戦争が始まって、数十分が経過。東の大門付近には、人界軍、暗黒界軍双方の遺体が至るところにあり、今もまた新しく増えていく。
場所は変わり、暗黒界軍最後方の本陣。そこでは今、暗黒界軍側の長の一人、ディー・アイ・エルが顔を蒼白にし、大粒の冷や汗を流しながら、当初の作戦の失敗を報告していた。
「……原因は恐らく、相手が準備・発動した大規模術式と思われます……それに、近辺空間のリソースが殆ど奪われた為に、我らの術が不発になってしまったのかと……」
と原因の推測を含めた報告を終えると、ディー・アイ・エルはガタガタと震えた。
ディー・アイ・エルは、作戦会議の際に意気揚々とその作戦を発案し、作戦が大成功すれば、人界軍側の戦力は壊滅し、後は最前衛に配置したゴブリン、オーク、暗黒騎士達で蹂躙。アリスとライカを捕縛出来ると豪語していた。
確かに、その作戦が上手く嵌まれば、人界軍は大打撃を被っていただろう。
しかし、実際はどうだ。大規模術式の不発に留まらず、前衛と中衛に展開していたオーク隊と暗黒騎士隊は壊滅。それだけでなく、人界軍が放った大規模術式(とディー・アイ・エルは思っている)により、暗黒術師隊はほぼ全滅した。
生き残りは居るが、以前より大規模術は放てない。
これ程の大損害を受けたとあっては、最悪死罪とディー・アイ・エルは考えて、ガタガタと震えていた。
報告が終わってからの数十秒間が、ディー・アイ・エルには途方もなく長く感じられた。
ふとその時、暗黒神ベクタこと、ガブリエルが座っていた椅子のアームレイカーを指でトンと叩き、ディー・アイ・エルはビクッと体を大きく震わせた。
「して……その空間リソースとやらを取り戻すには……500で足りるか?」
「……え……?」
最初は言葉の意味が分からず困惑するディー・アイ・エルだったが、ガブリエルの視線を追い掛けて、意味を理解し
「ええ……十分にございます……!」
恍惚とした声を漏らした。その先に居たのは、新しく編成された部隊に訓示をしているらしいオーク族の部隊と、オーク族の長のリルピリンだった。
そして、数分後
「ふざけるな! そんな命令、聞けるか!?」
「この命令は、神ベクタからの御下命である、それに異を唱えるということは、裏切るということになるぞ?」
ディー・アイ・エルから伝えられた命令に、リルピリンは激昂した。
無理もない。ディー・アイ・エル達暗黒術師達の術を使う為に、数少なくなったオーク族の戦士達500人を生け贄にせよ、と命令されたからだ。
だが、ディー・アイ・エルは侮蔑した様子で、リルピリンに裏切るのかと告げる。
ディー・アイ・エルだが、亜人種を見下しており、少し前までは自分こそが暗黒界の王に相応しいと考えていたが、ガブリエルの登場と、その威容に野望は砕けたが、次にガブリエルに取り入ろうとしていた。
それを知っていたリルピリンは、ディー・アイ・エルからの命令に反感を覚え、憤っていた。
だが、このままでは暗黒界軍の裏切り者として、オーク族は殲滅される可能性すらあった。
そんな時
「わかりました……私が、その人員を選別しましょう」
と新たな声が聞こえた。
視線を向けると、その先に居たのはリルピリンの婚約者。レンジュであった。
「レンジュ……!」
「神ベクタにお伝えください……そのご命令に従います、と……」
「ふん! 早く選別せよ!」
レンジュの言葉を聞いて、ディー・アイ・エルは鼻を鳴らしてオーク隊の陣から去っていった。
「レンジュ、何故だ!?」
「今神ベクタの意に従わなければ、我らオーク族は殲滅されるからです……何とかしても、生き残るんです……」
レンジュの言葉は真実で、命令に従わなかったらガブリエルは、オーク族に対して部隊を差し向けて殲滅するだろう。
「レンジュ……!」
「リルピリン様……」
リルピリンは、自ら生け贄になろうとしているレンジュを、抱き締めることしか出来なかった。
そして十数分後、レンジュを含めたオーク隊500名は暗黒術師隊の前で隊列を組んでいた。
「では、ディー・アイ・エル様……始めます」
「死詛蟲の術式の詠唱と変換の術式の詠唱を始めなさい!」
ディー・アイ・エルが指示を下すと、暗黒術師隊は半分ずつで詠唱を始めた。片方は、オーク隊を空間リソースに変換する術。そしてもう片方は、変換された空間リソースを使って、死詛蟲と呼ばれる呪詛の術の詠唱だ。
死詛蟲を使えば、理論上は人界軍に大打撃を与える事が可能な強力な術式だ。
空間リソースに変換されていくオーク隊は、もがき苦しみながら、オーク族の繁栄とリルピリンを称賛する言葉を告げながら倒れていく。
レンジュは最後まで意識を保ちながら、リルピリンが涙を流しながら両手両膝を突いてるのを見て、倒れた。
そして、暗黒術師隊は死詛蟲の詠唱を終えると、人界軍側に向けて解き放った。