ソードアート・オンライン 黄昏の剣士   作:京勇樹

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窮地

ログアウトしても、直ぐにシノンこと朝田詩乃は起きなかった

ヨシアキが言ったことを覚えていたからだ

少しの間、回りに意識を向けた

そして誰も居ないことを祈りながら、ゆっくりとアミュスフィアを外した

そして部屋に居ないのを確認すると、念の為に浴室を見た

そこにも、誰も居なかった

血走った目をした殺人犯なんか、居なかった

 

「はあ……」

 

安堵から溜め息を吐いた詩乃は、一回座り込んだ

そして少しすると

 

「そうだ。チェーンロックしないと」

 

と言って、玄関に近付いた

その時不意に、チャイムが鳴った

チャイムの音に、詩乃は体をビクッと震わせた

 

(まさか、戻ってきたの!?)

 

と詩乃が一歩後退した時

 

『朝田さん。聞こえる? 朝田さん!』

 

と知り合いの声が聞こえた

その声の主

新川恭二は、詩乃の数少ない友人だった

詩乃は念の為にドア穴から確認すると、鍵を開けて

 

「どうしたのよ、新川君」

 

と問い掛けた

すると、恭二はビニール袋を掲げて

 

「優勝祝いにね、ケーキ買ってきたんだ。近所のコンビにだけど」

 

と言った

 

「そう……取り合えず、入って」

 

「うん。お邪魔します」

 

詩乃に促されて、恭二は中に入った

それを確認した詩乃は、ドアを閉めると鍵とチェーンロックをした

そして、きちんと鍵が閉まったのを確認した詩乃は

 

「それにしても、早かったわね。新川君」

 

と話し掛けた

すると恭二は

 

「実は、この近くの公園で携帯でライブを見てたんだ。優勝したら、すぐにおめでとうって言いたかったから」

 

と答えた

それを聞いて、詩乃は呆れた様子で

 

「何してるのよ……寒かったでしょうに」

 

と言いながら、溜め息を吐いた

その言葉に、恭二は

 

「まあ、そうだね……何回か、警官に職質されたし」

 

と苦笑混じりに言った

それを聞いた詩乃は、額に手を当てて深々と溜め息を吐いた

そんな間に、恭二は机の上にケーキを置いた

そして

 

「はい、用意したよ」

 

と言った

それを聞いた詩乃は、机に歩み寄って愛用のクッションに座った

そして、一口食べた時

 

「朝田さん……あの抱き付いたのは、どういうこと?」

 

と恭二が問い掛けた

その問い掛けに、詩乃は内心で頭を抱えた

それは、予想してた質問だったからだ

特に恭二は、長い間詩乃と一瞬にプレイしてきたからだ

それにどう返答しようか迷っていた時

 

「朝田さん……別に、あいつとは関係ないよね?」

 

と恭二が更に問い掛けた

それに詩乃は答えようと、頭を上げた

その時、眼前に恭二の顔があって、驚きから思わず距離を取ってしまった

すると恭二は、ゆっくりとした動作で詩乃を見ながら

 

「どうして逃げるのさ、朝田さん……僕達の仲じゃないか」

 

と言った

その声音に詩乃は、狂気を感じた

それはまるで、《あの事件の男》のように

 

「そうだよ……朝田さんの隣に居るべきは、僕だけなんだ」

 

その言葉を聞いた時、詩乃の脳裏で何かが弾けて繋がった

そして

 

「もしかして……新川君が、死銃の片割れ……?」

 

と呟くように問い掛けた

すると恭二は、歪な笑みを浮かべて

 

「あれ? もしかして、兄さんが教えたのかな?」

 

と首を傾げた

それを聞いて、詩乃は衝撃を受けた

恭二の言葉が真実ならば

 

「まさか……新川君のお兄さんって……SAOサバイバー……しかも、あのレッドキルドの……」

 

と声を震わせた

それを聞いた恭二は、低く笑いながら

 

「兄さん、そこまで喋ったんだ……そうだよ、僕の兄さんは笑う棺桶の幹部だったらしいよ」

 

と肯定した

そして恭二は、ゆっくりと詩乃に近寄りながら

 

「あの世界から帰ってきた兄さんから話を聞いて、僕は刺激的に感じたのさ……なんて素晴らしい世界なんだってさ」

 

と語った

それを聞いて、詩乃は察した

恭二にとってその兄は、まるで英雄のような存在だったのだと

そして恭二は詩乃に近寄ると、ポケットからクリーム色の器具を取り出した

拳銃のような形の、器具を

 

「そ、それは……毒?」

 

「そうさ……正式名称は、サクシリニコリンって言ってね……このカートリッジ全部を注入したら、筋肉がマトモに動かなくなって死ぬ薬物さ。筋弛緩剤とも呼ばれてるね」

 

詩乃の問い掛けに、恭二はそう言いながら無針注射器を見せびらかした

それを聞いて、詩乃はようやく思い出した

ヨシアキはハッキングツールと言ったが、正確には病院に置かれている電子マスターキーを使って、部屋に浸入

黒星を撃って当たったのを合図に、その薬物を打ち込む

それが、死銃のトリックだったのだ

そして問題の住所は、恐らくあの登録エリアにて光歪曲迷彩を使ったのだろう

あれを使われたら、余程近距離に近付かれないと気づかない

それで住所を調べ、電気スクーターを使って向かう

移動に時間が掛かる所に住んでいるのは、時間を合わせて銃撃する

それの時間を見るのが、あの十字を切る仕草だったのだ

そうして、死銃が産まれた

 

「だ、ダメよ。新川君……こんなことしたら、高卒が受けられなくなる……」

 

と詩乃が制止した

高卒というのは、医師になるのに必要な試験の略称である

恭二の実家は大きな病院らしく、病弱な兄に変わって院長になるように言われている

ということを、詩乃は一度聞いた覚えがあったのだ

それを聞いた恭二は

 

「ああ、あれか」

 

と言いながら、ポケットから小さな紙を取り出して詩乃に見せた

それは、センター試験の結果だったのだが、記述されていたのは散々な結果だった

 

「これって……」

 

「この程度のモノだったら、パソコンを使えば、簡単に偽造出来るさ……それに、アミュスフィアの使用だって、勉強のためだって言ったら、簡単に信じたよ……」

 

恭二はそう言いながら、その紙を投げ捨てた

更に恭二は

 

「GGOは、僕にとって理想的な世界だったんだ……だっていうのに、あの嘘つき野郎のせいで、育てたシュピーゲルはM16すらも装備出来なくなった! だから、死んで当然だったんだ!」

 

と吐き捨てるように言った

そして続けて

 

「そんな時に兄さんからSAOの話を聞いて、僕は一気に世界が開けたんだ……そこで調べたんだ……身近に、同じことをやった人が居ないかどうかをさ」

 

と語った

それを聞いて、詩乃は思わず息を飲んだ

すると恭二は、狂気の宿った目で

 

「そしたら、居たじゃないか! 幼い頃に、拳銃で強盗犯を射殺した人がさぁ!」

 

と詩乃を見た

 

「つまり……新川君が、私に近付いてきたのは……」

 

「偶然なんかじゃないさ……探してたんだよ! 近付いた後は、ずっと近くに居たのさ!」

 

詩乃の問い掛けに、恭二は高らかにそう答えた

それを聞いた詩乃は、絶望した

 

(結局私は……あの事件から逃げられないの?)

 

その間にも、恭二は

 

「安心してね、朝田さん……朝田さんを殺したら、どこか遠くの山奥にでも運んで、僕も後を追うから」

 

と言いながら、片手で詩乃の服を脱がそうとした

この時詩乃は、視界が真っ暗になった

そして

 

(もう、死ぬんだ……私……)

 

と失意に陥っていた

その時、ふとヨシアキの言葉を思い出した

 

(そういえば、ヨシアキが来るって言ってたわね……私が死んでたら、悲しむかしら?)

 

そこまで予想した時、何故か詩乃の前に水色の髪の少女

シノンが現れた

 

(諦めるの?)

 

(これが、私の運命なのよ……どうあっても、あの事件と罪から逃げられないって……)

 

シノンからの問い掛けに、詩乃はそう答えた

するとシノンは

 

(戦わないの?)

 

と詩乃に問い掛けた

その問い掛けに、詩乃は

 

(無理よ……そんな力、私には無いわ……)

 

と返答した

その直後、シノンがヘカートⅡを詩乃の眼前に掲げて

 

(忘れないで……私は貴女(詩乃)よ)

 

と言った

それを聞いて、詩乃が

 

貴女(シノン)が私……)

 

とオウム返しに言った直後、一気に視界が明るくなり

 

(さあ、戦いましょう)

 

とシノンが手を差し伸べた

その手を詩乃が掴んだ瞬間、シノンの隣に見覚えのある後ろ姿が見えた気がした


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