【完結】暗殺教室 ―Twinkling of a star―   作:春風駘蕩

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第20話 希望の時間

「一体状況はどうなっている⁉︎ 報告しろ‼︎」

 ノイズが走るモニターに向かって叫びながら、田所が部下たちに喚くように命じる。ZECTの本部は巨大隕石の出現からミサイルの発射までの間、ほとんどと言っていいほど情報を得られていなかった。

 その時、オペレーターの一人がハッとした表情で田所の方を振り向いた。

「……! 一機だけですが、ステーションの外部カメラと繋がりました‼︎」

「よし、すぐにその映像をーーー」

「ーーー我々にも見せていただこうか」

 田所は背後で聞こえた金属音に表情を変え、ゆっくりと視線を後ろに移していく。オペレーターたちも座席から腰を浮かしながら、田所の背後で拳銃を構えている一人の男ーーー烏間と特殊装備に身を包んだ少年少女たちを凝視した。

 衣服を緑色に染め、ボロボロにしたE組の面々は荒い息を吐き、あるいは互いに肩を支えあいながらZECTのメンバーを睨みつけている。戦いを乗り越えた彼らは傷だらけになりながらも、一人を除いた全員が再び揃っていた。

「……なぜ、あなた方が」

「無論、うちの生徒が最後まで諦めずにやり遂げようとしていることを、見届けるためだ。……その様子では、把握していないようだな」

 烏間の冷たい目に、田所は表情を険しくする。生徒を利用した組織の幹部は確かに憎いだろう、銃口を向けられても文句は言えない。

 だが、状況は人間の意思を超えたところまできてしまった。要求など聞いている暇などない。

「馬鹿な……子供一人に何ができる。渚くんやあなた方の気持ちも分かるが、もう手の出しようも……」

「それは……、あなたが決めることではありません」

 銃を突きつけられながら烏間の意思を認められずにいる田所に、もう一つの声がかけられる。

 E組の生徒達が道を開けると、黄色い顔の超生物がーーー衣服をボロボロにし、血を口元に残した殺せんせーが磯貝と片岡に肩を借りて現れる。その姿は普段からは考えられないほどに弱々しく、いまにも命の灯火がかき消されそうだった。

 だがそれでも、その丸く小さな目は揺らぐことなく田所たちを鋭く見据えていた。

「あなた方の言うただの子供は、今まさに命がけで戦っています。それを否定する資格は、あなた方にはありません」

「だ……だが」

「いいから黙っていなさい。……これは、彼らの戦いです」

 僅かな殺気を込め、田所を睨む殺せんせーと生徒たち。反論もできない田所が唸った時、オペレーターの一人がはっと顔をあげて振り向いた。

「……⁉︎ う、宇宙空間に、未確認の飛行物体が‼︎」

 田所はオペレーターの方を振り向き、驚愕の表情を浮かべる。

 まさか、さらなる脅威が迫ってきているのか。そうなったらもうお手上げだと歯を食い縛る田所だったが、その想像は全く外れていた。

「これは……………………カブトです‼︎」

 

     †     †     †

 

 蒼く輝く翼を羽ばたかせ、天を駆けるヒバリ。

 覚悟を背負った表情で一点を目指す少女は、みるみるうちに巨大な絶望へと距離を詰めていく。あまりに巨大な隕石を前にしても、その表情は微塵も恐れを抱いていなかった。

 ヒバリは隕石を目前にすると体を起こし、翼の推進力を逆にして急ブレーキをかけて停止する。岩石の塊の表面に降り立ったヒバリは膝をつき、恐怖の体現を睨みつける。7年前に落下した隕石にも匹敵する巨大さだ、人間の技術で破壊するのは確かに無理だろう。

「……思った通りだ。これなら簡単には壊れないだろう(・・・・・・・・・・・)

 意味深に笑い、そっと岩石に右手で触れる。そして、親の仇を捕らえるように決して離すまいと強く掴みかかり、自身を隕石に固定すると、左掌をハイパーゼクターの上に重ねる。

 だが、一瞬だけためらうように動きを止め、グッと唇を引き結ぶ。しかしそれもややあってからほぐれ、ヒバリの顔には微笑みが浮かんでいた。

「…………さよなら、渚。……ありがとう」

 そう小さく呟き、ヒバリは再びハイパーゼクターの背を強く叩いた。

「……ハイパークロックアップ」

HYPER CLOCK UP(ハイパー・クロック・アップ)

 超越者(ハイパー)の真の力が発動し、ヒバリは触れている物ごと刹那に消え去る。ヒバリの周りだけ時計の針が逆さまに回り出し、世界を滅ぼせるほどの巨大な絶望が一瞬にして時間移動に巻き込まれ、現在から消滅する。

 人はその光景を奇跡と呼んで喜ぶだろう。現にZECTにいたオペレーターたちやE組の何人かは隕石が消滅したことに歓声をあげていて、互いに抱き合って感情をあらわにするものたちもいた。

 だから考えなかった。ヒバリと隕石がどこに消えたのかなど、はしゃいでいる彼らには考える余裕などなかった。

 だが直ぐに我に帰り気づく者がいた。あれはどこに行ったのかと。

 ヒバリのこの力を知る者がいれば再び絶望することになるだろう。ハイパーゼクターの能力は“時間移動”、移動するのは時間だけであり、全く違う場所に転移するのではない。過去であろうと未来であろうと、隕石が地球に迫っていると言う事実は変わらないのだから。

 それをヒバリがわかっていないはずがなかった。

 それもそのはずだ、ヒバリはこの世界を救う気などないのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「ーーーやぁ、久しぶりだね」

 隕石を細腕で抱えながら、ヒバリは笑う。

 その目の前にあるのは、抱えている絶望と負けずとも劣らない巨大な絶望の塊。

 そしてヒバリが今いるのは、“七年前の始まりの日(ゼロデイ)”。

 地球を襲った二つの絶望が、邂逅を果たしていた。

 ヒバリは隕石の表面から飛び立ち、巨大な岩の塊をぐいと押していく。輝く翼が背中を押し、隕石の落下を徐々に押しとどめていく。それどころか、はるかに巨大な塊をもう一つの絶望に向けて押し返し始めた。

 ゆっくりと地球に近づいていく隕石と、ヒバリが押し出す隕石が徐々に距離を詰め、そして。

 ーーーズン。

 音の響かない真空の世界を、強烈な衝撃波が駆け抜けていく。巨大で硬質な隕石同士が互いを破壊し合い、バラバラと細かい岩の欠片へと変えていく。世界を滅ぼすはずだった絶望は、同じ絶望によって葬り去られていく。

 過去が、変わる。壊れていく。

 滅ぶはずの未来が、完膚なきまでにぶっ壊されていく。

 これが、ヒバリの見つけた“答え”だった。

 

「……これは」

 “それ”に気づいたのは、隕石が消失してすぐのことだった。

 烏間の掌の上にふわりと、明るく輝く何かが舞い落ちる。淡く光って静かに消えていくそれはどこか暖かい、桜の花びらに似たものだった。

 人が、建物が、空が、あらゆるものが淡い光に包まれ、輪郭を曖昧にさせていく。形あるものが崩れ、はじめからなかったかのように消えていく。

 ひらひらと舞い落ちていく光の花びらに手を伸ばし、浅野理事長は目を細める。手に触れることのできないそれが舞う光景は、まるで季節外れに咲いた桜を思わせた。

「世界が……終わる。…………なんと美しい、最後だ」

 この世のものとは思えない光景に、加賀美は安らかな笑みを浮かべて酔いしれる。そこに、絶望して疲れ切った老人の姿は、もうなかった。

 静かに、春に包まれて世界は壊れていく。

 痛みも悲しみもなく、荒んだ世界はリセットされていく。雲雀に呼ばれた春がようやく訪れ、人々を、命を誘っていく。

 幻想的な光景に、人々が浮かべるのは安堵の表情だ。狂ったように泣き喚いていた者も、縮こまっていた者も、諦めの表情を浮かべていた者も、すべての人々が安心しきった表情で天を仰ぎ、佇んでいた。

 怯える人は、誰一人としていなかった。

 E組の生徒たちもまた、肩の荷が降りたかのような安らかな顔でその場に腰をおろし、フゥと深いため息をつく。仲間と拳を合わせ、ハラハラと涙を流し、ここまで来れたと言わんばかりに互いを労わりあう。何が、とはもう聞かない。終わったのだ、と心のどこかで察していた。

 輝きに包まれながら、生徒たちに囲まれた殺せんせーは微笑を浮かべ、空の向こうにいる教え子たちを想った。

「…………渚君、ヒバリさん。そんなところにいないで、早く帰ってきてください。……皆さん、待ってますよ……?」

 教師はそう言って、光り輝く花吹雪の中で優しい笑みを浮かべた。

 

     †     †     †

 

 眩い光の桜吹雪の中、渚はいた。

 気だるさが全身を覆い、感覚も鈍って頭がぼんやりとしている。体が重くて辛くてまともな思考もできず、ただただ光の奔流に身を預ける他にない。

 だんだんと意識がうっすらと遠のいていくのを感じながら、これが死かと虚ろに考える。だが思っていたように寒くはないし痛みもない、随分楽なものだと考えながら、ふと一人でいることに寂しさを感じる。

 彼女は無事だろうか。自分をおいて先へ行ってしまったが、成し遂げたのだろうか。

 どうか、無事に生きていてほしいと、薄れゆく意識の中で思っていた。

「ーーー大丈夫だよ、渚」

 静かに沈もうとしていた渚の意識が、ほんの僅かに浮き上がる。

うっすらと目を開き、焦点の合わない視界の内にその声の主を捉える。全身を包むまばゆい光の中、渚はなぜかはっきりとその姿を目にしていた。

 そこには、天使がいた。

 白銀の髪を揺蕩わせ、青色の翼を大きく広げたこの世のものとは思えないほど美しい天使のような少女が、天空から渚に向かって手を伸ばしていた。

 ゆっくりと舞い降りてくるよく知る顔立ちをした天使を前に、渚はようやく安心したような微笑みを浮かべ、彼女に傷ついた身体を預けた。

 舞い降りた天使ーーーヒバリは傷だらけの渚の体を強く抱きしめ、胸に抱えて乾いた髪にそっと頬を擦り付ける。どす黒い血の滲んだ体を忌避することなく、まるで我が子を抱きしめるように慈しみ、そして、安らかな笑みを浮かべる頬に唇を落とす。

「ーーーボクが、そばにいる。ずっと……そばにいるから」

二人の姿が、光となって消えていく。

 青い美しい姿を取り戻していく母なる星の姿を背景に、天使と少年の姿が薄れて、輝きの中に混じっていく。

 

 ーーーまるで、星の最後の瞬きのように。




ラストシーンでは「EVERGREEN/moumoon」を聞きながら読んでみてください。

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