Re:DOD   作:佐塚 藤四郎

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用語説明回、と言ったな。アレは嘘だ。


3.「静謐」-3

     3

 

 

 畳の居間でヒーター無しのちゃぶ台こたつを囲む私とカイムとヴィオラ。

 部屋には、ブラウン管テレビから昼時ワイドショーの騒がしい音声がBGM代わりに流れ、少しボロのきている家庭用エアコンは唸るような駆動音を上げながら生温い空気を吐き出している。

 テレビの画面にはヴァレンタインのチョコレートをテーマにした話題や、チョコレートにまつわる商品トラブルなどが電波に流されていた。研究漬けの生活と、直近の襲撃の対応で日にち感覚を喪失していたが、今日が2月14日、ヴァレンタインデーであったことを思い出す。

 窓から伸びる陽射しは薄い。雲一つなく晴れているにも関わらずに、冬空特有の霞んだ青さは空に薄い膜が覆っているかのような息苦しさにも似た錯覚がして、一つ深呼吸をして充分な酸素を取り込み脳を活性させる。

 如何にも長くなりそうだからと、ちゆりの提案で居間の場を移した私達はちゆりに促されるままに腰掛けて(くつろ)いでいた。といっても、ヴィオラが正座で座るのを見たちゆりが正座を提案してきたので、私もカイムも慣れない正座をしている。しっくりこない姿勢にモジモジする二人をよそに、ヴィオラはと言うとスッと背筋が伸びた、それはもう美しい正座をしていた。ドレスのカーテシー礼に慣れつつ、正座にも慣れ親しんでいる貴方は本当に何なんだと、正座に悪戦苦闘していなかったならきっと叫んでいただろう。

 カイムは初め、腰を下ろすことそのものに渋っていた。おそらくは警戒態勢を維持する為なのでしょう。けれど、ちゆりが詰め寄り、何をするわけでもなく、静かに顔を突き付け合わせていると、諦めたのかその重い腰をやっと下ろした。下ろす方向でこの手の表現を使う日が来るとは思わなかったわね。

 そんな私達にちゆりがお茶を運んでくる。和風な茶飲みであるけれど、中身は紅茶だ。

 

「粗茶ですが」

「昼間からお酒とは話せますわねちゆりさん」

「茶だっつってんだろ」

 

 ちゆりの軽い蹴り、生足がヴィオラもとい八雲紫の脇腹に刺さる。

 決して強いものでは無いけれど、容赦のないツッコミと共に放たれるそれは確実に気の緩みの隙間を縫いでもするのか、あの超然とした雰囲気の美女の顔を、苦鳴こそ漏らさなかったけれど、微かに曇らせた。

 私も傍目から見たらあんな感じなのかと、妙にしみじみとした気分にさせられる。

 

「あぁん、手酷い。いいえ、足酷いかしら?」

「ちゆりちゃん? 一応お客さんよ? 一応」

「すいません。なんか教授と雰囲気の波長が似てるもんで、普段通りにやっちまいました」

「それは……、ご苦労されて、いらっしゃいますのね……」

「それはもう」

「ちょっと? そういうのはせめて本人がいないところでやってくれない?」

「研究所事件で気を失ってから起きたら、カイムさん、知らない男の人を嬉しそうに連れていたり、見るからヤバ気な短剣に向かってぶつぶつ譫言(うわごと)を繰り返す人にカイムさんの教育丸投げされたり」

「ちょっとカイムぅ。ちゆりに言われて()テテ()テッ!!?」

 

 カイムのアイアンクロ―が梟の如く無音で再び襲い来る。

 腰を下ろしているからと油断したが、カイムの腕が思ったより長かったのか、距離がそもそも近かったのか、立ち上がること無く鷲掴みにしてくる。

 先より距離がある所為か、手掌で目鼻口を覆うのでなく、指先で額と蟀谷(こめかみ)をグッとするイターイやつ。

 

「賑やかでいいですわねぇ」

「ツッコミは助手の本業じゃねぇと思うんですがね。頂きものの、お出ししてもよろしぃですか?」

「えぇ、よしなに」

「あい。暫しご歓談を。えっと、どちらのお名前でお呼びすれば?」

「どちらも本名のようなものですわ。ただ、八雲紫よりかはヴィオレッタ=ハーンの方が方々への通りは断然いいですわね」

「あい、分かりましたヴィオラさん。ちなみに、白塩化症候群の対抗手段、自衛手段はご用意されてますか?」

「……そんなものがあるの?」

「ねぇんですね。教授、ヴィオラさんに例の薬お出ししてもいぃですよね?」

 

 ヴィオラの声に驚きの色が見える。顔は見えないけれど。

 私がカイムのアイアンクロ―に腕をパンパン叩いたり、立ち上がって身体を使って振り払おうともがいている間、ちゆりは助手の職務を優先度高い順にこないしていた。

 私達は研究の都合、白塩化症候群の塩化組織を扱うため、どうしても感染のリスクがある。感染の中心は新宿区ではあるが、ヒト―ヒト間での感染がある以上、新宿という制限がいつ無制限に拡大してもおかしくない。私達はその対策を薬で一応の対策を講じてはいるが、ヴィオラは違う。初手に感染予防は極めて正しい判断だ。

 私は震える腕でサムズアップをしてGOサインを出した。しかし本当に取れない。おかしい、指一本に全体重をかける程力咥えているのにピクリともしないのだけれど。傍から見たらパントマイムの様相を呈しているのでしょうね。見えないけど。

 

「あい。豚まんついでにお薬持って来ますんで、勝手に話進めねぇで下さいよ。特にヴィオラさんの異界の話とか」

「承知いたしましたわ。こちらとしてもそのお薬のお話は大変興味深いですので、お約束いたしますわ。それにしても、疑いもせず信じるのですね」

「分からないものは分からないもの、ですから。ソレが向こうから自己紹介に来たなんて願ったり叶ったりです。あぁ、待ちの間は教授とカイムさんの相手よろしくです、ヴィオラさん」

「えっ、それは」

「製剤はどうしても先にやらなきゃならねぇんで。あとセイロ、蒸し器は流石に無いんで地主さんトコから借りて蒸してとなると一時間くらいですかね。世間話に花でも咲かせてて下さい」

「あの、そうだ、製剤の様子を拝見……」

「白塩化症候群患者の塩化組織を取り扱ってるので、防護策の()ぇ方の立ち入りは禁止です。確実に害あるとは言えませんが、確実に無害ではねぇでしょうから。――――カイムさん。教授とばっかり絡んでねぇで、他の方と交友結ぶ機会逃しちゃメッですよ!」

「……ッ!?」

 

 カイムの指の力が明らかに緩んだことで脱出に成功する。

 ハムスターの毛づくろいのように両手で両蟀谷を揉みながら見たカイムの顔は見たことが無い顔をしていた。いや、表情そのものは特別なものでない。微かに口が開き、瞼と瞳孔が開き、眉根に皺を作らない形での下がり眉。いわゆる絶望顔。ただ、カイムがその表情を見せたのは初めての事に思う。それほどなの、それほどのことなのね、カイム。

 ちゆりと目が合う。

 言葉は一切交わさなかったけれど、ちゆりがウィンクを一つ可愛らしく決める。上手くやれよといった所か。一切合切任されたようだ。

 さて、どうしたものか。和風な茶飲みに淹れられた紅茶に映る憂鬱気味な私の顔は、カイムと似た表情をしていた。

 

 

 × × ×

 

 

 ごゆっくりー、と言い残しちゆりは水平帽を片手で押さえつつ軽やかに颯爽と去っていった。

 出来た助手を持てて私は幸せ者ね、仕事が早い。お陰で仕事を理由に逃げ出すことが出来なくなってしまった。しかし、地主さんもビックリでしょうね。不治の病に侵された娘を助けた怪しいアングラ人間に、何でもやると啖呵切って言った対価に早速求められたのがセイロだなんて。

 ちゆりが襖をぴしゃりと閉めた音が居間にずっと反響している気がした。

 

「ム……、」

「えぇ……」

「あら……」

 

 三者三様情けない声を漏らす。その視線は締められた襖へと向けられていた。

 カイムが向けてきた視線を、私はヴィオラに視線を向けることで受け流すも、ヴィオラはカイムへと恙なく受け流した。暫し視線のキャッチボールを交わすも、埒が明かない。

 お茶を一口呷りして、ちゆりにさせられていた正座を立膝の姿勢に崩しで片膝を抱くようにラクにして端を開く。

 

「貴方達もラクにしたら?」

「……、」

「立つのなぁし。見上げるのも楽じゃないんだから」

「……、」

「ワタクシはこのままでお構いなく」

 

 カイムは軽い溜息の後、私と同じような立膝の姿勢に崩して落ち着きを取り戻した。

 ヴィオラは正座のままでいいと言い、私の後に続いてお茶を啜った。その言葉と顔に嘘や強がりは見えない。日常的に正座をしているのだろう。現代、日常的に正座をするのは日本国くらいのものだと思うのだけれど、彼女が来たと言う『異界』とやらは日本の影響が大きいのか、それとも古い中華の流れを汲んでいるのか、はたまた偶然か。この手の推察は聞いた方が早いけれど、ちゆりが帰ってくるまではオアズケだ。

 さて、何を話したものか。黄金の脳に蓄積サレシ会話デッキが火を噴く時が来たようだ。

 

「……えっと、良い天気ですね?」

「午後から天気崩れて、晩には雪の予報でしてよ」

「……髪切った?」

「初対面ですわね」

「ご、ご趣味は……っ!?」

「ワタクシの身の上話はちゆりさんが戻られてからの方がよろしいでしょう」

「カぁイム! パぁス!!」

 

 撃沈。そう、撃沈と言う他無い体たらくであった。誰が? どうやら私のようだ。

 ヴィオラは意地の悪そうな笑みを浮かべている。攻めっ気の強いお姉さんのようだ。人によってはゴホウビという人種もいるに違いない。最後の気力を振り絞ってカイムに応接役を丸投げの形で繋ぎ、手足を伸ばしてバタンキューとちゃぶ台に突っ伏す。

 

「……何か、聞きたいことはあるか?」

 

 控えめに言って天才かと思った。

 公私ともに常に発言する側に立っていたので、相手の立場に立って聞き手に回ると言う思考が少々足りていなかったようだ。ちゆりの教育の賜物か、カイムの元からの身に着けていた社交術か、喋繰り倒す私の相手をしている内に身に着けた適応か、出来れば前者寄りであることを願いたい。

 突っ伏した姿勢のまま首を捻り、垂れる赤髪の隙間から窺ったカイムの様子はヴィオラの方に顔を向けていた。その顔はだらしなく鼻の下を伸ばしているような事も無ければ、敵意害意の類の欠片も見られない。カイムが初対面の相手を無条件に信用するような人間では無い事は身を以て知っている。

 私の視線に気付いたのか、僅かの間、此方に視線だけ向けてくる。どことなくちゆりのジト目に似た雰囲気があった。ちょっと?

 そんな遣り取りを見られたのか、ヴィオラは上品に微笑みがこたつ向こうから聞こえてくる。

 

「あらあら。大変仲がよろしいようで」

「だってさ?」

「……、」

「……無言で渋い顔するの止めない?」

「フフッ、座り方もそっくりでしたわよ?」

「それなりに一緒にやってきたから多少はね」

「コ。……ア、あー。この座り方が染み付いているだけだ」

「わかる。立て膝が一番動きやすいものね。床座文化育ちでなければ似たり寄ったりでしょ。……カイム、貴方。チョーカーの調子悪いの?」

「ム。モん題無い」

「問題ある奴はみんなそう言うの、ヨッと。ほら、見せた見せた」

 

 掛け声とともに一息にこたつから抜け出し、長い三つ編みを払う。ヒーター無しとはいえ、こたつの吸引力から抜け出すには勢いが必要だ。

 カイムの横に着き首元に顔を寄せ、人工声帯チョーカーの具合を確認する。装置や装置との接触部の首を触れるも異常は見られない。金属の留め具の反射光に目を引かれると、ベルト穴が拡がっていた。これが原因だろう。

 

「装置の方は異常無いけど、ベルト穴ゆるゆる。締め付けが甘くなったせいね。……着けたままド派手に動いたわね?」

「……、」

「はいはい、大人しく着け直しましょうねぇー。首どんな運動してるんだか。シングルピンでダメならダブルピンでもきっとダメね。新しい留め具はGIタイプにしようか。何か要望はある?」

「スきにしろ」

「ほら、もっとシルバー巻くとか?」

「……か、るければ軽いほど良い。反射光や色合いが強いのも無しだ」

「オシャレだと思って楽しめばいいのに。あと、もう少し話す事ね。言葉の出だしが濁るのは失語の期間が長かったせいで口周りの表情筋とその動かし方の意識が衰えているから。思考に身体が追い付いてない、でしょ?」

「……、」

 

 図星、といった所だろう。カイムの顔は渋い。理屈を以て理解できるからこその苦々しさなのだろう。

 チョーカーの締まり具合を整えたのを確認し、カイムの頭を杖代わりの支えにして立ち上がる。

 

「返事! って、ちゆりなら言うわね。私は言われた。先走った思考があるライン超えると、もういいやってなる。自分を諦めるのか、他人を諦めるのかは知らないけれどね」

「その割りに、知ったように語る」

「科学者は偏見を以てして仮説を組んでナンボな生き物だからねー」

「……分かった。改めよう」

 

 こたつの元の席に戻る前、カイムの髪をクシャクシャに撫で上げながら体験談を交え語り説く。

 頭越しに理屈を語られても納得は難しい。こと、共感に纏わる事柄を説くのに共感を排除しては理解は遠退くだろう。共感、苦手だけれど、ちゆりという繋がりがあって助かった。

 カイムは首を振ってクシャクシャの髪を整えた後に、少しの緊張を溜息と共に吐き出して理解の意を示した。少しは腑に落ちたようで何より。ちゆりにばかり教育任せては教授の肩書が廃るからね。

 

「大変結構。秀判定をあげましょう」

「シュウ……?」

「えっと、殿方、カイムさんは言葉を話せないのかしら?」

「そう。理解ではなく音波としてね。といっても、理解の方も勉強中。別世界から来て一から学習してることを思えば優秀よ、優秀。優秀の秀」

「……、」

「応答は声に出さないと伝わらないわよ?」

「……理解した」

 

 無言で頷く様な意思表示をするカイムに発声での応答を指摘する。

 細かい指摘、並の人なら不快感を示しそうだが、カイムは反省したように素直に応答し、懐の手帳に何かを手早く記載する。おそらくは『秀判定』の単語なのでしょう。真面目で感心感心。

 『契約』した仲だと念話、テレパシーのような手段で意思の疎通が可能らしく、殊において言葉を失っていたカイムは言葉を端折りがちな節がある。おそらく当人は応答している気なのだろう。けれど、念話もテレパシーも無ければ伝わる訳が無い。習慣付いたものは習慣で上書きする他無い。ちゆりの教えに頷いていたのは伊達では無いようだ。

 

「別世界……、よくファーストコンタクトで意思の疎通が出来ましたわね。第二研究所の事件調査を受け、"岩"とカイムさんは同一存在、なのは掴んでおります。報告の影のような姿とは異なるようですが」

「肉体に関してはちょっとね。しかしその報告、上によく通ったわね?」

「事件調査の報告者は千藤研究員ですので。事件での黒い人間の証言と、"岩"が無くなった状況ともなれば流石に上も認めざるを得なかったようで。千藤研究員が事件以前より上層に意見していた事も相まってすんなり、ですわ。上層の方も幾つか席替えがあって、ワタクシとしても仕事が捗り大助かりですわ」

 

 ヴィオラの笑顔は笑っているようで笑っていない。その紫瞳の奥、脳の裏側ではムカつく上役をボコボコにしているのだろうか。あるいは、既に追い落とした後の姿を思い起こして嗤っているのかもしれない。

 根拠は無いけれど、日本国政府の意思決定の変化を感じていた身としては後者のように思われた。いや、席替えと言ったか、なら確実にヤることヤった後と見るべきだろう。……コワいから深堀りは避けよう。しかし、千藤主任が上層部に"岩"が存在である見解を述べていたのは意外であった。それも、ヴィオラの言いぶりからして一度や二度ではないように思われた。

 

「その千藤汽笛主任研究員のお陰ね。いや、元主任か。"岩"の頃から多言語で読み聞かせ等をしていた効果かしらね、口頭会話は難無しだったわ」

「まるで胎教ですわね」

「言い得て妙ね。しかし、そのボディーで経産婦とは、やるわね」

「イヤですわ、ただの知識です。イイ人がいれば良いのですが……」

 

 ヴィオラはそう艶めかしく言うと胸元で腕を組み、その大火力な女性的な魅力を見せ付ける。

 

「クッ……、これが乳豚(にゅうとん)が提唱した万乳引力の法則ッ! いい、カイム!? 騙されてはダメ! 男の影がチラつかない美人は大抵ヤバいんだから!」

「巻き込むな」

「あらあら、ワタクシは好みのタイプでありませんでしたか? そういえば、幼女体形のちゆりさんには(いた)く親しげでしたわね?」

「お前もなのか」

「……カイム……貴方ッ!?」

「……お前達を相手取ると、誰だろうとちゆりが恋しくなるだろうな」

 

 私とヴィオラの芝居がかった悪ノリにカイムは疲れた表情で溜息を漏らして、自身のお茶を一息の飲み干した。アイアンクロ―を飛ばす気力も無いらしい。

 

「会話に不自由は無いようですわね。咽頭の損傷や麻痺は見受けられませんけれど」

「ちょっと特殊な事情でね。今はメイドインワタシの人工声帯でどうにか」

「個人で開発から製造ですか。突飛も無い事してますわね」

「工学方面はあんまりだから期待しないでよ。メリケン仕込みのダクトテープ錬金術DIYの域を出ないんだから」

「ご謙遜を」

「うん、まぁね。カイムとの約束だったから、装置の方は頑張ったわ。うん」

 

 ヴィオラのお世辞に違うと返しそうになるのを自制する。世の中、知らなくてもいいこともあるはず。

 首輪作成において、私は一つの教訓を得た。

 ペット用の首輪は防虫剤が塗布されてるものもあり、かぶれることがある、という今後使う事の無いだろう知識を。

 カイムには肌に合わなかったとしか伝えていない。当時は原因不明だったのは本当だし、嘘ではないからセーフ。たぶん。

 犬用首輪でいっか、のノリでやってしまったことは流石に反省した。かと言って、一般に出回っている人間用の首輪の殆どは服飾、ファッションとして細かったり締め付けが緩かったりと、人工声帯を装着できるものではなかった。一部の実用品、SとMで実用的な物はあるけれど、流石にそういった謂れの物を着けさせるわけにはいかないので、チョーカーベルト部に関しては人工声帯装置以上にあれこれ自作模索している。

 

「『契約』の代償で失ったものが、このような物で取り戻せるとはな」

 

 カイムは首のチョーカーを一撫でした後、口元に手を当てる。

 少し思い耽るように口元に寄せた手首のブレスレット、カイムの名前が刻まれた亡き妹さんとの思い出の品に視線を降ろし遠い目で眺めている。そのブレスレットはカイムが元から身に着けていた物であり、第二研究所事件において私がカイムの名を知り叫ぶことになった代物。

 手を寄せる口の奥、カイムの舌には今も尚、ゲシュタルトの頃にも確認した『契約』の証たる契約紋が刻まれている。

 

「もっと嬉しそうにしたら? 大事だから『契約』の代償に持ってかれたものが戻ったんだから」

「不思議な気分なだけだ。契約者は皆、代償に苛む」

「代償に言葉を失ったからといって、言語野が喪失した訳じゃないからね。思考と意思があるならどうとでもなるわよ」

「――――簡単に言う」

 

 然もありなんと語った私に、カイムは自嘲気味に返す。

 そこには怒りか悲しみか、違和感が薄れつつある声色と、青い瞳には暗い内面が滲んでいた。

 簡単、それは私が物質的方法論を用いてカイムの代償の制約を克服したことを指してか、代償で苦しんできた契約者の心情を慮らずに語る様を指してか、どちらでもおかしくない。

 簡単にという言葉にか、あるいはカイムの表情にか、私の皮膚の裏側が騒めき出す。

 

「代償だからと簡単に諦める方がどうかしてる」

「摂理、世の理だ」

 

 私の物言いをカイムは躱すように流し、此方に目を向けることなく瞑目した。先の言葉に感情を滲ませてしまったことを戒めてのことだろうか。

 この内にさざめく波紋は大きくなっている。

 

 男が語った摂理。理。『契約』とその代償。

 カイムは代償を呪いとも言った。無論、その身体機能の制約のことだけを指してのことでは無い。

 自身が戦場で死に瀕した時、"竜"との『契約』によって生き長らえられたが、『契約』に声を、言葉を代償としたが故に、妹を、フリアエを救えなかった、自身が死に追いやったようなものだと。

 言い訳に過ぎない、とのような言葉は口には出さなかった。その言葉を口にすること自体が言い訳染みていると考える程に自責の念に駆られている。それこそ、こうして声を取り戻したにも関わらず、心のどこかで言葉を使う事に罪悪感を感じてしまうほどに。

 

「そんなもの、理由足り得ないから苦しんでるくせに」

「何が言いたい」

 

 男は瞑目したままだ。

 

 カイムの妹、フリアエは『封印の女神』と呼ばれる役を負わされていた。

 封印とは何か。カイムも全てを把握出来ていないと言った。

 封印は3つの聖地と呼ばれる場所の『神殿』と、『封印の女神』自身の最終封印からなり、全ての封印が破られることとなれば世界は滅びるとの伝承されていた。伝承の真偽は不明だが、事実、全ての神殿の破壊と女神の死によって封印が破られたことで、【6.12】での"巨人"が現れることになった。

 

 声に色を乗せないようにか静かで平坦な声調なれど、腹の奥底に響く様な圧と芯のある言葉には、言外に黙れという言霊が宿っている。

 

 封印の為の人柱たる『封印の女神』には並々ならぬ負荷、苦痛が伴う。往々にして女神は短命だという。

 平時は3つの神殿へ分散することで、女神への負荷を軽減しているが、封印解放を目論む『帝国』と『天使の教会』なる適性勢力に因り全ての神殿が破壊され、敵の手中に落ち囚われとなった封印の女神、フリアエに封印の負荷を一身に背負う事になった。

 フリアエはカイムに兄妹以上の想いを寄せていた。

 カイム自身もその想いには気付いていた。

 しかしいざ、その想いが妹の望まぬ形で暴露され己に向けられた時、その気持ちに応えることは出来なかった。

 文化的な倫理観か、生物的な本能か。父王に纏わる悪評を吹聴されて育った反抗心か、はたまた、そういった恋慕の情そのものを理解できないのか。単純で単一なものではないだろうと、男は血を吐く様に吐露していた。

 戦火と苦痛と絶望の最中、唯一にして最後の拠り所を失ったフリアエは、己が心の臓に短剣を突立て、自害に果てた。

 死に臨む妹を止めることも、死にゆく妹に言葉一つかけてやることも出来なかったと。

 

「分かり易く言ってほしい? 小難しく言ってほしい?」

「……竜は、減らず口はあって百害、と言っていたな」

 

 沈黙が流れる。テレビから無遠慮な人々の笑い声が遠く響く。ボロのエアコンは唸るように吐き出し続ける温い風は部屋を暖めるには至らない。

 男は瞑目したまま天を仰ぐように僅かに顎を上げ、冷えた部屋の空気を肺腑に満たした。入れ替わるよに自身の内から漏れ出た熱く、暗いものを自覚しつつ、重く硬い瞼を抉じ開け、私にその青い瞳を向けた。

 いよいよ以て踏み込むなと示された境界。それを蹂躙する。

 

「自らの事を都合のいい誰かに委ね、思考停止し、安心しようなんて存在は、――――滅びて当然ね」

 

 言葉を言い放った後、腰裏に携えている魔剣が微かに揺れた。

 その揺れに気を取られた意識が再びカイムの方に向けられた時、首元に圧がかかっているのを感じる。

 圧の正体は、カイムの人差し指中指から伸びる細く、黒い、魔導刃であった。黒い魔導刃は私の首元、鎖骨と胸鎖乳突筋の辺りに押し当てられていた。刃は潰された構成らしく、押し当てられても皮膚が裂けるようなひりつく熱の感覚は無い。微かな圧迫が、血の脈動や呼気や生唾に鳴る咽頭を生々しく感じさせる。

 今この瞬間、私が感じているモノは、生なのだろうか? 死なのだろうか?

 

「――――自分は死なない、とでも思っているのか」

 

 男の目は凪の海のように静かだった。

 一見穏やかに思えて狂気的でもある。波一つ許さんとする狂気染みた強大な意思そのもの。一切の揺らぎの無い黒い刃は男の心、感情と感覚の表れだ。

 これは主観ではなく客観。首元の魔法刃は微かにも揺らがない。魔法の魔素出力、魔力調整は精神活動の影響を容易に受ける。構築術式からの展開なら別だが、咄嗟の出来事で対応する間も無ければ、そもカイムは魔法そのものに明るくない。目は口程に物を言う。魔法もまたそうだということ。

 

「好きも嫌いも言えないようじゃ人形とさして変わらないわね」

 

 彼は、私の言葉が己自身だけに向けられたもので無い事を理解しているのだろう。

 自分は、とカイムは言った。どうしようもなく世界に、悪意に、人間に翻弄され、死の定めから逃れられなかったフリアエの想起。カイムの心は何処か、未だ死者に囚われている。

 

「沈黙は贖罪にはならないし、発言が背徳になることもない」

 

 この首元に突き付けられた心に在るのは、怒りだけではない。魔法刃の波紋が僅かに陽炎う。

 

「言葉は言葉でしかない。君は既に言葉に因って世界から切り抜かれて存在している。その切り抜かれた君が用いた言葉は君の中に降り積もり、君を構成する要素となっていく。言葉を用いることは、意思あること。意思あることは、生きるという事。言葉を代償にされていた君には煩わしい事この上ないだろうけどね。言葉は君を縛る呪い足り得ないし、君はどうしようもなく言葉に生かされている」

「どうしろと、言うんだ」

「最初に言ったさ。素直に喜べ。不敵に笑え。君は不条理に宝を奪われたんだ。無作法に宝を取り戻した所で何も問題無いだろう? 本当に要らなければ、その首輪を引き千切って投げ捨てる自由も君の手の中だ」

「そんな、そんなのでいいのか」

「君との確約した約束だから私は君の言葉を取り戻した。君の為じゃない。私自身の為なのは知ってるでしょう? 運が良かったと思えばいい。運が良かった、としか思う他無い事は今まで幾らでもあったでしょう?」

「……、」

「適当な肯定じゃ満足しないか。理由が欲しい。罪に罰が欲しい。理解した上で言いましょう。やめておけ。死者は蘇らない。死者は語らない。死者は笑わないし怒らない。死者に寄り添いたければ死者になるしかないわよ。――――そんなザマで、生きてるつもり?」

「勝手にそんなことを、」

「勝手も勝手さ、私は私の人生を生きているからな。私がどれだけ君の事を大切に思っているか知るべきだ。私は、私の人生に於いて、カイム、君が大切なモノだと、価値あるものだと思っている。だのに、何処かの馬鹿は、その大切なモノを大切にしようとしない。これはもう戦争でしょう?」

 

 嘘偽りなく本心を、グロテスクなエゴを口から垂れ流す。

 皮膚の裏側の騒めきの正体を理解する。そうか、私はどうしようもなく怒っていたらしい。

 カイムに言ったように、私が大切だと思っているモノを大切にしない奴のこともそうだし、そうした生き方にも苛立っていた。私はカイムに対して、他者からは得難い共感を感じている。その共感故の同族嫌悪とでも称すべき感情かもしれない。興味深い。

 カイムは瞬きをして頷く。東京タワーの元での契約の事を忘れてはいないらしい。

 

「ただね、カイム。一つ確かな事を言っておくとね? 忘我の境にある時、自分の名前を呼んでくれる誰かがいるというのは中々悪くないもんだよ?」

「――――知っているさ」

 

 冗談めかした様に言う私の言葉に、カイムはそう呟き返すと、魔法刃を霧散させ、黒い刃は跡形も無く消失した。

 力無く笑ったその顔は、やつれた様にも吹っ切れた様にも窺える。身体に張り巡らされる力と神経が少しばかり和らいだのか、姿勢の緊張が抜けている。

 私自身の内面でザワついていた波もいつの間にか穏やかになっている。

 

「よく舌を磨き、よく舌を肥やしておくことね、カイム。私は君の名を呼んだ。竜の名は、君しか呼べない。念話なんてよく分からない手段をアテにするような横着は止めておくことね。そうでなくても、電話で愛の告白を済ます奴は大抵ロクでもないんだから」

「断言とは、経験談か?」

「いいや、まさか。教授職に就いていた頃の学生らからの相談事」

他者(ひと)の事情を、お喋りな奴だな」

「知ってた? ここだけの話ってここだけじゃないのよ? お喋りするなら、私以外の奴とたくさん話す事ね。ちゆりも言ってたけど」

「何故だ?」

「私は基本的に他者を理解しても共感しない。共感できないからこそ、相手をよく見て理解に努めてる。所作、体癖、視線に眼球運動、心拍数、声色。心を読んだように話すけど、要は察しが良いだけ、とてもね。それでいて、私は君に大きな関心を向けている。他の人はここまで君の事を気にしたり、気を利かせて察したりしないわよ?」

「……言いたい事を言えと?」

「察しが良いじゃない。みんながみんな、自分自身の事であっぷあっぷのいっぱいいっぱい。それがわるいとは言わないし、それでこそ良いんだよ、たぶんね。だからこそ、そんな苦しい中で誰かに共感して、思い遣ることに人は惹かれ、素敵、だと思うんじゃないかな」

 

 気が抜けた所為か、少し熱に浮かされてたように捲し立てる私の言葉に、カイムは微かに目を見開き、まじまじと聞いていた。

 カイムが人工声帯を付け始めたのは今月、2月に入ってからの事。カイムとの会話は研究の為のインタビューが殆どであったなと思い返す。こうして面と向かって言葉、声による双方向の意思疎通をしたのは初めてかもしれない。

 それもそうだ。研究に割く時間は幾らあっても足りはしない。急な来訪者と、助手の不在による埋めがたい手持ち無沙汰な時間。人間、余裕があると、余計な事を考えざるを得ない生き物なのだろう。

 カイムが真剣な面持ちで話を聞き、ヴィオラはといえば、気配を縮め、こたつに肘突いて気の抜けた姿勢かつ穏やかな表情で面白そうに私達の事を眺めていた。

 疑念や悪意の無い、おおよそ好意的といっていい二人の視線が自身に向けられていることに気付き、少しばかり顔が火照るような気がした。

 きっと、ボロのエアコンが本気を出したのだろうと意識を向けると、何時の間にやら運転停止していた。ご臨終と言う訳では無く、タイマー切れのようだ。気付けば、ちゆりが出て行ってから暫くの時間が経過していた。

 

「なぁぁあんて、ね?」

「何がだ?」

「なんでもない……、ヴィオラもほら、静かにしたきりなんてヒキョーよ!」

「人間観察が趣味ですので、どうぞお構いなく♪」

 

 とぼけるも、時間差があり過ぎたようで、この朴念仁は嫌味も無く真顔で撃ち返してくる。

 ならばと、都合の良い位置で安楽を貪っていたヴィオラにキラーパスを差し向けるも、なぜか今日一の良い笑顔でロクでも無い事をいう始末。二人の視線に変化は無い。この手の視線はイヤではないけれど、どうしようもなく落ち着かない。

 こたつに顔を突っ込んでしまおうかと頭によぎった時、カイムが明確な意思を以てして、口とその周りの表情筋を動作させるのを見た。

 

「夢美」

「何?」

「……相談が、ある」

 

 カイムと向き合った顔で、ヴィオラを見た時、お互い拍子抜けしたような顔をしていて、お互いに小さく吹き出してしまう。

 重々しく口を開いたかと思えば、そこから出た言葉あまりに短く、あまりに普遍的であったことが、仰々しく身構えていた自身の滑稽さも相まって、如何にも可笑しく笑ってしまった。

 小さく笑う私達をカイムは居心地の悪そうな顔をしつつ、顔を背けることなく私を見詰めていた。

 

「分かった、聞いたげる」

 

 胡坐をかき、足首を柔らかく掴み、凝り固まった身体をほぐすようにギュッと背を逸らす。

 

「俺は馬鹿者だ。竜にまで言われたお墨付きの大馬鹿者だ。目が良いのだろう。……俺は、何を望んでるように見えた」

「私に言われた内容で納得したい? お世辞でもいいよ?」

「決めるのは俺だ。夢美、お前は嘘を吐かない。望むものを与えると言ったな、手を貸せ」

「貸すのは口だけどね。そして、目を凝らすまでも無いわね。君は、自分の声に耳を澄ますべきね。君の望みは、君の口から出ていた」

 

 私は微かに首を傾げ、カイムの前髪の奥の瞳を覗き込む。

 間をおいて彼の言葉を待つも、言葉は出ない。仕方ない、これからに期待ね。

 

「減らず口はあって百害、竜の言葉なんでしょ? 追い立てられて、苦しくて、心侵されるすんでのところ、走馬灯で過ったのは、妹でも、自身の暴力でも、他の何でもなく、竜の言葉だった。それは紛れも無く、君の心の内からの発露だよ」

「それを、その理由の証明はできるか」

「貴方が納得しやすいだろう例で言うなら、死に顔は嘘を吐かない、かしらね。あの時の貴方の顔、死にそうな顔してたわよ? かわいそうに」

「なるほど、分かりやすい。……しかし、追い立てた奴の台詞だとは思いたくないな」

「好意を向けたからと言って、好意が返ってくるわけも無し。それに、私は君を傷付ける覚悟を以てして大切に想ってやったことだからね。ただの意地悪だと思った?」

「――――助かる。感謝する」

 

 カイムは短く、されど明確に言葉にした。その言葉を自身の内で反芻させるかのように静かに瞑目した。

 その眉根に苦悶の皺は無い。眠るように、重く深く、静かに閉じられた瞼。その蓋の奥の瞳は私には見えない。カイムも自身の瞼の裏に答えが書いてあるのを期待しての事ではないだろう。その深海のような深い青の瞳は、自らの奥底の奥、深層意識、あるいは、そう。心に向けられているのだろうと思った。希望的な観測にして感傷に過ぎないかもしれないけれど、私はそうする男の姿を、言葉にしがたい感情を抱く。決して男女のそれでもなければ、実験者被験者の関係でもない。自身が理解できる範疇に於いて例えるのであれば、それは北白河ちゆりに対して抱いているモノと近しいのではない、そんな気がした。

 

「貴方の口から今の話のような事が聞けるとは驚きでしてよ、夢美さん」

 

 喜々として沈黙を貫いていたヴィオラが私に声をかける。その表情は相も変わらず彫像のような笑顔である。ただ、その笑顔に纏うオーラ、気配のようなものは和らいでいた。それこそ、何度かヴィオラがカイムに向けていたような穏やかな気配。ヴィオラからして岡崎夢美というのは、カイム以上に気が抜けない相手だったのだろうか。いや、ヴィオラは私の合衆国時代のアレコレを把握していると言ったか。なら、その警戒はあってしかるべきものかもしれない。

 

「呼び捨てで構わないわ、それか教授とでも呼んで。その方が言われ慣れてるから。それにしても結構な言い草ね。傍からは私らの会話サッパリだったんじゃない?」

「いいえ。ワタクシは今、とても安堵いたしております」

「気にならないワケ? そこのヴァイオレンス馬鹿が私の首元に突き付けたモノとか、私が腰に差してるヴァイブレーションした短剣とか」

「気にはなりますが、元より気になっていたことに気が取られてそこまで気になりませんでしたわ。分からないものは分からないもの、貴方の助手さんは優秀ですわね。それとも師が良い人なのか」

「私が懸念だった、そう言いたいんだ。……カイム、ここまで回りくどい言い回し覚える必要ないからね?」

「目の前の相手に集中しろ。そして、夢美。お前はもう少し遠回りを覚えてもいい」

「でしてよ?」

「ヴィオラ、私は貴方に対して遠回しに『率直に言え』と、言ったつもりだったのだけれど。あとカイム。国語の課題追加、ちゆりに伝えておくから♪」

「ム、ヌゥ……」

 

 ちゆり経由で確実にやることをカイムに伝える。途中の返しには瞑目したままだったカイムも、最後、自身に飛び火した事に片目を開け、此方に恨めしそうな視線を向けた。それを見てヴィオラもおかしそうに笑う。

 お生憎様、私は迂遠な遣り取りを好まないだけで合って、理解しない訳ではない。寧ろ、人の心や意思の動きなどについては人一倍敏感だ。自身の存在証明、自己認識こそ私のライフワークなのだから。迂遠より正面突破を好みがちな気があるのは自覚する所ではあるけれど。 

 

「――――最大の懸念点は、岡崎夢美、貴方でした」

 

 気の満ちた声の方に目を見遣ると、正座で背筋を伸ばし凛とした空気を纏うヴィオラの紫眼が岡崎夢美の赤眼を捉えていた。委細を観察するも、やはりその彫像のようなひどく綺麗な顔は綺麗なままだ。そこから読み解ける心理は一切無い。それどころか、今のヴィオラは全身に薄い膜でも覆っているかのように気配すらも読めないでいる。私を警戒して、というよりは彼女が曝け出した彼女の本質の一面、そのように思えた。

 彼女の胡散臭さはその絶対防衛ラインに保障されたもの。この手の胡散臭さは、その当人の根源が虚ろな伽藍洞、虚無であるか、決して揺るがない信念、無限であるかだ。彼女の場合は言動と所作から後者であると仮定する。

 自身の確固たる根源が不可侵領域にある以上、その領域の上に降り積もる、或いは自ら積み上げた構成要素は自己の根源を飾り、隠すための化粧、装飾品でしかないのだろう。決して軽んじるわけではないだろうが、当の本人が別に『本物』を定めている以上、本物でないモノは『偽物』となる他無い。或いは、そうした境界も含めて一つの彼女自身なのかもしれない。彼女は自らの胡散臭さを自覚しているようであるし、そうであることを気にも入っている節がある。

 彼女は言った、八雲紫と。彼女は言った、異界から来たと。それこそが彼女の『本物』なのだろう、と仮定に一定の目途を着ける。『本物』に対する懸念、流石にこの先は想像出来ないわね。

 

「それは日本国として? 合衆国として? それとも、異界、かしら」

 

 私の『異界』の言葉にヴィオラは紫眼を僅かに細め、微笑みとも取れなくも無い表情をする。

 曖昧不明が見せた感情の一端。笑みとは本来、攻撃的なものであったとのような知識が頭に過る。なるほど、走馬灯の一種か、勘か。何にせよ、これ以上不用意に踏み込むのは悪手に違いない。おそらくは察したのではなく、察せられたのだろうだから。

 

「サトリ妖怪を相手にする方が断然楽ですわね」

「心が読めるからと言って口達者とは限らないからね、でしょ? カイム」

「そういう所が女史に警戒させているのではないか」

 

 ヴィオラの背後を見透かしたように語る私の物言いに対してか、肝が据わってきたのか、カイムは狼狽することなく言い返す。竜にお墨付きを貰うほどの減らず口だ。これがカイムの本来の、というのは人間は変化して然るべきなのだから少し語弊があるかもしれないけれど、素直な口振りなのだろう。"竜"と意思疎通する機会があれば、カイムとの昔話を聞かせてもらうの良いかもしれない。

 私の問いにヴィオラは明言を避けつつ話を進める。

 

「殿方、カイムさんについては交渉の見込みがあることが予想ついておりましたので」

「私以上に?」

「ええ。理由は二点。一つは第二研究所事件の被害は武装職員に限られていた点。逃げ遅れていた研究職や事務職の人間の被害はゼロでした。この事は、所内で殺害された武装職員の内、1件の例外を除いて全て即死であったことの意味が変わります」

「八つ裂きにしたいからしたのではない、と?」

「それもあります。余計な苦痛を与える傷跡は少なかったですから。それ以上に確かなのは、獣の様に、変異感染者のように見る者全てを襲う存在ではないということでした。地上部での戦闘に於いても、巨大な火球の攻撃での被害は凄まじかったのを思えば、戦力不利だから退いたとも考えにくい。第一研究所の"竜"に向かう警戒予想も外れましたので、高度知性を有して、機が熟すのを待っているのではないかというのが、」

「千藤主任、元主任の報告と言う訳ね。一つ聞きたいんだけど、その報告書で私と事件の関連性は示唆されていた?」

「いいえ。その報告書に於いてはされていませんでしたわ。一部の者からは当然その可能性の噂はありましたし、現実こうして同行していたわけですけども」

「そ。見る目があるんだか、無いんだか」

「もう一つは、ワタクシ個人的な――――勘、ですわね。竜に騎する姿にカイムさんと竜殿との間には深い絆があるように思われましたので……。あれほど心通わせる方なら疑うよりも信じたい、そう自身の心内に従ったまでです」

「竜に騎する姿見たって【6.12】の映像あったの?」

「えぇ。ちゆりさんが戻られましたらご用意いたしましょう」

 

 ヴィオラは、いや、八雲紫はそう言うとひどく綺麗な顔に、私には言語化し難い色を滲ませる。カイムの八雲紫、ヴィオラに対する警戒心の薄さが分かった気がする。親愛や敬愛にも似たとても居心地の良い好意だ。思い返せば、カイムのヴィオラへの警戒心がそうであったように、ヴィオラからカイムへの警戒心も薄かったなと思い返す。地下室でカイムが背後に立ち、唯一の出入り口を塞いだ時ですら、ヴィオラの意識は後方のカイムではなく、前方で対峙する私に向けられていた。

 "竜"という言葉がヴィオラの口から幾度出てくるも、カイムは瞑目したまま静かに話を聞いていた。そこには動揺や焦燥、罪悪感は見受けられない。ヴィオラを見た後だと、この男が如何に正直か思わされる。それはそれで美徳だろうけれど、腹芸を少し仕込んでみるのも良いかもしれない。

 

「カイムさんについては、ワタクシにとって好ましい人物像であることを掴むことが出来ました。ですが、岡崎夢美、貴方は違う。まるで雲を掴むような気分でしたわ。合衆国時代とはあまりに精神性が異なる」

「自分が生きていくスペースを確保していただけよ」

「海の向こうでも悪さしていたのか?」

「ちょっと? こっちで悪さしてたみたいに言うの止めてくれない? 物心つく前の事はよく覚えてなくてね。話聞きたかったらちゆりに聞いて」

 

 カイムが嬉しそうな鼻息を一つふかして言うものだから、適度に反論をする。と言っても、覚えてないの言はとぼけたものではなく本当の事だ。記憶喪失とかではなく、単純に興味薄くて忘れているだけ、と言うのも不完全だ。それこそ物心つく前と言う他無い。

 いつ、どこで、何があったかは知っている。知っているだけだ。その事柄に対する主観が無いというか欠けている。幼少の頃、自身が何かしでかした出来事は覚えていても、何故そうしたのか、そのような事をした時の感情があやふやな感覚、と分析すれば、やはり物心がつく前、としか形容できない。自己の認識が今よりもずっと薄かったことが理由だとは自己分析できるものの、そこまでだ。

 

「カイムを信用してる理由は理解したわ、それで?」

「端的に申し上げましょう。貴方が善い人で良かった、と安堵したのです。単純でしょう?」

「……本気で言ってるの? それ」

「貴方はもっと自分の事を愛してもイイと思いますけれどね。不服でしたなら言い換えましょう。貴方は善い人になりたいのでしょう? それこそ、お連れの北白河ちゆりさんやそこなカイムさんのように」

「いいわ。続けて」

「岡崎夢美、正直ワタクシは貴方の事が信用ならない。一番の奥底が見えませんから」

 

 ヴィオラの顔は好意的な笑顔で私への不信感を包み隠さず言い放つ。私にしてみれば好印象ではある。私は、私自身の事を探究し続けて今がある。その道のりはまだ遥か遠く長い。それだのに、知ったように、理解したようにすり寄ってくる手合いには辟易している。要は私を信用すると言う奴を、私は信用していない。なら、付き合いを得る相手は私の事を理解できないモノになるかといえばそうではない。理解できないモノというのは受け入れ難い、というのは人間として当然の心理だ。

 私とて例外ではない。私は、私自身が理解できないモノ、受け入れ難いモノであるとしてあの手この手で自己存在、その自己を許容、証明し得る世界の研究に没頭しているのだから。

 

「お互いさまでしょ、というのは私が傲慢ね。貴方はその奥底に大事なモノを抱えてる、貴方とは違う」

「だから、貴方と隣り合う方々の様子を見て決めました。それだけです♪」

 

 ヴィオラはわざとらしい笑みを浮かべる。あれだ、勝利を確信している顔。或いは種明かしをする手品師といった所か。

 

「私の精神性に不信感があったんじゃないの? それは解決したワケ?」

「貴方の精神性が問題だといいましたかしら、ワタクシ? 合衆国時代のデータと比して余りに違いが大きいので、万が一、白塩化症候群に纏わる要因の精神作用の可能性は考慮しはしましたが、心は常に変化していくものでしょう?」

「え? ……いや、いやいや。安堵ということは、万が一ではなく相応の危惧をしてたんじゃないの?」

「勿論ですわ。自身の残酷さを理解していない狂科学者でもなく、聞き分け無く退くも進む出来ないような子供でもなく、たまさか得た幸運と力に驕り変化を拒み停滞を望む様な愚物でもない。未知を相手に研究相手取れる程度にネジと常識が外れていつつ、大切な身内がいるという人格保障兼安全機構付き。極めて好ましい人選だと思いませんこと?」

 

 ヴィオラの口振りは無遠慮にして偽悪的。されど、その評価は順当なものに思えた。

 

「……私がビーンタウンでしたこと知ってるのよね? その出来事に対する不信感じゃないの? あと第二研究所事件の発端、私なのも知ってるわよね?」

「勿論ですわ。派手にやりましたわね、と申しましても、貴方がやったことは規模の程度は異常ですけれど、それはあくまでスケールの問題であって、その時々の貴方の立場からしたらそのどれも正当性は充分にあると思いますわよ?」

「なんだ、やはり何かしら、しでかしているではないか」

「シャラップ! 外野は引っ込め!」

 

 カイムが笑いを噛み殺したかのような顔でヤジを入れる。深く詮索する真似をしないのは彼なりの気遣いか、元の世界での礼儀だろうか。

 減らず口はあって百害、念話では意思の疎通が出来ていたことを思うに、竜に窘められるほどとは面白いじゃない……。絶対に"竜"を如何にかして、恥ずかしい話を聞き出してやるんだから……。

 しかし、ヴィオラの発言には嘘が見えない。あるいは嘘は吐かない人種なのかもしれない、私のように。それだけでなく、おそらく本心からの言葉でもあるのだろう。彼女の所属はいよいよ以て異界なのだろうことを実感させられる。

 

「貴方が空虚に感じている奥底を埋め得る何かが分かるとは当然申し上げません。けれど、その大事なモノは貴方が他者に投影しているモノに見て取れると思いますわよ。貴方の自己認識の薄さは、他者への関心の薄さにも繋がっている。明確な自己の境界が無い以上、他者の境界になりますから」

 

 彼女の真っ直ぐな視線が私の瞳に突き刺さる。今、私の瞳にはヴィオラ、いや八雲紫が映っているのだろうか。

 

「心に大きな関心を抱きながら、その心を抱く個人への関心の薄さはソコに起因しているのではなくて? 貴方が本当にただの心無しの人でなしだとしたら、貴方に着いて来た愚か者は見る目無しの考え無しですわね?」

 

 彼女は最後に挑発的な物言いで締め括ると、小首をかしげて慣れた感じでウィンクをした。ウィンクをする人間は映画でも見たことが無い気がするけれど、そのあからさまにあざとい胡散臭さはキザっぽさに昇華して様になっていた。

 

「……分かった。 分かったわよ! こんなに口説かれたのは久々よ、久々。――――乗ってあげる」

「どうぞ、よしなに」

 

 ヴィオラは綺麗な姿勢のまま、ちゃぶ台越しに手を差し出してくる。差出された手は白魚のような手との言葉を体現したかのように手荒れやペンだこは、いや、止そう。今、この瞬間は彼女の顔を真っ直ぐに見るべきだろう。少なくとも、彼女は彼女なりに私の事を真っ直ぐに見つめた。彼女の言ったことが自身の全てと思う事は無いが、心が揺らいでいるのも確かだ。

 指先、手先から細く長い腕を伝って見たヴィオラの顔は私の事を真っ直ぐに見据えていた。その顔を見て彼女の手を取り握手を交わした。

 こうして私達とヴィオラの、えっと何というのかしらね? 何か契約や取引を交わしたわけでもない。まして、敵対したわけでもない。とすれば、そう。私達の自己紹介は相成った。

 

「しかし! そこまで言われて引き下がれないから戦争ね!」

「あぁん。ではワタクシはカイムさまに縋る事にいたしましょう……ヨヨヨ」

「止せ。この季節に雨風凌げる場所を吹き飛ばす気か」

「ちゆりが何も考えず席外すわけないでしょう。この家、跡形も無く消し飛ぼうとも構わない許可まで取って来てるわよ? あの子」

「日頃の行いと実験の所為だろう」

「私とカイムで抑え込めない規模の実験するわけないじゃない。白塩化症候群の対抗薬と『黒の魔法』を開発してから人体実験に望む程度には慎重派よ私。ヴィオラの急な来訪で感覚ズレてるけど私達、潜伏中の逃亡者だからね? 大喧嘩を想定しての事よ。魔法で無法な人でなし共がいつ爆発しても良い様にってね!」

「ブレーキはアクセルを踏み抜く為にあるんじゃねぇですよ」

 

 頭の真後ろから聞きなれた声が響くと同時に首根っこにちゆりの冷え切った手が差し込まれて「ひうっ」とも「はうっ」とも付かない鳴き声を漏らして床にしおしおとヘタレこむ。音も気配も無く、というよりは私とヴィオラが賑やかにしていたので気付かなかったようで、ちゆりの背の襖は開け放たれており、普通に入室したようだ。

 ちゆりの脇には魔剣ことハオがふよふよと浮いている。いつの間に逃げ出したのか、或いはちゆりの呼び声に応えたのか、『黒の魔法』の『黒の手』を制御し、その黒い手で器用に中身が紅茶の急須や、湯気を上げている木製セイロちゃぶ台に運ぶ。そんな黒い手をヴィオラは興味深そうに眼で追っていた。

 

「ヴィオラさんから頂き物の蓬莱890の豚まんとお茶のおかわりです」

「ちゆり、手、ちべたい」

「おや、こんなところにいい湯たんぽが」

「ひゅい、」

 

 平坦な口調でそう言うや否や、もう片方の冷えた手を首に差し込まれてしまう。完全に首根っこを押さえられた形だ。首を縮め、身をこたつに埋めて徹底抗戦の構えを取る。

 

「ほんと冷たいんだけど……」

「目ぇ覚めたでしょう。ヴィオラさん、こちらが対抗薬の錠剤です」

 

 ちゆりは冷えた手を私の首で暖を取りながら、ハオに目配せすると、ハオが『黒の手』を動かし、錠剤が幾つかまとめて入っている薬袋と、赤い錠剤が一つ乗せられた和風な小鉢との乗った盆をヴィオラの前に配膳した。しかし、ちゆりとハオってそんなに仲が良いのかと感心させられた。私の見ていない所でちゆりなりに研鑽に励んでいたのかもしれない。

 ヴィオラは小鉢の錠剤を摘み上げ裏表ひっくり返して見たり、照明の光に透かしてみたりと観察している。

 

「……真っ赤ですわね」

「目ぇは覚めませんけどね。ちなみに青い錠剤は無ぇですから」

「残念。サングラスは胸に忍ばせていたのですけれど。こちらの名前は?」

「名前はまだねぇです。暫定的に対抗薬と呼んでます。小難しいは一息入れてからにしませんか?」

「そう、ですわね」

「あぁ、その錠剤。いま服用して頂いても結構ですよ。服用の際は噛み砕かず飲みこんで下さい。水無しでも服用できますしお茶でもたぶん大丈夫ですけど、お水いります? まじぃ水道水ですが」

「頂きましょうか」

 

 ヴィオラはそういうと止める間もなく赤い錠剤を嚥下した。予備の薬まで手渡している以上、飲みこんだフリではないようだ。

 

「……一度退散して治験挟んでからの方が安全じゃねぇですか? 由来不明の薬ですよ?」

「あなた方の事は疑いに疑い尽しましたから、信じると決めたのです。ワタクシが、ワタクシを」

 

 ヴィオラは私の肩越しにちゆりの顔を窺っているのだろう。ちゆりの顔は見えないけれど、なんとなくジト目でヴィオラの事を見据えている顔が思い浮かんだ。溜息のような深い呼吸が後ろ髪にかかる。

 

「はぁ、んで? 仲良くなれたんですか、教授?」

「そぅ、ひゃぁ、ねぇ……」

 

 ちゆりのだいぶ暖かくなってきた手が首から離れたかと思うと、今度はまだまだ冷え切っていた手の甲側が押し当てられる。頸動脈で冷やされた血が巡ったことでか脳が冷め、思考が、意識が冴えてくる。

 ヴィオラはどうしようもなく胡散臭いけど、それは覚悟や拠り所が定まっている故であり、その点に於いて彼女は極めて信用が出来る人物。すこし年寄りくさい雰囲気を醸し出すこともあるけど、それはそれ。別世界から来た竜騎士王子を抱えておきながら、あーだこーだ言って事情を選り好みするわけもなし。だからそう、簡潔に言うなら、

 

「――――善かったわ、とても」

「だってさ、ヴィオラさん。これからコキ使われると思いますが、よろしく」

「えぇ、よしなに」

「それでは冷めない内に頂きましょうか」

 

 ちゃぶ台の小さなセイロに手を寄せる。指先が冷えていたようで湯気上がるセイロの温もりが手先に沁み、血管が拡がってピリピリと微かな痺れが心地良い。

 

「残念。手ぇ洗ってきて下さいね。教授だけじゃねぇですよ、カイムさんも、ヴィオラさんも」

「えぇ!? つ、冷たいじゃない絶対……」

「私の手が冷たいのには理由があったんですよ、ほら行った行った」

 

 ちゆりの言葉にカイムだけが素直に立ち上がり、襖横の柱に凭れ掛かっている。先々行くのかと思ったけれど、待ってくれているのか、或いはちゆりのお願いで私を担ぐことになる可能性を考慮しているのかもしれない。かくいう私はこたつから抜け出せないでいる。

 

「あぁ、ヴィオラさん。お酒こちらでご用意しましたけど、お召しになりやがりますか?」

「あら本当に? どういったものでございましょう?」

「偽電気ブランていうものらしいです。珍しいお酒みたいですよ? 飲兵衛みたいなんで、普通に美味しいよりクセのあるものがいいかなと」

「あぁん! 是非頂きますわ!」

 

 ヴィオラは嬌声をあげ今日一番の笑顔を更新した。酒類はてんで詳しくなく、一般知識の範疇ですら名すら聞かない当たり、酒飲み界隈では謂れのあるお酒なのかもしれない。

 酒好きというのは本当の事のようだけれど、私への警戒が無くなったからだろうか、随分と感情や表情と言ったのを見せるようになったものだ。それよりも気になる点がある。

 

「……未成年がお酒語ってる!」

「セイロ借りるついでに手土産の肉まんのお裾分けのお返しに頂いたんです。『酒好きな捻くれ者が嫌いとは言わないお酒』ってオーダーで。味は知らねぇですが、ヴィオラさんの反応見るに当たりで良かったです」

「えぇ楽しみですわ! ささ! はやく手洗い済ませてしまいましょうそうしましょう!」

 

 ヴィオラはこたつから軽やかに抜け出すと私の脇を抱えて立ち上がらせて、居間の外へと背を押していく。その顔はとても晴れやかだ。

 

「あぁ、でも。薬とアルコールの同時服用は一般的にアウトですね」

 

 ちゆりの声にヴィオラの顔は綺麗なまま凍ったように固まる。人間、こうまで表情筋を静止させることが出来るものかと感心すらする。居間に移った時、ちゆりがヴィオラの脇腹にツッコミキック入れていたのもそうだが、ちゆりとヴィオラは相性がわるい、いや良いのかもしれない。効果はバツグンだ。

 

「ま、対抗薬は普通の薬とは違うんで大丈夫なんですけどね」

 

 ちゆりがなんてこともない様子で言い、ヴィオラはホホホなんて上品な作り笑いを零していた。

 台所に行き、並んで手を洗っている最中、ヴィオラに訊ねる。

 

「私の助手、すごいでしょ?」

「……貴方とカイムさんを御している事実をもう少し評価すべきでしたわね」

 

 ヴィオラは初めて見る顔で苦い笑みを浮かべていた。

 

 

 




夢美視点変わらないので2と統合するか迷いましたが、長くなりそうなので分割
王子の言葉と妹と竜との対峙会
べらべら話す王子は違和感あるけど話さないとお話すにならないので
ちょっとしたケジメ回

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