「姉さん、その制服、無くなったと思ってたら……」
雪ノ下がこめかみを押さえながら言う。
「だって~、同じ部活するなら同じ制服でしょ~。まあ、胸がちょっときついけどね~」
と言いながら何故かこちらを見る陽乃さん。
組まれた腕に乗った質量につい目が行ってしまう。
こ、これが万乳引力なのか…。
慌てて目を逸らすと、
雪ノ下がとてもとても爽やかな笑顔をしているが、
そのまま親指でクイっと窓を差す。
いやいや飛び降りないからね?
なぜそんな笑顔なの?怖いからね、マジで。
「ヒッキーなんか目つきがキモイ…」
由比ヶ浜までジト目で俺を見てくる。
「そっ、そもそも卒業生なんですから、部員になれないでしょ」
とりあえず正論を振りかざし、場の空気を変えてみる。
「ほら、制服着ているからバレないよ~」
「いやいや、バレるとかバレないとかの話で無くて…」
そもそも、まっ先に正論を出すのは俺で無くて
我らが氷の女王のはずでは?と目線を送ってみる。
雪ノ下は、はあ、とため息をつくと静かに発言する。
「で?姉さん。部員になるなら、当然部長である私に従って
もらうけどそれで良いの?」
あれ?雪ノ下さん?
何か期待してたのと発言が違うのですが?
「はい!部長様~!何なりとこの平部員である雪ノ下陽乃を召使下さい~」
と仰々しく頭を下げる陽乃さん。
その姿に、さすがの氷の女王も京都で天下一品を
食べた時よりも驚いた顔をしている。
「え、まあ…、姉さんがそう言うなら別にいいけど…」
どうしたん?ゆきのん?ちょろ過ぎだろ!
「ゆきのん、さすがにそれは…」
ほら!由比ヶ浜さんでもドン引きしているよ!
「それにそういうのは私達だけで勝手に決めていいのかな?
平塚先生にも確認しないと~」
「どうした?一番まともだな?お前本当に由比ヶ浜か?」
思わず心の声が口に出てしまう。
「何それ!ひどいし!」
由比ヶ浜が俺を指差して言う。
「とにかく、由比ヶ浜の言うとおりですね。部長様は陥落したようですが部員の補充に関しては顧問の管轄かと…」
とりあえず、この場はこれで切り抜けられるだろう
と思っていたら
「それがだな比企谷!」
と扉を勢いよく開けて我らが奉仕部顧問の平塚先生が
いつもの白衣をなびかせ堂々と入って来た。
「「「先生?」」」
「ひゃはろ~静ちゃん~」
「静と呼ぶな。呼ぶのは敵だけだぞ」
思わず、ぶっと噴出してしまう。
先生その返しはマニアックでしょう。
「静ちゃんの髪は赤くないでしょ~」
と陽乃さんは意地悪そうに言い返す。
その発言に、今度は俺と平塚先生が驚愕する。
ごほん、と出鼻を挫かれた平塚先生は咳払いをして話を切り出す。
「陽乃の件だが、さすがに卒業生とはいえ、生徒では無いから部員は無理だ」
「まあ、そうでしょうね」
「だが、元々、少数精鋭でやって来たこの部活だが、最近生徒会長からの案件等もあり、外部機関との関わりも増えてきた。この際、お前たちの視野や行動を広くできるよう外部の人間との連携もあっても良いのかもしれない。」
「は?」
思わず、抜けた声が出る。
「要するに、外部の協力者、アドバイザーとしてなら陽乃を歓迎するということだ」
「姉さんは対等な協力者、といったところですか先生?」
「まあ、そんなところだ。戦隊ものでいう6人目、色で言うならブラックだな!」
「「ブラック?」」
先生、雪ノ下と由比ヶ浜には通じていませんよ、
というかその例え一般的でありませんから…。
「でも、部のトップである部長様にはちゃんと従うよ~」
と妹の腕に抱き着く陽乃さん。姉妹で百合百合ですか。
妹さんは嫌そうな顔していますがね。
「ゆきのんを困らせないで下さい~」
と反対の腕に抱き着く由比ヶ浜。
何これ?レッツゆりゆりなの?
なんか、俺帰った方がいいかなと思い教室を出ようとすると
「待て、比企谷!」
と平塚先生に制服を掴まれる。
「どういうつもりなのですか?」
「まあ、そう言うな。お前たちにはいい刺激だろう」
「スパイスが効きすぎると胃を壊しますよ?」
「はは!相変わらず口が減らないな、君は」
「まあ、先生がそう言うならきっと何かあるんでしょうね。俺はてっきり陽乃さんに合コンでも組んでもらったと思いましたよ」
考えがそのまま口に出てしまった!と恐る恐る平塚先生を見ると
いつかの夜に橋の上で見たような慌てた顔をしている。
「いや、なんだ、その陽乃がどうしてもって言うからな!」
「先生…アラサーだからって何もそこまで慌てなくてもー
「歯を食いしばれ!」
平塚先生の周りの床がボコ!ボコ!と抉り取られる錯覚が見える。
止めて!アルター能力は止めて!
指をポキポキ鳴らしながら平塚先生は言う。
「1000-7はいくつだー!」
××××
先生の攻撃に悶絶していたり、
陽乃さんと雪ノ下のバトルを傍観している間に
部活は終わり、陽乃さんが
「女子会しよ~」と二人を連れて先に帰ってしまった。
まあ、ぼっちだからかまわないんですけどね。
雪ノ下の代わりに部室の鍵を職員室に帰しに行く。
平塚先生に挨拶して帰ろうとすると、机に
「結婚相手をゲット!必殺合コンマニュアル」
という本が目に留まる。
……なんかすいません。マジで。
駐輪場でマイ自転車に跨り帰路に着く。
肌を刺す風の冷たさとペダルの重さを感じながら
魔王の進撃を思い返す。
彼女の意図は何なのだろう?
息をするたびに肺に入る冷気が思考をクリアにするも
その問いの解は導き出されない。
背にした夕日より真っ黒な影が伸びて校門に差し掛かると、
その先に立っている人影が見える。
「待ってたよ~、一緒に帰ろうか」
制服を装備して攻撃力が上昇しているからだろうか。
夕暮れに輝くその姿に、
ただ見とれてしまった。