「さて、何を作ろうかなー♪」
ミナトはそう言いながら、冷蔵庫の中を漁っていた。
「あんま入ってないな…でも、あれとこれとあとは…あったあった。これぐらいあれば作れるでしょ!」
そう言うとミナトはお見舞い組に夜食を作り始めた。
ミナトが鼻歌混じりに調理を始めた頃、暗い顔をしている速水に気づき片岡は声をかけた。
「大丈夫?速水さん」
「あ、うん…大丈夫」
素っ気なく答える速水の表情はいつも通りだった。
「速水さんの気持ち分からなくもないよ?」
「それってどういうこと?」
片岡の言葉に、速水は疑問を抱き問いかけた。
「私も自分のせいで他の誰かを傷つけちゃった時があって…」
少し恥ずかしながらも、片岡は言い続けた。
「まぁ、その子とは今クラスも違うしたまに会ってるからいいんだけど… 相手が同じクラスにいる速水さんは、ちゃんと話たほうがいいと思うよ?」
一瞬いつもとは違う片岡の表情が見えたが、いつも通りの笑顔を見せていた。
「怖いの… 自分の思ってること伝えてどう思われるのか……津芽に……嫌われたくないから」
「大丈夫だよ!」
片岡はその後、殺せんせーをいじる男子達に目を向けると笑いながら言った。
「それに、きっと男子って速水さんが思ってるほど複雑じゃないからさ」
「ほーい、夜食出来たからみんな席つけ〜」
そう言いながら、台所からミナトがどんぶりを持って出てきた。その声に、岡島と殺せんせーは誰よりも早く席についていた。
「ほれほれ、お前らも早く座れ〜」」
「行こう速水さん?」
「ありがとう片岡」
片岡と席に向かう速水はそう言って、誰かに頼るのも悪くないと思っていた。
(あれ?そう言えば速水さんさっき津芽君に嫌われたくないって……)
片岡は速水の先ほどの言葉を思い出すと、普段通りの表情を浮かべる彼女の横顔を目に笑みを浮かべた。
「んで、何を作ってくれたんだい津芽君?」
中村の質問にミナトは、誇らしげに答え勢いよくどんぶりの蓋を開けた
「刮目しなさい!俺が作ったのは…………KO・RE・DA!」
どんぶりの中にはいたって普通の親子丼が入っていた。
「なんだ、ただの親子丼じゃん」
「なんの工夫もない親子丼だね」
カルマと中村の言葉によって痛みを覚えるミナトに、片岡と渚は無意識なうちに追い討ちをかけるような一言を言ってしまった。
「私もよく作るよ親子丼」
「僕もたまにだけど作ったりするよ。てか津芽君、さっきのKO・RE・DAって何?」
「あー今日午前中今まで溜めてたアニメを見てさ、すごい変わってるキャラが叫んでたからつい…」
渾身の料理を作ったとミナト自身は思っていたが、彼らの言葉によりミナトの心はボロボロだった…
「まぁ、食べてくれよ…」
(明らかに元気なくなってるよ津芽君)
渚はしょげているミナトを見て申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ヌルフフフ、それではいただきますか」
お見舞いに来た7人はそれぞれ親子丼を口に運んだ。
「…………かっらーーい‼︎‼︎」
そう言うと岡島は水を求め、台所へ駆け込む。
「にっがー、ミナトこれ何入れたんだよ」
「わたしのもすごく苦いんだけど…」
カルマと中村が食べた親子丼は苦かったらしく、2人は用意された水を一気に飲み干した。
「いやーお前らはそういう味が好きって聞いたからw」
ミナトはそんなカルマと中村を目にニヤニヤしながら答えた。
「津芽君ってなんかカルマ君みたいだね」
「まさか、私たちのも普通じゃないとかないよね…?」
渚の言葉に、片岡と速水は親子丼を食べることに抵抗を覚え箸を止めた。
「あぁ、お前らのはいたって普通の親子丼だから大丈夫だよw」
渚、片岡、速水の三人は、恐れながらも親子丼を口にした。
「あ本当だ、普通の親子丼だね」
「安心して食べられるね」
親子丼を頬張る渚と片岡の言葉に、ミナトは不満を覚えた。
「なんだよー普通とか、安心して食べられるとか、もっと褒め言葉ないのかよ。速水はどう?俺が作った親子丼」
「…美味しい」
ミナトの質問に速水は親子丼の味を噛み締めつつ答えた。
「そっか、サンキュー♪」
「ミナト君、ひょっとして先生の親子丼にも何かいけないものが入っているんですか?」
「殺せんせーのには粉末状の青汁とか、デスソースとか入れてないから大丈夫だよ」
「あの3人がとても可哀想に思えるよ…」
「しかえしはちゃんとしてやらないとね〜w」
渚の言葉に、ミナトは大成功したことを喜びつつ答えた。
「では先生もいただきます………これは……」
殺せんせーはそう言うと、親子丼をどんどん食べ進めた。
「程よい甘さがあってとても美味しいです!」
「それはよかった!ちゃんと完食してくださいね?殺せんせー」
((((こいつの笑顔、絶対裏がある!))))
笑顔で親子丼を頬張る殺せんせーとは裏腹に、ニヤリと笑みを浮かべるミナトを目に渚達は恐怖心を抱いた。
「「「ごちそうさまでした」」」
「はーい、渚と片岡と速水完食ねー。 カルマと中村と岡島の食器はもう下げちゃおうか」
ミナトはどんぶりを持って再び台所へ向かうが、途中速水に声をかけた。
「速水、悪いけど食器洗い手伝ってもらってもいいかな?」
「別にいいけど」
「サンキュー♪」
上機嫌なミナトに対し、速水はいつものクールな表情を浮かべたまま台所へ入っていく。そのころ中村、カルマ、岡島の三人はミナトの思わぬトラップに苦しみ居間でぐったりしていた。
そしてもう1人……
「殺せんせー、早く食べてくれないと困るなー」
台所の方からミナトの声が聞こえた。
「すいません、もう直ぐですから…」
そう言う殺せんせーの親子丼は、全然減っていなかった。
どうやら食べ進むたびに甘さが増していく仕組みだったようで、流石の殺せんせーも食べるのに苦戦していた。
「最初はあんなに美味しく感じたのに、今ではこの甘さが辛い…」
「津芽君ってカルマ君よりもすごいかも…」
「私も、あの二人が協力したらとんでも無いことが起こる気がする」
親子丼に苦しめられる殺せんせーを見て、渚と片岡は2人が組む姿を想像し深くため息をついた。
その頃、ミナトと速水は台所で洗い物をしていた。
「さっきはごめんね、速水」
「え⁈」
「あぶねっ!」
「あっ…ごめん」
突然謝られた速水は思わず食器を落としそうになったが、ミナトが何とかキャッチした。
「いやー、さっき手伝うって言ってくれたのに断っちゃったからさ」
「親子丼トラップのためでしょ?別に気にしてないよ」
「そっかなら良かった。サンキュー速水♪」
「なんで?」
ありがとうと言われた速水は、食器を洗う手を止め少し強めに問いかけた。
「なんでって、気にしてな「そういうことじゃない!」
ミナトの言葉を遮るように、速水は悲しげな表情を浮かべながら言い続けた。
「私が人質に取られたせいで津芽は怪我をした……なのにありがとうなんて言うことないじゃない」
ミナトは少し考えてから笑顔で答えた。
「なんで?」
速水が言ったように、ミナトも速水に問いかけた。
「怪我なら心配ないよ昔から治りは早いし、それに…」
少しの間目を閉じ、ミナトは昔の自分を思い出して答えた。
「少なくとも俺は、速水のおかげで元に戻れたと思ってるよ?」
「私、何もしてないけど?」
「速水がそう思わなくても、俺がそう思ってるんだよ♪」
そしてミナトは、速水の方を向き「だから、ありがとう速水」と言ったあと笑いながら言葉を続けた。
「それに、俺のこと心配してくれたから今日お見舞いに来てくれたんでしょ?w」
「っ! 別に心配してたわけじゃない…から」
速水の発言に笑いをこらえてるミナトに対し、彼女は何も言えなかった。
しばらく経ってから、速水は今まで言えなかった言葉を口にした。
「私の方こそ、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして♪」
その言葉を聞いた速水は顔を俯かせ食器を洗っていたが、ほんのりと笑みを浮かべていた。
彼女の不安も消え、明日からまたミナトを含む3年E組の暗殺が始まる。
しかし……
「先生まだー?みんな帰っちゃったけど?」
「もう少し、もう少しですから……」
殺せんせーの親子丼はまだまだ残っていた……