俺は今、アーケードのある商店街を歩いている。
旅先を知るには観光地よりも商店街だ、という旅行家の話を思い出す。方言交じりの言葉、行き交う人の生活感,自分がいつもと違う場所にいると実感できる。
「商店街抜けて地下鉄乗るからね~」
横を歩いている陽乃さんが俺の手を握りながら言う。
……
朝食を食べ、ホテルをチェックアウトしてから陽乃さんはずっと俺の手を握っている。
しかも指を交互に重ねる俗に言う恋人繋ぎ…。
近くなる距離と伝わる暖かさ、柑橘系の優しい匂いを意識してしまう。
「あの…近いんですが…」
「何が?」
と笑顔で返される。
その素敵な笑顔にそれ以上何も言えない。
とりあえず顔を背けると、近くの店先に見覚えのあるお菓子を見つける。
「あっ、あのお菓子」
「見てみる?」
「いえ、あのひよこのお菓子は確か東京土産なのに福岡にもあるんですね……」
と、言ったとたん
陽乃さんに腕を捕まれ店から遠く連れて行かれる。
「えっ?どうしたんですか?」
「ダメだよ~、あれに対して『東京のお菓子』は禁句だよ~」
「えっ?そうなんですか?」
「そうだよ~店の人と喧嘩になるよ」
振り返ると店員がこちらを見つめているような気がする…。
「八幡だって、『サイゼリアは東京のファミレスだ』って言われたら怒るでしょう?そういうものじゃないかな?」
「なるほど、確かに切れますね。駆逐すると思います」
「あのひよこのお菓子は福岡のお菓子だよ~」
「確か、東京銘菓ってのを千葉の方で見たような気がしますが…」
「東京に進出して、そこから全国的に有名になったからだよ」
「そうなのですね。知りませんでした」
「八幡にも知らないことがあるんだね」
楽しそうな笑顔で陽乃さんはそう言う。
地下鉄の座席で陽乃さんと話す。帰りの旅路は空路とのことだ。
「空港まで10分くらいってずいぶん近いですね」
「主要駅から地下鉄で空港がすぐ行ける街って珍しいじゃないかな?」
「そういえばICカードが九州でも使えるのは驚きでしたね」
「今はICカードが日本全国で使えるようになったからね。ちなみに全国で10種類あるICカードのうち3種類は福岡にあるんだよ~」
「多いですね。なんか理由があるんですか?」
「どうだろうね?JR、私鉄、市営地下鉄がそれぞれカード発行してるみたいだからね。全国ではここだけじゃないかな?」
「まあいろいろ事情があるのでしょうね…。しかし詳しいですね」
「まあ、旅先の情報仕入れるのも趣味の内だからね~」
「マメなんですね」
「情報収集が肝心なんだよ」
そう言って俺を指さす陽乃さん。なぜかとても楽しそうだ。
話している間に地下鉄は目的の駅に着く。
旅路の終わりは近づいている。
空港に付いても何となくお土産を買う気にもなれず、カフェに入り時間を潰す。
「どうだったこの旅路は?」
「楽しかったですよ。スタートは不安だらけでしたが」
「不安がないと面白くないでしょ?」
「俺は別にスリルある生活を求めていませんから…」
「お姉さんとも裸の付き合いができたしね~」
「あれは…単なる同席でしょう…」
月夜の舞台を思い出して顔が熱くなる。
「あれ~、照れてるの?」
「違いますよ。エアコンが効きすぎているだけです」
「ふ~ん」
「それはそうと陽乃さんの福岡トリビアがいろいろ聞けて面白かったですよ。他県を知ることでより千葉愛が高まりました。」
「え~、私への愛は?」
両肘をテーブルに立てて、組んだ手に顎を乗せながらねだるような声で言う。
くっ、あざと可愛いですね!
頭が回らず、思ったことをそのまま話してしまう。
「そもそも愛って何なのでしょうね?」
「う~、話そらすね~。でも君にしては珍しいねその質問は」
「いえ、別に何となくですよ。友達もいないぼっちの俺にリア充たちの愛だの恋だのはよく分かりませんから」
「分からなくてもいいんじゃない?」
何言ってんの?と子どもを諭すような声で陽乃さんが言う。
「そうですか…」
分かりたい、安心したいが…
「分からないからこそ求める、それはまるで永遠に届かない夜空の星々のようだ」
「何かの引用ですか?」
「さあ、忘れちゃった」
俺には夜空を見上げることしかできない。
見上げた夜空の星々がとても綺麗なことだけは覚えていたい。
「でもね」
「綺麗な月を一緒に眺めることはできるんじゃないかな?」
×××××
「ただいま、小町」
「おかえりお兄ちゃん」
「ほれ、お土産。まろやかな胡椒だ。たっぷり付けて食べてくれ」
「ありがとう」
「親父たちは?」
「今日も遅くなるって」
「社畜様はたいへんだな。本当に働きたくない」
「ねえお兄ちゃん~」
「ああ~疲れた~。もう外に出たくない~」
「お兄ちゃん?」
「とりあえずマッカンあるか?」
「お兄ちゃん?」
「今日は風呂入って早く寝たいよ」
「小町パーンチ!」
平塚先生のアルター能力者のパンチを受け続けている俺には何てことないパンチを受ける。もちろんノーダメージ。
「お兄ちゃん?いい加減話聞こうか?
「はい」
「何で…陽乃さんが当たり前のようにいるの?」
「……」
「しかも何でそんなにお兄ちゃんの近くに座っているの?」
「……」
「しかも何で手握ってるの?恋人繋ぎで?」
「……」
「小町はこんな急展開にどうすれば良いのでしょう?お兄ちゃんは遠い存在になってしまったのでしょうか?」
「いや、俺もどうしていいか分からんし、現状が認識できない」
陽乃さんはそんな俺と小町とのやり取りを
ニコニコしながら見ている。
「あの~陽乃さん…、お兄ちゃんとは…」
小町が恐る恐る尋ねる。
「ん?八幡と私?」
俺の方を見て、無邪気な笑顔で楽しそうに言う。
「私達、友達になったんだよ!」