鮫島海莉は昔から喧嘩が強かった。小学生の時に空手をやっていたからかもしれないが、彼はただ強い奴と戦うことが好きだった。表沙汰にならない喧嘩を何度も繰り返していくうちに、彼の周りには彼を慕うものが集った。だが彼が欲しかったのは自分を慕うものたちではなく、自分と対等に戦えるものだった。そして、自分を慕うもの達が何者かに2度も敗北したと聞き、彼は久しぶりに強い奴と巡り会えたと思った。
《津芽 湊》
海莉は今、喧嘩の楽しさを思い出しつつミナトの目の前にいた。
「で、喧嘩したいってどういうこと?俺そういうのはもうやめたんだけどなー」
「安心してよ、表沙汰にはしないから。俺はただ君と戦いたいだけだよ」
海莉は笑いながら言い続ける。
「それに君だって喧嘩…戦うの好きでしょ?喧嘩してる君何度か見たことあるから。すごい楽しそうにしてたよねw」
海莉の言っていることは間違っていなかった。ミナトは俯き、少し前のことを思い出していた。
「俺今日、手加減出来ないからね?」
ミナトは指を鳴らし海莉向けて続けて言った。
「俺も久しぶりに楽しませてもらおうかな…喧嘩を」
「そうこなくっちゃねw」
海莉は笑顔で応え、2人は構えた。
飲み物を買い終えた烏間は自分の部屋に戻ろうとしていた時、玄関に数名の生徒が集まっているのを見つけた。
「何をしている?夜間の外出は禁止だぞ」
「あ、烏間先生」
そう言った渚は、申し訳なさそうな顔をしていた。
「あれ見てみなよ」
カルマが外を指さすと、そこにはミナトと見知らぬ生徒がいた。
「彼は、椚ヶ丘中学の生徒か?」
「A組の鮫島海莉、生徒会副会長でもありますよ」
竹林の応えに烏間は疑問を抱くが、それは大きな音でかき消される。音のする方を見ると、ミナト、海莉互いの蹴りつけた足がぶつかり合っていた。
ミナトと海莉は、相手の実力にお互い驚いていた。
(うっそーん、避けることなく同じように蹴りで受け止めやがった)
(やべぇ、こいつ予想以上に面白い!こんな鋭い蹴り久しぶりに見たぞ)
ミナトは一旦海莉との距離を置いた。
「これじゃあいつらが勝てるわけないよなー」
海莉はそう言いながらも距離を詰めつつ、後ろ回し蹴りをミナトの顔めがけて放った。しかし、ミナトはその攻撃を腕でガードすると同時に相手の軸足めがけて蹴りを放つが、海莉は間一髪でかわした。
「いやー、危ない危ないw」
「なかなか強いねー、ならもう少し本気出すよ」
ミナトの言葉に海莉は冷や汗を垂らしながらも笑顔だった。
(あれでまだ本気じゃないっていうんだから、楽しくてしょうがないね)
「今度はこっちの番ね」
ミナトは笑いながら言うと、海莉と同じ後ろ回し蹴りをくりだした。海莉はしゃがんでかわすと、ミナトの腹部めがけて拳を突き上げた。だがミナトは、後ろ回し蹴りをくりだした足を、空中でかかと落としの体制に切り替えた。
(もらった!)
(その足ごと潰してやる!)
「そこまで!」
ミナトと海莉の攻撃を受け止めたのは烏間だった。
「夜間の外出は禁止だぞ?2人とも」
「E組の先生ですか?」
「そうだ。君も早く宿舎に戻りなさい」
海莉は烏間を見て、彼の強さを悟った。
「はーい、またなー津芽 結構楽しかったよ♪」
手を振りながら帰る海莉に、ミナトは何も声をかけられなかった。敗北した訳ではない、ただ誰にも見られたくなかった部分を見られてしまったことに焦りを覚えていた。
「津芽君も中に戻るぞ?」
「…何も…聞かないんですか?俺の昔のこと…」
「申し訳ないが君のことは、こちらで調べさせてもらっている、わざわざ聞くような真似はしないさ」
烏間は少し考えて、ミナトに向けて言った。
「ただ、いつかは話すべきだと思うぞ?君の過去を……たとえそれが彼らの見方を変えようともな」
烏間はそう言いつつ玄関からこちらを覗いている、渚、カルマ、竹林に目をやった。
ミナトはカルマとともに旅館の温泉に入っていた。会話は無くしばらく沈黙が続いていたが、カルマが口を開いた。
「ミナトってあんな喧嘩強いんだね」
「まぁ昔は学校サボって喧嘩ばかりしてたからなー」
笑いながらもミナトはうつむいていた。
「ふーん、まぁ無理には聞かないよ」
カルマは俯くミナトを見ると、笑って言い続けた。
「多分、ミナトの悩みだってあの先生なら正面から向き合う。先生だけじゃなく、俺もそのつもりだし、それは他の奴らも一緒じゃないかな?」
「カルマって思ってたよりもいい奴なのなw」
「えー俺っていつもいい奴だよ?w」
「嘘つけw」
しばらくして温泉から出た2人は浴衣に着替え、男子の大部屋へ戻ると男子が輪になって集まりなにか話をしていた。
戻ってきたミナトとカルマを見て、磯貝は2人に問いかけた。
「いいところに来た、今クラスの男子みんなで気になる女子の集計してたんだ」
「皆言ってんだからお前ら逃げらんねーぞ?カルマお前クラスの女子で気になる子とかいる?」
「…うーん俺は奥田さんかな」
奥田さんはメガネにおさげの女子で、理科の成績がとても良い生徒だ。
「意外だなー、なんで?」
「だってあの人怪しげな薬とか作れそーだし、俺のイタズラの幅が広がるじゃんw」
絶対くっつけたくない2人だな…前原は苦笑を浮かべボソッと呟くと、カルマの隣でジュースを飲んでいたミナトに問いかけた。
「それで津芽は?気になる女子とかいる?」
再び倉橋に言われた言葉が頭をよぎった。
「俺は、速水かなー」
無意識にミナトは、速水の名を口にしていた。
「速水か、流石だなミナトしっかり見てるぜ」
「…そうそう!あのツンデレがいいんだよなー」
ミナトは岡島の発言に慌てて答えた。
(ヤバい、無意識で言ってたのか俺。なーもう!倉橋にあんなこと言われたら気になるだろう!)
ミナトは、今自分が速水に対し抱いてる感情に戸惑っていた。
(俺、速水のこと好き…なの…かな…?)
「皆、この投票結果は男子の秘密な?知られたくない奴が大半だろうし」
磯貝に続いて前原が言った。
「そうそう女子とかましてや先生に知られたら大変だから…」
前原の視線の先には殺せんせーがいた。メモを取った殺せんせーはヌルフフフフフと笑い、マッハでどこかへ行ってしまった。
「………あいつメモって逃げたぞ!」
「逃がすな‼︎絶対殺せ‼︎」
(あの結果が速水に知られたら…)
「待てこのタコ‼︎絶対殺してやる‼︎」
男子全員で殺せんせーを追いかけるが、その中でもミナトの殺気はとても鋭くいつもより増していた。