「変わらないものなんかないんだよ比企谷。それは人の気持ちも同じだ」
「だがつらいよな…逃げたあいつも初めは…。いや、こっちの話だ。ほんの昔のな」
「これは助言でも何でもない。ただ君より少し長く生きて経験したものの単なる呟きだ」
「教師としてはどうかと思うが…」
「でもその「何か」が、きっときみの求めるものだと私は思うよ」
「禅問答みたいか、確かにそうかもな」
「まあ、私も未だに分からないから、迷いながら生きているのさ。時が流れるだけで変わることも、人の心と同様なのだろうな」
「私たちは旅人なんだよ。こう言うとなんか格好いいだろう」
「なんだ、相変わらず一言多いな。まあ、そこが君のいいところなんだろうな」
「そういえば、先日陽乃と話をした。雪ノ下の家に同居することになったそうだな」
「なんだ?急に黙り込んで?」
「まあ、意外ではあったが、予定調和も面白くない。人と人の間には不確かなものしかないだろうが」
「だからこそ尊いのだろうな」
「なあ比企谷、悩むなら一度失ってみればいい。そしてまた求めればいいだろう」
「君は一人なのか?今は違うだろ?それに私もいるだろうが」
「な、なんだ!大人をからかうんじゃない!まったくお前は…」
「そういえば陽乃はどうだったろうな。いつも人に囲まれていたが」
「時々、屋上で一人でいたよ。よく話につき合わされたものだ」
「あいつは難しくて、そして面倒なやつだった」
「今思うと、きっと羨ましいんだろ」
「何がって?お前達がだよ」
「…さて、こんな時間か。そろそろ寝るとするか。ああ、おやすみ」
「しかし、比企谷から電話とは珍しいな」
××××
「「「「!!!?」」」」
材木座の発した言葉で部室によく分からない緊張感が走る。
遠くの校庭からは部活動に勤しむ者たちの掛け声、時折吹く春を告げる風が窓を揺らす。何故か遠くの音や小さな音が大きく響く。
そんな空気をあざとい声が打ち破ろうとする。
「あの~何故そう思うのですか?」
「違うのだよ!八幡が部長殿や団子頭や生徒会長を見るときとあの魔王殿を見ているときの眼差しが!!」
「おい!材木座いい加減にー」
「みなまで言うな!この裏切り者!羨ましいではないか、あんな美人とネカフェデートしたりして!残念イケメンのクセに!我もあそこまで美人でなくていいから、そこそこ可愛い子とデートしたい!」
「リア充爆ーうがぁぁ!!」
突然後ろのめりになった材木座は、
「ちょーっといいですか?」
一色に襟首を掴まれていた。
「何をする!このビッー」
「上に行きましょうか?久しぶりにキレちゃいました」
一色の目はどこかのキレてしまったサラリーマンそのものだった。
「はい、すいません」
材木座が素に戻る。
つーかいろはすこわ!声めっちゃこわ!顔がずっと笑顔なのがこわ!
材木座が半泣きで廊下に連れ出される。
御愁傷様だな……生きて帰れよ。
しかし、その…。
「……」
「……」
「……えーと」
どうすんだこの微妙な空気…。
何故か雪ノ下と由比ヶ浜は二人とも俺を見たまま固まっていた。
今さら何なんだよ…。
そもそも今日の部室はおかしな雰囲気だった。由比ヶ浜は雪ノ下ともろくに話さず考え事をしているようだった。雪ノ下も黙って読書をしており、時折俺に視線を傾ける。一色はそんな二人に気を使ってか一人で俺に話続けていた。
そんなよくありそうで、違和感のある、お互いが言いたいことを我慢しているような飽和した部室の空気。材木座の登場が変えてくれたのはありがたかったが、さらに悪くしてどうするよ…。
……。
ー私とあなたの決着をつけるー
先日の言葉を思い出す。
何か話しかけようと雪ノ下の方を見ようとすると、
一度咳払いをした後にいつもの落ち着いた声が部室の空気を正していく。
「あなたはどうなると思うのかしら?」
「この小説の結末は」
材木座の小説は途中までだった。
王国の建国祭
民衆の前で挨拶をする姫君。
姫を遠くから見上げる青年。
そんな青年を見つけた魔王。
魔王はつぶやいた。
ーあなたの求めているものは何?ー
××××
「なあ、八幡。陽乃ちゃんまた遊び来ないの?」
寝る前のマッカンと思ってリビングに入った矢先、
クソ親父の邂逅一番の言葉であった。
「無視か~、無視はつらいな~。寂しいな~」
いい中年が足をぶらぶらさせてアピールしている。
夜中に一人晩酌かよ…。ほんのわずかだが同情しそうだ。
俺がマッカンを飲んで、部屋に戻ろうとすると、
「もしかして部活が忙しいのか?えーとお前がいるのは奉仕部だっけ?」
「なんで知ってんだよ」
思わず足を止めて答えてしまう。
「前に陽乃ちゃんから聞いた。メル友だから。最近、連絡ないけどなんかあったん?」
「つーか、何で女子大生とメールしてんだ。母さんに言いつけるぞ」
「大丈夫。小町公認だから。何かお前の情報流せって」
「この家にはプライバシーは無いのかよ…」
「で?もうキスくらいしたのか?」
「ぶっとばすぞ。彼女とは…」
「なんだ?まだ何も無いのか?」
「あるも何も、住む世界が違うんだよ…」
路地裏から見た光景を思い出す。
現実では俺はしがないぼっちで彼女はー
「そういえば陽乃ちゃん建設会社の社長令嬢だってな。小町が言ってた」
「お前もしかして、そんなの気にしてんの?」
「ちげーよ。だた、なんつーかその人種が違うっていうか…」
ー身の程知らずだよねー
いつか聞いた言葉を何故か思い出す。
親父は缶ビール片手に何気なく言う。
「ふーん。まあ一応お前も社長子息なんだがな」