駅前からタクシーにてホテルに向かう。博多の街並みを眺めながら10分も経たずに大きなホテルの前に到着する。
何やらレンガ調の大きなショッピングセンター隣接したホテルだが、どうも格調が高すぎるよな…。ドアマンとかいるし。
相変わらず魔王様は堂々と受付を済ませに行く。落ち着いたダーク調のロビーはビジネスマンや外国人の観光客が多い。
俺は完全に場違いですよね?
「はい、これ部屋のカード」
さすがに今回は別室ですね。
別に残念とかはこれっぽっちも思って…。
「移動で少し疲れたでしょう。少し休憩ね。私も着替えたいから、後で6時にロビー集合ね」
「はい。すいません、なんか気使わせてしまったみたいで」
「細かいこと気にしたらだめだぞ~」
陽乃さんは振り返らずにそう言う。
シングルの洋室で一息つく。
ふと窓を見ると、見下ろす人工の小川を隔ててカラフルなレンガ調のショッピングセンターが広がっている。まるで異国の運河の街のようだ。いくつかの建物が集まり街のようになっている。福岡にこんな洒落た場所があったのか…。
千葉だってすごいんだから!
それから横になり
小一時間ほど寝ていたようだ。
顔を洗って意識を整える。
鏡を見ると、相変わらず腐った目の自分がいる。それ以外の容姿はまあまあだと思うが、この街を堂々と歩ける気はしない。
少し早いがロビーに向かう。
エスカレーターで降りながら各階を見ていると途中の階でチャペルがあり何やらカメラマンが撮影している。周りに人がいないところを見ると雑誌の撮影だろうか?
何となくモデルの人を見てみると、
「あっ、比企谷くんだ」
ウェディングドレスに身を包んだ魔王がいた。
「......」
言葉を失い、エレベーターを降り損ねて転けそうになる。陽乃さんはドレスのままこちらにやって来る。
「どうこれ?」
「どっ、どうしたのですか…?」
「む~、そこは膝間付いて『結婚して下さい!』でしょ~」
「いやいや、あなたに送る指輪なんて買えそうにありませんから」
「甲斐性無しだね~」
「すいませ~ん、撮影再開していいですか~」
カメラマンの人が声をかけてくる。
「あっ、これね。なんかモデルの代役頼まれちゃって」
「ちょっと待ってて~」
撮影が再開される。俺はただ呆然とその様子を見ている。
陽乃さんのウェディングドレスは黒に硝子の装飾が胸元から縦にちりばめられたもので、まるで星が流れる夜空のようだ。
「彼氏さんですか~、彼女さんお借りしてすいませーん」
とスーツの女性が名刺を差し出してくる。 フルーツな名前の雑誌だがブライダル関係だろう。
「読者モデルの子が黒は嫌とか言い出してしまって、たまたま通りかかった彼女さんなら、いける!と思って声かけさせてもらいました~」
「なかなかいませんよ~。あのドレスがあそこまで似合う方」
チャペルに佇み、ブーケを持つ陽乃さんは淑女と言うよりはどう見ても女王。見るものをただ圧倒する魔王がそこにいる。通りかかる人たちも足を止めているようだ。
前に、部室であいつらのドレス姿を見たことがあったな…と
急に思い出す。平塚先生のドレスが凄かった…。
ふと、陽乃さんと目が会う。
なぜかにっこり笑う笑顔に背筋が冷める。
「では新郎役とのツーショットお願いしま~す」
長身のイケメンな新郎役との撮影を開始する。
「もっと二人近づいて下さい~」
イケメン新郎が然り気無く陽乃さんの腰に手を回して、陽乃さんもイケメン新郎の肩に手を掛けている。
まあ新郎新婦ですからね…。でも近くないですか?
陽乃さんは相変わらずの強化外骨格の笑顔だった。
「はい!撮影以上です!ありがとうございました~」
いつの間にか周りに人だかりができていた。相変わらず注目される人ですね。
「あの~、せっかくですから彼氏さんもどうですか?」
「いえ、別に彼氏ではー」
「よろしくお願いしま~す!」
と陽乃さんに腕を掴まれチャペルの前まで連れて行かれる。
なんかギャラリー多いし、メチャクチャ恥ずかしい…。
腕は陽乃さんに掴まれたままだし。
「ほら、カメラに向かって笑顔、笑顔!」
「いや、笑えませんから。俺は単なる従者ですし」
「背筋だけ伸ばせば、十分格好いいよ」
「そんなリップサービスいいですから…」
気恥ずかしくて頬をかく。
「正面のカメラの方お願いします」
「あっ、はい」
と慌てて前を向く
その瞬間、
広がる柑橘系の匂いと
頬にあたる柔らかい感触
おー、とざわめくギャラリーに
カメラのフラッシュ。
「これが本当のリップサービスだからね」
星降る夜空の魔王が妖艶に微笑む。
××××
「しかし、もらった食事券使わなくて良かったのですか?」
「ん?あそこのホテルのレストランは確かに有名だけど、こっちの方が良かったでしょ?」
とラーメンの丼を置いて陽乃さんが言う。
運河の街を出るとすぐ近くに大きな川がありその周りが博多で一番の繁華街のようだ。川沿いの遊歩道に屋台が見渡す限り並んでいた。
屋台の席はどこも満員で外側のテーブル席をどうにか確保できた。日が暮れ、川に写るネオンを眺めながら本場のとんこつラーメンを堪能する。
「美味しいね」
「そうですね」
相変わらず口数の少ない食事だが、とても贅沢なラーメンの味だった。