はちまんはおろおろしている。
「なぜここに...」
「ここね、こっそり入れるようにしたの私なんだよね。在学中に鍵細工したりしてね。」
どこのロックな猿ですか!
しかし女子だけに伝わる伝統になった理由がまさか陽乃さんに作られたものだったとは。
「他にもいろいろ残したのだけど、だいぶ消されてるね。
きっと静ちゃんだね~。」
総武高の闇が深い!!
それ以上聞きたくないな。
平塚先生、火消し役たいへんだったろうに。
夕暮れを背に、手すりにもたれ掛りながら陽乃さんは言う。
「ここね、一番好きな場所だったの…」
空を見上げて、誰に対してか分からないその発言は
無くしてしまったものを憐れんでいるようには見えなかった。
「本当はね」
陽乃さんが一歩近づく。
「依頼のお礼を雪乃ちゃんに言いに来たのだけど」
陽乃さんが一歩近づく。
「何となくこの景色をね」
陽乃さんが一歩近づく。
「一人で見たくなって来てみたら」
陽乃さんが一歩近づく。
「比企谷くんがいるんだよね~」
魔王がさらに一歩近づく。
「なんか、許せないなー」
ドンッと魔王が右手を俺の後ろの壁に押し付ける。
「私だけの場所だったのになー」
その綺麗な唇から出たとは思えないゾッとした暗い声はまだ続く。
「ずるいなー比企谷くんはー」
夕焼けを背にして、うつむいた表情は読み取れない。
「隼人に聞いてると思うけどー」
頭が痺れるような柑橘系の香りが広がる。
「私、嫌いなものは徹底的につぶすけど、好きなものは構いすぎて壊してしまうんだよね」
ドンッと左手も壁に押し付ける。
その目は先日銀幕を涙で映したものとは違い、仄暗いものだった。
「比企谷くんはどっちになるだろうね?」
そう耳元で囁かれる。
当たってーーーーるーーーーー!いろんなものが!!
近い!近い!!すげえ近い!!!
鼻の先に魔王の瞳。まつ毛長いし、肌キレイ!肌白い!シミそばかすない!!
だめだ、このままでは俺の犯罪係数が激上がりですよ!
執行対象になってしまいます!!
「いや、その、近いです、すいません、マジで勘弁して下さい」
自分の鼓動が急上昇するのを感じる。
「何で謝るの?比企谷くんは何か悪いことしたのかなー」
!!!!!!!!俺の股下に魔王の片足が差し込まれる。
どんな必殺技ですか?3連続必殺技ですか?最後は火の鳥で焼き尽くされるのですか?
「……、当たっているの…ですが…」
震える声で何とか答える俺!しっかりしろ八幡!
「あ・て・て・る・ん・だよー」
うわ~、言っちゃったよこの人。
もう焼き尽くされるしかないのか俺は…
小町…ごめん…お兄ちゃんはもうだめかも…
と
「それでね~、この間ー」
扉が開いて数人の女子が入って来て、
俺たちの姿を見て絶句する。
そらそうですよね~。
俺が魔王からダブル壁ドン!股下ドン!のトリプルコンボでドン!だからな……。
「あら~、委員長ちゃんじゃない。久しぶり~」
「えっ、あっ、はい、お久しぶりです……………失礼しました」
そのまま回れ右をして相模達は慌てて逃げ出した。
「さ~て、比企谷くんの可愛い顔も見れたことだし、帰ろうかな~」
離れる体温と香りに一瞬、何かを想う。
「ま~たね~」
と屋上を立ち去る魔王。
帰り際に、思考を刈り取られるような圧倒的な笑みを浮かべて。
俺はその場に崩れ落ちる。
奇しくも、いつかの文化祭と同じ位置、同じ形で。