『H』 STORY   作:クロカタ

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何故かランキング入ってて髪が抜けそうになりました。
皆ハゲが好きですね(白目)

なんというか……反響が凄かったので取り敢えず一話だけ更新です。




フェイト・テスタロッサの場合

 子供の体というのは色々疲れる。春の麗らかな日差しに照らされながら彼、何原行方そうは思う。買い物袋を片手に家への帰り道を歩く彼は何処か疲れ切っているようにも見える。

 本来ならその日は休日で、髪が無いことを露呈しない自室でのんびり過ごそうとした矢先に彼の転生後の母親が、買い物を命じてきたのだ。

 

 彼にとっては外とは油断が許されない危険な空間。突風、サッカーボール、野球少年の暴投、特に突風には気を付けても防げない場合があるが、幸い今日は雲一つない快晴、そよ風程度は吹いているが危険度でいえば低い。

 

 だが、どんな些細な原因でヅラが飛んで行ってしまうか分からないので、最初は「小学三年生の子供一人で買い物にいかせるのか」という理由でやんわりと拒否しようとしたが、行く場所は自分が通学路に使っている商店街。勝手知ったる商店街、今さら一人では行けないなどという嘘はつけないだろうその場所へのお使いを余儀なくされた彼は子の自堕落な生活を許さない母の指示に従う事になった。

 

 未だに母という認識はできないが、この抗えないような感じはまさに母の特徴ともいえる。だからこそ生前両親から離れ一人暮らしをしていた彼には中々に気恥ずかしいものがある。中身25歳でお使いって……何でこんなことせにゃアカンのだ、と思ってしまう。

 

 商店街のスーパーで購入した食パンと牛乳を掲げため息を吐いた彼は、母が待つ家へ歩いていく。帰ったら、初めてのお使いさながらに褒められると思うと、かなり気恥ずかしくなってしまう。しかし頭を撫でようとするのはやめてほしいと思う、ヅラは縦の衝撃には強いが横の衝撃には限りなく弱い。撫でるなんてことをしたら、スケートよろしくヅラがスライドしてしまうだろう。

 

 家族に自分がヅラなどとバレるのは嫌だ。生前、両親からチョイ笑されたのが地味にショックだっということもあるが、転生の弊害によってハゲになってしまった自分に妙な心配をさせたくはないからだ。

 

 だからこの秘密は墓まで持っていく。

 家族にもクラスメートにも、アリサや朝倉、友達にさえも。どんなに苦しい試練だろうが乗り越えてみせる、ハゲを隠す技は生前磨いた、と自分で思って悲しくなった彼は、どんよりと瞳を濁らしながら道を歩く。

 

 すると。

 

 ………?

 

 道端に人が倒れているのが見える。

 どうみても子供、アリサよりも眩い金髪の少女。道の端に追いやられるように倒れ伏している少女に駆け寄った彼は、「大丈夫ですか」と声を掛ける。

 

「う、あ……母、さん」

 

 意識があるかどうか微妙なラインだが、やや虚ろな目で何かを掴もうとしている。見える範囲には怪我をしていはいないが、酷く衰弱しているように見える。近くで休ませるべきか、そう判断しようとすると、未だに虚空に手をかざし何かを掴もうとしている彼女。

 

 こういう時、とりあえず安心させることが重要だと、テレビで見たことがある。惰性的に見ていた医療番組の無駄知識を思い出し、彼女の手を握ろうと右手を伸ばす。

 

 しかし、少女は力尽きるように伸ばした手を落とした事により、彼が伸ばした手は見事に空を切る。

 それだけで終わったなら良かっただろう。

 彼が少しだけ恥ずかしい思いをすれば良かっただろう。

 めいいっぱい伸ばされ落とされた彼女の手は、ユクエの頭を的確に捉え、ヅラを伴って落下していった……。

 

「………」

 

 完全に意識を落とした彼女は、手に握られたヅラを両手で握りしめ大事そうに抱えてしまった。

 残されたのは春の麗らかな日差しをその頭部で乱反射させている少年だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイト・テスタロッサは純粋な少女である。

 硬い意志を持つ頑固者。彼女の使命は海鳴市に散らばったジュエルシードを回収し、愛する母に届けること。その為には酷いこともしたし、傷つけたりした。でも、それは母が、母さんが望んだ事だから一生懸命やった。使い魔であり、彼女にとっても大事な存在であるアルフはそんな母を嫌っているようだが、それは彼女の身を想うがための怒りによるものだと理解している。

 

 それでも、母はどうあっても母なのだ。自分に優しくしてくれた、そんな遠い昔の記憶があるから、どんな無茶も、苦行も乗り越えられる。

 

 しかし、ジュエルシード集めの最中、高町なのはという一人の魔導士が現れた事で、彼女は外目には見えないが酷く焦燥した。ここまで早く敵対者が出る事を予期していなかった彼女は、より一層ジュエルシード集めに尽力を尽くすことになった。それも寝る間も食事の間を惜しんで……心配するアルフにも申し訳ないと思いつつ二手に分かれて探すようにした。

 

 だが、そもそもが無茶な話。

 いかに魔力があろうとも、人並み外れた事ができても彼女はどうしようもない程に少女だった。動けば疲れるし、寝なければ眠くなるし、食べなければお腹が減る。すり減らしながら行われている探索の日々に限界が来た彼女は、前触れもなく倒れた。

 

 睡眠不足、ただ単純なそれだが今や彼女の体はそれをどうしようもなく欲していた。意思に抗うように視界が朧げになっていく中で、何時も見る母との優しい夢を幻視した。

 

 白昼夢の如く現実と夢を混濁させていた彼女に誰かが近づいてくる。「大丈夫ですか」と声を掛けられながら抱き起された彼女は、霞がかった意識の中で手を伸ばす。

 

「う、あ……母、さん」

 

 何かを掴もうという気はさらさらなかった。眠気で視界が狭まっていくとその伸ばされた手に力が入らなくなり、ぱたりと重力に従いながら下へ落ちる。

 

 その最中、ファサァ、という柔らかい感触が彼女の手に触れる。無意識にそれを握りしめた彼女がほとんど認識できない視界の中で見たのは、とてもおかしな光景だった。

 

 背後から、その頭部から光が溢れだしている少年が無表情のまま自分を見下ろしていたのだ。ジュエルシードの輝きとは違う暖かな光。幻想的と思えるその光景と光に安堵の息を吐いた彼女は、ようやく意識を手放した。

 

 その手に持ったヅラを大事そうに両手で抱えながら………。

 

 

 

 

 

 

 

「………ん」

 

 目を覚ました時、彼女は見覚えのある公園のベンチに寝かされていた。随分と長く寝ていたからか、太陽が赤くなり周囲を明るく照らしている。何故、自分は公園のベンチ何て場所で寝ているのだろうか、自分は道端で寝てしまったはずじゃ……そう疑問に思い起き上がると、彼女は手に何かを握っている事に気付いた。

 

「え……なに、これ」

 

 カツラ、というものなのだろうか、それが何故か手に握られていた。色々と訳の分からない状況で若干混乱している彼女は、自身の相棒であるバルディッシュにここまで経緯を聞くため待機状態のデバイスを取り出そうとすると……隣から「起きたのか」という声が聞こえた。

 

 バッと振り向くと、そこには一人の男の子が居た。

 だがその姿に彼女は絶句した、彼女の座っている場所からやや離れた場所に居る彼、ユクエは奇天烈な格好をしていたからだ。

 

「あの、何でそんな恰好をしているんですか?」

 

 Tシャツの裾から顔だけを出す形で着ている。伸びに伸ばされたシャツによってお腹は見えてるし、頭と耳は服の中に隠れてしまっている。頭にTシャツが被っているからか、とてつもないなで肩なっている。なんだろうか、中途半端にTシャツを着ていると言った方が正しいのか……。

 

 笑いもせず、ただ困惑しながらそう言葉を投げかけたフェイトに対して、ユクエは何処となく空虚さを感じさせる目で真正面を見て、ただ一言、「趣味です」と答えた。

 気のせいだろうか、その一言を言った数秒後に徐々に目が潤んで行っているような気がする。

 この見ず知らずの少年だが、今の状況からして彼がベンチに寝かせてくれたのだろうか?

 

「……あれ?」

 

 そうなると気絶する前に見たあの光り輝く人は彼ということになるのでは?彼女はTシャツを被り、顔だけ見える彼を良く見る。彼女のその視線にジワリと汗を流した彼は、何か問い詰められる前に立ち上がり手を差し出す。

 

 少し口を噤んでから「その、返して貰っても……」と、若干声を震わせながら放たれた言葉に、彼女は一瞬何を言われているかわからなかったが、手の中にあるカツラを見て、あっ、と声を上げる。

 

 そうだ、目の前の彼があの光る人だったならこの桂も彼のものではないか、そう思い至り途端にすごく申し訳のない気分になった彼女は恥ずかしそうに頬を染めながら、同じく気まずいであろう彼にフォローの言葉を投げかけた。

 

「あの、私、かっこいいと思う、よ……?」

 

 この場合、純粋が故の彼女の言葉は、ユクエの心に深く突き刺さった。勿論悪い意味で。

 彼女から斜め下に視線をそらし、途切れ途切れに「あ、あざっす」となんとか答えた。正直、休日という公園でハゲを隠すとはいえ、おかしなTシャツの着こなしをして視線を集めていた彼のメンタルは、先程の言葉の一撃でもうボロボロだった。

 優しさは時には刃になるというのは本当のことだったようだ。いたたまれない、できることなら今すぐヅラを回収してこの場から離れたい。年頃の少女から強引にヅラを返してもらうなんて行為ができない自分を恨みながら、彼は心の中で羞恥心に悶える。

 

 一方の彼女は、嫌味も何もなく本心で言った言葉がまさか彼を大いに傷つけてしまった事に気づかずに、手に持った桂を彼に手渡し追撃とばかりに言い放つ。

 

「大事な、ものなんだね」

 

 この言葉にも嫌味なんて微塵もない。ただ、心に思ったことを正直に言葉にしただけ。事情という問題を省けばそこそこいい話に見えるだろう、だが今彼女が渡したのはヅラ、両親から貰ったお守りでもなければ、友の形見などでもない。感動できる要素など微塵もない物体を「大事なもの」と評されても、どこをどうしたって良い話などには成り得ない。

 

「私も大事なものが沢山あるよ。君と同じように……」

 

 まさか君も髪が……?と一瞬錯覚してしまった彼だが、こんないたいけな少女が自分のように髪に悩むはずがないと思い至り、差し出されたカツラを受け取る。

 

 自らの元に戻ってきた桂をそのまま被らずポケットに入れた彼は何もかも見通しそうな純粋無垢な彼女の瞳にバレてるにも関わらず、Tシャツに覆われた頭部を抑える。

 

「だからっ、諦めないで……私も……諦めないから……っ」

 

 まるで自分に言い聞かせるように吐き出されたその言葉だが、その言葉を向けられた彼はその意味を別の意味に捉えたようで、「貴方の髪、諦めないで!」と言いたいのかこの少女は、等と思っていた。

 

 第一、何を諦めなければいいのだろうか、彼の毛根は諦める以前に死滅してますが何か?状態なのだ。全てヅラへとコンバートしたのでもう髪が生える事は無い。

 

 

 死んだ大地には草木は実らない、人の手によって苗を植えられなければ育たないのだ。

 

 

 しかし、何処までも純粋且つ一生懸命な彼女の言葉に、ノックアウト寸前にまで追い詰められた彼はその場で膝を屈しそうになりながらもぐらりと堪え、「もう大丈夫なようだ、な」と彼女の安否を確かめ、傍らに置いてあるスーパーの袋を持ちその場を後にする。

 

「あ、ありがとう!」

 

 気分は戦場を生き残った兵士。背後から聞こえる彼女からの感謝の言葉に、片手を上げながら暗くなった公園から出ていく。

 

 Tシャツの襟を頭に被せたお山型スタイルのままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイト!」

 

 彼が公園から出て行った後、入れ違う形でアルフが血相を変えて走ってきた。とても心配させてしまったようだ、素直に謝りながら彼が出て行った方向に目を向ける。

 彼の名前も性格も何も知らない、けど、少し心が明るくなった。

 

「頭が光る人っているんだね……」

「え、何言っているんだい?……大丈夫?最近根を詰め過ぎだよ……」

 

 自分の身を案じてくれるアルフに感謝の念を抱きながら、優しげな微笑を浮かべる。

 

「……うん、心配かけさせちゃったね、ごめん」

 

 少しだけ自分の思いを吐き出した彼女は何処か晴れやかな表情でそうアルフに言い放った。

 




『死んだ大地には草木は実らない、人の手によって苗を植えられなければ育たないのだ』

 なんとなく抜粋してみました。
 これだけ聞くと凄い良い言葉に聞こえますが、比喩が……もう……。


 Tシャツを中途半端に着て顔だけ出すというのは、大抵の人は子供の頃やったことがあると思います。私はやりました(自白)
 

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