その絵本の中で
いつも眠たそうにしている一匹のネズミが旅をしていた。
時にはお化けに
時には禿げ鷲に
時には泥棒に遭遇しながらも
自分の身を嘆くことも
弱音を吐くことも無く
淡々と旅を続ける。
ただ自分が求めているものに向かって
××××
「ぎゃゃーーーーー!!!」
リビングで主人公がブリタニアの王子に似ている学園アニメを見ていると小町の絶叫が響き渡った。
「お、おおお兄ちゃん、あれが!あれが!」
「どうした?小町、とりあえず落ち付け。多分まだ慌てる時間では無い」
「かーくんがあれを、あれして、あれが!あわわ!」
代名詞って難しいな…。名詞が出ないのは文字化(MJBK)の影響か?なら救世主呼ばないと。
「と、とりあえず何とかしてぇ!廊下!」
小町に廊下に突き出されると、我が家の猫様であるかーくんが廊下の隅で何かと遊んでいた。ちょこまか動くそいつにテンションマックスのかーくんである。
あれか……。
読売でも、ガキ大将でも無く、直近作がいろいろ訳分からなすぎてシリーズ最低の駄作とか言われているが、個人的にはパーフェクトパック搭載はかっこいい!と思っているロボットアニメでも無い、
「G」か
いつか火星から攻めて来るやつね。
とりあえず片づけてリビングに戻ると小町がバ○サンを持ってブツブツ呟いている。
「根絶やしに、あいつらを根絶やしに…。ふふふ…」
今にもミサイルを我が家に撃ち込もうとするゴーストスイーパーみたいな顔だ。
「お兄ちゃん、今すぐ出掛けて!小町は闘うから!悲しいけどこれ戦争なんだよ!!」
「えー、今日はアニメ見たいのだが」
最近いろいろあって、ちっとも今期のアニメ視聴が消化できていない。労働の対価としてアニメを見てダラダラする休日を主張したい。それにあのアニメの秘伝のピザソースが何なのか気になって仕方無いからな。
小町がさっとスマホを取り出し電話をかける。
気のせいか目のハイライトが薄くなったような?
「もしもし~陽乃さんですか~?突然で申し訳無いのですが」
「ゴミ、いえ、兄をどこかに連れ出してくれませんか?」
×××××
そのどこかは戦地では無く図書館だった。
まあ戦争している図書館もある訳だが。
しかし休日に千葉まで出ることになるとは…。
ーそれなら私は中央図書館にいるから来てくれないかなー
魔王がそう言うなら仕方ない。
村人は逆らえないのだ。
まあ、ぼっちの俺は読書が趣味であって、
図書館は別に嫌いでは無い。
ガラス張りの屋根が見下ろす中央のエントランスを抜けて図書館に入ると、シンとした空気になる。
俺はこの空気が割と好きだ。
人の知識が凝縮された空間で、
ぼっちの俺でも何かが満たされるようなような気さえする。
もっと知識を
歩む道を間違えないための知識を、
先人たちの間違いから生まれたそれを
愚者たる己が安心を得られる唯一の方法だから。
図書館の中で遠目からでも陽乃さんはすぐに分かった。
やはり目立つ人だ。
ロングスカートにセーターと大人しめの恰好だが
何故か眼鏡をして本棚の前で難しそうな本を物色している。
知識が集う場所に相応しい恰好でありながらとても目立っている。
人と話すのが苦手な古書店の店主のような雰囲気さえある。
そのまま少しの間見惚れていた。
そうしていると陽乃さんが俺に気が付いたようだ。
「八幡、来てくれたんだ」
「いや、呼んだのはあなたでしょう?」
「私に会いたかった?」
「……俺も丁度探したい本があったので…」
「ふ~ん」
陽乃さんは何故か満足そうな顔をしている。
「しかし、ここまで本探しに来てるんですか?」
「ここは蔵書が多いからね~。大学の図書館だけではね」
「それに、大学の図書館だとゆっくりできないから」
「どうしてですか?」
「八幡なら分かるでしょ?あの部屋に来たことあるから」
「そ、そういうことですか…。いろんな意味でたいへんですね…」
「そうだよ~。だからこうして伊達眼鏡で変装して別の図書館まで来てるんだよ~」
そ、それ変装のつもりだったのですか?
全く隠せて無いですよ!!
「何~。私の眼鏡、変だったの?」
どうやら、思わず笑ってしまっていたらしい。
「いえ…そのいつもと違う雰囲気ですが、いいと…思います」
綺麗な眼鏡お姉さんが嫌いな男子はこの世にいません。多分。
「君もけっこうあざといね~」
何故か顔を背けながら陽乃さんが言う。
××××
陽乃さんは工学系の難しそうな本でレポートの準備をしているようだ。強化外骨格の笑顔でも無く、静かな眼差しで本と向き合っている。
凛としたその姿に、素直に綺麗だと思う。
周りの野郎がチラチラ陽乃さんを見ているし本当に何やっても目立つ人だ。
陽乃さんの向かいに座り、手持ち無沙汰な俺は適当に本を読んでいた。最近の図書館ってライトノベルも充実しているんだよな。まあライトノベルは買う主義なので、適当に見繕った本を読む。
当然図書館なので、会話も無く静かで心地よい時間が過ぎる。
「……」
「……」
手に取った本をぱらぱらと読み飛ばす。
簡単に言うと究極のぼっちを描いた話のようだ。
俺も段ボールを上半身に被ったらそうなれるのだろうか?
でもそれってある意味かなり自己主張が激しいと思う。
八幡は自己主張の少ないぼっちを目指しているだが。
そうしてしばらくすると、
「う~ん」
伸びをする陽乃さんの豊かさに目がいってしまう。
仕方ない、俺は悪くない。
これが世界の選択なのだから。
「ところで八幡?」
「ひゃ、ひゃい!」
「どうしたの?慌てて?」
「いえ、なんでも」
「ふ~ん、私の胸に興味あるなら言ってくれれば良いのに」
何気ない日常会話のようにあっさり言ってくる陽乃さん。
「え?イヤ、ナンノコトデスカ…」
「前もそうだったけど、男子のそういう目線って女子は気づいているからね☆」
そんな明るい笑顔で言わないで下さい…。
いたたまれなくなる俺ガイル。
「………堪忍してつかんさい……」
コートを取られたメンタルモデルのように情けない声で俺は言う。
「あはは、顔真っ赤だね!!仕方ないから私の言うこと聞いたら許してあげる!」
「ナンナリト…」
だめだ…、やはり魔王には適わない。
「本を一つ、お互いに紹介しようか?」
××××
「自分のお気に入りで相手に読ませたい本を紹介すること。私を満足させる本をお願いね~」
「満足するもので無ければ?」
「雪乃ちゃんに八幡が私の胸だけで無く、ガハマちゃんの胸もよく見ていることを教えちゃうね!」
「……」
「ガハマちゃん無防備だからね~」
「頑張ります」
「私はもう持ってるから、10分以内に図書館内で探してね!よ~いドン!」
こうして、図書館内をぶらつくこととなる。
しかし、人に本を薦めると言うのはとても難しい。
中学時代のクラスメイトに本を薦めたら、「あいつオタクだよキモイよね」って言われて、その夜枕を濡らしたことを思い出す。ジャ○ーズの○田君が主演で映画化もしていたから一般向けのはずなのに!
自分が面白いと思う本は他人にとっては興味が無い。
過去の自分を戒めた教訓だ。
しかも相手は雪ノ下陽乃。
これが由比ヶ浜とか自分より読書しない相手だったら適当に著名な文学を薦めればいいのだが、俺よりも読書の量や質が上である陽乃さん相手となると…。
丁度読んでいた文学作品がそこそこ面白かったのでこれにしようかと思ったが、「その作者は全部読んでるから他にしてね~。それに八幡が私に読んで欲しい本だよ?」と言われる始末。
ぱっと己の自意識を極限まで嘆いたあの文学作品が思い浮かぶ。
まあ、ライトノベルよりははるかに見栄えはいいだろう。
まあ、若干意識高い系に見えはしないが、この主人公に共感を覚えなくは無いし、人に薦めて笑われるものでは無いはずだろう。
とにかく早く陽乃さんのところに戻ろう。
…。
……。
しかし、それでいいのだろうか?
今更、村人である俺が適当に武装したところで何になるのだろう?
魔王の意図は分からないし、そもそも分かる必要があるのだろうか?
不確かさをそのまま肯定したら
導き出される解は存在しないのかもしれない。
それならばー
ー八幡が私に読んで欲しい本ー
俺が陽乃さんに知って欲しいことは、
肥大した自意識やそれに対する嘆きなのか?
共有を求める夜空の星々のような遠い理想なのだろうか?
優れた彼女なら俺の求めるものを分かってくれるかもしれない。
しかしそれは単なる甘えでは無いのだろうか?
もっと
もっと簡単なことではー
××××
「……」
「……」
俺の出した本を見て陽乃さんは絶句している。
八幡はミスりました。
死亡ルートまっしぐらです。
自分でもなぜこの本にしたのか分からない。
考えすぎて制限時間ギリギリとなったとき、たまたまこの本が目に留まった。
俺が昔よく読んだ本。
小町ともよく読んだ本。
眠たいネズミが旅をする「絵本」
それを魔王に差し出した本である。
俺の黒歴史が更新されてしまう。
そうか、こうして人類は過ちを繰り返すのか…。
そんな現実逃避をしていると、
「ずるいね…」
そう言う陽乃さんは何故か俯いたまま。
「ずるいね八幡は…」
その声は消え入りそうで、
何かをねだる様な。
陽乃さんは俺にカバンから取り出した本を差し出す。
俺と全く同じその絵本を、
眠いネズミが旅をする話を。
「これは…?まさか同じ?」
「私が好きな本。小さい頃に何度も読んだんだよ」
「お母さんにも読んでもらって」
「それから雪乃ちゃんにも何度も読んであげた」
取り出された本は、何度も読まれたようで節々が少し破れていた。
「君を初めて見た時思ったんだよね」
「このネズミに似ているって」
いつもの俺なら「俺は確かに特徴的な目をしていますからね」と軽口を返してしまうところなのだが、さっきから言葉を返すことができない。
「本当に、君は何でも知っているね…」
さっきから、いつもと違う弱々しい声で言う陽乃さんは
「いやー、お姉さんは参ったよー」
見惚れてしまう笑顔と共に
「偶然だとは分かっているよ。でもね、そのすごい偶然が八幡となんだよ」
「やっぱり私もこういうのには弱いのかな…」
一筋の涙を流していた。
「私はこのネズミみたいに旅がしたかったのかもしれない」
「でも」
「どれだけ旅をしても自分からは逃げられないんだよ」