やはり俺の魔王攻略は間違っている。   作:harusame

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その59 俺と魔王と三度目の正直

斜陽の中で少女が本を読んでいる。

 

いつもの部室でいつもの光景。

なのに、今日初めて見たような気がした。

 

 

「わざわざ呼び出してごめんなさい」

 

「ああ。別にかまわない。大体用件は分かっているつもりだ」

 

「なら。話は早いわね」

 

「…決闘か。腕力にはあまり自信はないんだが」

 

つまらない強がりだが、何とか口から出すことができた。

 

「お望みならいつでも投げ飛ばしてあげるわよ」

 

そう言いながら、本を読むのを止め自身の髪を触る雪ノ下。

本気っぽくて怖いから止めて。マジで。

 

「いつかー」

 

「この教室で受けた、あなたからの依頼を今ここで果たそうと思うの」

 

「雪ノ下…おまえ…」

 

「だから改めて聞くわ、比企谷くん」

 

「あなたが求めているものは何?」

 

 

雪ノ下は立ちあがり、鋭い視線を俺に向けた。

氷の女王は常に健在だということを俺に思い出させる。

 

 

「俺は何も求めていない…というのは単なる詭弁にしか聞こえないか…」

 

「今更お前に隠し立てしても仕方ない」

 

「なあ雪ノ下」

 

「お前にとって雪ノ下陽乃ってどんな存在なんだ?」

 

雪ノ下は一旦、目を細めてから視線を下に逸らした。

 

「……そうね」

 

「ずっと憧れていた。そうなりたいと思っていた。そして私はそうなれないと知った」

 

「でも」

 

「それでいいとあなたが教えてくれた」

 

わずかに微笑み改めて視線を俺に向ける。

 

「ずっと私と姉さんは違う人間なんだと、遠い存在なんだと思っていた。似ているのは面影なんだと」

 

「でも私も姉さんも同じところが、姉妹と言えるところがあるということを」

 

 

「あなたは私達に気が付かせてくれたのね…」

 

雪ノ下は笑顔のままでその瞳に涙を浮かべていた。

その儚くもあり凛とした姿に改めて綺麗だと思った。

 

 

「あなたはそうやっていつも周りの人間を変えてしまうのね」

 

「前にも誰かにそう言われた。でもな雪ノ下」

 

「俺も少しは変わったのかもしれない…」

 

「……」

 

「…………………そうね」

 

 

 

「あなたは変わったわね」

 

 

 

俺だってお前に変えられたんだぜ?

そう言ってしまうのはなんだか悔しいから口にはしない。

 

俺は気がついたら後ろ髪を手でかき視線を教室の窓に向けていた。

 

「平塚先生から頼まれていた一番やっかいな依頼を私が解決した」

 

「あなたのねじ曲がって捻くれた性格の矯正を」

 

「いや、少し変わったって言っただけで…」

 

 

「だから私とあなたの勝負は私の勝ちね」

 

「へ?」

 

雪ノ下らしくない暴論に言い返そうと視線を戻す。

 

 

目に入ったのは子供を見守るような雪ノ下の柔らかい笑顔。

 

 

……反則だろ。

 

そんな顔されたら何も言えないじゃないか…。

 

 

俺は初めてこいつと会った時、変わることを否定した。

それは自分を否定する事だからと。

俺は今の自分に十分満足しているからと。

 

やはり、俺自身は簡単に変わらないのかもしれない。

肥大化した内なる化け物も簡単にはどうにもならない。

 

しかし、自分自身が周囲との関係で変わっていくものなら、

例え自覚が無くても、変化は気付かない内に訪れる。

 

ましてや、こいつから指摘されたものなら認めざるを得ない。

 

 

なんだ……。

 

俺はハメられていたのか。

 

 

 

「勝負に勝ったからあなたに命令できるのね」

 

「平塚先生が勝手に決めたことだが。仕方ねーな…」

 

「なら、今から私がする依頼を必ず果たしなさい」

 

「ああ。なんだ?」

 

 

雪ノ下はいつか世界を変えたいと言ったときのように毅然と言い放った。

 

 

 

「あなた自身を、比企谷八幡を助けなさい」

 

 

 

その眼差しは

俺が憧れていた雪ノ下雪乃そのものだった。

 

 

今までの雪ノ下との光景がよみがえる。

かつて彼女は世界を変えたいと言った。

そんなのは報われないと分かっていた。

 

けれどそれは俺がとっくに諦めた姿。

自分よりも不器用なやつが

自分よりも不器用に真摯に立ち向かっている。

 

そんな雪ノ下の姿に俺は救われたのかもしれない。

だから俺は我が身を痛めても叶えたかったのだろう。

 

彼女が叶えたかったものと

俺が求めたものが

 

どこかで繋がっていると信じていたから。

 

 

 

「その依頼……引き受けた」

 

気が付いたら口から声が出ていた。

 

 

「これであなたのもう一つの依頼もきっと…」

 

 

 

窓から訪れる風は春を告げるようにやわらかく頬をなでる。

そのくすぐったさに思わず身震いしそうだった。

しかしそれ以上に、

 

 

 

この束の間の静寂が心地好い。

 

 

 

かつて、こんな場面が二度あったことを思い出す。

 

 

一度目は初めて会った時で

 

二度目は知ってもらった時で

 

 

なら三度目はー

 

 

「なあ雪ノ下……俺と友「ごめんなさい」」

 

 

「っておい!」

 

 

期待と失望となぜか安心を感じる。

やっぱりこいつは雪ノ下雪乃だ。

 

何故か自然と頬が緩んでいた。

 

 

「あなたの要望に応えることはできないわ」

 

「……そうかよ」

 

 

 

 

「だって、あなたと私はもう友達なのだから」

 

 

 

 

今までに見たことない、

蠱惑的な笑顔で雪ノ下はそう言った。

 

 

 

……なんだお前も変わったじゃないか。

いや、元々そうだったのかもしれないな。

 

巣立った雛鳥を見守るような

当たり前だった居場所を失ったような

見上げた夕焼けに何故か目が離せないような

 

自分でも理解できない感情が胸を占める。

驚きなのか、喜びなのか、悲しみなのか、それすらも分からない。

 

しかしそれは決して不快なものではなく、

今、この瞬間が、かけがえのないものであることを教えてくれる。

 

 

頬をなでる風は相変わらず、くすぐったい。

 

 

 

お膳立てをありがとう雪ノ下。

この紅茶の香りのする暖かい部屋でお前に出逢えたことは

 

 

本当に奇跡だと思う。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

「雪ノ下陽乃が待っているわよ」

 

雪ノ下はそう言って上を指差した。

 

 

…。

 

……えっ?

 

はあぁ!?

 

ちょ、待て!マジで来てるの!?

 

おまえ!お膳立て過ぎだろ!

 

 

「早く行きなさい?それとも何か気のきいた声援が必要なのかしら?」

 

「待て待て待て」

 

改めて知る。

雪ノ下雪乃は恐ろしいやつだ。

 

「…いろいろあるだろ。心の準備とか」

 

「相変わらず小心者ね」

 

「うるせー」

 

「……」

 

「……」

 

お互いに何故か笑いそうになる。

一息置いてから雪ノ下は穏やかな顔で、

 

「いってらっしゃい」

 

「ああ」

 

俺は背を向け片手を上げて答える。

 

 

「私はもう」

 

「ーーてーーーなくてーーーだから」

 

 

雪ノ下が何かをつぶやいた気がしたが部室のドアを閉める音でかきけされた。

 

 

 

俺たちはみんな不確かだ。

自身もその関係も。

 

だからこそ求める。

 

 

 

 

 

例え間違っているとしても。

 

 

 







次回 最終話 「やはり俺の魔王攻略は間違っている。」





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