ラブライブ!DM   作:レモンジュース

42 / 58
 いよいよ、μ's最後の1人・希の初デュエルです。
 アテムとのデュエルの機会は別で確保しているため、今回の対戦相手はコラボ先のヒロインの1人。
 デュエルする機会はそう何度も作れないため、やりたいことを詰め込んだ結果、お互いに現実を遥かに逸脱したデュエルとなっております。
 今回は、その導入部分。

 スピリチュアル巫女 VS 宇宙人

 それでは、どうぞ!



颯爽登場、銀河美幼女!

●その銘柄はギャラクシーアイズ・マウンテン

 

 

 

 喫茶店『Yliaster』の営業時間は、9時から20時までの。近辺に位置する競合店と比べれば、若干短めだ。そして現在時刻は19時30分を少し過ぎた頃。従業員はビル内の各所で閉店準備を進めているところである。

 平日半ばということもあって客は既に残っておらず、ホールの2人も作業の手を止めない程度の雑談に興じていた。

 

「……ふぅ」

「お疲れのようですね、パラドックス。辛いなら今日は早めに上がっても良いのですよ」

「問題ない。どの道残り30分程度なのだから、今更上がったところで大して変わらんさ。そもそも我等は全員このビルで暮らしているのだから、落ち着いて休むこともできん」

 

 2人のうち1人、テーブルの拭き掃除をしていたゾーンはパラドックスへと提言する。2時間ほど前にデュエルを行なってからというもの、黒白の大男は動きが普段に比べて鈍くなっていたのだ。

 1年近くこの仕事を続けているプライド故か、疲労状態を客の前に見せることは無かったものの、閉店間際の今では流石に隠しきれなくなっているようである。

 

「しかし攻撃力132800ポイントを叩き出し、貴方ほどの決闘者を疲労困憊にさせるとは。流石はキング・オブ・デュエリストと言うべきでしょうか。是非ともこの目で見たかったものです」

「キミがサボること無く真面目に勤務していたのなら、立ち会わせてやることも出来たかもしれんがな。自業自得というものだ」

 

 巨大なデュエル場があるとはいえ、あくまで此処は喫茶店。特に人通りの多い秋葉原で経営している以上、個人情報の漏洩に関しては一層注意しなければならない。

 従業員の撮影が禁止されていることと同じく、客を撮影することも原則禁止されている。そのため、日々実施されているイベント風景を記録に残すことは出来ないのだ。

 また、先ほどのパラドックスのデュエルは対戦相手とギャラリーのどちらも知人。SNSなどを通じて外部に漏れることは無いだろうと彼等は考えた。

 

「ところで、ルイくんと優香くんはアテムたちの元へ向かったそうですね」

「ああ、我等のデュエルを随分と気に入ったらしい。私と同様に疲労が溜まった彼の見舞いに行きつつ、可能であれば一戦交えたいと言っていた。今頃は天元か神城のどちらかがデュエルをしている筈だろう」

「ほう。それは……」

 

 是非とも見に行きたいものです、とゾーンは懲りずに呟く。当然ながら閉店後も店長としての雑務が残っているため、乗り込むことは不可能だ。

 それきり、2人の間で交わされる会話は開発中のカードに終始した。この世界に来てからというもの、4人が所持していたカードはテキストが書き換えられ、ゾーンに至ってはほぼ全てが消失する始末。そこで今は、カードテキストに若干の差異はあるが少しずつ復元を進めているところなのだ。

 

「先週《時械神メタイオン》の復活には成功しましたが、やはりダメですね。神の力を失った今の私では、残る時械神や《女教皇の錫杖》などを作ることは現状出来ません。

 暫くは不動遊星とほぼ同じ【ジャンク】デッキを使うしかないでしょう」

 

 ゾーンはふと窓の外に視線を向け、夜空を眺める。しかしここは大都会の中。綺麗に見える星はほぼ存在しない。

 

(ですが彼女のデッキとデュエルであれば、デュエルフィールドは大いなる宇宙と化す。アテム、そして彼の仲間はルイくんのデュエルを見て何を思うのでしょうね)

 

 

 

 そして今。件の少女たちは、高坂家のすぐ近くまで訪れていた。

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻。高坂家の1階部分、『穂むら』のレジ前では少年少女が談笑していた。

 

「はい、希先輩。今日もほむまんサービスしちゃいますねっ」

「ありがとう、穂乃果ちゃん。せやけど一人暮らしのウチにとっては、やっぱりちょっと多いなぁ」

 

 東條希は、穂乃果から饅頭1パック(5個入り・税込み648円)を受け取り、感謝しつつも苦笑い。売れ筋商品であり、『μ’s』のメンバーからも美味しいと評判のお菓子であっても、少女が1人で食べるには苦労する量であった。

 しかしスクールアイドルとして十二分な運動量をこなしているからか、夏服の上からでも腹部が余分に出ているようには見えない。逆に一般的な高校生に比べて非常に発育の良い一部分に、穂乃果も雪穂も羨望の眼差しを向けていた。現在は店の奥で明日の仕込みをしている父母からも常々視線すら集めていたことからも、どれだけ規格外であるかが伺える。

 

「せやけど、ホントにええの? 夕飯をご馳走になるだけやのうて、お土産まで貰ってもうて」

「気にするな、東條。大した問題じゃないさ!」

「アテムさん、それは居候が言っていい台詞じゃないと思う」

 

 あまりの図太さに忘れがちだが、アテムは居候の身。本来は謙虚であるべきなのだ。出会って間もない頃、どうしてそこまで偉そうに出来るのかと雪穂が尋ねた時は、

 

(ファラオ)だからだ!』

 

 としか答えてくれなかったことをよく覚えている。1週間前にマハードに尋ねた時も同じ答えが返って来た。アテムに比べれば数百倍まともな彼も、基本的には主に甘いのだ。

 因みに、そのマハードも帰宅後は姿を見せていない。姉曰く、

 

『攻撃力132800ポイントも出しちゃったから、マハードさんを実体化させたり、《ブラック・マジシャン》を使ったりするための魔力(ヘカ)が足りないんだって』

 

 とのこと。聞かされた直後に『え、なんて言ったの?』と鈍感系主人公スキルを発揮した雪穂の反応は至って普通のはずだ。

 

 それはともかくとして今触れるべきは、どのような理由があって希が高坂家の夕飯に呼ばれていたのか、ということだろう。

 きっかけは、以前希が『μ’s』を取材するために高坂家を訪れた日の帰り際。やや形の悪く通常の売り物として出すには厳しい和菓子の詰め合わせをお土産として穂乃果の母が手渡した時のことだ。

 家族で食べるにはやや多い程度の量だったのだが、『気持ちは嬉しいけれど、量が多すぎて食べきれない』という答えが返って来た。詳しく話を聞いてみると、希はマンションで一人暮らしをしているという。なるほど、それならば詰め合わせを受け取ったところで消費期限までに食べ切ることは難しいだろう。

 その話を聞いた穂乃果は、もし都合が良ければ偶に高坂家で夕食を摂らないかと提案した。彼女としてはその場の思いつきであり、大勢で卓を囲った方が楽しいだろうという考えであった。

 しかし、希を含めて誰一人異を唱える者はいなかった。こうした経緯があって、希が時折高坂家に訪れるようになったのだ。賛成した中には当然雪穂も含まれているが、つくづく姉の周囲には良い心を持つ人が集まるものだと、本人さえ自覚のない魅力に感心したものである。

 

「とにかく、ご馳走になってばかりはウチも申し訳ないし、今度来る時はウチもおかずを持って来ようかな」

「おぉ、それは楽しみ! 希先輩って料理上手ですし、お母さんもきっと喜びます!」

「ち・な・み・に、アテムくんが大好きな『オカズ』も良ければ用意してきてもええで? むふふ……」

「へぇ、俺の好物がターメイヤだとよく知ってたな。流石だぜ、東條!」

 

 

 

『……』

 

 

 

 ここぞとばかりに放たれた希の下ネタに対する返答に、絶句する本人と雪穂。もしもマハードがいたならば、頭を抱えていたかもしれない。

 

「アテムくん、ターメイヤって?」

「ああ! それはソラ豆のコロッケ。俺の故郷では超有名な料理だぜ!」

 

 一方アテムと穂乃果は何事もないようなやり取りを繰り広げ、次第に希の顔は真っ赤に染まっていった。

 

「……雪穂ちゃん。この手のネタをスルーされると、めっちゃ恥ずかしくなるね」

「いえ、むしろ高校生にもなって意味を理解できないアテムさんとお姉ちゃんの方が問題あると思いますよ」

 

 女子中学生の雪穂が理解していることはともかく、改めてこの男女は『そういう関係』にはなりそうもないだろうと認識させられる。2人に『ABC』の意味を訪ねたとしても、ユニオンモンスターのことだろうという答えが返ってくるに違いない。もっとも、だからこそ理事長を含めて学院全体が同棲を黙認しているのだが。

 

(ウチが気にしてもしゃーないけど、こんなんで世継ぎを作れるんやろうか)

 

 呼吸を整え、幾分か気持ちを落ち着けながら彼の将来を内心で心配したところで、

 

 

 

「ぼんそわーる、邪魔するぞ」

 

 

 

 店の戸が開き、幼い少女の声が希たちの耳に届いた。

 そこに立っていたのは、数刻前にアテムたちが喫茶店の地下で出会ったばかりの2人。

 

「えっと……。確か天元さんと、神城さんですよね?」

「うむ。覚えていてくれて光栄だ、高坂穂乃果。そしてアテムや東條希も、さっきぶりだな」

 

 あどけない笑顔で頷き返す金髪の少女、天元ルイ。幼い見た目でありながら実は大学1年生だとは、先ほど聞かされていても未だに信じられない。背後で恍惚としつつ、両手に持ったバッグを揺らす赤髪の少女、神城優香も相変わらずだ。

 

「……ねぇ、お姉ちゃん。この人たちは?」

 

 唯一面識のない雪穂は、小声で穂乃果に問う。初対面の人を前にして普段の声量を出すわけにもいかない、という配慮ももちろんある。だがそれと同じくらいに、子犬のようにポニーテールを左右に振る少女にドン引きしているが故の反応であった。

 

「ふむ、そなたは高坂穂乃果の妹であったか。余の名は天元ルイ、こう見えてもこの中で1番年上のおねーさんだ」

「あたしは神城優香、高2よ。よろしくね、妹さん」

「えっと、私は、その……、高坂雪穂です」

 

 丁寧に自己紹介をする2人に対し、やや萎縮気味に挨拶を返す雪穂。距離が近かったせいか仕方ないのかもしれないが、小声を聞かれてしまったことを恥じているようだった。

 と、ここで希は小さな違和感を抱く。

 

「? 何よ、人のことジロジロ見て」

「いやぁ、ちょっと気になったんやけど……。アテムくんやことりちゃん相手に強気に出たり、天元さんを慕っとる時と違って、雪穂ちゃんには随分と対応が柔らかいなぁって」

 

 厳しくもことりを思いやっていたことから、根は優しい人物であることはわかっていた。それでも、ルイに過剰な愛情を向ける『変態』という印象が強かっただけに、意外だったのだ。

 

「あ~、やっぱり露骨だった? あたしにも年の近いリアル妹がいるからかしら。店でも年下相手には少し甘くなっちゃうのよね」

「つまり、神城さんは『百合属性』プラス『妹好き』っちゅう――」

「あ゛? 喧嘩売ってんの?」

 

 本人が自称した通り、表面上での態度の変化がかなり激しい。年上相手でも全く物怖じしていない。

 

「落ち着くのだ、優香。まずはここに来た最初の目的を済ませねばならぬのだからな。さぁ、例のものを出すのだ」

「うっ……。すみません、ルイさま」

 

 ルイに促された優香が、カバンの中から水筒と瓶を1つずつ、そして紙コップを取り出す。アテムに手渡された瓶の方は茶色の粉末が満たされており、側面には英語で製品名が表示されている。いわゆるインスタントコーヒーであった。

 

「これはアテム、そなたへ見舞いの品として持って来たコーヒー、『ギャラクシーアイズ・マウンテン』のインスタントだ」

「あ、この香り……。もしかして、さっきアテムくんのデュエル中に飲んでたコーヒーと同じですか?」

「然様。非常に香り高く、宇宙で最も美味な豆であると余は確信しておるのだが、まずは試しに飲んでみると良い」

 

 そうして各々に手渡される、少量のブラックコーヒーが注がれた紙コップ。夜中にコーヒーを飲んだら眠気が覚めてしまいそうだと思ったが、穂乃果も希もルイが美味しそうに飲む様子を見て気になってはいた。

 雪穂も眠気覚ましにコーヒーを飲む時は砂糖やミルクを入れるのだが、普段飲むものよりも遥かに良い香りに惹かれ、そのまま口をつけていた。

 

「あ、美味しい……」

「ブラックだからやっぱり苦いけど、他のコーヒーに比べると飲みやすいかも」

「これなら、穂乃果ちゃんに貰った饅頭の甘さとちょうどええかもしれへんなぁ」

 

 穂乃果、雪穂、希の順に、揃って高評価を述べる。気が付けば、息を吹きかけながら残りを全て呷っていた。

 その一方で、アテムは硬い表情かつ無言で少しずつ飲み続けている。

 

「もしや、そなたはコーヒーが苦手であったのか? それならそうと言ってくれれば後日菓子を用意してくるのだが」

「いや、別に苦手なわけじゃない。むしろ美味い。このコーヒーの名を聞いた瞬間、以前の世界で何度か飲んだ『ブルーアイズ・マウンテン』を思い出しただけさ」

 

 アテムは語り始める。かつて彼の好敵手(ライバル)が愛飲していたコーヒーの銘柄が『ブルーアイズ・マウンテン』というものであり、これとよく似た香りと味であったのだと。テレビCMでも大々的に宣伝したらしく、キャッチフレーズは――

 

 

 

 ――社会人の諸君! 『レッド・アイ』を飲むくらいなら、『ブルーアイズ・マウンテン』を飲むがいい! フハハハハッ!!

 

 

 

「いやちょっと待ちなさいよ。お酒とコーヒーを比べるのは何かおかしくない?」

 

 それどころか、高校生がCM内で酒の名を出すのも問題があるのではなかろうか。

 

「でも、このコーヒー本当に美味しいですね。天元さんのお店でも出してるんですか?」

「その通り、『ノワール』だけでなく『Yliaster』でも裏メニューとして提供しておる。今度店に来る機会があれば、淹れたてを飲ませてやろう。初回サービスとして定価の半額――」

 

 

 

 ――1杯1500円だ!

 

 

 

『ゑ?』

 

 3人の少女の声が重なり、同時に紙コップを持っていた手が震え出す。

 半額で1500円ということは、本来1杯3000円で提供していることを意味しているのだから。

 

「変やな……。ウチ、ちょっと眩暈がしてきたわ」

「き、奇遇ですね希先輩。私もです……」

「うぅ、道理で美味しいわけだ……」

 

 現在、アテムの手元にある『ギャラクシーアイズ・マウンテン』の瓶。インスタントといえど、通常の10倍近い価格で販売するコーヒーの粉末。幾らで販売しているものか、予想するのも恐ろしい。

 

「ふふっ。予想通りの反応を見せてくれて嬉しい限りだ。……しかし、そなたはあまり驚かないのだな」

「ああ。『ブルーアイズ・マウンテン』も1杯3000円だったから、よく似た名前のこれも同じだと思っていた。だが、やっぱり少し苦いな。ミルクでも貰おうか」

 

 ドン引きする穂乃果たちのことを気にせず、アテムは2杯めを要求する。元々は瓶も併せてタダで提供しているものではあるが、喫茶店で注文すればこれで6000円。先ほど『Yliaster』でルイが建て替えてくれた会計とほぼ同じだった。

 

「……本当に態度でかいわね」

(ファラオ)だからな!」

「はいはい王様」

 

 喫茶店で働く者の(さが)なのか、優香は文句を言いつつも慣れた手つきで紙コップにコーヒーとコーヒーフレッシュを注ぎ、使い捨てのマドラーでかき混ぜる。なお、発生するゴミは持参したビニール袋に入れていた。

 

「このコーヒーは本当に気に入ったぜ。

 ところで天元、アンタはさっき『最初の目的』と言っていたな。他にも用事があって来たんじゃないのか? まぁ、大体察しはつくがな」

「やはり気付いておったか。もう1つの目的は、キング・オブ・デュエリストのそなたが考えている通りだ」

 

 そう言ってルイが取り出したのは、40枚は軽く超えているであろう厚さのデッキ。なるほど、彼女は先のパラドックスとの激戦を目の当たりにしていた。異世界からやって来た実力者に挑もうとする気持ちは、決闘者であれば当然のこと。

 

「決闘者である以上、挑まれたデュエルには必ず応えるのが流儀。アンタが凄腕の決闘者だということも、隠しきれない殺気だけでわかっているつもりだ。だが、生憎今の俺は……」

「承知している。来る前から半ば予想していたが、精霊を表に出せないほどに消耗しておるのだな。もしも回復していれば気兼ねなく挑んでいたところだが、今日はやめておこう。

 また次の機会に、『全力』のそなたと戦いたい」

「すまないな」

 

 気にするなと言う少女に対して、アテムは心底申し訳なさそうに唇を噛む。もちろん体力を消耗しているからといって全くデュエルが出来ないわけではない。しかし、ルイが対戦相手として彼に求めるのは、自ら強調した通り《ブラック・マジシャン》やマハードを駆使する本来の力。今は諦める他ない。

 

「だが、せっかくここまで来てコーヒーを渡すだけで帰るのも勿体無い。それに、よく考えてみれば余だけがアテムのデュエルを見ているのも不公平だ。

 そこでそなたにデュエルを挑もうと思う。受けてはくれぬか、東條希よ」

「え、ウチですか?」

 

 未だ1杯3000円の衝撃を受け止めきれていいないからか、指名された希の反応は一瞬遅れる。だが、彼女も決闘者の1人。表情を引き締めると、小さな年上の少女に応えるためカバンからデッキを取り出した。

 

「……わかりました。実を言うと、ウチも天元さんが放つ普通やない雰囲気がちょっと気になってたんです。そのデュエル、受けて立ちます」

「ほう。『μ’s』の者のことは既に多少調べていたが、やはりそなたは只者ではないようだ。くくくっ、これは面白いデュエルになりそうだな」

 

 高い実力を持つ者同士が戦う時、始まる前から空気は微かに震えるという。少女が小さな体躯から放つ威圧感は、デッキを取り出してから徐々に肥大化しており、今では部屋全体に充満するほどであった。

 対する希も、ルイの覇気に怯む様子を欠片も見せない。それだけで彼女が持つ精神力の強さが窺い知れる。

 さて、そんな2人が戦う舞台はどこになるのか。十分な広さを確保したいところではあるが、20時近い今、家のすぐ外で行なうという選択肢はまずあり得ない。対してテーブルの上、または穂乃果か雪穂の部屋ではあまりにも狭い。

 

 その問題を解決する(すべ)を、高坂家ではつい先日導入していた。

 

「希先輩、天元さん。良ければお店の飲食スペースを使って下さい。机と椅子を端に寄せればそれなりの広さになりますし、この前防音工事もしたばかりなんです。だよね、アテムくん」

「ああ! 穂乃果のオヤジが、俺たちが学校に言っている間に改装してくれたんだぜ!」

「……ここ、和菓子屋よね」

 

 和菓子屋の中でデュエルが出来るように工事を、しかも半日足らずで施すという行動は『あり得ない』と一蹴する者も少なからずいるだろう。しかし、デュエルモンスターズは政界・財界・アイドル界に並ぶ地位を確立している。ならば当然、デュエルのための設備を整えることこそ『当然』と言われて然るべきなのだ。

 もっとも、一個人が出来る範囲を逸脱していることは確かであるのだが。

 

「それはありがたいが、良いのか? 押しかけた余が言うのも変な話だが、既に閉店時間は過ぎているではないか」

「あ、それなら気にしなくて大丈夫ですよ。私やお姉ちゃんたちもたまに閉店後に使ってますし、準備と後片付けをちゃんとやれば構わないってお父さんは言ってましたから」

「ほう。ならばお言葉に甘えさせて貰うとしよう」

 

 念のため店の奥にいる父母に確認を取ると、雪穂が言った通り両者は快く了承してくれた。父の方は普段と変わらず無言であったが。

 その後すぐに机と椅子を折り畳んで壁際に寄せると、先ほどの地下空間に比べれば遥かに狭いものの、小中学校の教室の半分程度のスペースとなる。そして2人の決闘者は各々のデュエルディスクにデッキを差し込み、対峙した。

 

「さぁ、優香よ! デュエル開始の宣言をするのだ!」

「わっかりました、ルイさま!」

 

 ハイテンションな優香の横に立つアテムは、直前に用意したコーヒーカップに、貰ったばかりの粉末とお湯を注ぎつつルイの方へ視線を向ける。

 

(『ギャラクシーアイズ・マウンテン』、か。まさか、奴のエースモンスターは……。それにしても、このコーヒーは本当に味も香りも素晴らしいな)

 

 静かに気持ちを昂ぶらせる彼とは逆に、徐々に姉妹の顔が青く染まっていく。やがて赤髪の少女がポニーテールを揺らし、右手を高く振り上げて高らかに宣言した。

 

「デュエル、開始ィイイイイイッ!」

 

『デュエルッ!!』

 

希 LP4000 DECK:60

ルイ LP4000 DECK:60

 

 

 

●希VSルイ

 

 

 

「先攻はウチみたいやな。まずは魔法カード《カップ・オブ・エース》を発動! このカードは2分の1の確率で、ウチと天元さんのどちらかがカードを2枚ドローする手札増強カードや」

「ほう、いきなりギャンブルカードを使うか」

 

 小アルカナの1つ、金の聖杯(カップ)が描かれたカードが希の頭上に出現し、高速回転を始める。正位置を示せば発動者の希へと、禁止カード《強欲な壺》と同等の恩恵を与える。しかし逆位置を示せば3枚分のディスアドバンテージを齎す。

 

「あいつ、勇気あるわね。確率は2分の1だけど、ここで逆位置が出ればただでさえハンド・アドバンテージで勝るルイさまがより優位に立つっていうのに」

「神城、アンタの言うことは尤もだ。だが、東條は必ず成功させるぜ」

 

 通常のドローを禁じられている先攻プレイヤーが手札を増やすには、《カップ・オブ・エース》はコストも発動条件もなく手っ取り早い。しかし、運に左右されるカードであるが故に大抵の決闘者は使用を敬遠する。

 

「ウチの運命力は、常に満ち満ちている。よって、止まるのは当然正位置や! カードを2枚ドロー!」

 

『ッ!?』

 

 宣言通り、カードは正位置で静止する。成功と失敗の確率が半々と言えど、余裕綽々な希の所作に対して2人の少女は目を見開いた。だが、アテムたち残る3人は特に驚く様子を見せない。

 

「驚いた? 希先輩って、この手のギャンブルカードは必ず成功させちゃうんだ」

「……必ずって、それズルじゃないの?」

「あはは、やっぱり初めて見たらそう思っちゃうよね。だから希先輩も、ギャンブル特化のデッキは使わないようにしているんだって」

 

 ギャンブルカードの乱用を避けているからといって、《カップ・オブ・エース》の効果を必ず成功させるというのは《強欲な壺》を3枚もデッキに投入可能だということを意味する。そのような芸当が出来る決闘者は、彼女を除いてどれだけいようか。

 

「手札が増えたところで、ウチはスピリットモンスター《荒魂(アラタマ)》を通常召喚するで!」

 

 《荒魂》(スピリット)

 ☆4 闇属性 悪魔族 ATK800

 

 希の場に召喚されたのは、赤き半透明の浮遊体。それは荒ぶる魂の名の通り、恐ろしい形相でソリッド・ヴィジョンの火の粉を辺りに撒き散らす。

 

「スピリットモンスター……。ほとんどが特殊召喚を行なえず、召喚・リバースしたターンには手札に戻ってしまう思いデメリットを抱えるモンスター群であったか」

「せやけど、その代わりに強力な効果を持つモンスターが多いのも特徴や。《荒魂》が召喚に成功した瞬間、効果発動! デッキからスピリットモンスター《和魂(ニギタマ)》を手札に加える!」

 

 通常、デッキから手札に加えたり墓地からカードを回収したりする効果を持つものは、レベルや攻守(ステータス)に制限をかけているものが多い。しかし、《荒魂》はスピリットモンスターであればその制限はない。

 

「低速なデッキであるが故に許された特殊能力、ということか。だが、そなたはもう通常召喚の権利を行使してしまった。エンドフェイズには《荒魂》が手札に戻り、モンスターゾーンはがら空きになってしまうぞ」

「心配ご無用やで、天元さん。ウチは手札から魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その枚数分新たにカードをドローする!」

 

 良くない手札を引き直す手札交換を始め、様々なコンボを生み出す強力な魔法カード。希の発言から、墓地にカードを送ることが目的であることは明白。

 両者は互いの手札5枚を墓地に捨て、引き直す。その際、希もルイもそれぞれの墓地に何のカードが送られたのかを確かめることを忘れない。

 

 

 

 希が捨てたカード

 《和魂》

 《和魂》

 《ネクロ・ディフェンダー》

 《アマリリース》

 《先史遺産(オーパーツ)コロッサル・ヘッド》

 

 

 

 ルイが捨てたカード

 《RUM(ランクアップマジック)-アージェント・カオス・フォース》

 《光波鏡騎士(サイファー・ミラーナイト)

 《光波異邦臣(サイファー・エトランゼ)

 《太陽の戦士》

 《フォトン・スレイヤー》

 

 

 

「えー……」

 

 瞬間、雪穂の口から間の抜けた声が漏れ出る。どちらも《手札抹殺》がなければ大事故は免れない初手ではあるまいか。

 

「ここで《和魂》の強制効果を発動! ウチのフィールドにスピリットモンスターが存在する場合に墓地へ送られた『時』、カードを1枚ドロー『する』!

 墓地へ送られた《和魂》は2体、よって2枚のカードを引かせて貰います!」

 

 《和魂》(スピリット)

 ☆4 光属性 天使族 ATK800 / DEF1800

 

「しかし余の《光波異邦臣》の効果も発動している。このカードが墓地へ送られた『場合』、デッキから「サイファー」の名を持つ魔法・罠カードを1枚手札に加えることが『できる』!

 これにより、罠カード《光波防輪(サイファー・ビット)》を手札に加えさせて貰おう!」

 

 《光波異邦臣》

 ☆1 光属性 魔法使い族 ATK 0 / DEF 0

 

 チェーンの逆順処理に従い、ルイの手札には罠カード1枚が、希の手札には2枚のカードが加わった。通常《手札抹殺》を発動したプレイヤーは必然的に手札が1枚減るのだが、結果的にはむしろ1枚増えている。なんとも奇怪な光景だ。

 

「仕上げに入るで。ウチは《手札抹殺》で墓地に送った《先史遺産コロッサル・ヘッド》を除外して、モンスター効果発動!

 ウチのフィールドに表側攻撃表示で存在するレベル3以上のモンスター、《荒魂》を裏守備表示に変更!」

 

 《先史遺産コロッサル・ヘッド》

 ☆4 地属性 岩石族 ATK800 / DEF1600

 

 遥か昔の文明が残したと言われる巨大な頭部の石像。その瞳が発光すると、荒ぶる魂は単なるカードへと姿を変えてしまった。

 

「裏守備表示にすることで、スピリットモンスターのデメリットを打ち消したか。しかも、リバースすることで《荒魂》の効果を再発動も狙っておるのだな」

「ご名答。ついでに、ウチは裏守備となった《荒魂》を対象に、《ネクロ・ディフェンダー》の効果を発動! このモンスターを除外することで、対象モンスターは次の天元さんのターン終了時まで戦闘で破壊されず、《荒魂》の戦闘によって発生するウチへのダメージも0になる!」

 

 《ネクロ・ディフェンダー》

 ☆2 闇属性 悪魔族 ATK 0 / DEF 800

 

 巨大なドクロの頭部から、頭部や2本の腕を生やす悍ましい悪魔。その念が裏守備となった《荒魂》を守護する盾となる。

 

「最後に、3枚の伏せ(リバース)カードをセットしてウチのターンは終了や」

「ならばこのタイミングで、余は《手札抹殺》で墓地へ送られた《光波鏡騎士》のモンスター効果を発動させて貰おう。

 このモンスターは墓地へ送られたターンのエンドフェイズに、デッキから「サイファー」カード1枚を手札に加える。異邦臣(エトランゼ)よりもタイミングは遅いが、この効果はモンスターも選択可能。

 よって、余はモンスターカード《光波翼機(サイファー・ウィング)》を手札に加える!」

 

 《光波鏡騎士》

 ☆4 光属性 戦士族 ATK 0 / DEF 0

 

 ルイの手札に新たなモンスターが加わったことで、彼女の手札は7枚。普通に考えれば後攻のプレイヤーが持つ数としてはあり得ない。使用タイミングによっては相手にもアドバンテージを与えてしまうのが、《手札抹殺》のデメリットである。

 この魔法カードを多用するアテムも、いつの間にやら用意した煎餅をかじりながら、互いの戦況を分析する。

 

「東條は相手に余分な手札を与えてしまったが、裏守備となった《荒魂》が《ネクロ・ディフェンダー》の効果で守られているため、戦闘ダメージを受けることはない。

 更に3枚の伏せ(リバース)カード、これは中々に強力だぜ」

 

 スピリットモンスターの弱点を回避しつつ、手札と場を潤わせる完璧な布陣。これに対して小さな少女はどう挑んでくるのか。その内なる疑問に対する答えは、彼の横から返って来た。

 

「ふん、甘いわね。《カップ・オブ・エース》を必ず成功させる強運には驚いたけど、大宇宙の力を秘めたルイさまのデッキの前では小細工なんて通用しないってこと、すぐに思い知ることになるわよ」

「何だと?」

 

 特殊な召喚法を用いずに強固な壁を築いた希の手腕には、穂乃果も雪穂も舌を巻いていた。しかし優香も、そして対戦相手のルイさえも、一切動じる様子を見せない。まさか、手札には逆転のコンボが完成しているとでも言うのか。

 そんなアテムたちの不安を現実にするかのように、金髪の少女は不敵な笑みを浮かべつつ、デッキからカードを引き抜いた。

 

「余のターン、ドロー! 手札から魔法カード《調和の宝札》を発動! 手札から攻撃力1000のチューナーモンスター《ギャラクシーサーペント》を捨てることにより、カードを2枚ドロー!

 続けて、魔法カード《トレード・イン》を発動! 手札からレベル8モンスター《星間竜パーセク》を墓地に捨てることで、再びカードを2枚引く!」

「手札交換を、2回連続で……!?」

 

 この2枚の魔法カードを使ったところで手札が増えることはないが、デッキは確実に圧縮されていく。それ故に、狙ったカードも手札に加えやすくなる。

 

「……来たか。余は魔法カード《蛮族の狂宴LV(レベル)5》を発動! このカードは、余の手札・墓地からレベル5の戦士族モンスターを2体まで、効果を無効にして特殊召喚する!」

「ッ! アカンな……」

 

 下準備なしでこの魔法カードを発動する場合、基本的には呼び出せる範囲は手札に限定される。よって合計3枚の手札を消費してしまうのだが、希は《手札抹殺》の効果でルイの墓地に送られたカードを記憶していた。

 

「何も発動するカードがないなら、効果処理に移らせて貰おう。余が特殊召喚するのは《手札抹殺》で墓地に送られていた《太陽の戦士》と《フォトン・スレイヤー》だ!」

 

 《太陽の戦士》(Seal)

 ☆5 光属性 戦士族 ATK2100

 

 《フォトン・スレイヤー》(Seal)

 ☆5 光属性 戦士族 ATK2100

 

 日輪の光を以て闇を討つ戦士と、長大な剣を用いて敵を切り裂く光子の戦士。どちらも裏守備の《荒魂》を屠る攻撃力を誇るが、《蛮族の狂宴LV5》によって特殊召喚されたモンスターは、このターン攻撃に参加することは不可能。

 しかし、2体の戦士が持つ属性は『光』。これが示す答えに、デュエルを見守る雪穂の額から冷や汗が流れた。

 

「これで余のフィールドにはレベル5の光属性モンスターが2体揃った。だが、まずは永続魔法《セイクリッドの星痕》を2枚発動する!」

「やっぱり、天元さんの狙いは『あの』エクシーズモンスター……!」

 

 同名の永続魔法が2枚発動されると同時、ルイのフィールドは神聖なる光に包まれる。それは、彼女が秘める絶大なる力の一端を見せつけるかのよう。

 

「さぁ行くぞ! 余はレベル5の光属性モンスター、《太陽の戦士》と《フォトン・スレイヤー》でオーバーレイ・ネットワークを構築!」

 

 光球へと姿を変えた2体の戦士が、光の渦にて新たな姿へと生まれ変わる。その輝きは、まるで超新星爆発。

 

「星々の光よ! 今、世界を震わせ降臨せよ! エクシーズ召喚!」

 

 

 

 ――輝け、ランク5! 《セイクリッド・プレアデス》!

 

 

 

 《セイクリッド・プレアデス》ORU 2

 ★5 光属性 戦士族 ATK2500

 

 牡牛座を守護星座とする、星の騎士団の上級戦士。攻撃力の高さも然ることながら、星団の名を冠するだけあって、発せられる威光は並大抵のものではない。

 

「この瞬間、余は発動中の《セイクリッドの星痕》、及び墓地の《RUM-アージェント・カオス・フォース》の効果発動! 《セイクリッドの星痕》は1ターンに1度、余のフィールドに「セイクリッド」エクシーズモンスターが特殊召喚された『時』、カードを1枚ドロー『できる』!」

「しかも、その効果は重複する。2枚が発動されているということは……」

「然様。2枚のカードをドローできるということだ。更に、アージェント・カオス・フォースはデュエル中に1度だけ、余がランク5以上のエクシーズモンスターをエクシーズ召喚した時、手札に戻すことができるランクアップマジック。

 ランク5のプレアデスを出したことにより、このカードを手札に戻させて貰おう」

 

 現状の《セイクリッドの星痕》は単なる手札交換に留まっているが、次のターンからはそうはいかない。再び「セイクリッド」エクシーズモンスターが特殊召喚されようものなら、2枚ものハンド・アドバンテージを獲得してしまうのだから。

 

「プレアデスの効果を発動する前に、まずは2枚めの《トレード・イン》を発動するとしよう。手札のレベル8モンスター《限界竜シュヴァルツシルト》を墓地に捨て、2枚ドローだ」

 

 度重なるドローで引き当ててしまったのだろう、再度の手札交換が行なわれる。現時点でルイが引いた枚数は、通常のドローを含めて9枚。穂乃果と雪穂が、『え~、また手札交換?』『1人でやってるよー……』と呟いてしまったのも仕方ないだろう。

 

「次はプレアデスの効果を発動だ。1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ使うことでフィールド上のカード1枚を持ち主の手札に戻す。余が対象とするのは、中央の伏せ(リバース)カード!」

 

 《セイクリッド・プレアデス》

 ORU 2 → 1

 

「そうはさせへんよ! ウチは対象となったカードを選択して、隣に伏せた伏せ(リバース)カード《スキル・プリズナー》を発動!

 これにより、選択したカードを対象とするモンスター効果は無効となります!」

 

 牡牛座の戦士が持つ剣から、一条の光線が放たれる。しかし、それは伏せ(リバース)カードを貫く瞬間に霧散した。たとえ広大な宇宙の力を秘めし戦士であろうと、地上の全てを掌握できるとは限らないのだ。

 

「プレアデスの特殊能力を躱したか。まぁ良い、ならば次の手を出すとしよう。

 余は手札より、《フォトン・リザード》を通常召喚!」

 

 《フォトン・リザード》

 ☆3 光属性 ドラゴン族 ATK900

 

 身体から淡い光を放つ、鋭い眼光のトカゲ。一見頼りない攻撃力だが、このトカゲの真骨頂は別にある。

 

「《フォトン・リザード》をリリースすることで、モンスター効果発動! デッキからレベル4以下の「フォトン」モンスター1体を手札に加える!

 余が選ぶのは、レベル4の《光子竜の聖騎士(ナイト・オブ・フォトンドラゴン)》だ!」

 

 ルイの手札に加わったのは青いカード枠のモンスターカード、通称儀式モンスター。それを手札に加えた以上、彼女の手札には間違いなく――。

 

「続けていくぞ! 余は手札より儀式魔法《光子竜降臨》を発動! 手札からレベル4モンスター《ギャラクシー・ドラグーン》をリリースすることにより、レベル4の儀式召喚を執り行う!」

 

 2人の少女の間に、小さな魔法陣と、それを囲う4本の柱が出現する。魔法陣の中に竜が消え行くと、柱の先端に炎が灯る。

 

 

 

 ――降臨せよ、レベル4! 《光子竜の聖騎士(ナイト・オブ・フォトンドラゴン)》!

 

 

 

 《光子竜の聖騎士》

 ☆4 光属性 戦士族 ATK1900

 

 左手に槍を携え、やや小型の竜に跨って浮遊する聖騎士。それなりに高い攻撃力を備え、相手モンスターを戦闘破壊することでカードを1枚ドローする能力を持っているのだが、このターンの間《荒魂》は《ネクロ・ディフェンダー》の効果で守られている。ならば、どのようにして突破しようというのか。

 

(海馬が使った《白竜の聖騎士(ナイト・オブ・ホワイトドラゴン)》とほぼ同じ能力値を持つ聖騎士、まさかあのモンスターの効果は……!)

 

 少女が儀式モンスターを手札に加えた瞬間から手が止まっていたアテムは、その儀式モンスターに酷似したカードを知っていた。

 そして、彼の予測を決定付ける宣言を少女は放った。

 

「《光子竜の聖騎士》は自身をリリースすることにより、デッキからあるドラゴンを呼び出す!」

 

 聖騎士が床に降り立ち槍を突き立てると、謎の呪文を唱え始める。すると、聖騎士の姿が次第に掻き消える代わりに竜の体躯が肥大化していく。

 

「刮目せよ! これこそが、余のデッキに眠るエースの一角なのだ!

 闇に輝く銀河よ、希望の光になりて余の下僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨!」

 

 

 

 ――レベル8! 《銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)》!!

 

 

 

 《銀河眼の光子竜》

 ☆8 光属性 ドラゴン族 ATK3000

 

 瞳に銀河を宿す竜が、咆哮とともに君臨する。その青白く美しい光に、召喚者であるルイ自身が『スゴイぞー、カッコいいぞー!』とはしゃいでいた。

 そして、レベル・属性・種族・攻撃力・守備力はアテムがよく知る白き龍と一致し、カード名までもが酷似していた。

 

(銀河の瞳を持つドラゴン、ギャラクシーアイズ……。《青眼の白龍》にそっくりなだけあって、凄まじい威圧感(プレッシャー)を感じるぜ。

 いったい、どんな能力を秘めているんだ……?)

 

 手間をかけてまで呼び出したということは、単に攻撃力が高いだけのモンスターであるとは考え難い。何かしらの特殊能力を持ち併せているのだろうと、決闘者としての勘が告げていた。

 

「お待ちかねのバトルフェイズだ! 行け、《銀河眼の光子竜》! 裏守備表示の《荒魂》を攻撃するのだ!」

 

 主の命令を受けた光子竜が、両腕を広げ突撃する。これが仮に『一般的な』モンスターの攻撃であれば、特段焦る必要はない。しかし、この竜を相手にした場合は話が別だ。

 

「このバトルステップ時、余は《銀河眼の光子竜》のモンスター効果発動! バトルする相手モンスター1体を対象として、自身とともにバトルフェイズ終了時まで除外する!」

 

 光子竜と裏守備表示の《荒魂》が、光の粒子となって次元の狭間へと消え行く。なるほど、戦闘を介さない除外であれば《ネクロ・ディフェンダー》の効果を受けたモンスターも無力と化す。

 

「わかっとったけど、厄介な効果やな。プレアデスの効果で《荒魂》を狙わんかったのも、やっぱりこれが狙いやったか」

 

 ルイ自らが述べたように、光子竜が自身と相手モンスターを除外する特殊能力はバトルするモンスターを『対象に取る』ことで発動する。

 《セイクリッド・プレアデス》の効果対象を《荒魂》ではなく伏せ(リバース)カードにしたのも、希が《スキル・プリズナー》を伏せていることを予測した上でのプレイングだったのではないか。

 

「これで、そなたのフィールドからモンスターは消え去った。余は《セイクリッド・プレアデス》でプレイヤーに直接攻撃(ダイレクトアタック)だ!」

 

 《スキル・プリズナー》で守ったカードを含め、希のフィールドには伏せ(リバース)カードが2枚。ここは警戒するべき状況のはずだが、ルイは一切躊躇せずに追撃を宣言した。

 希は唇を軽く噛み、右手の人差し指を動かす。

 

「罠カード発動、《聖なるバリア -ミラーフォース-》! 相手モンスターが攻撃してきた時、相手の攻撃表示モンスターを全て破壊する!」

「……ッ! 伏せていたのはミラーフォースであったか。今のうちに使わせて正解と思うべきか」

 

 プレアデスが振るった剣が不可視の盾に阻まれ、そのまま戦士を消滅させる。一度に大量のモンスターを破壊可能な聖なるバリアも、この状況では稼げるアドバンテージは少ない。それ故か、強力なモンスターを1体失ったにも関わらずルイの動揺は少ない。

 

「余のバトルフェイズは終了だ。同時に、光子竜(フォトン・ドラゴン)の効果で除外したモンスターがフィールドに戻る」

 

 光の粒子は再び竜と裏守備表示のカードを形作り、元の姿を取り戻す。と、ここで穂乃果は疑問の声を挙げた。

 

「あれ? 除外された《荒魂》がどうして特殊召喚されたんだろう。スピリットモンスターは特殊召喚が出来ないのに……」

「いや、違うぜ穂乃果。あのドラゴンは自身と対象モンスターを除外して、同じ表示形式で『戻した』だけだ。こいつは特殊召喚扱いではないため、特殊召喚が不可能なスピリットモンスターも戻ってこれたんだ」

 

 かつてアテムが武藤遊戯の名を借りていた頃、永遠の好敵手とも呼べる相手が光子竜の特殊能力と類似した効果を持つ罠カード《亜空間物質転送装置》を使用していた。初めて見るモンスターではあるものの、過去のデュエルの経験と彼女の台詞から、効果の特性を把握することが出来たのだ。

 

「しかもバトルステップの任意のタイミングで発動出来るということは、ミラーフォースや《魔法の筒》を自らの効果で躱すことが可能。こいつは厄介なモンスターだぜ」

「へぇ、初見のモンスター効果をすぐに理解するなんて、流石はキング・オブ・デュエリストなんて呼ばれていただけのことはあるわね。

 だけど、ルイさまは実力の一端を見せただけにすぎない。これだけで驚くのは、まだ早いわよ?」

 

 この神城優香という少女は(ルイ)に相当な愛情を注いでいるようだが、その発言が単なる贔屓でないことはここまでの展開を見れば容易に理解出来る。ならば言葉通り、同等の力を持つモンスター或いはより強力なモンスターがデッキで息を潜めているのだろう。

 

「メインフェイズ2に入り、余は2枚のカードを伏せる。これで余の手札は3枚となるが、そなたらは内2枚がアージェント・カオス・フォースと《光波翼機》であることは気が付いているはずだ。

 このままでは次のターン以降の攻め手に欠ける。よって、今後に備えてこの魔法カードを発動するとしよう」

「ッ! まさか……!」

 

 強い警戒心を抱いたのは、希だけではない。ここまでルイが使用したカードと彼女が発したヒントから大体の予想はつく。

 

「速攻魔法《超再生能力》を発動し、そのままエンドフェイズに移行!

 このカードを発動したターンのエンドフェイズ、余の手札から捨てられたドラゴン族、及び手札・フィールドからリリースされたドラゴン族の数だけ余はカードをドローする!」

 

 エンドフェイズというタイミングは、少々遅い。しかしこのターン、ルイは条件を満たすだけのカードを数多く使用している。

 

「……マズいな。このターン、奴は《調和の宝札》と2枚の《トレード・イン》、更に《フォトン・リザード》の効果と《光子竜降臨》を発動している」

「ちょ、ちょっと待って! それじゃあエンドフェイズに天元さんがドローする枚数は……!」

 

 該当するカードは、

 

 《ギャラクシーサーペント》

 《星間竜パーセク》

 《限界竜シュヴァルツシルト》

 《フォトン・リザード》

 《ギャラクシー・ドラグーン》

 

 合計5枚。よって――

 

「余は、5枚のカードをドローするのだ!」

「手札を一気に回復するなんて、さっすがルイさま! 素晴らしいです!」

 

 希が発動した《手札抹殺》の恩恵もあるが、たった2ターンの間に60枚もあったデッキが20枚以上減少した。これ程の動きを見せておきながら、ルイの手札は7枚。フィールドには攻撃力3000のドラゴンや伏せ(リバース)カードも存在するという驚異的なリカバリー能力である。

 

「でも、デュエルモンスターズはターンプレイヤーのエンドフェイズに手札が7枚以上存在する場合、6枚になるように捨てなきゃいけないルールがあったよね」

「その通りだよ、お姉ちゃん。今どきエンドフェイズにそこまで手札が残ることなんて滅多にないからついつい忘れちゃうけど」

 

 いったいルイはどのカードを捨てるのか。高坂姉妹は召喚できずに残ったままの《光波翼機》だと予想したが、果たして少女が選んだカードは――

 

「何を勘違いしておるのだ、余のエンドフェイズはまだ終了していない!

 余はドローした速攻魔法《破滅のフォトン・ストリーム》を発動! 自分フィールドに「ギャラクシーアイズ」が存在する場合、フィールド上のカード1枚を対象として除外するのだ!

 対象カードは、厄介な《荒魂》だ!」

 

『なっ……!』

 

 光子竜の全身がより眩しく発光し、その口から莫大な質量を持つ熱線が放出される。『破滅』の文字通り、裏守備状態の荒ぶる魂は跡形も無く消滅してしまった。

 速攻魔法は、自分のターンであればほぼ任意のタイミングで発動可能。そのためエンドフェイズにドローした場合でも使えるのだが、なんと恐るべき効果と引きの強さであろうか。

 

「速攻魔法を使用したことにより、余の手札はちょうど6枚。これにてターンを――」

「まだや! 罠カード《早すぎた帰還》を発動! このカードは手札1枚をゲームから除外することで、除外されているモンスター1体を裏守備表示で特殊召喚する!

 ウチは手札のモンスターカード《禁忌の壺》を除外して、そのままセットする!」

「むっ……?」

 

 今発動された罠カードは、手札コストとして除外したモンスターも対象とすることが可能。これにより希が選んだのはレベル9の最上級リバースモンスター。スピリットモンスターを扱うデッキとしては不可解なカードの出現に、ルイの眉がピクリと動く。

 

「ウチのターン、ドロー! このままメインフェイズに入り、《禁忌の壺》を反転召喚! そしてこの瞬間、リバース効果発動!」

 

 《禁忌の壺》(リバース)

 ☆9 地属性 岩石族 ATK2000

 

 4方向に不気味な顔の紋様が描かれた、禍々しい気配を放つ壺。守備力は3000ポイントを誇り、攻撃力と併せてレベルと能力値はリバースモンスターとしては破格の数値。

 召喚難度の高さは言うまでも無いが、当然ながらそれを補って余りある恐るべき能力が秘められている。

 

「《禁忌の壺》は、禁止カードに指定されている4つの効果を備えた強力なリバースモンスター。ここでウチが選ぶのは、『相手の手札を確認し、その中からカード1枚を選んで持ち主のデッキに戻す』効果、つまり《強引な番兵》や!」

「よし、いいぞ東條! これで奴の手札からキーカードを選べば、一気に有利になるぜ!」

 

 相手の手札を把握した上でキーカードをデッキに戻せば、情報面でも優位に立つことが可能。

 アテムの脳裏に、対戦相手の手札を見る行為を激しく嫌う『彼』の顔が浮かんだが、実際この効果が強力であることは間違いない。

 だが――

 

「そうはさせぬぞ! 罠カード発動、《ブレイクスルー・スキル》! 《禁忌の壺》の効果を無効にする!」

「ッ!?」

 

 罠カードの発動により、壺の内部より這い出ようとした魔物が活動を停止する。禁じられた魔法カードの力を秘めていると言えど、その実態はモンスターカード。無力化は魔法・罠よりも幾分か容易い。

 

「ふふっ。通常の【スピリット】にはまず入らない《禁忌の壺》には驚いたが、まだ甘い。

 しかしまだこの程度で終わるということはないのだろう? 次の手を見せてみるのだ、東條希よ」

 

 小学生程度の見た目だというのに、ルイが放つフィールは歴戦の猛者を思わせる。宇宙の力を秘めたモンスターを使役しているからか、未だ底が知れない。

 

「天元さん、流石はアテムくんが警戒していた通り……いや、それ以上の決闘者みたいやな。せやけど、ウチの力もまだこんなもんやあらへんよ!」

 

 1人の決闘者として戦いの場に立った以上、老若男女関係なく無様な姿を晒すわけにはいかない。それが仲間の前であるのなら尚更だ。

 手札やデッキには、いつでも可能性が秘められている。このデュエルを見守る少年が常々語る言葉を思い出し、希は手札から1枚のカードを繰り出すのだった――。

 

 

 

●次回予告という名のネタバレ

 

 

 

 起死回生のドローで、反撃を開始する希。だけどルイさんは銀河眼連続召喚コンボで、着実にライフを削ってくる! だからって諦めちゃダメ! 貴女のデッキが持つ真の力はこれからよ!

 

 次回、『~銀河を見せること、それが……~大宇宙の誇り』

 

 デュエルスタンバイ!

 




 希のデッキ
 【スピリット+???+当然正位置】

 ルイのデッキ
 【フォトン+ギャラクシー+サイファー+セイクリッド+ミザエル】

 デュエルする機会を1回か2回しか確保できない
→1回のデュエルにやりたいことを詰め込みたい
→両者60枚デッキ+ごちゃ混ぜ+爆ドローとなりました。

 希の『???』部分はあのモンスターが出た時点でお察しかと。
 「霊魂鳥」はもっと早くに情報が出ていれば……。

 それでは、次回もよろしくお願いします。



 因みにパンツを見せる予定は一切ありませんのであしからず。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。