特別編 七夕の夜
星々は手に届かないから美しい。だから手を伸ばそうとする。
過ぎ去った月日を思い出しながら、そんな感傷を思い出す。
梅雨が明けそうで明けない、ジメジメした日が続く中
不思議と今日だけはさっぱりとした天気になった。
日中はさすがに初夏ということもあり、
汗がシャツにしみていたが、こうして夕暮れを通り越し
日が暮れると涼しげで心地よい風が通る。
そんなある日の夜、俺はこうしてとある公園のベンチに座って
夜空を眺めていた。
遠くからは祭囃子と行き交う人々の喧噪が聞こえる。
そんな世界とは無縁のように俺はボッチの固有結界を周辺に
繰り広げていた。
そんな俺の結界に侵入者が現れる。
「ここにいたの?」
浴衣姿の彼女は優しく微笑む。
「どうした?まだ待ち合わせにはずいぶん早いが?」
「八幡なら早く来て、何となくこのあたりにいるだろうと思って」
「そ、そうか…。なら行こうか」
「うん!」
近くの神社に向かいながら、
日常の境界が曖昧になった初夏の夜を歩く。
「お願い事は何にするの?」
「そうだな。家内安全、無病息災かな?」
「……それだけ?」
「願い事はそんなもんだろう」
「ふ~ん、まあ、本来は神様には誓うものだからね」
「誓う?」
「そう、誓うの。自分の力でやり遂げるぞ、だから見守ってくださいって」
「意外に役に立たないんだな神様って」
「気まぐれなのよ。本来そういうもんじゃない?
気まぐれで、捻くれていて、小心者で、へたれで…」
「それ誰に言ってるの?」
「さあ?誰でしょう?」
「……」
沈黙が気まずくて、とりあえず発言をする。
「『ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん』だな」
「あはは!そこでそれ言うの!」
どうもツボに入ったみたいで笑いが堪えられないようだ。
「ちなみに……私は飛べるかな?」
一息ついて、笑いすぎたせいか涙目で彼女は遠慮がちに言う。
その姿がとても印象的で思わず見惚れてしまう。
「大きく叫んで飛べばいい」
今度は二人で一緒に笑う。
何が面白いかはよく分からない。
ただお互いに握り合った手の感触だけは確かだった。
神社に着いてお参りの順番を待つ。
俺たちの順番が来る直前で彼女は言う。
「願わずに、せっかくだからお互い誓おうか?」
「そうだな」
お参りをしながら俺はただ静かに誓う。
境内を出る途中にたくさんの短冊が目に留まる。
多分、神社の参拝者へのサービスだろう。
彼女はさっと受付に小走りで行き、その手に
短冊を2枚持って帰ってくる。
「はい、これ」
「特に書くことは…」
「あるでしょ?さっきの誓いを書くの」
「え?あれを?」
「うん」
いやいやそんな爽やかな笑顔で言われても。
俺の気の進まない顔を見て、彼女が意地悪そうな笑顔を浮かべる。
「もしかして~、何か私に知られたくないことかな?」
「いや、その、黙秘権を行使で」
「却下☆」
今日は、遠い星々と遠く離れた2人が再開する日。
長く語り継がれる夜空の物語の日。
そして
俺が誓いを立てた彼女のー
雪ノ下陽乃の誕生日を祝して