8話
ブリーフィングから日付は飛んでE-7作戦当日。特別作戦は順調に進んでいる。予想以上に敵の航空戦力に苦戦はしたものの、それ以外に特筆する点は無かったと言えるだろう。
第一艦隊は長門・比叡・那智・隼鷹・赤城・瑞鶴。
第二艦隊はビスマルク・足柄・加古・阿武隈・秋月・俺だ。
この連合艦隊は東に向かって進み、道中の敵艦隊を掃討しつつ敵本隊へ向かう事になっている。
本来ならば瑞鶴ではなく加賀が第一艦隊に参加する予定だったのだが、加賀がE-6で大破して現在修復中のため、その代わりに瑞鶴が参加する事になった。最初は補欠として作戦に参加する事に不貞腐れていたが、加賀に何か言われたのか、随分と気合いが入っている様子だ。
陣形を組みながら出港しつつ、振り返って見送りに来ている人々に手を振り返す。見送りは他の作戦に参加していた艦娘達や鎮守府の職員が主だが、中にはソロモン諸島の現地の人々の姿も見かけられた。これは別段不思議な事ではない。
ショートランド泊地はソロモン諸島に位置するが、これは東南アジア諸国と日本が協力関係にあるからだ。深海棲艦出現当初、各国はそれぞれの戦力を以って迎撃を始めた。先進国は多くの人員や軍備を犠牲にして食い止めたが、それ以外の国はそうはいかなかった。先進国の軍備でさえ苦戦を強いられたのだから、発展途上国が奴らの侵攻を止められる訳がなかったのだ。
そこで、いち早く艦娘という存在を発見・配備までこじつけた近隣国である日本が東南アジア諸国を支援し、なんとか侵攻を食い止めて立て直しを図った。彼らには戦う手段がないため、ある程度日本に資源や労働面で融通を利かせる代わりに、日本は東南アジア諸国に鎮守府などを置き、前線基地として利用する事になっている。現地の人々で、鎮守府に関係する仕事に就く者は多い。
計らずも大戦当時の大東亜共栄圏なるものと同じ範囲で活動しているが、かつてのように支配する事は無く、友好的な関係を築いている。
さて、ここから作戦エリアまではまだまだ時間がかかる。作戦の確認や戦術を煮詰めるのに使っても良いが、俺達の鎮守府はそれほどガチガチの軍隊ではないし、何しろ12人も女が集まるのだ。騒がしくならない訳がない。
今日の朝食の話、提督の話、上司・部下の話、趣味の話、流行の話、恋話、愚痴、しりとり、モノマネ、漫才、占いetc......。話す内容はそれぞれだが、皆が思い思いに喋っている。
「それでさ?飛鷹の奴、『少しはお酒を自重しなさいよ』とか言っといて、あたしがとっておいた酒をこっそり飲んでるんだよ」
「そうそう。こっちも古鷹が注意してくる割には飲みたそうにチラチラ見ててさ。素直に飲みたいって言ってくれりゃいいのに」
うちの酒呑み筆頭の隼鷹・加古は海の上でも相変わらず酒の話だ。脳みその半分くらいは酒で埋まってるんじゃないだろうか。
「全く、お前達は口が開くと酒、酒と......」
「どの口が言ってるのよ那智。貴女も人の事言えないんじゃないの?」
「な、何の話だ、足柄」
そんな会話に呆れた様子の那智。だが、そういう那智も酒呑みの一人だ。足柄の牽制に加え、更にビスマルクからの追撃が入る。
「そういえば、那智の名前でキープしてあったウイスキーを見た気がするんだけど、気のせいだったかしら?結構良い銘柄だったと思うけど......大事にとっておいてあるんじゃないの?」
「そ、それはだな......み、見間違いじゃないか......?」
足柄とビスマルクの連撃にたじろぎ、目が泳いでいる那智。どうやら図星だったらしい。
「『飲兵衛艦隊』はいつも元気だな」
「長門!その不名誉な名前はやめろといつも言っているだろう!」
そんな光景を見ながら、愉快そうに笑う長門。気に障ったのか、那智は声を荒げて反論していた。
ちなみに、『飲兵衛艦隊』というのは隼鷹・加古・那智・足柄・ビスマルク・俺の酒呑み六人の事を指す。よく酒を呑む時に集まるこのメンバーが丁度6人だったため、そのような名前が付けられた。那智はあまり呼ばれたくはないらしいが、それ以外の5人は気にしていない。
どうでもいいが、隼鷹が言うには更に6人集めて『飲兵衛連合艦隊』を結成するのが目下の目標らしい。候補には鳳翔・龍驤・陸奥・木曾・響辺りが挙がっているとか。
「別に隠さなくたって良いんだよ?あたし達だって色々準備してるしさ。日本酒とか」
「あとワインとかさ」
「ウイスキーとか」
「ビールとかね」
「そうそう。鳳翔さんも美味しい料理準備してくれるし。なぁに、ちょっとあたし達のお話に付き合うだけさ」
「......そうだな、折角の誘いを無下にするのは失礼だからな、仕方ないから付き合おう。そう、仕方ないんだ」
悪魔の誘いのような隼鷹の言葉を聞き、自分を納得させるかのように自己暗示をかける那智。此処が敵地だという事を感じさせない会話は、艦隊の雰囲気を適度に和ませた。
「“提督の全ては艦隊に表れる”とはよく言ったものだな......良くも悪くもその通りだ」
半分呆れが入った長門の言葉に、艦隊の皆は思わず苦笑する。これから重要な作戦を行うというのにこの調子だ。まぁ、いつも通りだが。
「へぇ〜......皆さん、結構リラックスしてるんですね。あたし的にビックリです」
阿武隈がそんな周りの様子を見ながら、感心したように呟いた。
阿武隈は軽巡の中でも上位の練度ではあったが、最終海域等に選抜される程の最精鋭という訳でもなく、所謂“二軍”という立ち位置だった。だが、つい最近行われた『改二』ーーー改を超える更なる改装ーーーによって、他の軽巡には無い唯一無二の性能を得た。いつもは軽巡の枠には神通が選ばれる事が多かったが、今回はその能力から大抜擢される事になったのだ。
「そういう阿武隈も、大して緊張しているようには見えませんが」
軽巡の枠は1隻のみであり、それに選ばれるというのは名誉でもあるが、大きな責任を負う事でもある。だが、それに対してプレッシャーを感じているようには見えない。単に彼女が図太いだけかもしれないが。
「あたしより緊張してる人を見ると......ね」
「まぁ、一番心配なのは彼女ですね。実力は申し分無いのですが」
「あの娘の気持ちも分かるけどね」
俺と阿武隈の視線の先には、秋月・赤城・瑞鶴の三人が居た。
「大丈夫ですよ、そう気負う事はありません。何かあればフォローします。その為の仲間ですから」
「で、ですが......」
「そうよ!こんな海域、私達なら何てことないんだから!それとも、私達じゃ頼りない?」
「い、いえ!そんな事は......!」
緊張からか萎縮している秋月を、何とか励まそうとしている赤城と瑞鶴。事の発端は、秋月が「嫌な予感がする」と言った事だ。
艦娘の“既視感がある”、”嫌な予感がする”といった直感は、何かと当たる事が多い。恐らく艦娘が記憶を元に建造された存在だからだろう。何かを感じた艦娘は、その戦闘においてのキーマンとなる。
今回のE-1でも、菊月にその現象が見られた。実は菊月のかつての船体が今でもその海域に座礁したままらしく、その場所に巣食っていた深海棲艦の場所を感じ取り、根城へと真っ直ぐ辿り着いたという。
そして今日、戦場である此処『アイアンボトムサウンド』は、幾多の艦船が沈んだ場所だ。秋月の史実について詳しくは知らないが、秋月自身か姉妹艦が沈んだ場所だという事は想像に容易い。
とはいえ、何が起こるのかは実際に行ってみなければ分からない。怨敵に似た敵かもしれないし、自分とそっくりな敵かもしれないし、姉妹艦に似た敵かもしれない。今回の菊月の様に、有利になる何かが起こる事もある。
秋月はこの古参だらけの面子の中でも遜色無い練度の高さだが、経験では劣っている。勿論、最終海域に選抜された事が無い訳ではないのだが、このような状況は初めてだろう。緊張するのも無理はない。
「ていうか、赤城さんと瑞鶴さんが声掛けたら、逆に大先輩に迷惑掛けてると思って更に緊張するんじゃ......?」
「......ふむ、阿武隈の言うことも一理あるな。なら阿武隈、お前が何とかするんだ」
「あ、あたしぃ!?長門さん無茶言わないで下さい!彼女と接点無いですよ!?」
「駆逐の面倒は軽巡の役目だ。それに一水戦旗艦だろう?」
「そんなぁ〜!」
「ハッハッハッ、冗談だ。なに、秋月の事だ。放っておいても、戦闘が始まれば集中するだろう」
真面目に心配している阿武隈に対し、あっけらかんと笑う長門。無責任ともとれる発言だが、それは偏に秋月への信頼故だろう。そこまで仲間を信頼出来るところは羨ましい。
その後も和気藹々と談話が続いたが、司令部から通信が来た事で終わりを迎えた。
「......む。こちら旗艦長門」
《ーーーこちら、司令部の大淀です。まもなく作戦区域に突入します。問題はありませんか?》
「道中にトラブルは無かった。艤装の不具合も無し、精神状態も......まぁ、問題無しだ」
一瞬だけ秋月へ視線を向けたが、何事も無かったかのように前を見据え、通信を続けた。
《了解。では、作戦区域突入前に、改めて作戦の概要を説明します。
作戦目標はソロモン海の最深部、敵本隊の撃破です。道中の深海棲艦を撃破しつつ、敵本隊を叩いて下さい。道中では激しい抵抗が予想され、敵本隊には新型の姫級が確認されています。各員は損傷に注意しつつ進撃して下さい。また、特に戦艦レ級は非常に危険です。注意して当たって下さい。
......では、御武運を》
大淀からの通信が終わり、各々が体や艤装の最終チェックを始める。
「そろそろ奴らの海域だ。各員、気を引き締めろ」
長門の声に、全員が頷いて応える。そこに先程までのふざけた雰囲気は無く、全員が真剣な眼差しで周囲を警戒している。
海面を更に進んでいくと、先程から肌に感じていたピリピリした感覚が徐々に強まっていく。目に映るのは何の変哲も無いだだっ広い海だけだが、その感覚から“何か”に近づいているのが分かる。
「赤城、瑞鶴、隼鷹!索敵機発艦!」
「「「了解!」」」
長門の掛け声と共に、赤城・瑞鶴が弓に矢を番え、隼鷹が巻物と式神を用意する。一瞬だけお互いを見合った後、ほぼ同時に放った。
放たれた矢や式神は空中で光りながら形を変え、艦上偵察機『彩雲』に変化する。一人2機、合計6機が扇状に広がりながら、広い範囲を索敵し始める。
三人は目を瞑り、偵察機の妖精と視界を共有する。暫くすると、瑞鶴から声が上がった。
「敵艦隊を捕捉!重巡ネ級1、リ級1、雷巡チ級1、駆逐ハ級1、ロ級2!」
「了解、まずは前哨戦といったところか。陣形、第四警戒航行序列に移行!本艦隊は、これより敵艦隊と交戦する!」
◇
「ヲ級改撃沈!今日の戦果はお姉様に自慢出来ます!」
「じゃあその調子でもう1隻もよろしく!」
「前方より艦載機接近!」
「了解!私が三式弾を撃つわ!巻き込まれないでね!」
「敵は右舷だ!しっかり狙え!」
「全主砲、斉射!てーッ!」
敵・味方の両艦隊から砲弾が飛び交い、空では何十機もの艦載機が空戦を繰り広げている。
初めの敵は6隻の小規模な艦隊だったが、時間が経つにつれ続々と敵の増援が到着し、大規模な海戦へと発展した。
「ッ!戦艦棲姫を含む新たな敵艦隊が接近中!」
「まだ増えるのか......流石最深部だな」
そして今も、赤城から更なる敵の増援の報告があった。姫クラスが出てきたとなると、そろそろ主力艦隊に近づいているとは思うが......。
だが何よりも辛いのは、自分に出来る事が殆ど無いという現状だ。
対空機銃は碌に当たらず、魚雷は後に取っておく為に使えない。唯一使える主砲で援護しているものの、駆逐艦の主砲で出来る事は高が知れている。随伴の駆逐や軽巡、雷巡を沈めるので精一杯だ。その随伴すらも味方が殆どを沈めていくため、沈め損なった雑魚にトドメを刺していくだけ。
勿論不安は無い。俺が居なくとも、皆がこの場を無事切り抜けられると信じている。だが、何も出来ない自分が歯痒い。レジスタンスの頃までは、俺が最前線で一人で敵を蹴散らしていたからだ。結局、ACが無ければ大した戦力ではないという事か。
「何とか力になってあげたいが、力になれない」。鎮守府の皆はよく俺にそう言うが......その気持ちが、何となく分かった気がする。
数十分後。敵増援も全て沈め、ようやく落ち着ける時間ができた。残るは敵本隊のみだな。
こちらの損害は軽微で、小破が比叡・赤城・那智の3人、中破が加古1人だ。あとは、空母ヲ級改flagshipが3隻も出てきたお陰で、空母の艦載機がかなりやられてしまった。また、損傷が無くとも精神的な疲労は溜まっている。
《加古さん、大丈夫ですか?》
「大丈夫大丈夫、鎮守府の布団に戻るまでは沈めないからね〜」
《そうですか。無理はなさらないように》
「はいはーい」
《では、問題が無いようでしたら進撃してください》
「了解。進撃する」
再び偵察機を発艦させ、索敵を始める。今度は索敵を始めてからそれ程時間が掛からずに、赤城が敵艦隊を発見した。
「赤城、敵本隊で間違いないか?」
「はい、レ級と新型の姫級の姿を確認しました」
「そうか......よし、航空攻撃を開始しろ!」
長門の掛け声で、空母の三人は先程とは違う矢・式神を用意する。そして、ほぼ同時に放つ。
「第一次攻撃隊、発艦してください!」
「アウトレンジで......決めたいわね!」
「パーッといこうぜ、パーッとな!」
艦戦、艦爆、艦攻の順に放たれ、順々に航空機へ形を変えていく。本来の数より減ってはいるが、赤城の報告から敵に空母が居ないのは確認している。敵艦隊に航空戦力を持つのは戦艦レ級のみ、3隻でも十分対応出来る。
だが、その考えはあっさりと崩された。
「艦攻隊、艦爆隊、共に被害多数!殆どが姫級に撃ち墜とされています!」
「なんだと!?」
赤城の報告によると、新型の姫級に近づいた艦載機が次々に墜とされているらしい。レ級は何もしていないのにも関わらず、だ。どうやら今回の新型は厄介らしい。だが、これ程の撃墜能力、通常の艦艇では成し得ない。やはり......。
「まるで秋月みたいだねぇ」
「いや、みたいじゃなくて、秋月型なんじゃないの......?」
皆の視線が秋月に集まる。
「な、なんでしょうか?」
そして、遂に奴らの姿が肉眼でもある程度視認出来る距離まで近づいた。すると、通信から声が聞こえてきた。
《フフ......キタンダァ......?ヘーエ......キタンダァ......》
深海棲艦にしては怒りや憎しみ、哀しみといった感情はなく、随分と挑発的な声をしていた。
「......照、月?」
「どうした秋月?」
「いえ、その......なんとなく、あの深海棲艦に妹の面影が......まぁ、あんまり顔を合わせた事は無いですけど」
秋月が呟いたのは、妹の名前らしい。これで秋月の直感の正体が確定した。今回の姫級は秋月の姉妹艦だったようだ。
「そうか。なら、救い出してやらないとな」
「......はいっ!」
姉妹艦に似た深海棲艦から必ず姉妹艦がドロップするという決まりは無いが、その確率が高いのは事実だ。秋月も先程とは違い、しっかりと意志を持った目をしている。これなら問題無いだろう。
だが、そこに新たな情報が入った。
「報告!たった今、レ級が艦隊から離れました。これは一体......?」
遂にレ級が、主任が動いたか。態々一人で出てきたという事は、俺を待っているという事だろう。
「......乗ってやるか」
「大丈夫か?不知火」
「問題無い。俺が奴を引きつけている間にそっちを片付けろ」
俺の口調が変わった事に驚いた様子の長門だが、すぐに何時もの好戦的な顔へ戻った。
「任せろ。久々に正面から殴り合えそうな相手だからな」
長門の言う殴り合いは、正面から砲撃戦でぶつかり合う事以外に、本当に物理的に殴り合う意味も含まれている。艦載機が通用せず、砲撃戦で決めるしかないというこの状況に、無意識に昂ぶっているんだろう。
俺は艦隊から離れ、前方に見えるレ級へ向かっていく。
「頼んだぞ!不知火!」
「気合い!入れて!頑張れ!」
「無事に戻って来るんだぞ!」
「良い酒用意して待ってるよー!」
「果報を待っていますよ」
「あんなのさっさとブッ飛ばしてきちゃいなさい!」
「負けたら承知しないわよ!分かってる?」
「しくじるんじゃないわよー」
「早く寝たいから早く終わらしてきてー!」
「頑張って下さぁい!」
「秋月!応援しています!」
......全く、俺には勿体無いな。艦隊の皆に手を振って返事をした後、前方のレ級を見据えた。
《久し振りだねぇ、ルーキー?》
「ハッ、老害に何言ってんだよ」
目標は唯一つ、主任の撃破だ。
ようやくここまで......もう少し待っていてください