【完結】暗殺教室 ―Twinkling of a star―   作:春風駘蕩

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第4話 仮面の時間

「き……君は……‼︎」

 渚は目を見開き、目の前で異形の群れを屠った黒衣の顔を見上げた。下から見上げているせいか、フードの下の妙に細い線の顔立ちがぼんやりと見えた。

「……もしかして、ボクを追ってきたの? こんな危険地帯まで? 飛んだお人好しだね」

 渚を見下ろし、肩をすくめる黒衣ーー碧い吊り目が印象的な少女が、尻餅をつく渚に呟く。深い海の色のような瞳は、心なしか呆れたように細められていた。

 とはいえ、目の前の少女にだけは渚も言われたくはなかった。

「そ…それは君も同じじゃ」

「シッ」

 渚が反論しかけると、少女は渚の口を片手で塞ぎ、もう片方の手の指を立て口元に当てて渚を制した。急に至近距離まで近づいた少女の顔にドギマギしながら、渚は小さく息を飲んで硬直する。

 少女は鋭く目を光らせると、渚の肩越しに向こう側を指差した。渚が振り向けば、いつの間にか黒い武装兵が白い武装兵を制圧し、残ったものを包囲していた。

 残った二人の男、タンクトップにバンダナ、ジャケットにシンプルな帽子という傭兵のような格好をした二人組に銃を向け、武装兵たちが隊列を組んでいる。二人組は歯を食いしばり、武装兵たちを鋭く睨みつけていた。

 と、その時だった。

「織田あああああーーーーー‼︎」

 ビリビリと轟く、獣のような芳香が響き渡り、渚はビクッと身を震わせた。

 二人組の男を包囲する黒い武装兵たちの列が左右に分かれ、現れた道を二人の軍服を纏った人物が通っていく。鋭い鷹のような眼光が、織田と呼んだ男を射抜いていた。

「…ようやく追い詰めたぞ。手間をかけさせやがって」

「……大和、矢車」

 追われていた織田ともう一人の男は、凄まじい威圧感を放つ大和という男を見据える。対して矢車と呼ばれた男は、まるで汚らわしい毒虫を見るような目で織田たちを睨みつけていた。

「この裏切り者どもが……‼︎ 自由だなんだと嘯いて我々ZECTに反旗を翻した挙句ZECTの精鋭を引き抜いて新たな軍を作るなど、恥を知れ‼︎」

「うるせぇ‼︎ てめーらのやり方にはうんざりしてたんだよ‼︎」

「風とは気まぐれなもの……彼らもそれに賛同しただけのことです」

 織田の片割れの男、風間が帽子のつばをつまんでそういうと、矢車は憤怒の表情をさらに険しくし、怒りのままに詰め寄ろうとする。だが、それを上司らしい大和が手で制し、自ら一歩織田たちの方に踏み出した。

「……織田、風間。たとえ裏切り者だとしても、お前達と仲間であったことは事実……」

 物陰に身を潜めている渚が思わず「修羅場……?」と呟く前で、大和は突如地面に膝をつき、深々と頭を下げた。その場にいた誰もがギョッと目を見開き、いきなりの土下座を敢行した大和を凝視した。

「この俺が土下座してまで頼むのは今までにないことだ。…戻ってきてはくれんか」

「…………」

 恥辱か憤怒か、思いを押し殺したかのような声で、大和は土下座をしたまま懇願する。ひたいを割れたアスファルトの上に擦り付け、部下達の目も憚らずに頭を下げ続ける。

 その様を、織田は冷めた目で見下ろしていた。

「……大和、今更俺が土下座なんざでうごかねぇことはてめーが一番よく知ってんだろ」

「…………」

 冷えた声でそう呟いた織田の前で、大和は無言のままゆっくりと立ち上がる。その顔に落胆はなく、答えを最初からわかっていたかのような諦観の表情があった。

「……ならば仕方ない。ZECTの敵は、この俺が排除する」

 ヤイバのごとく眼光を鋭くし、大和はその瞬間から臨戦態勢に入った。もう目の前にいるのはかつての同志ではなく、組織に仇なす排すべき敵だ。

 大和は片腕を上げ、手袋を外して軍服の袖から金属製のリストバンドを晒す。するとそこへ、虫の羽音を響かせて銅褐色の何かが飛来し、大和の手首にカチリと連結した。

 手首に張り付いた、複雑な形状の角を生やした昆虫・ケンタウロスオオカブトを模した金属製のガジェットを掲げると、大和は傾いたそれをひねり、呟いた。

「変身」

 そして、織田も同じく片腕のリストバンドを掲げ、どこからか飛来した銀灰色のヘラクレスオオカブト型のガジェットを装着し、同じように叫んだ。

「変身‼︎」

HENSHIN(ヘンシン)

 その瞬間、大和と織田の手首を中心に正六角形状のエネルギーの幕が形成され、蜂の巣のように二人の体を包んでいく。数秒で手首を中心に消滅していき、その下からは、ガジェットと同じ銅褐色と銀灰色の装甲を纏った戦士が姿を現した。

 片や、緑の双眼に、複雑に枝分かれした角を持つカブトムシの顔を模したヘルメット状の仮面を被り、ライダースーツにスマートな装甲を纏わせ、その下に中国の武官のような衣服を巻いた大和。

 片や、赤い目に、上下に長く伸びた特徴的な角を模した仮面を被る、大和と色が異なるものの全く同じ装甲を纏った織田。

 エネルギー膜が消滅した瞬間、両者の仮面の目が輝きを放った。

CHANGE BEETLE(チェンジ・ビートル)

 低い男性の電子音声が響き、両者は腰に下げたツールを手に持って構える。織田は戦斧を、大和は苦無を手に、目前の敵をまっすぐに見据え、そして。

「ーーーッシャァ‼︎」

「ハァッ‼︎」

 裂帛の咆哮とともに、同時に激突する。戦斧と苦無がぶつかって火花を散らし、男たちの逞しい筋肉がスーツの下で盛り上がる。鍔迫り合いなどではない、相手の急所を的確に狙い、確実に殺す技の応酬が繰り広げられていた。

 甲高い金属同士の衝突音が鳴り響き、それが残る二人を動かす合図となった。

 風間は懐から銃のグリップに似たツールを取り出し、矢車は左手のリストバンドを晒す。すると、織田たちと同様に鋼鉄の昆虫たちが飛来し、それぞれのツールへと自ら降り立った。

「変身」

HENSHIN(ヘンシン)

 風間の元へは青い蜻蛉の、矢車の元へは黄色の蜂のガジェットが姿を現し、六角形のエネルギー膜が二人の体を包んで強固な装甲を形成していく。

 矢車は装甲を纏うと、すぐさま風間の方へ左腕を掲げて駆け出した。同時に、リストバンドに装着した蜂の羽を全面へとひっくり返し、180度蜂を回転させた。

「キャストオフ‼︎」

CAST OFF(キャスト・オフ)

 途端に装甲が浮き上がり、無数のパーツに分かれてパージされていく。

 同時に、風間は蜻蛉とグリップを合わせて作った銃を掲げると、撃鉄にあたる部分を引いて銃口を天に掲げ、半身を引いて身構えた。

「キャストオフ」

CAST OFF(キャスト・オフ)

CHANGE WASP(チェンジ・ワスプ)

CHANGE DRAGON-FLY(チェンジ・ドラゴンフライ)

 風間の装甲もパージされ、両者の鎧はよりスマートな格好へと変わった。

 片や、黄色い蜂を模した格闘型のパワーファイター。羽を広げた蜂の体を模した鎧と、牙を模した目が光る凶悪な表情の仮面を纏う拳闘士(グラップラー)、ザビー。

 片や、青い蜻蛉に似た姿の銃撃者(ガンナー)。長い蜻蛉の羽は胸と右肩を覆うような形状の装甲と、四枚の羽の形の複眼を持つ仮面を纏った戦士、ドレイク。

 怒号と共に、矢車は風間に襲いかかる。風間は銃で牽制しながら、徐々に包囲網を狭めていく武装兵をも同時に狙い撃つ。銃撃を食らった兵士は胸から火花を散らせ、翻筋斗(もんどり)打って盛大に倒れ込んだ。

 別の場所では、織田と大和が激突し、建物に突っ込んで瓦礫を撒き散らせる。刃だけではなく、拳と蹴りの応酬が繰り広げられ、骨と骨、装甲と装甲がぶつかり合う鈍い音が辺りに反響していった。

 ワームの襲撃などとは比較にならないほどの迫力で、人間同士の戦闘が開始されてしまい、渚はすぐ近くで響く銃声や破壊音に身を固くする他になかった。

「……‼︎ なんでっ、…こんな……⁉︎」

 幾度となく考えてしまう。危険な夜の飛び出した不良少女を説得するだけのつもりだったというのに、何故ZECTの抗争などに巻き込まれなければならないのか。

 その横で件の元凶は、頭を抱え込んで嘆く渚をよそに激化する戦場をただじっと眺めていた。

「……君、名前は?」

 唐突に振られた問いに、渚は一瞬「えっ?」と惚けた声を上げて固まった。しかし、至近距離をかすった銃弾がチュインと弾ける音に正気に戻り、近くで起こった爆発音に首をすくめながら、急かされるように慌てて答えた。

「なっ……渚! 潮田渚だよ‼︎」

「…渚、か」

 少女は渚の名を反芻するようにつぶやくと、背を向けたまま口を開いた。

「……巻き込んでごめん、渚」

「…え?」

「…今からタイミングを計るから、合図したら全力で走って。いいね?」

 そう言われて、渚は困惑して眉をひそめた。先ほどまで厚顔不遜な態度を取っていた彼女が、心なしか落ち込んだような声で謝罪してきたことに、戸惑いを隠せなかった。

「で……でも、君は…………⁉︎」

 渚が迷っていると、少女はフードの下から鋭く睨みつけてきた。

「返事は⁉︎」

「は……うん‼︎」

 叱責され、渚は慌てて立ち上がった。

 少女は再び戦場に視線を戻し、ぶつかり合う二組の戦士達と武装兵の様子を伺う。どちらも目の前の敵を相手にすることしか頭にないようで、渚達がいることにすら気がついていない。

 鋭く目を走らせていた少女は、やがて銃弾の雨が途切れる瞬間を捉えた。

「今だ、走って‼︎」

 ぐいっと渚の方を掴み、少女が駆け出した。渚が「わっ‼︎」と小さく悲鳴をあげるのにもかまわず、少女は戦場をかいくぐって走っていく。気圧されかけた渚も、半ばヤケになりながらその後を追った。

 銃弾が風を切り、爆発音が鼓膜を震わせる中、渚は必死に姿勢を下げて、少女の背中を見失わないように走る。時折走る閃光のために、かろうじて夜間でもその背を見失う心配はなかった。

 やがて渚の視線の先に“道”が映った。自分が通り、ここへたどり着いた道だと瞬時に気づき渚の顔に安堵の表情が浮かんだ。

 ーーーあとちょっと……‼︎

 だが、その瞬間渚の視界は、白い閃光に包まれた。流れ弾が渚のすぐ近くに着弾し、炸裂して多少の爆発と衝撃を発生させて、渚の軽い体を吹き飛ばしたのだ。

「‼︎ 渚っ…‼︎」

 少女もまた爆風に煽られ、瓦礫の中に突っ込んでいく。

 渚は咄嗟に受け身を取るも完全には衝撃を殺せず、全身を強く打ち付けて悶絶する羽目となる。「あぐっ⁉︎」

 肺を圧迫されつい声を漏らしてしまい、激痛に地面を転げ回る渚。

 その時響いた声に、織田が気づき仮面の下の目を大きく見開いた。

「‼︎ なんで民間人がこんなところに……⁉︎」

 驚愕しながら、織田は渚を保護しようと駆け寄ろうとする。しかし、大和がそこへ割り込んで苦無を振りかざし、それを戦斧で受け止めた織田は足を止められた。

「邪魔するんじゃねぇ‼︎ 民間人のガキがいるんだぞ‼︎」

「なんだと……⁉︎」

 ガキンと刃を払いのけ織田が吠えると、さすがに大和も予想外だったのか言葉に詰まり、ちらりと渚のいる方向に目を向けた。そして、瓦礫の中で咳き込んでいる渚の姿を目にした瞬間、大和の放つ雰囲気が変わった。

「…………矢車、聞け」

 仮面に内蔵された通信機を起動させ、大和は風間と殴り合っている矢車を呼ぶ。風間を払いのけた矢車はその視線を大和の方に、そして渚の方に向け、同じように動きを止めて固まった。

「そいつらの事は後回しだ…………あの少年だ」

 その“命令”が発せられた瞬間、矢車が動いた。まだ咳き込み続け、涙目でうずくまる渚に向けて、苦無を持ったまま猛スピードで接近していく。渚が気配に気づいた時には、矢車は苦無の柄頭を振り上げ、渚の延髄に突きこもうとしているところだった。

「ーーー‼︎」

 渚がそれを回避することができたのは、日頃の訓練の成果とは言いがたく、むしろ相手が手加減し、速度を緩めたことが一番の要因だった。とっさに頭を引いた渚はバック転の要領で立ち上がり、すぐさま矢車の苦無から距離をとって身構えた。今のは明らかに、渚を仕留める一撃だった。

「チッ……ただの子供ではないということか」

「何してやがんだてめーは‼︎」

 舌打ちし、追撃を行おうとする矢車に織田の怒号が飛ぶ。それでも止まらず、渚に向かって疾走する矢車を追おうとするも、その前に大和が立ちはだかった。

「大和っ……邪魔すんじゃねぇ‼︎」

 斧で斬りかかるも、大和は苦無を滑らせて斬撃を防ぎ、織田を矢車の元へ行かせない。不穏な状況に気づいた風間が矢車を打とうとするが、残っていた武装兵たちが銃を乱射して道を阻む。織田は仮面の下で顔をしかめ、大和を睨みつけた。

「あんなガキを巻き込むなんざどういうつもりだ⁉︎」

「……答える必要はない」

 大和は織田の怒りの言葉を一蹴し、苦無の刃を振り抜いた。

 一方、矢車と相対する渚は、冷や汗を流しながら一歩も動けずにいた。先ほど昏倒させられかけたことで相手が害意を持っているのは明らかで、安易に動けばすぐに捕らえられてしまうであろうことは想像できた。

 なぜ自分が狙われているのかはわからないが、問答無用で襲いかかってくるような奴がまともな相手だとは思えない。なんとか隙をついて逃げ延びようと、渚は静かに機会を伺った。

 そんな渚を、矢車は肩をすくめて見つめる。

「そんなに身構えるな。大人しくしていれば危害は加えない」

「…………」

 胡散臭い。そんなことを言われても、渚は警戒を解くことはできなかった。たとえ仮面の下で浮かべているであろう笑顔を見せていたとしても、一度芽生えた不信感は拭うことはできない。汗が顔を伝うのを感じる中、渚はじっと矢車を見据え続けた。

 身構える渚の姿を見て、矢車は肩をすくめてため息をつく。

「……大人の言うことは、素直に聞くものだ」

 呟いた直後、矢車の放つ雰囲気が変わった。子供をたしなめる大人から、ただ命令をこなす一匹の猟犬のように獰猛な覇気を放ち、渚に迫った。

「‼︎」

 渚は目を見開き、繰り出された手刀をかろうじて避ける。前髪が何本か切り裂かれ、その危険さに改めて恐怖する。

 矢車の猛攻はそれだけでは終わらず、渚の急所を的確に狙って打撃を加えてくる。渚は必死にかわし続けるが、その様はどこか猫が遊びで獲物を弄ぶかのような雰囲気があり、その度に戦慄が渚の体を駆け抜けた。

 本気を出されれば命はない、その恐怖が渚の身を竦ませ、ついに矢車の薙ぎを顔面に受けてしまい渚はその場に倒れこんだ。すぐに立ち上がろうと体を起こすが、脳を揺らされたのかろくに動くこともできなかった。

「ぐっ……うっ………‼︎」

 もがく渚に、矢車の手が伸びる。朦朧とする意識の中、渚は徐々に近づいてくる黒い手を目にし、それが死の感覚であるかのように錯覚し始めた。

 しかしその刹那、両者の間で火花が散り、矢車の体が大きくのけぞった。

「ぐああっ⁉︎」

 顔面に衝撃を受けた矢車はたたらをふみ、強制的に渚から距離を取らされる。意識を保とうとするかのように頭を振ってから、矢車は目の前に乱入した人物を鋭く睨みつけた。

 渚もまた、自身を守るように背を向けて立つ目の前の人物に、目を奪われていた。そこにいたのは、先ほどの爆発で逸れた、黒衣をまとった少女だった。

「……‼︎ 君は…また助けて…」

「……そこにいて。すぐに終わるから」

 少女は渚を一瞥すると、ただ無言で矢車を見据える。

 フードの下から視線を向けられた矢車は、忿怒の気迫を全身から漂わせ、邪魔をした少女を鋭く睨みつける。苦無のヤイバを構え、用心深く少女を見据えた。

「貴様……何者だ」

「…………」

 少女は何も答えず、おもむろに黒衣を留める金具を外した。そして片腕で黒ローブを外すと、一気にそれを取り払い、己の姿をその場にいた全員に晒して見せた。

 美しい少女だった。青の瞳は星のように静かに煌き、まつ毛は長く凛としている。顔立ちは細部に至るまで完璧に整っていて、まるで理想的に造形された人形のようだった。

 ただ、後ろにいた渚が目にしたのは、まるで老人のように真っ白な髪のみ。三つ編みにされた長い髪は風に揺れ、月明かりを反射して眩しく輝いていた。

 しかし、矢車が息を飲んだのは、少女の容貌に対してではなかった。

 矢車が見ていたのは、少女の腰に巻かれたもの。銀色の無骨なベルト。

「まさか……その、ベルトは……‼︎」

「……おばあちゃんが言っていた」

 少女の腰に巻き付いた、一本のベルトを見て言葉を失う矢車。それに気づき、同じように硬直する大和達を余所に、少女は静かに片腕を上げ、天に向かって人差し指を突きつけ、高く掲げていく。

「ボクの名は……天の道を往き、世界に春の嵐を告げる鳥。天道ヒバリだと」

 傲岸不遜な態度で、独特な名乗りを上げた少女ーーヒバリの元に、一体の赤い影が飛来する。ヒバリはそれ、真紅のカブトムシ型のガジェットを片手で掴み、ゆっくりと目の前に下ろして見せつけた。

「変身」

HENSHIN(ヘンシン)

 ヒバリはガジェットをベルトに装着し、ガジェットもそれに応える。すると矢車たちと同じようにヒバリの体を六角形のエネルギー膜が包み、銀色の装甲を形成していく。青く光を放つ仮面をまとったヒバリは、ベルトに装着したカブトムシの角を叩き、僅かに浮き上がらせた。

 すると、重低音を響かせて銀色の装甲が浮き上がり、キュインキュインと待機音が辺りに鳴り響いた。装甲が無数のパーツに分かれると、ヒバリは静かに、あのワードを口にした。

「キャストオフ」

CAST OFF(キャスト・オフ)

 ヒバリがカブトムシの角を掴み、反対側へ180度ひっくり返す。カブトムシの胴体が前後に展開して電子音声が響いた瞬間、凄まじい勢いで装甲のパーツが弾け飛んだ。

 パージされた装甲のパーツは弾丸のように周囲に四散し、装甲の下からまた新たな装甲が姿を現す。

 真紅の鎧に、所々肌の見えるデザインのボディスーツ。鎧とスーツの間には、装甲と同じ真紅のチャイナドレス型の防護服を纏い、風にたなびかせる。仮面の形状も変化し、サングラスのようなスマートな形となっている。レンズの真下には赤いパーツがあり、それが起き上がってサングラスと一体化し、カブトムシの角と目を模した仮面となった。

CHANGE BEETLE(チェンジ・ビートル)

 青く光る仮面を被り、少女は機械の鎧を纏う。長い三つ編みを夜風に揺らすその少女・ヒバリの背中は、渚には鋭く研ぎ澄まされた一本の刃のように見えた。


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