【完結】暗殺教室 ―Twinkling of a star―   作:春風駘蕩

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第9話 変身の時間

 黒光りする鋼鉄の砲身が動き、砲口が目前のワーム達に狙いを定める。機械音が響き、カートリッジが弾丸を飲み込んで装填する。全身を包む強化スーツの影響か、持ち上げるだけでも困難なはずの巨大な砲を二門肩に背負っていても、渚は二本足で立つことができていた。

 砲門が起動すると同時に、渚の目を覆う赤いバイザーもその表面に無数の情報を刻み、どよめくように渚を見つめてくるワーム達に照準のマークをつけ始めた。先ほどまで好戦的に渚に迫っていたワーム達も、明らかに様子の変わった獲物に対して警戒心をあらわにしていた。

 そのうちの一体を、バイザーがターゲットに指定してカーソルを表示する。ワームを見定めていた丸と四角の図形がやがて、ワームの中心に合わせて組み合わさった。

「っ‼︎」

 渚が両足を踏ん張ったその瞬間、両肩のバルカン砲が一斉に火を吹いた。強烈な熱波が周囲に走り、爆音が雷のように轟きわたって弾丸を吐き出す。鋼鉄の塊をも貫く威力の弾丸がワームに迫り、その表皮を破るために飛んでいく。

 しかし、その弾丸はワームの頭上をかすめ、群れを飛び越えるとその向こうの壁に着弾し、炸裂して大爆発を引き起こした。

「うわっ⁉︎」

 対して発砲した渚はその反動で仰向けにバランスを崩し、爆発の余波で後方に吹き飛ばされていた。バルカン砲の威力が予想を上回り、さらには不十分な構えだったためか、渚の体は鎧のことを含めてもあまりに軽かった。

 ワーム達は背後で起きた大爆発や、勝手に倒れた目の前の獲物に戸惑ったように辺りを見渡していたが、虚仮にされたと思ったのか凄まじい咆哮とともに、倒れる渚の方に襲い掛かった。

 渚は苦労して立ち上がり、向かってくるワーム達を前に拳を構える。若干屁っ放り腰になりながら、分厚い装甲をまとった腕を振り、手前に迫るワームの一体の顔を殴ってから逆の腕で追撃を加える。鈍く生々しい衝撃が走って勢いが落ちるが、構わず向かってくるワーム達に立ち向かう。

 だがどれだけ殴っても、ワームは止まらない。どれほど硬い拳をまとっていようとも、格闘の苦手な少年の殴打では異形の皮は突き破れなかった。純粋な暗殺者としての才能に恵まれた少年にとって、重く硬い鎧に格闘という形態(スタイル)は全く相性があっていなかった。

「あぐっ⁉︎」

 逆にワームの攻撃を受けて、無様に転がる始末。倒れても他のワームに掴みあげられ、まるでリンチされるように複数のワームから殴りつけられてしまう。強化スーツが幾分か衝撃を吸収するとはいえ、普通の人間に殴られるのと同等の威力であり、今の渚では打開する手がないに等しかった。

 ワームの一体に殴り飛ばされ、ガシャンと壁にぶつかって意識が飛びかける。装甲を壊そうとしているのか、ワームは執拗に渚を責め続け、内側の体をボロボロにしていく。装甲の頑丈さが仇となり、渚は長らくその拷問にさらされることとなった。

「くっ……‼︎ やはり無理だ、あの力を一介の学生が使いこなすなど……‼︎」

 渚が無数のワームによって蹂躙されている姿を目にし、烏間は自身の選択を激しく後悔する。身体能力が平均以下の生徒にライダーシステムを託すど、所詮は数値だけを見た無謀な賭けだったのか、数秒前の自分と上司を殴りたくなった。

 ギリギリと歯をくいしばる烏間に向かって、一体のワームが爪を振り上げて襲いかかった。

 だが、烏間はギラリと目を獣のように光らせると、流れるようにワームの斬撃をかわして背後に回り込み、肩上をつかんでひねり上げた。骨格の可動範囲を利用する逮捕術を利用し、強靭なワームを押さえ込んだ烏間は、なすすべなく膝をつくワームの頭に拳銃を押し付けた。

 ギイイイイ‼︎ と吠えるワームに、烏間は獰猛な笑みを浮かべたまま告げる。

「悪いな……お前達に構っている暇はない」

 ドン‼︎ ドン‼︎ ドン‼︎ ドン‼︎

 と、数発の銃弾がワームの頭蓋を砕き、肉を破って貫通する。頭に風穴を開けられたそのワームはビクンと大きく痙攣すると、傷穴から大量の緑色の血を吹き出して崩れ落ちた。

 烏丸はワームから手を離し、別の近づいてくる敵に向かう。硬い皮膚に攻撃を加えるようなことはせず、走ってくる個体の足をからめとって転ばせ、一本背負いの要領で投げ飛ばし、あくまで足を止めるだけにとどめる。そして、新たに装填した銃弾でワームの急所を連続して打ち抜き、確実に絶命させては屍を積み重ねていった。

 イリーナは細身の体を生かして障害物のある方に逃げ込み、襲いかかるワームの魔の手から逃げ回る。タービンや計器を盾に爪を避けながら、巧みにワームをかいくぐり、地下空間を縦横無尽に走り回る。

 かと思えば、逃げる途中でとっさに仕掛けたワイヤートラップにより倒れたワームに近寄り、その背中を踏みつけては何度も発砲してトドメを刺す。自身を囮にするというリスクの高い戦法によって、イリーナはかろうじて異形の群団を相手取っていた。

 だが、彼らが不利なことに違いはない。銃弾の数にも限りがある烏丸とイリーナは確実に追い詰められ、多数のワームに囲まれている渚には限界が近づいていた。

「クソッ…数が多すぎる‼︎」

 ワームの首をボギンとへし折りながら、切羽詰まった表情で烏間が毒づく。どれだけ倒してもワームの群れは暗闇の中から際限なく現れ、巣の中にいる獲物に襲いかかってくるのだ。地上に脱出しようとも、群れを突破することができず、それどころかさらに追い込まれている。

 烏間が表情を険しくしながら、状況の打開策を必死に考え続けていた時だった。

「アアアアアアアアア‼︎」

 凄まじい怒号と共に、天井に開いた亀裂から一つの赤い影が飛び込んできた。スリットの入ったスカートを翻し、施設に侵入したその影は、手に供えた苦無を振りかざし、群れるワームの間に降り立つ。そしてそこから、目にも留まらぬ早業で刃を振るい、急所を捉えたワーム達を次々に屠っては、排除していく。

 降り立った影、ヒバリは銀髪を振り乱し、渚に群がるワームをまとめて斬り飛ばしていく。渚を殴りつけていたワームの首を両断し、蹴り飛ばして横にどかすと、体勢を低く構えてカブトゼクターに備わった三つのボタンを順に押していった。

【1.2.3】

「ライダーキック……‼︎」

RIDER KICK(ライダー・キック)

 カブトゼクターの角を反転させ、もう一度反転させる。すると、カブトゼクターからエネルギーの放電が迸り、ヒバリの仮面の角に集まっていく。角に収束したエネルギーは今度はヒバリの右脚に集まり、力が漲ってバチバチと弾けていく。

 ヒバリは左足を軸にすると、放電する右足を振り上げ、渚の左右を押さえつけていたワーム二体に向かって強烈な回し蹴りを繰り出した。

「ハァァァァァァァ‼︎」

 必殺の襲撃が二体のワームの頭部を粉砕し、炸裂したエネルギーが弾けてワームの身体を粉々に爆散させる。一瞬で駆逐されたワームに解放された渚は、よろめきながらヒバリの方に力無く倒れ込んだ。ヒバリが受け止めるが、渚はもう自分一人では満足に立ち上がれないほどボロボロで、疲労しきっており、支えてやらねばならなかった。

「渚っ……何故、君がガタックを……‼︎」

「…ヒバリ……さ……」

 口元に血をにじませた渚を支えるヒバリは、その痛ましさに思わず唇を噛む。殴打され続けたにも関わらずその程度で済んでいるのは強化スーツの強靭さのためであろうが、それでも痛みが残るほど傷つけられていたのは確かだった。

 ヒバリは渚の体を壁にもたれ掛けさせると、周囲に散らばって様子を伺っているワームと、烏間が相手にしているワームを鋭く睨みつける。青い瞳は荒れ狂う海のように尖り、凄まじい殺気が人に仇なす害蟲を射抜いた。

「……図に乗るなよ、虫ケラども……クロックアップ‼︎」

【CLOCK UP】

 ベルトの右側を叩き、クロックアップを発動させたヒバリが、一瞬にして消え失せる。物理法則の一切を超えた速度を得た神速の戦士は、その場にいる全ての標的(ワーム)を視界に捉え、刃を手に疾走を始めた。

 スローモーションのワームの顔面を蹴り飛ばし、切り刻み、殴り飛ばし、一体一体を一撃で確実に仕留めていき、ヒバリはまるで風のように空間の中を駆けていく。ヒバリの瞳と仮面の目が空中に碧の軌跡を描く。

 階下のワームを全て狩り、屠ったヒバリは強靭な脚力で跳躍し、烏間たちに襲いかかるワーム達を殲滅していく。頭を切りとばし、踏み潰し、害たるものをかたっぱしから叩き潰していくヒバリの姿は、鬼神の如き気迫に満ちた禍々しいものだった。

【CLOCK OVER】

 制限時間を迎えた途端、切り裂かれたワーム達は傷跡から大量の緑色の体液を撒き散らした後、同じ色の炎を噴き上げて爆散していく。何体ものワームが灰に還り、爆音と衝撃が地下空間で激しく響き渡った。

「ぐっ……⁉︎」

「なっ……」

 目の前で突然爆ぜ散った異形の姿に、烏間とイリーナは目を置いながら目を見開く。そして、吹き上がる緑の炎の柱の中心に立つ、赤い鎧の少女の姿を目にし、言葉を失って立ちすくんだ。緑の血に濡れる刃を下ろし、屍の上に立つ少女の姿に。

 最強と呼ばれるゼクターを手にし、満足に動くこともできなかった少年と、盗み出したゼクターを用い、鬼神の如き暴れぶりを見せた少女を見比べてしまうほど、少女の戦闘能力の凄まじさに、それぞれが何も言葉を紡ぐことができなかった。

 しかし、最も衝撃を受けていたのは一人の少年だった。覚悟を決めて力を手にし、戦場に足を踏み入れたというのに、結果は散々痛めつけられた上、犯罪者と呼ばれている少女に命を救われ始末。情けないにもほどがあった。

(……やっぱり、僕にはできない……)

 わかっていた事実が、渚の胸に突き刺さって抉る。所詮は借り物の力、大した能力も才能もない自分なんかに、期待されるほどのことができるはずもなかったのだ。ただ珍しいだけで、貴重だというだけで、自分自身には何の価値もなかったのだ。

 ギリギリと拳を握りしめ、俯く渚。

 その時、渚の体に太い何かが巻きついた。

「……え?」

 目を見開いた渚が、呆然と自分の体を見下ろす。自身の右腕と胸を巻き込むように、白い糸が何本も巻きつき、何重にも重なって太い縄となって渚の体を縛り付けていたのだ。その糸が繋がっているのは、渚の頭上に開く巨大な亀裂、その上にとどまる、たった一匹生き残った蜘蛛型ワームの口だった。

「ーーーうわ⁉︎」

「⁉︎ 渚‼︎」

 気づいた時にはもう遅く、糸に囚われた渚は蜘蛛の糸によって軽々と引っ張り上げられ、瞬く間に亀裂を越えて外に放り出されていた。声を上げる間も無く、抵抗する間も無く、渚はすでに日が沈んで薄暗い空の下に引きずり出され、地面に向かって叩きつけられていた。

「ーーーがはっ⁉︎」

 背中からひび割れたアスファルトの上に叩きつけられ、肺の中の空気を全て吐き出させられた渚が目を剥く。衝撃は全身に走り、ただでさえ限界であった渚の意識を容赦なく刈り取って沈黙させ、バウンドしてのけぞった渚の口から多量の血が吐き出された。

 ピクピクと痙攣する渚は、アスファルトの上で大の字に倒れ、体を力無く投げ出す。一瞬飛んだ意識はぼんやりと引き戻されつつあったが、渚はもう動けずにいた。

 そのすぐそばに、渚を引きずり落とした蜘蛛型ワームがズシンと降り立った。かと思えば施設の陰からさらに多数のワームが出現し、力無く横たわる格好の獲物となっている渚の元へと近づき始めていった。硬い爪と牙で殻を突き破り、柔らかい人肉を貪ろうと、徐々に迫っていった。

 ーーーああ。

    やっぱりダメだった。

 迫る死の気配に、渚は虚ろな目をしたまま気づいた。自分の体はもう指一本動かせそうになく、意識も全く定まらない。動くこともままならない今の渚に、ライダーの鎧はただの枷だった。

 ーーー僕は、ヒーローにはなれない。

    カルマくんのように喧嘩が強いわけでも、寺坂くんのような力も、千葉くんのような射撃能力も、前原くんのようなナイフの腕もない。

    こんな僕じゃ、こいつらに勝つことなんてできない。

 虚ろな渚の目に、醜い異形の顔が映る。人を、獲物を食うことだけに執着し、殺戮を繰り返す異形の群れが何の取り柄もない子供を喰うために迫ってくる。奴らの目に映っているのはかるべき獲物ではなく、ただ目の前に転がっているだけの餌なのだろう。

 思わず、乾いた笑みがこぼれた。これが一歩踏み出した結果か、これが身の程を知らず戦場に出た報いか。ただ食われて終わるとは、何と滑稽なことであろうか。

 ーーーわかっていたはずだ、僕にそんなことはできないって。

    この地球(ほし)で、戦う力のないものは生き残れないんだ。

    彼女のような強い者が生き残り、僕のような弱い者は生き残れないんだ。

「渚君‼︎」

 烏間が亀裂を超え、渚の元に向かおうとしている姿が見えるが、おそらく辿り着く前に渚は喰われるだろう。おそらく、ヒバリであろうと間に合うまい、そもそもなぜ助けてくれるという保証があるのだろうか。ただ、偶然会っただけだというのに。

 ーーー…なんで僕、戦おうなんて思ったんだろう。

 牙が迫る中、渚はふと思う。戦う術など、自分にはほとんどないのに。

 力も劣る自分が戦士に選ばれること自体が奇妙なのに、なぜ自分は一度その力を受け入れたのだろうか。怪物を倒す勇者の役目など負えるはずもないのに、体は動いてベルトを手にし、ガタックを呼んで力を求めていた。なぜ、そうできると思ったのか。

 答えは、徐々に渚の中で形を成していった。

 ーーーああ、そうか。

    戦って勝たなくていい。

 

    殺せば 勝ちなんだ。

 

 いつしか渚は、仮面の下で微笑みを浮かべていた。死を前にしても、それが何の恐怖にも感じていないかのように。あるいは、まるで日常の一風景であるかのように。

 細い腕が、目の前のワームの顔に伸びていく。いっそ優しいその流れに、ワームは逆らうことも忘れて誘導され、ゆっくりと渚の手元に顔を寄せられていく。自然に、違和感なく。鎧をまとった少年は異形を迎え入れ、そっと抱き寄せていた。

 そして、ワームの額にコツンと何か硬いものが当たった。長く伸びた、黒光りするそれが額にぶつかりながらも、ワームは何も気にしていないかのように誘われるまま近づき、そして。

 炎とともに、頭部を肉片に変えて撒き散らした。

 ドォン‼︎

 渚の方のバルカン砲が一気に炸裂し、完全に戦意を失っていたワームの命を一瞬で奪った。頭部を失った異様は反動で跳ね上がり、大量の緑色の血を噴水のように巻き上げながらゆっくりと倒れていく。異形の血が雨のように同胞と渚の体を濡らし、我に返らせる。

 そこでようやく、ワーム達は気づいた。

 ゆっくりと体を起こす、まるで起床するかのようになんの殺気もなく立ち上がる目の前の存在は、同胞をなんの抵抗もさせずに屠った子の存在は、今までなんの害もないと思われていたこの存在は、もはや目の前に転がる餌でも獲物でもない。

 排除すべき、狩るべき“敵”であると。

 ワームの一体が吠え、同胞達を焚きつける。同胞を狩ったこの存在を殺せと、全力を持ってこの存在を排せと。でなければ、狩られるのは我々であると知らせる。

 しかしそれも、もう遅かった。ゆらりと立ち上がった渚は、おもむろにベルトのバックル部分に手を伸ばし、中心に収まったガタックゼクターの二本の牙を左右に弾いていた。

 途端に渚の纏う鎧にスパークが走り、薄汚れてしまった重装甲がいくつものパーツに分かれて浮き上がっていく。重く響く機械音が鎧から鳴り、渚は小さく、呟いた。

「…………キャスト、オフ」

 ガタックゼクターの牙がさらに開き、その目が赤く輝く。直後、凄まじい弾丸のような勢いで鎧がパージされ、周囲のワームたちに襲い掛かった。至近距離で鎧の直撃を受けたワームはその場から吹き飛ばされ、一部の個体は体の一部を衝撃で欠損させて絶命していく。

【CAST OFF】

 ワームたちを屍に変えた渚は、その中心で静かに佇む。すると、顔の左右に現れた二本の長いパーツが起き上がり、渚の側頭部と一体化してバイザーが輝く。無骨な仮面はいつの間にか、鍬形虫を思わせる青い仮面へと変貌を果たし、眩い光沢を放った。

CHANGE STAG-BEETLE(チェンジ・スタッグビートル)

 黄昏の空の下、青の鎧が佇む。二本の牙を生やした仮面を被り、黒いライダースーツの上に瑠璃色の装甲と黄色いラインの入った鎧を纏い、青色のスリットの入ったスカートをはためかせた、一人の戦士。

 “戦いの神”ガタックの、真の姿だ。

 ガタックの鎧を纏う渚は静かに振り向き、薄暗い闇の中に蠢くワーム達を見据える。先ほどの惨殺から学んだのか、必死に渚から距離を取りながら機をうかがっているワーム達からはもう格下と侮っている様子はない。破壊の力を完全に手にした渚を“的”と見定め、群れで狩る態勢に入っていた。

 一方で、渚の思考は非常に澄み渡っていた。背後のワームの気配さえ察知できるほど感覚は冴え、散らばっていた全身の力は一本の芯のように収束している。余計な思考は捨てられ、あるのはただ、目の前の敵を“狩る”“殺す”という意識だけ。奇しくも、両者の意志はその点において一致しており、拮抗していた。

 渚は穏やかな表情を浮かべたまま、自身の両肩に備わった刃に手を伸ばした。湾曲し、銀色の輝きを放つ二本の刃を外した渚はゆっくりとそれを目前におろし、切っ先をワームの群れに向けて見せた。まるで、遊びに誘うように。

 明らかな挑発に、ワームの一体が見事に反応し、それにつられるように全てのワームが動き出した。数を利用し、圧倒的な火力を用いて忌むべき敵を狩ろうと襲いかかっていく。

 しかし、彼らは気づいていなかった。

 今は襲うべきではなく、逃げるべきだったということに。

 スパッ、と渚の右手に持った刃がワームの一体の首筋めがけて、三日月状の軌跡を描く。鋭く尖った、牙を模した刃は滑るようにワームの首を狩り、豆腐でも切るかのように切断する。声すらあげる間も無く崩れ落ちたワームを打ち捨て、渚は通学路を行くような足取りで進んでいく。

 警戒と闘争心をあらわにした異形の集団を前に、渚の惨殺は一向に止まらなかった。クリアな思考と高まった感覚がワーム達の急所を確実に捉え、最低限の体運びで渚の体が動いていくのだ。刃は一本の線を辿るように走り、次々にワーム達に食らいついて噛み殺していく。

 渚自身の暗殺の才能とガタックの性能、そして刃の切れ味が全て合わさったが故に生じた相乗効果により、青鎧の暗殺者は見る間に異形の集団を狩り尽くして行った。

「グルルルル‼︎」

「キシャァァァァ‼︎」

 頭上から威嚇の咆哮とともに飛びかかった二体のワームが、二本の牙により切り捨てられて、虚しく地面に落ちて絶命する。すでに斬り殺された同胞の上に積み重なり、ドチャッと汚い緑色の血を吹き出す。

 無数のワームの体液を全身に浴び、鎧を汚しながらも渚の心は平静だった。忌むべき敵を倒した高揚も感慨もなく、ただ淡々と、黙々と敵を屠り続けていた。

 その姿を彼の担任教師は、ただ呆然と見つめている他になかった。あっけなく吹き飛ばされた彼が伸びている間に、彼の教え子はもう遠いどこかへ行ってしまったように見えた。

「…………渚くん…………」

 ただ呆然と、名を呼ぶことしかできなかった。

 目の前の一体を斬り捨てた渚の前には、最後の一体が残っていた。わずかに色が異なり、ひとまわり大きいその個体はワームの群れのボスだろうか、明らかな圧が異なっていた。

 同胞か子を駆逐されたワームのボスは怒りの咆哮を放ち、下手人である渚に向かって加速する。

 しかし、渚もボスが加速すると同時に、ベルトの右側を叩いていた。

【CLOCK UP】

 クロックアップ空間内で、唯一同じ速さの影が向かい合う。渚は襲いかかってくるボスに向けて歩を進めながら、ガタックゼクターのボタンを押し、牙を元の位置に戻した。

【1.2.3】

 すぐそばにまで迫る異形の巨大な爪を前にし、渚は静かに腰を落とし、そして高く跳躍した。宙に舞った青鎧の暗殺者は右足を高く上げ、スカートを翻して構えると、ガタックゼクターの牙を再び展開させた。

【RIDER KICK】

 ガタックゼクターから仮面の牙へ、そして右脚へ、青いスパークが収束していく。凄まじいエネルギーを宿した右脚を振るい、渚は必殺の襲撃をボスの首に叩き込んだ。

 ズガン‼︎ とスパークが周囲にほとばしり、強烈な回し蹴りがボス個体の首に炸裂して火を噴かせる。一瞬ビクンと痙攣したボスは首に打ち込まれたエネルギーを全身に流され、閃光を放って爆散し、轟音を辺りに響き渡らせた。

 四肢であったものが地に落ちて転がり、炭となって崩れる上に渚が静かに降り立つ。同時にガタックゼクターがベルトから離れ、渚の鎧はエネルギーの破片となって散っていき、渚が元の学生服の姿に戻っていった。

 だが、そこで何かの糸が切れたかのように、渚はぐらりと体を傾け、その場にばたりと倒れ伏してしまった。圧倒されていた烏間とイリーナ、殺せんせーは、その音にハッと我に返った。

「! 渚くん‼︎」

 慌てた烏間と殺せんせーが渚の元へと駆け寄ろうとする。しかし、それよりも先にどこからか黒装束の武装した兵士たちが姿を現し、渚を取り囲んでいった。足を止めた烏間たちの前で兵士たちは渚の体を抱え上げ、同時に止められた装甲車の中に収容していく。

 その兵士たちの姿に、烏間は目を見開く。そして、彼の前に立ちふさがるように現れた男を目にし、烏間は鬼のような形相に変わった。

「……ご苦労だったな、烏間くん」

「…………‼︎」

 今にも噛みつきそうな表情で睨みつけてくる烏間に、男ーーー矢車はフンといやらしい笑みを見せると、渚を取り囲むZECTの兵士たちに手を挙げて号令をかけた。

 

 ピクリとも動かない渚を、武装兵士達が担いで装甲車に乗せていく。

 その様子を、ヒバリは建物の陰からじっと見つめ、そして唇を噛む。ZECTが姿を現し、これ以上の介入は危険と判断し身を潜めていたのだが、思わぬ事態になってしまった。

 渚が戦闘を終えるのを見計らうように現れたタイミングの良さといい、明らかに尾行していたとしか思えない。それを理解しながらも、ヒバリは姿を現さず、じっと身を潜めていた。

 ZECTの真意を、探るために。


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