『H』 STORY   作:クロカタ

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明けましておめでとうございます。






クロノ・ハラオウンの場合

 

 管理局執務官、クロノ・ハラオウン。

 齢14歳にして優秀な管理局員としてアースラに所属している彼にはある悩みがあった。

 

「……やっぱり気になるな」

 

「こんなことしていいのークロノ君」

 

「民間人の安全の為だ。彼女たちが止めようとも、僕自身の目で確かめなくては気が済まない」

 

 それはプレシア・テスタロッサが引き起こした事件からしばらくたった日の事だった―――。

 

 

 

 

 

 

「何!?民間人をプレシア・テスタロッサに引き合わせただと!?」

 

 事情聴取の為、アースラに拘留している彼女から話を聞いている最中にフェイト・テスタロッサは驚くべきことを口にした。

 あのプレシア・テスタロッサが少年を連れてくるように彼女に指示したのだ。クロノを含めてその場に居合わせた全員が驚いた。

 

「その子は大丈夫だったの、フェイトちゃん……?」

 

「うん、ちゃんと私が帰してあげたよ」

 

「その男の子の名前を教えてくれないかしら?一応、安全を確認しておくから……」

 

 クロノの母、リンディ・ハラオウンがそう訊くと、フェイトは特に悩まずにその少年の名前を口にしようとすると、ダラダラと顔から汗を流した使い魔のアルフが彼女の背後から口を塞いだ。

 

「そ、そそそそその子は全然大丈夫だよ!ちょっと前に見たけどピンピンしていたから!!」

 

「……」

 

 怪しい、あからさまに名前を出さないようにしているアルフに訝しげな視線を向けるクロノ。

 咄嗟に口を押えられて驚いたのか、目を丸くしたフェイトだが自身の使い魔の意図を察する―――のだが、どうにも間違った風に解釈してしまった。

 

「アルフ、別に隠さなくても大丈夫でしょ?それに、私も彼が大丈夫かどうか知りたいの」

 

「フェイト、違うんだ……隠さなくちゃいけないのは名前じゃなくて、もっと別な……」

 

 アルフは悲しい秘密を抱えている少年を調べさせるようなことにはさせてほしくなかったのだが、フェイトはアルフがこちらの世界に巻き込んでしまわない為に黙ってほしいものだと解釈したのだ。

 フェイト自身、ユクエには恩がある。

 道ばたに倒れていた自分を助けてくれたし、彼のおかげで今は亡き母の優しさを少しだけ見ることができた。だからこそ、もう一度会ってお礼が言いたい、その一心で彼女は彼の名を告げた。

 

「彼の名前はユクエ……イズハラ・ユクエ」

 

「え”」

 

 驚いたのはその場に居合わせた少女、高町なのはであった。何でユクエくんがフェイトちゃんと知り合っているのぉ―――!?と内心シャウトしながら、必死に表情に出さないようにしていると、彼の名を聞いたエィミィが何か心当たりがあったのか、手元のコンソールを弄びある報告書を表示させた。

 

「あれ、イズハラ・ユクエって……確かユーの君が作ってくれたジュエルシードの報告書に同じ名前が……なのはちゃん?……え、どうしたの!?顔が真っ青だよ!?」

 

「あば、ばばばば……」

 

 まさかこんな形でユクエが関係するとは思わなかったなのはは顔を真っ青にさせて震える。

 その様子を見てただ事じゃないと見たフェイトは、若干挙動不審になりながらもクロノ達にユクエについてのフォローをしどろもどろに話し出した。

 

「ユ、ユクエは悪い人じゃないよ……その、倒れてる私を助けてくれたし……髪の毛を取っちゃっても全然怒らなかったし……それに、優しくて、眩しい人で……」

 

「髪の毛を取る……?」

 

「眩しい人……?」

 

「フェ、フェイト!」

 

「行方くんっ、ガードが緩すぎるよ……っ」

 

 悪意の無い彼女の言葉にアルフは慌て、事情の知らないクロノ達は彼女の不可思議な言葉に首を傾げる。

 そして、一番ユクエの事情を理解しているなのはは、想像以上に悲しい目に会っているユクエに人知れず口を押えた。

 

 ―――結局、イズハラ・ユクエとクラスメートだという事を白状したなのはによってこのちょっとした騒ぎは収束を迎えた。しかし、その騒ぎはクロノの心にひっかかりのようなものを覚えさせることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして―――。

 クロノ・ハラオウンは件の少年、イズハラ・ユクエの住む家の前にやってきていた。

 フェイトとなのはが信じられない訳ではない。むしろ共に危険な状況を切り抜けた仲間とさえ思っている。しかし、彼も執務官、いかに管理外世界といえども一時危険に侵された少年を見て見ぬふりしておくことなどできない。

 ジュエルシードを一時所有し、プレシア・テスタロッサに呼び出されたという少年ならなおさらだろう。一応、母であるリンディに許可は取ってはいる。

 

「ここが、そうなのか」

 

 チャイムを鳴らし、訪問を試みる。

 話だけ聞いて、何も異常がなければすぐに帰るつもり―――そう考えると、彼の母親らしき人物が扉を開けクロノを迎えた。

 同級生の友達と見られたのか、思いのほか怪しまれずに彼のことを話してくれた。

 どうやら彼は出かけているらしく、恐らく何時も居る公園にいるらしいとのこと。話を聞いたクロノはお礼を言い、彼の家を後にする。

 公園の場所なら知っている、臨海公園、なのはとフェイトにとってある意味で縁のある場所だ。記憶を辿り道を歩き、公園の近くにまで移動する。

 

「……彼か」

 

 公園の入り口から中を覗き見ると人の居ない公園のベンチに座っている一人の少年が見える。

 しかし、なのはやフェイトから聞いたような普通の少年とは言い難く、どこか人生に疲れ切った―――労働に明け暮れている管理局員のような目をしていた。

 

 彼は誰も居ない公園の遊具をぼけーっと見ている。

 その姿にどことなく身を引き締めたクロノは意を決してユクエの元へ歩み寄る。

 

「少し、いいかな?」

 

 まず声を掛けてみる。

 すると、はい?と思ったよりも通った返事が返ってくる。

 

「君はイズハラ・ユクエ君で合っているね?」

 

 クロノの問いに訝しみながらも頷いてくれる。とりあえず普通に話ができるように、なのはとフェイトの知り合いと伝える。すると彼は首を傾げながら、何でテスタロッサさんと高町が知り合いなんだ、と聞いてきた。

 しまった、とクロノは思った。

 彼の中では、フェイトとなのはは全くの関わりのない二人だ。いきなり、二人の知り合いと言われても余計困惑させてしまう。なのはの話からすれば、彼は魔法の存在を知らない。

 

「クロノ、さんは何で俺の話を聞きたいんですか?」

 

「え……大したことじゃないんだ。最近、君に起こったことについて聞きたいんだ」

 

「俺に起こった事……。ッ! まさか、テスタロッサさんから俺の話を……?」

 

「そうだが……?」

 

 この時、ユクエの中で目の前に居る黒服の少年、クロノが自分のハゲを知っているのかという疑念に囚われる。フェイト・テスタロッサはいわば彼の中で頭部の秘密の漏えいを意味する言語のようなものへと変わっており、数週間前のプレシア・テスタロッサに問い詰められた恐怖体験がフラッシュバックされていた。

 

 対してクロノは明らかに挙動不審になったユクエに何かを隠している、という確信を得ていた。

 何を隠しているかは分からない。だが、フェイト・テスタロッサの名前で動揺するということは十中八九プレシア・テスタロッサ絡みだろう。

 この少年が悪い少年ではないのは第一印象から分かっていた。だが、もしフェイトのように第三者によって操られているような可能性があるのならば、管理局員として見過ごすわけにはいかない。

 

「プレシア・テスタロッサ」

 

「……っ」

 

「知っているね?」

 

「……は、い」

 

 名を言うだけで俯いてしまったユクエ。

 そんな彼に罪悪感が湧くも、引くわけにはいかない。

 プレシア・テスタロッサとイズハラ・ユクエの関係性は何か、まずそこから始まる。

 まず一つはフェイト・テスタロッサ。

 だがこれは偶然だと思える。

 フェイト・テスタロッサがどれだけ身を削ってジュエルシードを集めていたのかはクロノも知っている。極限にまで消耗した彼女ならば何時倒れてもおかしくないし、そこに居合わせたユクエが彼女を助けたのも偶然と片付けられる。一部、彼女の言葉に可笑しい所もあるが、そこにプレシア・テスタロッサとの関係性を見出すことはできないだろう。

 ならば―――、

 

「君はなのはに宝石を渡したと聞いているのだが、それは本当かな?」

 

「それは、渡しました。俺みたいな男が持っているより、女の子が持っている方が良いと思って……」

 

 ジュエル・シード。

 願いを歪な形で叶える願望器。彼はそれを所持していたが、幸い暴走もせずになのはによって回収された。プレシア・テスタロッサとの関係性を疑うならこれだろう。

 

「あの宝石はある言い伝えがある特別なものなんだ。……確か、願いを叶えてくれるとか……」

 

「ははは、そうだったらどれだけ良かったか。俺も願ってみたけどウンともスンとも言わなかったですよ。ウンとも、スンとも……願い何て……叶えちゃくれませんよ……」

 

「……なんだって」

 

 どういうことだ。

 ジュエルシードが発動しなかった?報告書では発動していないと確かに記されていた、その日時にもジュエルシードが暴走したという記録は無かった。

 願ったにも関わらずジュエルシードが発動しなかった、それはつまりただ単に発動しなかったか、拒否したか。そんな前例は聞いたことがない。

 まさか、プレシア・テスタロッサはこれを知ってイズハラ・ユクエとの接触を試みたのか?

 彼女はジュエルシードの力を用いてアルハザードへ行き、アリシア・テスタロッサを蘇生させることを目的としていた。だが、その矢先に願いを叶えることができない少年、イズハラ・ユクエという少年が現れた。

 不確定な少年の存在にプレシア・テスタロッサは焦り、フェイトに彼を連れてくるように頼んだ。

 

 いや、まだ断定するには情報が少なすぎるし、それがもし本当だったのなら事態はイズハラ・ユクエの安全を確認するでは済まされない。

 もし……もしだ、彼がジュエルシードのみならずロストロギアの効果を無効化するレアスキルを持っているとすれば―――彼を守らなければならない。

 

「君はフェイトに連れられてプレシア・テスタロッサに会って話をした」

 

「え、ええ……その時はまだテスタロッサさんの名前も知らなかったけど、彼女に連れられました」

 

「そこで君はプレシア・テスタロッサと重要な話をした。……君にとって重要な話を、ね」

 

「……っ!」

 

 重要な話、という言葉を強調すると明らかに動揺するユクエ。

 その反応を見て、当たってほしくなかったクロノはさらに疑惑を確信へと近づける。

 

 

 だがユクエからしてみれば、内心阿鼻叫喚の嵐である。

 こいつは知っている……ッ。俺のハゲを……ッ、しかもじわりじわりと追い詰めるように問い詰めてくるぅ。

 何故、そんなマネをするかは分からない。だが理由があるとすれば最初に言ったフェイトとなのはの知り合いだ、ということが関係あるのかもしれない。二人は子供ながらに可愛い容姿をしている。性格も悪くもなく、心を惹かれる男子が多いのだろう。

 そしてクロノという少年もその一人。

 つまり、つまりはだ、このクロノという少年は―――

 

 

 気になる二人の女子に近づいたハゲを排除するためにやってきたイケメンという事になる。

 

 

 まるで乙女げーのような嫉妬系男子である。

 そう思えば今まで柔らかい笑みで話しかけてくれたクロノが、こんなハゲ野郎が可愛い子と知り合ってんじゃねぇよと安易に言われているような気がしてならない。

 正直、精神年齢大人で子供に惚れるとかありえない話なのだが、ショックなことには変わりない。

 ハゲが、ハゲで何が悪い……ッ。好きでハゲになったんじゃない……ッ。

 そう叫びたい衝動で一杯だった。

 

「プレシア・テスタロッサと何を話したんだ?」

 

「……分かっているでしょう。貴方はもう知っている」

 

「君は!……そうか……」

 

 クロノは目に手を当て、ユクエの残酷な運命を嘆く。

 何時だって……何時だって、世界はこんなにも残酷だ。こんな男の子にも厳しい現実を歩ませるのだから。

 

「俺はこの状況に甘んじている訳じゃない」

 

 目に手を当て悲観に暮れるクロノにユクエが沈んだ声で呟く。

 

「何時か必ず、あの宝石に願ったことを……実現させてみせる。自分の力で、絶対に……神様にも誰にもできないって言われても絶対に成し遂げてやる」

 

「ユクエ……君は……」

 

「ああ、そうさ。プレシアさんには問い詰められたさ。最初は、こんな頭の俺が愛娘に近づくな、と言われているかと思ったけど……あの人はただ娘を大切にしている母親だった。……重要な話?いいさ、教えてあげますよ」

 

「……ん?」

 

 あれ、何か違う。

 ここで違和感に気付くクロノだが、ユクエは止まらない。

 彼は震える手を頭に近づけ始める、目の前に居るクロノからすれば彼の一挙一動が気になってしょうがない。何せ、話の流れが自分の思っていたものと違っていて、なおかつ当のユクエが苦虫を噛み潰したような苦い表情で頭に手を近づけているのだ。

 

「くっ……くぅ……」

 

「いや、あの……無理しない方が……」

 

「いいや、良いんです!知られているなら、探られているなら……俺は自ら、秘密を明かします!!」

 

 何の話なんだ……。

 困惑するクロノに構わず、頭に叩き付けるように右手を押し付けたユクエは過呼吸になりながらもクロノを見る。

 彼のプライドが、男としての意地が、あらぬ方向に空回りしすぎた結果―――自滅に向かっていることに気付かずに、勢いのまま右手で掴んだ髪の毛を引っ張った。

 

 

「え……」

 

 そこに在ったのは、珠のように光る頭頂部だった。

 ―――瞬間、クロノが危惧していた憶測が全て消え去り、ある一つの事実が浮上した。

 そして、フェイトの訳の分からない言葉も、アルフとなのはが何故ああまでしてひた隠しにしようとしていた理由も理解した。

 理解、できてしまった。

 

「俺の髪は成長しない。でも俺は、失敗の数だけ成長する……」

 

 何故かドヤ顔でそう言い放ったユクエはヅラを被り直すと、呆然としているクロノに背を向けた。実際は成長していると思っているのは彼の勘違いなのだが、当の本人が自覚していないのはある意味で救いだろう。

 

 公園の外へ消えていったユクエを唖然としたまま見送ったクロノは、その後十数分ほど放心したようにその場で座り込んだ末に、呆然自失のままアースラへ戻った。

 アースラに戻った彼を迎えたリンディとエィミィだったが、何処か虚ろな目をしているクロノにただならぬ何かがあったことを察し、問い詰める。

 

「―――何もありませんでした」

 

「何もないって……そんな……」

 

 クロノ・ハラオウンは責任感の強い人間である。

 だが、それと同時に―――

 

「何も、ありません、でしたぁ……」

 

「!?」

 

「男泣き!?本当に何があったのクロノ君!?」

 

 ―――情に厚い少年でもあった。

 悲しくも力強い背中を見せた少年に彼は言いようもない尊敬の念を抱き、初めて人前で泣いた。 




主人公、とうとう自らハゲを明かすという自滅を行う。

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