川崎の一言で空気が割れる音がする。
パキって聞こえたって!宮本武蔵もびっくりだよ!
誰も続きの言葉を発っすることができない教室の中で柑橘系の香りが強くなる。
「ふ~ん、君は八幡の何のかな?クラスメイト?」
「あんたこそ、卒業生なのになんで制服着てるの?なんでそこにいんの?」
多分みんなが同じことを思った瞬間だった。
通じ合えない人間もたまには通じ合える瞬間がある。
これが人類の可能性…ニュータイプへの革新…。
「それにあんたらも、なんで黙ってんの?」
川崎が奉仕部+αのメンツを見回す。
一色は素知らぬ顔をしており
由比ヶ浜はあははと苦笑を浮かべて
雪ノ下は眉間に手を当てている。
ちなみに俺は逃げ出したいのだが、立ち上がろうとすると何故か重心をずらされて立ち上がれない。渋川先生…合気道ってこんなこともできるんですね…。
陽乃さんは机の上で両肘を立てて手を組んでいる。
他者を圧倒する笑顔で川崎を見据えながら。
ちなみに陽乃さんは今日部室に来てからずっとこんな感じだ。
俺のすぐ隣に座り、雪ノ下の入れたお茶を飲みながらただ笑顔で俺の顔を見つめているだけ。
雪ノ下が話しかけても気のない返事しかせず、
由比ヶ浜の空気の読んだ会話もあえて読まず、
一色のあざとい俺へのからみもただ笑顔で見つめ続ける。
段々と会話が少なくなり、誰も陽乃さんに話しかけなくなった。
いや違う、話しかけられなくなったのだ。
俺が存在が薄いために周りから認識されないのに対して
圧倒的な存在感が故に他者からの認識を寄せ付けない。
それは孤高のぼっちである比企谷八幡の対極の存在と言えるだろう。
「はいはい~サキサキもそこまで~。喧嘩しに来た訳ではないでしょ?」
海老名さんが助け舟を出す。正直助かる。
「わ、わかったけど…」
「なんなら私が代わりに言おうか?」
「じ、自分で言うから!」
川崎が顔を赤くしながら言う。その姿を海老名さんは楽しそうに見ている。
何気にこの二人仲いいんだな…。
ぼんやりと二人を見ていると、鼻腔をくすぐる香りが強くなる。
「あのさ…、この間あんた見てたでしょ」
川崎をスカートの裾を掴みながら俺に話しかける。
「あっ、えっ?何をだ?」
何これ?俺の知らない間に、俺への学級裁判が始まるの?
過去のトラウマが蘇る。
思い出す学級委員長の声がのぶ代になるのは何故なんだろう
「わ、わたしが…その…告られてたのを…」
「「「!!!」」」
「それって、もしかしてメールの…」
「ヒッキーまさか覗いてたんじゃ…」
「……」
パタンと本を閉じる音が響く。
おいおい黙って本を閉じたヤツが一番怖いぞ!
「いや、まて、あれはたまたま通りかかっただけで別に」
なんかマズイながれだなこれ。
不思議なポケットを持たない白と黒のクマが脳裏に浮かぶ。
待て、落ち着け、おれは無罪だ。
でも冤罪ってこうして作られるんだろうな…。
それでも
それでも俺はやってない…。
「それで?続きは?」
その一声で空気変わる。
他の意見を許さぬ正に鶴の一声に、何かの裁判が始まりそうな部室の空気が正常に戻される。
「あ、うん…。そんでそのあとそいつが勘違いしてて。あんたがあそこに居たからだと思うんだけど。そんであんたに突っかかると困るだろうから、こうして言っておこうと思って…」
「…へ?」
つまりどういうことだってばよ?
全く意味が分からん。俺が居たことが問題なのだろうか。
それなら謝るしかないが。
ぼっちはその存在で人に迷惑をかけてはならない。
「すまない、川崎。なんか迷惑をかけたようで。謝らしてもらっていいか?」
何なら土下座するまでである。
それで済むなら安いものだ。
「いや、あんた何言ってんの?むしろ謝るのはこっちの方で。あんたが心配というか…」
「心配?俺が?なんでだ?」
「いや、その…」
「サキサキちゃんが振った男子が、八幡に逆恨みしてるかもって話でしょ?サキサキちゃんが八幡を好きだから自分が振られたと思って」
「な!!」
川崎が突然立ち上がって陽乃さんに歩み寄ろうとするが
「まあ、平たく言えばそうなんですよ」
と海老名さんがそれを止めて、陽乃さんに向かって言う。
強化外骨格とは違う意味での作られた笑顔を浮かべながら。
「平たくって、別にあんたのこと好きとか、そんなんじゃないから!」
「ただ…その後そいつがなんか、あんたのこと悪く言ってんのを聞いたから」
何となく気まずい空気が流れる。
一色はなぜかジト目で俺を睨んでおり、
由比ヶ浜は川崎に話しかけて、
雪ノ下は
「それで私達にどうして欲しいのかしら?」
やや突き放したような冷静な口調で問いかける。
「そ、それは…」
由比ヶ浜に宥められていた川崎が言い淀みながら、
「こいつを、比企谷を守って欲しいんだ…」