『H』 STORY   作:クロカタ

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月村すずかの場合

 人には何故髪が生えているのだろうか。古来、毛むくじゃらな猿人から進化した我々の頭部には髪の毛がある。進化する過程で何故髪の毛が残されたのか、髪の毛は進化する過程で必要すら無かったのではないか?

 むしろ進化する上でいらない物なのではないか?髪なんて手入れとか面倒くさいやら、夏場は暑いやらで良い所が無い。

 

 ま、人類進化の不可解な部分を考える事はやめて、時代を進めよう。

 古来日本男児は、ジャパニーズマゲという髪型を作り出した。その始まりは平安時代にまで遡る、マゲ……丁髷と呼ばれる髪型は、偏に兜を被るときに頭が蒸れ逆上せ上る事を事を防ぐ為の髪型である。

 

 その形態は年齢と嗜好により若干の違いがあるが、広い目で見ればどの時代もおおまかな形は同一と言っても良い。

 

 ここで曲解して考えるならば、頭頂部を剃いで、残りの髪の毛を結って紡がれるちょんまげとは、広く定義すればハゲ、という事になるのではないか?この考えを当てはめるならば、ようするに古来侍は皆ハゲなのだ。例えハゲでもないのにハゲにされてしまう、なんとも恐ろしい時代だ。しかし、考えるとマゲというヘアースタイルは世の髪に悩む男性に希望の光になるのではないか?皆ハゲれば怖くない。外国にはオオウケだろう。

 

 落ち武者スタイル、なんとも散々な言い様だが、世間は奇抜なものに注目する。小説然りファッション然りゲーム然り、普通でないものを人は求める。どう見ても「これはねーよ」と思うものですら、予想外の好評を見せる事だってある。……長続きするとは限らないが。

 

 だがしかし、一旦定着させてしまえば後は簡単だ。認識さえされていえば、例え流行遅れだろうとも奇異の視線に晒されることはない。笑いものにされれば「日本男児ですけど何か?」とでも言えば大丈夫な筈。

 

 

 

「………俺には髷を結う程の髪はないけどな……」

 

 

 そこまで考えて何原行方は、手に取った【歴史の雑学書】という題名の本をパタリと閉じ、静かに息を吐き出した。

 昼休み、彼は学校の図書室に居た。何時ものように教室にて朝倉と昼食の弁当を食べた彼は、ふと気まぐれに図書室へと脚を運んだ。流石私立の学校の図書室というべきかそれなりに沢山の本があったが、彼が興味を示した本は何処か可笑しかった。

 小学低学年が読まないであろう難解な本、それをパラパラと捲りながら読み流していた彼は、先程まで呼んでいた項目、【丁髷の起源】という奇天烈極まりない項目を見つけたのだ。

 

「あれ?ユクエくん、珍しいね」

 

いつの間にか背後に立っていた少女に驚愕の表情を浮かべ振り返る。艶やかな紫色の髪が特徴的な女子、月村すずかが抱えるように本を持ち彼をやや驚いた面持ちで見つめていた。正直、彼女とはあまり仲は良くないと思っていた彼は、若干首を傾げながら手に持った本を本棚に戻し彼女の方を向く。

 

「ユクエくんも本が好きなの?」

 

 やや食い気味に質問してきた彼女に、合点がいったユクエは苦笑いしながらも「嗜む程度には」と曖昧に答える。実際、図書室に来たのだって気まぐれで読む本だってメジャーな小説だけだ。

 しかし、彼女は違うように受け止めたようで若干上機嫌になりながら、抱えた本を持ち直しユクエの前にある本棚を眺める。

 

「歴史が好きなんだねっ」

 

ぐいぐい来るなこの子、と若干引きながらそう思っていると昼休みの終了を意味するチャイムが鳴り響く。好機とばかりに教室へ戻ろうと促しながら話題を変えた彼は、慌てるように図書室の貸し出しに行く彼女と共に歩き出そうとする。

 

 そういえば、何時からだろうか。この大人しそうな子が積極的に話しかけてくれるようになったのは。目の前で本を借りている少女に目を移しながら彼は考え、思い至る。

 

 

「確か、バニングスにお茶会に誘われた時からか……」

 

 

 数日前の話だが、その日彼女と親交を深める何かがあったのだろうかと疑問に思いながら彼は再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月村すずかがユクエに対して友好的なその理由は、彼が月村邸にお茶会に誘われた数日前にまで遡る―――。

 

 

 

 

 

 

 

 月村すずかは物静かな少女である。

 とある事情と臆病とも取れる性格のせいか友達作りが苦手な彼女にとって友人であるなのはとアリサは大切な存在である。変わらない日常に幸せを見出していた彼女だが、ある一人の男子の登場によって彼女の日常は少しだけ変わった。

 

 何原行方(いずはらゆくえ)

 

 最近、親友二人と親交がある少年。妙に大人っぽい面があるところを除けば普通の少年だが、アリサをはじめ、二人は妙に彼に構っていた。別段、嫉妬とか疎むような気持ちはなく純粋に気になった。

 

 試に何原についてのことを二人に別々に聞いてみると、どちらも目を丸くしながらどう言葉にしていいのか分からないといった表情を浮かべ、こう言い放った。

 

―――ユクエくんは、若いうちに苦労しているの―――

―――ここでは言えないわ、絶対―――

 

 あの二人にしてそこまで言わせるとは……一体、彼はどんな運命を背負っているのだろうか。素直に気になった。まさか自分と同じような(・・・・・)悩みを抱えているだろうか、と勘繰ってから自分でその考えを否定する。自分のような秘密を二人が知れば、あんな態度で接しない……はずだ。

 

 ………。

 

 そういえばこの前の体育のドッジボールで彼に思いきりボールをぶつけてしまった。学期初めの授業ともあって手加減できなかった……。あの時は本当に申し訳ないと思った。後で謝りには行ったが、彼は幸い無傷だったので安心した。

 

 思えばその時からなのははユクエに気を使う様になっていた気がする。気をつかうと言ってもアリサのように構えうとかではなく、一定の距離を置いているという感じだった。かくいう彼女も慣れない男子に自分から話しかけるような事はしなかったので、その時は不思議には思わなかった。

 

 しかし、今となれば違う。

 そのなのはも彼を手助け?するかのような行動を取っている。なにやら意思を固めた様に……。すずかは少しだけ仲間はずれにされた気分になった。別に、二人と彼女の距離は全く離れていない。昼休みも一緒にお弁当を食べている、けども自分だけ何もしていないというのはなんとなく情けなくなった。

 

 なので、彼女はアリサに彼を家のお茶会に誘うように勧めてみた。断られちゃうかな?と思っていたが、特に嫌がる様子もなくOKしてくれた。

 彼女もこれを機に友達になれればいいな、思いながら親友二人とユクエが来るのを心待ちにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 お茶会が行われるその当日。

 アリサ、なのはと一匹のフェレット、そして彼女の兄、高町恭弥がやってきたすぐそのあとに、何原行方は到着した。お茶会をするのは恭弥を除いた4人と1匹なので、彼はすぐに恋人であるすずかの姉、月村忍の居る部屋へ移動していってしまった。

 

 道が分からないであろう彼に車での迎えを用意したことに感謝されつつも、滞りなくお茶会は開始された。女子に囲まれて話すのはどこか肩身が狭そうにしている彼だったが、次第に慣れていったのか口少なくではあるが会話に参加するようになった。

 

 すると、お茶会の最中、一匹の子猫がユクエの足元に近づいてきた。月村邸には沢山の猫が住んでいるのでその中の一匹がテラスにやってきたのだろう。その子猫に気付いた彼は「んお!?」と驚いたように立ち上がり椅子を引くが、子猫は物怖じせずに彼の足に体をこすりつけた。

 

「懐かれてるね」

 

 彼の足に体をこすりつけている子猫を持ち上げて、目の前に持っていく。猫を目の前にさしだされた彼は、彼女の方を不安気に見やった後に、子猫を見る。

 

「ユクエ、あなた猫さわるの初めてなの?」

 

 アリサの言葉に「こんなに人懐っこい猫は初めてだよ」と答えたユクエは、再度すずかを見て「持っていいのか?」と口を開く。そんな彼に、彼女は笑顔で頷きながらおどろおどろしく手を伸ばした彼に子猫を持つ両手を差し出す。

 

 しかし彼の手が猫に触れようとしたその瞬間、両手で包むように持ち上げた子猫が突如暴れだした。何がどうしたのか、慌てたすずかが咄嗟に地面に下ろそうとしたその瞬間―――

 

 にゃあ!と子猫が手からぴょーんと飛び上がる。この時、大人顔負けの身体能力と反射神経を兼ね備えていた彼女は、猫の飛び上がった先にいる、ユクエが驚愕の表情を浮かべたのを見た。

 

 驚いた表情だけではない、なんとなく「しまったッッ」と言いたげな表情だ。このまま彼の頭か顔に子猫がぶつかってしまう、かくいう自分も目では認識できてはいるが、突然の事態に体が動かない。

 でも、子猫だからそんなには痛くないよね?とそんなには危惧していなかった事もあるだろう。

 

「ゆ、ユクエく―――ん!?」

「避けるのよ!ユクエ!!」

 

 ………彼を除いた二人の親友が悲鳴を上げるまでは……。

 え、なに!?なんでそんなに慌ててるの!?と混乱した彼女が、再度ユクエを注視すると彼女でさえ認識できない速度で頭を抑えたユクエが、その場でブリッジするように飛び掛かる子猫を躱している姿を目撃する。

 

 彼を飛び越えるように着地した子猫は、一瞬だけ彼の頭を注視した後にどこかへ走り去っていく光景を確認した彼は、片手で頭を抑えたブリッジの体制から器用に起き上がり「危なかった……」と額の汗を拭っていた。

 親友二人も安堵の表情を浮かべ胸を撫で下ろしている。

 

「…………え」

 

 誰か説明してくれない?今のそんなに危ないような光景じゃなかったよね。むしろ、自分にすらギリギリ認識できる速度で躱しにかかったことが驚きなんだけども……、と意味不明な展開に若干混乱する。

 

「下手すれば大惨事になっていたところだったわ……」

「うん……」

 

 親友は何も言ってくれない。

 

「ど、どうなさいました―――!!」

 

 先ほどの二人の悲鳴を聞き大慌てでやってきたのは、メイドのファリンであった。彼女は手にお茶が入れられたカップが乗せられたお盆を持っている。

 とりあえず混乱したままの頭で、彼女に心配いらないと言おうとしたその時、再度事件は起こる。

 

 慌てたファリンがテラスの会談に足を取られ転んだのだ、その際に両手に持たれたお盆は前に投げ出されカップの中身が宙を舞う。そして投げ出されたその手は―――

 

 

 先ほどブリッジから起き上がったユクエの頭へ叩き付けられた。

 

 

「あ”」

「え”」

 

 親友二人の絶句する声が聞こえると同時に、ベシーン!とファリンが叩き付けたその手は、彼女が地面へ倒れると連動するように滑り落ちていく。気のせいだろうか、ユクエの髪が分離するように下へズレて―――

 

「!?」

 

 いや、違う。何故か彼もファリンの手に合わせて地面へ倒れている。彼は「させるかぁ……ッ」と鬼気迫った表情で体を傾け自ら地面への落下を行っていたのだ。その行動の意味は分からない、がなんだか凄い緊迫した光景だ。

 一体何が彼をそうさせるのか。

 そもそも今彼は何を守ろうとしたのか。

 

 そのままバシィーンと片方の手で地面を叩き、受け身を取った彼。依然としてファリンの手が置かれている頭にもう片方の手を置き安否?を確かめた彼の表情は何処か満足気だ。

 

「あ、ああっすいません……」

 

 ユクエの頭に手を叩き付けたことに今更ながらに気付いたファリンは、ユクエの頭から必死に手を離し立ち上がり、泣きそうな表情になりながらも必死に頭を下げる。一方の彼は、全然大丈夫とばかりに手を振り気にしていないという意思を示した。

 

 しかし、その光景を傍目から見ていたすずかは何処か違和感を感じた。ユクエの姿がさっきと少し違う?何故そう思ったのだろうか、彼をよく注視すると―――気付く、否、気付いてしまった。

 

「………あッくふぅ――――!?」

 

 思わず出てしまった声は、背後からにゅっと突き出された手によって口を塞がれ止められる。びっくりしたように後ろを見ると、彼とは別の意味で鬼気迫った表情のアリサが居た。すずかの口を塞いでいる彼女は、首をゆっくりと横に振り、再度彼の方に視線を向けさせると―――全てを理解した。

 

 

 

 

「……ずれてる……」

 

 

 

 

 正確に言うなら、彼の髪の毛がずれていた。普段の彼の髪形を知っている人なら容易に気付けるほどに、ズレていた。そこで彼女はようやく彼の秘密、親友たちが彼に構う理由を理解することができた。

 

 彼はカツラを被っている。

 どういう理由でそうなのかは分からないけど、それを隠している。

 

 驚くほど溜飲が下がった彼女は彼の秘密を理解することが出来たと同時に、何処となく彼の秘密に共感してしまった。程度は違えどそれがバレれば当人にとって良くならない事が起きる。彼女自身の特性(・・)も人にバレれば大変な事になる。

 

「あれ?ユクエさん、でしたよね?……先程と髪が……」

 

 ファリンに指摘され、バッと頭に手をやった彼は目にも止まらぬ速さで髪の向きに直し「へ?なんのことですかね?」としらばっくれる。あまりの速さにファリンは気のせいだったか、と首を傾げているが、背後で事情を知った彼女にしてみれば、あまりにも涙ぐましい努力と言える。

 

 首を傾げながら、割れたカップの片付けにかかるファリンに「なんとか誤魔化せた」と呟いた彼は、背後に居る彼女達を思い出したのか、ギギギと音が鳴りそうな動きで後ろを振り向く。

 

「あはは、いきなり倒れるからびっくりしちゃったよ~」

「心配したわよ、ねっすずか」

「う、うん」

 

 彼のその挙動を予測していたのか、すずかの口から手を離したアリサと、その隣に居たなのははごく自然な表情で応対する。その答えに安堵したのか、大きく息を吐き出した彼は、疲れた様に先程座っていた椅子に座り脱力する。

 その様子に同様に安堵の息を吐き出したアリサは、やや影のかかった表情を浮かべ、すずかから目を逸らす。

 

「すずか、このことは……」

「うん、内緒にする」

 

 その言葉に良かった、と言ったアリサを見てすずかはもう一度椅子の上でぐったりしている彼を見る。彼にとっては日常のどんな些細な事も危険な障害になり得るだろう。そんな中でカツラの事を誰にもバレずに貫き通す事はきっと過酷な道になるだろう。

 

「秘密は、守らなくちゃ……駄目だよね」

 

 結果、彼女達は何処までも親切で優しい三人組であった。

 




銀魂151話って面白いですよね。
……特に意味はありませんが(メソラシー

前話のシャツの着方は『ジャミラ』と『シャツ』で検索すると出ます。
感想でジャミラと出て凄いしっくりきました……。





おまけ

『なのは!今彼の髪が……!』

『なんのことかな?ユーノくん』

『え?彼の髪が―――』

『ユーノくん……何も、なかったよね?』

『………うん』


おわり


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