八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ【後編】

 

 

 

比企谷先輩がまっすぐに私のもとへと歩いてくるのを、私はニヤつきを抑えようともせずにジッと見つめる。

こんなシチュエーションは二度と無いんだし気持ちを抑えちゃうのもなんだか勿体ないもんね!

 

どうせ口元は隠れてるんだし、欲望のままにしっかりと目に焼き付けておこう。

比企谷先輩と待ち合わせをして、比企谷先輩が私を見つけて、比企谷先輩がまっすぐに私へと向かってきてくれているその姿を。

 

どくんどくんと早鐘のように鳴り響く鼓動を掻き分けて、先輩は私の目の前へとたどり着く。

 

「おう、悪い。待たせちまったか」

 

「いえいえ、さっき来たとこなのでお構い無くっ。そもそも何時でもいいって言ったのはこちらなんですから」

 

実際は結構待ってたけど、正直最悪な想定よりは遥かに早い。

もしかしたら、私が待ってると思って奉仕部を早めに抜けてきてくれたのだろうか?

 

「そうか。……ところで家堀」

 

「はい?」

 

「さっき家堀が目についた時からずっと気になってたんだが……」

 

……え?なになに?どうしたの!?もしかして私が可愛くて惚れちゃった!?なにそのラッキースケベ!

スケベではない。

 

「なんでそんなにすげぇニヤついてんの?」

 

……………ふぇ?

 

「俺、登場した瞬間から、なんかお前に笑われるような感じだったか?」

 

 

………………………!!

 

 

ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!

私は脳内でムンクのように叫ぶっ!

 

私バカなの?死ぬの?

マフラーで口元隠れてるからって油断してたけど、思いっきり目元は丸出しじゃんっ!

 

『良かった、今が冬で……だって………口元にまで上げたこのマフラーが、このだらしなく緩んだ顔をしっかりと隠してくれるから…………(キリッ』

 

じゃねぇぇぇよぉぉっ!!

超〜〜〜恥ずかしいっ……!目が合った瞬間から、超ニヤついてたのがバレバレだったって事じゃないのよぉぉっ!

てか目元だけでニヤニヤがバレてるって、私どんだけ緩みきった顔してんのよっ!?もう完全に変態顔じゃないっ!

 

 

お、落ち着け香織っ!あんたは出来る子!あんたなら大丈夫っ!

 

 

「あ、いやぁ……ただ比企谷先輩と待ち合わせしてるってこのシチュエーションの異常さに思わず笑っちゃったといいますか……」

 

え?なにこれ?フォローになってんのこれで?

すると比企谷先輩はすっごい呆れ顔で睨めつけてきた。

 

「お前に呼び出し食らったのに異常ってひどくね?……まぁいい。てっきり『うわっ、あいつマジでノコノコ来やがったよ(笑)』っていう俺のトラウマを抉りにきてんのかと思ったわ」

 

……ふぅ……どうやら誤魔化せたみたい……あっぶね!

てかそんな黒歴史満載なトラウマを堂々と公開しないでっ!?ギュッと抱き締めてあげたくなっちゃうっ!

 

「いやいやまさかまさか!……えっと、今日はご無理を言ってしまい申し訳ありません。そしてわざわざ本当に来てくださってありがとうございます!」

 

私は恭しく頭を下げた。

知ってるかもしんないけど、私ってホントこういう所はしっかりしてんのよ?

 

「家堀って一色の友達の割には、そういうとこちゃんとしてんのな。ま、あいつも締めるとこはちゃんと締める奴ではあるが」

 

「ふふっ、私こう見えてちゃんとわきまえるタイプですのでっ」

 

「トップカーストで、俺みたいなのにも丁寧に接っせられて、そのうえ隠れガチオタか。なかなか表情豊かな奴だな」

 

褒められてんの?貶されてんの?

好きな人に隠れガチオタと誤解(誤解のはずっ!私オタクとかじゃ無いですからっ)されてるのに、そう言う先輩の悪い笑顔を見てると、まんざら悪い気がしてこない私はなかなかのMのようですね☆

 

 

こうして私と比企谷先輩の一日ぶりの再会は、ドキドキと恥ずかしさと情けなさと、そしてお互いに自然な笑顔で幕を開けるのだった。

 

 

× × ×

 

 

しかし比企谷先輩に会った以上、あの事はきっちり言っとかねばならないよね。

確かに今日はこんな卑怯な真似してるけど、私はそこまで落ちぶれちゃいない。比企谷先輩がそっちを選ぶんなら、最初から私は気持ち良く見送る気でいたのだから。

 

「あ、ところで比企谷先輩。今日っていろはが熱を出して学校休んだのは知ってますか!?」

 

「そうなの?全然知らなかったわ。どうりで今日はやたら静かだと思った」

 

知らなかったんだ……いろは、私達には熱出たって連絡してきたのに……心配、させたくないのかな……?

絶対にお見舞い来て欲しいくせに……

 

「あの……別に今日私は大丈夫なんで、なんでしたらいろはのお見舞いに行きますか?」

 

私はどうやら比企谷先輩が好きらしい。でも、いろはの恋の応援をするというスタンスを変えるつもりなどさらさら無いのもまた事実。

私がこの人に片想いしてるのと、いろはの恋が上手くいくのを想う気持ちは全くの別問題だもん。

 

だから比企谷先輩がいろはが心配でお見舞いに行きたいのなら、それでいろはが喜ぶのなら、私は喜んで送り出すつもりなのですよ。

 

「てか家堀は行かなくていいのか?お前が行きたいのなら俺はもう帰るが」

 

「はへ?帰る……?」

 

思わず変な声出ちゃったわ!

いろはのお見舞いだっつってんのよ!?私はっ!どこに帰るって選択肢があったの!?

 

「いやいや比企谷先輩!なんで帰るんですか!いろはのお見舞いはっ!?」

 

「いや、そもそもなんで俺が一色の見舞いに行くって選択肢が用意されてるんだ?やだよ」

 

やだよってあんた……

 

「あいつんちなんか行った事もねぇしめんどくせぇし、そもそも俺が行ったってキモいだけで悪化しちゃうだろ。どんな罵り受けるか分かったもんじゃねぇっての」

 

……いろは……あんたそろそろ素直に接した方がいいって……

 

「いや、でも比企谷先輩が来てくれたら喜ぶと思いますよ……?」

 

あんなにも比企谷先輩との密会を超超楽しみにしてたのに、なんで私こんなにもいろはの肩持っちゃってるのん?本当は行ってほしく無いのに……

うぅ、だってなんか余りにもいろはが不憫すぎて……

 

くっ!親友ポジションスキルの高さが恨めしいぜっ……私のいい奴ステータスの高さは最大の弱点だったのか!

 

「喜ぶと言うよりは悦ぶってイメージだけどな。罵倒的な悦びで」

 

うん!いろはすゴメン!今日は比企谷先輩と楽しんでくるねっ!

 

「そ、そうですか!んじゃあ当初の予定通りにしましょうか!」

 

なんだよ私。結局テンション上がっちゃってんじゃんっ!

 

「そうか。家堀は行かなくてもいいのか?」

 

「いやぁ、私は友達に部活だって嘘ついて断わっちゃいましたんで!お見舞いはあの子達に任せときます」

 

「了解した。しかしそんな嘘ついてまで、内緒でオタ話したかったんだな……」

 

 

……………………。

 

 

ふぇぇ……つらいよぉ!このガチオタ疑惑はつらいよぉ!

 

「ま、まぁいいでしょう……べ、別にオタクってワケじゃないんですけどね…………さて!それでは行きましょう!」

 

よーしっ!それでは気を取り直してれっつらごーっ!!

 

「で?行くってどっか行くのか?」

 

 

ありゃ……そっからか。

そういえばここで集合ってだけで、どこに行くとかって言ってなかったっけな。

 

 

私には……ううん?私にも、好きな人と一緒に行きたいところがあるんだっ。

 

 

× × ×

 

 

「えっと、私はアールグレイとクリームブリュレで!先輩は決りました?」

 

「……じゃあ俺はコーヒーとモンブランを」

 

注文を終えるとソファー席に深く腰をおろした。

 

私達は今、例のお気に入りのカフェに来ていた。

新入生が入ってきてあのフリペが出回ったら、このカフェも総武生で混んじゃうのかしら?

いろははいくらこのカフェに比企谷先輩と一緒に来たいが為の口実だったとはいえ、フリペにこのカフェを掲載するってのは些か早計だったんじゃないの?

 

「こないだ来たばっかなのに、またここに来ることになろうとはな……しかも家堀と」

 

「あはははは……すみません……どうしても来たくなっちゃったもので」

 

いつかのいろはの言葉が頭を過る。

 

『いいな〜!彼氏……んー。彼氏とまでは言わなくても、大好きな人とこのお店でデザートつつきあったり他愛の無いおしゃべりたくさんしたりして、まったり幸せな時間過ごしたいなぁ』

 

そりゃ私だって女の子ですから?いろはのあの台詞に心が動かされないわけはないですよ?

いろはのあの日の台詞を聞いた瞬間から、それは私の夢にもなっていたわけなのですよ。ホンっトにちんまりとした乙女心な夢なんですけどね。

 

だから……比企谷先輩と一回きりのひとときを過ごせるんだって思った時に、すぐに頭に思い浮かんだのがここだった。

いざ来てみると、やっぱりすっげー背徳感に押し潰されそうで胸がズキズキ痛むけど、でも……今日だけは……私のちんまりの乙女心な夢を叶えさせちゃうことを許してね……

 

 

「むふふ〜!それでは比企谷先輩!待望のトークタイムをはじめましょー!」

 

「張り切りすぎだっての……こんな小洒落た店で話すような内容でもないだろうに……」

 

「気にしない気にしない!学校内でもあるまいし、旅の恥はかき捨てですよっ!」

 

「どこに旅立つんだよ……」

 

 

そして私は、夢にまで見た恋する人との語らい(オタトーク……)に身を投じたのだっ……!

 

 

× × ×

 

 

「いやー!超盛り上がっちゃいましたね〜!」

 

「お前興奮し過ぎだっての。マジで他の客からの視線が痛かったわ」

 

 

盛り上がったぁ!盛り上がっちゃったぁ!

超〜〜〜楽しかったぁぁっ!

 

『やっぱり……が……ですよね〜っ!』『バッカ、お前……は……だろうが』

 

 

『先輩先輩!……とか……って……でしたよねっ!』『おう。お前分かってんじゃねぇか。やっぱ……………………だろ!』

 

『私は……ぷしゅー……かしこまっ☆』『いやいやお前………ちゃんこー……ぷりっ……』

 

 

『あそこで……ハート……キュアで………だったら!』『いやホントそう!………が……プリンセス……………だろっ!』

 

 

お気に入りのカフェから千葉駅へと並んで歩く帰り道。

寒さも忘れて、さっきまでの最っ高のひとときを思い出してはニマニマがおさまらない私。

 

「なーに言ってんですかっ!比企谷先輩だって後半の方は超ハイテンションになっちゃってたじゃないですかぁ」

 

「……ぐっ!つ、ついな……くそっ、あんな店であんなんなるなんてな……また黒歴史だわ……」

 

今までずっとしてみたかったオタトーク。

それを好きな人と好きな空間であんなに盛り上がれるなんて…………夢、叶っちゃった……♪

 

でも何よりも嬉しかったのが、この腐った目の先輩が私の話であんなにも目をキラキラさせて楽しんでくれたこと。

 

 

「へへ〜っ!あ〜楽しかったぁ!」

 

「ま、まぁ予想外に俺もなかなか楽しめたわ……」

 

照れくさそうに頭をガシガシ掻く比企谷先輩。良かった……

 

 

肩を並べて帰り道を歩く二人の距離は、行きよりも随分と近付いている。

ちょっと手を伸ばせば繋げちゃうくらいの距離。

 

 

一応彼氏彼女の関係になったあいつとの手繋ぎデートはあんなにも違和感しかなかったのに……全然繋ぎたいなんて思わなかったのに……今は……すっごく繋いでみたい……

 

このたった10センチの距離が……果てしなく遠い。

そしてこのたった10センチの距離は、あとほんの数分後には、もうどんなに手を伸ばしても決して触れる事のない距離へと離れてしまう。永遠に触れられない距離へと……

 

 

ああ……想像していたよりも、ずっとずっとキツいな……ずっとずっと胸が苦しいな……

 

 

そして私達はあの場所へとたどり着いた。

あの日偶然出会って、そして昨日別れたこの場所に……

 

 

× × ×

 

 

カフェで盛り上がりすぎて、すっかり陽が落ち暗くなってしまった駅前で、私達のお別れの時がやってきた。

今日だけじゃない。手も心も永遠に触れ合えない距離へのお別れ。なんの繋がりもなくなるお別れ。

 

 

「比企谷先輩……今日は、本当にわざわざありがとうございました。とても有意義な時間を過ごせました」

 

私は恭しく頭を下げる。

数時間前、比企谷先輩を迎えた時とおんなじ格好なのに、その心は真逆の温度。

 

「お前、ホントにそういうとこちゃんとしてんのな」

 

数時間前と同じ返しをされたのに、私は同じ笑顔は作れない。

 

「あはは、まぁそれが私のウリなんで!」

 

たぶん今、顔に張り付けてある顔はどうしようもなく歪んでる。涙が零れてしまわないように、必死で力を込めてるから。

今が冬で本当に良かった。あたりが暗くなるのがこんなにも早いから。

情けなく潤んでしまった瞳を闇に紛れ込ませられるから。

 

でも……まだ儀式が残ってる。唯一の繋がりをこの手で断ち切る為の儀式が。

 

「あ!比企谷先輩!危うく忘れるところでしたよっ!はいこれ!」

 

私は手提げの紙袋を先輩に差し出す。

この人との唯一の繋がりの、あの香りのするラノベが入った紙袋を。

 

「もうホンットにめっちゃ楽しかったです!ありがとうございましたぁ!」

 

なんだよ。私って意外と演技力あんじゃね?

気持ちと態度が真逆なのにちゃんと対応出来てんじゃんっ……

 

「おう。喜んで貰えたんなら良かったわ」

 

「はいっ!いや〜ホント比企谷先輩には感謝感謝ですよ〜」

 

 

 

差し出した紙袋に比企谷先輩が手を伸ばしてくる。

 

……嫌だな……ホントはまだ返したくなんかない……

 

比企谷先輩の手が袋の持ち手を掴む。

 

……やめて……持ってかないで……!唯一の繋がりを……

 

比企谷先輩が紙袋を私の手から引き剥がす。

 

……やだ……離したくない……この手が離れてしまったら……

 

 

しかし無情にも紙袋の持ち手からは私の指が一本、また一本と離れていき、そして最後まで抵抗していた人差し指から、持ち手はするりと抜けた……

 

朝も放課後も、あれだけ重くてあれだけお荷物だと思っていたラノベの重みが幸せの重みだったのだと今気付く。

その幸せの重みを失った私の右手は、力なくダラリと落ちていった。

 

 

× × ×

 

 

これで最後だ。これで本日の私の目的はすべて終了する。

私は鞄から可愛くラッピングされた包みを取り出した。

 

「……で!ですねー。コレはほんのお礼です♪」

 

力も気力も失ってしまったけど、それを悟られちゃいけない!元気に振る舞わなきゃね……

 

「いや、別に礼とか要らんぞ?」

 

「まぁまぁそう言わずにどうぞどうぞ!せっかく美味しそうに出来たので!」

 

これで受け取って貰えなかったら死ぬに死にきれないもん!

これだけは受け取ってよ……先輩。

 

「美味しそうに?出来た?……えっと……なにそれ」

 

「ふっふっふ!チョコですよチョコ!まだちょっと早いですけど、手作りバレンタインチョコですよ!」

 

「へ?マジで?……いやいやなんで?」

 

まったくこの先輩は……チョコ貰うのになんでも何もなくない?

 

「あー……実はこないだいろはんちで女子会みたいなことしてチョコ作りしたんですよ。ホラ、いろはは手作りチョコあげたい人が居るじゃないですか」

 

「ああ、葉山な。あいつもホント打たれ強いよな」

 

あんただよあんた!まぁこれに関しちゃいろはも悪いけど、いい加減比企谷先輩も気付きなさいよっ。

 

「まぁそれは置いといてですね、その時私も教わって作ってみたんですよ。んでコレはその余りです!……ですからせっかくなのでお礼として受け取って貰えると助かるかな〜?って。だからバレンタインとか一切関係なく……単なる余り物として貰って頂けませんかねっ」

 

私は精一杯の笑顔を比企谷先輩に向けた。

なんにも意識とかしないでいいからね?っていう、なんの気負いもない笑顔を無理矢理作り上げて。

 

「そうか。……じゃあせっかくだから有難く戴くわ」

 

「余り物とはいえこの私の手作りなんですから、味わって食べてくださいよねっ!」

 

差し出したチョコをおっかなびっくり受け取ろうとする先輩に、両手で包みをギュッと押し付けた。

 

「そんなビビんなくても、変なものとか入ってませんって!ホラホラ、もう遅いんだからとっとと受け取ってとっとと帰ってくださいよ!」

 

「……へいへい、サンキューな」

 

「……はいっ」

 

この瞬間、私と比企谷先輩は、ただの後輩の友達と友達の先輩という、無関係の関係へと戻った。

 

「それでは!さよならです。比企谷先輩っ……」

 

よっし!本日の儀式は滞りなく全て終了致しました!

私は歪みかけてる顔を隠すべくクルリと背を向けた。

 

 

しかし……

 

 

「ああ、家堀。俺もすっかり忘れるとこだったわ。ホレ、これ持ってけ」

 

背を向けた私に先輩が差し出してきたのは、ズシリと重い持ち手付きの紙袋。

 

「……はい?あの……これは……」

 

「ああいや、お前昨日新しいラノベ探しに来てたってわりにはなんも買ってなかったろ。だからまぁ幾つか見繕ってきてみた。一応ラノベだけじゃなくて、読みやすくて面白いと思った一般文芸なんかも入ってるぞ。全部一巻だけだから、面白いと思ったもんがあったら言ってくれりゃ続きも貸してやっからよ」

 

 

紙袋を覗き込んで見ると、五冊くらいのラノベや一般文芸やらが入っていた。

 

頭が真っ白になった。

 

だって……借りてたラノベ返して唯一の繋がりを断ち切って終わりにするはずだったのに、なんで私の手にはまた幸せの重みの繋がりが握らされているの……?

 

「あ……比企谷先輩……こ、これは借りるわけには…」

 

「まぁ気にすんな。コレもあんなに楽しんでもらえたからな。つまんなかったらそのまま返してくれりゃいいし。それじゃあな」

 

呆然と立ち尽くす私を残して、比企谷先輩は駅の中へと消えていった。

 

 

 

さっきまでの私の覚悟を嘲笑うかのように、あの人の手により意図せずにまた繋がってしまった……

 

これって……これでいい……の?

ついさっきまで歪んでた顔が……涙で滲んでた瞳が、ポカンとしたまま固まってしまった。

 

 

しかし私は、なんだか妙な視線を強烈に感じて強制的に我に帰らされた。

 

え?なに?今のこの状態で妙な視線って、すげぇ嫌な予感しかしないんですけど……

 

私は恐る恐る妙な視線の先へと顔を向ける。

そこには………

 

「あ、いや、さすがにこれは……ねぇ?」

 

「えっと……さ、さぁて!私達はなんにも見なかったし……よっし、帰ろっ!」

 

「うん!……って、ちょっ!ちょっと待ってよぉ!紗弥加ちゃん智子ちゃん!私だけ置いてかないでぇっ!」

 

………………え?嘘?やばくね……?

 

 

「いぃぃやぁぁぁぁっ!!ちょっ!ちょっと待って!?これは!これは違うのぉっ!はな……話を聞いてぇぇぇっ!」

 

「やべぇ!略奪愛が追っ掛けてきた!みんな逃げてぇっ!」「捕まったら消されるーっ!」「か、香織ちゃんっ!さすがにコレはマズいと思うけど誰にも言わないから許してぇっ!」

 

 

うっさい!中西の恨みでいろはを陥れて生徒会長にさせようとしたお前にだけはマズいとか言われたくないわぁっ!!

 

 

 

はぁ……どうやらラブコメの神様はこの私、家堀香織には、物語をシリアスで締めさせてくれるような優しさは無いみたいです☆

 

 

 

× × ×

 

 

「ひどい目にあった……」

 

私は自室のベッドで力なく横たわる。

 

結局あのあと、いろはには黙っててくれるという条件付きで、全てを、す・べ・て・を!洗いざらい吐かされた……もう死にたい……

 

なんでよりによってアイツ等に見つかるかなぁ……でも見付かったのがアイツ等で良かった……もう死にたい……

 

あぁ……明日からどんな顔してアイツ等と顔合わせて、どんな顔して一緒にいろはの比企谷先輩トークを聞けばいいのよ……もう死にたい……

 

 

私はぐでぇ〜っと横になったまま、ベッド脇に置いといた紙袋からごそごそと一冊のラノベを取り出した。

 

「いろはの言ってた通りだぁ……マジであの男あざといわ……」

 

まさか……あのタイミングで……私が一番欲してた……この繋がりを渡してくるなんて……

 

私はごろんと仰向けになり、その新しい繋がりをペラペラと捲る。一枚一枚紙が捲れる度に、あの香りが鼻腔をくすぐる。

紙独特の香り。あと古本独特の香りとも言えるかな。

いけないとは分かっていても、ついつい口元が緩んでしまう。

 

 

ふと、意味の無い想像をしてみた。よくいうタラレバというヤツだ。

 

もしも、私がいろはよりも先にあの人に出会っていたなら、この関係はなにか変わっていたのかな?

こんな風に辛かったり諦めたりせずに、ちゃんと自分の気持ちを思い切りぶつけていけたのかな?

 

「ぷっ!やっぱ意味ないじゃんっ」

 

本当に無意味。

だって私は、いろはからあの人の話を聞いていなければ、あの人の魅力なんて気付きもせずにただ横を通り過ぎていただけだろう。

仮に気付けたとしても、いろはのようにあの奉仕部の特別な空気に身をさらせる程の勇気もなければ、たぶんそこまでの想いもない。

 

結局どれだけタラレバを繰り返してみたところで、私にとっての比企谷先輩という存在は、いろはの存在無くしては何一つ語れないのだから。

 

「だったら……まぁ今はまだこれでいっか♪」

 

少なくとも今の私にはこの繋がりがある。

いろはだって、雪ノ下先輩だって、由比ヶ浜先輩だって持ってない、この『ラノベを貸してる後輩、ラノベを貸してくれてる先輩』っていう、ちょっと特別で、ちょっと可笑しな繋がりを私だけが持ってるんだから……その可笑しな繋がりをまた持てたんだから……

 

 

「よぉっし!明日からは、また今まで通りの家堀香織に戻るぞぉぉぉっ!」

 

 

 

 

 

だから今夜だけは、今夜までは、この繋がりをこっそりと胸に抱いておこう。

 

 

そして私はこの新しい繋がりを顔に近付け、すんっ……とその香りを胸いっぱいに吸い込むと、そっと胸に抱き眠りにつくのだった……

 

 

 

 

おわり

 






自己満足なオリキャラヒロイン短編を最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました!

今回の香織編も書き始める前の構想段階で、すでにこの最終話の流れは頭のなかでは出来上がっていたんですけど、いざ文章にしてみたら香織らしからぬシリアスさと切なさと心強さになってしまいました。
まさに誰特シリアス!

香織にこんなん求めてねーよって読者さまには大変申し訳ないです(-人-;)

たぶん皆さんはいろはす加えてのドタバタ修羅場劇場を期待されていたんじゃないかな〜?とか思いながらも、そんなの一切気にせず書き上げちゃいました(笑)
だってこれが書きたかったんだもの。みつを


しかし……ここまで乙女でここまで切ない香織ちゃんを書いといて、あざとくない件でいろはすの恋の応援をさせるなんてマネ、私に出来るのでしょうか!?いや出来ない!作者香織ちゃんに対して鬼畜すぎんよっ!

というわけで、次回のあざとくない件からはエリエリ主人公でお贈り致します!!そんなバカなっΣ( ̄□ ̄;)


まぁ冗談はさておき、本当に有り難い事にヒロインアンケートで圧倒的一位を勝ち取った家堀香織と!いつかそんな香織ちゃんを幸せにしてあげたい作者がお贈りしました!それではまた!



あっ!そしてようやく明日は11巻の発売日ですねっ!楽しみ半分不安半分です。
たぶん次回は更新が遅れるとは思いますが、かおりちゃんかあーしさんで行きますね☆

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