八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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さぁ、このサブタイトルでは今回のヒロインはまだ不明のままですが(バレバレ!)、久しぶりにこの子の出番です!

俺ガイル結2巻読んでた時、原作者様によるこの子のあまりの扱いの酷さに思わず笑っ……複雑な思いをしてしまったので、やはりこの子を幸せにしてあげられるのは私しかいない!と、ついつい筆を取ってしまいました☆




うちの(ウチ)にあいつが居る内に

 

 

 

 ヴゥゥンっと、冷蔵庫のモーター音だけが響く薄暗いキッチン。まだ昼だというのに、これでは気が滅入る一方だ。

 

 ──これだから六月は……

 

 せっかくの休日だというのに、梅雨のせいで外出する気も失せてしまった日曜日。先週、一週間もあったのに、クラスメイトの一人にどうしても言ってやりたかったことが言えず、もやもやを残したまま迎えたこの日曜日。それがこの天気である。気が滅入るのもやむなしではないだろうか。

 心の中でこの梅雨空にそんな恨み言を溢しつつ、冷凍庫を開けて、蒸し暑い室内にひんやり冷気をお裾分け。起き抜けのヘソ出しキャミソールと太もも丸出しショートパンツという、ほぼ下着姿なだらしのない格好も、冷蔵庫から流れ出るひんやり冷気を火照る体に目一杯受け止める一助となっているだろう。

 

「さてと」

 

 こんな日は、取っておいたアレでも食べて、沈む気持ちを浮き上がらせてやろう。明日の夜にはホールケーキ食べ放題フェスが開催される予定があるとはいえ、明日は明日、今日は今日。

 女子にとって甘いものは一期一会。食べたいと思ったときが食べどきなのである。

 

「♪」

 

 小粋に鼻歌を口ずさみながらのご満悦な笑顔で庫内をまさぐる。はてさて、アレはどこかな〜?

 

「……んー」

 

 金曜日の放課後。クラスの友達と街に遊びに行った際、その帰りに、奮発して二個も買ってきたアレ。

 買ってきたときは、確か手前の方に置いといたはずのアレ。しかし当初置いてあった場所には見当たらず。

 まぁ、それは二日前の事だし、大方(おおかた)お母さん辺りが料理の邪魔だったからと、奥の方へと追いやってしまったのだろう。

 

「……」

 

 そう信じて念入りに捜した。

 マーガリンの裏。買い置きの牛乳パックの裏。作り置きの常備菜が入ったタッパーの裏。

 裏裏裏。全ての裏をくまなく捜したというのに、一向に出てこない。試しに野菜室も確認してみる。無い。なんで?

 

「……っ!」

 

 瞬間、額にビキッと血管が浮かび上がる。

 大切に取っておいたスイーツ紛失事件。この全米をも揺るがすほどの大事件の犯人に、ひとつ心当たりがあるのだ。

 以前にも、あとで飲もうと思って置いといたココアが勝手に飲まれていたことがあったから。

 

「……マジむかつく……ッ!」

 

 ダイニングを飛び出て、階段をドタドタ駆け上がる。それはもう、相手に自分の存在を知らしめるような大音量で。

 階段を昇りきり、廊下をドスドス歩く。相手に怒りを知らしめるような大音響で。

 

 そして廊下を進んで二つ目の扉。憎たらしいことに、後から産まれたくせに、気が付いたら勝手に隣の部屋に居を構えだした、死ぬほど大嫌いな肉親の部屋の扉を、叩き壊す勢いでドカンと蹴破ってやるのだ。

 

「ちょっとあんたァァ! うちのモロゾフのプリン、勝手に食べたでしょおおお!?」

 

 予想通り食べていた。食べてる真っ最中だった。

 机ではなく、テーブルの上に置いたノーパソに向かって眉間にシワを寄せていた奴が、間抜けヅラでスプーンを咥えていたから。

 

「ギャーーーーーーっ!!」

 

 そんなギャグ漫画みたいな悲鳴と共に閉じられた扉。閉じられた、と呼ぶには、些か激しすぎたかもしれないけれど。なにせ扉がたたきつけられた瞬間、(ウチ)揺れたからね。

 

「……な、なんでェェッッッ!!?」

 

 そんな悲鳴と疑問を引き連れて、ダダダぁっと激しい音を立てて階段を駆け下りるうち。

 そう。ギャーと悲鳴を上げたのも地球(ほし)が震えるほどの勢いで扉を閉めたのも、他ならぬうちなのである。

 

 だって仕方無くない!? ほぼ下着みたいな格好で怒りに任せてクソ陰キャな弟の部屋蹴破ったら、そこでプリン食ってたのは弟じゃなくて比企谷でした!

 そんなん、冷静に対処できるかぁ!

 

 

× × ×

 

 

「……どういうこと……?」

 

「……あ、や、……ご、ごめん。……お客来てるときにちょうどプリン二個入ってたから、親が気を利かせて買っといてくれたのかと思って、た、食べちゃった……」

 

「そんなんどうでもいいから……! いやどうでもよくないけど! な、なんで家に比企……アレが居んの……!? てかあんたら知り合いなわけ……!?」

 

「……あ、そっち?」

 

 うちは今、一階にある夫婦(両親)の寝室にて、極力大声にならないよう、ひそひそ声で喚いている。あのあとすぐさまクソ弟をメールで(当然LINEなんかは交換していない為)呼び出して。

 

 うちと弟は、かなり前から嫌い合っている。

 うち的には陰キャな弟が居るとか友達に知られたら恥ずかしくて余裕で死ねるし、こいつはこいつでクラスで一軍張ってるような陽キャは苦手なのだろう。

 故に、この弟とはここ数年来、家の中ですれ違ってもまともに会話……どころか目さえ合わせていない始末である。

 そんな姉弟が、まさかこんな形(薄暗い両親の寝室で、胸ぐらを掴みながらのひそひそ声)で心を通わせ合うことになろうとは……

 ちなみになぜ両親の寝室なのかは、うちの部屋にはこいつ入れたくないし、リビングだとアレがトイレとかで一階に降りてこようものならまた遭遇してしまいかねないから、という心配を回避するためである。

 

「……や、まぁあの人とは知り合いっていうか、ビジネス上のクライアントっていうか。ほ、ほら、あの人倫理観ぶっ壊れてるけど仕事は出来る人だから──」

 

「前置きいんないから」

 

「は、はい……」

 

 陰キャには圧が強すぎたかもしれない。うちを蛇蝎の如く嫌っているはずの弟が、ヒッと悲鳴を上げて素直に応じたのたから。

 だって仕方ないでしょ。あまりの緊急事態にパニくってんだから。

 

「ひ、比企谷先輩とは去年の今頃に部活関連で知り合いまして、そのあとは全然絡みとか無かったんだけど、ちょっと前にやった海浜との合同プロム関連でまた絡まれちゃって……。で、今度は夏休み前になんかまた下らないイベントやりたいっぽい生徒会長の一色に巻き込まれたらしいあの人に脅さ……声かけられちゃった俺と秦野でまた協力する羽目になっちゃって……」

 

「……」

 

 ……なんというか、この時点で色々と衝撃的な事実が。

 まず、まさか弟が、うちより先にアレと知り合ってたという事実にまず驚かされた。いや、二Fで同クラだったわけだから、実際にはうちの方が先なわけだけども。

 そしてもう一つ。まさか合同プロムとかいう謎イベントに、アレが関わっているとは夢にも思わなかった。ついでに弟も。

 まぁあの謎イベントは当時の卒業生のためのイベントだったから、うちらの代には全然関係なかったけど、それでも当時はちょっとだけ話題には挙がっていた。『なんかウチの学校、海浜とプロムやるらしいんだけどー!』『なにそれSNS映えしそー!』『私らの代でもそういうのやってくれたらいいよねー』とかなんとか。

 まさかそのプロムに、うちの関係者ががっつり絡んでたなんて……

 さらにもう一つ。なんでアレがあの生徒会長に巻き込まれる関係性なのかってこと。

 どう見ても全然繋がりとかなくない? クラスどころか学内で一軍張ってそうなあの一色いろはと、学内で三軍のベンチ外やってそうなアレじゃ。

 ……いや、まぁ無くはないのか。アレの部活的に。なにせアレの部活には、学内の一軍が二人も居るわけで。

 そういえばその一軍の中でもトップ中のトップなあの人、なんか最近彼氏出来たらしいとか噂になってたっけ。やっぱ年明けのあの騒動の噂通り、あの頃から葉山くんといい関係だったのかね。ま、うちらのような一般庶民には関係のない上級国民の話だから知らんけど。

 

 とにかく今はそんなことよりも──

 

「……で、そのクソイベントがすでにスケジュールかつかつで、仕方ないから休日持ち帰りコースってやつ……なんです」

 

 ──うちに胸ぐら絞め上げられて涙目なコイツから、事の真相を訊き出さねばならない。

 

「……で? なんでそれウチでやってんのよ」

 

「あ、や、……もともとはリモートでって話だったんだけど、やっぱ色々機材とか揃ってるところでディスカッションしながらやった方が効率よくね? って秦野が言い出して、相談した結果消去法でウチになりました……。まぁ、その言い出しっぺの秦野が家の用事でリモートになっちゃって、結局俺と比企谷先輩だけになっちゃったんだけど……」

 

 なるほど事情はよく分かった。けども……

 

「……あのさぁ」

 

「ヒッ……! は、はい」

 

「そういうことは早く言ってくんない!!? 急に来られたって困るに決まってんでしょうがァァ!!?」

 

 いやいや無理でしょ会話自体何年ぶりだと思ってんだよ……! とか泣きごと言ってる弟に言ってやりたい。

 

 

 あんた、異性のクラスメイト──しかも因縁浅からぬ相手に、たかが弟にプリン食われたくらいで、ほぼ下着姿なノーメイク姿で、部屋に怒鳴り込んで行ったところをがっつり見られたJKの気持ち分かんの!?

 

 

 と。

 なにこれ改めて状況を把握してみたら余裕で死ねる状況だった。

 

「……とにかく、今度からこういう事あるときは、……必ず先に言いなさいよ」

 

「いや、比企谷先輩がウチに来ることはもう無いと思」

 

「いいから」

 

「ひぃっ……! う、うっす」

 

 そうしてうちは弟の胸ぐらを解放し、優しく送り出してあげるのだった。

 弟が去っていった部屋に一人ぽつんと取り残されたうちが、次の瞬間、膝から崩れ落ちて頭を抱えながら奇妙なうめき声を上げたのは言うまでもない。

 

 

× × ×

 

 

「……ほんと勘弁してよ」

 

 そう不満げに呟いたうちは、メイクを終えてよそ行きの私服への着換えをバッチリ済ませ、今、リビングのソファーで背もたれに全体重を預けながら、、脚を組んでファッション雑誌に目を通しています。

 

 ──なぜ外出もしないのにメイクをして服を着替えたのか。

 それはうちがウチに居る以上、アレとの不意の遭遇にも対応出来る為の安心安全仕様である。

 なにせ階段から降りると廊下。廊下の横にはリビングの扉。その扉は木とガラスが格子状になっているという我が家の構造上、階段を降りれば自然とリビング内が見えてしまう。逆説的に、リビングで寛いでいれば、どうしたって階段から降りてくる人物が見えてしまう位置である。

 つまりアレがトイレに降りてきたり、または帰宅のために玄関に向かう際のことを考えると、監視するには絶好のポジショニングといえるだろう。

 

 ──ではなぜアレと遭遇するのがそんなに嫌なのに外出してしまわないのか。

 そんなの当たり前の話でしょ。なんでアレがウチに居る事で、なんでうちの方が気を遣ってわざわざ退避しないといけないというのか。むしろお前が出てけよ、って話である。

 

 そんなわけで、まるでアレから逃げ出すみたいな情けない真似をしたくないが為に、うちはソワソワしながらリビングで待機中なのだ。

 大嫌いな奴がウチに居るというのに、そういった危険性をものともせず、堂々とリビングに鎮座しているうちは、なんと勇ましいことだろう。

 

 

 そう。因縁浅からぬ相手、比企谷。うちはあいつが大嫌い。

 その理由は言うまでもない。ニ年のとき、文化祭と体育祭でうちはあいつに恥をかかされプライドをズタズタにされた。ほんと嫌なヤツ。

 しかもようやく離れられると思っていた進級の春。三年に上がって、なんの因果かまた同クラに。

 

 さらに、どうせ今年もぼっちなんでしょ? と鼻で笑っていたものの、あいつはこれまた同クラになった葉山くんと姫菜ちゃんに介護され、今やクラスでもそれなりの地位にいる。

 正確には、それなりの地位に居る人達に囲まれていて、一見するとそれなりの地位に見えるだけの、陽キャに四方八方囲まれている居心地最悪のぼっちでしかないんだけど。ざまぁ。

 

 うちはというと、三浦さんとかゆいちゃんと離れられた結果、ようやくクラスで一番のグループの中心になれている。

 ただし男子のトップグループ(葉山くんとか)との絡みは特にないため、もしかしたら比企谷のヤツには、うちが同クラだと認識されていない可能性もあるかもしれない。なにそれムカつくんだけど。何様ですかぁ?

 

 と、うちとアレとの間にはこれほどの因縁があるのだ。そりゃこの一週間、言ってやりたい事があって然るべき存在よね。

 ……ま、つまりはそういうこと。言ってやりたい事があったのに、言えず仕舞いでこの週末ずっとモヤモヤさせられていたクラスメイトというのは、この比企谷だったってわけ。

 うちがリビングでついついソワソワしてしまうのも、ご理解いただけることだろう。

 

 ──にしても。

 

「チッ。あいついつまで弟の部屋に居んのよ。早く帰れっつの。トイレにも全然降りてこないし!」

 

 ……ん? あれ?

 おっとあぶない。これじゃ、早く降りてこないかなー、とか、まるでソワソワしながら待ってる子みたいな言い回しになってしまったではないか。

 当然うちはあんなヤツに遭遇したくなんかない。アレとまた遭遇するなんて願い下げに決まってる。

 ……けど、でもまぁ、遭遇しちゃったならしちゃったで、文句のひとつふたつ言ってやるのは(やぶさ)かではない。

 せっかくこの一週間モヤモヤさせられた相手がちょうどうちのウチに居ることだし、あいつが居る内に言いたいこと言ってやったって、別に構わないと思ってる。

 

 

 そうして、しばし待つこと数十分間。待ってないけど。

 不意に、廊下の向こうからカタッと音がした。

 ようやく帰んのか。もしくはトイレにでも降りてきた? 動き出し始めが遅いっつーの。とかなんとかぽしょぽしょ独り言ちながら、ソファーにもたれ掛かりつつ、ちらっ? ちらちらっ? と期待……不満に満ちた横目で窺ってみた。

 すると予想通り階段を降りてくる人影が。

 ったく、なにとろとろ歩いてんの? ちゃっちゃと歩きなさいよ、とヤキモキしながら見ていたら──

 

「お前かよ!」

 

 弟がトイレに入ってった。

 もうお前しばらくトイレ使用禁止だから。三日くらいは我慢してろ。

 

 その後も(しば)し待つこと二時間ほど。暫しってなんだっけ?

 目を閉じればファッション雑誌の少ない文字列すべてが頭に浮かんでしまうくらい熟読し切り、今や雑誌後方に掲載されたファンデーションの二週間お試し広告のフリーダイヤル番号まで暗記し始めた頃だった。

 

「……じゃ、そろそろお(いとま)するわ。なんか悪いな、また手間かけさせて」

 

「はい。……つーかホントに悪いと思ってるなら、遊戯部に話持ってこないでもらえると助かんすけど……」

 

「お、おう。……ま、ほら、あれだ。世間では困ったときはお互い様とか言うらしいし。それに同じ釡に入った仲だろ」

 

「なんすか同じ釡に入った仲って……。そこは同じ釡のメシ食った仲とかでしょ。随分前に行ったサウナで風呂浸かったことを深い意味として利用しないでくださいよ。大体全然お互い様じゃないし……」

 

「あん? 活動実績の無いお前らの部室と部費が守られたの誰のおかげだと思ってんの? 四月に一色説得してやったの誰だっけ?」

 

「ぐぅ……! それ言われるとなんも言えねぇ……。俺らってそのネタでいつまで強請(ゆす)られるんすかね……」

 

「安心しろ。あとちょっとしたら受験でそれどころじゃなくなるから。だが大丈夫。俺達三年が居なくなっても、その精神は一色と妹が継いでいってくれるぞ」

 

「在学中の自由が今完全に捕縛されましたけど!」

 

 普段なら聞こえない二階からの話し声も、調理の音もしない、テレビの音もしない、家族の会話も聞こえない無音のリビングには、密やかながらに届いてくるらしい。警戒のために耳も神経も研ぎ澄ませていたから余計にね。

 かなりくぐもっていて、会話内容すべてを理解できるほどの情報量がもたらされたわけではないけれど、それでも会話を聞く限りでは、二人の関係が碌でもなさそうなことは理解できた。

 ただ、この碌でもなさそうな感じ故に、逆に二人にはそれなりの信頼関係が構築されているであろうことが窺えて、将来的には、こいつら義兄弟になったとしても上手くやっていけそうじゃん、なんて感想を抱いてしまった。なんて感想抱いてんだうち。頭湧いてんじゃないの?

 

「……ハァ〜。じゃ、まぁそういうことで……。俺まだ作業残ってるんで玄関まで見送りは出来ませんが」

 

「玄関開けっぱでいいのか?」

 

「まぁ俺も姉も居るんで。誰かしら在宅中は大体開けっ放しなんで、ウチ」

 

「了解。じゃあな、また来週会議室で」

 

「うす」

 

 人知れず自分の頭を心配している内に、どうやらあちらでは別れの挨拶が済んだみたい。とん、とん、と、ゆっくり階段を降りる音が聞こえてきた。

 とん、とん、とん。とても遅いリズムを刻むその音と反比例して、うちの心音は次第に激しいビートを刻み出す。

 ヘビメタを超えてデスメタルにまで達しそうなスネアの連打を魅せるうちの心臓(ドラム)。制御不能の心臓をなんとか抑えつけて、うちはすっくと立ち上がる。

 三時間近く寝食を共にした雑誌を抱え、リビングから自室へ戻ろうとしただけですけど? を装い、あたかも偶然出くわしてしまった(てい)で勢いよく扉を開けた。

 

「……あ」

 

「……あ」

 

 シンクロする『あ』

 当然片方の『あ』はリアルで出た音であり、もう片方の『あ』は、リアルを装った紛い物の音である。アカデミー級の『あ』に、思わず自画自賛しちゃいそう。

 

「……」

 

 一瞬見つめ合ってはみたものの、なんかちょっと気まずい。気まずいので、とりあえず嫌っそうに表情を歪めてから、ギロリとひと睨みしてみた。なんであんたなんかがウチに居るわけ? と、言外に込めるように。

 でも、正直この遭遇(自ら招いた必然だけど)は、思っていたよりずっと恥ずかしいかもしんない。なにせいくら凄んでみたところで、うちは先程こいつにとんでもない痴態を見られているのだ。見られているというよりは、むしろ自ら見せに行っちゃったまである。

 ぶっちゃけ、真っ赤になっちゃってるだろうくらいには顔が超熱いし、これほど説得力の無い凄味もなかなか無いのではないだろうか。

 全ては勝手に姉の大事なプリンを持っていった弟のせいだ。あとで後悔させてやる。

 

「……おおう。……な、なんか悪かったな」

 

 しかし、どうやらこいつはうちの渾身のひと睨みにビビってくれたご様子。でも、恥ずかしそうなうちに気を遣ってくれた可能性もワンチャン。どこにもチャンスの要素なかった。死にたい。

 

「は? なにが?」

 

 それでもうちは一歩も引かない。メンタル化け物かよ。

 

「あ、いや、……相模の断りもなく勝手に家に上がっちゃったし。あとプリン食っちゃったし」

 

「は!? うち、べ、べつにプリンとか全然なんとも思ってないんだけど!?」

 

 ……あのさぁ、どう考えたってあの場面は完全に黒歴史モノじゃん。掘り返さないでくんない? メンタル豆腐かよ。

 あと、えぇ……あの剣幕で……? みたいな顔向けてくんのめっちゃイラつく。

 

 

 

 それにしても……、うん。なんだろうか、このもにょもにょする感じ。いざこうして会話していると、なんとも実感してしまう。

 

 ──なんか比企谷がウチに居るんだけど!

 

 ということを。

 

 さっきまではあくまても弟の客でしかなかったから、この異常な状況も、ただの夢見心地な感覚でしかなかった。そう、なんか地に足がつかず、ふわふわと浮いてる感じ。

 でもこうしていざ言葉を交わしてしまうと、どうしたって実感せざるを得ないのだ。居るはずのない奴がうちのウチに居る、という非現実的な現実を。

 

 やばいそれ実感しちゃったら余計に緊張してきたかも。

 

 なんでうちが比企谷なんかに緊張させられなくちゃならないのか意味不明なので、うちはこの緊張からくる恥ずかしさを、こう言って照れ隠すことにするのだ。

 

「……てかさ、うちの断りもなしにウチに上がったの悪いと思ってんなら、とっとと帰れば?」

 

 そう言って、ぴっ、と玄関を指差してやった。今現在比企谷を引き止めてんの、明らかにうちだけど。

 すると比企谷、「へいへい」と、首を竦めて指示に従った。

 うちは、()がり(かまち)に腰を掛け、スニーカーの紐を結び始めた比企谷のみっともなく丸まった猫背を横目で眺めつつ、心の中で頭を抱えるのだった。

 

 

 ……違う。うちがこの一週間、こいつにずっと言いたかったのは、こんなんじゃない!

 

 

 

 

 ──うちは、本当は比企谷にちょっとだけ感謝しているのだ。

 嫌いだけど!

 

 文化祭……は、まぁアレだったけど、少なくとも体育祭は、なんだかんだいってこいつに助けられてしまった部分があることは否めないから。

 好きとかでは全然無いけど!

 

 そんなこんなで、今更ながらその感謝を伝えたいなとずっと思って学校生活を送ってきた。そしてこの一週間、その感謝と共に、とある事を言ってやりたいと、悶々と過ごしていたのだ。

 めちゃくちゃ嫌いだけどね!

 

 なのに。

 こんな奇跡的な機会を得られたというのに。

 ここまできて、自分の照れ臭さを隠したいがために強がって悪態をついちゃうとか、……バカなの? うち、バカなの?

 

「……あ、あのさ」

 

 だからうちは、超ムカつく奴を呼び止める緊張とか、超大嫌いな奴に感謝を告げなきゃいけない屈辱とか、そういうの、一切合切ぶん投げてやった。遠い彼方へぶん投げて、今にもうちのウチから出ていってしまいそうなこいつがまだ居る内に、頑張って声を掛けたのだった。

 ……たまには素直になれ、相模南!

 

「……え、まだなんか用?」

 

「は? 自意識過剰なんじゃない? あんたに用なんかあるわけないんですけど」

 

 ダメだった。素直になれるわけないでしょ。だって、なんか用? って言ったときのこいつの顔、めっちゃ腹立つんだもん。なにこいつ人をイラつかせる天才なの?

 

「いやいや、いま呼び止めたのお前だよね?」

 

「別に。ただ、アレよアレ。うちのウチに入ったこととか、学校で言い触らさないでくんない? って言おうとしただけ」

 

「用あんじゃねぇか……。そもそも話さねぇし。話す気も話す相手も居ないだろ。むしろなんで話すと思った? クラスの女子の家に行ってきたとか、どこ向けの発信だよ」

 

「あっそ」

 

 で、結局はこれである。

 片や玄関のタタキでうちを訝しむように見上げ、片やそれを見下すように腕組んで仁王立ち。

 結局うちとこいつは水と油。どこまで行っても混ざり合うことはないのだ。

 ちなみに、どうやらクラスメイトとしては認識されてたらしい。よかった。うちばっかが一方的に意識してただけじゃないみたい。別に嬉しくなんかないんだけどね。

 

「てかあれよね。最近のあんたって、教室でみんなに囲まれててちょっと調子に乗ってる感じじゃん」

 

 世間ではこういう態勢をベガ立ちとか言うんだっけ? そんな堂々とした佇まいで、うちはそう挑発するように鼻で笑ってやった。

 こうなってしまっては、もううちの口を止めることは出来ない。いくら自分が自分に止まってよとお願いしてみたところで、聞く耳なんか一切持たず、滑らかに回りまくるのだ、うちの口は。

 言いたいことは一切言えないくせに、悪態だけは120パーの威力で繰り出せてしまう自分を呪いたい。

 てか、早く帰れば? とか言っといて、結局引き止めてんのうちっていうね。

 

「は? どうやったらあの状況で調子にのれんだよ。陽キャの中に一人放り込まれたぼっちの悲哀なめんな? あれは囲まれてるんじゃなくて取り囲まれてるっつーんだよ」

 

「ぷっ、あはは、知ってるっての! 葉山くんに構われてる比企谷って、めっちゃ哀愁漂ってるよねー」

 

「……うっせ」

 

「クラス替え初日から葉山くんの友達かと思われて、めっちゃ話しかけられて困ってたし!」

 

「……う、うぜぇ」

 

「GW明けも葉山くんと姫菜ちゃんに絡まれてたらみんな寄ってきちゃってさ、休みどっか行った? とか予備校ダルいわー、とか周りでガヤガヤ始まっちゃったら一人でキョドりだしてたしさー」

 

「……ほっとけ」

 

「こないだもー、中間終わって葉山くんと国語の成績競べてバチバチしてたらまた他の子たちにも絡まれちゃってたよねー。あんときの比企谷のうんざり顔ときたらさぁ、あ〜、ウケるわ〜」

 

 ……って、いやいやいや、どんだけ滑らかに回んのようちの口。こいつのネガキャンしてると、全然止まんなくなっちゃうんだけど。

 てか本人に向けての陰口(陰口っていうの?これ)とはいえ、こんな風に比企谷と笑い合って(笑い合って(・・・)はいない)バカ話してるのが、なんか楽しいのかも。今まで比企谷とこうやって顔つき合わせて話すことなかったから。……全っ然楽しくなんかないけども!

 

 そんな、いつまでも自身のぼっちをネタにされ続けていた件の比企谷。さすがに笑い者にし過ぎたのか、なんかうちを真っ直ぐに見て、間抜けヅラ晒してポカンとしている。

 それがあまりにも間の抜けすぎている面だったので、うちは思わずこう訊ねてしまった。

 

「……なに? なんか変だった?」

 

 と。

 そんな疑問に対して、比企谷はこう答えるのだ。怪訝そうに訊ねたうちに、衝撃的すぎるそのアンサーを。

 

「……いや、お前どんだけこっち見てたんだよ、と思って」

 

「…………へぁ?」

 

 言われてみて気がついた。今まさにうちが愉しげに披露していた比企谷のネガティブキャンペーンの数々。それはつまり、うちが比企谷をずっと見ていなければ、到底披露できないトーク集なわけで。

 必然的に、新年度が始まってからのこの三ヶ月弱、ずっと比企谷を見ていたという証明を、ニヤつき胸張り自信満々にご披露していたというわけである。

 途端に全身が熱くなる。それはもう、急にサウナにでもぶっ込まれたかのよう。

 でもこのサウナでは決して整うことはないだろう。整うどころか、脳内がしっちゃかめっちゃかである。

 

『は? 自意識過剰キモ。あんたなんか見てるわけないじゃん。葉山くん見てたら、勝手に余計なものが目に入っちゃっただけだけど?』

 

 混乱する頭のなか、もしかしたらこんな言葉を口にすれば良かったのかもしれない。たぶん比企谷も、こういう返しが来るだろうと期待しての問いだったんだと思うし。

 でも、パニックなうちの脳が──うちの口が選択したのは、こんなとんでもない返答だった。

 

「……は!? 悪い!?」

 

 なんていう、まるで『確かにあんたを見てましたけど、なんか悪い事した?』とでも言うような、逆ギレ混じりの大失言。

 どうやら本格的に頭が沸いてき出したらしい。熱すぎるサウナで脳が沸騰して逆に整っちゃったのかも。

 それでも……まだ修正の余地はある。びっくりしている比企谷に向けてこう言えばいいだけの話なのだから。

 

『確かにそっち見てたけど、葉山くん見てたうちの視界であんたがウロチョロしてただけじゃん。なにが悪いの?』

 

 ってね。

 そう。そう言えばいいだけ。そうすればこの場は丸く収まるのだから。かなり棘だらけの丸だけども。

 だからうちはも一度口を開くのだ。

 

「……あんた見てたんだからしょうがないじゃん。なにが悪いの?」

 

 と、言うために。

 より一層驚く比企谷。むしろ引いてらっしゃる。

 

「……え、えーと、……ど、どういう意味だ?」

 

 怖ず怖ずと、そう訊き返してきたこいつ。想定問答のレールから外れてしまった暴走気味のQ&Aに、どうやらタジタジのご様子。

 

 しかしながら、うちのこのトンデモ発言。こう見えて、別に口が滑っただけのただの失言ってわけでも、頭沸きすぎたパニック状態ゆえの暴走ってわけてもない。ちゃんと冷静に判断した、うちが自分で決めて、うちが自分で選んだ、まちがいのないうち自身の選択。

 

 当初の予定通り、頑張って素直になってみた。

 当初の予定通り、恥ずかしさとか屈辱とかを押し殺して、本当の気持ちを伝えようと踏ん張ってみた。

 

 これは、別にそういうカッコつけた選択なんかじゃない。

 どうせもう恥かいちゃったし、だったらこの際自分の大失言に乗っかっちゃおう。この大失言を上手いこと利用して、ずっと言いたかったことを言っちゃおう。

 そういう、とても小狡い選択。

 なんともうちらしい情けなくも姑息な作戦ではあるけれど、どうせ比企谷に対しては素直に感謝の気持ちを伝えるなんてこと、うちには出来るわけがないから。

 

 だけど、これでようやく言える。こんなに時間掛かっちゃったけど、それでもうちは、今この瞬間のために、あの日から──あの体育祭のあとから、ずっと比企谷を見てきたのだから。

 

「……うちさ」

 

 だから、今度こそ伝えます。

 比企谷に届け、うちの素直な想い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じ、実のとこ、あんたにちょっとだけ、ちょ〜っとだけ、い、1ミクロンくらい? か、感謝、みたいな? そういうのしてるとこ、あんのよ……。非っ常に不本意で不本意で嫌嫌なんだけども! ほ、ほら、去年の体育祭んとき、一応あんたに助けられちゃったみたいなとこ、あんじゃん? ま、微々たるもんだけど。だ、だからまぁ、お礼くらいは言って あ げ て も良いかなー? みたいなことを、ずっと思ってたわけ。……ちょ、勘違いしないでくんない? 言っても言わなくてもどっちでもいいかなレベルの超軽いアレなんだから、いい気になんないでくんない!?」

 

「……お、おう」

 

「で、お礼言って あ げ る 隙さがしてあんたを監視してたってわけなんたけど、そしたら陽キャに囲まれてるぼっちっていう、あの笑える状況だったわけじゃん? そりゃ見ちゃうでしょ、だって超ウケるし」

 

「そ、そうだな」

 

「でしょ? だからまぁそんなわけで? あんたの方見てたたってだけなんですけど? なんか悪い?」

 

「い、いや、別に悪くないんじゃね……?」

 

「だよねー。で、とりまこうしてお礼言って あ げ た わけだし? むしろ逆に感謝して欲しいくらいなわけ。どう? わかった?」

 

「……」

 

 見よ世界! 見よ比企谷! これがニッポンの素直だ!

 ちなみにこの怒涛の猛攻の間、当然のように見下すような仁王立ちのままである。

 勝ち気な冷笑の中に潜んだ上気した頬と充血した涙目、プルプルと小刻みに震えている全身は、こいつにバレてないと願うばかり。

 

 

 ──我ながら、どうかと思う。このアホさ加減。

 素直? なにそれ美味しいの?

 せっかくの奇跡的な機会。さらにそれを後押しするような偶然の大失言。

 これだけのチャンスに恵まれて、そのチャンスに全力で乗っかったにも関わらず、なんという(てい)たらくか。もう自分のしょーもなさに、泣くを通り越して笑いが込み上げてくる。

 

 ……それでも。

 

「……っ」

 

 うちの心には、ほんの少しだけ、ほっこり感がひょっこりと顔を覗かせるのだった。

 

 比企谷が、こんなうちを見て、少しだけ笑ったから。

 

 当然のように、こいつは呆れ果てた顔してるし、なんなら引きつってさえいる。

 でも、確かにちょっとだけ口元が弛んだのだ。

 

 ……文化祭に体育祭。今までだって、うちは比企谷に笑われたことはあった。

 でもそれは、なんの温度も感じられない冷たい冷たい嘲笑という笑い。まるでゴミでも見るかのような冷たい笑みだった。

 でも今の笑いは違ったのだ。小馬鹿にして呆れ果てた笑いではあったけど、確かに温度が感じられた。ふんわりと。じんわりと。

 本当にこいつはどうしようもねぇな。ここまで捻くれてここまで拗らせてここまで強がらないと、礼の一つも言えないのかよ。

 そう呆れながらも、思わずくすりと漏れ出てしまった笑み。

 まるで出来の悪い子供の悪戯に向けるような呆れ笑い。とてもじゃないけど、向けられて喜べるような代物ではないソレ。

 

 それでもうちは、ソレを向けられてちょっとだけ胸が温かくなってしまったのだ。ほんの少しの温かな温度を向けられて、ちょっとだけ胸がキュンとしてしまったのだ。なんというチョロイン感だろうか。

 

 

 ──だからうちは……

 

 

 

 

 

 

「てかー、見ててマジでウケんだよねー。もうちょいどうにかなんないわけー? せっかく葉山くんと姫菜ちゃんのおかげで周りに人集まってんだから、自分も積極的に交ざってけばよくなーい? あ、それが出来ないから万年ぼっちなんだっけー? ぶっ、ウケるんたけど!」

 

 調子に乗りました。

 

「マジであんなんじゃ彼女はおろか友達だって出来ないって。一応周りに雪ノ下さんとかゆいちゃん居るんだから、そろそろ慣れてったらー? まぁ? 部活だから仕方なく一緒に居る関係ってだけで、どうせ部室行ったら二人とぼっちなんだろうけどー」

 

 それはもう全力で調子に乗りました。得意になったように相変わらずの勝ち気で見下すような笑みを浮かべたまま、語尾すべてに草を生やしてそうな勢いで。

 

「あ、そだ。うち、いいこと思いついちゃったんたけど」

 

 いつにも増して口が滑らかに回るから。

 比企谷が温度を感じさせてくれたから。

 そしてまだ本命ともいえる『この一週間どうしても言ってやりたかったこと』が残っているから。明日という記念日を前にして、これがこいつがうちのウチに居る内に言える最後のチャンスだと思ったから。

 

 だから、うちは些か調子に乗りすぎていたのかもしれません。

 

「ほら、うちってこう見えてあんたに感謝とかしちゃってるわけじゃん? だからそのお礼も兼ねて? ちょっとくらいは比企谷の陽キャ慣れに付き合ってあげてもいーんだけど? うちに慣れさせてもらえれば、上手くいけば友達どころか彼女だって出来ちゃうかもしんないよ?」

 

 ハァ〜、やれやれ、気乗りはしないけど、まぁお礼だからなぁ〜、仕方ないかぁ〜、と全身全霊でアピりつつ、ついに言ってやるのだ、この思いの丈を!

 

「あ。そういえば明日の放課後とか、うちちょうど空いてるし? ……が、学校終わりどっか遊び行くのとか、つ、付き合ってあげてもいいんだけどー?」

 

 むふ〜っ、と、鼻息荒く満足気に言い切ってやった。

 この魅惑的なお誘いに、この陰キャ丸出し男がドギマギしないわけがない。なにせ、うちは今やクラスの中心的女子なのだ。かなりモテるのだ。

 そりゃ雪ノ下さんみたいな顔面もなければ、ゆいちゃんみたいな反則級胸囲もない。

 でもあの二人は高嶺の花じゃん? 雪ノ下さんに関しては彼氏出来たらしいし。

 確かにそれなりの関係築けてるみたいだけど、それってあくまても部活メイトだからっしょ? だからとりあえず、ここはうちで馴れといてみたらいんじゃない? そしたら比企谷の頑張りと努力次第では、彼女(うち)だって出来ちゃうかもよ?

 

「……そ、そうか。……あー、まぁ、なんだ、それはとても魅力的な提案だな……」

 

 でっしょー?

 はたして、比企谷はドギマギしだす。あまりにもうちの狙い通り過ぎて、偉そうなニンマリ顔がより一層勝ち気に歪むばかり。

 ちらっ? ちらちらっ? とこっそり比企谷の顔を窺ってみると、へっ、ざまぁ、真っ赤になってやんのー!

 ほらほら、いいんだよ比企谷? 素直になっちゃってもいいんだよ? 明日の放課後デート、申し込んで来ちゃってもいいんだよ?

 

「……非常に魅力的ではあるんたが──」

 

 ん? だが?

 ん? そこでその接続詞はおかしくない?

 あれ? 比企谷が照れてる要因が、なんかうちの思ってたのと違くない? なんか流れおかしくない?

 

「……さ、最近彼女が出来たばかりでな。だから別に無理に陽キャに慣れて彼女作る必要も無いんだわ。……お礼がしたいって気持ちだけ、有り難く受け取っておく」

 

 そう言ってモジモジ身を捩って、照れ臭そうに頭をがしがし掻いている比企谷マジきしょい。

 ……なんか、照れてたのは、彼女が出来ちゃった宣言をするのが恥ずかしかっただけみたい。

 ……あれ? あっれー?

 

 そんなとき、ふとあの情景が頭を過る。三年になってから、放課後に友人達と交わした何気ないあの雑談が。

 

『知ってる? なんか最近、雪ノ下さん彼氏出来たらしいよ!?』

 

『マ!? じゃあやっぱ葉山くん!?』

 

『じゃない? 雪ノ下さんに釣り合うのなんて葉山くんくらいなもんでしょ。葉山くん、前にちょっとだけ由比ヶ浜さんとも噂立ったことあったけど。でも雪ノ下さんとか葉山くんが誰かと付き合うとか意外だよねー。どっちもそういう俗っぽいのとは無縁の世界の人達かと思ってたよ』

 

『あー、わかる!』

 

『やっぱ顔か……』

 

『……由比ヶ浜さんだったら胸なんだけどねー』

 

『やばい、うちらどっちもないんだけど!』

 

『ギャー! 言わないでー!』

 

『現実ってキビシィィ!』

 

 ……比企谷じゃん! タイミング的に見て、雪ノ下さんの彼氏って比企谷じゃん!

 なんか妙な信頼関係あったから、確かにあのときその可能性も頭にちょっとだけ過ぎったけども! でも普通に考えて有り得ないじゃん! 比企谷と雪ノ下さんなんて……!

 

「……あ、そ、そうなん? マ、マジでウケるんたけどー。ひ、比企谷に彼女居るとか、梅雨なのに明日雪でも降っちゃうんじゃないのー……?」

 

 雪ノ下さんだけに。うるさいわ。

 

「よ、良かった〜。じゃあわざわざうちがカワイソーな比企谷なんかの為に犠牲になってあげなくても良くなったってことじゃん。……あ、あははー」

 

 何でもないかのように語尾にWを生やしまくって、超必死に捲し立てる負け犬。涙目のプルプル具合は、もはや可愛いの代名詞 チワワだって凌いじゃうレベル。

 

「……お、おう。悪いな」

 

 は? なに照れてんの? ちょっと彼女が出来たくらいでデレデレしてんじゃねーよ、って話なんですけど。

 べ、別に悔しくなんかないし? 大嫌いで超嫌な奴が彼女持ちとか、これでより一層うちと比企谷との間に距離が出来たってことだし? 全っ然なんとも思ってないんですけど?

 

「……じゃ、じゃあそろそろお(いとま)するわ。重ね重ね悪いな、お邪魔しちゃった上に、なんか気まで遣ってもらっちゃって」

 

 だ〜か〜ら〜、照れんなっつってんの! ニヤニヤしやがって、ご自慢ですかぁ?

 うがぁぁぁ! 超ムカつくぅぅ! ハッ、どうせあんたなんかがあの雪ノ下さんと長続きするわけないし!? フラれるまでの間、精々今のうちに好きなだけデレデレしてればぁ!?

 

「……じゃ、早く帰れば?」

 

「……お前に呼び止められてたんだが」

 

「は? 自意識過剰キモ」

 

「えぇ……なんか当たり強くなってない……? じゃ、じゃあ……」

 

 そう小さく嘆き、死んだ目をしたうちを残して、比企谷はうちのウチを後にするのだった。

 

 比企谷が玄関を開けると、ウチの中に外の空気が勢いよく押しかけてきた。

 梅雨特有の湿った生温い空気ではなく、ゲリラになる前の、まるで冷房の風速全開のような冷たい空気の暴力に、うちの赤みがかったショートヘアーはバッサバサに乱され、うちの赤みがかった火照った頬は、ボッコボコにサンドバッグにされた。

 

 ぱたんと閉まる扉。

 

 ぽつんと取り残されるうち。

 

 がくんと膝から崩れ落ちる負け犬。

 

 OTNとかいう、一昔前に流行ったらしいネットスラングを体現するかのようなうちの姿。なんだこれ、惨めを絵に描いたような、とっても素敵な構図じゃない?

 

 

 

 ──相模南十七歳。

 十八回目の誕生日を──新成人とやらになるらしい生涯に一度きりの記念日を、明日六月二十六日に控えた今日という晴れの日イブ、大っ嫌いな男子相手に、気が付いたらなんか失恋してました★(白目)

 

 

 ちなみに、このすぐあとには予想通り辺りはゲリラ豪雨に見舞われて、確実に濡れネズミになっているであろうあいつに、涙目で「比企谷ざまぁ! ばぁぁぁか!」と高笑いしてみたり、さらにはこの一連の出来事を階段の上からこそこそ覗きながら、『うわぁ悲惨wしかもラスボスが雪ノ下先輩とかwww』などと、実の姉を嘲笑っていた弟の部屋に鈍器を持って殴り込みをかけたりしたのは、また別のお話。

 

 さらにさらに、その後の学校生活、比企谷がぼっち飯へと逃げ込んてる場所(ベストプレイスとか呼んでるらしい。ダサ)にちょくちょく顔を出しては、「どうせすぐフラれるに決まってんだから、そのときの為にお昼一緒して あ げ て もいいけど?」と、ウザがられながらもあいつとランチを伴にするようになったというのも、やっぱりまた別のお話である。

 

 

 

 おしまい





どこが幸せやねん。

というわけで、さがみん誕生日おめー!世界広しといえど、今更さがみんの生誕祭SSなんて書くの、もう他に居ねーだろうなぁw



最後までありがとうございました!
さて、実はこれにて、この短編集は一応の終了とさせて頂きます。
そして、ついさっき↓にて、まさかの新作始めちゃいました!

https://syosetu.org/novel/319391/


同じ短編集ではありますが、恋する乙女〜の方は話数がかなりかさんでしまっていたり、キャラクター達がどいつもこいつも面倒臭い為にモノローグが増えに増えて文字数が膨らみ続け、あまり気軽に書けなくなってしまったこともあり(しばらく筆を置いてしまった要因の1つでもあります)、今後は作者が気軽な気持ちで書けるよう、1話完結でせいぜい五千文字程度、恋愛要素縛り無しで済むアチラの短編集を、主に使っていきたいな〜、なんて思っております!(恋愛要素が無いとは言ってない)

八幡との恋愛要素縛りを考えずなんか思いついたら適当に書き殴ってみて、内容的にラブコメ要素強めだったり文字数が膨らんでしまったらコッチ。
ラブコメ要素が薄かったり、または文字数少なめで1話完結で済むようならアッチ。


そんな感じで、1ヶ月に1回でも半年に1回でも、書く意欲が湧いてきた時に好きなように更新する!
そういう感じでよろしくでーす!

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