「ふう……こんなものかな?」
とヨシアキは寮の中庭の一角で、ある花を育てていた。その花はハーベスト村のあった地方特有の花らしく、央都では育てるのは難しいと言われた。しかしヨシアキは、諦めずに地道に育て続けた。
その甲斐あって、花は蕾を付けるにまで至った。
「あと少しだ……」
ヨシアキは満足感を覚えながら、笑みを浮かべた。しかし、気付かなかった。それを、快く思わない者達が見ていたことを。
数日後、ヨシアキはリヒトと早朝から鍛練をしていた。リヒトは日に日に強くなり、その上達速度にはヨシアキは内心で舌を巻いていた。
「いや、リヒトは本当に上達していくね」
「ヨシアキの教え方が上手だからだよ」
鍛練を終えた二人は、剣を自室に置いてきてから食堂に向かった。
修剣士学園の食堂は所謂ビュッフェスタイルで、用意された料理の中から自分の好きな料理を選んでいく。
そして二人は、適当に空いている席に座って食べ始めた。
すると、後ろから
「おや、我々が清掃した食堂で、厚顔無恥にも食事をしている庶民が居るぞ、ライトール殿」
「おや、本当だな。プロマス殿」
と嫌みったらしい声が聞こえた。
その声で、後ろに居るのが誰か分かった。デュートリオ・ライトールとアコード・プロマスの二人である。この二人はアシュリーと同じ貴族なのだが、アシュリーとは違い庶民を見下す傾向だった。
そして食堂だが、一日ごとに生徒が清掃する決まりになっている。
主には下級生が清掃するが、時々上級生が清掃していることもある。
そして今日は、どうやら二人が清掃したらしい。
二人は少し不快に思いながらも、食事を続行した。
そして、その日の訓練。ヨシアキの相手はライトールだった。
「行くぞ、庶民風情が……ぜあぁ!」
「よ」
ライトールは気合いと共に剣を振り下ろしてきたが、ヨシアキは自身の剣の切っ先を当てて、最低限の軌道変更と僅かに身を反らしただけで対処。
その後、肩をライトールの体に当ててバランスを崩させると足払いし転倒させ、眼前に剣を突き付けた。
すると、審判を勤めていたアシュリーが
「そこまで! 勝者はカーバイド!」
とヨシアキの勝利を告げた。
しかし、その裁定に納得いかないのか、ライトールは
「アルスコット殿! 納得がいきません! こやつは、剣を殆ど使ってません!」
と食って掛かった。しかし、アシュリーは
「カーバイド達が使うアインクラッド流というのは、剣だけでなく様々な武器。更には格闘技も組み合わせた流派だと聞く。ならば、今の戦い方になんら違和感は無い。それに、ライトールはあそこから逆転する方法があったか?」
と言った。
「ぐっ……そ、それは……」
ライトールはアシュリーの指摘に、反論出来ずにいた。事実だったからである。
「ならば、これ以上の議論は無駄だ。戻りなさい」
「わかり、ました……」
アシュリーに言われて、ライトールは歯を鳴らしてから自身の剣を拾ってその場から離れた。
なお、貴族としての階位はアシュリーのアルスコット家のほうが遥か上の公爵だ。男爵家のライトールがこれ以上反論し不興を買えば、最悪は家の取り潰しすらあり得る。
しかしライトールは、ヨシアキとスレ違い樣に
「調子に乗るなよ、庶民風情が……っ!」
とヨシアキを睨んだ。
そして、ライトールが離れると
「嘆かわしいことに、ああいう貴族が増えてきているのが現状だ……」
とアシュリーが苦い表情をしながら言った。
その後、多少のイザコザはあったものの、訓練は終了。ヨシアキは花の世話をするために、中庭に向かった。
なおヨシアキは知らないことだったが、実はキリトも同じように中庭でルーリッド村から持ってきた花の種を植えて、育てていたのだ。
会わなかったのは、ただ単に世話をする時間が合わなかっただけ。
そして、ヨシアキが中庭に入ろうとした時だった。前から、一人の生徒が現れて、ヨシアキの横を通り過ぎた。
通り過ぎたのは、ライトールだった。
そのライトールはスレ違い樣に、嫌な笑みを浮かべていた。
何やら嫌な予感を覚えたヨシアキは、駆け出して花の下に向かった。そして見つけたのは、無残に踏み散らされた花だった。
「つっ!? あいつか……!」
ヨシアキは、今すぐにでもライトールを追い掛けて殴りたい衝動に駆られたが、それよりも花をどうにか出来ないかと頭を動かした。
その時
大丈夫、貴方なら神聖術で治せます
と頭の中に、声が聞こえた。
その事象に驚いていると、更に
私の後に、続いてください
と言われて、ヨシアキは言われた通りに繰り返した。
「システム・コール……」
最初に、神聖術を始めるための式句。そして、教えられた通りに言い終わった直後、ヨシアキは自分の天命が減ったのが分かった。だがそれと同時に、踏み散らされた花が光り輝き、十数秒後。
「……本当に、治せた……けど、今の声は……」
確かに、ヨシアキの神聖術で花は治せた。
しかし、頭の中に聞こえた声が何だったのか分からず、ヨシアキは周囲を見回した。だが結局、誰が教えてくれたのは、ヨシアキには分からなかったのだった。