Re:DOD   作:佐塚 藤四郎

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超説明回。 大幅改筆予定21.10.1~


3.「静穏」-1

     1

 

 

【緊急速報:東京都新宿『エリコの壁』崩壊】 [転載禁止] 膝ch.net

 

1 名前:名無し 2008/02/14(月) 21:48:32 ID:AyU1ka9rIz

 

 本日21時頃、新宿禁区を囲むエリコの壁が内部から壊され崩壊したもよう。

 崩壊した原因は、赤い目をしたレギオン特殊個体によるものと断定。

 政府は緊急会見で、この特殊個体を『レッドアイ』と呼称すること決定した。

 政府の見解によると、レッドアイはレギオンを統率する能力を有しているとのこと。

 禁区から大量のレギオンの群れが流出し人々を殺戮、自衛隊・武装警察隊との交戦が開始。いまだ鎮圧作戦が継続されている。

 

 

2 名前:名無し 2008/02/14(月) 21:49:46 ID:baNi77vArK

 

 †鮮血のヴァレンタイン† 明日の朝刊の見出しはこれで決まり

 

 

3 名前:名無し 2008/02/14(月) 21:50:12 ID:reD2rFv6gZ

 

 これってどんくらいヤバいわけ?地方だとあんま実感湧かないんだけど

 

 

4 名前:名無し 2008/02/14(月) 21:50:18 ID:Sd53Vai2ga

 

 俺がレッドアイだ

 

 

5 名前:名無し 2008/02/14(月) 21:50:42 ID:cMow3fAnoH

 

 地方のおまいらの家のドアをレギオンがノックしてくるようになるヤバさ。レギオンが軍隊化とかマジ皮肉だな

 

 

6 名前:名無し 2008/02/14(月) 21:51:02 ID:BifQhawUnv

 

 俺たちがレッドアイだ

 

 

7 名前:名無し 2008/02/14(月) 21:51:51 ID:kJfeIbfa87

 

 >>4>>6 通報した

 

 

8 名前:名無し 2008/02/14(月) 21:52:09 ID:34cnRawuw

 

 日本終了のお知らせ。

 

 

 ―――パタリ

 ちゃぶ台上のノートPCの画面を静かに閉じる。

 夢美に借りた眼鏡、私が昔プレゼントしたブルーライトカットの赤眼鏡を外してそのまま横に倒れる。横向きになった視界は床の畳が近くなり、い草の仄かな香りが鼻を突いた。

 窓の外を見れば、日はすっかり沈みんで、厚い雲に覆われた空は暗くなっていた。

 

「しゅーりょーか……」

 

 ネット民は何とも危機感のねぇことだと思わずにいられない。

 これはきっと終わりじゃない、始まりなんだと。

 情報収集で覗いたインターネット大型掲示板、ヒザちゃんねるに立っていたスレッドには加速度的に書き込みが増加してる。だけど、その反応はまちまちだ。

 みんなヤバいってことは分かってんだろうけど、何がどうヤバいのか分かってねぇ感じ。

 ま、私がこの問題の全容を把握してるかと言われれば、口を紡ぐしかねぇですけど。

 夢美ならこの問題と顛末がどうなるか分かってるのかもな。

 頭の中でもんもんと考えながら畳の目を数えてると、その畳に陰が、いや人影が差した。

 その影の方、頭上から抑揚の無い掠れた声が途切れ途切れに降り懸かる。

 

「ちゆり、食事だ」

 

 身を捩って仰向けになると、吊られた照明の光を浴びた黒く巨大な影が聳え立っていた。片手に皿を乗せたお盆を持ち、反対の手で発声機を喉に押し当てている。黒いといっても逆光の所為であって、今朝みたいに身体が黒いわけじゃない。黒髪に蒼眼。20代半ば程の顔立ち。ちゃんとした肉体を持った人間だった。

 

「―――カイムさん。似合ってねぇですよ」

 

「…………」

 

 そこにいたのはカイム。夢美の盟友にして、共犯者(なかま)

 カイムは沈黙したまま皿をちゃぶ台に並べる。似合っていない、私の発言だが、彼に自覚があるのだろうことを思うと少しばかり同情してしまう。大方、夢美に無理やり着せられたのだろう。

 カイムの服装は黒ジーンズに白シャツ。質素な恰好だけど、顔が良い分それだけで十分に様になっていた。うん、過去形。

 今その恰好の上には、教授印の苺のワッペンが付いた薄ピンクのエプロンが掛けられている。なるほど、夢美が着る分には似合うだろうけど、この寡黙な大男が着ると、その、何だろう? こう、言い表し難い違和感が喉奥からせりあがってくる。とにかく似合ってなかった。

 何も言わずに皿を並べ終えたカイムは台所の方へ戻る。向こうでは夢美が夕飯を作っている。今日は週に一度の夢美が料理当番の日、お手伝いとは中々従順じゃねぇですか。

 

「……あれが"未知の何か"って、まるまる"人間"じゃねぇですか」

 

 身を翻して横向きに戻り、独り言ちる。影が去って明るくなった畳だが、今度は畳の目を数える気分ではなかった。

 

 ――――――『カイム』

 

 元"岩"。元まっくろくろすけ。元人外だった化け物の人間然とした様に驚くほかない。

 今朝見かけた時は真っ黒な身体で、夢美と一緒に出掛けて帰ってきたら人間のような肉体を手に入れていたのだから。

 夢美は「ソフトに合うようにハードを改造しただけよ」と言っていたが、どういうことだろうか。

 人間のような姿になったカイムを眺め、その出会いを思い返す。

 

 

 私とカイムが出会ったのはあの研究所の事故、世間的には研究所襲撃事件として報道された日の翌朝だ。

 身体を揺さぶる振動に目を覚ました私がいたのは、走行する車内の後部座席だった。今みたいに私は横になっていて、運転席に夢美、その隣の助手席にまだ黒々していたカイムがいた。最初は夢でも見ているのかと思ったが、それはすぐに否定された。

 私が起きたことに気が付いた夢美が急ブレーキを踏み、慣性で私は座席から滑り落ちた。その痛みがこれは夢ではないことを証明してくれた。

 車を止め、運転席から身を乗り出してしがみついてくる夢美を引き剥がしながら状況説明を求めると、夢美は然もありなんと言った具合で恐ろしいことを口走った。

 

『あぁ、これはカイムよ。あの"岩"から出てきた"人間"ね。今は盟友ということで仲良くしてるわ』

 

『…………はい?』

 

『あと、カイムは声が出ないみたいなの。私はカイムの声とか"竜"とか色々と如何にかしないといけないから、ちゆりはカイムの教育係よろしく。軽く話してみたけど、どうも彼のいた世界とこの世界は違うみたい。だから、文字とか社会常識とか、とにかく詰め込めるだけの知識と情報を詰め込んであげて。……あ、待ってちゆり、静かにトランクに手をかけないで! トランクはツッコミの道具じゃないわ! 本当に大丈夫よ、ちゆり。彼は耳は聞こえてるし、言葉も理解しているから。それにカイムは優しい人よ、ね?』

 

『『…………』』

 

 夢美が淡々と話し、助手席のカイムは沈黙し、私はトランク片手に唖然するしかなかった。

 あの時は流石に夢美の助手であることを後悔したが、助手であって良かったとも感謝した。普段から夢美の奇行奇癖に付き合ってたおかげで、ワケの分からねぇ状況に対する耐性は付いていた。でなければ、私は自分がイカれたんじゃねぇかって精神科医に駆けこんでいたと断言できる。

 なんで私の教授が未知の何かと友達然に普通に話しているのか、常人であれば気を疑う所だ。だけど、彼女が『岡崎夢美』であることを考えると仕方ないかと考えてしまう自分が少し悲しかった。

 

 

 それからなんやかんやあって、私達は逃げるように東京を離れて西進し、今は広島郊外の一角に2LDK二階建て庭付きの一戸建てに居を構えている。

 犯罪者よろしく逃亡生活になるのかと思ったが、そのようなことはなかった。どういうワケか私達はあの事故で行方不明者扱いになっていた。カイムを目覚めさせて、あの事件を引き起こした人物であるのに、表向きには謎の宗教団体や北米の陰謀ではないかと報道されていた。裏ではどうかは知らないが、表では私達に捜査の手は及んでいないようだった。

 面倒くさがって夢美は全てを話さないが、全ては夢美の算段通りらしい。

 この広島の地に身を潜めているのも夢美の考えあってのことだし、研究設備も地元の大学の協力を取り付けて確保しているようだ。今使っているノートPCも彼女が設置したもの。セキュリティーはbotネットやbotカーネルだとかのお陰で問題無いらしい。そして、夢美は私に情報収集を任せて、時折カイムと二人で出掛けている。研究の為なのは知っているし、私もとやかく言うつもりはない。夢美は私を傍に置きたがるのに、それが距離を取るという事はそれなりの理由あってのことだろうことは理解していた。

 ただ正直、不安だった。

 レギオンや捜査の手が不安なんじゃない。夢美が、夢美がもっと遠くに行ってしまうんじゃねぇかって。

 私も秀才である自覚はあるけど、やはり岡崎夢美は次元が違う。だからこそ、惹かれるのだけど。

 彼女は物理学者だが、その頭脳は人間の枠を越えている。

 

『物理学では解けない物理学もあるのよ。知識には有難いことに限界があるわ。そんなのより大事なのは想像力よ、ちゆり』

 

 なんてさらっと言ってのけるのだから呆れる。理系学問だけではなく、文系学問も必要と判断した知識はすべて貪欲に吸収する。正しく知の魔人と呼ぶに相応しい。

 その知識量だけでどの大学のどの分野の教授職にも就ける程だというのに、夢美は自身の研究の為の基礎知識くらいにしか思っていない。普段はポケーっとして何考えてるか分からないのに、我が教授ながら恐ろしい。

 なにより、やる気になった夢美の行動力は人のそれを超えている。

 夢美を止められる人間はこの地球上には存在しないと断言できる。彼女は己の価値観を何よりも信じている。それを遮るものがあれば排除し、障害にもならないと判断すれば、その一切合切を無視する。それこそ『非統一魔法世界論』の研究発表の時のように、周囲に惑わされることなく、我が道を行く様は正に王様か神様だ。『カイム』という研究対象を得てから夢美は変わった。いや、元に戻ったというべきだろう。

 岡崎夢美の前には常識も倫理も無い。あるのは彼女の探究と研究のみ。その成果が今の肉体を得たカイムなのだろう。

 

「ちゆりー、情報収集ご苦労様。良い情報はあったかしら? あ、カイムお茶持ってきてくれる」

 

 台所から皿を二つ持った夢美と、皿とお茶の入った容器を持ったカイムが暖簾をくぐって出てきた。どうやら夕飯の支度が出来たらしい。

 今晩の献立は夢美特製パスタとサラダだった。切って盛った野菜の山に、茹でたスパゲティにレトルトのソースをかけた一品。なるほど、見た目は綺麗だけど手抜き料理と言って問題ねぇですね、はい。

 

「教授、エリコの壁が崩壊したようですよ。なんか『レッドアイ』とかいうレギオンの特殊個体もいるとか」

 

「でしょうね。エリコの壁は応急処置でしかないもの。いつか限界が来るわ。『レッドアイ』については後で情報を洗いましょう。それよりカイム、この肉体で初めての食事よ。ちゃんと感想聞かせるのよ」

 

「ああ、分かった」

 

 カイムが喉元に発声機を当てて応える。機械の補助付きだけど、声も自在に出せるようになったのか。黒い身体の時は発声機使っても、出てくるのは不協和音のような重低音しか出なかったのにな。

 しかし、やはりと言うか、教授にとってはエリコの壁の崩壊より、カイムの方が興味があるようで、エリコの壁崩壊への反応は薄い。それよりもカイムにぞっこんだ。もちろん、研究対象としてであるが。

 

「教授、カイムさんの肉体どぉしたんです? 私に留守番させて何の研究してたかは知らねぇですが、人間のクローンとかマッドサイエンティストなんてレベルじゃねぇですよ」

 

「あら、違うわちゆり。私はクローンなんて不完全なもの創らない。これは人間の魂を宿した器が、人間の形を模したモノ。『アンドロイド』よ」

 

 冗談半分に言った私の発言に対し、夢美の口からは否定と共に別の単語が飛び出してきた。『アンドロイド』。一瞬、機械人間を思い浮かべたが、その言葉指す意味は"人間のようなモノ"。

 

「『アンドロイド』? 私はその意味がよく解らんのですが、クローンじゃねぇんです?」

 

「ちゆりはクローン生物をどうやって作るか知っているわよね。あ、カイムも勉強だと聞きなさい。勝手に食べてわダメよ、いただきますしたの?」

 

「……いただきます」

 

 一人食べ始めようとしていたカイムを夢美が窘める。ほんと、人間らしい肉体を手に入れただけで印象が変わる。あの黒々した姿は正直恐ろしかったが、こうして肉体を持つと本当に人間なのだと思わされる。

 カイムが言葉を聞いて、片手だが合掌した様を見て夢美は満足したのか微笑んだ。そして、その顔のまま此方に目を向ける。話してくれということだろう。

 

「専門じゃねぇですから簡単にしか言えねぇですよ? たしか細胞から取り出した核を、核を取り除いた未受精の卵子に移植。それに電気刺激を与えて細胞融合させたクローン細胞を子宮内に着床、出産させる。そんなところじゃねぇでしたか」

 

「うん、概要としては満点よちゆり。そして人間のクローンは禁止されている。私は犯罪者になったつもりはないわ」

 

 いや、あの研究所事件の発端の時点で、私ら相当なワルな気がしなくもねぇんですが、それは。

 

「じゃあ、このカイムさんの肉体はなんなんです? クローン技術の産物じゃねぇんです?」

 

「そうね、クローン技術の応用も考えたけど、それは別の計画。後で話してあげるから先に食事にしましょう。グロッキーな話になるし、せっかくの料理が冷めるわ」

 

 そう言うと夢美も合掌して「いただきます」と言ってから食事を始めた。フォークを細い指で器用に回し、スパゲティを絡めて口に運ぶ。

 

「はぁ、グロッキーにグロテスク的なニュアンスはねぇです。あとでちゃんと話してくださいね。いただきます」

 

 追及を諦め、合掌してフォークをパスタの山に突き立てる。

 夢美はと云えば、もちろんよ、とでいうようにパスタを啜りながら小さくウィンクをした。その顔は美麗ではあるが、口の端に付いたソースが台無しにしている。

 これが知の魔人。これが私の目指す人だっていうんだから笑えてくる。

 

 

 × × ×

 

 

 夕食を終え、夢美が淹れた紅茶を啜るゆったりとした時間。

 ……のはずだが、夢美はカイムの体調もとい肉体の状態についてかなり執心のようで、先からカイムを質問攻めしている。

 

「どうかしらカイム? 身体の方に変化はどう、味覚や満腹感はあるかしら」

 

「人間らしい肉体だ。腹も膨れている」

 

「そう、私もお腹いっぱいよ。で? 味は?」

 

「……美味かった」

 

「あら、それなら良かったわ。冷蔵庫にデザートの苺があるから取ってきてくれるかしら」

 

 夢美、あんたそんなに凝った料理作ってないのにその質問はどうなのさ。

 そしてカイムさん。静かに立ち上がってますけど、ほんと従順ですね。

 

「カイムさん、すっかり手懐けられてますね」

 

「そうだろうか」

 

 うん、傍目にはそんな感じです。

 ちゃぶ台から立ち上がったカイムが、見下ろしながら静かに平坦で掠れた声で応えた。これが普通の声帯による声であれば、きっと少し悲哀が籠った声だったのかもしれない。

 いや、そうじゃない。それよりも優先すべきことがあった。

 

「それで教授、話の続きはどうなったんです?」

 

「そうだったわね。簡単に言えば魔術という技術を使ったのよ」

 

「魔術って、『非統一魔法世界論』が証明できたってことですか?」

 

 魔術、かつて夢美が提唱した『非統一魔法世界論』で述べられていた『魔法』を行使する為の技術。夢美のいう『魔術』はその魔術なのか、それとも何かしらの言葉の綾なのかは見当が付かない。

 

「どうかしら。まぁ『非統一魔法世界論』が完全嘘っぱちのSF小説と呼ばれない程度にはなったと思うわ。今までは実験段階で危険も伴うから秘密にしてたけど、色々解ってきたし、ちゆりにも新しく偽りの無い知識を教授してあげる。取り敢えず『魔素』と『魔力』については理解できたわ」

 

「『魔素』と『魔力』ッ!? ついに見つかったんですかッ!?」

 

 思わずちゃぶ台に身を乗り出してしまう。

 紅茶の入ったティーカップが危うく零れかける。かぶっていた水兵帽が畳の上にパサリと落ちた。

 『魔素』と『魔力』。その存在を確認できれば夢美の論文の正しさを世界に証明できる。

 

「ええ、肉眼でも電子顕微鏡でも見えない……粒子、という分類でいいのかしらね。見えないけど見えている。存在しているのに存在していない。『魔素』と『魔力』の二つの存在を確認出来た」

 

「トートロジー言われてワケわかんねぇですよ。『魔素』と『魔力』って何が違うんです?」

 

「『魔素』はどの世界にも漂っている粒子よ。空間やそれこそ体内にも存在し得るものね。この世界には極度に薄いようだけど。学名は『マナ(MANA)』。『魔力』と比較して『大源』とも呼ぶべきもの。魔素そのものは視認出来ないわ。感覚的には存在が分かるのだけどね。目に見えている状態であれば、それは魔素じゃなくて魔力よ」

 

「魔素、マナ、大源、魔力…………ん? この世界、ってどういうことです?」

 

 夢美は何を言っているのだろうか。この世界? 他にどの世界があるってんだ?

 畳に落ちた帽子を拾い、両手で抱き締める。何かに握り締めていないと、とてもじゃないが不安で仕方がなかった。

 

「苺だ」

 

 不安で巻かれていると、低く平坦な声が降り懸かり私の意識をハッとさせる。

 苺を取りに行っていたカイムが戻り、ガラスの小皿に盛られた苺をちゃぶ台に並べて畳に腰を下ろす。

 

「ありがとうカイム。あら、練乳忘れているわよ? あ、チョコレートソースも取ってきてくれるかしら」

 

「……わかった」

 

 夢美が良い笑顔で台所の方を指し示す。そして、カイムはまた素直に立ち上がる。一応、見た目ではこの中で一番の年長であるのに、夢美に良いように使われている。

 

「カイムさん、私が―――」

 

 代わりに取りに行こうかと立ち上がりかけたが、カイムに手で制されてしまった。年長者だからとかは気にしないのか、本当に夢美がいうように優しい人なのだろか。

 いや、これは自己欺瞞だ。私は少し離れたかったのだ、この知の魔人から。私が憧れ、唯一師事することを願った人間。岡崎夢美。その本性に久しぶりに触れて畏怖してしまっている。

 カイムに制止され、私は半端に立ち上がったまま固まってしまった。

 

「座りなさい、ちゆり。講義はまだ途中よ? 次は『魔力』。これは魔素が個別の存在により精錬、影響を受けたもの。学名『オド(OD)』。世界に満ちる『魔素』を『大源』と呼んだのに対し、『魔力』は個別の存在の中で精錬されるものだから『小源』。マナはオドへ変換され、魔力はその個別の性質の影響を受ける。神通力や法力、呪力、妖力なんて呼ばれる力があるけど、仮にそれらが実在するのなら『魔力』と原理は一緒だと考えるわ。何処からか魔素を得て、自身の存在内で魔力に変換し、魔法という現象を起こすのに行使する。そして、放出・消費された魔力は、物理・魔術的干渉または一定時間の経過等の要因により、崩壊して魔素に還元される。確認出来た魔力は二種類。『巨人』と『竜』の魔力。白の魔力と黒の魔力よ」

 

「……白と黒。『巨人』と『竜』ってのは『災厄』の時に出現したあれですか?」

 

「そう、あれらよ。先ずは『巨人』の『G魔力』。Gは『巨人(Giant)』のGね。学名『GOD(ジーオーディー)』。GODの干渉を受けた人間は白塩化症候群を発症するわ。レギオンの『塩の躰』と『赤目』の形質もGODの影響に因るものでしょうね。特にあの白い結晶、皮下組織からの変異組織はGODで構築されていると思って間違いない。GODはとても安定している魔力。レギオンを見るに自然崩壊は期待できないわね。GODは結合が強固で、下手な物理的干渉では崩壊しない。銃火器がレギオンに対して有効でなかったことの原因ね。

 次は『竜』の『D魔力』。Dは『(Dragon)』のD。学名『DOD(ディーオーディー)』。GODと比較するとDODは不安定な魔力だったわ。GODに比べ物理的干渉を受け易いし、自然崩壊も確認できた。だけど、面白いことが分かったわ。DODをGODと衝突させると、対崩壊を起こして魔素に還元させられたの。そしてもう一つ。DOD因子を組み込まれた存在は『ゲシュタルト』化する。カイムの黒い身体の状態よ。このゲシュタルトは世界を隔てる壁を越えて、この世界とは空間を別にして存在する異世界『多元世界』から魔素を搾取して魔法を行使できるわ」

 

「…………頭痛が痛いです、教授。なんです? 多世界解釈の話まで飛躍するんですか?」

 

 帽子を掴む手に力が籠る。

 夢美の齎す知識を必死に整理しようと努めるも、あまりにも突飛で膨大で熱暴走を起こしそうだ。

 唯一、理解出来そうな単語とは『多元世界』だけだった。多世界解釈のことだろうか。

 多世界解釈は、複数の宇宙の存在を仮定する多元宇宙論の一つだ。量子力学の解釈の一つで波動関数の収縮を想定せず、すべての解に対応した世界があるとするもの。これが証明できたのなら、ノーベル賞どころの騒ぎじゃない。それこそ、夢美が望むように世界は一変するだろう。

 だが、夢美の口からは私の思惑とは別の解答が提示された。

 

「ちゆり、知識に惑わされてはダメよ。私の話を聞いて自身の想像力を働かせなさい。私は"この世界とは空間を別にして存在する()()()"と言った。多元宇宙論の平行世界とかも面白そうだけど、私が提唱するのは『多元世界説』。多元宇宙論を証明するでも、否定するものでもないわ。それに、平行世界とかがあったとしても、それはきっと人間にも神様に辿り着けない道理の向こう側、事象の地平線の彼方よ。話が逸れたけれど、ゲシュタルトはこの異世界からエネルギー、といっても魔素だけだけど、を搾取して魔法を行使できるわけ」

 

「あー、自然科学の基本法則たる質量保存則ガン無視ですか」

 

「質量保存則は魔素なんて考慮していないわ。前提が間違っていれば全て間違う。今までその法則が正しく見えていたのは、この世界に魔素がほとんど存在していなかったからよ。今は魔素を含めた上で新しいルール、いや、本当に正しいルールが必要。そのルールは『多元世界すべてでエネルギーは保存される』ということ。これが私が世界に提唱する新しい世界。まだ仮説段階ではあるけど、確信はあるわ」

 

「練乳とチョコだ」

 

 理解を諦め、知識を受動的に吸収することに方針転換した私の前、ちゅぶ台に二つのチューブが置かれた。

 あ、カイムさんいましたね、そういえば。

 畳に腰を下ろしたカイムは小さく溜息を吐いていた。

 うん、大変でしょ、夢美と付き合うってこと。いま私も苦しんでます。

 

「ありがと、カイム。そうね、言葉だけだと解り難いかしらね。模型を使って説明してあげるわ」

 

 夢美はそう言うと、私の方を向いたまま腕をニュルっと伸ばして、苺にチョコレートソースをかけようとしていたカイムの腕を掴みストップさせる。

 

「……いただきます」

 

「違うわ、カイム。今から苺で魔素の説明するから食べるのは後にしてね」

 

 カイムの合掌を夢美は上から叩き潰した。

 カイムは静かに苺から夢美に首を向けたが、そのまま無言でチョコチューブのキャップを締め始めた。

 カイムさん、本当にお疲れ様です。私は慣れましたけど。

 夢美はそういうと、自身の皿の苺を一つだけ残し、残りを全てカイムの皿に移してしまった。

 

「さて、ちゆり。このちゃぶ台が世界、いや宇宙だと思って。ちゃぶ台の端は事象の地平線。そして、苺の乗っているこの皿の一つ一つが世界なの。苺が魔素ね」

 

 そう言って夢美は苺の一つにフォークを突き刺し、手元で振っている。

 

「世界はこの世界だけじゃない。それはカイムの話から聞いても解ること。カイムのいた世界はこの世界と明らかに異質、異世界ね。この異世界が他に幾つあるのかはまだ解らないけど、一つだけという事はないでしょう。それはさておいて、カイムのいた世界、名前が無いと不便ね。『ミズガルド』とでも呼びましょうか。ミズガルドには魔素が満ちていた、この皿の苺みたいにね。その一方でこの世界、現実世界と呼ぶのは紛らわしいから『オリジン』とでも呼称しましょう。オリジンには魔素が殆ど存在していなかった」

 

 夢美は苺が刺さったままのフォークで三つの皿を指し示す。

 カイムの前にある山盛りの皿が『ミズガルド』。夢美の前にある苺が一つだけの皿が『オリジン』。私の前の普通の皿が、その他の世界ということだろうか。

 便宜上とはいえ、この世界に『世界』以外の名前が付くとは思わなかった。他の世界の存在なんて、想像はしても実際に存在するなんて誰も考えていないだろう。

 

「オリジンには苺がほぼ無かったの。だけど、ある日に大量の苺がこの皿に盛られることになった。そう、2003年6月12日『災厄』よ。あの日、新宿上空に穴が開いて、いや繋がったと言うのかしらね。ミズガルドの皿からオリジンの皿に大量の苺が流れ込んできたわ。それも『巨人』と『竜』というトッピングごとね」

 

 夢美はミズガルドの皿からオリジンの皿に苺をドバドバと移し、練乳とチョコのチューブを捻ってオリジンの皿にこれでもかとかける。

 苺の鮮やかな赤色が塗り潰され、一部で白と黒が混じりグロテスクな色合いになっている。甘党でもこの惨状はあんまりだと言うだろう。

 元の量より減ってしまったミズガルドの皿をカイムは静かに眺めている。……後で分けてあげようかな。

 

「練乳は『巨人』。魔素を白く塗り上げる。これがGOD。この白い苺を口にしたものは白塩化症候群を発症し、レギオンとなる」

 

 構わず講義を続ける夢美は、練乳で真っ白になった苺をひとつ口に運んだ。

 美味しそうに頬に手を当てているが、もうそれ練乳の味しかしなさそぉですね。

 

「チョコは『竜』。魔素を黒に染め上げる。これがDOD。この黒い苺を口にしたものはゲシュタルト体となり、カイムみたいな姿になる。そして、ゲシュタルト体が世界の壁を越えて魔素を搾取できるというのは、こう言うこと!」

 

 そういうと、夢美は手付かずだった私の皿から苺を一つをヒョイと指先でひったくり、その苺をチョコで黒く染めて口に運んだ。

 

「一つの皿で見れば苺の数は変動しているわ。だけど、よりマクロな視点ではどうかしら。ちゃぶ台の上では苺の数は変化していない。『多元世界すべてでエネルギーは保存される』というのが私の仮説。まだ仮説だけれど、たぶん間違いじゃないわ」

 

 解説はこれでおしまい、と夢美は付け足して、苺を嬉しそうに頬張り始めた。

 カイムも夢美が食べ始めた姿を見て、ちょっと少なくなった苺にチョコレートソースをかけている。

 魔素と魔力については何となく分かった。疑問は正直尽きないけど、夢美が教授として講義する以上は正しい知識なのは間違いない。

 夢美は間違った知識を教授することを嫌う。こうして話している以上、私がすべきなのはその知識をあるがまま吸収することだ。

 

「その甘グロい皿の惨状はともかく、感覚的には解りました。で、カイムさんの肉体とどぉ関係すんです?」

 

 夢美にまだ解決していない疑問をぶつける。

 魔素と魔力についてはいい。それがどうしてカイムの肉体に繋がるというのか。

 

「それを話すには『魔剣』についても話さないといけないわね。ちゆりは魔剣についてカイムから聞いてる?」

 

「一応は。人の魂やらなんやらが封じられている剣ですよね」

 

「そうよ。封じられているというより、宿っているという感じね。そして、カイムの魂もとい魔素で形成されたゲシュタルトが彼の剣に宿っている。竜大剣ではなくて、両刃長剣の方ね。カイム、ちょっと出してくれるかしら?」

 

 カイムが右手を翳すと、その手に黒い何かが集まってそれは一振りの剣となった。

 変化はそれだけではなかった。

 カイムの肉体から肉が消え、黒い身体に戻っていた。

 

「……教授、これは」

 

「最初はあの大剣にカイムの魂が宿っているのかと思ったけど、そうじゃなかったわ。あの大剣はカイムの所持していた魔剣が、"岩"の中で融合したのではないかというのがカイムの仮説だったの。実際に大剣からこの長剣が分離できたことで、この仮説は有力になったわ。あぁ、カイム。もういいわ」

 

 そういうとカイムの黒い手から剣が霧散して、カイムの身体に再び肉体が戻った。

 

「魔剣というのは素晴らしいわね。多大な魔力を秘めている高エネルギー体よ。その容量は人ひとり分の魔素を許容しても何ら問題が無いわ」

 

 夢美はカイムの肉体が元に戻るのを見届けてから、満足そうに頷いていた。

 

「さて、ちゆり。水35リットル、炭素20kg、アンモニア4リットル、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素。これが何を指すか分かるかしら?」

 

 夢美が紡ぐ言葉の羅列。最初は呆気に取られたが、私が問うた内容と照らし合わすとすぐさま答えは出てきた。

 

「人間、……ですか」

 

「そう、人間の材料よ。ちゆりは『災厄』時に東京タワーに発生した光の陣と観測された波長は知っているわね。2007年にも似た波長が確認されていた。カイムにこの光陣の記録映像を確認してもらったら、魔法陣の類であることが解ったわ。逆に言えば、それ以上は解らなかったのだけれどね。あの魔法陣に浮かんでいた文字はミズガルドの天使文字よ。カイムの知識を借りれば、天使文字はカイムのいた世界に最初から存在していた文字、まるで神の言語ね。天使文字はそれだけで力を持つから、ミズガルドの人々は天使文字を崩したものを使用していたらしいわ」

 

 ―――そうよね? と確認を取るように夢美はカイムを見詰めている。

 カイムは苺を刺していたフォークを下ろして首肯した。

 

「いや、異世界文化交流は良いんで、続き話してください」

 

「はいはい、向学意識があって何よりよちゆり君。正直言うと、魔法陣についてはそこで行き詰ったの。だからね、再現したの。"岩"を」

 

「え?」

 

 何故、ここで急に"岩"の話になるのか理解が追いつかなかった。そんな私に夢美は構わず講義を続ける。

 

「カイムは最初から"岩"の状態ではなかったの。この世界に来て、死ぬ瞬間までは人間のような肉体を持っていたらしいわ。だとすれば、あの魔法と"岩"は深い関係にあるとみて間違いない。カイムに"岩"の中での話を聞いたのだけど、なんでも昔の記憶が遡ったように再生されていたらしいわ。―――ここからは私の仮説。あまりに不確かな情報だけど、聞いて頂戴」

 

 夢美は、今から話す事が仮説であり、不確かであることを念入りに説いた。

 

「あの"岩"の中でカイムという存在は分解され、再構築されたと仮定したわ。それこそ、竜大剣の仮説と同じようにね。記憶が遡っているようにカイムが思えたのは、再構築の過程でカイムの歴史が再生されていたからと考えるわ。胎児が胎内で5億年の進化の歴史を辿るようなものかしらね。だけど、再構築の過程で何かしらの齟齬が発生した。カイムの魂は再構築されたけど、物質としての肉体は再構築されなかった。物質の代わりに魔素で魂の形を形成した。それがゲシュタルト。さっきの黒い身体ね。不安定なDODで形成された魂は依代を必要とした。そうしてカイムのゲシュタルトは彼が死に際に持っていた魔剣に宿ったというのが私の見解。

 そして、竜大剣の仮説から着想を得たわ。分解と再構築。魔素は構築式次第で自在に変化する。魔剣の魔法は火や水など生み出すけれど、それは魔剣そのものが構築式として、魔素を火や水に構築して魔法を発現させているから。魔素は魔剣の形も取れるし、魂をゲシュタルトとして形取ることが出来る。正しく神の粒子ね。この粒子を理解し、行使出来れば人間の材料を人間の形に創ることは不可能じゃないと確信したわ」

 

「ソフトに合うようにハードを改造。ソフトがゲシュタルトで、ハードは魔剣ってことだったんですか」

 

「そうよ、ちゆり。カイムの身体は剣で出来ている。私はカイムの剣を分解して、人間の形に再構築することを目指した。手段としては、再現した魔法陣にカイムの黒血で人間の構築式とカイムの名を天使文字で刻み魔法陣の起動を試みたの。岡崎夢美はじめての魔法にしては中々満足のいくものだったわ。結果は上々。陣にDODが集束して"岩"が出現したわ。研究所のとは異なり黒い"岩"だったけどね。いや、あれを"岩"と呼ぶのは誤りね。あれは"卵"。研究所の時の"岩"の画像をカイムに見せたら『再生の卵』と言っていたから、この再現実験で出現した"黒卵"を私は『再生の黒卵』と呼ぶことにしたわ」

 

「―――そんなので、人間が創れるんですか?」

 

 夢美は然もありなんと語っている。聞くには易し、やるには難しだろう。

 今この説明だって、どれ程のプロセスを噛み砕いて、省略して話しているのだろうか。

 

「創るというより、創り変えるかしらね。魔素と魔力の理解に丸1年。術式の研究に半年。魔法陣の準備だけでひと月、中々大変だったわ。まぁ、労力に見合う成果は得られた。カイムの剣は黒卵で再構築されて実験は成功。ゲシュタルトの宿る剣は人間の形を取ることが出来るようになったわ。私のお陰でカイムは肉体を取り直し、声も補助付きだけど契約通りあげられたわ。ね?」

 

「そうだな」

 

 夢美はカイムに感謝なさいといかにも尊大なポーズを取っている。

 カイムは無言で最後の苺を口に運んでから、一度だけ軽く応えた。

 いや、普通の人間であればその境地に至る為に一生かかって手に届くかどうかだと思うのだけど。

 夢美の話を脳内で必死で整理していると、一つ、どうしても噛み合わない歯車が存在しているのに気が付いた。

 

「教授、魔法を行使したんですよね。それはカイムさんがですか?」

 

「いや、私よ。カイムにはどうにも理解出来ないってお手上げだったからね、カイム」

 

「……ご馳走様だ」

 

 そう短く合掌してカイムはそそくさと食器を持って台所に逃げていった。

 カイムは魔法の理論については明るくない、それは知っていること夢美も私も知っていることだ。

 その上で、夢美の発言した情報を知識として整理する。頭の片隅でどうしても引っかかる事項があった。

 

「魔法を行使出来るのはゲシュタルト体だけって言いましたよね」

 

 私がそう言うと、夢美はゆっくりとした動作でちゃぶ台に両肘を突き、口元で手を組んで嬉しそうに私を鮮やかな赤目で見詰めた。

 

「そうよ」

 

 ―――ミズガルドのように世界に魔素が満ちていて、魔剣を使った魔法を行使するのなら話は別かもしれないけどね。と付け加えて続けた。

 

「多元世界から魔素を搾取し、理解し、行使できるのはゲシュタルトである必要があるわ。それがどうかしたのかしら?」

 

 試すような言いぶり。私の答えを待っているのだろう。

 私の中には一つの想像があった。夢美は知識より想像力が大事だという。

 

「―――夢美は何で人間のまま魔法を行使できたんだ」

 

「正解よ。さすがよ、ちゆり」

 

 夢美は短く吐き、手を翳す。その手に黒が収斂して一本の魔杖が現れる。

 杖を持つ夢美の姿は真っ黒のゲシュタルト体だった。

 着ているブラウスの白さが身体の黒さを際立てている。

 夢美が魔杖を宙に放ると魔杖はカイムの剣と同じように霧散し、夢美の姿は元に戻った。

 

「これは『賢者の意志』。竜大剣から分離してもらった65の魔剣の一つよ。カイム曰く、この魔杖が私を選んだらしいけどね」

 

 そう短く言うと、夢美は話の顔を見て少し笑った。

 私は今どんな顔をしているのだろうか。

 

「私、ゲシュタルト体になるの嫌いなのよね。あまりに色彩が無いじゃない。ゲシュタルト体はゲシュタルト体同士でしか会話出来なくて不便だしね。それに聞いてちゆり! 初めてゲシュタルトと肉体が分離した時、ゲシュタルト体が裸なのを忘れてたの。まぁ、お陰でカイムに貸しを一つ作れたのだけれどね」

 

 夢美は何の事でも無いように続け、けらけらと笑っている。

 この時も流石に夢美の助手であることを後悔したが、助手であって良かったとも感謝した。普段から夢美の奇行奇癖に付き合ってたおかげで、ワケの分からねぇ状況に対する耐性は付いていた。でなければ、私はやっぱり自分がイカれたんじゃねぇかって精神科医に駆けこんでいたと断言できる。

 なんで私の夢美がまっくろくろすけな人外の仲間入りしているのか。だけど、彼女が『岡崎夢美』であることを考えると、やはり仕方ないかと考えてしまう自分が少し悲しかった。

 

「教授、不純です。で、教授は人間止めたんです?」

 

「あら、ゲシュタルトも人間よ、ちゆり。私は人間を止めるつもりは無いわ。その為の『黒卵』の実験よ。ゲシュタルトのまま人間体を保つ『アンドロイド』技術よ。魔剣のような核が必要だから量産には向かないけどね。カイムの実験が上手くいった後、構築式と名前を私のものに私のゲシュタルトの黒血で刻み換えて術式を再起動したわ。『黒卵』を再出現させ、ゲシュタルトを『賢者の意志』に封じて黒卵に入ったわ。実験はカイム同様に成功。技術として確立できたと言って問題無いはずよ。……ただ、抜け殻の肉体の処分は流石に気が引けたけどね」

 

 さしもの夢美も少し顔を曇らせて言った。

 自分の肉体の処分。色々と考えると正気度が減少しそうだった。

 なるほど、これは食前に話せばグロッキーな気分になれる話題だ。

 

「ゲシュタルト体とアンドロイドは色々便利よ。魔法も理解できれば使えるし、DODとGODの関係性を考えるに白塩化症候群の感染も防げるはずよ。ちゆりもいつかアンドロイドになるかしら?」

 

 そう言って、夢美は最後の苺を口に運んだ。

 そんな軽い感じで、人間止めますか? と聞かれても困る。いや、夢美が言うようにあの黒い姿も人間なのか。

 ネットの書き込みにレッドアイだ宣言している奴が居たが、少しばかり本当じゃないだろうかと思ってしまう。これならネットサーフィンをするレギオンの特殊個体がいるかもしれない、そう思えてしまう。いや、流石にあの書き込みは冗句だろうけど、それくらい常識には囚われない方が良いと改めて実感した。

 常識なんて『災厄』の時に壊れていたんだろう。

 『岡崎夢美』は知らぬ間にかなり遠くに行ってしまっていたようだ。

 知の魔人を追い駆けるのは生半可じゃないけど、これが私の決めた道。

 話を聞き続けていた所為で、一人食べ損ねていた私の皿には苺が残っていた。

 何もかけずに食べるか、練乳をかけるか、チョコをかけるか一瞬迷ったが、私の手は一つのチューブを選んでキャップを捻る。

 黒い苺の甘味と酸味が口に広がった。

 

 

 




 どうも、作者です。ご閲覧ありがとうございます。
 日常回を書こう!→あれ?カイムが肉体持たないと色々と不便じゃね?→説明回前倒し
 そんな感じです。
 超解説回でした。約15000字。もう改正不可避な回です。
 DODやNieRの設定を知らない読者をふるいにかける鬼畜回で申し訳ないです。
 色々ツッコミ所満載です。ほんと、考えている設定を話に落とし込むのは難しいです。夢美視点だと更に情報を詳細に書くはめになって死ねそうだったので、ちゆり視点を借りて、設定の説明をしました。
 魔素と魔力については概ね話す事は出来た感じですが、アンドロイドはちょっと物足りない感。アンドロイドはハガレンのホムンクルス的な感じの存在だとイメージしてもらえれば幸いです。

 魔素と魔力についてGODとDODを設定したのには理由があります。
 NieRでは、『白塩化症候群の原因たる魔素を異世界に還元』とのような文言があります。ですが、NieR世界には神話の森のように魔素が満ちている場所がありますし、なにより黒の魔法が存在しています。このことから、魔素にも色々と種類もしくは形態があると考えたからです。そこから考え付いたのが、魔素そのものは害悪な物ではないということ、『巨人』の影響を受けた魔素GODと、『竜』の影響を受けた魔素DODでした。

 アンドロイドは原作でも2種類確認できます。
 一つはDOD3のアコールのような機械人間です。アコールはアンドロイドでも後期の量産型のように思います。魔法の使用に制限がありますし、傷を負えば血が出るのではなく、機械の身体が損傷するだけです。高い科学力は要求されますが、量産可能なアンドロイドだと思います。
 もう一つは、デボルポポル型。こちらは異質です。人間のような肉体を持ち、飯も食えば、酒にも酔います。そして、"黒の魔法"を使用できます。魔法は次元を越える力を得たアンヘルの培養組織(DOD因子)を組み込まれゲシュタルト化した存在が使える技術です(カイネが魔法を使えるのはテュランのお陰。エミールは魔法兵器だから)。では、何故デボルポポルが魔法を使えるのかという疑問にぶち当たりました。往き付いた結論は本作今話で説明した『アンドロイド』の設定です。魔剣を核にしたオーダーメイドです。量産出来ない分、アコール型より高性能です。ゲシュタルトが魔素により人間のような肉体を得たものと考えました。
 夢美がアンドロイド化するのに核とする魔剣は『賢者の意志』だと前々から決めていました。魔剣が人間を選ぶ。夢美に似合う魔剣は『賢者の意志』だとピンッときていました。

 世界観設定は安易なパラレルワールドにすると、マナに憑いていた『敵』もまた無数に存在することになって詰んだので、世界観設定は少し複雑にしています。原作設定でも『この世界とは空間を別にして存在する、異世界の存在を裏付けた「多元世界説」』とあって、平行世界という文言は見つからなかったので、ただのパラレルワールドとは違います。この辺は原作設定に記述の無い部分の為、完全な独自設定になりますが、生暖かい目で見守って頂けると幸いです。

 タグの擬人化は魔剣の擬人化でもありました。
 疑問が絶えない回なのでの改正不可避でちょくちょく書き換える回だと思いますが、ご閲覧ありがとうございました。

 これもう設定は別で投稿した方が良いじゃないかと思いつつ      うづく

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