『鎮守府近海に深海棲艦の反応がありました。迎撃に出れる艦娘は第一演習場に集合して下さい。繰り返しますーーー』
卯月を捕まえてサンドバックとして手伝ってもらおうとしたのだが、どうやら客を出迎えなきゃならないらしい。面倒だが、無視は出来ない。
「......仕方ありませんね。訓練は中止し、対応に当たります。時津風、野分両名は鎮守府内で待機。他は迎撃に当たります」
『了解!』
流石に実習もやっていない新人の二人を出撃させる事は出来ない。それに、新人二人を出させる程戦力に困っている訳でもない。
深海棲艦は今回の様に突然探知されるが、それには理由がある。奴らは固有のジャミングを持っていて、それがレーダーに影響するのだ。そのため、深海棲艦がそれなりの距離に近づいてくるまで補足出来ない。この辺りは現代兵器が通用しにくい理由でもある。
本当なら長距離から補足して船からミサイルを撃ち込めばいい。だが、ジャミングによってレーダーの補足距離が大幅に縮まったから、深海棲艦から補足されるような近距離から撃つしかなくなってしまったのだ。今の船は近距離の撃ち合いなんて想定してないから、当然深海棲艦には惨敗。
航空機なども運用し何とか倒した事例もあったようだが、少数の深海棲艦に対して大掛かりな戦力で、だ。防衛戦力の維持費や修理費はかかるし、船の主力であるミサイル一発の価格なども馬鹿にならなくて軍費の問題も出てきた。
その点、比較的低コストで運用出来る艦娘は正に救世主だろう。
人類もやられっぱなしではない。艦娘以外でも深海棲艦に対抗出来るよう、レーダーやその他の兵装も深海棲艦への対策を進めている。まだあまり成果は出ていないが。
現在はレーダーで反応を捉え大まかな位置を把握した後、索敵機で詳しい情報を調べるという方法が主流だ。以前はレーダーの範囲が狭く、索敵機の方が効率の良い時期もあった。その頃は探知されてから直ぐに出撃しなければならない程だったが、今はそれなりに改良されて範囲が広がり、ある程度は余裕を持って迎撃出来るようになった。
そのうち、レーダーのみでも艦種が分かるようになるといいのだが。
取り敢えずは第一演習場へ向かいながら、通信室の大淀と連絡を取る。
「こちら不知火。現在の状況、特に深海棲艦について何か情報を」
《はい。詳しい艦種は未だ不明です。現在、哨戒担当の隼鷹の索敵機の報告を待っていますが、おおよそ10隻前後であると思われます》
10隻か。通常艦隊で出るには敵が少し多いが、姫や鬼は居ないだろうから、然程問題ではないだろう。
「第一演習場のメンバーは?」
《神通、天龍、五月雨、秋月、
「了解。臨時の旗艦は誰に?」
《提督の決めた原則では練度が最も高い艦娘ですから......不知火さんですね》
「了解」
旗艦は提督の次に強い決定権を持つ。提督の指示が届かない場合や緊急時には旗艦が判断を下す。勿論、権利を持つという事は責任も持たなければならない訳だが。取り敢えず今は、迎撃に出る編成を決める必要がある。
「さて、問題は......」
《誰を選抜するか、ですね》
艦隊は基本的に6隻で編成する。これには陣形やら深海棲艦のジャミングやらその他諸々の理由があるんだが、ここでは割愛しておく。
哨戒に出ている隼鷹は決定として......敵空母が2隻以上居る可能性も考えて、秋月か、もしくは空母の誰かが欲しい。最低でも航空劣勢は避けたいところだ。
艦隊戦において制空権は重要だ。常に爆撃から脅かされるのとされないのとではかなりの違いがあるし、索敵機などを安全に飛ばせれば弾着予測もしやすくなる。
あとは神通か天龍のどちらかを入れて、残り2枠は適当に火力と練度のある奴が居ればいいか。戦艦か重巡が何人か居ればいいんだが。
暫く海上を進むと、第一演習場に着いた。そこには先程聞いた六人の他にも、何人かが集合していた。
敵艦隊の迎撃に出る艦隊には、早く着いた者から優先して組み込まれる。つまり早い者勝ちだ。戦果を稼ぎたい、経験を積みたい、ただ戦闘がしたい、提督の好感度稼ぎ、艦娘としての義務感etc......理由は様々だが、そうした理由で素早く集まる者は多い。
逆に、誰かがやってくれるだろうと考え、こうした緊急時にもあまり動かない、出世欲の無い奴らも居る。そういう奴らの給料はそれ相応の額にはなるらしいが。
一番手は予想通りの奴。巫女をモチーフとした戦艦の服装に、特徴的な髪型と飾りの、金剛型戦艦一番艦『金剛』。提督一筋の艦娘だ。提督は金剛のアタックを毎回スルーしているが。
「Hey!ヌイヌイ!助太刀に来ましたヨー!」
「ヌイヌイではないのですが......まぁいいです」
英国の帰国子女という設定のコイツは英語を混ぜて話すが、何かと人に変な名前を付ける。吹雪は『ブッキー』で島風は『ぜかまし』、俺は『ヌイヌイ』。何故か語感が良いのがムカつく。ちなみに、何気に卯月の事を『うーちゃん』と呼んでくれる数少ない奴だったりもする。
そして二番手は、古鷹型重巡洋艦二番艦『加古』。どうしようもないサボリ魔でいつも眠そうにしているが、一応初期の頃に着任した古参だ。今回は珍しく早く集合したらしい。
「ふわぁぁぁ、眠い......いやぁ、今日は罰で中庭の掃除やってたんだけどさ?気付いたらベンチで寝ててさ」
「またですか」
「で、さっき金剛に叩き起こされたんだよ。提督にチクられたくなかったら早く動けー、って。でも、今考えたら提督はチクるまでもなく知ってるんじゃ......」
「でしょうね」
「じゃあ此処に来た意味無いじゃん......」
「まぁ、しっかり働いて貰えれば、罰をサボった事を帳消してもらえるように提督に頼む事も出来なくはないですが......」
「よっしゃあ!目が冴えてきたよー!」
「......100%じゃないですからね?」
全く、もう少し普段からやる気を見せても良いと思うんだがな。まぁいい。
丁度、先頭の二人は火力がある。このまま組み込んでも問題無いだろう。
「臨時第一艦隊の旗艦は私。メンバーは隼鷹、秋月、天龍、金剛、加古。また、神通を臨時第二艦隊旗艦とし、適当にメンバーを揃えて不足の事態に備えて待機。以上」
『了解!』
......さて、行くか。隼鷹との合流を目指し、海を進んでいく。
しかし、海上を滑るというのは妙な気分だな。しかも、ACのようにコクピットに囲われている訳でもなく、ほぼ生身の状態で、だ。艦娘となって何年も経つが、未だに海上を滑っているのを不思議に思う事があったりする。
海にはあまり良い思い出がない。そもそもACの主戦場は地上だし、あのクソ面倒な戦艦も居るような場所だ。思い出すだけで気が滅入る。
「はぁ......」
「どうした不知火?ため息は幸せが逃げるぜ?」
ため息をついているところに声を掛けてきたのは、天龍型軽巡洋艦の一番艦『天龍』。戦いが大好きな奴で、昔は勝手に飛び出しては勝手に負傷して迷惑をかけていた。最近は大人しくなったが、バカ正直なところは変わらない。まぁ、そこが長所でもあるんだが。
「少し嫌な事を思い出しただけです」
「へぇ、不知火にもそんな事あるのか?」
「ありますよ。天龍には無さそうですがね」
「嫌な事は忘れるに限る。だろ?」
「はぁ......」
そんな簡単に忘れられるなら楽なんだが、などと考えていると、いつの間にか加古と金剛も寄ってきた。
「なになに、不知火調子悪いの?テンション低いよ?」
「ヌイヌイはBadryなんデスかー?」
「貴女達のテンションが高いだけですよ」
「選んだのは不知火だろ」
「まぁ、そうなんですけど」
これに隼鷹も加わるのか......気疲れしそうだ。
「そ、それって私も含まれてますか!?」
「......少しは」
秋月型駆逐艦一番艦『秋月』。高射装置が標準装備として載っている防空駆逐艦で、ズバ抜けた対空性能を持っている。普段は大人しい奴だが、艦載機と甘味の話になると途端にテンションが上がる。まぁ、艦載機に関しては見た目や性能ではなく“墜としがいがあるかどうか”とかいう物騒な話をし始めるが。
喧しい奴らの話に付き合ってやっていると、通信が入ってきた。哨戒担当の隼鷹からの報告だ
《あー、こちら隼鷹。応答願いまーす。索敵報告ー》
「......あいつも随分とだるそうな声してんな」
「飛鷹にチクる?」
《ちょっ、飛鷹に言うのだけは勘弁してくんないかなぁ......?》
「こちら不知火。さっさと索敵報告どうぞ」
《あーはいはい、ちょっと待ってねー、っと》
そうして読み上げられた報告は、空母2、戦艦2、重巡2、雷巡1、軽巡1、駆逐4の計12隻で、その全てがflagshipやeliteで構成されている、という事だった。これは俺としても驚きだ。
flagshipやeliteというのは、黄色や赤などのオーラなどを纏っていて、通常の個体よりも強い戦闘力を持つ深海棲艦の事だ。通常タイプ、elite、flagship、改flagshipの順に強くなっていく。
しかし、空母ヲ級flagshipに戦艦タ級flagshipか......近海まで来るとは珍しいな。
「やけにStrongなMemberネー」
「何か強い戦力を差し向ける理由があるのでしょうか?」
金剛の呟きに、秋月が返す。これだけの戦力だ、ただ死にに来たような編成ではないように思えるが......。
「実際にはこんな敵、肩透かしさ。どうせ大した実力も無いんだろ」
「天龍は随分と余裕だね」
「そう思うだろ?加古も」
「まぁ、不知火を相手にするのと比べたらね」
天龍がそう言うと、周りもその発言に同意して頷く。お前らは俺を何だと思ってるんだ。まぁ、傲慢にならない程度の自信なら構わないが。
更に海上を進んでいきながら数十分後、合流地点で待っていた隼鷹と合流した。
「よーっす」
「......酒は飲んでいないようですね」
「そ、そんなに信用無いか?」
「前科持ちですから」
この軽空母『隼鷹』は無類の酒好きだ。いつだったか、哨戒が暇だからという理由で一升瓶持って哨戒に出た事があった。流石に定時報告で酔っているのがバレて、帰還した後提督にこっぴどく怒られ暫く自室謹慎になっていた。
......俺も酒関係で謹慎処分になった事はあるから、あんまり人の事は言えないんだがな。
「今回は貴女の艦載機が頼りだという事、分かってますね?」
「分かってるよ、分かってるからそんなに睨むなって」
今回、こちらの空母は一隻のみ。一応秋月という艦載機絶対墜とすウーマンが居るが、隼鷹が仕事をしなければ大打撃を受ける可能性が高くなる。それは本人も十分承知しているだろう。
「で、旗艦殿。今日はどういった作戦で?」
「装甲の薄い奴らから沈めて数の優位を作り、それを利用して残りの堅い奴らを沈めます」
簡単に言えば正面から迎え撃って各個撃破するだけだ。これを作戦と呼べるかは微妙なところだが。
まぁ、作戦が無くても十分に連携は取れる。特別何か言う必要は無いだろう。特に心配も無く、俺達は深海棲艦の迎撃へ向かった。
◇
前方の水平線の向こうに、複数の黒い影が現れた。遂に敵艦隊のお出ましというわけだ。どの個体も黄色や赤のオーラーーーflagshipやeliteのオーラを発している。
「隼鷹、敵の陣形は?」
「敵さんはさっきからヲ級を旗艦とした輪形陣のままだよ。どうする不知火?」
「なら、こちらも単縦陣で変更無し。砲撃で殻を少しずつ破っていきましょう。では、これより敵艦隊の迎撃を開始します!」
『了解!』
まずは航空戦。既に敵の空母ヲ級flagship、空母ヌ級flagshipから艦載機が発艦されている。だが空母二隻程度なら、彼女達の前では無力だ。
「ヒャッハー!者共掛かれー!」
隼鷹の掛け声と共に、式神が巻物式の滑走路から次々に発艦していき、空中で艦戦の烈風、艦爆の彗星改、艦攻の流星改へと次々に変形し、一糸乱れぬ動きで編隊を組みながら敵艦隊を目指す。
そして互いの艦載機が接近し、空中戦が始まった。深海棲艦側の方が倍近い数だったが、状況は均衡している。
激しい混戦の中、艦戦の攻撃を掻い潜った敵の艦爆や艦攻の一部が、混戦を抜け出し此方に迫ってきた。
「秋月!」
「お任せください!」
ここからは防空駆逐艦である秋月の独壇場だ。高射装置が内蔵された10cm高角砲に加えて13号対空電探改により強化された対空能力は、イージス艦の
「長10cm砲ちゃん達、行くよ!撃ち方、始め!」
秋月と長10cm砲ちゃん2体が敵艦載機に向かって対空砲火を始める。的確な射撃は敵艦載機を撃ち抜き、着実に数を減らしていく。
敵空母から発艦した時にはかなりの数が確認出来た敵艦載機だが、秋月の弾幕を過ぎた頃には殆どが墜とされていた。そして残りの艦載機は他の艦娘が撃ち墜としていき、敵艦載機は無力化された。
「弾幕、薄くなかったですか?」
殆どの艦載機を墜とし、謙虚な言葉を呟きながらもご満悦な様子の秋月。その顔に悪魔のような笑みが混じっているのは気のせいだと思いたい。
しかし、大戦当時の艦艇の秋月にはこれ程までの高精度な防空能力は無かっただろう。それを成し得ているのが艦娘の力なのだと、特に感じさせられる光景だ。
さて、向こうの艦載機は全て墜としてやったわけだが......。
「こちらの艦載機は?」
「あー、ちょっと待ってて......駆逐イ級elite2隻、軽巡ヘ級flagship1隻撃沈。雷巡チ級flagship1隻に中破、重巡リ級elite1隻に小破、かな。結構対空砲火で墜とされちまったなぁー。敵艦隊残り9隻、ってとこだね」
それだけ減ったのなら十分だろう。随伴の数を減らすのが目的だからな。さて、続いては砲撃戦。まずは戦艦の出番だ。
「金剛!」
「OK!全砲門、Fire!」
金剛の艤装に搭載された四基の35.6cm連装砲から轟音と共に砲弾が発射される。観測機から得た情報を元に弾着予測をされた攻撃は、航空戦で沈め損ねた駆逐や雷巡に着弾。障壁をいとも簡単に打ち破っていく。
「雷巡チ級flagship、駆逐ロ級elite2隻の撃沈を確認。良い当たりです」
「Wow!順調ネー!」
仕返しとばかりに深海棲艦からも砲弾が飛来してくる。それに対して不規則に蛇行し、狙いを絞らせないようにする。砲弾自体は見えているから避けるのは楽だ。至近弾が何発か飛んでくるが、気にせず接近していく。
「やるなぁ、金剛。でも、俺達も負けてねぇからな!」
「ふっふーん、そろそろあたし達の出番ってわけね。行くよ天龍!」
「おう!砲撃開始だ!」
砲弾が付近に着弾し大きな水飛沫を上げる中で更に接近し、重巡・軽巡の射程に入った。金剛の35.6cm連装砲に加えて、加古の20.3cm2号連装砲・天龍の14cm連装砲も加わり、勢いの増した攻撃が深海棲艦へ襲いかかる。
「重巡リ級elite撃沈、リ級flagship大破を確認......続いて空母ヌ級中破を確認。これで奴は置物です。残り5隻」
「へっ、やっぱり大した事ねぇな。今日は不知火が仕事せずに終わりそうだな?」
「となると、MVPは私のものデース!」
「おい、射程長の戦艦は卑怯だろ!」
「そうだそうだー、反則だぞー」
「オー、ワタシニホンゴワカラナーイ」
「ちょっとちょっと、航空戦で頑張ったアタシの事も忘れないでおくれよ?」
「わ、私も迎撃頑張りましたから!」
軽口を叩きながらも、彼女達の砲撃の精度が落ちる事は無い。更にリ級flagshipも沈めると、残るは戦艦2隻と空母2隻のみとなった。更に接近し、遂に駆逐の主砲の射程圏内に深海棲艦が入った。
だが、ここで深海棲艦は動きを見せる。どういう訳か進行方向を反転し、本土から離れるように行動し始めた。
「ハハッ!アイツら、ビビって逃げてやがるぜ!」
「でも、私達は食らいついたら離さないワ!」
深海棲艦が逃げる理由は定かではないが、むしろ好機だと追撃に移ろうとする金剛と天龍。
「待ってください!今回の目的は迎撃です。無理に追撃しなくても良いのでは?」
「そうだよ、向こうに戦う気がないならさっさと帰っちゃえばいいじゃん」
だが、そこに秋月が制止を掛け、加古もそれに同意する。加古は早く帰りたいだけな気がするが。
どちらの言い分も一理ある。奴らを逃す理由も無いが、奴らを追う必要も無い。
「でもさ、flagshipをこの近辺にウロつかせるのは良くないんじゃないかな。第二鎮守府の新米とか、遠征部隊が遭遇したらどうする?」
だが、そこに隼鷹が追撃派に賛成する。
今俺達が所属している鎮守府は正確には第一鎮守府という。それとは別に、大佐や中佐などの比較的新米の提督が、同じく新米の艦娘を運用している予備の鎮守府、第二鎮守府があるのだ。比較的近海ーーー
流石に練度の低い新人達の事を引き合いに出されては反論しにくいようで、秋月や加古は無言になる。取り逃がした深海棲艦に後日やられた、となってしまっては非常に不味い。
「では、このまま深海棲艦を追撃します」
追撃するなら逃げられる前に今すぐ追撃しなければならない。flagshipを放置するリスクは大きいと判断し、追撃を決定する。何かあれば俺が責任を取るだけだ。
俺達は再び深海棲艦に対して攻撃をし始めた。深海棲艦は一切攻撃してくる素振りも見せず、ひたすら逃げ続ける。
「こんのぉ、ちょこまかと......!」
「頼むから避けんな!」
避けるのに専念しているからなのか、深海棲艦の回避率が高い。決してこちらの命中率が悪い訳では無いんだがな。
追撃開始から5分程度経ち、何発かは命中して小破や中破にさせてはいるが、深海棲艦は相変わらず逃げ続けている。
「あの......さ」
「どうしました、隼鷹」
「賛成したアタシが言うのもなんだけどさ、やっぱりなんというか、変じゃないかい?何も無いよ?」
隼鷹の疑問も尤もだ。逃げる深海棲艦を追いかけた先に増援、というのは時々ある事だ。だが、それすらも無い。
それに、敵がここまで攻めて来て逃げるというのも変な話だ。てっきり特攻覚悟で攻めてきたと思っていたんだが......思い違いか?何だか違和感が拭えない。
「しかし、放置する訳にもいかないですし......ッ!」
だが、変化は突然現れた。突如、ソナーから海中からの音が響いてきた。
「ソナーに感有り、前方からです!でも、随分と音が大きい......」
「Oh、Submarineデス?」
「こんなにノイズの出る潜水艦なんてありませんよ。見つけてくれって言ってるようなものです」
「What?じゃあ一体何が......」
徐々にソナー無しでも聞こえる程の音が聞こえてくる。複数の何かが海中から上がってくるのが分かる。
......なるほど、そういう事か。
「なぁ、不知火」
「何ですか隼鷹」
「コレって、アレだよね」
「ええ。このご時世、海から出てくるものなんて一つしかありませんよ。分かりやすい名前してるじゃないですか」
「ーーー深海棲艦。深海より出ずる者共」
俺達の前方に多数の水柱が上がる。それが収まると、目に飛び込んできたのは壁のように海上に立つ多数の深海棲艦。その数、およそ25隻。
「うげっ!?こんなに......!」
「じょ、冗談じゃ......!」
「あちゃー、罠に嵌められちゃったみたいだねぇ」
更に先程逃げていた4隻も合わさり、その数約30隻。
「不知火!どうするネー!?」
「まずは反転して逃げます!金剛は三式弾装填、隼鷹は順次艦戦を発艦!残りは秋月主導で対空用意!」
『了解!』
まずは落ち着いて対策を練る。焦ったら負けだ。次々に発射される砲弾を避けながら艦載機を撃ち墜としつつ、現在の状況を整理する。
敵の数は約30隻。そのうち空母は6隻、制空権確保は不可能。戦艦や重巡の数も多い。このまま戦っても火力と数で押される。
取り敢えず鎮守府に救援要請をしたが、増援が来るまでに耐えきれるかどうか。それに、こんな数の深海棲艦を鎮守府の近辺まで連れて行くのは危険だ。つまり、ここで何とかしなきゃならない訳だな。
「全艦、これより敵艦隊の迎撃に移ります」
「げ、迎撃ィ!?......ヌイヌイ?まさか、使う気ネ?」
「勿論です」
「不知火さん一人背負わせるのは、とっても申し訳ないですけど......」
「いいんですよ。私の価値は、戦いの中にありますから」
艦隊の皆が心配そうな顔でこちらを見てくる。まぁ、心配されても今の俺に使わないという選択肢は無いのだが。
使う機会は滅多に無い、と言った矢先だが仕方ない。まぁ、久し振りに“慣らし”といくか。
脳裏に思い起こすのは、かつての戦場。硝煙や焼け焦げた臭い、銃声、爆発、轟音。無線から聞こえる歓声、怒声、悲鳴。
「AC『
《システム、戦闘モードを起動します》
聞き慣れたシステムボイスと共に、システムが起動し始める。身体中を光が包み込み、光が晴れると体を覆うように装甲が展開されていた。
少し高くなった視界にHUDが映し出され、円形のターゲットサイトが表示される。
AC『Vulture』。コア『UCR-10/L AGNI』を中心とした、特に尖った性能も無い高機動型の灰色の中量二脚だ。
右腕にライフル『TANSY RF12』を、左腕はバトルライフル『LOTUS BR429』。
右ハンガーにレーザーブレード『ULB-13/H』、そして左ハンガーにはショットガン『KO-3K2』。
そして肩部にはフラッシュロケット『UFR-23 ASANSOL』を装備している。
右肩のトースター型のパーツの前面には、俺が黒い鳥と呼ばれた所以でもある、鴉の描かれたエンブレムが貼り付けてある。レジスタンスのリーダーからRDに渡り、そしてRDから引き継いだエンブレムは、戦火の中で黒く焼け焦げている。
これが長年共に戦ってきた相棒だ。艦娘用にリサイズされていて、高さはおよそ2m。大和型と同じくらいの大きさだろう。
起動完了、システムオールグリーン......よし。
「全艦、これより敵艦隊を迎撃する。敵艦載機に注意しつつ援護しろ。砲撃で注意を逸らすだけでもいい」
『了解!』
まずはスキャンモードに切り替えながら
本来ならGBは地上でしか使えないが、海上を地面のように歩ける艦娘である今は海上でも問題無く使用出来る。
接近しつつ右腕のライフルと左腕のバトルライフルを構え、ある程度のところで戦闘モードへ切り替える。敵がFCSの範囲に入り、ロック表示が赤くなったところでGBを切り、引き金を引く。
ライフルから放たれる銃弾、バトルライフルから放たれる榴弾が深海棲艦へ着弾。戦車も簡単に貫通するそれは、駆逐や軽巡を次々に沈めていく。
ある程度駆逐や軽巡が減ったところで両腕の武器をそれぞれハンガーと入れ替え、右腕にレーザーブレード、左腕にショットガンを構える。そして、何隻か固まっている辺りに肩部のフラッシュロケットを発射。着弾すると強い閃光を発生させ、周囲の深海棲艦を一時的に眩ませる。
その隙にGBで急接近、勢いそのままに戦艦ル級に左脚部の盾を蹴るようにぶつける。障壁と金属の衝突する激しい音が鳴り響き、ル級の障壁にヒビが入る。そこに右腕のレーザーブレードを起動、障壁もろともル級を両断する。
深海棲艦が脆いようにも思えるが、幾らeliteやflagshipといえど、ACの火力の前では戦艦もシティの防衛型とそう変わらない。
何隻かが目眩ましから復活し、近接戦闘を仕掛けようとしてくる。一番近い重巡リ級へ左腕のショットガンを向け、トリガー。散弾が障壁に当たった衝撃でリ級が僅かに行動不能になる。そのうちに
再びライフルとバトルライフルの射撃を行う。空母を優先的に狙い、沈めるよりも中破にする事を優先する。何隻か中破にさせた後、一旦周囲を確認。敵が俺を囲うように動いているようだ。そのまま俺に攻撃を集中させるのも良いが、修理用の資材が増えるのは面倒だ。
スキャンモードに切り替え、HBでジグザグに動きながら近くの雷巡チ級ヘ接近。少しジャンプしてからチ級の障壁を蹴り、
EN量に気を配りながら、一旦GBで敵艦隊から距離を取り、状況を確認する。
やっている事はそう複雑なものじゃ無い。操縦技術と動体視力、反射神経に自信のある俺が得意とする機動戦だ。
とにかく縦横無尽に駆け回り、速さで圧倒する。そして、スピードに着いて来れずに隙を見せた奴から順に着実に撃破していく。特に市街地戦で発揮する戦法だが、こうした一対多の状況でも、敵が友軍射撃を恐れて攻撃を躊躇するから有効だ。
敵艦隊の意識は大分こちらに向いたようで、深海棲艦の多くが俺へ向けて砲撃をしてくる。が、深海棲艦は背後から予期せぬ砲撃を受ける。
「まだまだ行くヨー!Follow me!」
敵は俺だけじゃない。深海棲艦を挟む形で、反対側から砲撃していく仲間達。数では負けているが、質では負けちゃいない。金剛の元気な掛け声と共に、砲撃を続ける。思わず砲撃された方へ振り向く深海棲艦達。
「何処を見ている?」
余所見をしている深海棲艦へ射撃を開始する。向こうの艦娘達に気を取られている奴も、こちらに砲撃してくる奴も、混乱している奴も構わず撃ち抜いていく。
そして、遂に制空権を取り返した。前後、更に上空からも攻撃を受け、打開策も無く、士気も下がり、ただやられていくだけの深海棲艦。そして、気付けば全ての深海棲艦を撃沈していた。
「ターゲットの全排除を確認、ミッション完了」
AC型艤装を解除、意識を戻し、不知火の艤装を展開する。
「......ッ!!」
その瞬間、脳や各神経に鋭い痛みが走る。倒れそうになるが、それをなんとか持ちこたえる。この痛みに慣れたとはいえ、キツいものはキツい。
その様子を見て、急いで駆け寄ってくる仲間達。中破になっている奴も居るが、それ程大きい被害を受けた訳じゃなさそうだ。なら、問題無い。
「全艦、これより帰投します」
◇
出撃後、AC型艤装を使ったという事で一応検査を受けた。それが終わり、自室に戻ってベットに倒れ込む。
AC型艤装については、使用終了直後の痛み以外に特に異常は見られない。勿論、分からないだけで何かが起こっているという可能性もあるだろうが、分からないものはどうしようもない。
しかし、今日は例外な事態だった。ふと、先程の提督との会話を思い出す。
「申し訳ありません、判断した私の落ち度です」
「いや、これは完全に想定外だから仕方ないさ。あれ程の数を用意して深海に潜めておくなんて、初めての事だからな」
「確かに、今回の一件は初めてのケースです」
「正直あれは深海棲艦らしくない、と俺は思っている。だから例えば、深海棲艦からドロップで艦娘になるように、艦娘から深海棲艦なった者が居て、そいつの入れ知恵だとか。もしくは、不知火と同類の......いや、考え過ぎか。今のは忘れてくれ。ともかく、今日はご苦労だった」
「俺と同類、か」
もし、深海棲艦に同じAC乗りが居たとしたら。毎日のように出てくるとしたら。俺だけで何とか出来るんだろうか?
まぁ取り敢えず、今は休もう。出撃の疲労で襲ってくる睡魔に従い、俺は眠りに着いた。
少し設定を変更し、艦娘の艤装展開時はAC型艤装は展開出来ないようにしました。
主人公機はコトブキヤのプラモ『アグニ』のトースターを右にしたタイプ。使用後の反動はAMS適性が悪いリンクスと同じような感じ。
私の中では『Vulture』はV主のテーマです。Vultureは“ハゲタカ”とか“他人を食い物にする”という意味らしいです。いかにも傭兵、レイヴンらしいネーミングですね。