影牢 ~ヴァニティプリンセス~   作:罠ビー

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 お待たせしました。モット伯編終了です。次回後始末と心理フェイズです。あと今回ちょっと表現頑張っちゃったんで少しグロ注意です。


第十夜

 ルイズは対峙するモット伯の気迫に気圧されていた。しかしそれも当たり前である。これはギーシュとの決闘擬きなんかのおままごととは違う。モット伯から殺意のようなものは感じないがそれでも自身の屋敷に侵入した賊に対してそれ相応の敵意を向けられている。そのうえでの奇襲じみた魔法による先制攻撃はルイズの心に臆病風を吹かすには効果的だった。力を得て舞い上がっていたルイズは冷や水をかけられた気分になる。急に頭が冷えてモット伯の気迫に脚が震えそうになるのをこらえる。そんなルイズの様子を知ってか知らずかモット伯は呆れたような声音でルイズに声をかける。

 

「……その程度の覚悟で私の屋敷に侵入したのか?なめられたものだな」

 

 ルイズは反論しようとする。しかしなんて言葉にしたらいいのかわからない。隣でフーケはある種失望とも、それともルイズを試しているかのように何も言わずローブの下の瞳は冷たくルイズを見ていた。

 ルイズは考える。自分が今ここにいる意味を、そしてここに来るという決断によって切り捨てた物を思い浮かべ、自身の左腕を見やる。そこには妖しく光る紋様の浮かんだ自分の左腕があった。自身の力の源であるだろう紋様は主人に対して何か言葉を発する訳ではない。だがルイズにとってそんなことは些細な問題だ。その姿は不思議とルイズに自身を与えてくれているような気がした。自然と心拍数が上がっていく。

 相手を見やると未だに俯いたまま後ずさるルイズに呆れているようだった。ルイズは顔を上げようとはしない。自分の張ったトラップを再確認する。モット伯の足下、真横の壁、モット伯の後ろの天井。あとはタイミング。心臓が早鐘を打つ。フーケは動かないしモット伯も二対一で慎重になっている。悟られないように深呼吸をする。

 

「っ待ちたまえ」

 

 ルイズは廊下をモット伯に背を向けて走り出す。詠唱するために声を発した。つまり相手の注意はルイズ自身に向いてる。……かかった。

 瞬間モット伯の顔面に突如現れたテツクマデの束が顔面を強打する。その鈍い音を聞きルイズは振り返る。……その顔には先程までとはうってかわり凄絶な笑みを張り付けて。フーケはそのルイズの表情を確認し嗤う。まるで計画通りとでも言うように。

 顔面を強打したモット伯は脳震盪のためかフラフラと一歩後退する。そんなモット伯に向けてルイズはすぐさま次のトラップを起動する。モット伯の背後からハンマーが叩きこまれる。骨の折れたような音とともにモット伯の体が宙に舞いルイズの手前まで飛んでくる。ルイズはモット伯の真横の壁を見る。そこに仕掛けられているのはギルティランス。壁から相手を刺し貫く断罪の槍である。

 刹那ルイズの頭に常識的な考えが浮かぶ。目の前の貴族を自分は殺す気なのか?冷静になれと自分の中で殺人というおぞましい行為への忌避感が判断を鈍らせる。そのルイズの躊躇いがどのていどだったかはわからない。ただその間にモット伯はルイズの足を掴みフーケはその状況に舌打ちをする。

 

「……捕まえたぞ」

 

 足に感触を感じ気がついたルイズだが小柄なルイズの身体では成人男性であるモット伯に足を引き倒される。こうなってしまってはギルティランスはルイズをもその断罪の槍の餌食にしてしまうために使うことができない。モット伯は素早くルイズを引き寄せマウントポジションを取りフーケを牽制しようと試みる。

 

 ――ギュイーンと機械的な何かの飛来する音が聞こえた。

 

 それは自身の身の危険を感じたルイズの防衛本能が咄嗟に行った防衛行為だった。ちょうどルイズが最初に立っていた地点の後ろの壁……つまり廊下の突き当たりに設置されたトラップが起動したのである。反射的に放たれたそれにルイズは気づかずフーケは飛来する音に口角をあげる。モット伯は音の方に顔を上げた。

 

 ギュイーンとした音の中に皮膚を切り裂く音と骨とすり合う嫌な音をあげ行儀悪くそれは租借した物を食べこぼすように血を撒き散らす。真下にいたルイズは全身にその汚ならしいシャワーを浴びる。

 

 飛来した回転ノコギリの刃がモット伯の顔面にめり込みその顔をグチャグチャにしながらモット伯の体を吹き飛ばした。

 

◇◇◇

 

 ガチャリとモット伯の寝室の扉が開く。中にかくまわれた女達の大多数は自身の主人であるモット伯が賊ごときに負けるなどと思ってはいない。外にいた見張りも慌てていないのだから大丈夫だろう。しかしその無事な姿を確認するまでは安心できない。奇妙な緊張感が支配した。

 

「おかえりなさいま……イヤァァァァア」

 

 だからだろう。真っ赤に染まった小柄な少女の出現に部屋にいた女達は叫び声を上げた。それは奥にいたシエスタとて例外ではなかった。

 

「……うるさいわね」

 

 血濡れの少女、ルイズはそんな女達に煩わしそうにそう言う。その口調はとても冷たく女達は黙るしかなかった。

 冷えた空気が部屋を支配する。恐怖心により強制的に落ち着きを取り戻した女達の中の一人が口を開く。

 

「……ミス・ヴァリエールですか?」

 

 怯えた、泣きそうな声音ながら彼女は血濡れの少女に見覚えがあり自身の知りえる名を口にする。

 

「えぇ。迎えに来たわよシエスタ」

 

 一方ルイズは花のような笑みをシエスタに向ける。その様はまるで天使のようであった。といっても優しい天使のそれではない。それは自身の命のためならどんな相手も神の名のもとに全て切り払う執行者としての天使である。

 ルイズは答えを待ちわびているようにシエスタには見えた。今この場で発言できるのが自分だけだということもわかった。

 

「ミス・ヴァリエール?お怪我でもなされたのですか?」

 

 だからシエスタは此所にいる使用人達のために聞けることは聞こうと思った。それと同時に自身の答えを纏める為の時間稼ぎに使おうと相手に聞いた。

 

「ああこれ?私のじゃないわよ」

「モット様のですか?」

「……ええ」

 

 返された返事はある種予想通りであり予想外な物であった。その答えに女達はパニックに陥りかけるがそれは一瞬で静められる。

 

「静かにしてください」

 

 シエスタの一喝によりその場は静まる。今のルイズの不安定さを考えたら下手なことはできないとシエスタは考える。実質答えはひとつだ。できる限り平静を装う。大きすぎる恐怖心と自分より恐怖しているだろう使用人達の姿がシエスタの頭を冷静な物へと替える。

 

「ミス・ヴァリエール。ひとつお願いがあります」

「この人達には手を出さないで下さい」

 

 そう言ったシエスタにルイズは特に感情を見せる事なくわかったわと短く答えた。

 

 




・侵入者情報
名前 ジュール・ド・モット
所属 トリステイン王国
職業 水メイジ
トリステイン王国の貴族の一人。実力派で王宮内でも上手く立ち回っている有力な貴族。しかしやや好色の気が強く使用人達は夜の相手に少々うんざりしている様子。
・今回のトラップコンボ
テツクマデ(始動)→スイングハンマー(移動)→ギルティランス(とどめ)/不発。キラーバズソー(単発) バズソーはダウン中ヒットはしないのでモット伯だけにヒット。
・テツクマデ
屈辱系の床トラップ。テツクマデ。なんか因果律すら操作してる気がするトラップ。キサマはクマデを踏んでいたのさ。始動としては無属性のためかなり優秀で貴重な計算できる一マス移動トラップ。ついでに相手を怒り状態にする。
・キラーバズソー
残虐系の壁トラップ。回転ノコギリその1。壁から射出されヒットした相手を反対側の壁まで飛ばす。回転ノコギリ系では使いやすい。残虐系トラップに恥じずかなりエグい。具体的に言うと貫通せずに体をえぐりながら壁まで飛ばすとこ。たぶんあたったら高確率で死ぬ。

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