「小町、洗剤買わないといけなかった~、買い物行って来るね、お兄ちゃん!
多分1時間くらいかかるかも。雪ノ下さん、兄をよろしくです!」
小町……
よくも…よくも…俺を…だましたなぁぁぁーーーー!!!
なぜ、にやにやした顔で去っていく。
見捨てるのか?実の兄を?
「ここが、比企谷くんの部屋か~」
俺の部屋を見回す陽乃さん。
今日は、ロングスカートにセーターと大人しめの恰好。
生地なんか最近流行のオーガニック系ですか。別に残念だとは以下略。
「どうしたのですか?見ての通り病人ですので早く寝たいのですが、ごほごほ」
無駄な抵抗と分かりつつも、刹那の可能性に賭けてみる。
「お姉さんが看病しに来たよ。安心してね~」
と何故か上着を脱ごうとする陽乃さん、
「ちょっと!何してるのですか!!」
「ん~?着替えようと思って。小町ちゃんから『兄の看病ならこの服装で』って」
と、
まおうがナースふくをとりだした。
小町ーーーーーーーーー!!!!
「比企谷くんはこういうプレイが好きなんだ。男の子なんだね~」
そういってナース服を見せびらかす魔王さん。
ま お う + ナースふく
小町、お前のその選択、イエスだね!!
ナースキャップも欠かせない!
って、そんなばやいでない!
「ともかく結構ですから、止めてください!!それにここで着替えないで下さい!!」
「え~、私こういうの結構似合う自信あったのにな~。それならこのチャイナ服で」
「あー!ともかく!もう止めて下さい。本当に勘弁して下さいよ……」
さすがに目の前がくらくらする。今の俺には刺激が強すぎる。
下がった熱が、勢力を取戻しそうだ。意識がふらつく。
「あはは、ごめんね。比企谷くんの反応があんまり可愛いものだから、つい悪ノリしちゃったね」
そう言いながら、ベットに腰かけて俺の目の前までやってくる陽乃さん。
「どれどれ、まだ熱はあるかね」
とその綺麗な前髪を上げて、自身のおでこを俺のに引っ付ける。
笑ったまま、とても楽しそうな陽乃さん。
鼻が詰まって、匂いが分からないのが幸いだ。
「熱はまだ高いみたいだね。ほら」
と俺に冷えピタを貼ってくる。
「少し寝てないとね~、お姉さんご飯作ってくるから」
鼻歌を歌いながら立ち上がる陽乃さん。
その手にはマイエプロンが握られている。
「おかゆでいいかな~」
「いえいえ、食欲ありませんから」
「食べないと元気にならないよ?」
「お気持ちは嬉しいのですが…、そこまでしてもらうのは悪いので」
「本当に、小町ちゃんの言うとおり面倒だね君は~。大人しくお姉さんの言う通りにすればいいのに」
小町め…、いつの間に魔王の手先に。
「『ありがとう、はるのさん、愛してる』って言えばいいんだよ~」
「そういう大切な言葉は妹ぐらいにしか言いませんから」
「ゆきのちゃんにそんなこと言ってるんだ~、お姉さんにも言って欲しいな~」
「妹違いですから……」
なんだか魔王のペースになっている気がする。
「こうしているとなんか新婚さんみたいだね~」
「いやいや、まだ未成年ですから」
「このままお嫁さんに来ちゃおうか~」
「俺は専業主婦希望なので、お婿に行く方です」
「じゃあ、私がもらって上げればいい?」
とエプロン姿で一回転する。
白のワンピースのようなそのエプロンは、腰に大きな黒いリボンが付いている。
魔王が装備するとさながら舞踏会に出るドレスのように見える。
「でも、静ちゃんより先だと怒られちゃうね?」
そう言って、部屋を出ていく陽乃さん。
「ともかく、作って来るから~」
××××
陽乃さんの手作り料理は玉子粥だった。
サムゲタンでは断じてない。
「あ~んして~!」
「自分で食べれますから、大丈夫ですよ」
「あ~んして~」
「お気持ちだけにしときます」
「あーんしてー」
声のトーン落とさないで下さい。屈するしかないでしょう…。
「お姉さんの手料理はどうかな?」
自分の部屋でエプロン姿の陽乃さんにあーんされて、
味なんか分からないですよ……。
「鼻がつまっていますから……美味しいと思いますよ」
「それは良かった~」
そう言って、屈託無い笑顔を見せられると先日の屋上での出来事は何だったのかと思われる。
この人の真意は計り知れないと思うし、自分如き村人が踏みいるのは恐れ多い。
それに、もし誰かについての真実が知りたかったら、その誰かに聞くのはおそらく間違っているだろう。
結局、俺は陽乃さんのことを何も分かっていない…
「では帰るね。お大事に~」
「寂しくないようにナース服置いていくからね~」
「ちなみに試着済みだよ」
魔王が最後にとんでもない爆弾を残して去って行く。
部屋とナース服と俺
俺は無言で立ち上がり、魔王の残した遺産の前に正座をする。
折りたたまれたナース服
その暖かさが伝わってきそうだ。
いや、あれですよ、床にそのままって良くないから。
服はきちんとあるべきところに片づけないと。そうこれは極自然な行動なのですよ。だからその過程で、運搬するために手が触れてしまうのは仕方無いことなのです。はい。
よし、証明終了。俺は何も間違ってない。
ではーーー!!
「最低ー」
ドアの隙間から聞こえた小町の低いつぶやき声。
俺の黒歴史が久しぶりに更新された一幕であった。