「……ン……ノン……しのノン!」
「つっ……あ、明日奈に琴音……?」
「大丈夫? 魘されてたよ?」
気付けば寝て詩乃を、明日奈と琴音が起こし、心配そうな顔をしていた。どうやら、相当魘されていたらしい。
今三人が居るのは、副管制室の端で、そこに三人集まって壁際に座って休んでいた。
なお、しのノンというのは明日奈の詩乃のアダ名である。
そして詩乃は、琴音から差し出された水を飲むと
「ごめんなさい……心配かけたわね」
と謝罪した。しかし、明日奈と琴音は
「ううん、大丈夫だよ」
「気にしないで」
と詩乃を励ました。そして詩乃は、周囲を見回した。
寝る前と、さほど変わっていない。
モニターの前には、比嘉、神代博士、重村教授の三人が座って、スタッフと何やら作業をしていて、その三人の僅か後方には菊岡が無線機片手に立って、端末の画面をジッと見ている。
時々、自衛隊員が入ってきては菊岡に何やら耳打ちし、それを聞いた菊岡は自衛隊員に小声で指示を出している。
状況を把握した詩乃は、立ち上がり
「ちょっと、トイレに行ってくるわ」
と一言断ってから、副管制室を出た。
そして、便座に座りながら
「けど、何で今さらあんな夢を……」
と呟いた。詩乃が魘されていた理由たる夢。それは、第2回BoBでのことだった。
BoB、正式には、バレット・オブ・バレッツ。GGOの最強を決める大会は、一定期間ごとに開催されており、ヨシアキとシノンが出場し、二人で優勝したのは第4回目だ。
そしてシノンは、第2回から参加するようになっていたが、初参加だった第2回までは日本サーバーだけでなく、アメリカサーバーも繋がって開催され、第1回、第2回共にアメリカ人が優勝している。
それも、ナイフと拳銃のみでである。
これは一重に、プレイヤー自身のスキルによるものである。何せそのプレイヤーは、拳銃は殆ど使わずにナイフを用いた格闘戦で戦ったのだから。
そしてシノンも、そのプレイヤーに倒された。最後は、首をへし折られて。
終わった直後は、飛び起きて首を触ったのを今でも覚えている。
これほど大差が開いたのは、一重に極一部を除いて日本人が銃を使った戦闘に慣れてないからだろう、と詩乃は思っている。
(確か……あのプレイヤーの名前は……サトライザー……)
詩乃は相手の名前を思いだしながら、副管制室に戻った。すると、副管制室のメインモニターに、主管制室らしい映像が表示されていたのだが、その一人を見て、詩乃は思わず
「さ、サトライザー!?」
と声を上げた。そんな詩乃に、起きていた全員の視線が集まる。
「し、しのノン? どうしたの?」
「その金髪の男! GGOの第1回と第2回BoBで優勝したサトライザーよ!」
明日奈の問いかけに、詩乃は画面に写ってる金髪の男を指差した。すると、菊岡が
「しかし、アバターなら違うのでは……」
と言った。確かに、ALOとGGOはアバターの姿はランダム生成となっていて、どんな姿になるかは決まっていない、一つの例外を除いて。
その例外というのは、旧SAOプレイヤー達である。
旧SAOプレイヤー達は、アバターが現実の自分自身の姿だった。そして、その旧SAOアカウントを使ってVRゲームに参加すると、多少の修正は入るものの、現実の姿でアバターが生成されるのだ。
それ以外では、基本的に自分の姿でアバターの生成はされない。だが
「ええ……けどサトライザーは、動きの感覚が変わるのを嫌がったとかで、大金を注ぎ込んで、アバターの姿を自分と全く同じにしたようなの……」
そして、これはあまり使われないが、一部のVRゲームでは、アバターに不満があったりした場合のサポートとして、課金すればアバターの見た目を変えられるという機能があるのだ。
ALOでは基本ランダムだが、どうやらGGOは自分で生成出来るようだ。
「動きの感覚……ということは、こいつは軍人か傭兵……大至急、こいつの姿で正体を探れ」
「はっ!」
菊岡の指示を受けて、その自衛隊員は副管制室から去った。ふとその時、入れ替わりにトイレに行っていた琴音が戻り
「あ……」
と小さく言葉を漏らし、体を震わせ始めた。
「琴音ちゃん!?」
「琴音!?」
先に気づいたのは、明日奈で、僅かに遅れて詩乃も琴音の異常に気づいた。二人が駆け寄ると、琴音は力無く座り込みそうになったので、二人で支えた。
すると琴音は、
褐色の肌にドレッドヘアーが特徴の男を指差し
「その男の、目元のタトゥー……私、知ってる……」
と呟いた。
「本当に!?」
「何処で!?」
詩乃と明日奈が驚いていると、琴音はガタガタと震えながら
「SAO……最凶最悪のレッドギルド……
そこまで聞いて、明日奈は無意識に身を強張らせながらそのドレッドヘアーの男を見て
「PoH……!!」
とかつて敵対した男の名前を呟いた。すると、菊岡が
「あいつが、笑う棺桶のリーダーだと!?」
と驚き、
だが、見つからなかったのも無理は無い。何せ、国外に居たのだから。
「……奴らの狙いがなんにせよ、この状況ではこちらからはどうしようもない……彼らに、頑張ってもらうしかない……アリスとライカを連れて、ワールドエンドオールターに来てもらうしか……」
菊岡は歯噛みし、眠っている明久と和人を見た。
今二人が、世界を賭けた戦いを繰り広げているのを知らぬまま。