ミナトは憂鬱だった。
嫌いな英語の授業だからという理由だけではない。イリーナが行う授業の内容が過激すぎたのだ。
「こら津芽!顔を伏せてないでちゃんと海外ドラマ見なさい!」
「内容が過激すぎんだよ…」
(だから英語の授業は嫌いなんだよ…しかも…)
「それじゃ木村、really《リアリー》言ってみなさい。」
「…リ、リアリー」
「はいダメー」
そう言うとイリーナは木村の前まで行き、ディープキスをした。
イリーナの授業では、間違っても正解してもどっちみち、公開ディープキスの刑が執行される。ミナトにそれは耐えられないことで、自分が指されないようにいつも祈っていた。
「それじゃ津芽、今度はあんたが言ってみなさい。」
「無理です…」
ミナトは顔を赤くして答えるが、イリーナはそれを許さなかった。
「さもなくばあんたも…」
そう言うとイリーナは自分の唇を指差した。
「やだー!俺の初キスお前みたいなビッチに奪われてたまるか!」
「いい加減観念なさい津芽!」
イリーナはミナトに近づいていったが、1人の生徒の鋭い視線に気づき教卓へ戻った。
(心配しなくてもあいつの初キス奪ったりしないわよ)
「まぁ、授業もそろそろ終わるしいいわ、ちゃんと復習しとくのよ?」
「助かったー。」
生徒たちの前では、教師として振舞っていても、イリーナは内心焦っていた。殺せんせーを殺すアイデアがまとまらず、ただ時間だけが過ぎていく。悩んでいたからこそ、仕掛けられていたワイヤートラップに気づかなかった。
イリーナは様々な疑問を抱いたが、後ろから聞こえた声に聞き覚えがあった。
「驚いたよイリーナ、まさかお前が教師をやってるとはな。」
「………‼︎センセイ…」
そして翌日…
E組の生徒たちは、体育の授業を行っていた。しかし、いつもの体育とは少し違っていた。
「先生あれ…」
「気にするな、訓練を続けてくれ。」
倉橋の言った言葉に、烏間は溜息を吐いてから応えた。
E組の生徒達は、木の陰から何かを狙っている3人の存在が、気になって仕方なかった。
烏間先生の話によれば、ビッチ先生の残留をかけて、殺し屋屋のロヴロ氏と模擬暗殺をすることになったらしく、そのターゲットが殺せんせーではなく、烏間先生になったらしい。
「迷惑な話だが、君等に影響は与えない。普段通り過ごしてくれ。」
(苦労が絶えないな烏間先生は)
そう思いながらミナトは、先ほど烏間が口にした殺し屋屋ロヴロのことが気になっていた。
(殺し屋屋っていうぐらいだからもしかしたら…)
ミナトはロヴロにしばらく目を向けていた。
そして烏間先生をターゲットとした模擬暗殺は、どちらもナイフを当てることなく、午後を迎えていた。そしてロヴロは、烏間先生の実力を見誤り手首を負傷したため模擬暗殺を断念していた。
「お、見てみ渚君あそこ」
カルマが指差す方を見ると、そこでは烏間が昼食をとっていた。
「その烏間先生に近づく女が1人、やる気だぜビッチ先生。」
その様子を見ていたミナトは考えていた。
(ビッチ先生は戦闘向きじゃない、ハニートラップが彼女武器だ。素人程度ならビッチ先生の実力でも殺せるが、相手はあの烏間先生、ビッチ先生の攻撃は通じない。)
「だから結局、色仕掛けだろうね。」
イリーナは上着を脱ぎ、木に寄りかかっている烏間に何か問いかけ、ゆっくりその後ろへと回った。
「じゃ…そっち行くわね。」
烏間はいつも通りの色仕掛けに対して警戒していなかった。だが突然何かに足をとられ、体制を大きく崩した。
ワイヤートラップ しかも色仕掛けでカモフラージュをしていた。教えた事も無い複合技術に、ロヴロは驚いていた。
そしてイリーナは烏間の上を取り対せんせー用ナイフを振り下ろすが、烏間はその攻撃をなんとか受け止めた。
(…しまった‼︎力勝負になっては打つ手がない‼︎どうすれば…)
「…カラスマ、殺りたいのダメ…?」
イリーナの諦めの悪さに烏間は1日も付き合ってられんと手を離し、イリーナの一撃は烏間に当たった。
イリーナのE組残留が決定したことに、E組の生徒達は喜んでいたが、その中にミナトの姿はなかった。
「ちょっと待ってください!」
イリーナの模擬暗殺を見届けたロヴロは、ミナトに声をかけられた。
「どうした?少年…………いや、まさか君は津芽湊君か?」
まだ名乗っていないにも関わらず、ロヴロが自分のことを知っていることに、ミナトは確信を持った。
「母を…津芽美月を知っているんですね…」
「仕事先で何度か顔を合わせたことがある。イリーナも共に仕事をしたことがあったな。」
それからミナトは、顔を俯いたままロヴロに問いかけた。
「…母を…母と妹を殺した暗殺者のこと…何か知りませんか…?」
ロヴロはミナトの問いに少し考えてから応えた。
「俺からその暗殺者のことを聞いてどうする。戦うつもりか?」
ロヴロの言葉にミナトは応えることなく、俯いたままだった。
「その気ならやめておけ、君では彼に殺されるだけだ…」
「そんなのやってみなきゃわからないだろ⁉︎」
ロヴロの言葉にミナトは苛立ちを覚え、歯向かった。
「…烏間から聞いている、君は昔から数々の喧嘩を繰り返してきたそうだな。何故そんなことをした?」
「…喧嘩するのに理由なんてないだろ…」
ロヴロはミナトの顔をしばらく見た後言った。
「君は戦うことをどこか楽しんでいないか?」
「………………………」
ミナトは核心を突かれ何も言えなかった。自覚が無いわけではなかった、確かに喧嘩してる時、気分が高揚していた。ただ、ミナトはそのことを認めたくなかった。自分の母親と被るからだ。
「まずははっきり認めることだ、自分が何のために戦っているのか。」
「考えておきます…」
「それからもう2つ、君の洞察力はなかなかのものだ。相手の動きを数回見れば、ほぼ正確に再現することができる。だが、その動きは君にほとんどあっていない。」
ミナトは姉に言われたことを思い出していた。自分に合った戦い方、ミナトはまだその答えを見つけずにいた。
「そして最後に……君の母親と妹の仇、デュラハンはすでに日本に入国している。」
「……なんで教えたんですか?」
「美月の息子と会えた、それに対する俺からの礼だ。」
そう言って笑うとロヴロはE組を後にした。
ロヴロはミナトのことを考えていた。
(さすがは美月の息子だ。様々な問題点はあるが、克服すればあいつは必ず強くなる。)
ロヴロは歩く足を止め、振り返りE組を眺める。
(美月、お前の息子はちゃんと成長しているぞ。)