【完結】暗殺教室 ―Twinkling of a star― 作:春風駘蕩
「……な、んで…………みんな……」
目の前に広がっている光景が信じられず、思わずそう声を漏らす渚は目を見開いたまま硬直していた。
黒煙の中から現れた、二十六人の少年少女たち。全員が特殊な衣服を身に纏い、銃火器で武装し、渚を安堵の表情で見つめている。中学生が武装しているだけでも異様な光景だというのに、渚にはそこにいるのがクラスメイトたちであるということが最も大きな衝撃だった。
その視線に気づいたカルマが、
「いや〜、話には聞いてたけどほんとに特撮みたいな格好だねぇ」
「え……」
「チャイナとはまた新鮮だよね。なんならちょっとその場で片足チラッと見せてはくれんかい」
困惑の表情で見つめている渚を、いやらしい笑みを浮かべたカルマと中村がニヤニヤと眺める。中村の視線に至ってはもはやエロオヤジのそれだ。
「チャイナドレスとはまた……エロいな」
「スリットとか……誰だよこれ作った奴。語り合いてぇ」
「「汚らわしい‼︎」」
エロ筆頭岡島と前原がいやらしい目で見ていると、片岡と岡野がゴスッとその頭に拳骨を落とした。
「間に合って良かったぁぁぁぁ……」
「無事で何よりです」
「ま、こういう時は大体ギリギリ間に合うんだけどね」
「またそういうことを……」
茅野が心底安堵した表情で、神崎がいつも通りおしとやかな笑顔で渚の無事を喜び、不穏なことをいう不破を矢田が呆れたように諌める。
渚はそんな彼らを、声もなく見つめることしかできない。失敗した自分を嫌われたと思っていた、憎まれたと思っていた。なのにどうしてみんな、そんなにも優しい眼差しを向けてくるのだろうか。
言葉も出ない渚と同じようにヒバリは目を見開き、中学生には明らかに似合わない重火器を凝視する。
「君たち……なんなんだこの武装は、どこから……?」
「…うちの理事長だよ」
戸惑いながらも訪ねたヒバリに、磯貝が言いづらそうに答える。渚も「理事長が⁉︎」と本気で驚き、磯貝が真顔でこくんと頷く。
「俺たちが渚を助けに行こうと校舎を出た時、あの人が来たんだよ。『組織を相手に反逆を起こすつもりなら、これぐらいは持って行きなさい』ってさ」
「間違っちゃいないけどなんかもうちょっと言い方ないかと思うよな」
「反逆者とか不良の極みだもんな」
「いいえ、もう反逆者でも構いません」
不満げに唇を尖らせる木村と三村だが、そこへ顔色を赤く染め、血管を浮き立たせた殺せんせーが口を挟んだ。
「私の生徒を利用し、これほどまでに心をボロボロにするような国は滅んでも構いません。私は君達を守るためなら、反逆者でもなんと呼ばれようと構いません」
殺せんせーは顔色こそブチ切れる前だが、内心ではZECTを許す気はさらさらないようだった。しかし渚を見つめる目はまっすぐで、責めるような気配は全くない。
「彼も同じ気持ちなのでしょう。同じ教育者なのですから。我々大人にできるのは、君たち子供達が大きく育つのを見守り、背中を押し、同じ大人に邪魔をさせないことです。一人になど、させませんよ」
「その通りだ」
殺せんせーの隣から、烏間が姿を現した。思わずビクッと体を揺らす渚の前に立ち、青白い顔を見下ろす。
スゥ、と息を吸うと、烏間は生徒たち全員の前で深々と頭を下げた。
「君にばかり重荷を背負わせて、すまなかった」
「……烏間……先生……」
烏間はふっと微笑み、渚をじっと見つめた。
「……君には、謝ってばかりだな。だが、俺はもう流されるつもりはない。この先に何が待っていようと、俺は全力で俺の生徒を守る」
「…………でも、僕にそんな資格は」
「さっきから胸クソ悪ぃ事ばっか言ってんじゃねーぞ」
自分の罪の大きさに悩み続け、悲痛な顔で俯く渚。しかし不機嫌な顔で近づいて来た寺坂が、渚の襟首の装甲を掴んで引き寄せる。ぐいっと持ち上げて視線を合わせると、存外まっすぐな目で渚の不安に揺れていた目を見据えた。
「こうなったのはテメーだけの責任じゃねぇ。テメー一人に全部押し付けて離れて見てた、俺たち全員の責任なんだよ」
「…………‼︎」
寺坂の言葉で、ひび割れていた渚の心に衝撃が走った。誰もが自分を悪く言い、味方が誰一人いなくなったと思って、自分を責め続ける他になかった渚の心が、厳しく乱暴ながらも想いのこもった言葉が包み、優しく癒していく。
「誰だって背負いきれないよそんなの」
「そういうのは私たちの手には負えないもんね〜」
「わ、私たちだって関係者なんです‼︎ 見殺しになんてしません‼︎」
原が母の貫禄で宥め、倉橋が優しく、奥田がどもりながらもはっきりと肯定する。メガネを押し上げた竹林と拳を鳴らした吉田と村松が銃を担ぎ、やる気を露わにする。
「人間を撃つわけでもないし、害虫駆除だと思えば楽だと思うけど」
「掃除ぐらいてめーでやるってんだ」
「どこまでも付き合うぜ」
「みん……な……」
震える渚の肩をポンと叩き、カルマがくしゃくしゃになった渚の顔を覗き込んで、ニヤッと笑いかけた。
「俺達を頼んなよ。……仲間でしょ?」
渚はもう、そこまでが限界だった。込み上げてきた熱いものを抑えきれず、目尻から雫としてボロボロとこぼして頬を濡らす。
たった一人で抱え込み続けてきた少年はようやく、ずっと心にのしかかり縛りつけていた自責から解き放たれたのだ。
「…………が、とう」
震える渚の肩を叩き、カルマと杉野が笑いかける。そこにいた者たちは安心したように笑い、ある者は不機嫌そうにフンと鼻を鳴らし、またあるものは手間がかかるとばかりにため息をつき、それでも傷ついた仲間を優しく見つめていた。
磯貝が仲間たちの方をを振り返り、硬く拳を握った片手を掲げると、皆は一斉に視線を集めた。
「みんな、こっから先は俺たちも一緒だ! 散々利用するだけ利用してくれた大人に、俺たちE組の力を見せてやろうぜ‼︎」
「おおおおおお‼︎」
天に拳を掲げた磯貝に続き、仲間たちも雄叫びとともに拳を掲げる。
なんの皮肉か、少年たちの心は逆境を糧により強く強固に育っていた。
ヒバリはその光景を前に、動くことができなかった。
年下の少年少女たちが変わらず持ち続けていられている繋がりの強さを、一人で戦い続けてきた自分が持ち得ていない強さを前に、目を離すことができなくなっていた。
ヒバリが戦場から遠ざけようと思って冷たく接していた少年は、勝手に弱い存在だと決めつけていた少年は、ヒバリが今まで知らない強さを持っていた。
その強さを育んだのは、同じような立場で足掻き続けてきた者達のいるオンボロ校舎での学校生活。落ちこぼれで個性もバラバラ、学校では最低限として扱われる彼らは、大勢の人々が腐っていく中でもしぶとく生き抜き、決して折れぬ力を手に入れていたのだ。
「……………そうか、これが暗殺教室か」
そんな彼らを、ヒバリは心の底から羨ましいと思ってしまっていた。自分が弱さだと切り捨てたものを、強さとして繋いできた者たちが、どうしようもなく眩しかった。
するとそこへ、ヒバリには聞き慣れた、E組の者にとっては奇妙な音が近づいてきた。
地を跳ね、這い、空を飛んで姿を現したその小さな影ーーーゼクターは、一部の少年たちの元へと近寄り、肩に飛び乗って自分をアピールした。
「ん? うお⁉︎ なんだこいつら⁉︎」
自分の方に乗って来た緑色のバッタ型のゼクターを目にして、仰天した寺坂が思わず飛び退る。その横で茶色いバッタ型のゼクターを肩に乗せた糸成が、興味深げにその姿を見る。
「…こいつらもしかして」
肩に乗ったサソリ型のゼクターに目を向けたカルマが、不意にヒバリに目を向ける。同じように目を見開いていたヒバリは、ふっと微笑んだあと懐に手を伸ばし、寺坂と糸成、カルマに何かを投げ渡した。
カルマたちは飛んできたそれを受け止め、目を見開く。
「……へぇ、ひょっとしてこれもライダーシステム? まだあったんだ」
「何ぃぃ⁉︎」
「……仲間の形見だ。大事に使ってよ」
バックルのようなものを渡されてギョッとする寺坂とはまるで反対に、カルマは刀剣型のそれを面白そうに弄ぶ。ヒバリはふっと鼻で笑うと、烏間の方を見やって顔をしかめた。
「…どうやらあんた達も選ばれたみたいだね。尻軽な奴らだよ」
「……俺も、なのか」
「アンタに合ってんじゃない? ソイツ」
「資格のことはよくはわからんがな。まぁ、ありがたく使わせてもらうとしよう」
手のひらの上に乗ったザビーゼクターを見下ろし、烏間は自嘲気味に笑う。速水に背中を押されている千葉も目の前に浮いているドレイクゼクターに目を奪われながら、自分の元にきた意味を察し冷や汗を流した。
装着者を失った二機は、自らの判断でライダーシステムを運んで適合者の元へきたらしい。一機は一度敵として相対したことがあるために、ヒバリは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
厚顔にもこいつらはこう言いたいらしい。
戦え、と。
寺坂は肩に乗ったバッタ型ゼクターをしばらく凝視したあと、真剣な表情でヒバリの方を向いて口をひらいた。
「…………いいんすか、マジで使っちゃっても」
「選ばれたんだから仕方ないだろ。…それともイヤか?」
「いや、滅相もないっす」
キャラが若干崩壊するほど高揚しているのか、誰にも渡すかと言わんばかりにさっさとバックルを腰につける寺坂と糸成。二人に続くように、他の選ばれたもの達も着々とライダーシステムを身につけていった。
サソリ型のゼクターを刀剣にはめ込んだカルマもまた、不敵な笑みを浮かべた。
「それじゃ、やってみますか…………変身」
「変身‼︎」
【
電子音声と共に、カルマたちの体を六角形場のエネルギー膜が覆って行く。カルマは紫の蠍を、烏間は黄色と黒に彩られた蜂を、千葉は青い蜻蛉を、寺坂と糸成は緑と褐色の飛蝗を模した装甲を纏い、ギラリと目を光らせる。
【
【
【
【
【
瞬く間に、カルマたちは最新鋭の技術で作られた鎧を纏い、機械の戦士の姿へと変わった。
「うおおスッゲェ‼︎ バッタだ‼︎ 一号だ‼︎」
「頼む、一回でいいから代わってくれ‼︎」
「だが断る」
「こんなん一生ねーしな」
「似合ってんじゃん」
「…本気でそう思うか?」
ヒーローに憧れる男子達の願いをあっさりと一蹴した糸成と寺坂、千葉とカルマは、同じく装甲を纏った烏間たちの元へと近づき、不敵に腕を組んで先に続く道を見据える。
時間をかけすぎたか、ZECT本部へと続く道には再びワームが集まりつつあった。ギチギチと牙を鳴らす音がここまで届いていて、少女たちに嫌悪感を湧き立たせる。
だが、一人として退く者はいなかった。
決意の表情を浮かべて先を見据える生徒たちを眺めながら、烏間はヒバリに声をかける。
「…策はあるんだな」
「まあね……、博打に近いけど。ミサイルの発射に間に合いさえすればそれだけで確率は上がるさ」
『……ハッキングしたところ、ミサイルはあと一三時ジャスト…つまり、あと二十一分で発射される予定になっています』
「……そうか、抗う余地があるならそれだけで十分だ」
自身の携帯電話から発された律の報告に烏間はふっと笑い、ついで表情を教官のものとして引き締めた。自分を見つめる生徒たちを見据え、大きう声を張り上げた。
「これより、緊急の任務を行う‼︎ ワームの壁を突破し、コードネーム・カブトとガタックをZECT本部へと送り届ける‼︎ タイムリミットは、ステーションからミサイルが発射される一三:〇〇だ‼︎」
ビリビリと空気が震え、E組の誰もがピンと背筋を伸ばす。ここにいるのはただの中学生の集団ではない、ターゲットの命を狙い続け精進を欠かさなかった、そして何者にも砕けない絆で繋がった、
「そして最後に一つだけ守れ。ーーー必ず生きて戻れ‼︎」
烏間の命に、生徒たちは大きく「はい‼︎」と答え、ワームのはびこる道へとその身を踊らせたのだった。
「……私が求めるのは、何者にも屈しない強い生徒だけ。ズル賢い、偽りの強さしか持たない大人にはなんの興味もない」
武装を手に、旧校舎を旅立ったE組の生徒達を見送った椚ヶ丘中学校理事長・浅野學峯は、もう姿も見えない少年たちの背中を思い浮かべる。
「加賀美さん、あなたの選んだ道は救済ではない。ただの諦めだ。そんな覚悟では、私の持つ理想とは相入れることはない」
理事長は本人も気づかぬうちに期待していた。
あの落ちこぼれ集団が、いつものように無理難題を乗り越え、優れた者たちを追い越して憎たらしくも勝利を手にする瞬間を。決して屈することのなかったあの者たちが、勝利する瞬間を。
「諦めた者に、真の強さなど得られるはずもない。……せいぜい頑張りたまえ。若者たちよ」
† † †
生きとしいける全ての命を貪りかねない凶悪な存在、ワーム。過酷な環境においても数多く生息できる強靭な怪生物は今、危機に瀕していた。
四角い穴倉に閉じこもり、姿を見せなくなった
狩を行なっているのは、エサであるはずの人間。それも柔らかく狙いやすい子供がよくわからない硬い殻や奇妙な牙と爪を用い、同胞を次々に屠っていくのだ。
もちろんやられるだけではない。数の利を用いて食い殺してやろうと同胞を集めるも、いざその瞬間には獲物は姿を消し、気づかぬうちに命を狩り取られているのだ。しかも獲物は同胞を食らうこともなく通り過ぎ、屍だけが積み重なっていく。
同胞を狩られて怒りの咆哮をあげ、襲いかかるワームの一体。しかし食らいついたと思った瞬間、ワームの首元に青と赤の閃光が走り、ワームは汚らしい体液をぶちまけて崩れ落ちていた。
「C班はそのまま突破‼︎ B班はA班のゴリ押しで通路を確保したのちに足止め‼︎ 突撃ぃぃ‼︎」
磯貝の指示で三班に分かれたE組の生徒はそれぞれの役目を把握し、ZECT本部へと続く道にはびこる邪魔なワームを殲滅していく。重火器で武装した班員は直接的な戦闘は極力避け、気配を絶って物陰から狙い撃ち、渚とヒバリが行くために邪魔なワームを複数で対処して行った。
そしてライダーシステムを纏った者たちは陽動となり、離れたところで派手に暴れる。
【
千葉が天性の射撃でワームの頭を狙い撃ち、動ける固定砲台として速水がサポートに入る。仕事人の二人は淡々とワームを仕留め、仲間が行く道を邪魔する敵を次々に排除していく。
【
烏間が放つ殴撃がワームの急所を打ち抜き、ザビーゼクターの針が外殻を貫いて仕留める。彼の背にはイリーナが立ち、似合わない銃で近づくワームを次々に仕留めていく。
【
カルマが操る剣がワームをやすやすと両断し、緑の体液を垂らした肉片をあたりに積み上げていく。
そうして出来上がっていく道を渚とヒバリ、そしてその前を走る寺坂と糸成が駆け抜けていく。湧き出てくるワームを片っ端から殴り飛ばし蹴り飛ばし、二一分という僅かな時間をかけて渚とヒバリの道を先導していく。
やがてあと数分という時に、ZECT本部のエレベーターの目前にまで辿り着くが、その前方に何体ものワームが集まりはじめた。寺坂は舌打ちしながらも走る速度を落とさず、強行突破しようと拳を握る。
すると走り続ける渚たちの前に殺せんせーがズシンと降り立ち、全ての触手を体の前で束ね始めた。
本来体を縮める時に収束するエネルギーを一本の触手に集めて放つ、殺せんせーの隠し球にて必殺技。それを高速で集め、ワームの壁に向かって一気に撃ち放つ。
ズキュン‼︎
閃光が走り、集まっていたワームが散らばって確かな通り道ができると同時に、ZECTの塔の壁にも大きな穴が空いた。殺せんせーはさっさと飛んで道をあけ、渚たちを促す。
寺坂たちは開かれた穴をくぐり抜けて塔の中へ侵入し、中心に鎮座するエレベーターの入り口を目指す。だがいつの間にか入り込んでいたワームが姿を表し、渚たちに迫っていく。
ワームを前にした寺坂と糸成はホッパーゼクターの足の部分を顔の方に倒し、再び戻してエネルギーを充填させる。そうして溜まったエネルギーをそれぞれ脚と拳に集め、寺坂と糸成はワームの集団の前に陣取った。
「渚ァァ‼︎ 行って来いやァァ‼︎」
【
【
寺坂が振り抜いた蹴りと糸成が繰り出した拳がワームを吹き飛ばし、渚とヒバリの前に道ができる。開かれた希望の先を見据えた二人は一瞬だけ目配せを交わし、ベルトの右側を力強く叩いた。
【
身に纏ったライダーシステムの真の力が発動し、二人の暗殺者は物理法則を超えて加速する。寺坂たちの頭上を飛び越え、ワームも追いつかせず残像すらも残さない速度で道を駆け抜け、天高くそびえ立つ巨大な柱の壁を駆け上がっていく。
本来はエレベーターが上がる空間を忍者のように蹴りつけながら登り、閉じかけた希望へと必死に手を伸ばす。カウントダウンは刻一刻と進み、コンマ数秒の遅れが致死となる中を二人はただ駆け抜けていく。
「ああああああああああああああああ‼︎」
師と仲間に背中を押され、持てる全てを持って伸ばした二人の手は。
確かに、届いた。
…はい、やらかしちゃいました。
本来は渚以外は変身させるつもりはなかったんですが、サソードやホッパーブラザーズの出番があまりにもなかったんで悩んだ末にこうなりました。
評価さえ気にしなければどんだけでも無茶できそうですけど、読者の皆さんとしては微妙かもしれませんね。
とりあえずE組ライダーの出番はここまでです。