やはり俺の魔王攻略は間違っている。   作:harusame

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その33 俺と魔王と秘密の部屋

 

パーソナルスペース。

 

自分だけの領域、空間を差すがそれは物理的な距離に留まらず、時間や心理的なものも絡んでくる。

 

俺はぼっちであるため、常にパーソナルスペースを確保している。むしろ固有結界と言っても過言では無い。

 

誰だって自分だけの時間と場所が必要だろう。

 

しかし、もう一人の彼女は一人暮らしでそのスぺースを確保したが、

彼女はどうしているのだろう?

 

さらに恐ろしい身内がいる家と

 

強化外骨格を纏う日常以外で

 

彼女の心休まる場所が果たしてー

 

 

 

××××

 

 

 

 

「とりあえず、みなさん集合して下さい~」

 

一色が皆の前で言う。あいつも大分生徒会長というか集団を仕切るのが上手くなってきたな。雛鳥が巣立つのを見守る気分とはこんなものだろうか…。

 

俺たちは講義室等がある建物の一階に入り、自動販売機等がある喫茶スペースのような場所に通された。どうやらオサレ的にはラウンジというらしい。

 

「では、総武高のOGでこの大学在籍の雪ノ下先輩より説明があります~」

 

おいおい、説明は丸投げかよ!俺の感動を返せ!!

 

「御紹介に預かったOGの雪ノ下陽乃で~す。みなさん今日一日よろしくね!」

 

人前に出ると、陽乃さんのその凄さが改めて分かる。

まあいつもの強化外骨格は纏っていますが、その凛とした佇まいにみんな圧倒されている。対抗できるのは我らが氷の女王ぐらいだろう。

 

陽乃さんが一通り説明すると後は各々で見学に行くことになる。

まあ、当然ある程度のグループで行く訳だが。

 

「一色は葉山のグループでなくていいのか?」

 

「う~ん、まことに遺憾ですが、先輩の監視という仕事があるので」

 

遺憾な理由が俺で申し訳ないですね。

 

「それに…、今はあそこに行っても仕方ないのかもしれませんね…」

 

一色が葉山達を見ながら消え入るような声で言う。

 

「とりあえず行くか」

 

「はい!ちゃんと仕事して下さいよ!」

 

「嫌だ、働きたくない」

 

「ヒッキーそう言いながらも」

 

「結局、いつも働いているでしょう?」

 

由比ヶ浜と雪ノ下からも言われる。頭をかきながら、3人の後ろをついて行くことにする。

 

「じゃあ一緒に行くよ~」

 

陽乃さんが隣に立つ。思わず後ずさりしようとするが、

 

「はるさん先輩~私達の先導お願いしま~す」

 

と一色が間に立つ。

 

「そうだね。じゃあ、他の生徒が回っている主要なサークルを巡回するね~」

 

一瞬二人の間に火花が走ったような気がしたが気のせいだろうか?

 

「ゆきのん!私たちも行こう!」

 

「そ、そうね…」

 

こうして俺たちはリア充の巣窟へ踏み入れることとなる。

 

こんな装備で大丈夫だろうか?

 

 

 

××××

 

 

 

スポーツ系、文系、音楽系、学術系、就職研究会系、様々なサークルの活動を見学する。

 

途中、陽乃さんは他のグループのちょっとしたトラブル解決のため別行動となった。「すぐ片付けてくるから~」と笑っていたが。

 

 

由比ヶ浜は見るもの全てに新鮮に驚き、雪ノ下は冷静に分析している。一色はサークルの人間関係観察にご執心だった。

 

みなさん気さくで、高校生の俺たちを歓迎してくれ快く活動を説明してくれる。押しつげがましく無く、後ろ向きも感じない、とても余裕を感じる。

 

『今を全力で楽しんでいる』

 

以前ならリア充爆発しろ!と思うのだが、

 

いずれ失うものを無垢に楽しむことができる彼らに眩しさを覚えてしまう。俺はいつからこんなに卑屈になったのだろうか?

 

…元からか。

 

 

「いろいろあるね~、なんか楽しそうだね」

 

「ええそうね。パンさん研究会にはとても興味惹かれたわ」

 

「私は料理研究会かな~、もっと作れるようになりたいし!」

 

「由比ヶ浜さんなら試食係でレギュラー取れるわよ」

 

「それ作ってないから!というかレギュラーって何!?」

 

「さっき見たサークルの部長さん、副会長と1年生と多分2股してますね!」

 

きっと俺は舞台の後ろからしか眺めることができない。

それでいいと思っていたが…。

 

 

「わりい、トイレ行ってくる」

 

 

「ヒッキー先行ってるよ~」

 

「先輩、ちゃんと追いついて下さいね!」

 

 

トイレに行って、すぐに追いつこうと思ったが、自動販売機を見つけたのでマッカンで一服する。

 

「この一杯のために生きてるんだな…」

 

思わず、口からこぼれ落ちる。マッカン素晴らしいよ。

 

と、

 

 

いきなり視界が真っ暗になる。

 

「だ~れ~だ~?」

 

 

そう言って俺の目を塞いでいる誰か。

 

 

「止めて下さい。心臓に悪いですから…」

 

「選択問題です~」

 

聞いちゃいねぇ…。

 

 

「①八幡をいつも気にかけているガハマちゃんの学校の卒業生のお姉さん」

 

 

「あのいい加減に…」

 

と塞がれた手に力が入る。え?何これ?

 

 

「②八幡を守ろうとしている生徒会長ちゃんの学校の卒業生のお姉さん」

 

 

怖い怖い怖い、なんかとても怖い。

 

 

「③可愛い可愛い…雪乃ちゃんのお姉さん」

 

 

目が、目が…、いやこれなんかやばいですって…。

 

 

「よーん」

 

こーわーいー!!

 

 

「私を差し置いてみんなと楽しそうにしている八幡を見てとってもご機嫌が斜めのガールフレンド!」

 

 

「ど~れだー」

 

語尾低くするの止めましょうね?失禁レベルですよこれ?

 

考えろ、選択ミスはかなりヤバい!

背中がざわざわする!生き残れ八幡!

 

「⑤俺に素敵なところを見学させてくれる同じ部活の優しいお姉さん…ですか?」

 

 

 

……

 

 

視界が明るくなる。

 

光が…光が…。俺は生きているんだな…。

 

 

と、急に手を掴まれる。

 

「は?」

 

と思わず声が出ると

 

「見学に行くのでしょう?」

 

 

魔王のご機嫌がとりあえず直ったようで安堵する。

 

 

「ところで、どのサークル見に行くのですか?」

 

「私のサークル!」

 

「は?」

 

 

 

××××

 

 

 

紅茶の香りがするその部屋は内装は違うが

俺がよく知る部屋とどこか似ていた。

 

サークルの部室が集まる建物の一角、誰も使ってない部屋。

どうやったのかは知らないが、陽乃さんが好きに使えるようだ。

さすが魔王である。

 

陽乃さんに入れてらった紅茶は

あいつの入れたものと同じ味がする。

 

「ここは他の人来ないから。くつろいでね~」

 

部屋には大きめの机があり、その周りに椅子がある。

机の上には本や旅雑誌が散らばっていた。

 

「この部屋は…」

 

「昔は旅行部の部室だったみたい」

 

何かを懐かしむような目で辺りを見回しながら言う。

 

フェイクファーの襟巻を取り、

ストールを羽織ってからの陽乃さんは

何だか眠そうな、寝ぼけたような顔をしている…。

 

いつの間にか強化外骨格も外してしまったようだ。

窓からの射す光を背に静かな表情を浮かべている。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

静かで平淡な時間が続く。

 

モラトリアムを謳歌する若者たちの喧噪が嘘のように、断絶された空間。

 

 

とても居心地がいい

 

 

 

はずなのに、

俺の中の化け物がそうさせない。

 

常にその裏を、その真理を、隠されたものを暴こうとする。

不確かさを、不安を、不安定を排除するために。

 

 

だからこそ気が付いてしまう。

見えなくていいものまで見えてしまう。

 

 

そういうことなんですね。

 

ここは俺たちにとってのあの部室のような場所なんですね。

 

でもここは、あまりにもー

 

 

 

と、

 

俺のスマホの着信で我に帰る。

 

画面には「★☆ゆい☆★」の文字。

 

 

「出たら?」

 

 

「はい…すいません」

 

 

通話ボタンを押すと、

 

「ヒッキーどこにいるの?」

 

「先輩?どうせあの甘いやつ飲んでサボってるんでしょ~?」

 

 

「うっせー。人生の休息をしていたところだ。後で追いつくから場所教えろ」

 

「じゃあ、最初の集合したところでね!待ってるから」

 

「やっぱり監視しとかないとだめですよ結衣さん。いっそ縛りー

 

なんか物騒なセリフを残して通話が切れる。一色さん最近俺に厳しくないか?

 

スマホをポケットに戻すと、いつの間にか陽乃さんが目の間に立っていた。

 

 

 

「行くんでしょ?あの子たちのところへ?」

 

 

 

俺の顔を見上げたその表情に思考が止まる。

 

 

 

「え?」

 

 

と陽乃さんには珍しい気の抜けた声。

レアであるが、それはそう

 

 

俺が陽乃さんの頭を撫でているからだ。

 

 

ただ、そんな表情を

 

自分の居場所を見失いそうで

不安に怯える子どものような表情に

俺のお兄ちゃんスキルがオートで発動していた。

 

 

「す、すいません!」

 

慌てて手を放す。

やってしまった…。これある意味犯罪に近いよな…。

恐るべしお兄ちゃんスキル。ほんとユニークスキルだよ。

 

恐る恐る陽乃さんを見ると

 

 

「あははは!」

 

 

と突然、彼女が笑い出した。

どうもかなりツボに入ったようで涙まで流している。

 

「本当に八幡は面白いね…あはは」

 

「そ、そうですか」

 

まあ、これはこれで良いのだろう…。

 

 

「とりあえず行きますよ」

 

部屋を出ようとすると、陽乃さんに手を掴まれー

 

 

 

 

「ねえ…、またこの部屋に来てくれるかな…」

 

 

 

 

 

××××

 

 

 

 

「さ~てさぼり魔の先輩にはおしおきが必要ですね。何にしましょうか?」

 

「おい、待て!生理現象はさぼりじゃない!それに広い大学が悪いんだ、俺は悪くない」

 

「ヒッキー相変わらずだね…」

 

「とりあえず、お仕置きは後日部室でするとして今日はお疲れさまでした!みなさんのおかげで成功したと思います。本当にありがとうございました!」

 

 

今回のイベントはまずまずの出来だろう。

ちょっとしたトラブルは陽乃さんと意外にも葉山達の協力ですんなり解決したらしい。

 

仕事が終わった後の何と身が軽いことだろうか…。

これが自由。やはり労働をするのは間違っている。

 

「じゃあ、帰ろうか!」

 

「そうね」

 

「先輩、行きますよ~」

 

 

 

 

どうも最近は俺の周りは騒がしい。

 

それはそれで居心地は悪くないと思っている俺がいる。

 

ただ、ぼっちであり学年国語3位である俺の孤高の趣味は読書であって、

 

騒がしいところでは集中して読書は難しい。

 

 

だから別にいいのかもしれない

 

 

 

 

 

階段下の物置を抜け出して

 

 

静かに読書ができる秘密の部屋があるというのは

 

 

 

 


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