Re:DOD   作:佐塚 藤四郎

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東京タワーが赤い理由(絶望)


1.「覚醒」

 

「我は、我等は……」

 

 身に奔った衝撃と焼ける様な痛みが、竜の胡乱でいた意識を強制的に覚醒させた。

 一体、何が起こったというのだ。

 身体が重い。頭から尾の先、片翼すらも泥人形(ゴーレム)にでも押し潰されたが如く(ちっ)とも動かせぬ。

 瞼の裏の暗闇。

 感じるのは、鉄の臭気、苦痛、轟音、疼痛、風切音、激痛、叫喚、劇痛、―――僅かな、光。

 動かせるのは、瞼越しに微かな光を感じる眼球だけであるか。

 重い瞼を抉じ開けると、視界が端から赤に染まってゆく。

 

「……如何(どう)やら夢幻(ゆめまぼろし)の類ではなかったようであるな」

 

 血に霞む竜の金眼に映ったのは、逆さまの見知らぬ世界と遠い空。そして、曇天を抱いて崩壊してゆく『巨人』があった。

 そうだ、我等は終ぞ"あれ"を滅ぼし、それから、それから―――

 思考が纏まらぬ。睡魔にも似た甘い誘惑に意識が呑まれそうになる。暗い(くら)い微睡み。

 閉じかけた瞼を活と開き、明確な意志を持ってそれを振り払う。

 そうだ、生きるのだ。我等は生きる為に戦い、生きる為に殺し、生きる為に血を流し、抗い続けてきたのだ。

 生きる為に生きる。

 斯様(かよう)な見知らぬ世界で忌わしい"あれ"と共に尽きるつもりなど毛頭ありはしない。

 考え、考え続けるのだ。死中に活路を見出す為に。

 

 

 ―――何故、空から墜とされたのか。

 

 何故(なにゆえ)我等が空から追い墜とされておるのか。"あれ"の仕業か、又は別の何かか……。

 逆転した赤い世界の隅に、ふと二羽の鳥が映った。

 鳥にしては大きく明らかに異形。天使、いや魔物の類であるか。並び立つ塔々の隙間に姿を覗かせては見え隠れしておる。

 あれらの仕業であるか。

 我等の方へ向かってくる様子は無く、こちらの様子を窺うかのように遠方で旋回するばかり。死を待ってから喰うつもりか、はたまた別の思惑でもあるのか。少なくとも天使のような悍ましい魔力を感じられない当たり、"あれ"の手によるものではなかろう。

 一安心、ではあるか……。

 何れにせよ、我の頭上を我が物顔で飛び回る様は憎たらしい事この上ない。今直ぐにでも我の炎で焼き尽くしてくれてやりたいが、今の我には炎を起こすどころか、空に舞い戻る力すら無い。即座に襲われぬのは僥倖であったか。

 

 

 ―――何故、世界が天地がひっくり返っているのか。

 

 周囲を見遣ろうと軋む身体を起こそうと身を捩るも、それは失策であった。

 身体に力を込めた瞬間、全身に走った激痛が脳幹を痺れさせ、視界を更に朱に染めることになった。

 

「ぬぅ…。全く、何だというのだ」

 

 誰に向けたものでもない慨嘆を吐く。言葉は偉大だと改めて思わされる。独り言ちであっても、己が理性を確認でき気持ちに余裕が生まれるというもの。

 今度は首を静かに、僅かだけ(もた)げ眼球を痛覚の方へ寄せる。

 あぁ……と、息が漏れた。悲嘆ではなく安堵の溜息。

 幾多の鉄骨が両翼の皮膜を突き破り、一本の鉄骨が鱗を喰い潰し、肉を抉り、骨を砕いて我が横腹を貫いて、我を逆さに磔にしていた。

 

「―――クク、ハハハッ!」

 

 思わず嗤い声が零れた。何の事は無い。遠くで崩壊し塵と為りつつある"あれ"が、またもや世界を壊したのかと思うたが、魔物に墜とされた我が逆さ磔となり、赤い鉄塔を我の血で紅く染めていただけではないか。

 斯様に不恰好な様を晒しながら、何を愚にも付かない杞憂に(さいな)んでいたのか、我が如何に臆病になっていたかを思い知らされる。

 だが、生きている。不恰好でも不細工でも何でもよい。我等は勝ったのだ。敵を滅ぼし、こうして生きている。それで充分ではないか、のぉ―――

 

 瞬間、言い様の無い違和感が続くはずの言葉を喉に詰まらせた。

 息が乱れ、身に流れる血がザワつく。

 何か、忘れているかのような――――何だ、何なのだ、これは……。

 ふと、擡げていた鼻先が滴に濡れた。温いヌルい滴。

 雨、いや、違う。

 これは、良く知る匂いだ。そう…、

 滴の垂れて来たであろうその方、塔の先端を見遣った。

 

 

 ―――何故、何故、我は生きている。

 

 視線の先には一人の男がいた。

 世界のどの存在よりも見慣れた顔。

 見紛うはずも無い人間。

 その蒼い瞳に光は無く、右手に両刃長剣を握し締めたままの男が、赤い鉄塔の先端に胸を穿たれ力無く項垂れていた。

 

「……ィム!カイムッ!!」

 

 一も二も無く男の名を呼び叫んでいた。

 声にならない声。契約者同士を結ぶ思念の"声"。それに応える声は無く、誰にも何処にも響かない竜の慟哭が虚空に木霊する。

 我がこうして生きておるのだ。なれば、あやつも生きておる!応えないのは意識を失っておるか、あの馬鹿者が眠りこけておるからに違いない!そうでなくてはおかしい。

それが<契約>であり、世の理なのであるはずなのだ!

 そうまで思い、気が付いた。いや、感じていた違和感の正体を自覚した。

 

 無い。

 無い、無い、無い無いない無い無いいない無いい無いないなしか無いしかない。

 我の中に、――――――我の心臓しかない。

 否。事実から目を逸らさず、問題をより正確に認識する。

 カイムの心臓が無かった。

 本来あるべき場所へと収まった我が心臓は強く脈打ち、塔を血潮で染めながらも絶えず脈動し続けていた。最初から、目覚めた時から。いや、目覚める前から。

 只々、命が命として生きる為に。

 

 

 × × ×

 

 

 どれほど叫び続けたのであろう。

 彼の巨人は完全に崩壊していた。

 幾つかの都市構造物は崩壊に巻き込まれ都市の輪郭の一部を崩し、崩壊した巨人は白い塵となって霧のように街を飲み込みんでいた。澱み続けていた曇天は何時しか分厚い雨雲となり、世界を暗く温い雫で湿らせている。

 

「馬鹿者め…っ」

 

 磔の身体を雨に晒しながら呟き、ふっと小さく鼻を鳴らす。

 我を庇ったとでもいうつもりか、人間。誰よりも何よりも、我よりも生きたいと強く望み、願い、抗い続けたのはお主ではないか。

 竜は男を見上げる。

 暗く霞み始めた世界は男の顔を陰らせるも、竜には不思議とその表情が良く見て取ることが出来た。

 蒼き双眸は真直ぐと竜を捉え、歯茎までも覗かせん程に攣り上がった口角はその精悍な顔付きを不細工に歪ませていた。

 よくよく知っている顔で死んでいる男に竜は又も鼻を鳴らす。

 ―――初めて会った日にもこの男は斯様に嗤っていたなと。

 あの日、女神の城でも斯様に磔となり囚われていた我に、お主はその死しても離さぬ剣を我に向けて吐いたな。『お前に生きる意志はあるまだのか』と。

 死に体の我を前に、迫る有象無象を嗤いながら切り刻んでは血の海を創り、嗤いながら切り刻まれては自らも血の海に溺れ、『ドラゴン!見てるか!?これが生きる戦いだ!!』などと大層に叫んでいたな。

 なればこそ、我はお主のその生きる意志に誓って契約したというのに、どうして死に際となって自身の命を先ず省みぬ。どうして左様な顔で死んでいる。

 人間如きが竜である我に生きろとでも()かすつもりか。

 暫く男の顔を眺めていたが、あの不細工(つら)を見ていると馬鹿が移りそうに思い顔を逸らして都市の方に意識を向ける。

 崩壊が収まった都市は温い雨に包まれていた。雨によっても塵は晴れることなく都市を白々と包み込んでいた。少し静かになった世界では、風切音の合間に人間の喧騒が聞こえ始めている。

 再び、男の顔を見遣る。今度は、男の表情は翳って窺えない、気がした。男は変わらず磔刑台の先端で沈黙している。だが、その姿を見ると言い様の無い何かが腹の底に(わだかま)るような不快感のせいで目を逸らしてしまう。

 ―――そうか、見てしまったのだ。見て認めてしまったのだ。一つの事実を。変えられない運命を。何を失ってしまったのかを。

 吐き出したい自覚を飲み下す。身体の熱が冷めてゆく感覚。これは決して雨のせいではないであろう。

 再三、男に向き直る。

 まったくどうかしておるわ、お主は。―――そして、我も。

 決して逸らさず、決して背かず、小さな宣誓をする。

 

「カイムよ、我との約束を憶えておるか。絶対に死ぬな、と。契約は終了した。お主と我はもはや他人よ」

 

 そう契約は終了した。我とあやつを繋ぐ理は無い。それも、事故でも過失でもなく、あやつ自身の明確な意志の元に終了したのであろう。

 

「だが、約束は守ってもらうぞ」

 

 一つの考えが頭を巡る。同時に、我が内の神龍族の『血の記憶』が沸々と湧き上がり始めた。思考に本能が血が拒絶反応を起こす。それは冒してはならない禁忌だと。神の理に触れるものであると。創られた存在の域を越えた行為だと。

 

「黙れ。我はただ……」

 

 意識を内へ内へ研ぎ澄ませ『血の記憶』の深淵に触れる。元より神の理すら外れた世界にいるのだ。何者が、何を根拠に我等を縛るというのだ。

 

「血も神も……善悪も関係ない、酔狂な馬鹿者と約束した身を恨むことにしようぞ……っ!!」

 

 我が内の魔力と深淵の知識より〈契約〉と〈転生〉を同時に発現させる。

 膨大な魔力の放出と共に、竜と男を中心に天使文字の浮かぶ魔法陣が多重展開され始める。

 〈契約〉により我が半身半霊を男に強制融合させ、そのまま〈転生〉の手続きに入る。

 〈契約〉と〈転生〉。どちらも道理を越えた場所にいるお方の摂理によるもの。

 

 〈契約〉―――人間をより高みへと至らせるための摂理。互いの心臓を交換することで、より完成された生命へと昇華する手段。代償として人間側の契約者は自身の最も大事とする身体機能を失い、契約者同士は命を一つとする存在となる。

 

 〈転生〉―――管理者として被造された神龍族に与えられた創造の権利。最期の願いを以てして自己創造を成し、蘇るでも産まれ直すでもなく、血も骨も、記憶も名すらも新たな存在として創造する。

 

 今の我にある力を以てして行える最期の抵抗。

 あのお方が定め給うた摂理、聖域をも歪め、冒し、我等の為だけに行使する。『神の命令』も『血の記憶』も知った事か。

 喪われた命は神ですら甦らせることは叶わない。

 ならば、死者と契約し、この神龍族の血が流るる命を分け合い、分け合った血を以て互いの存在を新たに創り直す。死者との契約、半身半霊での転生。どちらも『血の記憶』にないこと。

 歪めた摂理が破綻し崩壊するか、発現したとて化物として創造されるか、上手くいったとて、(まさ)しく命を分けた半身半霊の状態では五体満足は望めぬであろうな。

 果たして、どうなるか―――我にも、いや神すらも見当が付かぬであろう。

 

「……我は、バカ者になっただけだ」

 

 あやつは最期まで抗い、生きる道を見出して契約の終了など馬鹿身勝手な手を打ったのであろう。それが己ではなく、我の命ではあったが。

 なれば、我も足掻くだけだ。足掻き、抗い尽してくれようぞ。

 

「やれ……生きておれば、また会えようぞ」

 

 歪めた〈契約〉と〈転生〉が発現すれば、どのような結果になろうとも、我もお主も今の存在ではなくなるのであろう。身体は勿論、記憶も名すらも忘れてしまうのだろう。これから発現されるであろう事を思うと、ふと思い至る。

 我はまだここにいて、生きている。我は今、何者なのであろうか。

 竜として絶対の『神の命令』に背き『血の記憶』にも逆らった。我を構成していた根幹の要素が失われた今、我という存在は何であるのか。神か。神龍族か。いや、竜であるかすら怪しいものだ。まして人間などと―――――。

 〈契約〉と〈転生〉が発現されれば、今の我は我ではなくなるのであろう。それは我の選んだ道であり、仕方のないことだ。では、今の我は何なのであろう。

 そう考えるとどうしようもなく怖くなった。胸に穴でも開いたかのように空しくて虚しくて、凍えそうになる。――――――寒い、さむい、コワい。

 魔法陣は予想された崩壊も消失もなく展開され、後は術式に自身の真名(しんめい)を告げるだけ。ただ一言。何の儀式も術も必要無い。我の口から我の名を言うだけ。

 それだというのに、進めなくなっていた。

 一言が、我が名がどうしても出ない。

 寒い、苦しい、我は何だ。我は、我は……。

 そんな時、鼻先が再び熱く濡れた。温い雨ではない、もっと熱く赤く暖かなソレ。

 ……何だというのだ、馬鹿者め。暖めてどうなるものでも……まったく、やはりどうかしておるよ。

 

「お主になら……名乗っても良かったやも知れぬな……」

 

 そうさな、我は我だ。何ものにも巻かれぬ。馬鹿者(カイム)と共に行き、ここまで来た(ただ)のバカ者だ。

 そう、我が名は――――――、

 告げた名は天使文字として具現し、魔法陣に刻み込まれた。完全展開した魔法陣が、竜と男を光で包んでゆく。

 

「さらば……だ、馬鹿……者……」

 

 そう小さく一言残し、竜の意識は深い暗闇へと沈んでいった。

 

 




DOD原作知識ありきな物語にしないようにしたいものですが、難しいものですね。

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