Re:DOD   作:佐塚 藤四郎

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用(ry)


3.「静謐」-5

     5

 

 

 

 夕刻時。陽は早くも沈みかけ、夜の帳が降り始めている。

 賑やかな室内の空気に片耳を傾けながら外に意識を傾ける。暗闇が東の空から広がってきている。

 風の匂いを嗅げないので嵐が近付いているのかは定かではないが、良いとは言えない空模様だ。

 ガラス戸には結露、外気温がより冷えてきた証拠だろう。天気予報、予言や勘、五感に頼ったものなどではなく、統計に基づいた予測で雪の予報とあったのは間違いないようだ。

 外の気配とは裏腹に、居間の気配はうららかなもの。いや、姦しいと形容すべきか。

 暖房器具の類は過労気味の機械、エアーコンディショナーが細々と稼働している程度であり、この熱気のほとんどは人のモノによるのだろう。

 

 夢美の奴は酒気に当てられたのか、髪と瞳に負けず劣らず顔を赤らめている。

 呷った酒を噎せた際に殆ど噴き出して胃に流し込んでいないのを思えば、酒気ではなく雰囲気にでも当てられたか。

 夢美はグラスの酒の残りを俺に押し付けると、八雲、ヴィオレッタ=ハーンの手土産のイチゴを取ってくると言い捨てると、長い赤髪の三つ編みを揺らして席を外した。

 匂いだけで酔いそうと言っていた辺り、得意ではないらしい。

 

 ちゆりは自身と夢美の噴き出した跡を手早く片づけた後、グラスに残った少ない酒の黄金色を光に透かしたり、顔を寄せて犬猫の様に鼻をひくつかせては匂いを嗅いだり、微量ずつ舐めるように味を確かめては慣れない味にか顔を顰めている。

 好みは合わなかったようだが、夢美よりはイケる口のようだ。

 

 それなりに一緒にやってきていれば何となく分かることもある。

 ちゆりの今の関心は、夢美が嗅覚だけで初見の酒を看破したことに起因しているのだろう。少なくとも、この酒の由縁も知らず貰い受けて来た頃には無かった関心だ。

 夢美とちゆりの関係は『教授』と『助手』ではあるが、その関係性は地位や利害などだけで言い表せるものではない。とは言え、声と言葉を取り戻した今となってもその関係性を織りなす『何か』を言語化出来ないのは皮肉だろう。ただ、素直に良いものなのだとは思わされる。

 ヴィオラが夢美を評価した際、隣り合う人間を見て決めたと語った時は共感を覚えた。

 俺も地下の研究室で初めて夢美と邂逅した際の評価基準も似たようなものであったなと懐かしくもあった。

 

 ふと、手の内の黒剣から気配を感じて見遣る。

 魔剣の声無き訴えを何となく感じ、手慰みに手入れしていた魔剣・古の覇王、夢美が名付けたハオを宙に放った。

 軽やかに宙に舞う魔剣は次第に勢いを失い、慣性の頂点に到達すると落下することなくふわりと浮遊してみせた。漂うように浮きながらハオは夢美が遺したグラスの酒を窺うと、お辞儀でもするように俺の方に一度軽く傾いてみせた後、夢美が開発した浮遊魔法を自ら行使して夢美の後を追って居間から浮き漂いながら出て行った。

 ただ浮いているだけではあるが、俺には未だ理解及ばず行使できない魔法であることを思うと、なんとも微妙な気分にさせられる。

 

 魔剣の特徴は様々、特徴と言うよりは個性だと夢美は言っていたか。

 何にせよハオほどの独立した精神性を保持したものは珍しい。『古の覇王』でしかなかった頃はあれ程の自我、精神性は見られなかった。夢美を使い手に魔剣が選んでからの変化、全く別の何かに変容したのではなく、魔剣の内に在った精神性が喚起されての形、とは夢美の言である。

 夢美が言うには、ハオは魔剣の内の女王の記憶・人格を基軸として統合された意識とのこと。

 俺が『古の覇王』に見せられた記憶は、剣に降ろした邪神の力で国と民と己自身も滅ぼした王の記憶だけであったが、夢美は俺が見せられた記憶を含めて他に幾つもの記憶を見たらしい。女王はその内の一つだそうだ。

 魔剣に見させられた記憶の共通項や整合性、なにより夢美が知るはずのない元の世界の事柄、知識を魔剣との交信で得ている事からして事実なのは間違いない。

 

 確立した自我を保持する魔剣は極少数だ。

 少数の例で顕著なものは、『ゆりの葉の剣』と『鉄塊』だろうか。

 

 『ゆりの葉の剣』は自らを裏切った恋人を我が身と共に貫いた少女の怨念が宿る魔剣。

 魅入られて剣を握った者は手が離れなくなり、自らの意思に関わらず人を殺める呪いが込められている。

 夢美が初めて『古の覇王』を手にした際、呪いを懸念して咄嗟に刃を掴んで抑え込んだ要因の一つでもる。

 他にも手にするだけで危険な魔剣は幾振りもあるので、『ゆりの葉の剣』だけがとりわけ危険という訳ではなく、呪いも一応の対処法らしいものがあるだけまだ穏当な魔剣と呼べなくもないであろうが、五十歩百歩だろう。

 呪いから解放されるには腕を切り落とすか、魔剣に宿る少女の魂を魅了すること、らしい。

 らしいと言うのも、武器の記憶に過去無事だった者がいないことと、魔剣自身が記憶の最後の最後に『少女の魂を魅了すること()()()』という付け足したような曖昧なイメージ、印象を繰り返し送り込んでくるのだから、そうと言う他無い。

 俺の勝手な想像ではなく、魔剣の自我の意思の主張である。

 恐ろしい由縁と呪いを武器の記憶から知ったのは、『ゆりの葉の剣』が武器としてかなり使い勝手が良く魔剣に込められた魔法も極めて優秀なのもあり、敵を相当数屠った後の事。幸いにして魔剣に認められたのか、魔剣の言を借りるなら少女の魂を魅了したのか、腕を切り落とさずに済んでいるあたり、そうと言う他無い。

 過去無事だった者がいない中で、魔剣の安全性とその方法論を主張できるのは魔剣に宿る少女の怨念の他にいないだろうとは夢美の推察だ。

 自我に於いて言えば、現状のハオと同等かそれ以上の魔剣だ。今はどういう訳か大人しいが、大人しくしていてくれる事に越した事は無い。

 

 単一の強靭な自我を有する魔剣『ゆりの葉の剣』に対して、『鉄塊』は統合意識による自我を宿した魔剣だとは、夢美の寸評。

 『鉄塊』の元はバッカスなる将軍の大剣であった。武器の記憶で大剣は、弱者をも悦として殺める将軍、元所有者を『冷血漢』と称していた。

 将軍は己が力を誇示する為に殺めた敵の鎧を鋳溶かし、大剣に打ち合わせる。命を奪う度に重くなる大剣。次第に持ち運ぶことも困難になり、将軍はおろか誰にも扱うことの出来ない、剣とは呼べない代物、大剣は『鉄塊』へと成り果てた。

 魔剣の記憶の最期は、将軍の惨殺死体とその屍の傍らに添う将軍の血肉で染まった『鉄塊』己自身。

 嘗ての所有者の死骸を前に魔剣が抱く心は、振るう者がいなくなった『鉄塊』を誰が振るったのだろうか、その事ばかりを強烈な印象を以てして記憶に伝えてくる。

 夢美は自我が芽生えたばかりで、無自覚なのだろうと語った。元の大剣でしかなかった頃から記憶を有している点から、その大剣を人格の核として、犠牲者の血肉や、打ち合わされた鎧などから情報を集積・補強して末に発生した自我だろうと喜々として語っていた。

 魔剣の調査で六十余振りもある魔剣の中でも、夢美が興味深いだの、素敵だのと捲し立てて取り分け喰い付きが良かったことで印象に残っている事例だ。

 

 魔剣が意思疎通の出来る自我を有する事、統合により生まれる意識など、ハオの性質は起こり得るものとして理解出来る。理解は出来るが、珍しい事には変わりない。

 大抵は狂気、妄執に囚われ、呪いに染まっていれば、穏当な部類でも記憶、自我が風化した残骸……と呼称するのは些か虚しいか。いうなれば思い出の化石のような魔剣が多数派なのだから。

 魔剣が、『古の覇王』が夢美を選んだことから相性が良いのは間違いないが、それ以上の因縁があるかもというのは、些か夢想が過ぎるか。『ゆりの葉の剣』の事例のように、訳も分からず魔剣側から好意を抱かれる場合もあるのだから。

 夢の事は夢の字に任せればいい。

 夢美が魔剣を手に譫言を繰り返す様にも慣れたものだ。その様を初めて見た時はいよいよやはり魔剣に憑り入られたのではとひどく恐れたものだが、よもや魔剣と交信、意思疎通しているとは誰も思うまい。

 あの時ばかりは、さしものちゆりも本気で夢美を殴りつけていた。赤いのは好奇心のままに突っ走るのだからロクでもない。ちゆりの面倒見の良さの訳も推して知るべしだ。

 

 ハオの行く末を目で追いながら、夢美に押し付けられた黄金の酒の残りを一口呷る。

 強い酒気が喉を焼く。

 混酒の複合的な味わいや仄かに香る薬草の青臭さなど飲み慣れていないのあるが、単純に度数の強さでまた小さく噎せる。ドラゴンではないが火でも吹けそうだ。

 元の世界ではこれ程強い酒を嗜む事はそう無かったなと昔を振り返る。どのようなものがあったかと思い巡らせるも、酒名はおろか味や香りの片鱗すら浮かばない。知識、文字列と異なり五感の記憶は鮮明に残るものだがさっぱりだ。

 祖国が在りし時も剣、剣、剣。亡国の身となり戦場を住処にしてからも同じだったなと血腥い記憶が蘇り、自虐的な溜息が複雑な酒の香気と共に鼻を抜けた。

 

 手慰みの魔剣も手を離れ、処理すべき酒も無くなったことで意識は自然とヴィオラに向かう。

 女史の名をどう呼ぶか迷わされたが、ヴィオレッタ=ハーン、ヴィオラでいいのだろう。

 名前というものが如何に大事であるかは馬鹿者なりに自覚、学んでいるつもりだ。先の夢美とのやり取りを窺えば、ヴィオラ自身、その名で呼ばれることに決心がついたように思われた。

 ヴィオラのグラスを見ると、乾杯時に満たされ、そして飲み干された筈の杯にはいつの間にやら、黄金の酒が満たされていた。何杯目なのであろうか……定かではないが、ヴィオラに酔いの気配は微塵も無い。

 酒豪、だけでは言い足りないだろう。度数だけでなくクセの強いだ。よほど飲み親しんだ酒なのかもしれない。

 ヴィオラの手元のグラスへと注がれていた視線に割り込む様に、ヴィオラが整った顔を覗き込ませ強制的に目が合う。

 

「あらあらぁカイムさん、盃が空いておりましてよ。ささ、さぁさぁ」

「不要だ。充分に愉しませてもらった。――――ヴィオラの取り分を減らしては気が引けるからな」

「あぁん♪ ようやっと名前で呼んでくださいましたね」

 

 夢美のグラスを夢美の席に返しつつ、喉元に手を宛がって人工声帯の具合を確かめながら断りを入れる。

 断りを受けヴィオラは素直に酒瓶から手を離すと、肢体を妖艶にくねらせて席を寄せ、肩、二の腕に手と胸を寄せてくる。均整の取れた柔軟にして無駄のない筋肉は猫か蛇のようだ。

 添わせる手は傷やタコ、日焼けの無い白く綺麗なもの。細く長く白い指には職業柄の傷や曲がり癖も無い。指先の爪は幅狭く縦長の女爪で化粧の類か宝石のように色付き艶やかだ。貴族的な手と言えるだろう。

 先にヴィオラが披露して見せた手の平の傷の再生具合を鑑みるに、あまりアテにならない観察かもしれないが、手は人となりを窺うのに分かり易い指標だ。全くの無駄ではあるまい。

 

 ふと背に薄ら寒いものを感じ、その気配の方に視線を向けると粘りつくような視線、ジト目のちゆりと目が合った。

 俺の態度を嗜めての事かと思われたが、その冷ややかな視線はヴィオラの豊かな女性的肉体、主に胸部に注がれているように思われた。同性としては思う所があるのだろうとは察するがそれまでだ。

 俺に出来る事は能う限り余計な言葉と表情を表に出さず、静かにヴィオラに向き直ることだけだった。

 

「……どう呼ばれたいのか分からなかったからな。八雲紫なのか、ヴィオレッタ=ハーンなのか」

「そんなにわかりやすかったでしょうか?」

 

 絡みつく腕から上目がちに見上げてくるヴィオラ。

 蒸気した頬、涙の溜まった瞳、腕への柔らかな感触、儚げに物憂げな面持ちで同情を誘う様は、夢美やちゆりには無い手段、交渉の手管に精通していると自称するだけのことはあるなと思わされる。

 

「夢美は容赦がない。アレにぶつかられたら誰であろうと揺らぐ」

「違いありませんわね」

 

 少し私怨もどき交じりの言葉を吐き捨てると、ヴィオラは小さく苦笑し、言外に肯定の意を示す。

 ヴィオラは俺の腕に絡みついていた手を離し、酒の入ったグラスの淵を白い指先でそっとなぞる。ハープのような音と共に酒の湖面が波立った。

 

「彼女も言っていたように、名前というのは世界から自己を切り取る境界。境界の妖怪であったものとなれば神経質になりも致しましょう」

 

 酒を嗜みながら語るヴィオラの言葉を聞き、俺は"竜"、『アンヘル』のことが想起された。

 あの夢のような世界、ドラゴンは何故、最後の最後でその名を俺に打ち明けたのか、託したのか。俺はアンヘルや夢美、ちゆり、ヴィオラほどに賢くない。とすれば、見出せる理由は単純なものでしかない。

 名を呼ばれたいと、そう願ったからだ。

 

「誰しも呼ばれたい名前で呼ばれる権利がある、そう思うだけだ」

「"竜"殿がそのように?」

「どうだかな」

「人は名の価値を忘れがちです。肉体が、器があるが為でしょうか。名など無くても存在し得る、存在し得てしまう。それが強さであり、弱さでもあります」

「"竜"の名を知らない、忘れたなど間の抜けた事は言わぬ」

 

 俺の言葉にヴィオラは満足げに微笑むと、無断で俺のグラスをひったくるとその淵いっぱいにクセの強い黄金酒を満たして寄越した。

 

「察しが良くて助かりますわ♪」

「夢美は直球に過ぎるが、ヴィオラは迂遠に過ぎるな」

「あれと比較されては何でも迂遠に感じましょう」

「夢美の奴は、意識か無意識か、ヴィオラと八雲、二つの名前を呼び分けている。俺にそこまでの察しの良さを求められても困る」

「あそこまでいかれるとワタクシもやりにくいので、竜騎士殿のは今のままでよろしいのではなくて。して、"竜"殿の御名(みな)はなんと」

「言えんな」

「何故です」

 

 ヴィオラの問いに思考を回す前に舌が即応する。

 即時断られたことにヴィオラは気の引けた様子も無く尋ね返してきた。

 真っ直ぐな(むらさき)の眼差しを受け、喉に詰まる何かを黄金酒を一息に呷って押し流す。腑に落ちる火酒が喉を鳴らし、首輪の締め付け、声の実感を齎した。

 景気付けと呼ぶにはこの酒は些か辛い。

 

「――――人に名乗るのは俺が最初で最後、だそうだ。知りたければ直接聞け」

 

 俺の答えをヴィオラは目を細め、ただただ静かに頷いて聞いていた。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

「む、()んのはな()?」

「はしたねぇし」

「あらあら、苺は逃げません事よ」

 

 夢美が苺を頬張りながら、苺が山の様に盛られた皿を手に居間に戻る。

 付いて行った魔剣、ハオは夢美の腰裏の鞘に収まっていた。短剣の鍔ほどに苺の(へた)の切れ端らしきものが付着している。人斬りの魔剣が包丁替わりとは人、否、剣とは斯くも変わるものか。

 

 

「む、ふぅ。で、何の話してたの?」

「内緒ですわ♪」

「えー?」

「ヴィオラさんに色目使いされてお酌されてましたヨ」

「っ!?」

「……そうよね、男の子だもんね、ごめんね、ごめんね……」

「あらあら」

「止せ。早々話を付けろ。夜が明けるぞ」

「それを言うなら日が暮れるでしょ」

「とうに暮れている」

「もう? ……うっわ、暗。この空模様だとほんとに雪ね」

 

 夢美とヴィオラだけでも相当厳しいものを、まさかのちゆりにまで加わられては勝ち目など無い。

 ヴィオラに詰め寄られた際に振り返ってちゆりと目が合った時の仕草で不興を買ったのだろう。夢美の陰に隠れがちではあるが、ちゆりの洞察、観察力も並を外れている。こちらに非らしきものがあるのを自覚する以上、甘んじて受ける他無い。非の有無の確認など馬鹿を越えた何かだろう。

 余計な発言を許して雁字搦めにされる前に交渉、事務話を促すようにガラス戸の外を指し示す。

 夢美は手にしていた皿を机に置くと、ガラス戸に駆け寄り空の具合を窺った後に、外の誰かに手を振るような仕草をしてカーテンを閉めて席に戻った。

 この家屋は都市近郊でありながら人気の無い立地。ご近所と呼べるものはひとつとていない。とすれば、密偵の類だろうか。外から此方を窺う密偵と目でも合ったのかもしれない。ともすれば何とも間抜けな話ではある。

 

「知り合いか」

「むぅ、たぶんヴィオラの連れかな。ヴィオラ、もう閉めちゃっていい? 冷えちゃう」

「構いませんわ、『待て』が出来る程度には仕込まれております。むしろ、今の今まで開け放ちの覗き放題の方がどうかしておりましてよ」

「やましいこともやらしいことしてないもん。他者の目なんて今更だしね。我が家の王子様の丁度良い無害さアピールにもなったでしょ。あの覗き魔さん達って米日合同?」

「ワタクシの付き添いは合衆国の方らだけですわね。ヴィオレッタ=ハーンなんて名前、この国では使いにくくて仕方ありませんでしょう?」

「違いない。さて、研究についてだけど何から話そうかしらん」

「教授。ヴィオラさんの異界話の衝撃で各国のスタンスの話聞くのすっ飛んでますよ」

「……うぇ」

「研究成果の講義と苺タイムの前にちゃちゃっと済ませて下さい」

「むむむ」

「何がむむむだ」

 

 ちゆりの指摘に夢美は苦虫を噛み潰したような顔をする。己も祖国が在りし時は王の後継、王太子として政治に携わっていたのもあり、苦い顔になる気持ちは理解できる。

 元の世界はこの世界ほど科学技術が発展していない事による環境や距離の壁、魔物等の脅威もあり政治の範囲は限られたものであったが、この世界は大きく事情が異なる。

 万国が万国とヒト、モノ、カネ、思想などで複雑に絡まり合って繋がり、万国は万国の隣国のような係争関係に成り得る世界。この世界で起きた二度に渡る世界大戦が証左しているだろう。

 そんな複雑怪奇を極めた世界での政治遊戯など考えただけで眉間に手を宛がいたくなる。だが、無知無謀のままでいられなのも確かだ。世界は優しくなく、無常に流れ続ける。己で立ち向かうのを諦め、流れに身を擡げて底に沈んでは貪られるだけ。掬い上げる慈悲深い存在などありはしないのだから。

 

「ねぇ、カイム。王子様でしょう、何かこう政治アドバイスとかないの?」

「没落した王家の人間に政治的助言を求めるのか」

「亡国になっても、"巨人"に連なる敵性存在『帝国』に対抗する『連合国』その内で影響力を有していた勢力の首領の言葉、と言えば価値がありそうじゃない?」

「乗せてくれる。だが、勢力として連合国内で影響力を保持できたのはイブリス卿、腹心の臣の働きに依るものだ。元より内陸国の陸軍国家、その軍事力を後ろ盾にした影響力あってのもの。政治的手腕で得たものではないな」

 

 夢美の言葉に本心から断りを入れる。俺だけで祖国カールレオンが滅ぶに至る動乱を鎮める事は到底不可能であった。

 イブリス卿は、古き時からの友であったイウヴァルト、その父にあたる人物。

 父王、母妃からも信頼され、妹フリアエとイウヴァルトを許嫁にする程の腹心の臣。魑魅魍魎の巣であった宮廷に於いて彼の息子のイウヴァルトと共に数少ない確かな味方であった。

 武より文を好む人柄であったように覚えている。俺が父ガアプの影響で剣、武に傾倒したように、イウヴァルトがハープや歌に親しむきっかけだったのであろう。

 そんな彼であったが、王都に黒竜が襲来し、赤目の病が蔓延した動乱には自ら剣を携えて先陣に立ち上がり、祖国の再建に尽力してくれた。動乱の戦傷が元で彼は亡くなくなられたが、その働きに依りカールレオンは亡国となりつつも王直轄軍、臣下手勢は分裂離散する事無く『連合国』へと合流できた。

 当時の俺は復讐心に囚われ、心も視野も狭く浅はかで思い及ぶべくも無かったが、今ならば卿の功績の大きさを理解出来る。

 

「やはりパワー……!。パゥワーは全てを解決してくれる……!!」

「発言が馬鹿なんだぜ」

「的は射ていますけれどね。健全な暴力装置は外交の大前提でありますから」

 

 俺の内心を他所に夢美の奴は鼻息荒く拳を握り間抜けな事を言い、ちゆりが呆れ、ヴィオラが得心する。一周回って夢美の言葉が正しいように思えてしまうのが恐ろしい所だ。実際のところ、軍事力の必要性はその通りなのだが、素直に受け入れ難いのはその突飛な発言ゆえだろう。

 

「外交を担う者としてお尋ねするのですが、あなた方の要求は何なのでしょう?」

「異界を抜きに、この人間界、主要政府組織に対して、と要求先を定義するならば、相手に求めるのは完全独立の勢力として容認、それだけよ。政府方が差し出せるモノは他に何も無いわね」

「"竜"の返還要求は致しませんので?」

「ヴィオラのオトモダチが勘違いしているようなら伝えておきなさい。"竜"は誰のものでもない。"竜"自身のものであり、それと一心同体たるカイムのものよ」

 

 夢美はそう言い切ると、言葉を切って赤い視線を俺に向けた。それに合わせるようにヴィオラもその紫瞳を差し向ける。

 俺と夢美の間を行き来する眼差しは不服気だ。

 

「気持ちは重々理解致します。ですが、かの"竜"を安全確実に引き渡してもらう為には、」

「紫は"竜"に親しみ過ぎている」

 

 ヴィオラの言葉を遮るように夢美が声を挟む。

 夢美からヴィオラに向けられた言葉であるが、その言葉に己の心の臓が跳ね上がる錯覚を覚えた。

 

「"竜"の回収行動を起こさないのは政府組織に遠慮してのことではない。そこのカイムの寝起きの悪さで第二研究所の有様よ。"竜"がどうして寝起きが良いものだと思える? カイムの時を凌駕する破壊を(もたら)し得る"竜"の暴走、その可能性に備えての事。私との接触でカイムは"岩"から覚醒してああなった。私とカイムの"竜"との接触はどう足掻いても安全で確実で穏当なモノにはなりえない」

 

 夢美はそう断言すると、瞑目して小さく溜息を吐いた。

 話し中、ヴィオラは呆気に取られた顔で固まっていたが、夢美の溜息を受けて我に返ったようで、渋い面持ちとなる。

 

「……"竜"を、外交カードを握ったと思っている者達に是非聞かせてやりたいものですわね。切り札かと思いきや、とんだババ札を掴まされていたとなれば、さぞ愉快な顔を拝めますでしょう」

「鏡なら洗面所」

「あぁん、手酷いですわ。合衆国方が"竜"の身柄を押さえているのご存知でしたの?」

「まさか。研究と実験で手一杯、そんな暇ないわよ。ただ、私達に交渉を持ち掛けてくる陣営が"竜"を押さえている可能性が一番高いと踏んでただけ。そしてヴィオラは合衆国の立場でここに来た、それだけよ」

「勘ですか」

「勘ね。他に交渉材料になる要素も無いし、武力で脅そうにも、人質になるような身寄りもいなければ、私達自身が研究情報の塊そのものであり、殺してしまっては本末転倒。何より、ヴィオラが手土産、準備を欠かさないマメな性分のようだし」

 

 夢美はそう言うと、ハオを鞘から抜いて宙に放る。

 手から離れて浮遊するハオ。

 鍔に付着していた蔕の切れ端を取り払いつつ、皿から苺を一粒夢美が手渡す。ハオは『黒の手』で苺を器用に受け取ると、苺とテレビのリモコンを黒の手にテレビの前に鎮座してリモコンをいじっては思い思いの番組を鑑賞しだした。

 苺は食べる、ワケでは流石にないようだ。『黒の手』の手の平で転がしたり持ち上げたりと色や形、もしかしたら匂い、味まで感じて楽しんでいるのかもしれない。

 

 何なのだ、あの魔剣は。どうすればああなる。

 ヴィオラがハオに驚いた様子はない。ヴィオラが語る『異界』では物が浮いたり好き勝手にすることは珍しくないのかもしれない。いや、ハオに気を取られたが、ハオの事はどうでもいい。……何だあの魔剣。

 

 好物など書類に記載する事はあるまい。調べるとなれば骨な事だろう。そんな個人の好物を知っておきながら、勢力として要求されるだろうものを知らないとは考え難いか。

 思い至れば当たり前の様に思えるが、よく頭が回るものだと思わされる。好物だと飛びついてちゆりに頭を(はた)かれていたのが嘘のようだ。あれはあれで本心から飛び付いていたように思うが。

 

「それもそう、ですわね。当たり前すぎて抜けておりましたわ」

「『異界』を軸にしていた八雲紫からしたら、"竜"より人間の方に気が割かれるのは当たり前でしょうから無理もない」

「ヴィオレッタ=ハーンとして肝に銘じておきましょう」

「"竜"の管理は日米共同? 合衆国単独?」

「後者ですわ。第一研究所から移送されて、今は横須賀です。形式上は米日の共同管理という話にはなっておりますが、実質合衆国の預かりですわ」

 

 横須賀というのは横須賀基地の事を指すのであろう。

 それも日本国政府軍の基地ではなく、日本国との同盟関係の合衆国軍の基地。

 第二研究所からさらに南下した半島のように出っ張った土地、横須賀。

 祖国が内陸国だったこともあり海、海軍に関しては門外漢だが、海運・水運の重要性は知っている。要は関門だ。

 東京は日本国の首都、とすれば横須賀は首輪。ここを締め付けるだけで首都が飢え乾く。横須賀を押さえれば東京湾、首都東京を押さえたも同義、軍事的価値は計り知れない。

 政府機能、首都機能は九州地方の何処だったかに移転中、住人も方々へ散ったらしいが、それでも現首都にして係争の最前線、そこを拠点とする基地である。その規模と軍事力は推して知るべきだろう。

 アンヘルが遠のいたと憂うべきか、安全な場所に落ち着けていると安堵すべきか、何とも不思議な感覚だ。

 

「第二でカイムが暴れた時に如何にも出来なかった点を突っ込まれたら日本国は他国の介入を拒否は出来ないでしょうね」

「ええ。横槍が入る前に親切な同盟者としてそこに付け込ませて頂きましたわ。して、そんな暴れドラゴンライダーが落ち着いておられるのは夢美の入れ知恵?」

「ある意味ね。ただの事実を囁いただけ。『君は強い。暴走したドラゴンを斬り殺せる程度には強いだろうね?』て」

「フフッ、残酷なこと」

 

 赤と紫の瞳に意地の悪い色が混じって俺へと向けられる。この居心地の悪い感覚、この国では針の筵とでも言ったか。

 

「それからは焦れる余裕も無い程に知識と魔法の習熟を詰め込ませてる。素直で実直に成長するから教えがいがあって愉しいよ」

「愛のムチですわね」

「大半の教鞭を握ってるのはちゆりだけどね。艱難辛苦を蹴散らして、暴走したドラゴンも無傷で捻じ伏せて如何にかしてやれる程の強さを手にすればいいだけ。でしょ、カイム」

「あぁ。そうだな」

 

 簡単に言う、と反射的に出かかった否定の言葉を噛み殺し飲み下す。

 夢美の言葉は無茶苦茶だが嘘が無い。

 "竜"に親しみ過ぎている、これほど俺に刺さる言葉はそう無い。

 心の何処かで、アンヘルとの再会は都合の良い結果になると思い込んでいたのは確かだ。この思い込みを迂闊と捉えるか、希望と捉えるかは如何ともし難い。

 

「時が来ればどうあっても引き取りに行くから"竜"は交渉材料に足り得ない。それよりは異端の許容、までは欲張らないから、隔離しての黙認の形でもいいから完全独立の勢力として認知して欲しいのが一番にして唯一の交渉ね。人間界政府方の持つ長所は圧倒的多数派であることであり、私達の明確な短所は少数派であることだからね」

「完全独立、何処かの傘下に仲良く収まる方がスマートかもしれませんわよ?」

「『幻想郷』。『異界』でも『人間界』でもない出の貴方が言ってもねぇ、紫?」

「フフッ、違いありませんわね。異物が混入したら、排除されるのが世の常。その方針で参りましょうか。前提として、如何に独立を主張しようとも、どうしても合衆国寄りになるのも相まって現状の大陸系との協働は絶望的になる事はお覚悟を」

「おっけーおっけーよ。完全独立とは言いつつ、完全なんてのは往々にして望み得ないからね。こちらは協力の用意があって敵対の意図は無いことと、噛みつかれたら噛みつき返す程度の力を持っている事を知っておいて貰えればそれでいいわ。今後の世界の行く末次第ね。欧州の具合は?」

「国としてまともに話が通じるのは連合王国のみですわね。合衆国と協調路線を取ると伝え聞いております。他の欧州国家は体裁こそ保っておりますが、その内実、民族や思想対立で纏まりに欠いております」

「後回し後回しにしてきたツケね。かと言って下手に纏まられて独裁になられても困るんだけど」

「それについてはある意味安心してよろしいかと」

「口ぶりからして独裁アレルギーとか曖昧なモノではないわね。嫌ぁな覚悟が決まったわ。どうぞ、続けて」

「【6.12】以降の混乱は未知の出来事に対して精神主義の台頭によるものが大きな割合を占めております。そして、皮肉ではありますが、精神主義による社会不安を宗教組織が繋ぎ止めているというのが実状です」

「独裁が生まれる余地は精神主義、宗教組織が纏め押さえている、と。なるほど、確かに『ヘタ』にはならないかもね。大人しく一つの世界宗教に纏まってくれれば一番ありがたいけど」

「"巨人"や白塩化症候群などの実在する脅威のお陰で流血の伴った対立には発展しておりませんが、このままいけば宗教間の対立は時間の問題でしょう」

「社会不安が精神主義を台頭させるのか、精神主義の台頭が社会不安を招くのか」

「どちらも人間を端に発しているのを思えば、同時、両方でしょうね」

「紫が語る人間ほど客観性の保証は無いわね。やれ、暗黒時代に遡るのは勘弁願いたいわね」

「科学者にして、魔法使いにして、異端。トリプル役満ですわね?」

「火炙りはもっと勘弁。魔法の行使に精神が作用する以上、精神の励起に宗教は使えるからいいけど、暴走は面倒ね。紳士には羊飼いに徹してもらうのが一番かなぁ」

「精々三枚舌に丸め込まれないように気を払うことに致しましょう」

「舌の枚数だけでなく、指の本数も数えておくことね。さてさて、メリケンとヤポンはどうなのよ」

「日本国はかなり厳しいですわね。未知への許容、理解は高いですが、白塩化症候群による実害を被っている以上、未知の何某(なにがし)以前に現実の脅威として認識されており印象そのものが最悪です。【6.12】に始まり新宿封鎖作戦や【エリコの壁】、そして第二研究所の事件、積もり積もったのもあり武断派が影響力を伸ばしております。それでも国家、国民の性質もあり、中庸に落ち着こうという力が働いており全体で俯瞰すれば中道ではありますが」

「逆に言えば身動きが取れない状況か、やりにくいわね。私達の側から下手に接触して変な方向に傾かれる前に合衆国側から干渉して手綱握ってもらうのが一番ね」

「合衆国は歓迎の用意があります。ただ、一部からあなた方への優位性、"竜"を手放す事への拒絶反応が出ておりますので、調整は不可欠ですが」

「歓迎ね。拒絶や難色を示すのが普通だと思うけど」

「大国としての余裕が半分。岡崎夢美、貴方に執心している者達からの影響力が半分ですわね。朝倉理香子、紫髪の女に覚えは?」

 

 ヴィオラからの問いに、夢美は首を捻りつつ口元に手を宛がう。記憶を漁っているのだろう。

 アサクラ、リカコ。初めて聞く名だ。夢美の他者への関心の薄さは当人やちゆりとの話、同行しての実感として感じている身としては、夢美の記憶に残る人物と言うだけで傾注に値する。余程優秀か、余程癖が強い人物なのだろう。

 夢美の知人ならばとちゆりの様子を窺うと、ちゆりとすぐに目が合う。

 そっと微笑むちゆり、……あれは内心機嫌が良くない証拠だ。知人ではあるが、難しい仲のようだ。

 

「ボストンの茶会にいた、かな。研究狂いの賢い子、それくらいしか覚えてないけど。ヴィオラは彼女と縁があったのね。私の事を知ったのも彼女経由か」

「ご名答。彼女への良い手土産話になりましたわ。主要国のスタンスは以上。言うまでも無いですが、研究に関してはここの裾野にも達しておりませんので割愛を」

「やっと終わったぁん……。あー、ちゆりとカイムは何か聞いておきたいことある?」

 

 萎れるように机に項垂れる夢美。

 机に拡げれていた地図や物を無遠慮に押しのけて安息のスペースを確保する。片づけるという選択肢は無いらしい。間抜けな姿ではあるが、あの恰好で聞いた話を纏めているのだろう。

 目が合っていた俺とちゆりは夢美の言葉に互いの顔を窺うと小さく頷き合う。ちゆりの方から出るらしい。

 

「特に無ぇです。今後の方針も合衆国との交渉と定まりましたし上々でしょう」

「ヴィオラが言う『調整』とやらが整うのはいつ頃になる」

「年内には。情報とは漏れるもの。要らぬ時間を許しては愚か者が阿呆な事を思い付きかねません。あなた方が提示する対価、研究や魔法、白塩化症候群の対抗薬等への報酬の用意も必要ですわね。モノ・カネと違ってポンッと渡せるものでは御座いませんので」

 

 大げさに両手を広げて呆れるような仕草を取るヴィオラ。

 如何にヴィオラが優秀とは言え、流石にその一存で全てが解決できるわけではないようだ。まぁ当然だろう。夢美の要求、独立した勢力としての容認、ともなれば合衆国のみならず他国からの承認も必須。

 元の世界で独立した勢力と言えば、永世中立を謳うエルフの里がそうであったか。由来は知らないが、その独立・中立性は周辺国からの承認によるものであった。成程、まさしく『調整』が必要だろう。

 項垂れていた夢美が身を起こし一息に背を伸ばす。伸ばした勢いのまま後ろに上体を倒して大の字で仰向けになる。何とも騒がしいが、夢美の中で話が纏まったとみえる。

 

「研究が評価をされる日が来るなんて、未来なんて分からないものね」

「良かったじゃねぇですか、ほい」

「もごごごっ」

「ん? ハオもどぉぞ」

 

 仰向けになった夢美の口にちゆりが皿から一粒摘み取った苺を突っ込む。

 使い手の様子を察したのか、ハオが自分もといった雰囲気で近寄ってくると、ちゆりから苺をまた一粒受け取ってテレビ前に戻っていった。

 この使い手をしてあの魔剣あり、なのかもしれない。……元の苺は何処に? 食べたのだろうか、まさかな。

 

「白塩化症候群への対抗薬だけでも充分な成果で御座いましょう。見慣れぬ魔法を行使している様子からして、原理解析も進んでおられるようですし」

「分かりきってないけど、使えるから使ってるというのがほとんどよ。基礎研究はそこそこに応用研究を優先せざるをえなかったから」

「ですが、第二研究所の事件から僅か二年足らず。よく練り上げられたものです」

「違いますよ」

 

 凛とした声が通る。

 予期せぬ方向からの声に俺とヴィオラはおろか、夢美とハオまでもが声の主ちゆりに意識が囚われる。

 

「二十年です」

 

 ちゆりは静かで穏やかな声でただ短くそれだけ発し、続く言葉を待つ此方を他所に笑顔で沈黙した。

 二十年。夢美の齢が丁度それだ。

 

「それはそれは、大変失礼いたしましたわ♪」

「……より正確を期すなら推定、二十年だけどね」

「うるせぇ」

「もごごごっ」

 

 ヴィオラは割り込み指摘を喰らったにも拘らずご満悦といった様子。反面、夢美は寝そべったまま口先を天井に向けて尖らせてはへそを曲げている。

 本当に不満というわけではなく、素直になれない時の態度だ。まともに相手してご機嫌を立てるとなると面倒極めるが、ちゆりは手慣れたもので尖り口に苺を突き立てて黙らせた。迷いの無い見事な手際だ。

 

 暫く仰向けの恰好のまま苺を咀嚼する夢美と見下ろす形で沈黙するちゆり。

 その間に言葉は無いが、多くの事が語り合われているように思われた。

 咀嚼の最後の一噛みで瞑目する夢美。嚥下された苺が細い首を波立たせる。

 深い呼吸のち、瞼を開け放って一息に身を起こす。

 双眸の赤は爛々とした光を取り戻していた。機嫌は直ったようだ。

 

「よし、それでは講義を始めよう。出欠は取らないからね」

 

 岡崎夢美による特別講義が始まる。

 

 

 




◆小話
 ハオの名前
 漢字をあてるなら『郝』 赤に阝(おおざと、むら)
 たぶんこの設定が作中に出る事は無い

 イブリス
 イウヴァルトの父。イヴリスではなく、イブリスであることを、資料を漁り直して最近改めて知った。

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