横須賀鎮守府。それが、俺の所属している鎮守府の名だ。
首都である東京の防衛に最も適している事から、日本で一番最初に建てられた鎮守府だ。旧海上自衛隊の基地もあったため設備も良い。『最初の鎮守府』『首都防衛の要』という重要な鎮守府で、此処に所属する軍人はどれも優秀な者が多く、所属する艦娘の練度の平均も高い精鋭揃いだ。
ちなみに、『旧』海上自衛隊と表記するのは、深海棲艦出現後に、海上自衛隊が海軍になったからだ。
艦娘は海軍所属だ。本当は海上自衛隊に配備したかったのだが、艦娘は明らかに軍艦が元であるし、今後対深海棲艦用に開発していくだろう通常兵器も防衛用の兵器と言うには無理がある。そのため急遽海上自衛隊を一時的に海軍とし、それらを所有出来るようにした。深海棲艦の脅威が去ってこれらの兵器が不要となれば、海軍を元の海上自衛隊に戻すという。諸外国からの抗議もあったようだが、深海棲艦への対応が最優先な為になんとか認められたとか。
さて、そんな鎮守府で働いているわけだが、ブラックな職場ではないから当然の事ながら休暇、つまり非番が存在する。各鎮守府よって様々だが、此処では週に二、三日程度となっている。比較的艦娘の数が多いため、非番の日数も多めだ。
そして、今日はその非番の日だ。俺には特に趣味が無いから、誰かの所へ行ってそいつの用事に付き合う事が多い。
取り敢えず......秋雲の奴を探してみるか?いや、久し振りに鎮守府の外に出てみるのも悪くないかもしれない。偶には外で昼食を食べるのもいいだろう。ついでに新しい本でも買いに行こうか。それなら誰か適当に暇そうな奴でも見つけて......
『あー、あー。不知火、至急執務室に来てくれ。繰り返す。不知火は至急執務室に来てくれ。以上』
......タイミングが悪いな。折角の非番だが仕方ない。後でそれなりの見返りは頂くとするか。
◇
執務室は、提督の仕事場だ。来客を招く事もあるが、基本的には艦娘が屯している事が多い。
鎮守府で一番偉い者の居る部屋だから、扉やその周辺には高そうな装飾が施されている。この木製の扉も比較的地味だが、かなり良い木材を使っている事が分かる。自らの地位を示すためにこういった所に金を使ったり、こういったところから相手の権力や財力を推し量ったり、それを見る目で相手の程度を判断するのは、どの世界でも変わらない。
どうでもいい話だが、あの世界の中にはACの塗装にとてつもない時間を掛ける奴らも居るらしい。中には極東のサブカルチャー、この世界で言う日本のアニメなどを塗装に施す『痛AC』とかいうのもあるとか。実用性を重視して迷彩塗装する俺には一生理解不能だし、理解したくもないが。
まぁ、それはともかく。鎮守府は艦娘にとっては家同然だ。別に客として呼ばれていないのだから、こんな風に一々扉の材質や値段なんかを気にする必要はないのだが、ノックする度につい気を使ってしまうのは傭兵の性だろう。
「不知火です」
『あぁ、入れ』
部屋から入室の許可が出た為、執務室に入る。
正面に見えるのは、これまた豪華そうな執務机。そして、そこに座る男性こそが、鎮守府の頭である提督だ。
彼の名前は工藤修二。階級は中将。年齢は30くらいと階級にしては随分と若く、海軍を纏める大将の次に偉い立場にあるのだから驚きだ。
いつも少し気だるそうにしており、感情の起伏は少ない。だが、何を考えているかは割と分かりやすかったりする。提督としては優秀であるが、普段はあまりやる気を見せない。
士官時代は首席だったそうだが、それ以外でも色々と有名だったらしく、彼と同期の提督に聞けば必ず「あぁ、あの工藤か」と言われる程だ。優秀なのは間違いないんだが、一体何をやらかしてきたのやら。
「さて、これで揃ったな」
「陽炎と黒潮も呼ばれているのですか」
右を見てみれば、ソファーに座りお茶とスナック菓子でくつろいでいる陽炎と黒潮が居た。
「......一応、執務室の筈なんですが」
「くつろいじゃいけないとは言われてないしー」
「そうやそうやー」
そういう問題じゃないだろうに。まったく、この二人は......。
自分の姉妹達に呆れていると、ふと違和感に気付いた。
「......そういえば、長門はどうしたのですか」
いつも提督の横に立っている秘書艦の『長門』の姿が見当たらないのだ。長門は長門型戦艦一番艦。この鎮守府のエースとも言える存在であり、頼りになる人物だ。確か今日は第一艦隊の出撃は無かった筈だが。
「長門か。ちょっと比叡絡みでな」
「あぁ、そうですか......」
『比叡』は金剛型戦艦の二番艦であり、優秀な高速戦艦の艦娘......なのだが、彼女は所謂メシマズと呼ばれる部類だ。彼女の場合、御召艦をしていた時期もあった事から『
最近は多少マシになったようだが、どうせ大事な姉の為にと言って張り切って無駄に色々詰め込んだのだろう。同艦種同士は仲が良いから、お裾分けと言って貰ってしまったのか、それとも断れなかったのだろうか。そういえば、最近は料理の見た目がマシになった分、危険がどうか判断しにくくなったと姉の金剛から聞いた。ようやくまともな料理を作ったと思ったら......といったところか。ご愁傷様だな。
「まぁ、それはいいとして。私達に何か御用でしょうか」
「実は、頼みたい事があるんだ。頼むというよりは命令だがな」
頼み事か。態々古参の俺達三人に頼む程だ、余程面倒な事なんだろうか。
「昨日、新たに二人の艦娘が此処に配属されたのは分かっているな?」
「ええ、陽炎型の二人ですね」
「そう。新入りの駆逐艦に、ベテランの駆逐艦。やる事は分かるな?」
「頼み事ってもしかして......」
「お察しの通りだ、陽炎。君達には、新人教育をしてもらう」
......新人教育か。俺は面倒が嫌いなんだ。あまりやりたくはないんだが、上官に「やりたくないです」と言う訳にはいかない。
「しかし、そういう事は前もって言ってもらえれば......」
「俺もついさっき思い出したんだ」
「さっきって......司令はん?」
「いやぁ、すまんすまん」
コイツの事だ、絶対にすまないとは思っていないだろうし、反省もしないだろう。
「まぁお前達の妹だし、お前達も長いことやってるし。何とかなるだろう?」
「そういう問題やないと思うんやけどなぁ......」
「それに、前もって言うと適当に理由付けて逃げられそうだしな。特に不知火」
「......教えるのは得意ではないですから」
基本的に俺は頭より体で理解するタイプだ。言葉でどうこう説明されるより、実際に経験した方が手っ取り早い。
そして何より、新人というのがあまり好きではない。真面目な奴も居るが、舐めきった奴、生意気な奴もいる。そういうのを一々叩き直すのが面倒だからだ。基本的には『死にたい奴は勝手に死ね』と考えている。信頼できる奴なら少しは気にかけるが、信頼できない奴にまで気にかける程お人好しのつもりじゃない。まぁ、相手が姉妹艦なら問題は無いと思うが。
「教えるってのもいい学習方法だぞ。お前達にもいい復習になる」
「そこまで言うなら提督がやればいいのでは?」
「あー、仕事一杯だなー忙しいなー。誰か新人教育やってくれないかなー?今なら間宮アイスの無料券が付いてくるんだがなー?」
「不知火、新人教育やるわよ!」
「今日は暇やで!何も予定ないで!うちらに任しとき!」
お前らなぁ......
間宮アイスというのは、食堂担当の間宮さんが作るアイスの事。いずれまた説明するが、それの無料券は非常に魅力的であり、時々提督がこうして艦娘を釣る為に使う事がある。たかがデザート、されどデザート。艦娘と言えど年頃の少女であり、この誘惑には勝てないのだ。
「......まぁ、いいでしょう。折角の妹達ですし、頼まれる事にします」
◇
駆逐艦寮にある教室。ここは基本的に座学を行ったり、駆逐艦のみで話し合いをする時などに使用される部屋だ。教室内には昔ながらの木製の教卓や机、椅子が並べてある。
「連れて来たぞー」
入室してきた提督の後ろから現れたのは、俺達と同じ陽炎型の十番艦と十五番艦、『時津風』と『野分』だ。
しかし、相変わらず陽炎型は姉妹が多いな。今回二人増えて......十四人になるのか。しかし、まだ発見されていない姉妹もいるのだ。これからどうなることやら。
それにしても......
「......毎回思うんですが、本当にこれが姉妹でいいんですか?」
「あー、髪色とか全然違うしなぁ」
陽炎は橙、俺はピンク(あまり好きではない)で、黒潮は黒。時津風は黒に白のメッシュで、野分は銀。黒潮と時津風が黒だから同じだとしても、姉妹が五人居て二人しか同じ色が居ないというのはどうなんだろうか。
「まるで腹違いの姉妹ですよ」
「腹違い、か。まぁ確かに、設計思想は同じだが造船所は違うからな。腹違いという表現もあながち間違いではないかもな」
まぁ艦娘の姉妹艦については、姉妹よりは親戚程度に考えておいた方がいいのだろう。親戚でもこんなにはならないと思うが。でもまぁ、最初はこんなのが姉妹かと思ったが、案外慣れるものだな。
「じゃ、後はよろしく」
提督が退室していく。少し様子を見ていくかと思ったのだが、そんな事はないらしい。奴の事だ、どうせさっさと仕事を終わらせて寝ていたいだけだろう。
「......じゃ、改めて。私は陽炎型一番艦、陽炎よ。一応陽炎型皆の姉だから、何かあったら頼ってね」
「陽炎型二番艦、不知火です。目付きが悪いのは生まれつきですから、そのつもりで」
「陽炎型三番艦、黒潮や。料理とか得意やから、今度なんか作ったるで」
教師役は一番面倒見のいい陽炎が担当する事になった。俺がやってもいいんだが、初対面の奴には目付きのせいで大抵怖がられるから、恐らく授業にならなくなるだろう。
......初対面じゃなくとも未だに怖がられる奴もいるが。羽黒とか。
そういう理由で、俺と黒潮は陽炎の補佐を行う。副担任、というやつだな。
「陽炎型十番艦、時津風だよ。えーっと、よろしくお願いします」
「陽炎型十五番艦、野分です。これからご指導よろしくお願いします」
「よろしくー。それじゃあ早速授業をするから......と、その前に。此処の鎮守府の雰囲気はどう?無理そうだったらちゃんと言ってね、無理して我慢されるのが一番困るから」
雰囲気の合う・合わないはよくある話だ。緊張感漂ういかにも軍といった真面目な鎮守府もあれば、さほどガチガチではない鎮守府もあり、緩すぎる鎮守府もある。この鎮守府は比較的緩めではあるが、分類的には標準的な鎮守府だろう。
「はい、特に問題はありません」
「十六駆の皆も居るし、大丈夫だよ」
「そう、なら安心ね。じゃ、座って座って」
陽炎は教卓に立ち、時津風と野分はその前の席に座った。俺と黒潮は教室の前の入り口付近に置いてあるパイプイスに座った。
「雰囲気は大事よね。黒潮、号令よろしく」
「はーい。起立!......気をつけ、礼!」
「お願いしまーす」
「お願いします」
「着席!」
「......おぉー、なんか学校って感じね」
俺や陽炎、黒潮は初期の頃から此処に着任している。初期の頃はこうした設備も無かった為、こういった教室で授業をするのは初めてだったりする。
「それじゃ、授業を始めるわね。まずは、艦娘とはそもそも何者なのか、というところからね」
教科書を開きながら、艦娘についての記述を補足を加えながら読み上げていく。
「艦娘とは、第二次世界大戦で活躍した艦船の記憶を持った者の事を指すわ。人類は船を女性名詞として扱うから、艦娘は女性の姿をしていると言われているわね」
ただ、船を女性として扱うのは英語圏内の事のようで、言語によっては男性名詞として扱うところもあるとか。もしかすると、男版の艦娘......艦娘......?まぁ、そういうのが居る鎮守府もあるかもしれない。
「もし男性名詞やったらどうなったんやろなぁ?」
「鎮守府が男だらけになります」
「......軍としては普通やね」
男性提督のやる気はだだ下がりになりそうだがな。
「さて、艦娘がどうやって生まれるかなんだけど......詳しい事は妖精さん曰く『企業秘密』らしいわ。大雑把に言うと、資材を元に体や艤装を構築し、そこに艦船の記憶を定着させているんだって」
「この体が資材、ですか?」
「そうね。でも、人間と同じく普通の食材で養分補給出来るし、機能もそんなに人間と変わらないのよ」
「へぇー、なんか凄いね」
艦娘については未だに不明な点も多い。そんな不明瞭な戦力に頼るべきではない、という意見も軍の中にはあるようだが、現時点では艦娘以外に深海棲艦へ対抗できるまともな手段が無い。非人道的なものに触れない程度の早急な解析が必要だろうな。
「艦娘は建造する事で生まれる他に、深海棲艦を倒す事で艦娘が出現する『ドロップ』でも生まれるわ。建造の場合、誰が生まれてくるかはランダムだけど、各資材の量を調整する事である程度艦種を絞る事が出来るの」
「はい質問!」
「どうぞ、時津風」
「どうして資材の量で艦種が絞れるの?」
「さぁ?それも企業秘密って言われて教えてくれないわよ、きっと」
......嘘か本当かは分からないが、各資材の量によって『器』が決まり、その器によって呼び寄せられる艦娘の記憶、呼び寄せやすい艦娘の記憶が決まる、というのを妖精から聞いた事がある。まぁ、分かったところで結局ランダムなのは変わりはないが。
「因みに、記憶を定着させる作業は100%確実に出来る訳ではないそうよ?」
「そうなんですか?」
「うん。妖精さんにもミスはあるらしくて、極稀に関係の無い記憶や別世界の記憶も定着させてしまう事があるんだって」
「この鎮守府には、そういう人って誰か居たりするの?」
「不知火がそうね」
「へぇー。じゃあ、『駆逐艦不知火』の記憶は無いの?」
「無い事はありませんよ。この口調や微かに残っている記憶は、確かに『不知火』のものです」
体感ではあるが、駆逐艦不知火の記憶が3割、俺の記憶が7割程だと推測している。口調や姉妹艦についての感情、海上での戦闘の記憶は不知火のものだが、それ以外は俺本来の記憶だ。
「まぁ、その辺りの話が聞きたければ後日話しましょう」
「なんというか、知れば知る程妖精って謎ですね......」
「そうね。じゃあ、次は妖精さんについて軽く説明するわね。
妖精さんは、艦娘と同時期に発見されたとされる不思議な存在よ。艦娘や艦娘の艤装の修理、艦娘の装備のサポートや艦載機の操縦も行ってくれる、艦娘には無くてはならない存在ね。一番の特徴は、壊れた物でも同じ物質を用意すれば元の状態に復元してくれる技術ね。この技術によって艦娘の艤装の修復や艦娘の入渠ドックが成り立っているのよ」
ちなみに復元する技術を逆に利用したものが解体の技術だ。艦娘を物質ごとに資源の状態に戻せる......らしい。実際に解体されるところを生で見た事はないし、態々見る気もしない。そもそも解体されるなんて稀な事だ。
......まぁ、解体はともかく。この技術があれば今までゴミとして捨てていたものから使える資源だけ取り出せるようになるため、今後の資源不足の解決策になるのではと期待されているらしい。
「質問!」
「どうぞ、時津風」
「その技術って、どうやってるの?」
「それも妖精さんの企業秘密ね」
「えー、またー?」
「妖精の技術は私達の理解を越えた領域にあってね、魔法や不思議な力としか言いようがないの。まぁ、本当に魔法なのかもしれないけど」
「そうやな、夢が広がるわぁー」
「つまり、妖精は凄いという事です」
「随分とあっさり纏めよった......」
そうとしか説明しようがないのだから仕方ない。妖精の出生も、何故人間や艦娘に協力するのかも不明だからな。
「さて、艦娘については大体理解出来たわね?じゃあ次はーーー」
こうして、新人への教育が続いた。