運河の街は俺の宿泊する半円形のホテルの半円の部分を人口の川が囲み、その外側をセレクトショップが地下から5階まで吹き抜けで並んでいる。建物はカラフルなレンガ調で直線を廃した曲線での建築設計となっており、陽乃さん曰く銀行系列の不動産会社が海外の有名なデザイナーを起用して大がかりな都市開発を行ったものらしい。
食後のカフェをしようと言う陽乃さんに連れられ地下の川沿いにあるカフェに入る。カバによく似た妖精がモチーフのファンシーな店内にどうも落ち着かない。
「なんか似てるよね、比企谷くんと」
陽乃さんは店内に置いてある等身大のぬいぐるみ(着ぐるみ?)を指さして言う。目がまん丸で何となく精気が無いやつだ。
「目が死んでいるところとかですか?」
俺は別に冒険好きでも無いですからね…。
「弱虫なのに冒険に憧れているところかな」
「俺は…臆病者ですから。冒険は嫌いですよ」
「でも」
「嫌いだけど憧れているでしょ?」
陽乃さんは意地悪そうな顔でそう言う。
父親の冒険談を聞いて、旅人の友人との冒険に憧れるような純粋なものは俺には無い。俺のはもっと独善的で、求めることが責められるような、
それ自体が間違っているような…。
陽乃さんは飲んでいたマグカップを置いて、両手で頬杖を付き窓の外を見つめる。
「一度確かめてみたら?」
「君の憧れを」
窓の外の冷気を思い出させてくれる声でそう言う。
「お待たせしました」
カフェの店員が注文の品を届ける。
「食べようよ、一緒に」
「ハニトーを」
デザートには重すぎる。
陽乃さんは彼女と同じようなまっすぐな瞳で俺を見つめる。
それはとても直視できないものだった。
××××
運河の街の川を見下ろしながらショップを片目に通路を歩く。休日の夜ということもあり、客も多く賑わっている。
陽乃さんはさっきからショップを巡りいろいろ買っているようだ。手に持つ紙袋が増えているようなので、俺のオートスキルが発動してしまう。
「持ちますよ」
そう言って手を差し出すと
「ありがとう~」
お礼の後に陽乃さんは俺の耳元に顔を近づけて言う。
「私にもそう言ってくれるんだね」
受け取る荷物は思ったより重い。
「やっぱり男の子だね~、頼りになるよ~」
あのあざとい後輩からはよく聞くような言葉なのに陽乃さんに係ると全く違うものになる。
手軽になり鼻歌を歌いながら前を歩く彼女との
その距離の近さが相変わらず計れない。
××××
印の無いショップに入り、小物やインテリアを物色する。家具のコーナーで大きいクッションに目が行く。
「あ~、これ気持ちいいね~」
とクッションに沈み込む陽乃さん。
あっ、これが噂のダメ人間を製造するクッションか……。中にビーズが詰まっており、体の形に合わせてクッションが沈み込むようになっているやつね。特に2個あるとヤバいらしい。
と、なぜか手招きしている陽乃さん。
もしかして、立つのに手が必要ですか?
まあ沈み込みますから立ちづらそうですが…。
手を差し出すと、そのままクッションに引きづり込まれる。一瞬で体の自由奪われましたよ?どんな技ですか?
「ちょっと…」
顔を上げると
目の間に陽乃さんの顔。
艶のある唇に透き通った肌
憂いのある大きな瞳
いつか保健室で見た彼女の顔が重なる
そのまま見つめていたい衝動を理性が抑え、顔を背ける。
「……」
「起こしてもらおうとしたけど、思わず引っ張ってしまったね。ごめん~」
「全然謝っていませんねそれ…」
「だって比企谷くんが悪いんだから」
俺の首に手を回して魔王はそう言う。