言ってんの?と驚愕の表情を向けたらマジだった……
却下!と頭をゴツンと叩くと、本当に渋々と同じ映画を見る事を了承し、今あたし達は隣同士で上映を待っていた。
「まさか比企谷と二人っきりで映画館に来て隣同士で座ってるとはね〜!前四人で来た時もウケたけど、今日はさらにウケるっ」
「そりゃこっちのセリフだっつの。無理やり連れてきたお前がウケんな」
「だよねー」
あたしの左側に座る比企谷は、左側の肘掛けに体重を掛けて一定の距離を取っている。
そういえば前に来た時も比企谷はこうやって反対側に体重を掛けて、あたしとの距離を取ってたような気がする。
あの時は右側に座っているあたしも右側の肘掛けに体重を掛けて座ってたっけな。
そうしてお互いに近付く事の無い距離感を保ってた……
でも今日はあたしは左側の肘掛けに体重を掛けている。近付かないハズの距離感をあたしから縮めてやった。
チラリ横目で比企谷を覗き見ると、なんだか近めなあたしとの距離感に所在なさげにキョドってて吹き出しそうになったけど、ちょうどそのとき劇場の証明が落ち、そのオドオドしてる比企谷の顔が暗がりで見えなくなってちょっとだけ残念に感じてしまったあたしは、どうやら比企谷と一緒に居るのがどうしようもなく楽しいらしい。
× × ×
「ていうかマジで比企谷最っ高!何回ビクッとすんのよ!ビビりすぎだっての!」
「いや思ってたより音でかかったから」
なにこれデジャヴ?
なんか前ん時もこんな感じじゃ無かったっけ!?
比企谷どんだけビクッとすれば気が済むのよ!マジウケる!
「いやー、でも映画もなかなか面白かったよねー」
「まぁそうだな。……で?このあとはどうすんの?帰る?」
…………ホント比企谷って……あたしがジト目で睨んだままだったから、その間に気まずくなったのか
「それあるー」
「いや無いでしょ。てかセルフでそれあるとか禁止だから」
「え……?なに、そういうルールがあんの?」
「たく……ほら、バカやってないで次行くかんね!そもそもあたしの真似禁止っ」
あたしは嫌がる比企谷の腕をまた捕まえてとっとと進みだす。
ふむ……もし比企谷と付き合うとしたら、こういうトコ大変かも。
「わあったって……引っ張んないでも行くから。……で?次はどこ連れてかれるんだ?」
比企谷のその質問に、待ってましたとばかりにニヒっと答える。
「パルコっ!」
× × ×
パルコに着いて、各フロアで洋服や雑貨、おしゃれなインテリアなんかを見て回る。
インテリアの店では展示品のソファーで比企谷を隣に座らせて赤くさせたり、服屋ではセールになってる服で比企谷相手に一人ファッションショーを開催したり、雑貨屋では、どう使うか分からないという顔で雑貨を見る比企谷に、隣同士肩を並べて、これはこう、あれはこうと説明してあげたりした。
ああ……千佳との買い物とも前に葉山くん達と来た時ともまた違ってメチャクチャ楽しいなぁ。
あたし、やっぱり比企谷と一緒に居る時間は堪らなく楽しいんだ。
ただ比企谷は……あたしが次の行き先をパルコに決めた時から、たまに訝しげな表情をするようになった。
勘の良い比企谷の事だ。今日のデートコースになにかしらの意図があるんだと気付いているんだろう……
二人っきりの買い物デートを満喫し、あたしは比企谷にこう切り出した。
「比企谷ー、あたしお腹減った!」
「そうか」
もうあたしの次の目的地を理解しているのであろう。比企谷は一言そう言うと、無言でパルコを出て次の目的地へと向かう。
そう。今日の比企谷とのデートは、あの日のやり直し。
あたしはどうしてもあの日をやり直したかった。比企谷と二人で。
あの日、比企谷の存在も意味も全く意識せずに過ごしたあの日を、知らず知らずのうちに比企谷をバカにして比企谷を傷付けて、そんな愚かなあたしを葉山くんに見透かされてしまっていた最悪のあの日を、今のあたしが比企谷と二人で一緒に過ごしたら一体どう感じるのかを、どうしても確かめたかったのだ。
確かめてみれば答えが出ると思った。
あたしは本当に比企谷の事を好きになってしまっているのかを。
そして、その答えは……
× × ×
無言の食事が終わり、今は二人してコーヒーを飲んでいる。ホントは楽しくお喋りしながら食べたかったんだけどね。
沈黙の中、ようやく比企谷が口を開く。その口が出したのは予想通りの言葉。
「……で?どういった目論みだ?」
ま、そう来るよね。だからあたしは正直に答えよう。
「そうだね……目論みってか、今日の目的は二つある……かな。……まずは一つ目」
すぅ……と一息ついてから、あたしは頭を下げた。
「ごめんなさい。あたしは比企谷の事、全然知らなかった。何にも知らない癖に、勝手に比企谷を笑ってた……何にも知らない癖に、比企谷に告られた事を仲の良い友達に話しちゃった。話した事で、それがクラス中に広まって比企谷が笑い者になっちゃうなんて知りもしない癖に……そして興味無かったから、その事で比企谷が笑い者になってた事さえも知らなかった……クラスのイジられ役の子が、違うネタでまた面白くイジられてるってくらいの認識しか無かった……」
そこで一旦言葉を切り、ふぅ〜と深く深呼吸をする。
「何にも知らない癖に知ったつもりになって、勝手に判断して相手を知らずに傷付けているなんて一番最低で一番無責任な行為だよね。だから本当にごめんなさい」
改めて頭を下げたあたしを比企谷は否定した。
「別にお前に謝られるいわれはねぇよ。俺だって、お前に勝手な理想を押し付けて勝手に惚れたつもりになって、勝手に告白したってだけの話だしな。だから気にすんな」
やっぱ比企谷は優しいね。自分の考えを引き合いに出す事で、一発であたしの気持ちを楽にしてくれたんだもんね。
ホントはまだまだ自分のバカさ加減に納得なんていってないけど、ここでさらに「そんな事ない!」って比企谷の考えを否定したら、それこそ比企谷の優しさを無下にしちゃうね。
だからあたしが返す言葉はこれ以外には見つからなかった。
「……そっか。じゃあお互いがお互いを知らなかったって事で、どっちも悪かったって事でっ」
するとあたしの意図を理解したんだろう。比企谷はニヤリと口元を歪ませて一言こう言った。
「おう、そういう事だな」
「じゃあこの話はここまで!」
よし!これで過去を振り返るのはもうおしまいっ!
ここからはあたしらしく、前だけ向くかんねっ!
× × ×
「で?もう一つってのは?」
一つの目的が終了したわけだから、比企谷が当然のことながら話題を次の目的へといざなう。
ふぅ…………ヤバい!どうしよう!……ここにきてすっごい緊張して来ちゃったよ……
今さっきあたしらしくって思ったばっかなのに、こんなのあたしらしく無いよね。
だからここは思いっきりあたしらしく、なんの変化球もなく、どストレートにこの気持ちを伝えてやろう!
「……比企谷。ん!んん!ふぅ〜……うーんと……オッケー!」
「……………は?」
親指を立てたあたしの渾身のオッケーポーズに、比企谷がこの上ないくらいに馬鹿を見るような顔を向けてきた。
「だからぁ……オッケー!」
「いやだから何がだよ」
くそ……比企谷のクセに今日は何度も白い目を向けて来やがって!
直球で行き過ぎたかな?いや、かなりの変化球だったねこれは……
照れ隠しもここまでくるとウケないから!今度こそちゃんと言ってやろう。
「……二年越しになっちゃったけど、比企谷の告白……オッケーだから……あたし」
うわっ……かっこ悪っ……どストレートだのちゃんと言ってやろうだのと強気に思ってたのに、あたしから出てきた声は笑っちゃうくらいの小さな小さな声……
恐る恐る比企谷の顔を覗き込むと、本日一番の「は?」って顔して固まってた。
しばしの沈黙……
うう……なんか言ってよ比企谷……
次の瞬間、比企谷から出てきた言葉はムードもへったくれもないこんな一言。
「……え?なにそれ?罰ゲームかなんか?」
罰ゲームって……
ぷっ!あまりにも比企谷らしい返答に思わず吹き出してしまった。ホントこいつウケるよね!
「あははっ!なんで罰ゲームなのよ!本気よ本気!あたしはどうやらあんたが好きみたいだから、あんたの告白にオッケーしたのっ」
比企谷の発言のおかげで緊張もなにも無くなっちゃったよ。
残ったのは笑える面白さと、ちょっとだけ心地のいいドキドキだけ……
「……今日確かめたかったってのはコレなんだよね。なんか悔しいんだけどさ、クリスマスイベントで再会した後、あたし千佳に比企谷の事ばっかり話してたらしくってさ、ついこないだかおりって比企谷くん好きでしょ?って言われちゃってさ。ウケるっしょ!?……でもいまいちピンとこなかったから、あの時と同じコースを二人で巡れば、自分の気持ち分かるかなぁ?って思ってさ……で、結果は……………超楽しかった!んで超嬉しかった!どうやらあたしは比企谷が好きみたい!だからオッケー」
唖然とした様子であたしの独白を聞いてくれていた比企谷が慌てて口を開く。
「ちょ、ちょっと待て!何年前のこと言ってんだよお前!別に今付き合ってくれとか頼んでねぇし!」
訳分からんと真っ赤な顔で必死にあたしを説得する比企谷の顔は超傑作!
「だよねー!ウケる」
「いやウケないから」
まぁそうくる事はもちろん分かってたっての。
でもここからが本番♪
「でもさ、いくら昔とはいえ、比企谷があたしに告ってあたしはそれを了承した。つまりその時点であたし達は恋人同士になったってわけよ」
「なにその理論……」
「……で、比企谷が今あたしを振った事によってその恋人同士が解消されたわけだから、今のあたし達の関係は……」
あたしは人差し指を立ててウインクしながら比企谷に笑い掛ける。
「元カレと元カノって事っ!」
「なにその超理論……ウケる」
「ねっ!超ウケる!」
「いやウケないから……」
そしてあたしは佇まいを正すと、比企谷に上目遣いで迫ってみた。
「……だからさ、比企谷っ……ヨリ戻そう……!」
「いやなんでだよ」
そのあとも比企谷は「意味が分からんそれはお前の一時の勘違いだ」とかって抵抗してたけど、それこそ意味分かんないし、勘違いって何?ってまくし立ててやった。
だって、今こうしてあたしが比企谷の事を好きだって思えてる気持ちは間違いなく本物で、そこには他に意味もなければ勘違いもない。
ただ純粋に好きだって思えたこの気持ちに、他に意味を見出だす必要なんて何にもないでしょ?
「とにかく!あたしはこういう気持ちだから、比企谷がヨリを戻してくれるって言うまでガンガン行かせていただきますのでっ!」
失礼にも超嫌がってる比企谷に、あたしはあたしらしく、ニヒっと力強くそう宣言したのだ!
あたしの記憶の中のアイツは、いつだって辛そうな苦笑いばかりを浮かべてた。
だから今度は……あたしがあたし自身の力で、あたしの記憶の中のアイツを笑顔でいっぱいにしてみせる!
記憶の中の辛そうな苦笑いなんか掻き消しちゃうくらいに、たくさんたくさん笑顔にしてみせる!
だからさっ、これからは二人でたくさん面白い事してたくさん色んな経験して、そしてたくさんウケようよ、比企谷っ!
終わり
ありがとうございましたっ!折本かおり編のラストでした!
ようやくこの話が書けて感慨深いです。
構想はさがみんSSと同時期でしたからね〜(しみじみ……)
もっと長編にして一つの作品にする事も考えたんですけど、色々とやりすぎて(あざとくない件と短編集と戸塚と同時進行はさすがにヤバい……)収拾が付かなくなっちゃいそうだったんで、この短編くらいがちょうど良かったです(笑)
今まで色んなヒロインを書いて来ましたが、やはりこの折本は他の誰よりもフリーダムで楽しかったです!
それではまたお会いしましょうっ(*´∀`*)ノ~~
次はみんな大好きあーしさんですよぉ?