書きたいことが沢山あっても、時間は只々過ぎゆくばかり。
今回は、これまで断片的に描写されていた、ことりのデュエルです。そのお相手は……。
いつにも増して、ゲストキャラが盛り沢山。むしろゲストに囲まれているという。
それでは、どうぞ!
ミナリンスキーこと南ことりは、秋葉原にて伝説のメイドとして君臨している。アルバイトを始めてから半年も経過していない短期間にも関わらず、だ。
持ち前の容姿や、幼い頃から培ってきたメイドとして必須の献身的な所作が最大の要因…………否。それだけであれば、より長い経歴を持つ者に拮抗したとして、単なる『人気』のメイドとして留まっていたはずだ。
彼女を『伝説』たらしめている要因は、愛らしいメイド服姿から繰り出される【RR】デッキによる殲滅攻撃という、激しいギャップにより生み出されている。
例えば閉店時間が近づいている今、『Yliaster』のデュエル場で行なわれていることりのデュエル。
切り札の1つである
「《
「我は……、ひなたはお姉さまの前で負けるわけにはいかないのだ! ダメージ計算に入る前に、手札から速攻魔法《魔弾-ネバー・エンドルフィン》を発動!
ザミエルの攻撃力・守備力を、ターン終了時まで『元々』の数値の倍にする!」
《魔弾の悪魔 ザミエル》
ATK 0 → ATK5000
DEF 2500 → DEF5000
「ッ! 下げた攻撃力が、5000に!?」
サテライト・キャノン・ファルコンの魔法・罠破壊効果が通用しない、相手ターン中に発動された手札から速攻魔法により、互いのモンスターの攻撃力は逆転。
アメシストとターコイズブルー、二色の眼を持つ軍服の少女は自らの勝利を確信した。
「クククッ。我が魔弾は、衛星兵器であろうと撃ち貫く。可弱き
「速攻魔法、《鈍重》! ザミエルの攻撃力を、『現在』の守備力の数値分ダウンさせます!」
《魔弾の悪魔 ザミエル》
ATK5000 → ATK 0
「言ってる傍から、攻撃力がまた0になったのだ!? ふにゃあああああ!」
《CUSTOMER》LP1200 → LP 0
だが悲しいかな。攻守の数値が全く同じであることが仇となり、大地をも焼き尽くす閃光を浴びた悪魔の姿は跡形もなく消え去るのだった。
◆
「それではお客様、こちら参加賞の300円引きチケットです。お会計時にご提示をお願い致しますね」
「ぐぬぬ……、受け取っておくのだ。しかしこれで終わりだとは思わぬことだ。第2・第3の我が――」
「ひなたさん、行きますよ。次のお客さんも待っているんですから」
「…………はい、お姉さま」
涙目で割引券を受け取った対戦相手は、『お姉さま』と呼ばれた藤色の髪の少女に手を引かれ立ち去っていった。
「ま、また来てくださいね~」
自ら『東方将軍ツァラトゥストラ』と名乗り、既に世界を支配している魔王四天王の1人であると述べていたが、所謂『中二病』と称される残念な子なのだろう。所々垣間見える素のままであれば普通の美少女であったのに、心底もったいないと思う。
2年生になってからというもの、古代エジプトの
「――と、そんなことがありまして。アテムくんやルイさんたちで慣れておいて本当に良かったなぁと」
やがて閉店間際となり客足が途絶えた頃。ことりは残り2人の客である神城優香、そして眼帯の大男へと、一部始終を話してみた。すると……。
「その言葉、そっくりそのままアンタに返ってくるわよ、南」
「全くだ。『冥土送りの隼』である貴様が言えた義理ではないな」
しかし何故か同類扱いをされてしまった、甚だ遺憾である。それどころか最近チラホラと呼ばれ始めた物騒な通り名を出され、空席の拭き掃除をする手の動きがピタリと止まった。
「そういえば最近は南のことをそう呼ぶ人、たまにいるわね」
「冥土送りなんて物騒な呼び方、スクールアイドルとして避けたいんですけど。もしかして貴方が広めたんですか、バレットさん」
「感謝するが良い。勲章は戦士にとって栄誉の証。元・アカデミアの兵士である私を屠っただけでなく、数々の猛者を打ち破る貴様に相応しい勲章であろう」
「別に勲章なんていりません。あと、ギャラクシーアイズ・マウンテンを10杯も注文していますけどお会計は大丈夫なんですか?」
「南、バレットさんに何言っても無駄よ。この勲章おじさんはアタシたちと根本的に感覚ズレてるんだから」
1杯3000円の超高級コーヒーを何度も注文するこの男の名は、バレットという。大火傷を負い失った左目を眼帯で覆っており、その巨躯と屈強な肉体と相まって喫茶店に入る客としてはかなり不釣り合いと言える。
彼はかつて、アテムやイリアステル滅四星とは別の世界のデュエル戦士であり、とある任務から帰還する際に誤ってこの世界へと飛ばされてしまったらしい。それがちょうど半年前の話であり、今は紆余曲折を経て足立区のご当地ヒーローとして、産休に入った前任に代わって活躍する日々を送っている。
犯罪者の検挙率は新参ながら目を見張るものがあるのだが、コーヒーを飲むためだけに仕事を放棄したり、理由は不明だが優香やことりへ執着し過ぎるためか、評価は相殺されてしまっているようだ。
「にしても、『お姉さま』なんて呼ぶってことは、どこかのお嬢様学校にでも通ってるのかしらね。何か聞いてないの?」
「う~ん、デュエルしただけだし、そこまでプライベートなことは聞いてないかなぁ。でも、お嬢様学校に通うような人は秋葉原に来そうもないし、単にそういう『設定』なのかもしれないよ?」
「否定はできないわね。この勲章おじさんは本物だけど」
多種多様なコスプレをした人物が闊歩する街、秋葉原。先ほどの少女は重度の中二病であったため、お嬢様学校を舞台にしたアニメにでも影響を受けた可能性も大いに考えられる。
「……優香ちゃん、バレットさん。少し相談に乗ってもらってもいいかな」
「どうしたの、改まって」
「貴様が我々に相談事とは、珍しいこともあったものだ」
現在、店内に残る客は2人だけ。他の店員も今はホールにいない。それなりに親しい仲である両者へと、『μ’s』のメンバーの前では
「ええ、まぁ。男女の意見をお聞きしたいと思いまして。少し、マハードさんのことで」
「マハードって、あのヒトデ頭に付き従ってるイケメンの精霊よね。へぇ、アンタにも遂に春が訪れたってこと?」
「死してなお王に忠義を尽くす、勲章ものの青年と聞く。いずれ相まみえてみたいものだ」
頬を赤らめ、手を握り締めることりの姿はまさに恋する乙女。
優香とバレットはそれぞれ異なる意味で笑みを浮かべつつ、コーヒーの入ったマグカップに口をつける。ことりは男性から人気のある容姿を持ちながら今まで恋愛事には無縁であったため、その初々しさは新鮮で――
「マハードさん、お尻に興味があるみたいで」
『ぶほぁッ!?』
――揃って盛大に吹き出した。ほとんど残っていなかったおかげで、大して飛び散らなかったことだけが不幸中の幸いか。
「わわわ! だ、大丈夫ですか!?」
「ゲホッ、ゴホッ……! まさかアンタから過程を一気にすっ飛ばして『行為』の相談を受けるとは思わなかったわ……」
「貴様、戦士の身でありながらまぐわうことを考えるなど見損なったぞ!」
そういったアブノーマルな行為が存在することを、全員知識としては頭の中に入っている。優香に至っては、某バカップルにノロケ話として聞かされた後でイベント用の原稿に描いた挙句、自分がルイとしている姿を妄想したことすらあった。
だが、巷で表面上は清楚なメイドとして知られるスクールアイドルの口から飛び出すとは誰が予測できようか。
「こ、行為なんて何言ってるの!? 私は別にマハードさんとそういう関係じゃないよ。ただ、最近マハードさんがお尻をチラチラ見てるのが気になって……」
「それはそれで問題じゃない。詳しく話しなさい。通報するから」
ことりが語る内容は、あの真面目そうな青年からは想像できないものだった。
1つ。数日前、『穂むら』に訪れた客が忘れていったらしい性具を持って、打ちひしがれている姿を雪穂が目撃したこと。
2つ。『お尻』という単語にやたら反応するようになったこと。
3つ。女性の後ろに立つと露骨に視線を外すが、横目で頬を赤く染めながら見ては落ち込むこと。
「性に目覚めたばかりの小学生男子か!」
「勲章剥奪ものだな」
「バレットさん、ちょっと黙っててください」
マハードが主に尽くす忠臣であることは、彼を知る者にとって周知の事実。自らの恋愛ごとも避けてきたのであろうが、いちいち性的なことに反応するのは成人男性として如何なものか。
「今日は持ち主さんにアテムくんと2人で一緒に返しに行ってるみたいなんだけど、無事に帰ってこられるか心配で……」
「『
元の持ち主の性別は知らないが、渡された方は堪ったものではないだろう。何故誰も止めなかったのか、と思わずにはいられない。
「……それよりも南ことり、他の店員は今日も地下に籠もっているのか」
「はい、ルイさんも含めて皆で新しいデュエルシステムの開発中です。さっきアンチノミーさんと話したら、最終調整中だと嬉しそうに言ってました。
優香ちゃんはルイさんから何か聞いてる?」
「科学と魔法を組み合わせた新時代のデュエルシステムって言ってたけど、それ以上のことは特に聞いてないわね」
ことりも最近になって知ったのだが、以前からゾーンたちイリアステル滅四星、天元ルイ、そして外部より訪れている男の手により、新たなデュエルシステムの開発を推し進めているのだという。
ただでさえソリッド・ヴィジョンを駆使したデュエルは、まるで目の前に本物のモンスターがいるかのような
以前より異世界や宇宙の科学力に驚かされてばかりではあったが、ここに魔法などという神秘的な力まで加われば、デュエルが更なる進化を遂げるであろうことは想像に難くない。
「バレットさんはどうですか?」
「詳しいことは特に聞いていない。スタンダード次元で流行していたという『アクションデュエル』の概要を軽く教えたがな」
バレットがいた世界では、実際にモンスターに触れたり乗ったりすることができるリアル・ソリッド・ヴィジョンというシステムが存在したらしい。これを再現するつもりなのか、と彼が責任者へと以前尋ねたところ――
『我等の力を用いれば、不可能ではないでしょう。しかし、従来のソリッド・ヴィジョン以上に危険なシステムを開発することは決してあり得ません。
この世界……いえ、この国に棲まう『神々』を刺激するわけにもいきませんから』
と、即座に却下したそうだ。これを聞いたことりは、開発するための技術を持つこと以上に、『本物の神』が日本に存在することに驚愕した。
「気にはなるけど、ルイさまが関わっているんだから特に問題ないでしょ。それよりもアタシは、ルイさまがあの女子大生みたいな名前の変態オヤジの毒牙にかからないか心配よ」
「き、気持ちはわかるけど女子大生って優香ちゃんそれはちょっと……」
「システム開発に協力している、この世界でも指折りの魔法使いだったな。あの不審者が気に食わないのは同感だが、奴の名前のどこが女子大生に繋がるのだ」
3人の脳裏に、真紅のスーツを着こなす男性の姿が浮かぶ。常にサングラスをかけていて、出身地はおろか本名すらも不詳。ことりが否定しないことからも、怪しい人物という認識は一致していることがわかる。
ただ、バレットはデュエル以外の現代知識に若干疎い部分があるためか、優香の言葉に首を傾げた。
「ああ、それは……」
「女子大生のことを『JD』って略すんだよ、勲章オタクのおっさん」
と、優香の解説を掻っ攫う男性の声が、店の奥より3人の耳に届いた。視線を向けると、そこには声の主を含む3人の男女が立っていた。
「ルイさま、お待ちしてました! こちらへどうぞ、椅子はアタシの身体で温めてあります!」
「座るかぁっ!」
「……俺のことは無視か、優香ちゃん。確かに俺様は変態かもしれないが、その前に自分の変態行動を改めたらどうなんだ」
「ふん、女性に見境のないおっさんと違って、アタシはルイさまを一途に愛しているから何の問題もないのよ!」
「いやその理屈はおかしい。あと俺はまだおっさん呼ばわりされる年じゃねぇ」
サングラスをかけ、端的に言えばチンピラのような風貌をした年齢不詳の男性。人と話す時はせめてサングラスを外して欲しいのだが、誰が言っても頑なに拒否。その理由を本人は、
『これは俺のポリシーだ。こいつを人前で外すことは、人前でパンツを脱ぐことに等しい』
と堂々と述べた。警察に通報するレベルの不審人物である。普通の女子であればまず関わり合いになりたくないだろうが、優香は普段の面子で慣れているせいか全く気負いがない。
席から立ち上がり、自身の体温が残る場所へルイを座らせようとする彼女の奇行も変態行為であることに変わりはないのだが……。
「なぁ『冥土送り』ちゃん、俺はまだまだ若い。キミもそう思うだろ?」
「……ノーコメントです、J.D.さん。あと『冥土送り』はやめてください」
「はいはい、ことりちゃん」
正直ことりはこの男、J.D.のことが苦手だ。一見人を怯えさせる風貌では、アテムやゾーンといった男性陣のおかげでかなりの耐性がついていた。
しかしこの男は非常に女癖が悪いと、本人含め関係者全員が認めている。その代表的な言動は、下記の通り。
――ルイちゃん、『Yliaster』及び『カフェ・ノワール』の女性制服のスカートをもっと短くしないか? 男共の集客率は鰻登り待ったなしだ。
――女の子がデュエルする姿ってのは素晴らしいねぇ。ダメージを受けた時なんか特に目の保養になる。
――ソリッド・ヴィジョンに質量があれば、女の子モンスターと好きなだけイチャイチャできるんだがな。
他にも挙げればキリがなく、両手足の指でも数えきれない。実は店内の撮影が禁止になったのは、彼の変態的な言動・行動が最大の要因となっている。そこまでの問題行動を起こすような人物が世界屈指の大魔法使いなのだから驚きだ。
老後は可愛い孫娘に『おじいさま♪』と呼ばれ懐かれたいと常々言っていたが、そもそも所帯を持てることすら怪しいのではないかと、ことりは考えている。
「私、魔法が一般化されてもJ.D.さんからだけは教わりたくないです。放課後の人気のない資料室とかで押し倒されそうですし……」
「微妙に具体的だな、おい。だが可愛い女の子と2人っきりでイチャイチャしたいってのは男として当然だと思わねーか、バレットの旦那」
「ふん。低俗なことばかり考えている貴様と同類にされては困る。それに、南ことりを屈服させるのはこの私だ」
「その言い方もどうかと思うぞ、俺は」
――魔法。
それは本来であれば1年前には全世界へと周知されるだろうと、J.D.たち魔法使いの間で考えられていた。しかし何らかの力が働いたのか、こうして今も秘匿されたまま。
とはいえ近いうち、場合によっては年内にでも、魔法を含むあらゆる異能の存在が
「店長もお疲れ様です。アンチノミーさんたちはまだ作業中なんですか?」
「いえ。彼等は奥で休んでいます。システムの方も、先ほど複数のルールを用いてテストデュエルを実施しましたが異常は見られませんでした。
むしろ、J.D.に提供された魔法のおかげで当初の計画を上回る出来に仕上がりました」
ズレた口論を続けるJ.D.とバレットを放置しつつ、ゾーンへと声をかける。本当に良いものが出来上がったのだろう、彼の表情はまるで子供のように輝いている。
ことりは既に魔法の才能はないと断言されているが、1人の決闘者として未知の技術を体感してみたいと考えるのは必然といっていい。
「店長、私も新しいシステムでデュエルがしてみたいです!」
「そう言うと思っていましたよ。しかし、まずは彼女たち2人を迎えるのが先ですね」
「え、彼女たち……?」
と、その時。ドアベルの音とともに、2人の女性が店の中へと入ってきた。ラストオーダーの時間も過ぎた時間の入店であるため本来はお引き取り願うところだが、ことりとバレットを除く4人は全く動じていない。
「ルイちゃんと
「え、えと……。ゾーンさんとJ.D.さんも、こんばんは……」
快活な挨拶をルイと優香へと投げかけるのは、羊のぬいぐるみを豊満な胸に
一方、消え入りそうなか細い声を出して縮こまっているのは、金髪碧眼の可愛らしい少女。
ルイやゾーンたちを親しげに呼ぶことから、常連客なのだろうかとことりは推測したが、記憶の中には2人の女性が来店した覚えがない。
「お待ちしていましたよ、
ことりくん、ここにいる人数分の紅茶とコーヒーを。代金は私が持ちます」
「は、はい。ただいま用意します」
「人数多いしアタシも手伝うわよ、南」
その思考は、他ならぬゾーン本人によって遮られた。8人分を店長自らご馳走するとは、喫茶店ではなく個人的な客として対応するということか。いったい、どのような間柄なのであろうか。
◆
「ねぇ優香ちゃん、さっきの女の子たちと店長たちって、どういった知り合いなの? J.D.さんみたいに、魔法のような力を持ってるとか……」
「それはないわね。少なくとも玖音さんや琴吹は、アタシや南と同じ普通の人間よ」
「えっ」
「おいこら何よその反応」
普通の人間、というのが魔法や超能力を持たない者だと言うのなら確かに優香の言葉は正しい。しかし年上ロリに心酔し、やや被虐趣味のある少女は『変態』というカテゴリーに入るのではないだろうか。
「まぁいいわ、どういった知り合いかって話よね。アタシも経緯までは知らないけど、おとなしい方、琴吹ヒカリっていうんだけど、あの娘の首にチョーカーがついてたでしょ。アレはルイさまとゾーンさん、ついでにJ.D.がプレゼントしたって話よ。
それに、例のシステムを運用する上で重要なテスターとも言ってたかしら」
「チョーカー? 言われてみれば……」
うろ覚えではあるが、確かに金髪の少女の首には黒いチョーカーが巻かれていたような気がする。一切の装飾がないシンプルなものだったため大して気に留めていなかったが、あの3人が関わっているのなら何らかの機能が施された発明品であるのかもしれない。重要なテスター、というのも興味を惹かれる。
「あとは、そうね。もう1人のおっぱいが大きい方は……」
「優香ちゃんも凄く大きいと思うんだけど」
「アタシのことはどうでもいいの。とにかく、玖音さんには気をつけなさい。あの人は中々の曲者よ」
最初に感じた件の女性に対する印象は、『あどけなさが残る大人の女性』だ。男女問わず誰もが虜になるプロポーションと微笑みには思わず目を奪われたが、ことりは彼女のことを全く知らない。悪人ではないのであろうが、年上・異性問わずあまり物怖じしない優香が警戒心を抱く、というのは気になった。
「あ、そうだ。1つ気になったんだけど、その玖音さんって人、優香ちゃんの名前を1回呼び間違えてたよね」
「しょっちゅうよ、わざとらしいレベルでね。あの2人と同じ学校に、
「へ、へぇ~……」
優香によく似た女の子、と聞いた途端にことりの表情が引きつる。世の中には自身と似た人物が数人いるという迷信があるが、同性愛者気味のそっくりさんが存在するとは。
「ねぇ南、アンタ今失礼なこと考えたわね?」
「な、なんでもないよ~……」
思考をあっさりと見透かされ、ことりの視線があちこちへ泳ぐ。
ただ、詳しく聞けばそっくりなのは声と見た目だけらしい。若葉という女の子に対して失礼なことを考えてしまった自分自身を内心で叱咤した。
「ほら、さっさと淹れて戻るわよ。向こうでは待ちきれなくてデュエルを始めているみたいだし」
「本当だ、この声はバレットさんかな。でも、ちょっと苦戦してる……?」
ホールへと耳を傾けると、優香の言う通り小さな爆音とライフの変動音が聞こえてくる。野太い男性の声も混じっていることから、バレットが戦っているようだ。もう片方の声は女性、今話に出た玖音彩乃のもの。
その後人数分のコーヒーと紅茶の他、クッキーの盛り合わせを持ってホールに戻ると、ちょうどデュエルが終わったばかりらしい。バレットが床に膝をつき、対する彩乃はご機嫌に鼻歌を歌っている。結果は聞かずとも明白であった。
「バレットさんが、負けた……!?」
彼は以前、デュエル戦士として数多くの戦場を潜り抜けてきた実績を持つと聞いている。この世界に着た際に持っていたカードをほぼ全て紛失し、デッキの内容が大きく様変わりして戦い辛くなったと言うが、簡単に敗北するほど
事実として存在していても、ことりにとっては信じ難い光景。優香が気をつけろ、と警告していたのは玖音彩乃が持つデュエルの腕ということなのだろうか。
「戻りましたか、ことりくん。丁度良い頃合いです」
「あ、ミナリンスキーちゃんだ~♪ 私、デュエルして喉乾いちゃったんだよね。いっただきま~す!」
「玖音さん、もう少し遠慮を……」
ゾーン、そして彩乃を皮切りに、各々へコーヒーと紅茶を手渡していく。ついでに持って来たクッキーはことりが普段から作っているものであり、彩乃たちもよくお土産として購入していたらしい。自分と同学年だというヒカリもお菓子作りが趣味のようで、気が合いそうだと感じていた。
「バレットさん、随分と機嫌が悪そうですね」
「ギャラクシーアイズ・マウンテンを飲んでいなければ、余計に気分を害していたところだ」
またも大好物の朝高級コーヒーを飲み続けるバレットであるが、その顔は普段以上に仏頂面。今回の敗北は、彼にとって余程屈辱的なものだったらしい。繰り広げられていたデュエルの内容が非常に気になる。
「いったいどのようなデュエルを…………ッ!?」
意を決して聞こうとした瞬間に感じた、得体の知れない気配。そちらへ顔を向けると、当事者である玖音彩乃がことりへと熱い視線を注いでいた。
この感覚は知っている。ついさっきJ.D.が自身へと向けていたのと同一のものだ。
「ことりちゃん、可愛いなぁ~。
お持ち帰りしてい~い?」
「ふぇっ!?」
彩乃は翠玉色の瞳を爛々と輝かせ、両手をわきわきさせながらにじり寄ってくる。まるで性欲旺盛な男(特にJ.D.)のような動きに、ことりの心臓がかつて無いほどに
「そこまでです、玖音くん。あまり『私の』従業員にちょっかいを出さないで貰いましょうか」
「ゾーンの言う通りだぜ、彩乃。むしろ俺がちょっかい出したい」
「む~、ケチ~!」
が、そこへゾーンの腕が2人の間に割って入り、不可視の力によって玖音の身体が後方へと引っ張られた。おそらくJ.D.が魔法を使ったのだろう。言葉の内容のせいであまり安心はできなかったが。
「わかったでしょ、南。この人は綺麗な顔してJ.D.以上のセクハラをかましてくるのよ」
「け、経験あるんだね。J.D.さんも十分エッチな人だけど」
「セクハラじゃないもん! J.D.さんと違って、私は可愛い女の子が大好きなだけだよ!」
「お前ら、さっきから容赦ねぇな。つーか彩乃よ、『もん』とか自分の
突如彩乃が放つ殺気に、空気が凍りつく。大の大人であるはずのJ.D.が、銃口を突きつけられたかのように震え上がっていた。
「ん~? 年が、何かな~? 私高校3年生。選挙権はあるけど、まだまだ子供だよね~?」
「はいはい、そーですねー」
女性に体重や年齢の話をするのは厳禁と言うが、彼女は普通以上に敏感らしい。口ぶりからして既に成人しているようだが、決して訊かないようにしようと、ことりは堅く心に誓った。
しかしどうしても気になってしまうのは、新たなデュエルシステム。早く体感してみたくて仕方がない。
そんな心の疼きを見破ったのか、ルイはニヤリと笑みを浮かべ、1つの提案を出してきた。
「ふふっ。そわそわと落ち着かないな、ことり。我等が作り上げたデュエルシステムを体感してみたくて堪らないという気持ちを隠しきれていないではないか。
ならば今すぐ体感してみるか?」
「え、いいんですか? 相手はやはり、琴吹さんですか? 重要なテスターだと聞いていますし」
先ほどプレイしたいと意気込んでいたものの、欲望が剥き出しのようで気恥ずかしくなる。
「えっと……。せっかくのお誘いは嬉しいんですけど、最初は他の人がデュエルするところを見ているというのは、ダメでしょうか?」
「一応ヒカリちゃんのフォロー入れておくけど、部活でも見学に回ることが多いだけで、別にデュエルするのが嫌いってわけじゃないよ?」
「そういうことなら、まぁ。でしたら相手は……」
ヒカリは奥手な性格なのだろう。そもそもデュエルが嫌いまたは苦手であるならば、ゾーンたちと接点を持つとは考え難い。
しかし、ヒカリでないのなら対戦相手は誰になるのだろうか。順当に行けば開発陣の誰か、ゾーンたちと考えるのが妥当であろう。優香やバレットでも良いが、何れも普段から矛を交えている者ばかり。
どうしたものかと考えあぐねていると、
「はい! 私、ことりちゃんとデュエルがしたいで~すっ!」
余程ことりが気に入ったのか、新システムによるデュエルに興味があるのか、はたまた両方か。彩乃は既にデッキとデュエルディスクを取り出し、臨戦態勢だ。
「いいんじゃねーの、ことりちゃん。俺は決闘者じゃねーし、他の連中とは頻繁にヤってんだろ? 新しい場所で『初めて』同士の方が、面白いと思うがな」
「微妙に卑猥な言い方、やめてくれません?」
J.D.の言葉選びはどうにかして欲しいが、まるで心を読んだかのような内容自体はことり自身認めざるを得ない。加えて、彩乃とヒカリが訪れる前から新システムに触れたいと申しておいて、今更相手を選り好みしていてはあまりにも失礼にあたる。
「……わかりました、そのデュエルお受けします。よろしくお願いします、玖音さん」
「うん、よろしくね~!」
「決まりですね。それでは2人とも、このカードをお受け取りください」
そう言ってゾーンは懐から2枚のカードを取り出し、それぞれことりと彩乃へと手渡す。
裏面はデュエルモンスターズと変わらず、表面は魔法カードと同様の体裁。しかし、そこにはテキストは一切記されておらず、カード名とイラストのみが描かれていた。
「『
「それはシステムを起動するために必要な鍵、例えるならばゲームのディスクまたはカートリッジといったところでしょうか。
まずはデュエルディスクに差し込んでください。地下に設置してあるサーバーとの接続が始まります。その後は画面の指示に従って頂ければ大丈夫です」
「ふ~ん、略してデュエジェネ? 語呂悪いね」
言われた通りにカードをディスクへ挿入すると、液晶画面にも『Duelist Generation』のタイトルが表示され、データのインストールが始まった。確かにテレビや携帯機でプレイするゲームのようだ。
そして意外にもインストールの時間は短く、1分足らずで次の指示、『プレイヤー名を登録してください』と表示された。
(でも、これじゃあ普通のインターネットデュエルのような……)
PCとデュエルディスクを接続した、全世界の決闘者との対戦を可能とするインターネットデュエル。アテムやにこが利用している様子をことりは度々見かけることがある。今続けている手順は、それを彷彿とさせた。
(名前は、無難に『ミナリンスキー』でいいかな)
にこ曰く、プレイヤー名の登録はよく考える必要があるらしい。『ラビー』や『Lilith』といったシンプルなものならば問題ないが、『モーニング吉野』や『珍魂奇魂甕津雷媛神』といった名前を設定しようものなら、後に必ず恥をかくことになるのだとか。話し方からして、にこは後者を経験したことがあるのかもしれない。
こうした出来事を思い出して一瞬迷ったが、よくよく考えてみれば相手は既に目の前。特に凝る必要性も感じられず、普段使用している名前を使うことにした。
古い芸人みたいな名前をつけたり、初見で読ませる気のない漢字を使ったりするなど、あまりにも恥ずかしすぎる。
「南ことり、決してあの女には油断するな」
「バレットさん? 気にかけてくれるのは嬉しいですけど、元から私は全力を尽くすつもりですよ。
……あの人、J.D.さんみたいな雰囲気がちょっと怖いですし」
「ならば良い。貴様も【RR】を操る決闘者として、必ずや勝利を収めてみせよ」
名前の登録を終えたタイミングで、コーヒーを飲み終えたらしいバレットから声がかけられた。実戦経験が豊富だという彼が未だ険しい表情をしていることから、改めて玖音彩乃という女性の実力の高さが伺える。
「も~! ことりちゃんも勲章オジサンも、もっと楽しく行こうよ。ほら、名前の登録が終わったらデッキをセットするだけみたいだし、早く早く!」
子供のように駄々をこねる彩乃に対し、バレットは鼻を鳴らして睨みつける。しかし普通の少女であれば震え上がる憤怒の形相も、彼女に対しては無意味のようだ。むしろ彼の近くに座っているヒカリの方が涙目になっていた。
「は、はい。お待たせしてすみません」
ことりが改めて視線をディスクへ移すと、確かに『最終ステップ。デッキ・エクストラデッキをセットしてください』と表示されている。面倒な手順が特に無いのは助かるが、随分と簡単な初期設定だと思わずにいられない。
指示通りにデッキとエクストラデッキを収納し、『登録完了』の表示が現れ、即座に消える。その代わりに浮かび上がったのは、システム起動の確認ボタン。
「準備は終わったみたいだな。俺たちの叡智と情熱の結晶――」
「『Duelist Generation』を存分に味わってきてください」
「さぁ、今こそ飛び込むのだ! 新たな世界がそなたらを待っているぞ!」
何やら不可解な言葉選びに首を傾げずにいられないが、彼等の勢いに押し切られ、画面をタッチする。同時に画面中央に浮かび上がる文字と、発生した電子音声。これに対し、ことりと彩乃は反射的に答えを返していた。
――Are You Ready ?
『Yes!』
その瞬間、デュエルディスクから閃光が放たれた。あまりの眩しさに目を開けていられず、意識を手放しそうになってしまう。
そして――
◆
「…………え?」
目を開くと、彼女は彩乃とともに秋葉原の駅前に立ち尽くしていた。
見慣れているはずの街並み。しかし、断言できる。今の状況は明らかにおかしいと。
――なぜ、自分はメイド服を着たまま駅前まで移動しているのか。
――なぜ、夜のはずなのに眩い陽射しで照らされているのか。
――なぜ、人の気配が感じられないのか。
ことりは普通の女子高校生よりも、多くの不可思議な体験をしてきたと自負している。だが、今の状況はその比ではない。きっと彩乃も同じように困り果てているはず――
「うわぁ、すっごいね~」
「え?」
と思いきや、彼女はキョロキョロと周囲を見渡して感嘆の声を漏らすだけであった。
頭上になぜか浮かぶ『たれしーぷ』という緩そうな単語、そして先ほどとあまり変わらぬ口調のせいか、ほんの少しだけ気分が落ち着いてくる。
「うふふっ。やっと2人っきりになれたね、ことりちゃん♪」
「ッ!!?」
訂正。やはり危険だ。ことりは貞操の危機を感じ取り、全速で後ずさる。
「冗談だよ、冗談。それよりもここでデュエルすればいいんだよね、私たちディスク着けたままだし」
「そうかもしれませんが、自分たちの状況すら把握できていないのはちょっと……」
非常識な人たちと関わることが多いとは言え、改めて自分は常識的な思考をある程度保っているのだと改めて実感する。デュエルをするのは良いが、まずは何が起きているのかを説明して欲しい。
そんな思考が漏れ出たのかは定かではないが、2人のデュエルディスクから男性の声が発せられた。
《期待通りの反応を見られて面白かったぜ、ことりちゃん。ようこそ、『Duelist Generation』の世界へ!》
「この声は、J.D.さん!? いったい何が起きたんですか! まるで意味がわかりませんよ!」
ことりからはJ.D.の姿を見ることはできないが、口調からして自分たちが慌てふためく姿を彼は見ているらしい。デュエルディスクの集音機能により、優香とヒカリが狼狽する声も聞こえてくる。
《何が起きた、か。簡単に言えば、2人の意識は今、ゲームの中に存在している》
「げ、ゲームの中!? それじゃあ、私たちの身体はどうなっているんですか!」
「エッチなイタズラし放題!? もぅ、エッチ~!」
とあるテレビ番組の中で『幽体離脱』の特集があり、肉体から離れた自分自身の意識がそれを見下ろしているシーンを視聴したことがある。もしも今似たような状況にあるというのなら、2人の肉体は横たわっていることになる。
彩乃の言う通り、J.D.のような男に好き勝手
《ことりくん、心配は無用です。ログイン中の決闘者の周囲は特殊な防壁で覆われているため、外部から干渉されることは一切ありません》
《だが、角度によってはスカートの中をじっくり鑑賞…………させてくれよ、ルイちゃん》
《させぬわ! 貴様のような輩がいることを見越して、360°不透明の防壁にしておいて正解だったのだ》
それなら安心(?)だ。他にも話を聞いてみると、デュエルディスクには『Duelist Generation』特有の機能が追加されていることがわかった。
まずは全く異なる形式のルールを選択できる、というもの。今までもことりたちが経験しているデュエルのルールを『マスターデュエル』と呼称し、他には『ライディングデュエル』『アクションデュエル』『スピードデュエル』というデュエルがこの空間限定で行なえるという。
この中でも『ライディングデュエル』は以前ゾーンたちから内容を少しだけ聞いたことがあるが、バイクに乗りながらのデュエルなど危険極まりない。場所の確保も不可能であり、確かにゲーム空間の中でしかできないルールと言えるだろう。残る2つも通常のデュエルよりも遥かに危険なのだろうと察せられた。
そして最も重要な、ログアウト機能。デュエル中で無ければプレイヤーの意志で自由に元の世界へ意識を戻すことが可能だと言う。また決闘者の精神が耐えきれないほどのダメージを負った場合は強制的にログアウトされるらしいが、あくまでも保険であり、まず起こることはないだろうとゾーンは語る。
「それじゃあ始めようか、ことりちゃん。今までにないルールもやってみたいけど……」
「琴吹さんのデュエルも控えていますし、ここは普段と同じルールがいいと思います」
特殊な空間の説明だけでも時間がかかっているのに、3種類のデュエルのルール説明までしていては時間がいくらあっても足りない。
それに、アンチノミー曰く『ライディングデュエル』では通常のデュエルとは全く異なるデッキ構築の必要が生じるという。ゲーム空間の中でのデュエルに慣れるためにも、せめてデュエルのルールは普段通りにしておく方が無難であろう。
「ルールを『マスターデュエル』に設定っと」
「手札を5枚ドローして…………えっ?」
ことりたちが初期手札を5枚引いた直後、普段のデュエルとは異なる現象が発生する。彩乃の頭上、『たれしーぷ』というおそらくプレイヤー名の真下に、『LP:4000』『DECK:55』『EX DECK:15』『HAND:5』という4種の情報が出現したのだ。また、視線を少し下へ向ければ、デュエルフィールドが淡く表示されている。
(でも、これがずっと表示されているのは邪魔になるかも……あ、消えた)
どうやらプレイヤーの意志によって情報の表示・非表示を切り替えることが可能のようだ。この様子なら、各カードの情報もわざわざデュエルディスクを操作せずとも確認することができるのかもしれない。
「なるほど、ゲーム空間でのデュエル特有の親切設計ってわけだね。さてと、準備はいいかな?」
「はい、いつでも大丈夫です」
まるで本物の世界と錯覚するように、一陣の風が彼女たちに吹き付けた。そして一瞬の静寂がたった2人だけの世界を包み込み――
『デュエル!!』
ことり LP:4000 DECK:60
彩乃 LP:4000 DECK:60
――戦いの幕が、切って落とされた。
◆
「先攻は貰うよ、ことりちゃん! 私は、手札5枚全てを伏せてターンエンド!」
「ぜ、全伏せっ!?」
システムによって自動的に決定された先攻・後攻。どのような戦術を繰り出してくるのか、と思う間もなく彩乃のターンが終了してしまう。モンスターを一切見せず、5枚のカードを伏せただけという思い切った行動には警戒心を抱かずにいられない。
(今日は2回続けて魔法・罠カードに特化したデッキ相手になるだなんて……)
昼間に戦った【魔弾】使いの中二病少女も、タイプは違えど魔法・罠カードを巧みに操る決闘者であった。
こうした相手と戦う際は慎重に立ち回り、時には大胆に攻め込む必要がある。中途半端な行動を取れば、たちまち相手の術中にはまってしまうからだ。信じたくはないが、バレットはカウンター戦術に翻弄された末に破れてしまったのだろうか。
(それに、こんな時に限って手札事故。下級モンスターが1枚も初手に無いなんて……)
《ハーピィの羽根帚》や《局所的ハリケーン》といった贅沢は言わずとも《サイクロン》の1枚でもあれば良かったのだが、それ以前に今のことりの手札は下級モンスターが一切存在しない。高速エクシーズ召喚のために数多く投入されているにも関わらず、だ。
「? どうしたの、ことりちゃん。あなたのターンだよ?」
「す、すみません。……私のターン、ドロー!」
(ッ! これなら!)
ドローしたカードは、幸い下級モンスター。ことりは迷わず、それをフィールドへと繰り出した。
「私は手札から、《
《魅幽鳥》
☆4 闇属性 鳥獣族 ATK1300
複数の人魂に囲まれた、純白の渡り鳥。大して攻撃力が高いわけでもないが、『中央』へ召喚されたことによって相手の出方を伺う役割を果たすことが可能となる。
「《魅幽鳥》、か。確かそのモンスターは、自身が存在するメインモンスターゾーンの位置によって4種類の効果を使い分けられるんだったね」
「その通りです。今、このモンスターは『相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない』という効果を得ています」
ちなみに、残る3つは下記の通り。5枚もの伏せカードが待ち構えている今、いずれも『中央』に配置するより優先するには至らないものばかりだ。
左端 :攻撃力・守備力が1000ポイント上昇
右端 :モンスターへの2回攻撃
その他:同じ縦列に存在するモンスターの効果発動封じ
仮に《神の警告》などのカウンター罠で召喚自体を無効にされれば耐性は意味を為さなかったが、展開の起点でもなく、戦闘破壊が容易な下級モンスターに対して使うことはまずあり得ない。
よって、除去を気にせずに攻撃を行なうことが可能となった。
「バトルフェイズ! 私は《魅幽鳥》で、玖音さんに
「甘いよ! その攻撃宣言時、罠カード《神風のバリア -エア・フォース-》を発動! 相手の攻撃表示モンスターを、全て持ち主の手札に戻す!」
どれほど強力なカード・戦術であっても、完璧なものは存在しない。対象を取らない『破壊』以外の除去であれば、《魅幽鳥》の耐性をすり抜けることができるのだ。
しかし、それを超えるための
「それなら私はエア・フォースにチェーンして、手札の速攻魔法《スワローズ・ネスト》を発動! 自分フィールドの鳥獣族モンスターをリリースすることで、同じレベルの鳥獣族モンスターをデッキから特殊召喚します!」
強烈な神風が吹き荒れる中、白鳥が突如姿をくらませる。
除去を受けるのは、あくまで攻撃表示のモンスター。守備表示でモンスターを出してしまえば、場ががら空きにされてしまうことは無い。
「あらら。エア・フォースで出鼻を挫いちゃおうと思ったけど、失敗かぁ。だったら次のターンのために、準備を整えないとね
《スワローズ・ネスト》にチェーンして、チェーン3! 永続罠《オルターガイスト・プロトコル》を発動!
チェーンはあるかな、ことりちゃん?」
「……いえ、ありません」
効果の説明もせずにチェーンの確認。返答をしつつ、ことりは眼前にカードの情報を呼び出す。
『カード効果の確認をしたい』と思考するだけで自在にカードデータが表示されるシステムの利便性に感心しつつ、罠カードの効果を確認していく。どうやら現時点では特に効果を及ぼすことは無いようだ。
(発動条件が無くて、ダメージステップ以外だったらいつでも発動できる永続罠か。後で厄介になりそうな効果だけど、このタイミングで発動したってことは……)
任意のタイミングで発動できるとは言え、現時点で効果を発揮しないカードを使うなど、普通はしない。戦術を晒した上、除去の的を絞りやすくしてしまうからだ。だが彼女の一見無意味な行動も、時として重要な意味を持つ。
「それじゃあ、チェーン4! 罠カード《積み上げる幸福》を発動! このカードはチェーン4以降にしか発動できないけど、カードを2枚ドローするよ」
「やっぱり、チェーンカード!」
『チェーンカード』とは、その名の通りチェーンの数に関連する効果を持つカードの総称。たった今彩乃が使用した《積み上げる幸福》は、自力で発動条件を満たそうとすればかえってカード消費の方が激しくなってしまうことも多い。
(私がエア・フォースを何らかの方法で躱すことを想定していた? ……まさか、ね)
意表を突かれてしまったが、ことりが発動した《スワローズ・ネスト》が無効化されたわけではない。今できるのは、自分のデュエルに集中することだけ。
「何も無いなら、チェーン処理に移ろっか。まずはチェーン4の《積み上げる幸福》の効果で、カードを2枚ドロー。
チェーン3の《オルターガイスト・プロトコル》は、ことりちゃんが確認した通り今は単に発動しただけだね」
「では、次にチェーン2の《スワローズ・ネスト》の効果処理ですね。私はリリースした《魅幽鳥》と同じ、レベル4の鳥獣族モンスター《RR-トリビュート・レイニアス》をデッキから守備表示で特殊召喚します!」
《RR-トリビュート・レイニアス》
☆4 闇属性 鳥獣族 DEF400
自律行動の小さな兵器を携えた、機械族と見紛うかのような
「そして最後にチェーン1のエア・フォースの処理だけど……」
「トリビュート・レイニアスは守備表示。よって、その効果を受けることはありません。
私はバトルを終え、メインフェイズ2へ移行します」
全てのカード効果の処理が終了し、静寂が訪れる。戦闘ダメージを与えられなかったが、まだデュエルは始まったばかり。ことりも次のターンに備えて、準備を整えていく。
「私は3枚のカードを伏せます。そしてトリビュート・レイニアスの効果発動! このモンスターが召喚・特殊召喚に成功したターンのメインフェイズ中に1度だけ、デッキから「RR」カード1枚を墓地に送ります!
墓地に送るカードは、《RR-ミミクリー・レイニアス》!」
模倣・擬態の名を持つ百舌鳥がデッキから抜き出され、墓地へと送られる。南ことりが操る【RR】のコンボは、ここから始動するのだ。
「続けて、ミミクリー・レイニアスの効果発動! このカードが墓地へ送られたターンのメインフェイズに自身を除外することで、デッキから「RR」カードを手札に加える!
その効果で《RR-ファジー・レイニアス》を手札に加え、自身の効果で特殊召喚します!」
ファジー・レイニアスは、自身の場に他の「RR」モンスターがいれば、手札から特殊召喚できる効果を持つ。その効果を発動『する』ターンは「RR」以外のモンスターを特殊召喚できなくなるが、現在彼女のエクストラデッキはほぼ「RR」しか存在しないため、影響力は小さい。
「これでレベル4のモンスターが2体、か」
「行きます! 私は、ファジーとトリビュートの2体でオーバーレイ! ライト・エクストラモンスターゾーン解放!
――エクシーズ召喚! ランク4、《RR-フォース・ストリクス》!」
《RR-フォース・ストリクス》ORU 2
★4 闇属性 鳥獣族 DEF2000
鋭利な鉤爪を輝かせる、冥府の猛禽。その守備力の高さと特殊能力から、ことりのデッキにとって非常に心強い存在だ。
「フォース・ストリクスの効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ使うことで、デッキから鳥獣族・闇属性・レベル4のモンスター1体を手札に加えます。
これにより《RR-ブースター・ストリクス》を、そして今墓地に送ったファジーの更なる効果で、同名カードを手札に加えてターン終了です!」
《RR-フォース・ストリクス》
ORU 2 → 1
トリビュート・レイニアス1枚から、エクシーズモンスター1体と2枚の手札の確保。これこそが【RR】の定番コンボの1つ。
壁モンスターと伏せカードで準備を整えたことりが、ようやくターンを明け渡す。互いに次のターンへ備える、といった嵐の前の静けさは、現実世界からデュエルを見守る者たちも感じ取っていた。
「玖音さんの伏せカード5枚に対して躊躇なく攻め込むなんて、南さんってけっこう大胆な人なんですね」
「そうかしら?
この場にいるのはヒカリ、優香、ルイ、バレットの4人。店内に設置されたモニターで、ことりたちのデュエルを観戦しているのだ。
J.D.がゾーンに連れられて制御室へ向かったため、現在の男女比は3:1。だが、彼が持つ存在感の強さによって偏った比率はほとんど感じられない。
「バレットよ、そなたは今の状況をどう見る?」
「奴が手札に加えた《RR-ブースター・ストリクス》は、「RR」が相手モンスターの攻撃対象となった時、自身を手札から除外することで攻撃モンスターを破壊する。
仮にカード効果での除去を狙おうとしても、伏せた3枚のうち何れかで防ぐ。一見盤石の布陣、だが――」
融合次元のブラックリストに載る決闘者が操る、【RR】デッキ。これを研究し続けるバレットだからこそ、今の布陣が非常に強固であることを十二分に理解している。
ただ、彼はつい先程ことりが相対する決闘者に敗れたばかりだ。
(奴のデッキは変幻自在に攻撃を躱し、堅牢な壁をすり抜けてくる。南ことり、貴様には実体を持たぬ幽霊の如き戦術を捕らえられるか?)
互いの手の内が、少しずつ晒されていく。勝負が動くのは、このターンから。4人の視線が集まる画面の中で、第3ターンの幕が上がる。
◆
「私のターン、ドロー! このままメインフェイズに移行して、手札から《オルターガイスト・メリュシーク》を攻撃表示で召喚!」
《オルターガイスト・メリュシーク》
☆1 水属性 魔法使い族 ATK500
フランスの伝承に登場する蛇女「メリュジーヌ」のような名を持ち、人魚姫にも似た姿をした下級モンスター。
攻撃力だけを見れば単なる弱小カードに過ぎないが――
「メリュシークの効果は…………ッ!?」
「バトル、行っちゃうよ! 私は《オルターガイスト・メリュシーク》で、ことりちゃんに
――エクトプラスターッ!」
不気味な笑い声を上げながら放たれた、水色の光弾がことりへと真っ直ぐに向かって行く。フォース・ストリクスをすり抜ける攻撃に対し、手札に呼び込んだモンスターの効果を使うことは封じられてしまっている。
だが――
「
メリュシークの攻撃力をターン終了時まで600ポイントダウンさせます! よって、私が受ける戦闘ダメージは0です!」
《オルターガイスト・メリュシーク》
ATK500 → ATK 0
聖なる衣が魔女を包み込み、その攻撃力を奪い去る。戦闘ダメージは回避できたが、このカードは本来たった500ポイント分の直接攻撃を防ぐために使うようなものではない。ことりにとっては、自身のモンスターをカード効果から守るために使おうという算段であったのだ。
しかし、メリュシークの効果の前ではどうしても使わざるを得ない。
「あらら。これじゃ『戦闘ダメージを与えた時に、相手フィールド上のカード1枚を墓地に送る』効果が使えないね。
メインフェイズ2に移行して、魔法カード《ルドラの魔導書》を発動。魔法使い族のメリュシークを墓地に送って、カードを2枚ドローしちゃうよ」
これで再び彩乃のモンスターゾーンはがら空き。だが、元よりメリュシークの攻撃力は非常に低く、攻撃表示で残したところで相当なダメージを受けるだけ。新たな手札へと変換した方がマシ、という判断なのだろう。
「メリュシークの更なる効果に繋げる、という目的もあるんですよね?」
「あったり~! メリュシークは墓地に送られた場合、デッキから「オルターガイスト」モンスターを手札に加えることができる。
この効果で《オルターガイスト・シルキタス》をサーチして、
またしても魔法・罠ゾーンにカードが5枚。ことりは彼女の戦術を、豊富な
大型モンスターが相手であればより強大な力を発揮することりのデッキにとってはあまり相性が良いとは言えないが、手がないわけではない。
今すべき行動は、完全に相手のペースに飲まれる前に、攻め続けること。
「私のターン、ドローッ! まずはフォース・ストリクスの効果を――」
「おっと、その効果は使わせないよ! メインフェイズに入る前に、私は罠カード《導爆線》を発動!
同一線上に存在するカード、フォース・ストリクスを対象として破壊する!」
ことりから見て、右側に位置するエクストラモンスターゾーン。その直線上に存在していた伏せカードがスタンバイフェイズに発動された。それは発動条件を満たしにくく、かなり癖のあるカード。
《導爆線》の効果を発動するためには、同一線上にカードが存在しなければならない。そのため、狙ったカードを破壊することは難しい。
しかし新マスタールールへの移行によって、エクストラデッキから呼び出されるモンスターは基本的にエクストラモンスターゾーンにしか特殊召喚できないため、的を絞りやすい。
使いこなせば、コストを支払わずにカードを破壊できる強力なカードになり得るのだ。
だが――、
「タイミングを見誤りましたね! 私は、《導爆線》にチェーンして
自分フィールドの「RR」エクシーズモンスター1体をランクアップさせて、新たな「RR」を特殊召喚します! フォース・ストリクス1体で、オーバーレイ・ネットワークを再構築!」
破壊される寸前、
「レフト・エクストラモンスターゾーン、解放!
まだ見ぬ勇猛な隼よ! 猛き翼に秘めし未知なる力、今ここに知らしめよ! ランクアップ・エクシーズ・チェンジッ!!」
――現れて、ランク5! 《RR-エトランゼ・ファルコン》!!
《RR-エトランゼ・ファルコン》ORU 2
★5 闇属性 鳥獣族 ATK2000
梟から、より気性の荒い猛き隼へ。まだ見ぬ世界へ届くように、ことりのモンスターは進化を目指す。
「へぇ、これも躱すんだ。流石は伝説のメイド、ミナリンスキーちゃん。こうでなくっちゃね」
「不本意ながら、『冥土送りの隼』とも呼ばれていますから。そう簡単にはやられません!」
電脳空間内の秋葉原を舞台にした2人のデュエルは、今ここに新たな局面を迎える――。
~今回の登場人物まとめ~
『ラブライブ!』より、南ことり
普通じゃない人に囲まれる、冥土送りの隼ちゃん。
『遊戯王5D's』より、ゾーン(遊星)
来年のコレパで時械神が揃ったらデュエルする予定。
『遊戯王ARC-V』より、バレット
シンクロ次元から融合次元に戻ったつもりが、別の場所に飛ばされた挙句帰れなくなった。
獣闘機のOCG化はまだですか……?
『中の人などいない!』より、天元ルイ&神城優香
ルールが変わっても、パワーがあまり衰えない2人。
『オトメ*ドメイン』より、飛鳥湊&大垣ひなた
付き合って1年以上経つ、見た目は完全に百合カップル。湊くん可愛い。
『サキガケ→ジェネレーション!』より、J.D.
本編の1年後設定。グランドエンドはお預け状態。
『花咲ワークスプリング!』より、玖音彩乃&琴吹ヒカリ
祈ルート経由でAfter通過済み。
この世界、どれだけの異能が溢れているのやら。
バレットでさえ分類上は普通の人間……あ、『決闘者』だったか。
今回の話の冒頭で【魔弾】が出てきましたが、カードの位置をやたら描写しなければならないデッキを書くのは中々に難しそうですね。
《魅幽鳥》や《導爆線》の箇所、描写がわかりにくかったら申し訳ございません。
それでは、次回も宜しくお願い致します。
この投稿から24時間後、ゆずソフトの最新作が発表されるそうですね。
わくわくが止まりません。