ソードアート・オンライン 黄昏の剣士   作:京勇樹

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執筆が遅くってすいません

左手中指を脱臼してしまいまして、打ちづらいんです

では、どうぞ


一夜のディナー

「……キ! おい、ヨシアキ!」

 

自分を呼ぶ声で、ヨシアキはハッ! とした

 

「な、なに?」

 

「なにじゃねーよ。もう転移門の前に着いたんだよ」

 

「あれ?」

 

ヨシアキはそこで、周囲を見回した

 

そこは確かに、第50層主街区<アルゲード>の中心部の転移門の前だった

 

「………あー、ごめん。少し考え事してた」

 

ヨシアキは苦笑いしながら、頭を掻いた

 

「おいおい、自動操縦か? しっかりしろよ」

 

「ゴメン」

 

「それじゃあ、ヨシアキさんも戻ったことだし、行きましょうか」

 

アスナの言葉に全員頷くと

 

「「「「「「転移! セルムブルグ!」」」」」」

 

と全員同時に、叫んだ

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

セルムブルグは、61層にある美しい城砦都市である

 

規模はそれほど大きくはないが、華奢な尖塔を備える古城を中心とした市街地は全て、白亜の花崗岩で精緻に造り込まれ、ふんだんに配された緑と見事なコントラストを醸し出している

 

市場には店もそれなりに豊富で、ここをホームタウンにと願うプレイヤーは多いが、部屋がトンでもなく高価であり、おおよそ、アルゲードの三倍はするだろう

 

よほどのハイレベルに到達しないと、入手するのは不可能に近い

 

全員がセルムブルグの転移門に到着したのは、陽が暮れかかり、最後の残照が街並みを深い紫色に染め上げていた

 

61層は面積のほとんどを湖が占めており、セルムブルグはその中心に浮かぶ小島に存在している

 

だから、外周部から差し込む夕陽が水面を煌かせる様をまるで、一枚の絵画のように見ることが出来る

 

広大な湖水を背景にして、濃紺と朱色に輝く街並みのあまりの美しさに、キリトとエギルはしばらく心を奪われていた

 

ナーヴギアが持つ新世代のダイアモンド半導体CPUにとっては、このようなライティングは小手先の技なのだろう

 

転移門は古城前の広場に設置されていて、そこから街路樹に挟まれたメインストリートが市街地を貫いて南に伸びている

 

通路の両側には品のいい店舗や住宅が立ち並んでいて、行き交うNPCやプレイヤーの格好も垢抜けて見える

 

空気まで違うのか、キリトは両手を伸ばしながら深呼吸をした

 

「うーん、広いし人は少ないし、開放感あるなぁ」

 

「なら、キリト君も引っ越せば?」

 

「金が圧倒的に足りません」

 

「なんで? キリトのレベルならかなりの金額稼げるはずだよ?」

 

キリトは攻略組みの中でもトップランクのプレイヤーである、しかも、最前線に篭りがちなので稼げるお金もかなりのものの筈なのだ

 

それなのに、なぜ足りないのか

 

疑問に思ったので、ヨシアキはたずねた

 

「いやー、気に入った剣や装備品を衝動買いしてるので……」

 

キリトは苦笑いしながら、頬を掻いた

 

「あー、だからお前、アルゲードを寝床にしてんのか。あそこはここに比べると安いからな」

 

キリトの言葉に納得したのか、エギルが手を叩いた

 

「それでは、ワシらのギルドホームに向かうかのう」

 

「そうだね。それじゃあ、付いて来て」

 

ヨシアキを先頭に、全員歩きだした

 

そして、とある一角

 

そこには、小洒落た二階建ての一軒屋が建っていた

 

「はい、ここが僕ら<黄昏の風>のギルドホームだよ」

 

そう言いながらヨシアキは、扉を開けて中に入った

 

すると

 

「いらっしゃい! ギルド黄昏の風にようこそ……って、ヨシアキさん!」

 

そこに居たのは、水色の軽装鎧を身に纏っている少女だった

 

肩あたりまで伸ばした黒髪が特徴の少女、サチはヨシアキの姿を確認すると駆け寄ってきた

 

「ただいま、サチ。皆は戻ってる?」

 

「はい! 皆さん本日の依頼は完遂されて、帰還してます」

 

サチの報告を聞いたヨシアキは嬉しそうにうなずくと

 

「わかった、今日はもう終わりにしよう」

 

そう言うと、エギルと同じように別のウィンドウを出して操作をした

 

これで今日の営業は終わったのだ

 

「それと、今日はお客さんが居るよ」

 

「お客さんですか?」

 

ヨシアキは頷くと、後ろに視線を向けた

 

サチはヨシアキの視線を追った

 

すると、驚いた表情をした

 

「……キリト…くん」

 

「やあ………サチ」

 

キリトは辛そうに、眼を細めながら返答した

 

「キリトだけじゃないからね~」

 

「え? あ! アスナさんにエギルさんも!」

 

「ええ」

 

「おう」

 

ヨシアキ達が、入り口で話しあっていると

 

「おっ帰り~」

 

「……お帰りなさい」

 

「お帰りなさい」

 

「お帰り~」

 

「お帰りなさいです!」

 

「おっ帰り~! 遅かったわね」

 

階段を降りて現れたのは、アイ、ショウコ、ミナミの三人にショートカットの赤い髪が特徴の少し童顔の少女のリズベットに、シリカである

 

「あれ? ユウさんは?」

 

ヨシアキは降りてきた中にユウが居ないのに気付いて、問いかけた

 

「ユウだったら、今こっちに向かってる最中よ」

 

と、ミナミが言った瞬間

 

「ただいまー」

 

と、ユウが帰ってきた

 

「あ、ユウさん。お帰り」

 

「あら、ヨシアキ。お帰り」

 

「ただいま」

 

「これで全員じゃな」

 

「そうだね。それじゃあ、食堂に行こうか」

 

「おう」

 

そして、2階に上って一番近くの扉を開け、中に入ると

 

十数人が一斉に座れる大きな木製の机が鎮座しており、その向こう側にキッチンが見えた

 

「随分と広いな」

 

「まぁ、全員が食べられるようにって、選んだからね」

 

そう言うとヨシアキは装備を外して、エプロンを装着した

 

「さて、キリト。アレを出して。僕も出すから」

 

「ああ、わかった」

 

そして、ヨシアキとキリトの二人は同時にウィンドウを操作して、陶器製の器を机に置いた

 

「これは?」

 

ユウはそのオブジェクトの正体がわからないのか、指差しながら首をかしげた

 

「フッフッフ、聞いて驚け! なんと、伝説のS級食材! ラグーラビットの肉だ!!」

 

ヨシアキの言葉に、ほとんどのメンバーが眼を見開いて驚いた

 

「こ、これが!?」

 

「あのラグーラビットの肉ですか!?」

 

「……初めて見た!」

 

「うわぉ、アタシも初めて見たわ……」

 

全員、様々な反応をしているが、驚いていることに変わりは無かった

 

「それじゃあ、どうしようか? アスナちゃん」

 

「そうね……ヨシアキシェフの腕は十分知ってるし……お互い別の料理を作りましょうか」

 

「そうだね。それじゃあ、アスナちゃんはシチューをお願い。煮込み(ラグー)って言うくらいだし。僕は香草蒸しを作ろうっと」

 

「そうね」

 

そして二人はそれぞれ器を持ち上げると、キッチンに向かった

 

キッチンは広々としていて、大きな薪のオーブンが二つ設えられていて、誰が見ても高級そうな調理器具が多く並んでいる

 

アスナとヨシアキの二人はオーブンの表面をダブルクリックの要領ですばやく二回叩いてポップメニューを出すと、調理時間を設定して、それぞれ棚から金属製の鍋と木製の蒸篭を出した

 

そしてアスナはポットの中の生肉を移して、様々な香草と水を入れて蓋をした

 

ヨシアキの方は、蒸篭の中に香草を敷き詰めると、生肉を置いて、更に香草で覆った

 

「ほんとはもっといろいろ手順があるんだけど。SAOの料理は簡略化されすぎててつまらないわ」

 

「あ、それは同意」

 

アスナの文句に、ヨシアキは頷いた

 

「ですよね」

 

二人は笑いながら、鍋をオーブンの中に入れてメニューから調理開始ボタンを押した

 

三百秒と表示された待ち時間にも二人はテキパキと動き回り、無数にストックしてあるらしい食材アイテムを次々とオブジェクト化しては、淀みの無い動きで付け合せを作っていった

 

実際の作業とメニュー作業を一回のミスもなくこなしていく二人に、キリトとエギルの二人は感心している

 

僅か数分で豪華な食卓が整えられて、最後にアスナとヨシアキの二人が席についた

 

全員の眼前には湯気を上げるブラウンシチューと香草蒸しが盛り付けられ、鼻腔を刺激する芳香を伴った蒸気が上がっている

 

シチューは、照りのある濃密なソースに覆われた大ぶりな肉がゴロゴロと転がっていて、クリームの白い筋が描くマーブル模様が実に魅惑的だった

 

香草蒸しは竹に近い匂いが嗅覚を刺激して、涎が口内に溜まっていく

 

その他には、サラダにパンが入れられたバスケットが置かれている

 

全員、「いただきます」を言うのももどかしかったのか、無言で食べ始めた

 

それから全員は、一言も喋ることも無く黙々と食べ続けた

 

SAOにおける食事は、オブジェクトを歯が噛み砕く感触をいちいち演算でシミュレートしているのではなく、アーガスと提携していた環境プログラム設計会社の開発した<味覚再生エンジン>を使用しているのだ

 

これはあらかじめプリセットされた、様々な《物を食べる》感覚を脳に送り込むことで使用者に現実の食事と同じ体験をさせることが出来ると言うものなのだ

 

とは言え、今ここでそれを言うのは野暮と言うものだろう

 

ここに居る全員にとっては現実で、今食べているのは、SAOに来てからは最高級の食事だ

 

全員、一心不乱に食べ続けた

 

そして、皿と鍋、蒸籠のシチューと香草蒸しが文字通り、跡形もなく無くなると全員、満足そうな顔で椅子に寄り掛かった

 

「ああ……いままでがんばって生き残ってて、よかった………」

 

「だな。今までで一番、生きてるって実感してる」

 

アスナの言葉に、キリトは頷きながら返答した

 

全員、言外に同意しているようで、無言で頷いている

 

「不思議ね……なんだか、この世界で生まれて今までずっと暮らしてきたみたいな、そんな気がする」

 

「……俺も最近、あっちの世界のことをまるで思い出さない日がある。俺だけじゃないな……この頃は、クリアだ脱出だって血眼になる奴が少なくなった」

 

「攻略のペース自体落ちてるわ。今最前線で戦ってるプレイヤーなんて、五百人も居ないでしょう。危険度のせいだけじゃない……みんな、馴染んできてる。この世界に……」

 

「うん、僕達もそう思うよ。明らかに、前より攻略速度が落ちてる」

 

ヨシアキの言葉に、ギルドメンバーは全員頷いた

 

しかし、キリトは悩んでいた

 

(俺は本当に帰りたいと思ってるんだろうか……あの世界に……)

 

と、キリトが悩んでいると

 

「でも、わたしは帰りたい」

 

そんなキリトの内心の迷いを見透かすように、歯切れのいいアスナの言葉が響いた

 

キリトはハッとした表情で、顔を上げた

 

「だって、あっちで遣り残したこと、いっぱいあるから」

 

「そうだな。俺達ががんばらなきゃ、サポートしてくれる職人クラスの連中に申し訳が立たないもんな……」

 

「おう、その通りだ! 敬え、敬え!」

 

キリトの言葉に、エギルが踏ん反り返りながら言うと

 

「だが、エギル。お前は論外だ」

 

「なんでだよ!?」

 

そんなキリトとエギルの漫才(?)に全員、大声で笑った

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

時は経ち、キリトはアスナをアスナの部屋まで送っていた

 

アスナの部屋は街の反対側にあるのだ

 

「いやぁ、美味かった」

 

「本当だねぇ」

 

「なぁ、アスナ。さっきなんだが……」

 

キリトは食事をしていた時に、アスナに半ば励まされたことを思い出して感謝の言葉を告げようと、言葉を捜しながらアスナを見つめた

 

すると、アスナは顔をしかめて、目の前で手を振って

 

「あ……あ、やめて」

 

「な、なんだよ」

 

キリトは半ば驚いた表情で、アスナを見た

 

「今までそういうカオをした男プレイヤーから、何度か結婚を申し込まれたわ」

 

「なっ……」

 

予想外の事態に、キリトはまるで金魚のように口をパクパクさせた

 

戦闘スキルには熟達していても、こういう場面に経験はないのだろう

 

そんな様子のキリトに、アスナはにまっと笑った

 

「その様子じゃ、他に仲のいい子とか居ないでしょ君」

 

「悪かったな。いいんだよ、ソロプレイヤーなんだから」

 

アスナの言葉に、キリトは眼を細めた

 

「せっかくMMORPGやってるんだから、もっと友達作ればいいのに」

 

そう言うとアスナは笑みを消して、姉か教師のようにキリトに問いかけた

 

「君は、ギルドに入る気はないの?」

 

「え……」

 

「ベータ出身者が集団に馴染まないのは解ってる。でもね」

 

そこから更に、真剣味を増した表情になって

 

「七十層を超えたあたりから、モンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増してきてるような気がするんだ」

 

それはキリトもそして、ヨシアキも感じていたことだった

 

CPUの戦術が読みにくくなってきているのは、当初からの仕様なのか、それともシステム自体の学習の結果なのか

 

後者だったら、今後どんどん厄介になるのは確実だろう

 

「ソロだと、想定外の事態に対処できないことがあるわ。いつでも緊急脱出できるわけじゃないのよ。パーティーを組んでいれば安全性がずいぶん違う」

 

「安全マージンは十分取ってるよ。忠告は有り難く頂いておくけど……ギルドはちょっとな。それに……」

 

そこで止めておけばいいものを、キリトは強がって余計な言葉を紡いでしまった

 

「パーティーメンバーってのは、助けよりも邪魔になることが多いし、俺の場合」

 

「あら」

 

アスナがそう言った瞬間、銀色の閃光が走った

 

気付くとキリトの眼前に、予備武装なのだろう

 

短剣が突きつけられていた

 

細剣術の基本技<リニアー>である

 

基本とは言え、圧倒的な敏捷度パラメーター補正で凄まじいスピードだった

 

攻略組の中でもトップランクのキリトですら、まったく見えなかったほどだ

 

「わかったよ、アンタは例外だ」

 

キリトは思わず、両手を上げて降参の意思を表明した

 

「そ」

 

キリトの言葉にアスナは、面白くなさそうな顔で短剣を戻し、それを指の上でくるくると回した

 

するとアスナは、キリトにとってとんでもないことを口にした

 

「なら、しばらくわたしとコンビを組みなさい。ボス攻略パーティーの編成責任者として、君がウワサほど強いヒトなのか確かめたいと思ってたとこだし。わたしの実力もちゃんと教えて差し上げたいし。あと今週のラッキーカラー、黒だし」

 

「な、なんだそりゃ!」

 

キリトは思わず、頭を抱えてのけ反った

 

「んな……こと言ったってお前、ギルドはどうするんだよ」

 

「うちは別にレベル上げノルマとかないし」

 

「じゃ、じゃああの護衛二人は」

 

「置いてくるし」

 

なんとか反対材料はないかと、あれこれ言うが、取り付く島も無しとはこのことだ

 

しかも正直言って、キリトにとっては魅力的な誘いだった

 

アインクラッド随一と言っても過言ではない美人のアスナとコンビを組みたくない男など、居ないだろう

 

しかし、そうであればあるほど、アスナのような有名人がなぜ? という気後れが先に立った

 

(もしかして、根暗でソロからの憐れみか?)

 

とキリトは、後ろ向きな思考にとらわれて、ウッカリと口にした台詞が命取りだったことに、気付かなかった

 

「最前線は危ないぞ」

 

キリトの台詞を聞いて、再びアスナの右手の短剣が持ち上がった

 

しかも、先程よりも強いライトエフェクトを宿している

 

それを見たキリトは慌てて頷いた

 

最前線攻略プレイヤー集団、通称<攻略組>の中でも特に目立つわけではない俺をなぜ? と思いつつも、キリトは意を決して口を開いた

 

「わ、解った。じゃあ……明日朝九時、七十四層のゲートで待ってる」

 

その言葉に満足したのか、手を降ろしながらアスナは、ふふんと強気に笑っていた

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

二人は、アスナの部屋のある建物の前に到着した

 

階段を少し上がったところでアスナは振り向いた

 

「今日は……まあ、一応お礼を言っておくわ。ご馳走様」

 

「お、おう……まぁ、俺だけじゃないけどな。また頼む……と言いたいけど、もうあんな食材アイテムは手に入らないだろうな」

 

「あら、ふつうの食材だって腕次第だわ」

 

そう切り返すとアスナは、視線を上に向けた

 

すっかり闇色に染まった空には、星の輝きは存在しない

 

キリトはつられて見上げながら、ふと呟いた

 

「……今のこの状況、この世界が、本当に茅場晶彦の作りたかったものなのかな……」

 

キリトに言葉に、二人は答えられなかった

 

どこかに身を潜めてこの世界を見ているだろう茅場は、今なにを感じているだろうか

 

気付くとアスナがキリトの傍に寄っていた

 

このデスゲームが開始されて二年

 

今、彼らに出来るのは確実に一歩ずつ、上に向かって進むだけだった

 

こうして、一日が終わっていく

 

キリトは上空の鉄の蓋を見上げて、まだ見ぬ未知の世界へと思いを馳せた


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