銀幕の中で白髪の科学者が主人公を励ましている。
タイムマシンで散々、間違った大冒険をしながら、
主人公はその冒険が終わったことを慈しみ、後悔はしていないのだろう。
子どもの頃はそんな力があればいろんな失敗を取り返せるのでは無いかと。過去の自分をやり直せるのではないかと思っていた。
俺は今の自分が嫌いでは無い。
いろんなぼっちの経験があるからこその今の俺がいる。
今は、過去に何も未練は無い。
あの部室で経験したことも、何も後悔はしていない。
しかし、未来は…。
これからのことをもし知ることができたなら、俺は……
××××
スタッフロールを見ながら、ふと我に返る。
昔の映画も悪くない。映画館で見るとなおさらだ。
あのホバーボードはいつ実現するのだろうか……。
「そろそろ出ー
隣に声を掛けようとして声が止まる。
陽乃さんは無表情でスクリーンを見つめていた。
銀幕の光が映るその瞳はとても深く澄んでいて、
その頬には涙が流れている。
そのまま見惚れていると、俺の左手が優しく握られる。
俺には分からないことだらけだ。
むしろ分からないことだらけだからこそ、
手が届かないものを理解したいと願った。
そうした関係もあると信じて。それが本物だと信じて。
しかし、知らなくても、分からなくても、
分かり合えないからこそ通じるという矛盾した関係があったなら。
それは本物では無いのかもしれない。
しかしその儚い矛盾をただ単に偽物だと言えるのだろうか?
誰が言えるだろうか?
×××
スタッフロールが静かに流れ、エンドに近づく頃になると観客は俺たちしかいなかった。
「昔ね……、一緒に見たんだよねこの映画。みんなでね」
「そうですか……。俺も小町と何回も見ましたよ」
「何だかとても懐かしい気分になっちゃった。何でだろう?比企谷くんと一緒にいるからかな?」
俺の手がさらに強く握られる。
思わず、ビクついてしまう。
臆病はちまん・・・。
「比企谷くんは本当に臆病者だね~」
「俺はチキンと言われて、カッとなったりしませんよ」
「その臆病な性格を直さないと」
「デフォルトですから直りませんし、直しませんよ」
「君は、本当に面白いね」
そう言いながら微笑んで、陽乃さんはその艶やかな唇で、さっきまで大冒険を繰り広げていた主人公達のセリフをたどる。
「君達の未来はその紙のようにまだ真っ白ってことだ。誰の未来もな」
「未来は君達自身で作るんだ。君たち二人で……でしたっけ?」
たどたどしくセリフを続ける俺。アドリブは苦手なのですが。
雪ノ下さんは静かに息を吸い込み次のセリフを放つ。
「キス……しようか比企谷くん…」
「……」
「そっ、そんなセリフなかったですよ。」
「それにこの映画ラブロマンスではありませんし」
スタッフロールが終わり、上映終了のアナウンスが流れ始める。
映画館を出るまで、無言だった。
何かを話そうにも言葉が出ない。
でもその沈黙に焦りは無く、そのままで良いと思えた。
矛盾した安心感を抱えながら、夕暮れの街中を二人で歩く。
「今日はありがとう……。またね…!」
そう言って、去っていく際に見せた笑顔は
あの部室で彼女が時折見せる笑顔と同じだった。
その攻撃今までに比べたら大したダメージでは無い。
ただ、繰り返されると、取り返しの付かないものになるような予感がした。