やはり俺の魔王攻略は間違っている。   作:harusame

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その50 俺と魔王と理解できない理屈

「姉さんそれはどういう意味なの……?」

 

雪ノ下の精彩を欠いた声が部屋に響く。

 

 

「…そのままの意味だよ。雪乃ちゃん」

 

 

「また、そうやって私をからかうのね。姉さんはいつも」

 

「どうしても分からないなら彼に聞きなさい」

 

「あなたはいつもそうしてきたでしょう?」

 

「それは!」

 

 

「今回ばかりは私も答えが出せないんだよ。そうね敢えて言うなら答えを持っていない」

 

陽乃さんは雪ノ下から一瞬俺に目線を泳がせてそう言う。

 

 

「あなたは…分かっているのね…」

 

「何だか…とても嫌な気分だわ…」

 

雪ノ下と目線が合う。

俺をただまっすぐに捉えるその視線はいつもの雪ノ下のものだった。

 

「私は雪乃ちゃんが羨ましいわ」

 

「またそうやって!子ども扱いを!」

 

「いつもかまってもらってばっかりで…」

 

「姉さん…?」

 

 

陽乃さんに詰め寄った雪ノ下が大きく目を見開いて驚きの表情を浮かべている。

それから何かを言いたげに俺に視線を向ける。

 

それは俺を見つめている陽乃さんと同じ顔だった。

 

 

奇しくも俺は同じ2つの顔から見られている。

 

 

それは俺が憧れていた

それは俺が恐れていた

 

そんな表情だった。

 

俺は何も考えられない。

その思考が、俺が俺たるその化け物も麻痺してしまっているようだ。

 

ただ目の前の出来事を知覚することしかできず、その理解が追いつかない。

 

 

「姉さん?これは何の茶番なの?彼を使って今度は何をするつもり?」

 

しびれを切らしたように雪ノ下がたたみかける。

 

「こうやって…姉さんに振り回されるのはもうこりごりなのよ。いい加減にしてくれないかしら」

 

「それに私だけじゃなくてー」

 

 

 

「私は悪くない」

 

 

「へ?」

 

雪ノ下が呆気に取られて声を出す。

 

 

「私は悪くないん…だよ」

 

 

「姉さん…?一体…?」

 

 

「全部八幡が悪いんだから…」

 

 

陽乃さんは俯きながら絞り出したようなかすかな声で言う。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

陽乃さんが何を言っているか分からない。その言葉が全く分からない。

ただその一言一言がその仕草の一つ一つが俺を麻痺させていく。

 

 

 

「……これじゃ、雪乃ちゃんのことを何も言えないね」

 

「さーて、後は若い者同士水入らずということで邪魔者は退散しようかな」

 

 

「逃げないで姉さん!」

 

部屋から出ようとする陽乃さんの手を雪ノ下が掴んで引き留める。

 

 

「離してよ雪乃ちゃん…」

 

「嫌よ」

 

「いつも、いつも雪乃ちゃんばかり…」

 

「私はもうー」

 

乾いた音が冷え切った部屋に響く。

その音が何のか俺には直ぐに分からなかった。

陽乃さんも呆然としている。

 

 

「しっかりしてよ姉さん!らしくないわよ!」

 

 

姉の頬を平手打ちした雪ノ下が声を荒げる。

 

 

「あなたは、私の…雪ノ下雪乃の姉」

 

「あの雪ノ下陽乃なのでしょう!」

 

「雪乃ちゃん…」

 

一回大きな息をして目閉じ落ち着きを取り戻してから雪ノ下は言う。

 

 

「ごめんなさい……比企谷くん」

 

「席を外してくれないかしら?後は…私達姉妹だけで話すから」

 

 

俺に向き合う雪ノ下は俺がよく知っている雪ノ下だった。

その凛とした声に金縛りにあっていた俺の思考は動き出す。

それと同時に何もできない木偶人形のような自分に対して猛烈な羞恥心を感じる。

 

「あ、ああ。分かった…」

 

だた、この場から逃げ出したいと思う自分が居ることも確かだった。

だがそれ以上にー

 

 

 

 

俺が部屋を出ようとする間、陽乃さんはずっと俯いたままだった。

 

 

 

 

××××

 

 

 

 

「ヒッキー!」

 

秘密の部屋のある学生棟を出たところでよく知る声を聴く。クリーム色の丈の短いダウンコートにミニスカートとブーツ姿。一見大学生にも見える恰好をした由比ヶ浜だった。

 

「由比ヶ浜、お前どうしてここに?」

 

「ゆきのんがお姉さんに呼ばれてたから…心配で一緒に来たんだ」

 

何故か慌てて目の前で手を振る由比ヶ浜。

そして一呼吸置いてから胸に手を当てて何かを決したかのように言う。

 

「……やっぱりヒッキーも陽乃さんに呼ばれてたの?」

 

「……ああ」

 

なぜかすぐに返事ができなかった。

別に隠し立てするつもりなんて何もない。

 

しかし、そのなんだ…お前はそう俺のことをまっすぐな目で見るんだよ。なんか気後れするじゃないか…。

 

「そうなんだ…」

 

伏し目がちに由比ヶ浜は言う。

 

「ゆきのんは?」

 

「陽乃さんと二人で話すって…」

 

「ゆきのんがそう言ったの?」

 

「ああ」

 

目を見開いた由比ヶ浜はそのまま少し考える素振りを見せる。

 

 

 

「ねえ、ヒッキー少し話せないかな?」

 

 

 

 

 

××××

 

 

 

 

そのままキャンパス内の適当なベンチを陣取る。俺はマッカンを買い由比ヶ浜にはホットの紅茶を渡す。

 

「ありがとう。お金払うよ」

 

「別にいい」

 

「だめだよヒッキー。はい」

 

そう言って俺の手にジュース代を渡してくる。しかし普段と違ってこういうところは本当にきっちりしてんな。まあ金銭感覚がしっかりしている奴は嫌いでは無い。

 

 

そのままお互いにジュースを飲みながらしばし沈黙する。

夕暮れのキャンパス内には行き交う人も少なくなり、以前来た時の賑わいが嘘のように見える。

 

「あたしね…ゆきのんを守らないとってずっと思ってた…」

 

由比ヶ浜は前を見据えたまま唐突に話し出す。

 

「陽乃さんゆきのんを試すようなことをずっと言ってたから。なぜそんなことを言うのか分からなかったけど、動揺するゆきのんを見て、あたしが味方にならないとってそう思ってた」

 

「由比ヶ浜…」

 

「陽乃さんは私なんかよりずっと頭もいいし、なんかいろんなことが分かっているんだろうから何か意味があるのかなって思ったけど…、それ以上にお姉さんなのに、一番近いのになんでそんな厳しいこと言うのかなって」

 

「でもさ…ゆきのんに話すときの陽乃さん、私よりゆきのんのこと分かってるんだなって思う時があるんだよね。言うことはきついことなんだけど、よく知っているから言えることというか…」

 

「よく分からないだけど…きっと陽乃さんもゆきのんのこと大好きなんだろうって、ただ素直にそう言えないのかなって。もしそうならなんか悲しいなって思っちゃってさ…」

 

そのまま由比ヶ浜は膝の上で握りこんでいた拳を見つめながら黙り込んでしまう。

 

こいつは本当に雪ノ下のことが好きなんだな。

そうやって他人を心底心配できる由比ヶ浜を俺はとても眩しく思う。

 

本来なら身内の事、姉妹の事に俺らは立ち入るべきでは無い。

しかし俺は彼女達に立ち入りすぎたのかもしれない。

 

目の前を手をつないだカップルらしき男女が通りすぎる。

それはとても自然で、このキャンパスに溶け込んでいた。以前の俺ならリア充爆発しろ!と思うのだが今のその姿によく分からない気持ちになる。

 

「あたしもいつかあんなふうに彼氏ができるのかなって思ってた」

 

由比ヶ浜も見ていたようでその光景を遠い目で眺めながら言う。

 

「でも他のみんなが付き合ったりしたり、あたしも告白されたりした時でも」

 

「なんかあたしとは関係ない遠い出来事かなって」

 

「由比ヶ浜…お前…」

 

「……あー!えっと!」

 

「その…告白されただけで付き合ってないよ!よく知らない人だったしすぐ断ったし!」

 

由比ヶ浜は目の前で手を振りながら慌ててそう言う。

 

「そ、そうかモテるんだな…」

 

まあこいつならそういうのは多少あるだろう。なんせトップカーストの住人だしな。むしろ無い方がおかしい。

 

 

「……」

 

 

「ところでさあ」

 

「ヒッキーは陽乃さんのことどう思ってるの?」

 

 

今までの弱々しい声ではなくはっきりとした声で由比ヶ浜が尋ねる。

 

「お前…何を?」

 

「答えて?」

 

「……雪ノ下の姉だと思っている。一応同じ部活生で「誤魔化さないで!」」

 

由比ヶ浜の訴えかけるような声が俺の思考を揺さぶる。

 

 

「それ、違うよね?」

 

 

その目はまっすぐに俺を捕らえていた。いつもの由比ヶ浜と違う迫力を感じる。

 

「……」

 

そうして何も答えることができず俺が沈黙していたら

 

「この間ね…」

 

由比ヶ浜はそのまっすぐな目のまま語り出す。

 

 

「朝仕事に行こうとするパパの肩に糸クズがついてたんだよ。アタシはパパに声をかけて取ろうかなと思ったら、ママが何も言わずパパに気付かれないようにそれを取ったんだよ」

 

「なんかそれがとても当たり前のような感じでさあ…」

 

「いいなって思ったんだ。通じ合ってるって気がして」

 

母さんも親父に似たようなことをしていたような気がする。夫婦ってそういうものなのだろうか。

 

しかし由比ヶ浜が何故そんな話をしたのかその意味を図りかねる。

 

 

「それでね、先週、部活の時にヒッキーの肩に糸クズが着いていたんだよ」

 

「アタシはどうしようかなと思ったんだ。声かけるべきか、黙って取ってあげるべきか…」

 

「そしたら陽乃さんがやって来てね、席に座る時にを迷わずそれを取ったんだよ。ヒッキーは気付いてなかったけど」

 

「その姿がねウチのママがパパにしてたときに似てたんだ。とても優しそうな顔で…」

 

 

 

 

 

「陽乃さんは迷わず…とても自然に…そうしたんだよ…」

 

 

 

 

 

 


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