八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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ご無沙汰しております。ついに、ついに100話目です!100話目記念ですよプロデューサーさん!
(あとこっそりお気に入り5000記念だったりもします)コソッ


そして100話記念ということで、ヒロインはもちろん私の原点であり私のイチ推しヒロインのあの子です☆

かなーり久しぶりなあの子なので、彼女を上手く表現できているか一抹の不安はありますが、楽しんでいただけたなら幸いです(^^)





お疲れさま

 

「ふぅ、これでよしっと」

 

 徐々にではあるけれど、少しずつ片付けられ、少しずつ様変わりしてゆく室内を見渡して、ひとり満足気に頷く私。

 

 

 ──あれからもう一年経つのかぁ。この部屋には随分長いことお世話になったようでもあり、……でも、初めてこの部屋のこの場所──私の定位置である生徒会長席に腰を下ろしたのが、つい先日のことのようでもあり。

 ……ああ、そういえば去年の今頃、城廻先輩もこの室内を見渡してちょっと寂しそうに微笑んでたっけ。

 

 

 ホンっトこの一年は激動の一年だったよね。今まで生きてきた人生の中で、一番大変で、一番面白くて、そして、一番変な一年だった。

 

 ……それもこれもみんなあいつのせいだ。

 でもそれもこれも……、うん、みんなあの人のおかげ。

 

「いろはすー。これどこ持ってけばいいん?」

 

「あ、それは今日持って帰るヤツなんで廊下に出しといてください。…………って、あ。ちょっと? あれはこっちですってば! さっき言ったじゃないですか」

 

「い、いや、それは聞いてないんけど……」

 

「じゃあ察してください」

 

「いやそれは無理っしょ……」

 

 

 そう、私 一色いろはは、本日無事に一年間の生徒会長職をまっとうしたのです。

 

 

× × ×

 

 

 修学旅行が終わると、校内は次に控えるイベントに向けて盛り上がり始める。

 

 なんてねー。ぶっちゃけ生徒会役員選挙なんて、イベントと呼ぶのもおこがましいほど盛り上がらない。むしろ役員候補達が壇上で公約とかを発表する機会……つまり全校集会とかまで、え? 今そんな事やってたの? と思う人も居るんじゃないかってくらい、めちゃ周知が低いイベントなのだ。

 ソースは去年の私。だって担任から立候補してるって聞かされるまで、いま役員選挙やってるとか知らなかったもん。

 担任から聞かされるまで立候補してる事を知らなかった候補者というのがそもそもおかしいんだけど。

 

 

 それでも今年の役員選挙は、例年に比べてかなり盛り上がってる方だと思う。

 だって去年の修学旅行後なんて、会長には私以外候補者のひとりだって名乗りを上げてなかったというのに、今年はなんと五人も会長立候補者が居るのだ。

 

 ふっふっふ、それもこれも今期会長を務めた私が、普段は超裏方でちっとも目立たない生徒会という組織を、前面に押し出す大活躍をしたからだろう。なにせ勝手に私を生徒会長に立候補させた子達へのせめてもの復讐として、生徒会長一色いろはは、人気生徒会長という肩書きを手に入れなければならなかったんだもん。

 

 ぷっ、ざまぁ。 私が超優秀で超人気者の生徒会長として、校内トップクラスの有名人にまで上り詰めた時のあいつらの顔ったらなかったなぁ。あはは、めっちゃすぅーっとしたっけ。

 

『やられたらやりかえさないとな』

 

 えへへ、本当にこれ以上ないってくらいやりかえしてやれましたよね、先輩。あのとき先輩の口車に乗っておいてあげて、ホンっト良かったです。

 ま、本当はあいつらに対する逆襲だけじゃなくって、もっとおっきな理由があるんだけど。

 

 とにもかくにも! 残すは冬休み前の終業式くらいしかイベントがないと思われていたこの時期、なんと生徒会長立候補者が五人も居るという喜ばしい自体を受け、私 一色いろはは第ーー代生徒会長として残された時間を忙しなく過ごしているのです。

 

「いやー、なんかアレだね。この部屋とももう少しでお別れかと思うと、なんか感慨深いものがあるよね」

 

「稲村~、まだそのセリフは早いって。あと数日で次期生徒会役員の選挙。それが終わったら引き継ぎ業務だってあるんだから、思い出に浸るのはもうちょっと我慢しとけよ」

 

「いや、分かってはいるんだけど、この一年色々あったなぁって思うとさ、ついね」

 

「……そう、だね。本当に色々あったよな」

 

 三日後の選挙に向けての作業を進めていると、この一年間結構役に立っ……お世話になった先輩方の会話が鼓膜をくすぐった。

 そんな副会長と稲村先輩の会話に耳を傾けていたら、つい私も会話に交ざりたくなってしまった為、作業を一旦中断して口を挟むことに。

 

「ホント色々ありましたよねー、この一年。副会長、稲村先輩、本当にお疲れさまでした」

 

「おいおい一色、いくらなんでもお疲れさまでしたは早いって。どんだけ俺達を早く追い出したいんだよ……」

 

 そう言って苦笑を溢す副会長。

 

「……言い出しっぺの俺が言うのもなんだけど、さすがにお疲れさまは早いよ」

 

 稲村先輩も同じく苦笑いで副会長に続く。むむっ。

 

「そうですかねー。お疲れさまなんていう言葉は、言いたい時に何度だって言えばいーんですよ。つたない生徒会長であるわたしを、たくさんフォローして下さったお二人ですもん。当然我ら生徒会解散の時にはまたお疲れさまって言いますし、いま無性に言いたくなっちゃったんだから別によくないですかー?」

 

 そそ。お疲れさまに早いも遅いもないから。

 仕事とかしてればお疲れさまなんて挨拶みたいなもんだし、お二人が感慨深そうにお話をしてるトコを見ちゃったら言いたくなっちゃったんですもん。

 

「そういうもんかねー。でもま、そうかもな。ホント色々あったし、一色のおかげで副会長職とかすげー大変だったし、一度や二度のお疲れさまじゃ足りないかもね」

 

「ですです。……って、わたしのおかげで大変だったとか酷くないですかー? そりゃ、ちょぉっと扱き使……ご迷惑おかけしちゃった時もなくはなかったですけどー」

 

 おっと、危うく口が滑りかけちゃいました。あぶないあぶない。

 ……とは思ったけど、副会長の苦笑いがさらに引きつってるから、どうやら手遅れだったみたい。

 

「い、一色〜……、お前、先輩に向かって扱き使うとか……。あはは、まったく、結局この一年、一色も大して変わらなかったよな」

 

「はは、ホントだね。……でも、最初一色が生徒会長とかどうなる事かと思ったけど、なんだかんだあったけど、結果的には楽しい生徒会運営だった、よな」

 

「……だね」

 

 そう言って、またも感慨深そうに室内を見渡すお二人。

 

 ──うん。本当に色々あったし、そして、本当に楽しい一年だったなぁ。

 

 

 お二人に倣って室内を見渡すと、初めてこの部屋に現生徒会役員だけが取り残された日のことが脳裏にチラついた。

 生徒会室引き渡しの日、教師も城廻先輩も前生徒会役員の人達も立ち去ったあとの、なんとも気まずくよそよそしい私たちだけが取り残された不思議な空間。

 

 誰かさんの口車に乗せられ、しょーがないからやってやるかー! と一念発起して就任した生徒会長だけど、……正直、不安でいっぱいだった。なにすればいいとか全然わかんないし、なにすればいいとか、誰にも聞けないし……

 そんな不安通り、初めてこの部屋に役員だけで取り残された時は、自分の居場所なんてどこにも無かったっけ。

 

 ぶっちゃけ、私以外の役員はどちらかというと地味で真面目系の、今まで私が絡んできた層とは違う人種の人たちだった。

 今まで私が絡んできた人種は、クラスの中心人物だったり部活のエースだったりと、学年でもかなり目立つ派手目な人たち。なぜなら、私自身が学年で最も派手な交遊関係を持つ人種だったから。

 

 だから、初めての生徒会室でそんな私に向けられた役員達の視線は、まさに異物。まさに腫れ物。

 自分たちは真面目に生徒会運営をしたいから生徒会に入ったのに、どうせあんたは派手な人種特有の、ノリとか目立ちたがり精神で生徒会長になってみました♪ってだけだろ? って、その目が雄弁に語ってたっけ。

 

 そんな、自分の居場所なんてどこにもないままに臨むことになってしまった他校とのクリスマス合同イベント。しかも、あの意味の分からない日本語を嬉しそうに話す強敵? たち。

 失敗しちゃった葉山先輩みたいな海浜生徒会長に流されるまま仕事を押し付けられてたら、みんな溜め息吐いて呆れ果ててたっけな。

 

 あはは、あのとき先輩を上手く活用……先輩に救いを求めてなかったら、今頃いったいどうなってたんだろうね──

 

 

 

 

「じゃ、確かにまだ早いとは思うけど、せっかくだし俺も言っておこうかな。……えーと、この一年、一色もお疲れ」

 

 と、なんだか少し照れくさそうにお疲れさまを言ってくださる副会長。

 

「なんだよ本牧、自分で早いとか言ってたくせによー。じゃ、じゃあ俺も言っとくよ。本当にお疲れさま、一色。まさか一色とやる生徒会が、こんなにも充実した生徒会になるなんて夢にも思ってなかったよ」

 

 

 同調するように、稲村先輩も頬をポリポリ掻いてそう言ってくれた。

 

 ちょ、ちょっとやめてもらえませんかねー? そんな風に改まって言われたら、お疲れさまの言い出しっぺの私もなんだか恥ずかしくなっちゃうじゃないですかっ……!

 

 たから私はせめてもの照れ隠しに、ぷくっと頬を膨らませ、このお二人にこんな言葉をかけるのだ。

 

「ちょっとそれはさすがに酷くないですかー? ホント失礼しちゃいますよねー」

 

「ぷっ」「あはは」

 

 

 

 

 ──ホンっト、初めてこの部屋に取り残された私たちの間にこんな穏やかな空気が流れる日がくるだなんて、本当に夢にも思ってなかったですよ。

 

 うん、本当に充実した一年間だったな。

 今この状況でもう一度言うのはやっぱり照れくさいから、最後の日にもう一度ちゃんと言いますね。副会……本牧先輩、稲村先輩、本当にお疲れさまでした!

 

「お疲れさまでーす。お茶とお菓子買ってきましたよー……って、アレ? どうかしたんですか? なんかいい雰囲気になっちゃってますけど」

 

 そんなちょっぴり照れくさい空気の中、ばーん! と扉が開かれ、買い出しに行っていた紗和子ちゃんが室内へと乱入してきた。

 

「んーん? なんでもないよー」

 

「ホントにー? なんかすっごい生暖かい空気が流れてるよー?」

 

 む、なにこいつ。なににまにましてんの?

 もしかして扉の外で室内のこっ恥ずかしい青春模様を窺ってたんじゃないでしょーね。

 

「うるさいよ沙和子ちゃーん」

 

「い、いひゃいよいろはひゃーん」

 

 なんか無性にムカついた私は、にまにましてる沙和子ちゃんのほっぺをむにむに引っ張って反撃してやるのだ。

 

 

 

 もう照れくさいわムカつくわで絶対言ってやんないけど、このお疲れさまの中には、当然書記ちゃんだって入ってるんだからね。

 

 

 この四人で私たち。この四人で第ーー代生徒会。

 

 だからまだちょっと早いけど、みんな本当にお疲れさまです。そしてありがとうございました。

 

 

× × ×

 

 

 そんなほんの数日前の光景を思い出し、私はまたひとり満足げに頷く。

 

 あの頃の居たたまれない雰囲気も、徐々に打ち解けていったここでの毎日も、壁に貼ってあるカレンダーの赤丸印も会長机にちょこっと書いてある『先輩キモい』の落書きだって、今では全部全部、私の素敵な思い出。

 そう、あの今にも戸部の手によって廊下に出されそうな卓上タイプの小型加湿器だって、思い出がたっぷり詰まった大切な宝物。

 

「ちょ、だから戸部先輩! それはそっちじゃなくてこっちだって、何度言えば分かるんですかねー」

 

「……え、だってさっき言ってたのはアレで、コレの事は初耳じゃね……?」

 

「じゃあ察してください」

 

「だからそりゃないっしょいろはすぅ……」

 

 

 まったく。油断も隙もあったものじゃない。ちょっと目を離すとすぐこれなんだから。

 いやいや、手伝って下さっていることは十分、てか十二分に感謝してるんですよー? そもそもドヤ顔で手伝ってやるよとか言ってきたのは戸部先輩ですけど。

 

 とにもかくにも、女心のおの字も分からない戸部先輩に任せとくとなにをしでかすか分かったもんじゃないから、今度こそ気を抜かず、使えない小間使……それなりに役に立っている先輩にあれこれ指示を出していると──

 

 からり……と。

 

 そう遠慮がちに……ともすれば中の様子を警戒しているかのように、そっと開かれた生徒会室の扉。

 

 

「……うっす」

 

 本日生徒会室の整理整頓を始めてからずっと待ってたけど、なかなか来なくてやきもきしていたその男。

 みっともない猫背を晒してのそのそ入室してきた人物の姿を見定めると、私はにんまりと頬を弛めて軽い心と軽い足取りで、その人物へときゃるんと駆け寄る。

 

「もー、せんぱいおーそーいー」

 

 ホントおっそい! 私がどんだけ待ちわびてたと思ってるんですかねー。

 

「いやなんで俺呼ばれたんだよ。別に俺来なくても戸部居んじゃねーか……」

 

 とてとてっと走りより、ブレザーの袖をちんまり摘んだ私に先輩が掛けた第一声は、相も変わらず心底面倒くさそうな一言。

 ホント私にこんなつれない態度とるのなんて、先輩くらいなんですからねー?

 

「別に戸部先輩は呼んだわけじゃないです。なんか気が付いたら居たってゆーか?」

 

 なんか向こうから「ひどくね!?」とか幻聴が聞こえた気がしますが、それはまぁいいや。

 

「てかそんな事より私物が多くて片付けるの大変なんですよぉ」

 

「……お前が無断で持ち込んだ私物だろうが」

 

 ……そ、そーなんですよねー。

 おっかしいなー。なんでこう私室ってのは、次から次へと勝手に物が増えてっちゃうんだろ。全然記憶にないのになー。てへ。

 

「だから早く手伝ってくださいってば。帰るの遅くなっちゃうじゃないですか」

 

「知らねーよ……。ったく、去年の城廻先輩の私物なんて段ボール一個くらいのもんだったぞ……。まぁ重かったけど」

 

 むしろあの真面目な人が私物をそんなに持ち込んでいたこと自体が、女の子にとっていかに身の回りに自分の物を置いておきたいのか、いかに自分の物に囲まれているのが大事なことなのかってことを察してくださいよ先輩。

 てかそんなことよりも……

 

「いやいや、わたしと会話中に他の女の話題を出すとかありえなくないですか?」

 

 そう。これはいろは的に……てか女の子的に超ポイント低っくいです。

 なので私は片付けそっちのけで先輩を責め立ててやるのでした。

 

「お前はどこの束縛の強い彼女だ」

 

「……は? なんですか突然彼女扱いとかどっちが束縛強いんですか。……はっ!? もしかして今口説いてますか、お前の束縛なんて俺の束縛に比べたら大したことねーぞとかわたし大好きっぷりをアピールしてますか、正直ストーカーチックで結構キモいんで無理ですごめんなさい」

 

「口説いてもいねぇし束縛もしてねぇよ……」

 

「おー! ヒキタニくんも手伝いにきてくれたん!? 助かるわー! てかちょっと聞いてくんね? いろはすってば超ヒドイんよー!」

 

「戸部先輩うるさいです」

 

「戸部騒がしい」

 

「……つれーわー」

 

 

 ──ぷっ、なにこれ。もう何度目か分からないくらいの先輩からの口説き文句に、びしぃっと両手を伸ばしてお断りを入れる私と、そんな私に心底呆れ眼な先輩。

 そこに余計なの(戸部先輩)が割って入ってきたもんだから、ここ生徒会室はカオスの真っ只中。

 今や旧……と言っちゃってもいいのかな? 旧生徒会役員の副会長や稲村先輩も、本日をもってここを引き渡すことになる新生徒会役員達も、そんなカオスな現場にみんなで苦笑いを浮かべてる。

 

 

 あはは、今日は我ら生徒会最終日だってのに、なんて締まりのないエンディングなのだろうか。

 でもま、こんなんだからこそ我ら生徒会ではあるし、これくらいの方が湿っぽくならなくていいのかもね。

 

 

 

 そんなぐっちゃぐちゃで、そんな苦笑いに包まれて、そしてたくさんのお疲れさまに囲まれて……、私たちはこうして、しめやかなんて言葉が微塵も感じられない中、わたし達らしく騒がしく解散してゆくのでした。

 

 

× × ×

 

 

「……なぁ」

 

「なんですかー?」

 

「なんで俺がお前の私物を自宅まで運ぶ係にされてんの?」

 

「うっわ……先輩ってガチ薄情者なんですね、正直引きます。そんな重い荷物を、こんなにか弱くてこんなに可愛い後輩女子に家まで運ばせる気だったんですか」

 

「運ばせるもなにも全部お前のだろうが。つうかこの大量の私物はお前が家から持ってきたもんなんだから、必然的にお前ひとりで持って帰れる量ってことなんじゃねーのかよ」

 

「バカなんですか? そんなの別々の日に別々に持ってきたからひとりで持ってこれたに決まってるじゃないですか」

 

「……だから事前に別々の日に別々に持って帰っとけと、暗に皮肉を込めて言ってんだよ」

 

「いつまでも細かい事うじうじ言ってるとモテないですよ、先輩」

 

「うぜぇ……こんな理不尽な目に遭ってまでモテたくねぇ……」

 

 

 ところ変わって帰り道。

 現在私はとても便利な先輩を隣に従えて、大荷物を抱えながらえっちらおっちら我が家へと驀進中である。

 大荷物抱えてんのは先輩だけだけど。

 

 重〜い荷物を持ってる時って結構キツいじゃないですかー? だからその重さから少しでも気を紛らわせてあげるため、こうして素敵な美少女との語らいタイムを設けてあげてる出来た後輩のいじらしさに感謝すべきですよ? せーんぱい?

 

「まーまー。ホラ、わたしの自宅を知ってる男子って先輩くらいですし、あんまり男子に個人情報知られちゃうのも最近は何かとアレなんで、消去法で言ったら先輩くらいなもんなんですよ」

 

「は? お前んちって俺しか知らんの?」

 

「ですです。去年のクリスマス、ディスティニーのお土産をうちまで運んで貰ったじゃないですか。なので先輩くらいですよ、うち知ってるの」

 

 休日に荷物運び……んん! デートで男子と遊ぶ事はあっても、それとこれとは話が別だからね。

 家知られちゃうのはマジでNG。なんか俺っていろはの特別じゃね? みたいな空気を醸し出されてもウザイし。

 

 ……あ、でもアレだなー。そーいえば、最近休日に男の子となんて全然遊びに行ってないや。最後に荷物持ちになってもらったのっていつだったっけ。年末?

 いや、それは先輩とのディスティニー帰りだから、それよりもっと前ってことだよね。

 適当な男子つかまえて、ごはん奢ってもらったり荷物持ってもらったりがライフワークのひとつだったはずなのに、もう全然思い出せないや。

 

「へぇ、意外だな。お前ってなんかこう、次から次に男を自宅に呼んでパーリーピーポーしてんのかと思ってたわ」

 

「……マジでわたしのことなんだと思ってるんですかね、この人は。ホント先輩とは一度真剣に話し合いをするべきですかね」

 

 まぁそう思われてても仕方ないって一面もあるから、あんま強くは言えないけどね、残念ながら。

 なんで私、あんなに男の子とばっか遊んでたんだろ? いま考えると、大して楽しくもなかったのになー。

 ホンっトに楽しかったと思えたデートなんて……うん、あのときくらいか。

 卓球したりラーメン食べたりと、とても男の子と二人っきりのお出掛けとは思えない、ムードもへったくれもないちょー変なデートだったけどね。

 

 

 ……にしてもあれだよね。いくらなんでもコイツ失礼すぎじゃない? 男をとっかえひっかえしてるっぽいとか女の子に言うなんて、それもうセクハラってレベルを優に超えてんだけど。

 言っとくけど、私みたいに自分の商品価値をきちんと理解した上でキャラを演じてる子って、自分の商品価値が分かってるからこそ意外とお堅いんですよ? だって軽かったら価値が下落しちゃうじゃないですか。

 それに少なくとも今は超一途な乙女やってるんですよ? 私ってば。今度真っさらな男性遍歴を教えてやろうかな。

 

 

 とはいえ、そこまで打ち明けちゃうにはまだまだ早い。実はこう見えて色々と未経験とか、乙女の沽券に関わる大問題だし。

 だからそれはまだ言えないから、せめてもの八つ当たりとして、めっちゃ私らしくニヤリと先輩にこう反撃してやるのだ。

 

「てか先輩、なにちょっと嬉しそうにニヤニヤしちゃってるんですかー? もしかして、わたしの家知ってるのが自分だけと聞かされて期待とかしちゃってますー?」

 

 ふっふっふ、ちゃーんと見てましたからね? さっき先輩、意外だなとか言いつつちょっとにやけましたよねー?

 

「アホか、ニヤニヤなんてしてねぇし、そもそもどこに期待する要素があんだよ」

 

「いやいや、いま超にやけてたじゃないですか。超キモくフヒッと。あとちょっとくらい期待したって別に構わないんですよ? 期待するだけなら誰でも自由ですもん」

 

「ば、ばっか違げーから」

 

 なんかこっちが恥ずかしくなっちゃうくらい、真っ赤になって慌てる先輩。

 でもでも許してあげません。勝手に乙女をビッチ扱いしたんだから、それ相応の罰はきっちり受けてもらいますからね♪

 すぐ隣で、荷物抱えてそっぽ向いてる可愛い先輩にぴっとりと肩を合わせ、てくてく歩きながらいやらしーく覗き込んであげる。ふふふ、両手がふさがってるから、いつもの頭がしがしは出来ないからね? せーんぱい!

 

 とはいえ私もそこまでバカじゃない。確かにいま先輩はなんか照れてるけど、それは私に対して恋愛とか独占とか、そういう感情を発揮してくれてるってわけではないんだろう。

 たぶんこの照れはそういうんじゃなくって、もっとこう真面目で、もっとこう後輩想いの優しい感情からくる照れなんだと思う。

 

「まぁ、なんだ。……確かにちょっと口元は弛んじゃったかもしれないこともなくはない。ただ、そういうんじゃなくてだな──」

 

 果たして先輩は観念して口を開く。

 そしてその口から出てくる言葉は、ああ、やっぱ先輩だなー、って思えるような、そんな言葉の数々。

 

 

「ディスティニーで思い出したんだが、もうあれから一年経つのかと思っちゃっただけだっつの」

 

「……あー……ですねー」

 

 そっかぁ。生徒会役員選挙も終わったって事は、もう十二月。つまりあの日……クリスマスのディスティニーからも、もうすぐ一年になっちゃうってことなんだよね。そりゃさっきから妙に寒いわけだ。

 つまり私がこの人の悪影響をばりばりに受けて、どうしてもアレが欲しくなっちゃって葉山先輩に告っちゃったあの痛い日から、もう一年が経つってわけだ。

 

 ん、じゃあ先輩が照れちゃうのもしょーがないですね。だって──

 

「そっかそっか。先輩が本物を欲しがってから、もう一年が経つのかぁ」

 

 またしてもニヤァっと覗き込んであげる。

 

「おい、それは忘れてくれって言ったよね? 俺の口元が弛んだのはそれが原因じゃないからね?」

 

 あれ? 違うんだ。まぁ今のはただの仕返しですけど。

 

「そっちじゃなくてだな……。なんつうか、まぁあの日は色々あったが、……ぶっちゃけ初めて一色に感心した日でもあったからな」

 

「いやいや皆でディスティニーに行ったのって、わたし達が出会ってからしばらく経ってからですよね!? あのとき初めて感心って、それまでわたしをどんな目で見てたんですかっ」

 

「そりゃまぁ、男なんて便利な道具かアクセサリーくらいにしか思ってない、隠れゆるふわビッチ」

 

「なんですとー!」

 

 コイツまた恋する乙女をビッチ扱いしやがりましたよ! ホント失礼すぎじゃないですかねー……

 

「とりゃ!」

 

「痛てぇ!」

 

 あまりのムカつきように、先輩の脛をげしげしと蹴り上げる私。

 ちょっと? この程度で許されると思ってるんですかこんにゃろー。

 

「で? “今まではそう見てた”って事は、あの時からわたしの印象が変わったってことなんですよね?」

 

「そう、だな。……つ、つーか痛いんですが」

 

 まだまだ攻撃の手(ローファーによる蹴り攻撃)は緩めないものの、なぜ先輩がちょっと口元を弛めたのか、そしてなぜそれを指摘したら照れたのか、その答えをまだ聞いていない私は、さらに先輩をげしげし追い詰める。

 てかビッチビッチ思われてたのはちょっとショックではあるけれど、今はそんな事よりも、そこから私に対してどう感心したのか、どう印象が変わったのかを、乙女としては一刻も早く聞きたくてたまらない。

 ほら先輩早く早く! 早く答えないと先輩の脛が使い物にならなくなりますよー。ほれほれ~、カモンカモン。

 

 

「わ、分かったから、とりあえず蹴りをやめてくださいませんかね、一色さん……」

 

「えー、しょーがないですねぇ」

 

 まだまだ蹴り足りないものの、一刻も早くアンサーを聞き出したい私は、渋々攻撃を中断してあげる。

 

「……でも、だな。一色的には、あの日のことで俺がにやけるとか、さらにその説明をするとか、あんまり面白い話ではなくないか?」

 

「はい? それはわたしが葉山先輩に振られた日の事だからですか?」

 

「お、おう。はっきり言うな……」

 

 んー、まぁそりゃそうだよね。意外と気が利く先輩からしたら、可愛い後輩が無惨に振られた日のことを軽々しく話したくはないだろうし。

 

「それなら全然問題なしです。だって、あの日振られたのはあくまでも結果であって、わたしは告白したこととか別に後悔なんてしてませんし、あれはあれで大切な思い出ですもん」

 

 女の子って、女の子に夢見る童貞男子の中に住んでる空想上の女の子と違って、終わった恋をいつまでも引きずるようなヤワな生き物じゃないんですよ?

 そもそもアレが恋だったのか、もしくは恋に恋してただけなのか、今思うともう分からないくらいだし、吹っ切れてるどころかどっかに吹っ飛んでるってレベル。

 

 ま、それはただ単に本物の恋心じゃ無かったからなんだろうな。

 誰かさんのせいでどうしても本物ってやつが欲しくなっちゃって、でもその時の自分にはまだ本物なんてものが見当たらなくって、それでもどうしても欲しくなっちゃったから、それが本物か偽物かなんてそっちのけで無理やり手を伸ばして掴もうとしただけの、ただの偽物の恋心。

 

「ほら、だから大丈夫なんでどぞどぞ」

 

「ハァ……。ま、まぁ、だからだな──」

 

 本当に……本っ当に渋々といった体で語り始める先輩の耳は赤く色づいている。

 そんなに恥ずかしいこと言うつもりなのかな、この人。なに言われるか分かったもんじゃないから、私もちょっと心しておかないと、油断してると顔赤くなっちゃうかも……っ。

 

「──あの時までは一色の事、さっきも言ったがマジで男なんて道具くらいにしか考えてないんだろうって思ってたし、そんな一色に取っちゃ、葉山なんて最高のアクセサリーなんだろうと思ってた」

 

「……」

 

 なんだろうと思ってた、かぁ。

 うん。それは決して間違ってはいないですよ、先輩。

 もしあの日あなた達の青臭いやりとりを聞いてしまわなければ、私は今でもそんな認識のままでいたんだろうと思う。

 

「……確かあんときも言ったよな。俺は一色の事を、恋愛脳に見せかけてクレバーなのかと……つまり本当は恋愛とか人間関係とかに冷めてるやつなのかと思ってたと」

 

「ふふ、わたしももびっくりです。もっと冷めてるものかと思ってましたから」

 

 そんな私があんなに熱くなっちゃったのは、いったい誰のせいでしょうかねー?

 

「だからまぁ、言い方は悪いが、すげぇ不真面目なやつだと思ってたんだ。人間関係とか仕事とかも含めて。あの時までは」

 

「ちょっと!? それは酷くないですか!? ……人間関係と仕事の不真面目さを先輩にだけは言われたくないんですけどー」

 

 ま、先輩の不真面目さは表向きだけで、根はめっちゃ真面目なんですけどね。

 すると先輩は「違いねぇな」と苦笑を浮かべ、さらに言葉を紡ぐ。

 

「だからあの時は正直びびった。まさか一色がこんなにも一生懸命になれるやつだったなんて、って。こんなにも一生懸命、なにかに熱くなれるやつだったんだなってな。……だって普通言えないだろ、振られた直後に涙浮かべながら胸張って、「がんばんないと」とか次に向けて宣誓するなんて。……だから、あれだ……。あんときも言ったかもしれんけど、心から感心しちゃったんだわ、こいつすげぇなって」

 

「っ……」

 

 う、うひゃ〜……、さすがにちょっと恥ずかしくなってきちゃったよ。

 そりゃ先輩も言い渋るわけだ。

 

 よ、よし、とりあえず照れ隠しに軽く反撃をば。

 

「……だってー、どこかの熱っつい誰かさんのおかげで、どうしても本物が欲しくなっちゃったんですもん」

 

 もっともあの時の宣誓──葉山先輩へのアタック、これからも一生懸命頑張ります! なんて、翌朝には忘れちゃってたんだけどね。

 いま思うとあの時の私の宣誓は、葉山先輩うんぬんじゃなくって、本物を手に入れる為なら超がんばっちゃいます! だったんだろうな。

 

「おまっ……、だからそれはもう勘弁してくれ」

 

「へへー、勘弁しないでーす」

 

 言ったでしょ? 忘れません、忘れられませんって。

 

「とにかく、だ。正直な話、それまではこんなのを生徒会長に推しちゃって、本当に良かったのかとか思ってたまである」

 

「ひっど! 仕返しにしてもその言い草は酷すぎませんかね。てか、か弱い後輩を無理やりハメたくせに、実はそんな風に思ってたんですか?」

 

「いやいや、嵌めたは酷くね? あと言い方がちょっとアレだから……」

 

「は? わたし思いっきり先輩にハメられましたけど? まさかわたしが応援アカウントのからくりに気付いてないとか思ってますー?」

 

 ものすごーく白い目を向けると、先輩は潰れたヒキガエルのように「うげぇ」と唸る。超絶キモい。

 

「……え、お前アレ知ってたの?」

 

「むしろアレでご本人にバレないとか思ってたこと自体にびっくりです。学校内で結構話題になってるツイッターなんて、イマドキの女子高生が覗かないわけないじゃないですかー? まさか都合よくわたしだけがソレを見ないはずだとか思ってました? どんだけご都合主義ですか。で、先輩に呼び出されたと思ったら、ここ最近見た応援アカウントの全候補の推薦人数が、なぜかそのままわたしの推薦人数になってるんですもん。そりゃ分かりますって」

 

 いやホントびっくり。数少ない女の子友達に「いろはー、最近こんなのやってるみたいだよー。なんかまだ本人には秘密にしてるんだ☆とか書いてあるけど、別にいいよね、いろはの不人気さとかウケるし」とか非道いこと言われて、いざ見てみたら葉山先輩がめっちゃ大人気な上、自分の女子からの人気の無さには変な笑いが込み上げたっけ。

 それなのにその推薦人数が、そのまま私の推薦人としてリストに上げられてんだもん。

 あの図書室のやりとり中からバレバレでしたからね。あ、こいつやりやがったな? って。

 

「ぐっ、マジか……。そ、その……スマン──」

 

「ま、別にいいんですけどね。だからあのとき言ったじゃないですか。「の せ ら れ て あ げ ま す」って」

 

 ホント先輩って頭いいんだかバカなんだか。まぁバカなんだけど。乗せられてあげますってニヤリと微笑んであげた時点で、先輩の目論見に気付いた上での了承だって事くらい気付けっての。

 

「メリットとかを考えて知ってて乗ってあげたわけなんで、別に謝罪は不要です。出来た後輩は、アレはおあいこって事にしといてあげますっ」

 

「……そ、そうか。そりゃ有り難い。……ん? 知ってて乗ったって事は、それ別に嵌められたってわけでは──」

 

「……チョーシに乗らないでください」

 

「アッハイ、すみません」

 

 声低すぎてこえーよ……とかなんとかぽしょぽしょ呟いている先輩をまるっと無視して、私はあの時の記憶に浸る。

 

 そりゃ確かにハメられたのとは違うよ? ハメようとしてる先輩の策略に気付いて、ハメられたフリをしてあげたわけだからね。

 なんでそこまでして私を生徒会長にしたかったのかは分からなかった。ま、たぶんそっちの方が、この人にとってなにかしら都合が良かったからなんだろうなーくらいにしか思ってなかったけど。

 

 じゃあなんでそこまで分かっててハメられてあげたのか、それは……なんかこの人面白いかもって思っちゃったから。

 こんなしょーもなくって、こんなにもズル賢くって、でもわたしの気持ちを……、笑顔の仮面の下に隠した、ホントはめちゃめちゃ悔しくて、ホントはめちゃめちゃあいつらを見返してやりたいって気持ちを、この人は分かってくれたから。

 だからこいつを上手く利用……おっと。この人とのコネクションを持ったままにしとけば、今に楽しい思いをさせてくれそうだと思ったから。

 

 だから乗せられてあげたんです。そしてその選択はやっぱ間違ってなかった。てか大正解。

 だって今や先輩は、私にとってなくてはならないとても大切な存在になっちゃったんですもん。

 

 とまぁそれはそれとしてー──

 

「とにかくですね、これだけは絶対譲りませんからね。わたしは先輩にハメられてキズモノにされたんですっ!」

 

 そ。そゆこと。こればっかりは譲れません。

 だって先輩が私を騙そうとした事は変わらないし、それにこれは先輩への貸しですもん。いざというとき、この貸しという名の弱みを存分に生かしてやるんだから。

 

「いや、あの、一色さん? ここ外だから、さっきからハメるとかハメられたとか、そんなこと大声で言ったら通報されちゃうから……。さっきから絶対わざと言ってるよね」

 

 ふっふっふ、もちろんわざとでーす♪

 

「おっと、つい話が逸れちゃいました。先輩が嫌がるいたいけな美少女JKを力ずくでハメて、警察のご厄介になろうがどうなろうが、そんなのは今はどうだっていいんです」

 

「お前やっぱりわざとじゃねぇか……」

 

「で、なんです? こんなのを生徒会長に推しちゃってー、辺りから話途切れちゃってたんで、そこからの続きを遠慮せず、ささ、どーんとどうぞ」

 

「うわぁ……言いづらい」

 

 それは先輩が本物発言の照れ隠しと仕返しの為に「こんなのを推しちゃって」とか悪態吐くから悪いんですよ?

 言いづらいって事はさらに照れくさいこと言うんだろうし、楽しみ半分恐さ半分で、死なばもろともばっちこいです。

 

「ぐっ……で、でだな。確かにあのときまでは、一色に生徒会長を押しつけた事に不安があったんだが、」

 

 こいつっ……、さっきまで綺麗事振りまいて「推した」って言ってたくせに、もう押しつけたって包み隠さず言っちゃってるし……

 

「……だがあのとき本当の一色を少しだけ垣間見て、実は思ってたよりずっと真面目で、実は思ってたよりずっと一生懸命で、ああ、こいつなら大丈夫だなと、こいつにやらせて良かったかもなと、そう思えて、……ま、安心したわけだ」

 

 と、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気から一転、先輩はなんとも照れくさそうに、珍しく捻くれたりせずに私への気持ちの変化を素直に述べてくれた。

 

 おうふ、これは覚悟してたより八割増しくらいで恥ずかしいじゃないですか。八幡だけに。

 

「そ、そですか……。それはまぁ、……ありがとです」

 

 なんだか無性に恥ずかしくなってしまい、なんかぽしょぽしょと先輩くらい気持ち悪い返事になってしまった。

 なんならそっぽ向いて頭をがしがし掻いてしまいそうな勢い。

 

「……だー、くっそ恥ずかしい。だから嫌だったんだ、こういうの」

 

 だいじょぶです。私だってかなーり恥ずかしいですから。

 

「と、まぁ……そんな感じだ。……だからさっきディスティニーの話が出た時、あれからもう一年経つのかと思ったら、つい口元が弛んじゃったってわけだ」

 

「なるほど、です……」

 

 これでお仕舞い! とばかりに、てくてくと先を歩いてゆく先輩。

 普段なら女の子の歩調に合わせないで、自分のペースで先に行っちゃう男子とかありえないって思うけど、まぁ私としても今ばかりはちょっとだけ助かったかも。だって顔が熱くて仕方ないんだもん。

 

 ……ふぅ。普段どうしようもなく捻くれてる人が急に素直に褒めてくると、こんなにも破壊力すごいんだなぁ。

 こ、今後はちょっと気を付けねば。めもめも。

 

 

 そんなちょっとばかりの照れと胸いっぱいの満足感で、表情筋がゆるっゆるになりながらもスキップ気味に丸まった背中についていくと、不意に先輩が速度を緩める。

 ちょっとあぶないじゃないですか先輩。そんな急に止まったら、危うく背中に抱きついちゃうとこでしたよ、まったくもう。

 

「あ、っと……そういやまだ言ってなかったな」

 

 と、ここで突然の追加攻撃が繰り出される。

 いやいや! そんなのちょー反則ですってば!

 

「……まぁ、なんだ。……言いそびれてたが、この一年間、お疲れさん。……単なる成り行きではあるが、お前を生徒会長に推して、今ではマジで良かったと思ってるぞ」

 

 なんともズルいことに、この男はそのこっ恥ずかしいセリフだけを言い逃げして、もう耐えられないと勝手にすたこら歩いていってしまう。

 

「へ? ……ふぇ?」

 

 

 ──な、なんなのこの人! あれだけ恥ずかしいこと言うの嫌がってたくせに、あんだけ私を辱めた上にまさかの追い打ちって!

 もうめっちゃくちゃズルいです、ずるずるです。実はこの人、ドSなんじゃなかろうか。

 

 

 

 とはいえ、とはいえですよ。

 

 お疲れさん、か〜。

 

 本日生徒会最終日、生徒会室中を飛びかっていた……いやいや本日どころかここ最近めちゃめちゃ聞き慣れてしまっていたその単語。

 相手の労をねぎらう言葉であり、相手からの感謝を受け取る言葉でもあり、下手したら仕事の上での挨拶でも使われてしまうような、言ったら気持ちいいし、言われたら嬉しいし、でも聞き慣れ過ぎてすっかり耳に馴染んでしまったお疲れさま。

 

 でも、へへー、初めてこの人に言ってもらえた今この瞬間、聞き慣れてしまったはずのこの言葉が、なんだかすっごくきらきらしてる。

 

 なんか先輩からのお疲れさまを貰えて、今ようやく実感出来た気がする。

 あれだけ不安でいっぱいだった生徒会長という重責だけど、私はこの一年間、ホントにやりとげたんだなぁって。

 

「……はい、先輩こそこの一年、わたしの我が儘とか無茶ぶりとかたくさん聞いてくれてお疲れさまでした! ……ふふっ、単なる成り行きでしたけど、先輩に生徒会長に推してもらえて今ではホントに良かったなぁって思ってます」

 

 だから私も返すのだ。

 自分の都合の為に私を生け贄にして、でもめんどくさがりながらもたくさん助けてくれた、この最っ低で最っ高の、大好きな先輩へと。

 

 

「お、おう……」

 

 

 自分から恥ずいセリフを振ってきといて、ご丁寧に返してあげたらこの始末ですよ。本当にどうしようもない先輩だなー。

 

「ほらー、早く行きますよー」

 

「おい、ちょ、は、離せって」

 

「いやでーす」

 

 そんなどうしようもない先輩の二の腕をぐいっと引いて腕を巻き付けると、最近ちょっとだけ……ほーんのちょっとだけ肉付きが良くなってきたお胸をむにゅっと押し付け、ぐいぐいと引っ張るように真っ直ぐ家路へ急ぐのだ。

 罠にハマりましたね先輩。その大荷物を抱えていたら、私の腕は振りほどけないんですからねー。

 

「もう疲れちゃったんで、早くおうち帰ってお茶したいんですー。先輩遅いからこうしてわたしが引っ張ってあげないと、全然帰れないんですもん」

 

「お前な……疲れたもなにも、荷物持ってんのは俺だろうが……」

 

「なに言ってんですか。その荷物を箱詰めしたの誰だと思ってんですか」

 

「……なんで自分で持ち込んだ荷物を詰めただけのくせにそんなに偉そうなんだよ」

 

 

 腕に私の感触とぬくもりを味わいながらも、その照れくささを誤魔化すようにすっごい呆れ顔を向けてくる先輩。ぷっ、顔真っ赤なくせして。

 

 

 すっかりと日が落ちて真っ暗になってしまった真冬の帰り道。

 でも先輩は私のふくよかな癒しのぬくもりで、私は先輩の照れまくってるあっつあつの熱で、なんともほかほかな帰り道を楽しむ二人なのでした。

 

 

 

 

 ──そしてそんな幸せの帰り道……、先輩はぷいっとそっぽを向きつつ、私にこんなことを言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、そういやこっちも言いそびれてたな。新生徒会長就任おめでとさん。今更ではあるが、まさかお前が二期目も生徒会長やるなんて思ってなかったからびっくりしたわ」

 

 

 

 これで私が会長職から退くと思った? 残念!

 わたくし一色いろは、前生徒会長は本日付けで引退しましたが、同時に本日付けで新生徒会長に就任しました!

 

 

× × ×

 

 

 二年連続生徒会長。

 それはこの総武高校の歴史において、誰も成し遂げたことのない偉業。

 

 それもそのはず、だって一年生生徒会長自体、私が初なんだから。

 必然的に二年連続という偉業だって、私が初になるに決まってる。

 

 これはもう凄いことだよ? なにせ県下屈指の進学校において、初めて二年連続の生徒会長なんだから。

 その名声はどこまでも轟き、来たる進学や就活の際、それはもう後光のように私をウハウハに照らし上げてくれることだろう。

 

 なーんてね、そんなのはただの建て前。なんでまた生徒会長やるんだ? って先輩に聞かれた時、もっともらしい言い訳を並べ立てて誤魔化したときのただの謳い文句。

 ぶっちゃけそんな下らないことなんてどうだっていいの。私は、ただひとつの目的の為だけに二年連続生徒会長になったのだから。

 

 

 ──もう一年生徒会長をやろう。

 そう心に決めたのは、今から約九ヶ月前。

 九ヶ月前のとあるイベントの最中に私は思ったの。あ、一年後のこのイベントでのこの役回りだけは、なにがあっても絶対に誰にも譲れないって。

 

 そしてそう決めたからには、とにかく印象よく、とにかく目立つようにと会長職を頑張った。ちょーーー頑張った。

 なにせ絶対に再選しなくちゃならなくなったわけだもん。もし次の会長選挙で雪乃先輩みたいな完璧超人が立候補したら……、もし結衣先輩みたいな、誰からも好かれる人気者が立候補したら……、それはつまり──

 

『一色は何をどうしてもあいつらには勝てない』

 

 そう。それはつまり、私の敗北を意味する。

 

 もちろんあんな人たちはそうそう居ないし、そんな凄い立候補者が出てくる可能性なんてほぼほぼゼロだ。

 そもそも私、他に立候補居なかったから信任投票だったわけだし。

 

 でも……それでも可能性が完全にゼロではない以上、もしかしたらあのイベントのあの役回りが誰かに取られてしまう可能性がコンマ1でも残っている以上、それを黙認するなんて選択肢は、私の中にはこれっぽっちも無かった。

 

 だからとにかく頑張った。ああ、この生徒会長の代は本当にいい一年だった。次の一年もこの子に会長を任せたいなって、たくさんの生徒に思ってもらえるように。

 

 まぁ? 張り切って学校行事で目立ち過ぎて活躍し過ぎたが故に、逆にその頑張りが仇となって、我こそはと次の会長に名乗りを上げる中々優秀な四人もの刺客が現われちゃったときはちょっと焦ったけども?

 でもね、ざーんねん! 私の圧勝でしたー!

 

 

 こうして新生徒会長になった私の元に集まってくれた仲間、新副会長には沙和子ちゃん、そして新書記ちゃんにはなんと小町ちゃん。あとは初顔合わせとなった新会計の子と庶務三人の計六人と共に、来たるべくあのイベントに向けて、明日からの新生徒会活動に励む事となったのです。

 

 

「つーかな、一色……」

 

 先輩の腕を引っ張りながら明日からの活動に思いを馳せていると、不意に先輩からのお声が掛かる。

 

「はい?」

 

「マジで今更なんだが、なんで明日からも普通に生徒会室を私物化するくせに、わざわざこれだけの荷物を持って帰んなきゃなんねーんだよ……」

 

 そう言う先輩は、心底うんざりした様子で胸に抱えた三個もの段ボールを眺めてる。

 

「さっき戸部が運んでたヒーターやら加湿器やらだって、わざわざ新しいの持って来なくても、この段ボールに入ってる今まで使ってたヤツをそのまま使えばいいだけの話だろ……」

 

「ハァ……やれやれ、先輩はなにも分かってないですね。だから先輩なんですよ」

 

「おい、先輩を悪口みたいに使うな。……え、まさか俺に向けて言ってる先輩って、実は蔑称じゃないよね?」

 

「明日から新生徒会なんですよ? もう昨日までの旧生徒会とは違うんです。だったら新しい私室で新しい私物に囲まれて心機一転したいに決まってるじゃないですかー? 女の子って生き物は、いつでも素敵で新鮮な刺激を求めてるんですよ?」

 

 ま、それ以外にも、何割かくらいはこうして先輩に荷物持ちになってもらいたかったって気持ちもあるんだけど。

 

「知らねーよ。てかツッコミどころが多過ぎて、もうどこからツッコんだらいいのか分かんねぇ……。まず生徒会室は決してお前の私室ではないし、そもそも俺に向けての先輩という名称の定義の説明追及を無視しちゃってるし……」

 

 などと、いつまでもブツブツぐちぐちやかましい先輩の声も視線も完全に無視して、私はひとり想いに耽るのだ。

 

 

 

 ──私がどうしても誰にも譲りたくなかったモノ。

 それを強く強く思ったのは今から約九ヶ月前の、城廻先輩達を送り出した卒業式の日の事だった。

 

 ぶっちゃけ、大してロクに思い入れの無かった当時の三年生に向けた私の送辞は、過去の議事録から引っ張りだしてきて当たり障りの無い改変コピペを読み上げただけの、かなーり拙いモノだった。

 それでも先輩方は、そんな私からの拙い送辞に涙してくれたのだ。

 

 もちろんそれは私からの送辞に対してじゃなくって、私が送辞を読み上げている最中にフラッシュバックした自身の思い出に涙しただけなんだろう。

 それでも私は、そんな先輩方を見て思ってしまったのだ。自分に誓ってしまったのだ。

 

 

 ──ああ、次は絶対に心を籠めて送り出そう。

 たくさんお世話になった先輩方、雪乃先輩、結衣先輩、葉山先輩、三浦先輩、戸部先輩。

 

 んーん? 確かにその気持ちに嘘はないけど、それでも、今はそれさえもただの建て前だ。

 私の目的。私が生徒会長の座を死守してまでも果たしたかった譲れない目的。それはもちろん……そう、あなたを送り出したくなっちゃったから。せんぱい? 私の手であなたを送り出したくなっちゃったからだよ?

 

 今度はコピペなんかじゃない。私の言葉で、私の気持ちで、先輩をこの学校から送り出してあげたい。てか、その役だけはぜーったいに誰にも渡さない。

 そして私はあなたに伝えるの。多分すっごいやらかしちゃうんだろうって自負はあるけれど。

 

 

 

 ──先輩に嵌められて生徒会長にされて、先輩に頼って助けられて、先輩の熱い気持ちを聞いて盛り上がって失恋して、そして先輩の不器用な優しさに惹かれて。

 

 あの時あなたは言いました。俺は本物が欲しいと。

 先輩は本物が見つかりましたか? わたしはもう見つけましたよ? わたしの本物はせんぱい、あなたです。

 

 

 そう言ってやるんだ。壇上から先輩だけに向けて。

 

 卒業式という晴れの舞台で、あなたは死ぬほど恥ずかしい思いをする事でしょう。もちろん私も死んじゃうと思いますけど。精神的にも肉体的(独身からの怒りのお仕置き)にも。

 

 

 でもね? ふっふっふー、それこそが私を生徒会長にした責任を取るって事なんですよ? 私言いましたよね、責任、取ってくださいねって。

 私を騙そうとして生徒会長にしたこと、思いっきり後悔させて、そして思いっきり満足させてあげますよー?

 

 

「おい、人の話聞いてんのかよ。てかなにニヤニヤしてんだ腹立つな」

 

 おっと、三ヶ月後の大作戦決行に心弾ませていたら、乙女としたことが思わず好きな人の前でだらしない表情になってたっぽい。

 にしてもこんな可愛い後輩の微笑みをつかまえて、ニヤニヤして腹立つとは何事ですかこの男は。

 

 かっちーんと来た私はとっても素敵な性悪微笑をたたえて、このどうしようもなく失礼極まりない男にこう告げてやるのだ。

 

「……ちっちっち、そんなチョーシ乗った態度を取ってられるのは今のうちだけですからねー先輩。今にみてやがれです」

 

「へ? な、なに、お前なんか企んでんの……?」

 

 私のただならぬ気配に、先輩は一気に警戒感を強める。

 さすがは先輩、私のこと良く分かってるじゃないですか。感心感心。

 

 

 

 ──そして私は、覚悟しといてくださいね〜せーんぱいっ! て、より一層、より満面な小悪魔笑顔をまっすぐ向け、先輩の腕に絡めてる右手とは反対側の空いている方の左手で、びしぃっと可愛く敬礼を決めるのでしたー。

 

 

「えへへ、まだナイショでーっす♪」

 

「……うわぁ、あざとい」

 

「あざとくないですー。素ですー」

 

 

 

 

おしまい☆

 




というわけで、こんなにも長い間お付き合いいただきまして、誠にありがとうございました!
まさか本当に100話に到達する日がこようとは、開始した当初には夢にも思ってなかったです。

そして記念ということで、本当に久しぶりのいろはすSS……それもいろはす視点のお話でした☆
記念作品にしては若干地味目な物語ではありましたが、私の中ではコレがいろはすSSの総括かなー?なんて思っております(^^)


さて、100話ということでキリがいいので、これにてこの作品……てかSS執筆自体を一区切りさせていただこうかなぁ……とか思っていたり思ってなかったり……?
てかあれだけ速筆だったのに今やこの遅筆っぷりでお分かりの通り、さすがにちとモチベーションが保ってないという現状であります('・ω・`;)


とはいえそんなことを言いながらも2〜3日後にシレッと投稿しちゃったりする辺りがこの私ですし(ドヤァ)、さすがにそこまで早くなくても、1週間後ついに2年3ヶ月ぶりに発売される新刊を読めばモチベが沸き上がること受け合いなので、また素知らぬ顔でなんか投稿した時にはよろしくです♪
あ、もし感想いただけましたら、もしかしたら土日に纏めてお返しするかもしれないですっ汗



それでは親愛なる読者の皆々様方、100話もの長い長〜い間、本当にありがとうございました!
ではまたっノシノシノシ



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