【完結】暗殺教室 ―Twinkling of a star―   作:春風駘蕩

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第13話 決行の時間

「ーーー時は満ちた」

 白銀の空間の中、整列したZECTの兵士たちを前に、大和の厳かな声が響く。銃を構え、直立不動の姿勢でそれを聞く兵士たちは、堂々と立つ自分たちの上司を見上げる。

「これより我々は、世界を救う。細く脆い蜘蛛の糸を手繰り寄せ、多くの人間が笑える明日を手にするのだ。だがそのためには、諸君らの力が必要不可欠だ」

 大和の隣には矢車と、ZECTの制服をまとった渚の姿もあり、目の前で整列する兵士たちに緊張した表情を見せていた。だがその瞳にはおびえた様子はなく、むしろそれ以上に硬い意志と高揚を糧に、しっかりと両の足で立ち続けていた。

「われらに賛同し、一人の少年が立ち上がってくれた。その勇気に、我々も応えなければならない。彼と共に、我等も輝かしい成功を目指そう」

 大和の紹介で、渚の方に視線が集まった気がする。その中には期待だけでなく、年若い子供が重大な作戦に参加することへの疑心感や同情も混じっていて、様々な感情が渚に突き刺さっていく。

 だが、それらを全て受け入れ、渚はここに立っていた。

 最後に大和は、ニヤリと自信に満ちた笑みを見せつけ、兵士たちを見渡し告げた。

「諸君、健闘を祈る」

「ーーーハッ‼︎」

 

「ーーー時は満ちた」

 集まった反逆の同志たちに、瓦礫でできた玉座に腰掛けた織田が語りかける。兵士たちは堂々とした姿勢で、好きなように銃を構え、列も組まずに雑多に集まり、自分たちの頭領を見上げる。

「この戦いを持って、俺たちとZECTの戦いに一つの決着がつく。……その先に待っているのは、縛るものなど何もない真の自由だ。俺たちが待ち望んだ、輝かしい未来だ」

 織田の言葉に、兵士たちにどよめきが広がっていく。改めてそれを想像し、抑えきれぬ喜びの高揚が広がっていき、兵士たちは互いに顔を見合わせ、肩をたたき合い、感情を共有していく。

 ヒバリはその輪から離れ、遠い後方の壁に背を預けて腕を組みながら、反逆者たちの昂ぶっていく様を眺めていた。向けている視線にさしたる感情はなく、ざわめく男たちをただただ無表情でじっと見つめていた。

「欲しいなら自分の手で勝ち取れ‼︎ この戦いで生き残った奴が、勝者となる! てめーらの力で……自由と未来を掴み取れ‼︎」

「オオオオオ‼︎」

 男たちが勇ましく銃を掲げて吠える。低い雄叫びが重なり、ビリビリと大気を震わせる狂騒となって自身の心をさらに昂らせていく。覚悟を決めた戦士たちは死をも恐れず、固き意志を貫く一本の槍となっていくのだった。

「…………」

 ヒバリはそんな狂気じみた彼らから目をそらし、黄土色の空が広がる外を見やる。風はなくも不気味に濁り渦巻く空に言い知れぬ心のざわめきを自覚しながら、少女はそれを鋼の意思で塗りつぶして自分に言い聞かせる。

 ーーーボクは、ボクの望みを果たすだけ。

    他のことは、どうでもいい。

 だが何故だろう。これから赴く戦場にいるであろう、自分が冷たく突き放した少年の顔が脳裏に浮かび、自分の心をきゅっと締め付けるのは。

 

 

     †     †     †

 

 始まったか、と烏間は呟き生徒の一人がいるであろうZECTの本部がある方を見つめた。

 彼の目はいつも以上に険しく、ギシギシと握り締められた拳が、彼の心情を文字通り痛いほどにE組の生徒達に伝えている。ただ流されるほかになかった男の激情が、彼自身を痛めつけていた。

 そんな彼に、不安気な表情な茅野が近づく。

「先生……渚は、大丈夫なんですか……?」

「……分からん。俺も、何も聞かされていない」

 それしか答えることができず、茅野達の表情もだんだんと重く沈んだものになっていく。誰もが、寺坂までもが痛々しさを無理やり押さえ込んだような表情で、俯き気味に佇んでいた。

 何もできず知ってもいないなどそれでも教師かと自分自身を罵倒するも、状況は微塵たりとも好転したりしないことはわかっている。ただ遠くから見ていることしかできない状況と自分の不甲斐なさに、烏間は徐々に追い詰められていった。

 ーーーせめて、状況がわかりさえすれば……!

    俺は、なんと無力なんだ……‼︎

 神にも祈る気持ちで、烏間がそう思った時だった。

 ピコン、と軽い音が響き渡った。

『ZECTのサーバーに侵入成功しました♪』

「何ィ⁉︎」

 さらっととんでもないことをこともなげに言ってのけた黒い機械の塊に、どんよりしていた全員がババッと表情を変えて振り向いた。一大組織のコンピュータにさらっと侵入して見せた律は、「ふふっ」と自慢げに微笑んでいた。

 超高性能人工知能・律。E組に染まりきった彼女は生みの親に逆らったことをきっかけに、自分の信じる道を進むために多少のことはやらかす(・・・・)ようになり、E組にとっては非常に頼もしく、敵にとっては相手にしたくないほどに急成長していた。なっていた。

『ZECT本部における全ての映像・音声記録、計測結果、監視カメラ、その他諸々の情報をリアルタイムで閲覧できます♪』

「でかした律ぅぅぅ‼︎」

「ナイスだ萌え箱‼︎」

「おいよそからでかいモニター借りてこい‼︎ 理由はなんでもいいから‼︎」

 さっきまで鬱気味になっていた全員が見事な連携で動き始めた。委員長磯貝と片岡が筆頭として指揮をとり、寺坂、村松、吉田、糸成が機材を全速力で取りに行く。教室内の机と椅子を岡野、木村、不破、杉野、神崎、原、奥田、狭間の八人で全て運び出し、運ばれて来た機材を竹林と三村、菅谷で分担して繋ぎ、千葉と速水、岡島と前原がカーテンを閉めていく。茅野と矢田、倉橋が隠していた菓子をその上に広げるそばで、カルマと中村はなぜかスマホのカメラ機能をオンにした。

 いつも以上に完璧に取れたコンビネーションだった。思わず烏間とイリーナが言葉を失って呆けるほどに、全員がすぐさま自分の役割を見定めて動く見事な連携を見せていた。

が、この男はいつも通り何処かズレていた。

「あああ、寺坂くん達‼︎ 廊下は走らないでください‼︎ 杉野くんは机を引きずらないで‼︎ 茅野さん‼︎ お菓子は音の出ないものにしてください‼︎」

「映画鑑賞気分で国家機密を覗くな‼︎」

 明らかに注意する方向がおかしい超生物教師に突っ込む烏間だったが、くるりと振り向いた殺せんせーの表情に言葉を詰まらせた。彼は、小馬鹿にするときの緑のシマシマ模様ではなく、真剣な時に見せるいつもの顔色だった。

「…何はともあれ、これでようやく我々も当事者になれます。烏間先生も、必要以上にご自分を追い込む必要はありませんよ」

「…………」

 そう言われた烏間は一瞬言葉を失うも、気を遣われたと気づくとふっと笑い、モニターの前に集まった生徒達の方へと近づいていった。

「……場所を空けてくれるか? よく見えん」

 そう言って腰を下ろした同僚を、イリーナは仕方がない人だと肩をすくめて、殺せんせーは安心したように見つめていた。

 

     †     †     †

 

 戦況は、NEO-ZECT側が圧倒的に不利になっていた。

 襲撃を予測していたのか、ヒバリと織田たちが侵入した道にはすでに多数のZECT側の勢力が配置されており、ありえないスピードで包囲されていった。計算し尽くされた完全な待ち伏せの前に精鋭たちはみるみるうちに打ち取られ、数を減らしていった。

 チュンチュンとZECT勢の放った弾丸が足元で弾け、施設を盾に駆け回るヒバリと織田と風間を追い詰めていく。建造物のすぐそばの植え込みに駆け込んだ三人は身をかがめ、至近距離を突き抜けていく弾丸の軌跡を憎々しげに睨みつけた。

「これはっ……キリがないですね」

「クソ‼︎ やっぱ近づくのは至難だなァ‼︎」

「わかりきったことだろ‼︎ 舐めてんのか⁉︎」

 銃声の大きさに負けないように大声を出しているため、どうしても会話は罵り合うようになってしまっていたが、ヒバリもまた現状に苛立っていた。味方とはすでに分断され、目的の場所からどんどん引き離されている。

 チッ、と舌打ちして、どうにか突破口を開こうとベルトに手をかけた時。隣で荒い息をついていた織田がニッと笑いかけてきた。

「行けよ。ここは俺達が任される」

「!」

 思わず振り向いたヒバリは、自信に満ちた表情で見つめてくる織田達を何を言ってるんだとばかりに凝視する。

 ヒバリの視線に、織田は何もかも見通しているかのような小馬鹿にした顔を向け、ヒバリにニヤリと笑いかけた。

「アイツのところに行く気なんだろ。俺たちのことは気にせずに行けよ。若い二人の邪魔をするほど野暮じゃねぇし、させるほど劣っちゃいねぇよ」

「…………ん? あっ、ハァァァ⁉︎」

 一瞬だけ織田が何を言っているのかわからずに呆けるヒバリだったが、次第にその意味を理解し始めると同時に顔を赤くして大声をあげてしまった。事もあろうにこの男、自分があのガキに惚れているとでも言うつもりか。

「ふざけるな‼︎ そんなことあってたまるか、舐めるのも大概にしろ‼︎」

「いやいや…、じゃなきゃ女がこんなところまで命張りにきたりしねぇだろ。いや〜思わず俺も照れちゃうくらいにお熱いね〜」

「戦場にて熱く燃え上がる恋の炎……なかなか悪くありませんね」

「……っだからそれは……‼︎」

 慌ててそんな訳があるかと声を荒げるが、織田はニヤニヤと笑うだけでヒバリの反論をろくに聞きもしないし、唯一の常識人と思っていた風間までもが深く邪推してくる。頑なにこの男達は、 ヒバリが渚のために戦場に来たと思っているらしい。なんと言う迷惑な話だ。顔を真っ赤に染めたまま、ヒバリは内心で汚く毒舌を吐き続けた。

 とはいえ、このままこの場に固まっていても計画は止められないし、だれかが防衛陣を突破しなければならないのは確かだ。ヒバリは織田の意見に正当性を認めつつも、男女の仲を邪推してニヤニヤと笑うことをやめない男達の憎たらしさに苛立ちを隠せないでいた。

 だがふと、織田は真面目な顔でヒバリを見つめ、静かに語りかけた。

「……俺にとっちゃ、お前もアイツもただのガキだ。戦場なんかに来て、俺たち大人より先に死ぬなんざ認めねぇ」

「…………」

「こういう時くらい、カッコつけさせろ」

「風はただ来たりて去るだけ。これこそ私の生き方にふさわしい」

 押し黙ったヒバリの前で、織田と風間はそれぞれのライダーシステムのツールを取り出し、ゼクターを手元に呼び出して掲げる。その顔には、死を覚悟した戦士の表情が浮かんでいた。

その顔をしばし見つめ、やがてヒバリは目を背けた。

「……ボクにはボクのやることがあるだけだ。アイツは関係ない。……連れ戻すのは、ただのついでだ」

「素直じゃねぇ奴」

 最後まで邪推をやめない織田達にヒバリが背を向けると同時に、三人は一斉に別方向へ走り出した。ヒバリは細い建物の間を利用して駆け上がり、織田達は銃弾の飛び交う表へと決死の覚悟で飛び出して行く。その最中、織田は長く共に戦って来た戦友に笑いかけた。

「損な役回りをさせちまったか⁉︎ 恨んでもいいが頼むから化けて出てくるなよ‼︎」

「なんの、なかなか経験できませんよ。恋のキューピッド役なんて‼︎」

「そいつを聞けて安心したよ! 変身‼︎」

「変身‼︎」

CHANGE BEETLE(チェンジ・ビートル)

CHANGE DRAGON-FLY(チェンジ・ドラゴンフライ)

 相棒と共に、機械の鎧を纏った反逆者達は巨大な組織に牙を剥く。その手に自由を掴むために、そして淡い思いを抱きながら未だ自覚していない若い蕾を守るために。

 

     †     †     †

 

 ーーー何故だろう。

    この状況に恐ろしいほどに覚えがある気がする。

 筒状の装置に入れられ、その中で両手両足をがっちりと固定され、発射の時を今か今かと待っているこの状況に……渚は何故だか既視感を感じていた。隣にもう一人道連れがいないのが不思議に感じるぐらいだ。

 自分で言い出したのはそうだが、ろくな目に会う気がしない渚は早速自分の選択を誤った気がしていた。果たして、本当に自分は生きて帰ることができるのだろうか。

 内心で、尋常ではない量の冷や汗を流す渚、そこへ。

「…潮田 渚か」

 もう一つの装置の中に入り、決行の時を待っていた大和が不意に口を開いた。振り向いて顔を覗き込む渚をよそに、大和は虚空を眺めて口元を笑みに歪める。

「苗字も名も、我々にとってこれほど縁起のいいものはないな」

「…………!」

 渚は目を見開くと、面映ゆい心地で目をそらし微笑む。この男とは初対面で色々あったが、思えばこの作戦に並々ならぬ情熱と執念を燃やしていたのかも知れない。その反動だと思えば、あの時の傷は水に流せる気がした。

 そうだ、この作戦の成功の暁には、再び海を見ることができる。多くの人が、クラスメイトが救われ、明日とも知れない命の危機に怯えることもなくなることだろう。世界中にはびこるワームだって環境が変化すればおとなしくなるかも知れない、まさに大団円だ。

 もちろんそこまでうまくいくとは思っていない。土壌や生態系の回復、この先も止まらぬ資源の奪い合いと、その先には多くの困難が待っているはずだ。

 だがそれでも“希望”があるのなら、人はきっと前に進めるはずだ。

「…時間だ。衝撃に備えておけ」

「…はい」

 大和に促され、渚はもう一度気を引き締めた。

 その意気に応えるように、彼らのいる空間にアナウンスが響いた。

【Mission accepted. Countdown start】

 無機質なアナウンスが徐々に時を刻み、渚の心臓を強く脈動させていく。じっとりとした汗を背中に伝わせながらも、少年は表情を引き締め目的地であるはるか高い空を見上げた。

 

 時が、刻々と過ぎて行く。

 少年は仲間達との明るい未来を夢見て、それを掴むため。

 少女はかつて亡き兄と交わした約束を破ってでも、たった一人になってでも兄の仇を討つために。

 凄まじい勢いで施設の中を駆け抜けた少女は、あらかじめ隠し、一角に置いていたボロ布をつかんで一気に取り払い、その下に鎮座していた真紅のバイクを露わにさせる。同時にライダースーツと鎧を纏ったヒバリがカブト専用のバイクに跨り、アクセルを全開にして発進させた。

 重低音を聞きつけ、集まって隊列を組み始めたZECTの兵士達を前に、ヒバリはカブトゼクターの角を反転させ、表面の鎧をパージさせる。同時にバイクの装甲も前面が弾け飛び、弾丸のように飛んで兵士たちを一気に薙ぎ払っていった。

 真紅の装甲を纏ったヒバリは、部品を弾き飛ばして変形したバイクを駆り、ZECTの本部にある宇宙エレベーターへと向かっていく。邪魔をする組織の連中は躱し、雄叫びをあげた少女はただただまっすぐに目的の場所へと駆け抜けていく。

 全てを失い、全てを捨て、復讐に燃える少女が天高くそびえるその地へたどり着いた瞬間、無機質に時を刻んでいたカウントダウンが、0を指した。

 信号が配線を伝わり、渚と大和の乗るエレベーターを起動させると、渚の細い体に一瞬で何Gもの負荷をかけた。まるで大量の水を頭からかぶったかのような重量が一気に渚に襲いかかり、溺れたように呼吸が困難になる。

 渚は襲いかかるあまりの重圧に目を見張り、飛びそうになる意識を歯を食いしばって引き戻して耐え続ける。

 人類の技術を結集させた機械の船は慈悲もなく、少年に凄まじい苦痛を与えながら、遥か遠き宇宙(そら)の舞台へと連れていった。


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