ラブライブ!DM   作:レモンジュース

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 連載開始から1年が過ぎ、ようやくUA100000を超えることができました。
 皆様ありがとうございます。
 今後ともよろしくお願いします。
 
 さて、ようやく第3章の開幕です。
 ついに彼等が本格的に登場ですが、今回の話ではその前にアニメ本編で全くと言っていいほど突っ込まれていなかった件に踏み込んでいます。
 もっと根本的に突っ込むべきところがあるとか言っちゃいけない。

 それでは、どうぞ。


第3章 Wonder Z-ONE
混沌の音ノ木坂学院


●「彼」のフェイバリット

 

 

 

 それはオープンキャンパスが終わって暫く経ったとある休日、高坂家にて交わされた何気ないやりとり。

 

「アテムさん、お風呂沸いたよ――って、またデッキ構築?」

「ああ。すまないが、雪穂か穂乃果が先に入ってくれ」

 

 時刻は午後5時過ぎ。アテムが日課のデッキ構築をしていると、背後からひょっこりと雪穂が顔を出した。

 彼女の服装はノースリーブシャツ+デニムのショートパンツという非常にラフなもので、手足の大部分を露出している。美少女と言っても差し支えない容姿も相まって、世の一般的な男性が見れば、目を奪われることは間違いない。あくまでも、一般的な男性であれば。

 隠すほどのことでもないが、このアテムという男。デュエルモンスターズや食事、そして我流のファッション(壊滅的)以外のことに関してとことん無頓着。扇情的な格好の雪穂を前にしても全く顔色を変える様子が見られない。彼が高坂家に来て間もない頃、身体にバスタオルを巻いただけの格好で彷徨(うろつ)いた時も完全に無反応。その際に女子としての自信を喪失しそうになったのは誰にも言えない秘密である。

 しかし最近になって、とある人物(?)のおかげで自信を取り戻しつつあった。

 

「雪穂殿、貴女はまたそのような格好を……」

「あれれ~? マハードさん、顔赤いですよ~?」

「……暑いからです」

「ダウト。出身地から考えて厳しい言い訳だと思います」

 

 アテムの横に控えている長身の男、マハード。生前アテムに仕える神官の1人であったと自称する彼が高坂家にやって来たのは、オープンキャンパスの2週間前のこと。

 急に新たな居候を連れ込んで来た時は、『面倒なのが増えた……。食費とか寝床とかどうすんの?』と、その日勉強した内容が丸ごと吹き飛ぶほどに頭を抱えたくなった。だが、今の彼はデュエルモンスターズの精霊というなんだかよくわからないファンタジーな存在。特に食事を摂る必要もなく、姿を消せば寝床も必要ない。かなり失礼な言い方になるが、とっても安上がりなのだ。

 加えて、マハードは本当にアテムの臣下だったのかと疑いたくなるほど生真面目で紳士的な好青年。背丈も高坂家で最も高く、顔立ちも悪くない。主よりも余程尊敬に値すると専らの評判である。

 生前はさぞかし女性に言い寄られたのかもしれないと思ったが、悪戯っぽく笑みを浮かべる雪穂から目を逸らしている様子を見る限り、女性と遊ぶことに慣れていないのだと察することができた。

 尚、マハードの名誉の為に補足するが決して如何わしい意味ではない。

 

「それはそうとして、アテムさんってもしかしてこの前テレビで見たような『萌えヲタ』って人種だったりするの?」

「何のことだ?」

 

 床に散りばめられたカードを見た雪穂は『うわぁ……』と引き気味にそんなことをアテムへと問う。一方聞かれた本人は、まるで意味がわからんぞと言わんばかりに首を傾げた。

 

「だってさぁ、可愛い女の子が描かれてるカードが並んでたらそう思っちゃうよ。というか前から思ってたけど、お姉ちゃんたち『μ’s』のメンバーよりも頻繁にそういうカードを使ってるよね」

 

 並んでいるカードは《ブラック・マジシャン・ガール》や《マジシャンズ・ヴァルキリア》といった、可愛らしい少女・女性が描かれたものばかり。その中でも特に多いのが、「マジシャン・ガール」というカテゴリのカード。ソリッド・ヴィジョンを用いるデュエルが主流の昨今、このカテゴリは女子ならともかく普通の男性が女性の前で嬉々として扱うにはかなりの勇気がいるはずだ。

 周囲の女性を全く意識していないこともあり、もしやアテムは2次元の女子にしか興味が無いのでは、と疑ったことも今回だけではない。

 

「甘いぜ雪穂。こいつらは単体では攻撃力もあまり高くなく、並の上級モンスターにも敵わない。だが、「マジシャン・ガール」は互いを支え合うことで真価を発揮する。

 特にこの《レモン・マジシャン・ガール》を見てみな。攻撃力はたった800だが、魔法使い族をデッキから手札に加え、攻撃された時に仲間を呼ぶ2つの効果は強力だ」

「まぁ、確かに……」

 

 雪穂が言いたいのはカードの強さではないものの、アテムの言う事は何ら間違っていない。モンスター効果の優秀さを語る剣幕に彼女がたじろぐのも気にせず、言葉を続ける。

 

「相棒は「マジシャン・ガール」の力を俺よりも早く理解していた。俺たちがブラック以外の5枚を手に入れてからは、一時期《レモン・マジシャン・ガール》を枕元に置いて寝るくらいに愛着を持っていたんだぜ。そうだよな、マハード!」

「ええ。彼のカードへの愛は紛れも無く本物でしょう。おや、どうしました雪穂殿」

「…………いや、別に」

 

 言えない。アテムが「相棒」と呼ぶ武藤遊戯という決闘者は、間違いなく別の意味で「マジシャン・ガール」に愛着を持っているのだろうと。

 

(遊戯って人……。自力エラッタ前の三幻神を出したアテムさんに勝ったとか言ってたけど、アテムさんとは別の意味でダメな人なのかもしれないなぁ)

 

 

 

 出会ってすらいないというのに、危ない人だと認定されてしまう武藤遊戯であった。

 

 

 

●増えた部室と悩みの種

 

 

 

 近頃、音ノ木坂学院に通う生徒は程度の差はあるものの、3つの話題で盛り上がっていた。

 

 そのうち1つは、生徒会長・絢瀬絵里が発する空気が軟化したというもの。元々日本人離れの容姿とプロポーションを兼ね備え、やや強気な言動が目立つ彼女であったためか、交友関係は然程広くなかった。加えて今年度に入って学院の廃校が噂され始めてからは、日に日に険しい表情を見せることが多くなっていった。

 しかし期末テストから暫くして、スクールアイドル『μ’s』に加入してからは笑顔を見せることが多くなったのだ。以前から同じクラスであった者は『絢瀬さんのあんな表情、久しぶりに見た』と述べ、3年生になって初めて同じクラスになった者はあまりの美しさに恍惚としていたという。

 

 

 

 2つめは、廃校の決定が一先ず延期されたこと。

 数日前のオープンキャンパスで実施されたアンケートの中で十分な成果を上げられなければ正式に決定されてしまうところだったのだが、最終的な結果は十分以上の高評価。即ち、来場した中学生に興味を持たせることができたことを意味する。

 その中でもスクールアイドル『μ’s』のライブが特に好評を博し、彼女たちの活躍が学院の窮地を救ったのは紛れも無い事実。理事長を含め、感謝の言葉を述べた一部の教師の瞳が潤んでいたのは、きっと気のせいではないだろう。

 これも(ひとえ)に3年生2人が新たに加入したおかげだ。特にダンス経験者でもある絵里の指導により、元々悪くはなかった技術は大幅に向上。彼女も『短期間でこんなに上手くなるなんて、少し嫉妬してしまうわね』と評価していた。

 実際オープンキャンパスでのライブ映像をアップロードしたところ、より一層多く再生され、ランキングも急上昇。驚くべきことに50位へと到達することができたのだ。にこや花陽の話では、発足から3ヶ月程度でここまで順位を上げたスクールアイドルは他にいないという。『ラブライブ』出場資格を得られる20位まで、あと30位。今後の努力次第だが十分射程圏内である。

 また、人気の秘訣は技術だけではない。今までのメンバーの容姿は、男性受けしそうな『可愛い』寄りの者ばかりであった。しかし絵里は背が高く大人びており、『綺麗』と評される容姿。彼女が加わったことにより女性ファンも緩やかに増加。希も抜群のプロポーションによって多数の男性ファンを獲得し、『μ’s』のイメージを一新するのに一役買うこととなった。残る1人の3年生がハンカチを噛み締めていたが、そこは気にしてはいけないのだろう。

 そして、受け取ったものは他にもある。学院の予算の関係上、部費が大幅に増えるということはなかったが、『ロボット研究部』とは反対側に位置する隣の空き部屋の使用許可が降りたのである。主ににこが持ち込んだアイドルグッズで棚が埋め尽くされ、増加したメンバー(と白パカ)を収容しきれなくなっていたため、部室の拡張はまさに渡りに船。今後の活動にあたって大きな助けとなるに違いない。

 ちなみに、

 

「よし! これで雨が降っても室内でデュエルディスクを使ったデュエルが存分にできるようになるぜ!」

【近頃は台風の影響で雨量が増加しているが、我も雨天時は此処で漫画を読ませて貰うとしよう】

 

 とぬかしていた1人と1頭の意見は無論却下された。その際絵里がカバンの中から小さな箱を取り出していたが、書かれていた文字を見たメンバーは何も見なかったことにしたという。

 

 

 

 最後に3つめ。これはある意味では怪談に近い事柄なのだが、絵里が『μ’s』に参加したのと同時期に、学院内で見知らぬ男性が度々目撃されることがあるというのだ。

 学院に通う女生徒よりも頭1つ分高い身長で、浅黒い肌の外国人。これだけであれば『もしや学院の関係者では?』と思う生徒もいただろうが、彼の服装がその考えを完全に否定させた。金色に輝く鎧と真白き外套を身に着ける者を不審に思わない者は『いなかった』らしい。

 また、彼を見かけることが比較的多いという3人の女生徒・一二三(仮名)は取材にあたった新聞部に対してこのように語っている。

 

 

 ※音声は変えてあります。

 

 

 ――率直にお聞きします。現在噂になっている褐色肌の男性とは何者なんでしょうか。

 

 あの人、実はデュエルモンスターズの精霊らしいんですよ。いやいや、嘘じゃないですって! ホントホント!

 

 ほら、今ちょうどサウス・リトル・バード(仮名)さんの攻撃で空の向こうに飛んでいったヒトデ頭(仮名)くんがいますよね。彼とは生前からの付き合いらしくって……、いやだからマイク仕舞わないでくださいよ。私等だって受け入れるのに3日くらいかかったんですから。

 

 ――精霊だという証拠はあるのでしょうか。

 

 それなら簡単です。あの人ってデュエルの時以外はこの前深夜アニメで見た赤い弓兵みたいにパッと消えたり実体化したりできるんです。ほら、聞いたことありませんか? 彼を尾行していたら角を曲がったところで見失ったとか、プリントの束が宙に浮いていたって話。あれって自らの力の消費を抑えるためらしいですよ。

 

 え、そんな不審者が学院内にいてどうして大丈夫かって? いやまぁ、確かに格好は怪しいし初日から警備員に連行されていましたけど、実際はかなりのイケメンじゃないですか。髪型だってヒトデ頭(仮名)くんに比べればマトモだし。

 

 顔だけじゃありません! 話してみると物腰柔らかな紳士だし、居候先では接客のお手伝いもしているって聞きました。しかも故郷に戻ってからの(まつりごと)に役立てるために、一昨日あたりから生徒会の手伝いも始めたみたいです。役員の子なんか『イケメンと一緒に仕事ができるなんて、音ノ木坂に入学して良かった!』と言ってましたよ。

 

 重要書類をシュレッダーにかけようとしちゃうケアレスミスをすることもあるらしいですが、見た目とのギャップがあって微笑ましいと思いません?

 

 ――ああ、生徒会に新しく人が入ったと言っていたにも関わらず、生徒会長が頭を抱えていたのはそれが原因ですか。あと、重要書類紛失未遂はケアレスミスで済ませて良い案件ではないかと。

 

 あ、ところで私たち3人の出番って増えたりしません? 未だにまともな出番がないんですけど。今だって音声変えていますし。

 

 ――知りません、そんなことは新聞部の管轄外です。本日はありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 このような話題が学院内を駆け巡る中、『μ’s』では新たな問題が浮上していた。

 

「最近、ことりちゃんの様子がおかしい。これは、ゆ……なんだっけ?」

「『由々しき』、ですか?」

「それだ! 由々しき事態です!」

 

 校舎の外からはけたたましいセミの鳴き声、そして拡張したばかりの隣室からは重量物が積み重ねられる二重の騒音が響く中、一切の電気が落とされた部室にて。穂乃果が何時ぞやのにこと同じポーズで声を低くして語り始めた。

 

「……穂乃果さん、電気点けてもいいかしら?」

「ダメですよ、絵里先輩。こういう重要な会議をする時は『ふいんき』――」

「『雰囲気(ふんいき)』です」

「雰囲気を出すために部屋を暗くすることが重要だってにこ先輩が言ってました!」

 

 海未に指摘されつつも自信たっぷりに語る穂乃果に対し、絵里は頬をひくつかせながら『……そう』とだけ呟いた。

 しかし雰囲気を出すことはともかくとして、ことりの様子がおかしいことは事実であることは間違いなかった。

 オープンキャンパスが終わってからというもの、彼女は放課後すぐに学院を後にすることが多くなったのだ。穂乃果たちが理由を聞いても『ごめんなさい、ちょっと用事が……』とだけしか言わず、毎回はぐらかされている。朝練には休まず参加し、昼休みにはメンバーと行動を共にしていることからサボりや特定の誰かと仲違いしたということはあり得ない。それでも何らかの悩みがあるのではないか、というのが2年生3人と真姫の見解であった。

 

「ことり先輩がアテム先輩を吹っ飛ばす時の飛距離があまり伸びていないのよ。そろそろ夢の島公園くらいまで飛んでいってもおかしくない威力だったのに、今朝は隅田川までしか飛ばなかったみたいだし」

 

 とは飛距離計算に余年のない真姫の談だが、絵里の顔はみるみるうちに青ざめていく。きっとクーラーが効きすぎていたのだろうと判断した海未は、手元のリモコンを操作して設定温度を1度上げる事にした。

 現在の設定温度は28℃。適温かつエコである。

 

「ちょっといいかしら? 南さんのことだったら、気になることがあるのだけれど」

 

 10人が頭を悩ませる中、隣室へと繋がる扉から唐沢がひょっこりと顔を出した。その右手にはケーブルの束が握られている。

 

「ちょっと唐沢、幾つかロボ研の備品を運んできてもいいとは言ったけど、少しは自重しなさいよ?」

「してるわよ。部室で眠ってるジャンクパーツは来週辺りアキバ在住の知人に買いとって貰うし、その時になったら元に戻す予定よ」

 

 先ほどから隣室で物音を立てていたのは、『ロボット研究部』部長・唐沢久里子であった。彼女は以前から『μ’s』の活動を陰ながら支えてくれていたこともあって、拡張した部室の一角を分け与えることになったのである。部室の乱雑さに定評のある唐沢だが、流石に怪我をしかねないものは運んでいないはずだ。

 

「それでリコちゃん、気になることっていうんは?」

「私も遠くから見ただけだし、今でも信じ切れないんだけど……。昨日の放課後に、秋葉原でね」

 

 自分から話に割り込んできたにも関わらず、どうも歯切れが悪い。やがて唐沢は意を決すると信じられない事実を口にした。

 

 

 

「知らない男の人にしがみついて、バイクっぽいものに乗っていたのよ」

 

 

 

 ざわっ……!

 

        ざわっ……!

 

 その瞬間、少女たちに電流走る。

 

「へぇ~、デートかよ」

「しがみついて2人乗りとなると、相当仲がよろしいのでしょうね」

 

 一方で男性陣は少し目を丸くする程度。

 

「あの、先輩。ことりと一緒にいたという男性は、いったいどのような人だったのでしょうか」

 

 ことりは小学校の時から男子に人気が高かったが、その頃からの付き合いである海未でさえ全くと言っていいほど彼女の浮ついた話を聞いたことがない。だからこそ、特定の男性と仲良くしているかもしれないという話は俄に信じ難い。

 ちなみに、基本的にデュエルのことしか頭にないアテムは論外だし、彼に絶対の忠誠を誓う上に精霊であるマハードが現世の誰かと恋仲になることはあり得ないはずだ。

 

「そうねぇ。ヘルメットを被っていたから顔はわからないけど、身長はマハードさんよりも高かったわね。

 あとは青いライダースーツを着ていたってことくらいかしら」

 

 再びざわめく部室。アテムの背後で屹立するマハードの身長は183cm。ただでさえ背の高い彼よりも大きいとなると、約2mであることは間違いない。バスケットボールか何かのスポーツをしているのだろうか。

 

「ねぇねぇ、久里子せんぱい。凛はその人が乗ってた『バイクっぽいもの』の方が気になるんだけど」

「あ、私も気になる!」

 

 女子校通いの穂乃果たちにはあまり馴染みのないことだが、バイクと聞いて咄嗟に想像するのは、日曜日の朝に放送されている特撮に出演するヒーローが乗るような自動二輪車である。しかし唐沢は『バイクっぽいもの』と述べた。

 

「多分バイクに分類されるんでしょうけど、アレは一言で例えると…………修正テープね。こんな感じの」

 

『は?』

 

 彼女はスマートフォンを操作して修正テープの画像を皆に見せるが、間の抜けた反応が示す通り、全く信じられない。穂乃果たちは頭の中で修正テープが街中を走っているところを想像し、あからさまに顔を顰めた。

 唐沢でさえ『ホントどういう原理で動いてるのか、甚だ疑問だわ』と額に手を当てている。

 

「とにかく、ことりが何処かの男と一緒にいるってのはマズいわね。アイドルにとって恋愛は決闘者にとっての八咫ロックやサイエンカタパに並ぶ禁忌。放っておくわけにはいかないわ! 今から電話して問い詰めるわよ!」

「ちょっと、落ち着きなさいよにこ先輩。まだその人がことり先輩の彼氏だって決まったわけじゃないでしょう?」

「というか、練習はしなくて良いのでしょうか……」

 

 にこが荒ぶり、真姫が嘆息し、花陽が小さく呟いた瞬間。学院内に校内放送が流れてきた。

 

 

 

『――お知らせします。『アイドル研究部』の皆さん、至急理事長室までお越しください』

 

 

 

「理事長の声ですね。部員全員を呼び出すだなんて、いったい何事でしょうか」

「とにかく行ってみましょう。例の男性の話も、理事長なら何か知っているかもしれないし」

 

 穂乃果や海未が知らないことであっても、肉親である理事長ならあるいは。そんなわけで、唐沢を除いた一同は理事長室へと向かう。なお、マハードは目立つことのないよう理事長室に入るまでは姿を消すよう、絵里から指示を受けていた。

 

 

 

●スクールアイドル界の闇

 

 

 

 理事長室に入った直後、穂乃果たちは自らを包む温度が微弱ながら下がるのを感じた。その理由は、クーラーが効きすぎているからではない。部屋の主である理事長がその空気を発していたからだ。

 

「よく来てくれましたね、皆さん。……ことりは来ていないみたいね。大体の理由は予想がつきますが」

 

 普段見聞きするような穏やかな笑顔と口調だが、やはり空気は重い。誰かがゴクリと息を呑み、アテムに至ってはデュエルディスクを取り出そうとしていた。

 

「その口ぶりから察するに、理事長は何かご存知なのでしょうか。ここ最近、ことりは放課後になると何か用事があると言って早く帰ることが増えましたし、昨日は背の高い男の人と一緒にいたと唐沢先輩が言っていました。

 差し支えなければ、教えていただけないでしょうか?」

 

 理事長と目が合った海未は、姿勢を正して問う。対する理事長は『あの娘ったら、何も言っていないのね……』と小さく溜息をついた。

 

「あの娘が隠していることについては、私よりことり本人から聞き出した方があの娘のためでしょう。それよりも今日は貴女たちに聞きたいことがあったため、こうして呼び出させて頂きました。

 皆さんは、最近秋葉原でオープンしたというスクールアイドルショップについてご存知ですか?」

「は、はい! 当然知ってます! 『A-RISE』を筆頭としたスクールアイドルのグッズを専門に取り扱っているお店ですよね!」

「『ラブライブ』の開催も決まって、徐々に数を増やしつつあるという話も聞きました!」

 

 理事長の問いに、にこと花陽が身を乗り出して即答した。流石はアイドルファンといったところだが、だからこそ2人は気付けない。部屋の主が発する空気が一段と張り詰めたことに。

 

「その様子だと、皆さんは無関係みたいね。少しだけ安心しました。

 ……では、とあるショップで『μ’s』のグッズが販売され始めたことはまだご存知ない、と」

 

「へぇ~」

『えぇっ!?』

 

 反応は大きく分けて3つ。

 アテムと、いつの間にか顕現していたマハードは感嘆し、

 

「ついに、私のグッズが販売されることになるだなんて……!」

「感激、です……!」

「どんなグッズがあるのかにゃー?」

「これって、私たちの人気が高くなったってことだよね! ……あれ、海未ちゃんどうしたの?」

 

 にこ・花陽・穂乃果・凛の4人は瞳を輝かせ、

 

「……穂乃果、おかしいとは思わないのですか?」

「理事長が怒っていたのは、それが理由だったんですね」

「ギリギリセーフってところみたいやね」

「いや、これはアウトじゃないの?」

 

 海未・絵里・希・真姫の残る4人は反対に背筋が寒くなるのを感じていた。10人の反応を眺めつつ、理事長は言葉を続ける。

 

「私もたった今他校の生徒さんから報告を受けたばかりですが、貴女たちの歌やダンスがCD・DVDという形になり、あまつさえブロマイドや缶バッジなどのグッズが無断で販売されているというのです。生徒を商売道具として利用する狼藉は、断じて認めるわけにはいきません」

 

 今までにない強い口調に、にこたちの身体が硬直する。10年近く前から知り合いである穂乃果や海未でさえ、これほどまでの怒りを感じたことはない。

 

「なっ……! 商売道具だなんて、そんな言い方ないんじゃありませんか!? 人気アイドルになるためには、こうした下積みが――」

「『学生』の写真が、『無断』で店頭に並んでいる今の状況。これが本当に下積みになると貴女は言うのですか、矢澤さん」

「ッ!」

 

 学生、無断という単語を強調する理事長の言葉に、反論しようとしたにこは口を(つぐ)む。彼女が言わんとすることに気が付いてしまったからだ。

 

 今の時代、若い子供が事件に巻き込まれるというニュースが後を絶たない。ワイドショーで特集されるような大事件が起きれば、全校集会やプリントで注意喚起されることもある。心の中に靄がかかる中、『そういえば……』と花陽が声を発した。

 

「以前、ネットのニュースで見たことがあります。とあるスクールアイドルの練習中・登下校中の姿が写った盗撮写真をオークションに出した人が逮捕されたと」

「それ、どう考えても犯罪やん。……なるほどなぁ、スクールアイドルショップの数が少ないうちはまだええけど、今後店舗が増えていけば当然競争は激しくなる」

「あまり考えたくはありませんが、売上を伸ばすために地元のスクールアイドルを盗撮した写真を販売、広く言えばストーカー行為に発展する危険性がある。理事長はそれを危惧しているのですね」

「察しが良いですね。東條さん、園田さん。スクールアイドルの数は年々急激に増えているものの、あくまで部活動の延長であることがほとんど。プロのアイドルのように会社に守られているわけではないため、トラブルは各学校で解決しなければなりません」

 

 理事長の重々しい言葉が、少女たちの胸に深く刺さる。それによく考えて見れば、少女たちの目の前にいる女性は『理事長』である以前に『母親』なのだ。はっきりと口にせずとも、愛娘の写真が知らぬ間に販売されている今、激しい嫌悪感を抱いているに違いない。

 

(もしも、こころたちが同じ目に遭ったとしたら……)

 

 にこは思う。仮に弟妹のグッズが何処かの店に並べられていたならば、自分はきっと冷静でいられなかっただろうと。すぐにでも店の場所を突き止め、怒鳴り散らして販売停止に追い込もうとする自らの姿が容易に想像できてしまった。

 

「あと、これは理事長の前でする発言としては失礼かと思いますが、世間体の問題もあるでしょうね」

 

 言い辛そうに言葉を発する絵里に対し、理事長は無言で頷いて続きを促す。その穏やかな表情から察するに、どうやら気分を害したわけではないらしい。

 

「学院側が把握した上でCDやDVDを販売して、部の活動資金に充てるならまだ許容範囲内。でも、やはり生徒の写真が無秩序に販売されているのは問題があることは確か。

 今後も際限なく写真が販売され続けた場合、『スクールアイドルを抱える学校は生徒の写真を街中で販売している』と考える人が出てくる可能性も捨て切れないし、保護者から苦情が来ることは必至。未だ廃校問題を抱える音ノ木坂学院は最悪の場合、廃校が決定してしまうこともあり得る。私はそう思います」

「1つ付け加えるとすれば、スクールアイドルの評判が悪化すれば『ラブライブ』の開催にも影響が出かねないとも考えられているそうです。特にランキングトップの『A-RISE』を抱えるUTX学院はこの事態を重く受け止め、つい先日から対策を講じています」

「え、『A-RISE』が対策を? それじゃあもしかして……」

「はい。『μ’s』などスクールアイドルのグッズが販売されているという情報を、各学校に展開しているのは彼女たちです」

 

 それを聞いた一同は、驚きを隠せない。なぜ『A-RISE』のようなハイレベルのグループが自分たちのことを気にかけるのかと。しかし、考えてみればこれも当然の行いであるのかもしれない。

 ショップの暴走がきっかけで『ラブライブ』開催に影響が出てしまえば全国のスクールアイドルやファンが悲しむ。それは、『A-RISE』も同じ。

 また、頂点に君臨するということはグッズの数は当然彼女たちの物が最も多い。更に秋葉原で活動しているのだから、彼女たちが率先して動く必要がある。

 綺羅ツバサたちは、スクールアイドルの代名詞とも捉えられている者の責務として。応援してくれるファンのため。そして自分や好敵手のため。鉄の意志を持って活動しているのかもしれない。

 

「オープンキャンパスを成功に導いてくれた皆さんの活動には、本当に感謝しています。でも……いえ、だからこそ些細なきっかけで貴方たちの評価が下がってしまうことは避けたいのです。わかってくれますね?」

 

 その問いに、少女たちは反射的に首肯する。にこと花陽は未だ渋々といった表情だったが、数々の問題点を提示されては納得せざるを得なかった。

 

「私はこれから実際にショップへ向かい、一度商品を撤去していただくよう働きかけようと思っています。もし良ければ矢澤さんたちにも一緒に来ていただき、盗撮されたものが無いか確認して欲しいのですが、よろしいですか?」

「……はい、わかりました」

 

 こうして、ことりを除く『μ’s』メンバーは急遽秋葉原へ赴くこととなった。準備のために部室へと戻る途中、

 

「あーあ。宇宙一のスーパーデュエルアイドル・にこちゃんのグッズが無くなっちゃうのかぁ。ま、スクールアイドルの評判が下がるなんて言われたら一旦諦めるしかないわね」

「俺のグッズも撤去か。少しだけ名残惜しいが、皆のためなら仕方がないぜ」

「いやいや、下っ端のアテムせんぱいのグッズなんてあるはずがないにゃ」

 

 などという会話が繰り広げられていたのだが、後方を歩く絵里と花陽、そして海未は気が付いてしまった。

 

 

 異世界から突然現れ、本人曰く古代エジプトの(ファラオ)。何度吹き飛ばされても生還し、時折カードを創造し、最近は臣下まで呼び出してしまった。そのような身元がはっきりしないファンタジーな男を平然と通学させているこの学院は考えるまでもなく危険なのではないかと。

 

 

 その後、暫く3人の足取りは重かった。

 




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