やはり俺の魔王攻略は間違っている。   作:harusame

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その49 俺と魔王と共同条理の原理の嘘

俺は古ぼけたノートに釘付けとなっていた。

最後まで読み終えて表紙を見直すと下の方にこう記されていた。

 

「 19××年○月   部長 比企谷 」

 

その苗字の字体は見覚えがあるものだった。

 

「これは…」

 

「ここは以前旅行部の部室だったんだよ」

 

 

そういえば昔何かの部の部長をしていたとか。以前キャンプ道具をボーナスでこっそり買い込んで母さんから死ぬほど怒られていた時にそんなことを言っていた。

 

「この部屋にいろんな旅行先の日誌があってね。旅行に行くときの参考にもなったし私にはぴったりの部屋なんだよ」

 

「そうしてたら棚の一番奥に隠してあったその日誌を見つけたんだ」

 

「八幡は……どう思う?」

 

 

正直困惑していた。

身内のあれやこれを見てしまう何とも言えない気恥ずかしさに襲われるが、それよりも陽乃さんの意図が分からなかった。

 

 

女帝に仕えた奴隷の話。

 

 

「まあその…たいした話だと思います」

 

 

女帝を倒した奴隷の話。

 

 

「とても…素敵だね…」

 

陽乃さんはそのノートの表紙を見つめながら何かを確かめるように呟く。

 

 

 

「このノートの人はどうなったと思う?」

 

 

「……ずっと奴隷を続けているんじゃないでしょうか。その内女帝の娘にも仕えているかもしれません」

 

確か母さんとは大学で知り合ったと言っていた。

 

 

最近似たような話があったかもしれない。

 

村人が魔王と遭遇する話

 

村人が魔王と旅をする話

 

村人が魔王をーーーーー

 

 

 

「きっと幸せなんだろうね…」

 

 

窓際で夕暮れを背にした陽乃さんの表情は伺えない。

日が暮れる分だけ部屋に差す何かが重くなる。気が付いたら部屋の中の紅茶の香りと暖かさが消えていた。

 

 

「……」

 

何かを話すべきなんだがその何かが思い付かない。

考えなくても言葉が出てくるようなこともない。

出るのは冷や汗と焦りのみ。

 

 

「ねえ、八幡…?」

 

「な、なんでしょうか…?」

 

 

 

「この間の答え合わせ……しようか?」

 

 

 

俺の隣に座りながら陽乃さんは言う。

柑橘系の香りが強くなる。

 

 

 

 

「答えは…もう出たんじゃないですか…?」

 

分かっていた事だ。

俺が目を背けていたことだ。

いずれこういうことになるんじゃないかと薄々気が付いていた。

 

 

 

「この間はお互いの質問が分かっただけ」

 

「肝心の…その質問の答え合わせが…終わってないんだよ…」

 

 

 

陽乃さんは一呼吸置いてから静かに言う。

 

 

ー雪ノ下陽乃は比企谷八幡を求めているのかー

 

 

「私の回答は『イエス』だよ」

 

 

 

俺は俯いたままだ。

名もなき毒がまた体の底から湧いてくるのを感じる。

もう先日のような失態は犯さない。

いつの間にか握りしめた拳に力が入る。

 

 

「次は八幡の番だよ」

 

 

ー雪ノ下陽乃は比企谷八幡が憧れた雪ノ下雪乃の代わりなのか?-

 

 

「……」

 

俺は雪ノ下雪乃に憧れていた。

それは事実であり自分自身でも認めていることだ。

 

ただそれは「憧れていた」なのか

もしそれが「憧れている」ならば

 

俺は何と答えるべきなのだろうか?

 

 

ーこの世界ごと変えてみせるー

そう凛々しく言い切った彼女に対する羨望は何だったのだろうか?

あの紅茶の香りのする部屋に俺は何を求めていたのだろうか?

 

 

そしてそんな彼女を通して出会ったもう一人の彼女は俺をいつも不安にさせた。

 

ー人と人との間にあるのは不確かなものだけだよー

 

俺はそんな不安定な不確かなものを恐れていた。

しかし彼女はそれを真正面から俺に突き付けてきた。

 

俺が求めていたものは…

俺が欲した手の届かないあの葡萄は…

 

 

 

もしかしたら…

 

 

 

 

「本物なんてあるのかな?」

 

 

 

この部屋に来て初めてその顔をまともに見た気がする。

いつの間にか俺たちは立ち上がって向かい合うようになっていた。

 

 

「一瞬なんだよ」

 

「一瞬?」

 

「そうだよ。人はその刹那の間でしか『確かなもの』を得ることができないんじゃないかな?」

 

「それはあまりにも…」

 

「そうかもね」

 

「例え手に受け止めることもできないわずかなものでも『得た』という実感が1回でもあったら」

 

「人はそれを糧にしていけるんじゃないかな?」

 

それはかつて俺が否定したものだ。

手を伸ばすことをあきらめうわべだけの現状にすがる。

俺が最も嫌っていたものだったはずだ。

 

手が届かなくても伸ばし続けたい。

それを諦めることができなかったからだ。

 

 

「……」

 

しかし俺は立ちすくんでいる。

今さらながら知ってしまったからだ。

それはもはや…。

 

 

「違うよ、確かにあるんだよ」

 

彼女は涙を流しながら優しく微笑みかける。

今までで一番美しい笑顔で。

 

 

「八幡と私の間にはちゃんとあったんだよ」

 

 

でもそれを確かめる術がない。

俺にはそれが分からない。

だからー

 

 

その不確かなものを

俺たちが手に届くと信じたものを

俺たちが望んだものだと

 

 

叫ぶことしかできないんだろう。

 

 

言葉はいつも間違う。

言葉を出す勇気がない

俺は勇者ではないから

ならできることはー

 

 

俺は一歩前に出て彼女の手をー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん…これは一体…?」

 

 

 

自分の五感が一瞬で正常になる。

部屋の入口に俺のよく知るもう一人の彼女が

雪ノ下雪乃が驚いた顔で立っていた。

ロングスカートに白のセーターと陽乃さんとよく似た服装で。

 

 

「比企谷くんも…何をしているの?」

 

 

やや困惑気味に彼女は言う。

飽和していたこの部屋の空気が変わったような気がする。

 

 

「お、お前こそどうしてここに?」

 

 

「私は姉さんに呼ばれて…」

 

 

雪ノ下は部屋の中に入らずそのまま陽乃さんを見つめながら言う。

 

 

 

「雪乃ちゃんありがとう。待ってたよ」

 

 

 

 

 

陽乃さんは雪ノ下と俺の顔を見てから一旦俯き

それから何かを悟ったかのように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり私達は姉妹なんだね…」

 

 

 

 

 

 


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