「このバックドアは、もう使えんな」
少女。カーディナルはそう言うと、四人が潜ってきたドアを杖を一振りして消した。
そしてカーディナルと名乗った少女は、四人を見て
「こっちじゃ。着いてこい」
と歩き始めた。今五人が歩いているのは、荘厳な雰囲気が溢れる廊下だった。
四人が興味深そうに見ていると、ドアが見えて
「ここじゃ」
とカーディナルがそのドアを開いた。その先に見えたのは、広い空間と膨大な数の様々な書籍を納めた巨大な本棚の数々。
「これは……」
「凄い……!」
リヒトとユージオの二人はその夥しい本に、驚いていた。するとキリトが
「ここは、セントラルカセドラルなのか?」
とカーディナルに問い掛けた。カーディナルは、近くにあった椅子に腰掛けて
「そうとも言えるし、そうではないとも言える」
と告げた。
言葉の異図が分からず、ヨシアキが首を傾げていると
「ここは元々、セントラルカセドラルにあった大図書館じゃった……その蔵書量は随一での。神代のことを記した書もある」
と語った。確かに、有っても可笑しくない程の数の本がある。すると、興味が刺激されたのか
「えっと、読んできていいでしょうか?」
「僕もです」
とユージオとリヒトの二人が、カーディナルに問い掛けた。
「ああ、構わぬぞ」
カーディナルのその言葉を聞いて、リヒトとユージオの二人は本棚に駆け寄っていった。
それを見送ると、ヨシアキが
「それで、カーディナルって名乗ったよね……その名前は……」
と言い淀む形で、問い掛けた。するとカーディナルは、何処からか用意したお茶を一口飲んでから
「ふむ……外から来たお主達ならば、ワシの名前に聞き覚えがあるやもしれんな」
と呟き、それを聞いたヨシアキとキリトは驚きで固まった。カーディナルはそんな二人を見て、微笑みを浮かべて
「お主達二人が、この世界の外から来たことは知っておる……所謂、現実世界からの」
と語った。
「まず、改めて自己紹介しておこう。ワシは、カーディナル……現公理教会最高司祭、アドミニスレータのコピーじゃ」
「アドミニスレータのコピー……?」
「どういうことだ?」
カーディナルの告げた言葉の意味が分からず、ヨシアキとキリトの二人は首を傾げた。するとカーディナルは
「そうじゃな……話は、数百年昔に遡る……」
と語りだした。
それは、今から数百年前の事。ある村に、一人の少女が産まれた。その名は、クィネラ。今のアドミニスレータだ。
クィネラは幼い頃から、神聖術に対する高い適性を発揮し、特例として当時はそれほど高くなかったセントラルカセドラルにシスターとして招聘された。
そこから、クィネラはメキメキと頭角を現した。当時いたシスターの中でも抜きん出た神聖術の使い手となり、あっという間にシスター達を束ねる立場に上がり、そして最高司祭に登り詰めた。それが、20代半ばといった時のことである。
それから少しして、クィネラはある神聖術を編み出した。それが、シンセサイズの秘儀と呼ばれる術だった。簡単に言えば、対象のフラクトライトの時間の進行を凍らせて、不老にする術である。しかもそこに、記憶を封印・操作するオブジェクトを入れることにより、対象を従順な操り人形とすることも可能とした。
もちろん、その術で自身を不老にし、そして整合騎士を産み出した。
「あ、じゃああの時出てきたのは……」
「その記憶を封印・操作するオブジェクトってことか……」
カーディナルの話しを聞いて、ヨシアキとキリトは直前に戦った整合騎士の額から出てきたオブジェクトを思い出し、カーディナルは肯定するように頷いた。
「そうじゃ……整合騎士全員に、そのオブジェクトが埋め込まれている」
カーディナルはそこで説明を区切ると、また語り始めた。
そして、クィネラがアドミニスレータになって、何百年の時が経過した。その間アドミニスレータは、眠りと目覚めを繰り返すようになってきていた。
その理由が、記憶容量の限界。ある日に、中々覚えられなくなっていることに気付いたアドミニスレータは、自身の記憶の一部を消去し、更には一定周期で眠るようにした。
しかし、それでも限界は訪れる。そこでアドミニスレータが考えたのが、新しい体を用意することだった。
ある日、過去のアドミニスレータと同じように神聖術に高い適性を発揮した少女。
リセリスを発見し、セントラルカセドラルに招聘した。そしてアドミニスレータは、シンセサイズの秘儀を使い、リセリスのフラクトライトに干渉・書き換えを行った。
そうして、もう一人の自分を作った。
そこまでは、アドミニスレータの予想通りに事は進んだ。しかし、術が終わりリセリスがカーディナルとなった直後に、アドミニスレータにとって予想外。カーディナルの反乱が起きた。
カーディナルはアドミニスレータを倒そうと、様々な神聖術を駆使した。しかし、アドミニスレータの方が様々な経験が上で、勝てなかった。そこでカーディナルは、時を待つことにした。
アドミニスレータを倒せる者が現れることを。
「そしてワシはこの大図書館の空間の連続性を切り離し、孤立化させて、ここに何年も居た……というわけじゃ……」
カーディナルはそう言うと、お茶を飲んだ。
「ワシの目標は、アドミニスレータを伐つこと……それが、最大の命題じゃ……」
そう語ったカーディナルの目には、強い決意を二人は感じた。